2015年10月31日

おあずけで項垂れ&改めて決意 / 打たれれば響く鐘 / ぐわおおお!の再会♪

今日、少し付き合いの長い方から「来月から上級受けるよ。やる気まんまんだよ。」というご希望日時のメール。

子育てとか忙しい中で自分のペースを乱さずあきらめず進んで来た人。

私はせっかちだったり価値観や生き方が違うところの方が多いので、彼女がこんなに勉強熱心だったなんて知らなかったし。。。。付き合えば付き合うほど味が出る。

凄く嬉しいお知らせだと楽しみにしていたのだけど、何と、次のメールで「しまった。資金が足りない。ううう、来年からにしようか。それともカード払いとかやっている?」と。

もし私に何事もなく存続出来ていればもちろん来年でもOKだけど、ショップの方から申し込めば確かカードも使えたような?(それ以外の分割はやっていないの。どうしても決心と覚悟が欲しい世界だから。)

しかし、日常や子育てとはお金がかかるもので、あえなく今年は断念することと相成った。

先のことは分からないが、私も何とか彼女を迎え入れられる環境を維持できるように出来るだけ頑張りたいわ。

健康は大事。

もう一つの因子は家族の健康だよなあ。これはどうにもならないのだけど、もとい、長く続けられるように頑張ろう。基本は私が元気で、いや、ときには疲れていても、上手に体力と相談して継続して行くことだ。

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先日Fさんとサードディグリーをやった折り、次々と的を射た質問をして下さったので”あ、それも話させてくれるの?”と嬉しくなり、あますことなく解説することが出来た。

そのせいで”例えば”ということで色んなワークをやることが出来て、それも楽しかった。

世の中には様々な性質の方がいらっしゃっていて、「ここまで大丈夫ですか?」と訊いても何一つ質問もないのだけど、終了後に「なんで、こんなに早く終わったの?」と訊いて来る人もいる。

例えばメモすることだけに必死になっている場合の人はその傾向がみられるのかも知れない。それでも大丈夫。お付き合いが続くと大分後の時期になって『ああー・・・』と理解が繋がる瞬間というのはまるでヘレンケラー。

まあ、どんなケースでも楽しいのだけど、質問の連続の果てに落とし込んでいただけると正直喜びもひとしお。

レイキとは自分で感じようとする訓練でもあるので延々と依存的に「僕、どうですか?」、「私、大丈夫ですか?」と質問して来るタイプの方に答えるのも良いのだけど、正直、まずは心を開いてじっくり感じて欲しいなあというのも正直なところ。

一度感じようとした心と身体はもう愚鈍ではなくなる。誰に頼らずとも何となく自分の状態が分かると言うか、心理学でいう自己一致という状態になる。

余談だけどその頃には日常でも相手の言葉や文章をひん曲がって解釈することも無くなっている。

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その翌々日、再びFさんとお会いすることが叶った。今日の科目は心理学。しかも結構佳境を迎えている。思えばあっという間だなと思う。

でも、一歩、一歩、確実だ。

一昨日サードが終わったばかりのせいだろうか。私より人生の先輩だと言うのに目の奥がどんな若い人よりキラキラしているし、暖かいものが全身からぶわーーっと出ている。

心理学も「ああ〜。」とか「なるほど〜。」ってな声が漏れて質問や自己開示を沢山して下さって楽しかった。そりゃあ、こちらも身が入る。

差別しているわけじゃないんだけどね、分かっていないのに分かったとボンボン進んで行かれる人よりはやっぱり手ごたえを感じてしまう。

でも、思えばもうすぐこの方との旅も終わってしまうのだな。少なくともこの分野では。

少し寂しい気持ちと大きな喜びと、あと、今まで話して下さった色んな国の色んな光景が見える。

何と稀有な人生。

出会えたことを光栄に思う。ありがとう、二人のハイヤーセルフさん。

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そして、Mさんのご来訪。

ちょいと前のセッションがあとちょっとのところだったのだけど盛り上がり過ぎて終わらず、次回に回したところ。

誰も居なくて一人だったら「わーーーーん!Mさーーーん!」と叫んでいたところだった。

もう、もう、ぎゃー、わー、無事で良かった。

っていうか、再三言うけど元々全然無事で勝手な私の勘違いだったんだけどね。

魚眼だけど、まじまじと見た。

人っていつ何があるか分からないってことを身に沁みて感じているのは良いけれど、こういう迷惑ってないよな。

ってか、何日経っているんだ。

お土産にいただいたコーヒーゼリーとチョコレートパフェのドッキングみたいなデザートをいただく。

いつもだったら甘いと敬遠するのに全部食べた。美味しかった。

そんなおかげであまり冷静な教育分析では無かったような。誠申し訳ない。

よし、しかし、気を取り直して、次回からより丁寧に聴き丁寧に考えて行きたい。

同じ時代の人々。縁あって共に学んでいる貴重な戦友。粗忽&迂闊ながらも流れ弾にすらあたらない戦友。
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2015年10月30日

家族が違う人になっている / レイキ / 進化の過程

忙しかった日の夜、帰宅してすぐに洗濯をしようと階下に降りる階段の途中。誰かが先に洗濯機を回していたので、そのまま階段の途中に洗濯籠を置いて上へ戻る。

で、あれこれ色んなことをやった後で再び階下へ降りようとすると、あれ?洗濯籠が忽然と消えている。

あれ?あれ?と思いつつ洗濯機の前まで行ったら空っぽの籠が置いてあった。そして洗濯機の中に洗濯が終わった後の衣類が入っているじゃない。

誰かが階段から持って行って回してくれたんだな。

でも、お婆ちゃんは階段をあがって来ることはなかなか無いし、ましてやお爺ちゃんなんて洗濯機の使い方すら知らないだろう。

そうすると、次女くんか。

駆けあがってお礼を言おうと部屋をノックして開いたのだが・・・・・・、その瞬間、全てを忘れた。何しに来たのかも忘れた。何故なら、衝撃的なファッションを観たから。

「あ、今見ないで。ハロウィンの衣装が届いたので着てみたの。」

もう見てしまいましたがな。しかも度胆を抜かれた。

ド、ドンキで購入?

「いや、ネットで買ったんだよ。ウエストが緩いんでどうしたものか?と思ってるんだけど。」

20代も30代も40代も仮装を楽しむハロウィン。私は一度もやったことないのだけど、気合入ってんなあーと感心したあと、急に爆笑が込み上げて来た。

爆笑しながら「ドア開けてごめん。」と言いつつ去ったのだった。バリバリのセーラームーンさんのお部屋から。

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昨日はレイキヒーリングをやる機会が多くて、あと講座もあったので色んなやり方を使えた日だった。

特に喉チャクラとハートチャクラを繋げたり、お腹のチャクラと頭のチャクラを繋げたり。

チャクラというのはサンスクリッド語で車輪と言う意味があるのだけど、イメージ的に歯車のような特徴がある。

その歯車は、身体の下の方ではゆっくりと回っていて、頭部に行くほど回転が速くなる。

で、連動しているので、どこか一か所の歯車(エネルギーセンター)に支障が出ると当然時間を追うごとに他の歯車の回転にも影響を及ぼすのよね。

長いこと何かをこじらせてしまった方の場合だと、少々根気良さが必要なのだけど、大抵の場合は一か所が通常の速度で回り出せば間に詰まった埃や異物が取れて行くかのようにスムースに動き出す。

呼吸や血液循環、痛み、思考、感情などに連動して面白いほどだ。

施したり色んな会話を交わしたりしつつ、つくづく深いな〜と思った。

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先日のトレーニングの会で大きなことから小さなことまで・・・というより全部大きなことなのだけど、面白いことや感心することが沢山あった。

まあ、とにかく人の成長って素晴らしい。

皆さん才能の芽を色んな形で保持している。

シェアリングの会の際、ある人が話している際、自然な姿勢と傾聴もあれば、目をカッと見開いて至近距離から話し手を見つめるばかりか、顔をドンドン寄せて行っている人もあり。

話し手は意識では気付いていないのだけど、無意識が気が付いているので、若干身体を反対側に引いたり、そして決してそちらを観ない。

観ている方は観て観て、観て、とますます目が開いて顔色が悪くなる。

人間は友人・家族・恋人・仕事仲間、動物等、色んな相手を見るときに知らず知らず、その興味の持ち方が物質を欲するような感覚を持ってしまう人が多い。それは環境的因子で植えついてしまった価値観で、生きている存在をまるでお気に入りの天然石を欲するかのように興奮気味で見つめてしまう。

はたまた、人の話しも自分のものにしてしまいたがり、聴くことを止めてしまう。話している間は人の視線が貰えるので無意識に違う話に持って行ってしまう。よくカウンセリングで言う自己開示と間違われるのがそこだ。関連事項や意図を持って別の話しをするこの技法とは大きく違う。

ところが、ある謎が解けたり、ある学びを得て固めて行くと、誰にも多かれ少なかれあったその習慣が消えて、いつの間にか相手と適度な距離を保ったまま話したり聴いたりが出来るようになる。

でも、その後、向かって右側の方がお話をなさっている際、左側二人が話している人と同じポーズになって行く。

聴き入れば聴き入るほど、話し手とよく似た感じで、お二方とも左の前腕を右手で掴んでいる。話し手が何かのジェスチャーをするためにその手を放すと、お二方の両腕も離れるが、話し手が再び片方の手でもう片方の前腕を掴むと、お二方も再び掴む。

きゅっとしていると同じようにきゅっと握るし、緩むと同じく緩んでいる。

これは、わざわざミラーリングしようと思ってそうしているわけではない。

ちゃんと一人の人間だと認識して訊いていれば、後ろに引くこともなく、前に出ることもなく、はたまた目をぎょろりと広げて違った意味の関心を示すのでもなく、本当に自然に愛を持って受容しているクリアな様子。

ある意味ちゃんと聴こうと思えば技法など知らなくてもだいたいこんなふうに上手な傾聴になる。

でも、それが分からなかったり難しかったりするから、先に技法から学ぶわけで。
(でも、人を懐柔したり攻略するような考えでのノウハウ本に書いてある考え方は個人的に嫌い。何読んでも人をお気に入りの雑貨や小物、石を欲するように扱っていたり、はたまた”自分を愛させるため。自分のものにするために。”になんて幼い支配欲の枠を出ない。)

お二方のお一人は先の方と同じ。

こんなふうに、相手によって聴けたり聴けなかったりするということは、普通の人なら多分にある。

そしてその中でも、聴けるときが増えて行っているのが基礎の方々のめざましさと素晴らしさ。

一方で、上級の方々の何が違うのかな?と言うと、やはり場数や学びやワークの数によって、絶対的な安定性があるというところ。要するに傾聴時にそれが崩れるということが少ない。ほぼ鉄板なの。しかも自分の心を持ったその人の意志で硬度をやわらかーくすることも出来る鉄板。無敵だろ、これ。

それを安定と表現出来る頃、実は日常生活においても、その安定の場面が良い意味で、あたかも”動かざること山のごとし”というふうになる。あ、もちろん動きたいときには気軽に動く山でしかも意志を持っている。

そんな方々も決して生活場面で何もないと言うわけではないし、自分以外の要素に振り回されたり悲しかったり怒ったりすることはあるものの、結局は不死鳥みたいなイメージになっているような。

飛べる人というのは、もちろん歩けるし着地できる力を持った人に他ならない。

はたまた何かがあると進化の過程を行ったり来たりすることもある。

でも、私はどの時代にも精一杯頑張っていることに違いない人々が好きだ。

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2015年10月29日

一人一人の光

よく京都のSさんは、数か月前から予約のためのご連絡して来て下さる。

ところが今回は急にこちらに来れることになったのかも知れない。

そのため11月の予約を入れようとなさって下さっていたのだけど、半分しか承ることが出来なかった。残念だなあ。せっかくいらして下さるのに。

でも、どうやら一日だけセッションをやることが出来そうなので、とりあえずは良かったなーと楽しみにお待ちしている次第。

気を付けていらしてね。

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今日は時間のセッション数がギューギューだったのでいつもより一時間早く始める。

どうでも良いけど家からまずチャリを漕ぐので、あ、あ、暑い!

電車の中も暑くて困った。

事務所に着いたときもまだ汗だく。

その汗が引いていくと今度はちょっと寒かった。風邪ひきさんが多いはずだなーとつくづく思う。

それにしてもとある事情上、挨拶がこんにちわ!ではなくおはようございます!になってしまった今日この頃。

カウンセリングでもちょいと白熱したり盛り上がったり、私の方も食いついた。

何かを与えようとかそんなおこがましいことを思っているわけでなく、むしろ相手のワールドに色んなことを教わることの方が良い。

予約時間を3時間キープして下さっているので、色々、あるいは一つをがっつり出来る心理学カウンセリング2時間とレイキかと色々迷った末、結局カウンセリングとヒプノということになった。

が、一本のお電話が鳴って、あと思う一つの理由で「やっぱり、カウンセリングとレイキで。」と最終的にはこのセットで行った。

久しぶりのYさんへのレイキ。時間枠を沢山押さえておいて下さったので何だか色んなメニューが出来て楽しいセッションだった。

問題は山積みかも知れないけれど、一旦手放したりレイキで時には寝落ちしたりしつつ、きっと何かが変わって行く。

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そして午後一番は、敬愛するFさん。一時帰国なのでバタバタお忙しいだろうなあ・・・・と危惧するも、ちゃんといらして下さって。

今日はご希望のレイキ・サードを取得なさる一日だったから、思い切り楽しくする時間を過ごした。

復習したりワークをやったりして、さらに今回の本題であるサードも全うなさった。

その内容は、レイキについてずいぶん語ったかも知れないし、死と生についてだったり、はたまた的を射た質問を沢山下さるものだから余計に楽しくなって来る。3時間はあっという間だった。

で、今日のワークで私が知らないFさんに沢山お会いすることが出来たような気がする。
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2015年10月28日

このオオボケ天然野郎!!! →自分

いやあ、今日はカウンセラーズトレーニングの会。

教育分析でも銘々からはお聴きしているものの、それから変化があったり色々で驚き+αで傾聴していた。

ある方がお誕生日月だったので先日クィーンという名前のストーンで作ったブレスを贈ったのだけど、今日はもう山ほどのプレゼント貰って大はしゃぎするところから始まった。贈られるものが可愛かったり本人が可愛かったり、あと、どんな想いで選んでくれたのかな?とか、さらに本人がその意味を沢山感じているのが伝わって来たりとか、とにかく観ているだけで幸せになるような光景。

そしてお一人お一人の歩み。進化、独自のセラピーなどが見え隠れする。

まだ上級を知らない方々が不思議に思ったり大感動したりする試みをされた方。ゲシュタルトやヒプノを知っているし、その良質さを知った人がどういうふうに方法を構築して行くか?というところの力量に私も感動してしまうので、とかくグルグル回るように考え込んでしまうという人にはさらに驚きだったと思う。

上級を取得してさらに深いワークをしている人はもちろん凄い結果を残しやすい。沢山の米蔵がある。

でも、まだ基礎の方が自分なりにやるのも面白いと思う。

ただちょっとやり方が分からなかったりするとコンタクトが取れずらい状態だったり、イメージ出来ても、真実の自分とは違う自分が出て来ることもあるものの、下地としては良いかなと思った。ぐるぐる回る回り方が変わるだけだとしても、それはそれで素晴らしい成長だし。

で、毎月行うシェアリング部門では実に興味深い話と気付きが嵐のように吹き荒れているくらいの盛りだくさんだったのだけど。


あの・・・・・・・・。

今日はもう書けない後日にしよう。

実はほぼ皆勤の方がいつまで経ってもいらっしゃらないので何度も携帯を確認していたのだが、一向に来ない。

それでも鉄の意志で会の貴重な時間はやることをやらねばならない。ってか、せっかくなのでやった方が良い。

にも関わらず私の方が合間合間、皆さんにどうしたんだろうね?どうしたんだろうね?と不安をあおるような発言をしてもうた。
ただでさえ、皆さん心配だったろうに。

私の中のインナーチャイルドの侍部門担当(なんだ、それ。)をしている方が「死を持って償え!相手と皆に謝れ!」と自分を罵倒することになったのはその夜のことだった。

ワークはカットして皆でよく話したし、とても有意義な会だったというのに、終いには帰り道も、晩御飯を作っている最中にも、茫然としてしまう。

皆で一斉にメールしたらうざいよね?と慮る方もいらしたし、はたまた事故か?体調不良か?と思いたくもないことが頭をかすめる。

でも、もしくは連絡したくないとか出来ない事情があるとかさ。そんなときに鬼電しても絶対迷惑かかるだろうな。

とにかく、晩御飯作っていても戦々恐々として待っていたのである。

ここで夫が「今日はMさんも来たのかな?レモンケーキ食べたかな?」とニコニコして言うので苛立って「うるさい!」といきなり言われたら夫の方もいったい何を言うの?意味わかんないだけど。。。と迷ったことだろう?

ところが、携帯のラインを今一度着目して来たとき、彼女からの病欠理由と、今日はお休みしますってメッセージがとっくに来ていたことを知る。

その後から来た人のメッセージを読んじゃうと、その前の人のお知らせがまだ未確認状態だってのに、お知らせマークが消えて「あなたが読んだのだけで、他にはありませんよ。」としたり顔になっているこいつめ。ラインのシステムめ。いやいや、ラインのせいにするな。お前の不注意で気が付けなくて、勝手に悪い想像して不安や心配のるつぼにはまっていただけだろう。

もちろんメンバーさんも、彼女のことは信頼はしているけれど、やっぱ心配だなという悶々も伝わって来ていた。

そのラインを読んだときには、無事だということが分かって泣けるほどだった。あほだねー。勝手に見落としていたのはこっちなのに。

ある意味では、もう本当に居心地の悪い一日でもあった。Mさんは全然悪くなくて普通に送って下さっていたのだから、もちろん何の非もない。

ただ私だけがそわそわと、コーラ好きの彼女のコーラを自分でやけがぶ飲みしたり・・・。

ああ、でも、本当に無事で良かった。

私の天然さというか悪いところ出た日で恥ずかしいのだけど、結構な深夜だったのにも関わらずメンバー全員にメールを送った。

まずは無事ですよ!ということと、何でこんなことになったのか?ということへのお詫び。

皆もほっとして下さった。顔が見えないけど泣いてる人もいたかも。

もう今日書けるのはこんだけかな。

とにかく無事で良かった。

ふう。今日はもうその一言しか言えない。

他のこと盛りだくさんはまたこの後日のいつかということで。
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2015年10月27日

作用反作用

先日、TVの画面に盲目の少女が映し出されていた。

最初はその解説がなければおしゃれな普通のお譲さんがNGOで活躍していらっしゃるんだわくらいに思っていたかも知れない。

でも、彼女は自らに視覚障害がありながらにして、受験勉強も点字やPCにインストールされているメールや文章を声に変換して読みあげてくれるソフトを使って自分の道を歩いて来たという。

彼女曰く、自分は一人ではなくて、周りのそういった設備や、人々によってサポートされて来たのだと。

それが動機の始まりで自ら視覚障害でありながらも、他の視覚障害を持っている人々をサポートしているわけだ。

ご自身も杖歩行だというのに、杖歩行の方の歩行介助をしている姿には衝撃を受けた。

でも、この衝撃は、たまたまその日視覚化したというだけで、前々から思っていたヒーリングやら、カウンセリングやらの在り方を意味ているとも感じた。

よく”少しでも何かしたい”というが、それが積み重なって、結局のところ、彼女は多くの人にベストなサポートが出来ているのだろう。

そして彼女は言う。「生まれた場所によっては、目が見えないからもう終わり扱いされる国もある。私はたまたま日本人に生まれたからこそこれまで恩恵に授かって来ることが出来たのだけど、ここ先の人生では自分と同じ環境でなかった国の人にも何とか出来ることをしたい。だって、それは私だったかも知れない人たちなのだから。」

しかし、彼女は声はきっぱりとしているし、声の張り方も、貫録もちょっと若い女性のそれとは思えないほど。

彼女は決して同情を許さないんじゃないかと思う。

共生や対等ということを実現して行く人なのだろう。

決して可哀そうなんて侮辱したようなことは言わない。自分がそうされて嫌だったからかも知れない。あるいはその繰り返される勘違いに何度も遭遇してもうあきれているのかも知れない。何より、対等かつ共生が理念だから。

ケアする人がケアされた人から何か心のおみやげを貰うってこともあるし、どんな出会い方をしたとか肩書きとかはずーーっと後ろにある。

もしも何かをやりたくなったとき、「あれが無いから出来ない。」と時としてそれはお金であったり時間であったり色んな問題が生じて来ることも多いだろう。

でも、それが無くとも今日誰かに何かを出来るかもよってお話。

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そんで思い出したのだけど、どう説明したら良いんだろう?という方々に現実でお会いすることもある。

大分昔にあった人は、事務所の近所にいらした。

で、その頃からアクセサリーを作っていたのだけど「ショップの写真、私が撮ってあげようか?後ろの壁を白にするの!」と言う人がいた。

実は私、綺麗に見せる必要がないと思っていた。

何かを感じたり何だか好きだなというアンテナがある人はだったら誰かが連れて帰って(連れていくってのは、つまり、お買い上げいただきお嫁入りすること)下さるから。

しかし、数日後、やはり背景を白一色にしていなかった私に向かって彼女が「もう、絶対、何も言ってやらない!そう思ったよ!」と烈火のごとく怒っていた。

そりゃそうだろう。自分は親切で良い人だと思っているのだから。そんな親切で優しい自分の申し出を受け取らないのは悪い人って脚本が出来上がっているから。

丁度その当時出入りして下さっていたクライアントさんと京都に行きたいねーという話をしていたら、彼女が横から割り込んで来て「京都なら私に何でも訊いてよ!」と言う。おそらく「絶対この順番が良いんだよ」というような強制ツァーにされそうなので止めた。

実は彼女から何度も京都の話しを聞かされいた時期で、言葉の端々に「聞いたことありますよ。」とサインを出すのだけど、いつまでも楽しそうにうんちくは続いている。

はたまた他にも幾人もの人々が、自分こそは親切で優しく繊細な人間だと思い込んでいる。

この手の人にはよく言われてた。

「あ。カップラーメン食べたの?かわいそう・・・。」

・・・・・・。どこが可哀そうなんだ。自分で食べたいから食べているのに。

微妙に何かひっかかることをしょっちゅう言いだして来るなあと思ったのだけど、長いスパンで見るとさすがに気が付く。

こういった人は可愛そうな人を探し回っている。町中、家庭やあらゆるコミュニティーでも。

表情が嬉しそうなところがうすら寒い。いやいや、自分の休みくらい自分で決めている。

で、ハッキリ言って疲れている日も多いのだけど、それを言われると「え?」と思ってしまう。疲れちゃいけないんかい。

で、この類の人はとにかくじっとしていない。周りに自分がアドバイスしたことをやらない人ばかりだったら、遠出してまで「あれやってあげる、これやってあげる。」とハアハア言っては一時的に満足できたりするかも知れない。相手からの見返りという多くの期待を抱えて。

でも無意識にしろ、弱みを見つけよう、可哀そうな人にしてやろうと、来られるのは失礼の枠からもはやはみ出ているどころか、そりゃあ怖い人になりかねないよね。

しかし、このゲームは終末を迎える。

どんだけその方法でやっても、相手が一向に乗って来ない場合は、半ばあきらめて壊す機会をうかがっている。

そして、どうして自分の思う通りにしてくれないの。と痺れを切らして、また可哀そうな人探しの旅に出たり、探しても見つからなければ、また無理やり誰かの可哀そうなところを探すかも知れない。

可哀そうな人なら自分を必要としてくれるという勘違いと習慣がごちゃまぜになってどちらも存在しているのかも知れない。

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そして最近思うに。

考えてみれば、私たちは極端に言うと、エンドステージなどにおいても患者さんのことを可哀そうな人だとは思いたくないし、思いもしない。むしろ、とても勇敢なかっこいい戦士だったように思う。愛故に涙したり痛みに対してどうにかしてあげたいってこともあるのだけど、基本相手に敬意を感じている。

可哀そうな人って誰?

それは、いわずもがなだと思う今日この頃。

乱暴な人、意地悪な人によく傷つけられると言っている人は結構な頻度で、同じくらいの暴力的な交流を人にやっている。

でも、そういう人に限って「自分がやったことが自分に返って来るんだよ。」としたり顔で言っていたりする。自分を見つめないってやはり怖いことだと思う。
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2015年10月26日

病む人と支障なしの人 / 新日本舞踊

ごく初期の頃、何時にでも対応するセッションという形態で行っていた。しかも、まだその頃は病院勤務もしていた時期だった。そう言えば余談だけど、私はいつも次の目標が見つかるとさっさと次の場所へ移りたがるのだけど、なかなかそうは行かないということが多い。

特別仕事が出来るというわけではないし決して良いナースとは言えないし、それどころか、しょっちゅうスタッフやドクターと意見がぶつかって上司の頭を痛めていたお荷物だったのはないかと思う。

それなのに、退職しようと届けを出していちおう決められた残りの任期をまっとうしようとしている途中で「たまにで良いからバイトにおいでよ。」という具体的なお話が既に書類まで用意された上で交渉するという事態になる。

でもって私も人間だし仲間や長年お世話になったその場所が嫌いで辞めるわけではないので、「こんな私なのに何でそんなこと言って下さるのだろう。ありがたいなあ。。。」と感じ入り、院長や事務長や部長さん、同僚に「良かった!もう少しよろしくね。」とさらにありがたい言葉をいただいてしばしは在籍するパターンになる。

しかも最後に居た場所なんて元々はバイトを許してなかった病院だったのに。

とにかく自分でも謎を多く残したまま、辞めたくないけど次に進むにはこれしかないと思っていた道に二つや三つの方法に続く道が新たに出来たりして、結局のところ、それでもやりたいことはやれるのだなあと不思議に思ったことも多々あり。

それで試行錯誤しつつやって来たのだけど、時間が以前より出来たからと言って最初の頃は体力にもの言わせて何時でもニーズに対応していたのだけど、そうすると緊急が多くなる上に常時24時間対応でカウンセリングしているという状態になった。

やり始めて見て数年もたなかった。

ダメだ。夜か朝か、どちらかに絞ろうという働き方に自分で換えた。

それでも、本当にたまにだけど深く事情を知ったり依頼理由を話して下さると、こちらの都合が許す限りは、その方が出勤する前のカウンセリングを早朝にやったり、これも予約が出来ればだけど深夜にも対応していた。

そんな感じで奮闘して来たのだけど、長く携わった人とのセッションは振り返ると感慨深いものがある。

昨日の夕方お話した方が幾つかの転職を体験したナースさんだったのけど、ここ最近になって新たな視点に気が付かれた。要するにそれは彼女の中にあったものだけど。

要するにこれまでだって成長し続けて変わって来た10数年だったのだろうけど、最近になって非常に大きなくじらを釣ったという感じ。

その時、長いこと苦しんだり悩んだりして来たことが、これまでの半分や三分の一に減る。いや、下手すると消失する。

その方が、あるきっかけとコツを掴み、もう自分がそれを悩むことを止めるところまで歩いて来たからだ。

ナースと言っても様々な職種があるが、彼女のナース界ならではの苦しみや恐れがあったのだが、とうとう彼女は最終的に働けることの喜びを知ったり、周りから必要とされているということも実感なさっていた。

彼女のお子さんもずいぶん大きくなってもう思春期か。開始当時はまだ幼稚園生だったのになあ。

彼女はお弁当を作って娘さんを送り出し、毎日ドキドキしながら戦場へと向かう。そして色々な刺激的なドラマの中、また何かを学んで帰宅する。

凄く素晴らしい人生になったねと言うとき、彼女はこちら側にお礼を仰るのだけど、何度も言う。いや、あなたが気付き、あなたが受け止め、あなたが意味を拾ってくれたからだよ と。こちらがありがとうと言いたくなる。

毎日出来ることをやっているんだね。

心を病んで、よく耳にする人々のパターンでは「あいつ嫌い!」と身近な知人や芸能人の名前をあげる人が居る。

周辺に居る人の細々が気になるのはある程度仕方ないのだけど、黙って聴いていると、「なに、あいつ、”いつやりますか?今でしょ?”だって。鬱病をもっと勉強して欲しいわ。」と仰っていたり、同じ理由で幸せそうにしている公を必死でこきおろしている。

で、気が付いたのだけど、いや、実はこの人、元気だなーということ。

「私だって丈夫だったら、あれしてこれしてああするのに。この気持ちは分からないわ。」というストーリーの中から出ようとしないのだけど。

実はちょっとポジティブな人や幸せそうに見えている人をこきおろすことにエネルギーを使い過ぎなんだよな。使う場所が違うというだけ。いざ自分のことをやろうとするときには、人のことを妬んだり恨んだりしてぐったり疲れている。

その前に進もうとする人の足頚を掴んで邪魔したくなったり、がばーっとおぶさりたくなったりとか。その分のエネルギーをどこに使うか?というのでも人はずいぶん変わるのだと思う。

ちなみに某先生、今日も世界的に活動しているNGOの講座で「出来ないんじゃなくてやらないんだよな。」と発言なさっていたので、これにもいちち根に持つ人が居るのだろうなあと思う。凄く遠い人に本気で怒っている。自分に言われた言葉でもないのに。

同じような環境、あるいはもっと過酷な環境の中にあっても心のバランスを崩す人とそうでない人が居る。

でも逆に物凄くめぐまれた環境に見える人でも心を病むことはある。

その原因の裏側にある因子の一つとしては、批判のみに時間を山ほど費やして怒り捲って疲れてしまう人もいるみたい。下手すると誤解して恨んでいたり。・・・。そのまま死んだら悪霊になりそ。いや、もちろん生きてる人間の方がよっぽど怖いけど。

そんなわけで、ワーカホリック的な日本の世状に纏わる鬱の原因は確かにあるとは思うものの、もう一つの「動かなさすぎ」っていうのも確実に同じ程度の数存在するような気がする。

何もしない人ほど細かいことが気になって、ずっと誰かに怒っているし、自分の時間の構築の仕方がますます分からなくなってしまうパターンが多いから。

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今日は新日本舞踊をやっているとある店のママさんが大きなホールでソロで踊る日だった。

仕事の後、自転車をかっ飛ばして「間に合うかな?」と身に行っている途中、夫に発見され途中から車走行。

惜しくもママさんの舞台は終わった後で残念だったのだけど、会うことが出来た。踊っていなくとも綺麗だった。

で、せっかく来たからということでママの師匠の舞踊を観てから帰ろうと、その間、色んな人の踊りを見ていた。

ああ、綺麗なんだねーと初めて知る。

で、素人目にもその人の技術の高さとか、オーラが違うってのがよく分かる。酉の方にさしかかっていたので、各会の師匠合戦のような状態になっていたのだけど、この方が一番綺麗でしかもカッコ良かった。先のママさんが言っていた通り。

みんな沢山練習して今日にかけていらしたのだろうなあと気が付けば舞台の前で結構な時間を過ごしていた私たち中年夫婦だった。
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2015年10月25日

道案内とか勘違いとか

ある日の昼間、そう、あの、ひょんなことで事務所を出て大手スーパーに買い物に行って戻って来る帰り道。

私の事務所の方向、つまりは駅とは反対方向から若い女性が歩いて来る。

私はいつも駅から事務所へ向かうときは大抵モノレール沿いの下の歩道を歩いて来るのだけど、この時はたまたまスーパーからの帰りだったので上の歩道橋を歩いていた。

スーパーを出て正面にあるモノレールの駅を突っ切って左に曲がると横断歩道の信号待ちも一つ減るし、事務所近くのコンビニの看板も見えて来る。

後で気が付いたのだけど、この辺りは上の道も下の道も人通りが非常に多い道のはず。

それなのに、私の方から観て歩道橋が終わる地点の階段から現れてはこちらに歩いて来る若い女性お一人だけ。

これも後空思い出せばの話しだけど、自分でもちょっと変だなと思ったのかも知れない。多分無意識に後ろを振り返った。すると、遥か後方のマクドナルドのあたりまでは人がうじゃうじゃいるが、この地点はぱったりと人気が途絶えている。考えて見れば駅の出口でもあるのだからますますおかしい。

でも、まあ、頭の中は手創りナポリタンソースとそれをリメイクしたミネストローネのことでいっぱいだったので一瞬で忘れて先を急ぐ。

眼が良いのでかなり遠くから気が付いていたのだけど、特に変わったところは何もないその一人の女性がこちらをじーーっと見ながら歩いて来ている気がする。なんだろな?ガチで目があってるんだけどな。

こういった場合、病院関係の患者さんとかその家族とか。。。あるいはずっと前に一緒に働いていた同じナースとかヘルパーさんだったりすることもある。

なのだけど、近づいてくれば来るほど「やっぱ、知らない人だなあ。」と確信する。えーと、なんですかね。この少し光沢のある生地のワンピースの子。

緑色かな?とさっきは思っていたのだけど、距離が縮まるとあれ?光の加減かイエローかなあ?マジェンタにも変わった。

何か、幼少の頃に住んでいた九州では普通に”玉虫”という虫が夏の頃に居て、角度によって色んな色に変化して見えたなーなんてことを思い出す。

そんなことを思っている間にすれ違った。意識的に早めに視線を逸らしつつ。

するとすれ違ってすぐに「あの、すみません。」と声をかけられたのでビックリした。やっぱ知り合いだったのかな?と思いきや、振り返りざまに質問された言葉が「箱根ヶ崎までは遠いですか?」だったのでビックリした。

あ、やっぱ、オレンジかな?でも、ちょっとこの季節には薄い服装だなあ。いやいや、でも普通の御嬢さんだ。

ってか、ええ?箱根ヶ崎???柴崎町方面からガチで歩いて来たのにそんな地名を言う?

箱根ヶ崎は昔一緒に働いたことがある同僚が住んでいるところ。それでかろうじて位置関係は分かったのだけど、ずいぶん遠いところを仰るな。いや、電車に乗ればそんなに駅数は多くはないんだけど、多分20分や30分くらいはかかるんじゃないかな?

もう、以前外人さんに道を訊かれたときも結局携帯のMAPを取り出したのだけど、今回もこれ。

えーと、青梅線で拝島まで行って〜・・・と説明している間に「すみません。ちょっと遠くから帰って来て久しぶりなもんで。いやあ、今日はお天気、明るいですね。」と小声で上品に話しかけて来られていたのだけど、いちいち不思議。

遠くから帰って来ても立川とそこ、間違える?ガチで柴崎町から歩いて来てたよね?遠かぁーないよね?あと、遠くから帰って来たにしては軽装だし。ついでに言うと、しいて言えば曇り空でそんなにいうほど明るくはないような。

そういう不思議な台詞はぜーーんぶスルーしてiphoneの路線図を前に出して見せた。

すると「う、それは何ですか?」と。

ぎょぎょっ?何、それ?もしかして携帯自体を観て言ってる?全然ディスプレイ観てくれてる様子ないもんね。

そう言えばこの人、遠くから近づいて来る間、しょっちゅう歩道橋の下を覗いたりキョロキョロとするそぶりも見えたな。なんか、変わってるな。

でも、スルー。

あの、とにかくあそこの改札に入って、こうして、ああして・・・そうするとその駅に着きます。そこまで行けば大丈夫ですよね?(日本人ですもん。わかんなくても誰かに訊けますもんね。)

「はい。ありがとうございます。良かったあー。何だか、あっちの方向が明るかったんですよねえ。正解だったわ。」

それだけはひっかかる。何を言ってるんだろ?と思って。

あっちってどっち?と訊いたら、今ご自身が歩いて来た道の方向の遠くを指差す。

あ、あ、そうー。お疲れさまです。それではお気をつけてと、何だか慌てて事務所へ帰りたくなる私。

もう別れたので相手の距離はそれぞれの方向へと開いて行くはずなのに、ここでまた不可思議な言葉が聴こえる。なんで?もう何メートルも先に行ったよね?

「あの仏壇屋さんあたりかなと思ったんだけど。まだタマ入れしていない器が沢山並んでいるところが面白くてしばらく眺めてたんです。」

ガン無視で階段まで辿り着いたのでさりげなーく駅の方向に視線をやった。

ああ、なんだ、良かった。ちゃんと駅方向に大分進んでいるじゃない。と安心したのも束の間。

着物かいっっっ!!!さっきの女性に間違いないのに振り返ったら、何でワンピースから着物?

色んな色が入っているような着物。

なんかおかしいと思ったけど、全然ポップだったので普通に喋ってもうた。

そう言えば数年前、やはりこの同じ歩道橋の上、丁度専門学校がある前あたりで占い師さんに声をかけられたことがあった。

「あの、私、占いをやっているものなのですけど、ちょっとお顔を拝見して思うところがあったので少しお話に付き合って貰えませんか?」と。

その方は初老の女性だった。ショートカットにしていて白髪交じりで、痩せ細り、とても苦労人の印象を受けた。

ちょっと面白そうだったんだけど、これまた出勤途中で急いでいたので振り切って来てしまったのだが。。。

もしかして、後から考えるとあれも怪しい。そういうのって。。。あれくらいの年齢になると場所構えてやるよね?勝手なイメージだけどさ。誰かで練習したいのは若い年齢の方々で「練習させて下さい。」とか言っていたような。

もうとにかく映画みたいにえぐいのとかドロドロした人との遭遇なんて滅多にないから、急いでいるときとか、何か考え事しているときっては分かりにくいんだわ。

でも、たまーーーにはある。数年前は電車のドアの傍に立って本を読んでいた。読書もするけれど、時々顔をあげて外を見るのも好きなので、よくそうしてドアの端っこに外向きで立っている。

すると、その時はそういうおどろおどろしい人がビタン!と電車の窓一枚挟んだところに両手や顔を付けて来たという事件があったのだけど、あれはあれで腹が立つ。

自分で公共の交通機関を止めてそういう方法を選んだのに。しかも、それ、人様に見せる姿か?もちっと整えて綺麗にして来いや!と思うと余計腹が立って来る

ので、ノーリアクションでくるっと背中を向けて読書を続けた。しばらく位置替えしてたみたいだけど思わず「ちっ!」と舌うちしてしまった瞬間どっか行った。

どうでも良いけど、外人様も霊の方にもiphoneかい、私よ。
************

その日の午後、普通にお目当ての料理を自分で作って食べて満足。それにしても最近ほんとに食べ過ぎ。

そして無事にお客様もやって来て先ほどの小さな出来事を忘れて色んなお話を一緒にしていた。

彼女のお話の中に出て来た、とある蝶々の色合いが何だか、先ほど道案内した女性のお召し物に共通する部分もあるなあと思いながら聴いていた。ええ、もちろん違う存在だと思うけど。(多分だけど、彼女がお話して下さった一連の関係者や蝶々は道に迷っているわけじゃないから。

そう言えばそうと、事務所近くまで帰って来て仏具屋さんを覗いたときに彼女の言葉を思い出した。

”まだタマ入れしていない器が沢山並んでいるところが面白くてしばらく眺めてたんです。”

たまって・・・魂とか、言霊(ことだま)の意味するものかな。で、器って言ってたのが何だか沢山並んでいる小さ目の可愛い仏像様たちかな?

そう言えばお香でも買って行こうと思って思わず寄ってもうた。

それからもセッションが続いて、次に来て下さった方も前の方と親しい方だったので思わぬティータイムしたりと楽しい時間を過ごしたが。

また別の話しなんだけど、この日はほんの数時間の間のことだったのだけど、トイレに行く度に思わず一か所に釘づけ。ええ、静かにこっそりじっと見てしまう。

夜勤やっていた頃にはよくこのユニットバスに入ったりもしていたけど、今や物置と化しているバスタブ。そこに黄色い花柄のシャワーカーテンをかけているのだが、そのカーテンレールの高い位置にバスタブ側から黄色っぽい布がてろんと一枚下がっている。

用足し中とか手洗い中、食後の歯磨き中もついつい観てしまう。

カーテンに保護色みたいになっているけど、こんな色の布はこの事務所にないなあ。マフラーの端キレが見えているような感じだなあーとか、あと、トイレ入る度に「あー、まだ消えんか。ここの中まで来るって珍しいなあ。なめてんなあ・・・・。」とか。

一人のときだったら無造作にカーテン開けて「こら。」と言うか、相手の姿や非礼さによっては怒鳴るのだけど、お客様がいるので、黙−−−って過ごしていた。

しかし・・・・・・・。Aちゃんがお帰りになる際、その黄色いマフラーのようなスカーフのようなものが、Aちゃんの私物だと知って爆笑した。自分でもどこに置いたか忘れていたそうだ。

よかったー。あとで出て行って貰おうと思っていたけど、今度はほんとに普通に存在していなかった。いや、存在していたという方が正しいか。

寒気とかでわからんのか?と体感派の同僚に言われたこともあったのだけど、そう、あんまり、その、うすら寒い人には出会わないんだよね。

それは、むしろ生きている人間に感じることが多かったりして。

そんな話を後続の依頼人様に軽くしていたところ、この方もそういう体験なさっている方だったので「あるあるですね。」的なリアクションをいただけてほっとする今日この頃。
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2015年10月24日

今井美樹ちゃんのライブその他諸々

今日は半年以上かそれ以上前からだったか、とにかく約束して楽しみにしていた今井美樹さんのライブへ行った。

毎度のことながら恐縮なのだけどKさんが車に乗せてくれて高速を一っ跳び。あっという間に国際フォーラムに到着。

万が一の渋滞などを見越してか、14時半くらいに自宅まで迎えに来て下さったのだけど、うとうとしているうちにスムーズに着いた。

もう何度も乗せていただいたことがあるのだけど、これがまた非常に快適な車で、奥様は後ろの座席に横になっておられるし、こちらも充分リラックスしている姿勢だと言うのに、「かおりん、そのボタン押して。膝の下が上がるから。で、足を前に伸ばしてステップの上で靴脱いで。」とさらなるお気遣いを。

こ、こんなに楽だと寝てしまうじゃないっすか。・・・・というわけで結局いつも寝てしまうのはこの快適な姿勢のせいだけじゃない。

元々の職業柄、長距離を運転することに長けているKさんの運転があまりに快的過ぎるというのもある。

で、早くに着いたのでとりあえず国際フォーラムの駐車場に車を停めたあと、どこかのお店に入ろうとする私たち。

「あっちに良さげなカフェが見えましたよ。」と言ったのだけど、”え?カフェって、あんた何言ってんの?”と心の声が聴こえて来そうな表情をいただき見事にスルーされる。

その後入ったの確かひのまる食堂とかいう名前の居酒屋さん。やっぱりですか。そうですよね。そうっすよね。

昼間だというのに、もうかなり賑わっていた。

なんか、私、地元でもそうなのだけど、飲める店と飲めない店というのがハッキリ分かれているらしくて、この店でもビール一杯で終了。←いや、飲んどるやん。

あと、運転手のKさんが飲めないのに・・・というのも申し訳なくて。

しかし、Kさんは「いいんですよ、飲んで下さい、飲んで下さい。僕は帰ってから飲めますんで。」といつも優しい。

そんなわけで私とは対照的に夫はライブ前から飲む飲む。奥様も適度に・・・いや、常人と比べればやはりかなり飲む。

Kさんは夫が自分の車に乗るときにはいつも缶ビールが沢山入ったクーラーボックスを用意して、走り出すや否や「はいはい、尾崎さん。さっそく飲んで下さい。」とまで言って下さるので、どこに行くときにも車の中から飲みだしている夫。なんか、私ら甘え過ぎ。ガソリン代も駐車料金も受け取って下さった試しがない。

居酒屋さんでハンバーグのようなつくねを食べて、卵焼きを平らげ、ああ、お腹いっぱい。

でも、プリン好きには気になるメニューを発見していきなり食べてもうた。201510232.JPG

どうやらこのお店のキャラクターの猫らしい。カラメルは別に添えてあって、にゃんこの絵はチョコで書かれてあった。

結構な時間をこの居酒屋で過ごしていよいよ開演真近。

しかし、凄い人、人、人。

全体的に観てやっぱり年齢層が高いのかな?

前の席に七三分けの痩せたおじさんとバーコードのような髪型のおじさん二人組が居たのだけど、ライブが始まってからの嬉しそうな横顔や一生懸命手拍子したり立ち上がっている姿を観ていたら、何だか物凄く可愛くなっちゃって、隣のYえさんも「愛すべき!」と爆笑していた。本当に好きなんだね。201510231.JPG

これは開演前のステージなのだけど、ライブ中は照明によってカーテンが色んな色に変化して、何故だか皆2色づつ。

しかも、オーラソーマのボトルの取り合わせのカラーばかり出て来るので不思議だった。

あ、ラツィエルだ、ガブリエルだ・・・あ、パペットだ・・・とそちらも気になるのだけど。

一番輝いていたのはやはり今井さんだった。

これが夫と同じ52歳?

物凄く美しかった。

昨年の竹内マリアさんの60歳にも驚いたのだけど、引けを取らないくらい若くて美しい。

もちろん声も透明なまま。

今井さんのときもマリアさんのときも感じたのだけど、ドレスで体型を誤魔化すのはたやすいのよね。

でも、お二方とも素敵なパンツルックでそのまんまにスタイルが綺麗。

最近の曲から昔の曲に到るまで感動する歌を沢山聴いて、あるときはうっとりしたり、あるときは立ち上がったりしつつ聴いていた。

余談だけど、ただの一度、歌い出しのときに咳き込んでしまった瞬間があった。

その前から客席のあちらこちらから咳き払いが聴こえてたし、Yえさんもその少し前に咳が止まらなくなってしまって飴を口に入れたりしていたところを観ると、多分、かなり会場が感想しちゃっていたのだと思う。

で、そのときのリアクションが面白かった。

咳き込んでしまった直後に「ごめんなさい。」と笑って手を合わせて水を飲みに背を向けると会場が爆笑。

さらに振り返って「こんなことまず無いからね。皆さん見れてラッキーですよ。」と笑うのでまた爆笑。

その時、会場の遠く、後ろの方から「がんばれーー!」と聴こえたのだが、今井さん、一秒も置かず、同じくらいの大声で「頑張ってるよ!みんな、頑張ってるの!」と怒鳴ったので、また爆笑。

そう言いたい気持ちに共感しつつ、瞬時にそう答えるようになった背景も何となく想像出来る気がした。

*************

アンコールの最後の最後は私が一番好きな曲。PIECE OF MY WISH。

本当に素敵なライブだった。

そしてまた帰りは高速をKさんの運転で一っ跳び。

「いやあ、マリアさんのときの方が感動したな。」と言う人もあり、「いや、どちらも凄いな。」という意見もあり。

何より思ったのは、アーティストとしての力量が凄い上にあの美しさのまんまというところ。

また別の側面で彼女たちの好きなところを言わせて貰うと、仕事に没頭し、曲を出すまでに携わって下さった人々に感謝の意を表し、それを聴いてくれる人々にも「ありがとう、ありがとう。」となども言う。

なのだけど、決して最近よく使われる”美魔女”なんて言葉には絶対入らないところ。

もしも美魔女ってなお題でインタビューしようって話が来ようものなら絶対断るだろうなというのが覗い知れるところ。

それは外見だけにこだわっている人たちには決して出せない美しさだし、旦那様やどこかのスポンサーの力で料理教室開いたり姿を整形したり、年齢に対して過敏になっている人々とはあきらかに質が違う美しさだから。

しかし、夫がそこで「え?でも、白髪も出ないのかな?」というので爆笑。美容室くらいはいくでしょうよ。スタイリストさんだっていらっしゃるだろうし。

でも、わざわざそれを言わんでしょ。

家を公開してこんなにうちは豪邸ですよなんてこともやらんだろうし。

**********

さて、地元に着いた。

「どうしますか?このまま解散でも良いんですよ。」とKさん。

ああ、やっぱり運転し続けてお疲れですよね?

と言うと「いやいや、僕は全然大丈夫ですよ。」と。ほんとかなあ。。。。

Kさんだけ飲んでいないので飲んで欲しいと思うのがエゴかな?

そんな危惧はありつつも時刻は午後10時を回った頃、地元の寿司屋で杯交わす。←やっぱ飲んでる。

ここのマスターも本当に面白くて、野球の話やら何故だか花の話やら、それから昭和記念公園はコスモスの頃だなという話にもなり、、、、

何故だか最後は天皇の話しになったり、あっという間に午前様になった。

それでもさらに猫居酒屋に寄りたいという夫を叱り飛ばし連れて帰って来た次第。

ああ、幸せな一日だった。また思い出が一つ増えた。
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2015年10月23日

恐怖劇場 / 心と身体

お一人目の人がキャンセルになった日。

まじかよー。寸前だとキャンセル待ちの方々に連絡する暇もない。まあ、寸前でなくとも急にお声をかけるのは難しいのだが。

と、いつまでも腐っていてもしょうがないので何かしようと事務所の台所を磨きだす。

3時間もののセッションだったのでそれでも時間があまる。

すると空腹に気が付いた。新規さんなので緊張していて忘れていた。

たっぷり時間があるので近くの大手スーパーに行き何種類かの野菜を買う。そうだ、手作りソースのナポリタンを作ろう。ケチャップと有り合わせの野菜で作るのも美味しいけれどトマト缶とコンソメとか使って。

すると、買い物って色々忘れるもので、「あ、粉チーズ買えば良かった。」と「ホウレンソウをトッピングすると美味しいんだよなー。」と途中で気付く。さすがにパルメザンチーズはスーパーを離れると売っていなかったのだけど、野菜に関しては事務所の手前にのーかるという名前の店があり、取れたて野菜が売っているので購入。

で、本当はナポリタンだけ作ろうと思ったのだけど、トマト缶が2缶もあるのでもう一つの鍋の方ではセロリにジャガイモのに玉ねぎにバジルにその他諸々の野菜を小さく刻んでスープを作った。

で、アホだよね。そういうのに没頭しているうちに時間が迫って来たので急いでナポリタンを頬張っていた。

で、気が付いたんだけど、スーパーで買った野菜には無い香りを放っている野菜が一品ある。昔ながらの大地の香りがホウレンソウから出ている。しかも凄く元気なのよね。

Aちゃんがヒプノの講座にいらして下さった頃、残り半分というところまで食べていたのだけど、「あ!食べて下さい。そのまま食べて。今度いつ食べれるか分からないでしょ?」と優しい言葉をかけて下さる。

本当はさ、人の手作りなんて気持ち悪いと言う人も多いのでどうかと思ったのだけど、以前クラムチャウダーだかクリームシチューだかと美味しい美味しいと食べて下さったことを思い出したので、もう一つの鍋のスープをカップに注いでお出したした。ああ、要するにこれ、ミネストローネになってるなとそこで初めて気付く。

すると、何だか嬉しいなあ。絶賛して下さるんだよ。ただのスープなのに。それにきっとAちゃんの方が美味しく作れると思うのに。

「滋養がたっぷりだーーー。美味しいーーー。」と何度も言って下さる。

そしてホウレンソウが昔ながらの味がするやつだと言うことにも気が付いて下さった。

なんてスタートだったのだけど、ヒプノ講座に突入。

今日は恐怖劇場。

今日はやり方の説明とメカニズム、あと、ご自身が軽く受けて貰うことをした。

もはやイメージ力豊かな域の方なので深化法使わないで直でやってもOK。

例えばこの療法をやると、恐怖度マックスを10とすると、終了後には6とか7に軽減する。心が柔らかい人の場合だと3やら2まで下降する。

要するにそんなに恐怖心を再現させる必要もないまま、トラウマの場面を行ったり来たりしているという短時間の間にそう言った効果が起こる。

もうお一方のセラピーの際にデモ役をさせていただいたのだけど、よりにもよって私は自分が一番恐怖に感じる対象を選んだ。ええ、とある昆虫への恐怖症ね。

普通はこんな究極のを出さなくても良いのだけど、ラポール取れているので出す気になったのだろう。

人は怖かった思い出を繰り返し語ったりそこをいじって貰うことでずいぶんと心が軽くなる。

10段階では・・・?というレベルじゃなく15!と言いたかった内容だったのだけど、気が付けば8くらいになっている。そりゃあ、急に出て来られたら今でもビックリするのだけど、少なくとも戦えるようになったし。

恐怖劇場という手法にはそういった面白い効果がある。

しかもそれだけでない不思議な現象もある。

過敏さが取れたおかげなのか、はたまたこの時のセラピストさんがその虫が嫌う波動の出る機械をプレゼントして下さったせいなのか、今年はただの一度しか遭遇していない。その機械のせいだけじゃなくて私の過敏さが減ったのだと思う。ほんとに会わんわ。

遭遇しても以前とは違って自分で退治できるくらいになっている。

しいて言えば帰宅したときに、うちの婆ちゃんが家の中で撃退したと思われるやつを道端にぽーんと投げられていた死体を一瞬観てしまったくらい。「ちょっおおおお。ここに捨てるの止めて下さいよ!いくら死んでてもビックリするから!」。

で、本日のAちゃんは深化法なしで恐怖劇場を体験して貰ったのだけど、やはり恐怖度が下がった。

人の心って面白い。

そうこうしているうちに時間があったいう間に過ぎてMさんが教育分析へいらして下さった。

その頃には余裕で講座も終わっていて、Mさん、「今日、Yえさんがマッサージに来てくれたんですよ!」と嬉しそうに話してくれる。

優しいのだけど太っ腹の姉御のYえさんは美味しいパンの差し入れを沢山下さったそうで、一人で食べきれないという理由でMさんが持って来て下さった。

「せっかくだからコーヒーも買って来た♪」と。

あ、そうだ、じゃあ、さっきのミネストローネ、あと一人分残っているので食べていただこう。

これに対しても本当にパクパク食べて下さって嬉しい。

よく知らない人の煮物とか嫌って言うじゃん。それなのに美味しい美味しいって言ってくれるもんで本当に嬉しい。

三人でカフェに居るようなメニューでパンとコーヒーとスープでまったり出来た。

色んなことで話題が絶えなかった。

私はやっぱり何かを学んでいる人や成長して行く人が好きなんだろうなあと感じる。

さて、Mさんの教育分析では”受け取って手放す”に関連することを話し合う。

Mさんは低空飛行で生き残ったパイロットの話しをしてくれて「あの一節を読むと、涙がポロポロ出る。」と大切なことを話して下さった。

私もちょっとその素晴らしい意味に泣きそうになった。

身体が傾いた方へ機体が傾くのは飛行機もバイクも自転車も同じ。でも、空でのそれは命がけなのだろう。そして何の乗り物に乗っていなくとも、人生は自分で構築できる。

それをやって来たことがある人にしか分からない涙ってものがある。

************

それはそうと、Yえさん。

先日Mさんにマッサージを受けてから夏の終わりからの不調が治り、食欲も出たしお酒も美味しく飲めると語っていらした。

明日、一緒にライブに行くからまたMさんのことを絶賛なさるだろうなあと思って楽しみにしていた。ハッキリ言ってこの人、決してハイになることのないビッグマザー。本当のことしか言わないし浮かれることもない。

楽しみだなあと思っていたその夜のこと。

夫からの電話で「Kさんがオイスターバーで待ってるってよ。カオリンさん来るから何時でも良いって言ってたよ。」と言いつつ迎えに来てくれた。

あら、Kさんが居るということは奥方のYえさんも居ると言うことだ。

マッサージ、絶賛話は今夜聴けそうだ。

初回のときはほぐれてほぐれて、家でぐったり休んでいたしたのだけど、慣れたのね。もう飲んでいるとは。

お会いすると、頬っぺたツヤツヤのYえさんが笑顔でいらした。

めっちゃ、嬉しいんですけど。

全然自分の手柄じゃないんだけど、あの良さをきちんと受け止めている人を見ると、本当に、勝手に自慢げな気持ちになってしまうのよね。
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2015年10月22日

皆に会える旅

今日は楽しいアラフォーチームでの訪問入浴で町中を走り回った。いや、町どころか、複数の市を跨いでの訪問の旅。

何だか普通の散歩とか普通にドライブするより楽しいのだなということに気付く。今頃か。

薄々感じてはいたのだけど、今日ハッキリと感じた。

机上の空論ではない本物の旅。

ある方は寒いね、寒いねと震えていらしたのだけど、暖かいお風呂で幸せそうな顔に。当然そんな顔を観る介護者さんはもしかしたら当の本人より嬉しいのかも知れない。時折涙する人もあるくらいだった。

筋ジスの女性の三つ編みをお風呂上りに仕上げていたら、ありがとうって言われるHちゃん。

ありがとうはこちらなんだよね。

あるいは、私と同郷の親子様。

娘さんが私も人生で初めて体験するご病気。

頚椎損傷かと思いきや、さらに大変な病気だった。そうか、それで私、いつぞやあんな夢を観たのかと思うところあり。

けれども、Hちゃんの動かせない頚から発せられる笑顔はパーーーっと灯りを照らしてくれる。

九州人らしきさっぱりとしたお母さん。そして過去に100歳以上の高齢の方を看取ったというベテランヘルパーさん。

Hさん!頼もしい環境だね!と言うとまた満面の笑顔。

スピーチカヌレなので人工呼吸がついてもコミュニケーションが取れるので、Hちゃん、色々質問してくれたり、爆笑したり。

はたまた最初の頃、その病状と呼吸の様相を観て若干大丈夫かな?とハラハラしていた男の子。

この子ともメンバーは友達になれた。

入浴剤何が良い?

って問いかけて、その答える声が聞き取れるようになったりとか。

もう一日中色んなことがあった。

***********

まあ、そんな旅に力を尽くすことも楽しかったのだけど、ヘルパーさんに晩御飯のメニューを訊かれても話題に花が咲く。

「なんか、去年は鍋ばかりしてなかった?色んな鍋の話しだったような。」

うん。そうだねー。段々鍋率が高くなる季節だよね。でも、昨日は餃子の具をね、油揚げを半分に切って袋状にしたものに詰めてこんがり焼いたよ。

餃子と同じ要領で焼くのだけど、より簡単で、あと、油揚げのパリッと感も美味しかったよ。

夕飯の話題だけでも尽きない上に酒の話しもあり、しかし、あくまで仕事中なので利用者さまや介護者さまたちの話題に戻り。

この広い世界を行ったり来たりドライブした範囲と同じくら脳が広がっていたような気がする。

帰りがけ、よいしょ、よいしょばかり口ずさみつつ事務処理していたのだけど、「いやあ、疲れたねえ。」と言いつつも笑っていた。

またこのメンバーにあたると良いな。

そして、会いたいよ。闘病している皆、そして介護している強気人々。

何かをして貰っているのはこちら側なのだと何度も気付き直す。
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2015年10月21日

光抱く子供 光抱く母もあり

今日は奇跡の早上がり。

とは言うものの、件数が少ないなりに疲れていた。

あ、そして自宅で電話カウンセリング。

電話カウンセリングの30分ほど前に自宅に帰って来ては夕飯のメニューなどを考えていたのだけど、そこへやんごとなき人からライン。

娘さんのカウンセリングを今日の最終時間でも良いのでやって貰えないか?と。

そんなわけで、先ほど立川から帰って来たばかりだというのに慌てて再び帰路を逆行。

つまりは立川にトンボ返り。

このお母様の悩みや心配、怒りやくやしさ、色んな想いについて私も覚えがある。

しばし二人のコミュニケーションを眺めていたのだけど、”やっぱ、心配だと母親はそうなりますよね。”と内心思う。

私なんぞはその昔、部屋の扉を開けてくれなくて激しくノックして「何があったのおおお?」と騒いだ経験もあるし、さらに言うと開けてくれないので、何と、ベランダから回り込んで「どうしたんだ?」と入って来たという体験あり。

あれ、今、考えると娘、凄く怖かったと思うのよね。うざかっただろうな。

何せ、親と先生には話したくないのだもの。これが意外と自立心の強い子に見受けられる特徴。

お土産のドデカい肉まんを三人で頬張りながら、しばし、様子を観ていたが、このお母様は立派なもので揺れ動く心を押さえてほぼ冷静に対処していた。ええ、あくまで昔の私に比べればの話しなんだけど。

でも、ついつい、ろくろ首状態になってしまうのよね。ついつい全部知りたいから詰め寄ってしまう。

すると、子どもという相手はますます引く。

それでも、そんなお母さんに突っ込みを入れつつ、今しがたこの極めて良識あるお母さんがやっていたことを、そのまま私がお母さんご本人にやって見せたところ、「怖い!」と爆笑。

ねえ、そうでしょ、そうでしょ。大人でも怖いんですわ。子供はもう必死で話題を逸らすことに必死になるはずだわ。

でも、『辛いことを話すのって、同時に思い出してしまうことでもあるから言いにくいよね。』と齢6歳くらいの子に語りかえると頷いてくれた。

そして、お母さんのコミュニケーションは、ノウハウが問題なのではなくて、少なくとも彼女にその想いが伝わっている。

ポツリポツリとだけど、話してくれ出した。

眼をそちらに向けずにね。「へー、そうだったんだあ。」と答えて、あとは断片的な言葉を繋ぎ合わせるとその日、何が彼女のエネルギーを削いだか?ということがよく分かった。

お母さんはもちろんもっと知りたい。でも、もうお子さんはいっぱいいっぱい。その情報じゃ少ない。全部知りたい。

その気持ちは分かるものの、今日はこんなに話してくれてありがとう。と最後は紙飛行機を飛ばしたり色々。

親は一人の人間なのだけど、時折一貫性も求められる。短い間に褒めたり「きちんとしなさい。」の繰り返しだと、子供は混乱してしまう。

混乱するのも親御さんなのだけど、彼女の潜在意識にインプットされてしまうような口癖だけを消去するようにお願いした。

*********
私はナマケモノなんで、やっと自宅に帰り着いて、どうしても本日が良さげという検案を依頼されたのを目にしたとき、『うわ。今日はもうダメだよね?』と自分に問いかけた。しかも、決して電話やメールじゃダメな類のものだよ、これ、

しかし、問題が問題なのでいやいや、行くべきだと思い、その後に浮かんで来たのは、例えばさ、おまえ、この一件を先延ばしの後日にしたとして、今この時間、何やる?と自分に問いかけてみた。

”うーん。ぼーーっとするなあ。ご飯作ったりするまでの時間、ボケボケしているだけだな。

そうなると、速攻ゴーである。

そんな夜のカウンセリングが終わった後、玄関で送り出すとき、お子さんが靴を履いている姿を観て、ちょいと泣き笑いしそうになった。

子どもってさ。

靴を履くということだけにも一生懸命なんだよね。凄く可愛いのと同時に神々しい姿だ。

だから、私も今日、頑張って良かったなあと思った。

お母様と約束したのは一つだけ。もう今日は親子共々頑張ったよー。家で楽しく過ごそう。この話は終わり。(とりあえず今日は。)

ところがそのモードになると案外話してくれたりするのもまた人間というものの一面の真実なんだよなあ。

皆が心配しているよ。
皆が心配しているよ。
皆が心配しているよ。
皆味方だよ。

それも愛である。

でも、私は、つい正直に口をついて出る。

実は先生はAちゃんのこと、心配じゃないんだ。

ハッとした顔でこちらを観る、外見は幼子の一人の人間。

先生はAちゃんを心配というよりは、信頼している。大丈夫な人だもん、Aちゃんは。

今日はご足労ありがとうね。と。

「この子を幸せにしたい。何とかしたい。」

ええ、それも愛の一種でしょう。(ただし親御さんに限って言って良い言葉なのだけど。)

でも、この子はどうにかする必要はない。本当はそのままでよくで、他の大人が自分の問題的にすら気づかずして、余計なことをすることだけが害。

この子の試練、お母さんの試練。それは将来有望な証拠。

何故ならこんな鍛錬が必要な時期がこんなにも早く来るのだから。

使命の無い人には障壁は来ない。

色んな人を見て来た今の私はそう思う。
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2015年10月20日

光抱く子供

今日はカウンセラーズトレーニングの会その2の日でもあった。

参加者さんの輝く笑顔と同時に喜怒哀楽があった。

それで、ワークはさておいて、昨日風評被害のお話なんぞを書いていたが、身近にもその痛みを受ける人が存在していた。

ワークと言えばワークなのだけど、皆で自分のことのように考えた。

我が子になって見るというのは難しいし酷なロールプレーではあるものの、そんな中でも見えて来るものがある。

そして、子供の頃に起こる出来事というのは決して子供だけの問題じゃない。

大人同士の間にも同じように起こる問題だからこそ自分のことのように考えた。

どれが正しいなんて答えは出ないのだけど、母は子を育て、母は子供に育てられて行くなあとつくづく思う。

人様の子と言えど、大切な社会の子供。

広く世界を観て、色んな人々と出会い、制限をかけないで羽ばたいて行って欲しいなあと思う。

大人になってからも自分らしい羽ばたき癖を取り戻すことは可能だけど、ちょいとばかし難しい。

大人になるまでのトラウマでついつい固い脚本の中の妄想に囚われて引きこもるようになってしまうから。

あるいは自分の脚本にはまる人ばかりを探すようになってしまうから。

でも、それを乗り越えた人の翼は強い。真実と優しさとを両方背負って羽ばたいても折れることはない。

折れた痛みを知る大人はどうしても色んなことを危惧するのだけど、それも優しさ。

でも、『○は強いから。』と自分で豪語したあの子の言葉は信じるなのかも知れない。

けれども、薄々それを知りながら、彼女を愛する大人たちは羽根を一本一本引き抜いてそっと手渡したくなる。

本当は貰っている側なんだけどね。

たった一つのテーマを考え続けた3時間があっという間に過ぎたけど、とても有意義な時間だった。

祈りと応援。

でも、好き勝手な妄想を抱いて遠巻きに物を言う側の大人には、もしかしたら生涯受け取れることのない真実の翼なのだと思う。
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2015年10月19日

本当の優しさ&厳しさ

小さな町ではあるものの、とあるお店のマスターが風評被害にあった。

私にもそんな体験が山ほどあり。

で、話は違うのだけど、先日ヒプノトレーニングの会の後やら、まあ、毎回何らかのトレーニングをした後に、参加者が出来事や自分の感性や気付きをどういうふうに落とし込んでいるか?というのを観るのが好き。

そりゃ良いこと書いているっていうのにも感動するのも当然なのだけど、それ以前に、素直に書いて落とし込んで下さっている真実の姿が垣間見えるのが好きなのだ。

各自、自分の得たものを大事になさっているなあということが覗える。

こいうこと書くと、各自の意識が変わっちゃうんじゃないか?と心配してしまう部分もあったのだけど、いかんせん、今のまま、ありのままで居ていただきたいと思う。

要するに私の興味のある要というのは、今現在そこにある。

でもって、話は戻るけれど、三人で集まったヒプノのトレーニングの会の日にとある番組の話になった。

物凄い風評被害にあった人、しかも、公人なのでその弁明も難しい上に信じて貰えないという立場の女性だった。

そこでやってきた三人の男性は本来は毒舌キャラのはずだったのだけど、酒が入っているせいか、普段は出せない優しさが滲み出ていた。

例えば俳優やらの芸歴が40年以上ある人とか、いつも毒舌で笑いを取っている二人組とか。

ある瞬間、毒舌代表とも言える俳優さんの神回しで「今、その人の電話かけようよ!励まそうよ!」というストローク。これには百戦錬磨の他のプロ三人も驚いたのだけど、結局その方法で回り出す。

その時の電話の話し方、非言語、声のトーンに、ペルソナを外した三人を見た。

我々公人だって辛かったのに、あなた、どんなに辛かったか?元気だして欲しいなあということ「あなた誰?」というほど素に戻って励ましていた。

もちろん個性は出ていたけどね。

口をやや尖らせて、電話向こうなんだからみえるはずもないのにお辞儀する人。

二人目は「酷かったね。あんな婆じゃないわって思うたやろ?」とフレンドリーに行って笑わせてくれる人。

三人目は意外にも相手の話したいことに耳を傾けた。

要するに皆素だったのだ。

「もう話は聴きましたからね。」と受容される瞬間を観た。

それは先日のトレーニングの会で出た話でもあったのだけど、偶然、メンバーのブログを観て、彼らのわかりにくい優しさを垣間見たという話を書いて下さった方もいらして凄く嬉しかった。

芸能界に限らず厳しい世界である。

でも、一様にして言えるのはギャーギャー騒いている人に相反して、非の無い人は結構黙して語らずってのはありがちだなと思う

皆”法廷ゲーム”ちゅうのをやるのよ。

私がこう思うからこう思ってとか、どっちが正しいと思う?とかね。

でも真実は必ず明るみに出る。

もちろん言わなければならない時はあるものの、黙して語らない側は、結局最後の最後、プレミアムが人間関係を持つ。

何故なら妄想派とか被害妄想派ってのは難解で、何度誤解をといても、また勝手に猜疑心を抱く。(これが悲劇の脚本)新たな誤解や妄想の域を出ないから。
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2015年10月18日

おめでとう / 嬉しい再会

定期的に教育分析+レイキに通って下さっている方から朗報を聴いた日。

新しい就職先を見つけ、しかもその就職先の理念も素敵ならば、さらに彼女が望む分野の資格取得のサポートをして下さる場所での内定ゲット。

決して楽な仕事とは言えないけれど、仕事なんて多かれ少なかれそんなもの。頑張らないと続けられないことの方が多い。ただ、確かなことはそれが彼女が好きで望んでいる業界であるということが重要。

しんどいことが無いわけないという覚悟と共に行動を起こすといつの間にかその生活に結構な確率で爆笑したり楽しいなーと思える瞬間が現れる。

頑張りにも大きく分けて二通りがあって、将来の展望を見据えている彼女の先の先に続く世界が垣間見えるような気がした。流れに乗っているなあ。

さらに言うと、彼女は誰に言われるでもなく、自分の頭とハートで物事を決めて行く。他人をじっとり見据えて妄想する暇を作ることを選ばない。

彼女の世界、彼女の脳や思考回路の外に身体を運び出した。

そして、その傍らに心理学がある。

心理学に興味を持つ人というのは五万といるのだけど、とりあえずの一歩を踏み出したところで、次次と先に光が見えて来て「あれは何だろう?」と自然に歩んで来たこの数年間だったのだなと思う。

それは全て繋がっている。何一つ彼女の個性の法則に逆らっていない。

まあ、何と言うめでたい門出なのだろうと思った。

もう一つ感心したのは彼女のアドラー的とも言える子育ての方針。

親ってのは悪気はないのだけど、多くの場合、子供を子供として扱う。

少なくとも人間として観ているか?と問われると、対人間というよりは、やはり自分より下の子どもとして観てしまうのだ。

再三言うけどこれにも悪気がないのだけど、自分より絶対に物を知らない存在ださえ思っている。下手すると、自分より真実や知恵を握っていると生意気という言葉を使う人も居る。

でも、彼女はお子さんのことをちゃんとした人間として尊重している。

そりゃあ、大人な部分があってもいちおう子供は子供なので話さない方が良いこともあるし、時期によって苦しみだけを与えてしまうこともあるだろう。

でも、現時点では親の自分はこんなことを考えていて、こんな生き方をしていると伝えることはとても良いことだ。

将来は変わるかも知れないけれどね、今のママはこうだよと。

「子供には知られないようにしよう。」とか「子供だからわからないだろう。」ってのが完全なる大人の勘違い。

賛否両論あれど、私はそういうの好きだな。

人間同士だから必ず伝わる。はたまた例えばそのことで関係に支障があったとしても、それは、元々その要素があったというだけ。

日本は欧米ほどアイラブユーというとかハグするとか、直接的な表現をする文化はない。

それでも、出来ること、伝えることは山ほどあるなあと思う今日この頃だった。

もちろんそれは親子関係に限らず全ての人間関係に置いて言えることだけど。

***********

久しぶりーと言っても、彼女はオーストラリアに行かれてまだ季節が一つ移行しただけ。

Nっちゃんと偶然同じ街にお住まいのFさんにお会い出来た。

最近もまたお茶なさったと聴いて微笑ましい感じ。

この方との心理学は時々しか出来なかったけど、いよいよ佳境を迎えている。

どうでも良いけど、とても手ごたえを感じる人なのよね。

飲み込みが良いというか質問が的を得ているというのか。

それもそのはず。人生の先輩であるというだけではない。しっかり生きて来られた方でテキストに載っているような体験も沢山していらっしゃるし、自分なりに対処して来られているのですーーっと入って行く。

さらに言うとそんな中でも「ああ〜。なるほどー・・・。そうかー。」と何かを思い出しつつ「そういうことか。」と新しい観点吸収していらっしゃる様とかも凄く楽しい。

今日のような日にも私は何だか人間という生き物の凄さを感じる。
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2015年10月17日

自分で何とかするべしのパターン発動

朝起きて、メールを落としてチェックする。

すぐ返事を返せるもの、返せないものと様々なのだけど、とにかくそれが終わった後、ブラウザを立ち上げたのだが、そこでビックリ。

な、何、これ。

記事が消えちゃっているのも、困ると言えば困るのだけど、それはまあ借り物のブログ故時々あっても仕方がない。

何がビックリしたのかと言うと、フォントがでかすぎて画面いっぱい文字だらけ。なんだ、これ、ブラウザのサイズがPCの倍くらいになっとるやんけ。

他のページを立ち上げてみたのだけど、どこへアクセスしても同じ状態。で、逆に携帯やタブレットで確認してみるとちゃんと正常に表示される状態だったので、ああ、これはブログ云々の問題じゃなくてPCの設定に問題があるのだなと判断。

どこもいじっていないのに夕べと違うというのが難解だけど、このままでは使い物にならないのであちらこちらをいじって探す。えーと、こんなこと設定するところあったかな。

ええ、何せ方法を検索するにも文字がでかすぎて他のページも読めない状態だったから自力で何とかするしかなかったの。

すると、見つけた。IEのオプションでチェックを三か所はずしたところ、元の大きさに戻った。こんなところ、知らなかったし絶対触らないところなのにね。

すると・・・、今度は正常の大きさに戻してみて初めて第二の問題に気が付いた。

どこのページを観ても背景が表示されない。

うわー、文章は普通なのに自分のブログばかりでなくて皆さんのブログの背景も真っ白。

・・・・・・・・・・・。ちょっと。。。そろそろ行く支度しないと時間ないんですけど・・と思いつつも、再び、どこで設定するんじゃい?というのを探してみた。ええ、何せ携帯&タブレットは普通に背景が見えるものだから。

これかな?と思う部分のチェックを3つはずして見たところ、戻った。ここも思わぬところで触ったことないところだったんだけど。

概ね普通になったのだけど、今度はフォントが妙に小さくなっている。

というこの最後の問題は”表示”のところのパーセンテージを指定するだけで元通りになった。

いやあ、あたりまえに普通に使っていたけど、普通ってほんとありがたいわ。

なんでこうなったか?の理由を考えている暇もないし、問い合わせするのも返事待ちにどれだけかかるのか分からないので、とっとといじりまくって見て良かった。

うーん・・・。でも、最終記事は?

結構大事な一日だったってのに。

いや、こうなったらもはや仕方ない。

とりあえずはやらなければならないことをやろう。の心。
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2015年10月16日

ホラーではないけど素敵なミステリー

そう、それで、昨日のヒプノセラピストトレーニングの会のお話。

と言っても簡単に続きからとはならなくておそらく重複する部分も多いことだろうとこの書き初めに思っている。

何せ心理を通してのお付き合いの中では三本の指に入るほど長いお付き合いの方々。

4〜5年、5〜6年と言えば、時計時間だけを換算するとしたら、生涯のうちにごくごく短い期間とも言える。

ところが、時計時間ではないのよね。もう何十年分ものやり取りを交わして来た方々だから。

もちろん、何十年分かの進歩を一年くらいで成すような歩みや理解の速い人も居るのだが、元々はさっぱり繋がらないわーと何年もかけていた人も、ある日突然数万枚のドミノを一気に倒すかのように何かを理解することもある。

どちらにしても、出会った時期が早いとか遅いが全てではない。もちろんそれも充分重要な要素ではあるけれど。

そして、元々理解と分析が早くてスポンジのように気付きをどんどん吸収して行くタイプの人もごく少数いる。

そうなると、これはもう奇跡とも偉業とも言える歩みにも見える。

一番よろしくないのは目先の理由や思い込みで投げ出すことに違いないが。

それはともかく。

昨日の会で、最初から上手いこと端的に話そうとか、恰好をつけようなんて微塵も思っていない人が今日やりたいことの内容を、まずは手前から口に出して言葉を紡ぎだしたときの感動。

そうそう、そう。そんな感じ。その瞬間は真実を求めているし、天使のように素直なのでそのことだけに集中している。

それを四つの耳で聴いている側も微塵も漏らしたくないので協力したくなる彼女の大事な課題。

そして、おおよその目的が固まった。

さて、ここからが問題である。傾聴の訓練をきちんと摘みかねて来た人というのは、気が付けば良い傾聴者になるのと同時に素晴らしい表現者になっている。

要するに表現力と創造力が圧倒的に長けているのだ。

これが一般の方々だったらどうする?という議題も加わって来る。

一般の方々の中にも、そりゃあ表現上手な人もいますよ。しかし、数作品の作品を書いた作家さんが、何百もの草稿を書き続けて来た人には絶対叶わないのと同じ理屈。

というわけで、ここで三人で頭を突き合わせて文殊を繋いでいた作業を一旦中断して、最初の事前面談、臨床面談から実習して行く。

途中でストップもかかる。

クライアント役はMちゃんだった。そしてセラピスト役はAちゃんだった。

それで、Aちゃんなら今のエピソードに対して、数あるヒプノの技法の中で何を使って行く?と質問する。

なるほど!と思わず叫んだ。

何故ならここが面白いところでもあるのだ。非常にクリエイティブ。

もしも私がセラピストだったら、6ステップリフレーミングを使おうとするだろうなあと思ったのだが、Aちゃんが出した案がこれまた良かった。

どちらが正解とかじゃない。

こんなふうに施術者によって方法やフレームの造り方が違ってくるというところも面白ければ、そして、例え何か一つの方法で始めたとしても、決して施術者の思い通りにならないというところが面白いのだ。

「もう答えは分かっている。」と言うどんなに賢い人の中にもまた違った可能性の答えが飛び出すのだから。

ここで、術者が自分の思うように制限をかけたら、だいなしだけどね。

そんなわけで、結果的に色んな両方の複合体とも言える6ステップリフレーミングが始まった。

私は邪魔をせず、テーブルの向こう側から見ていた。二人きりという状況を作るためにも。

まだ明るい時間帯だったのだが、丁寧な誘導や、丁寧な表現が繰り返されて行くうちに、外が真っ暗になった。もちろん、それに乗じて部屋も真っ暗だった。

さまざまな自分に出会うクライアント役の挑戦者。

そして寄り添っている術者。

で、「あれ?」と思うことが起こる。

Mさんは寝転んでいる。

そしてAちゃんはその傍に座ってMちゃんを見つめながら誘導している。

しかし、そのAちゃんの隣にもう一人誰かがいるのだ。

不思議なことに全然怖くなかった。

最初はキャンドルの炎が生んだAちゃんの影か?と疑いたかったのだけど、紛れもなく、Aちゃんの向かって右隣、つまりはMさんの足元よりに、Aちゃんそっくりの人が座っているのだ。

その存在は暗闇なのにも関わらず、実物のAちゃんよりも、ほんの少し白く光っていた。

全てが終わった後に、もちろん一番大切な本題なのだけど、「誰か、そこに居たね・・・」と言ってみた。

もしかしてどちらかもわかったんじゃないか?と。

するとMさんが「え?私、先生が近くまで来てサポートしているかと思ってた。あれ、先生じゃないの?」と。

Aちゃんは、今日は始まる前にお話しして下さった例の友人じゃないか?とも仰った・

いや、それが。。。あれは紛れもなくAちゃんだった。

例えAちゃんとそのご友人の雰囲気が似ていたり、Yえさんが私とMさんの感じが似ていると言って居たり、MさんがAさんの横に居たのは先生?と思う現象もあるだろう。

知らない人が見ると、一つの物事を突き詰めている仲間というのはどこかに似て見えるものだから。

ところが、違ったの。似ているってレベルじゃない。

あの人はもしかしたら、Aちゃんのハイヤーセルフだったのじゃないかな?と思う。

何時間も見つめていたのに、触れようとか近づこうとは思わなかった。それも不思議なんだけど。

こういうこともあるじゃろうなあ・・・しかも、目撃したり感知していたのがやはり私一人ではなかった。

余談だけど、この日のワークは冒頭からして、良い意味での涙が度々流れた日でもある。

ユーモアがある。

しかし、真面目なんだよ。その真剣こそがこの人たちの答えなのだなと思った。

凄いもの見せて貰っちゃったなあ。

きっとAさんだけではなく、私たちの一人一人にそういう存在がいるのだろうけど、マックス頑張って、自らの意志で何かをやろうとするときに、ああしてハッキリと具現的に表れるのだろうなとも思った。

一人で出来ないからつるむわけでもなく、自分が何をやろうと決めている人々の間には自ずと何かが起こるものだなとつくづく思った日でもあった。

ホラーではないけど素敵なミステリー。

それは積み重ねによって起こる。

そして起こしているのは人の意志と力。
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2015年10月15日

ワンダーランド

今日はヒプノセラピストのトレーニングの日。

さあ、何がやりたい?に辿り着くまでも楽しかった。

近況とか、最近感じたことなどを雑談モードでシェアする。

それでお一方の到着が遅くなっている間、もう一方にとても貴重なお話を聴かせていただいた。

それは夕べ白ちゃんと、白い犬の夢を観たという私の何気ない話の後に話して下さった。

お会いしたことのない彼女の大切な人のことを思う。

胸がいっぱいになった。

もうお一方がお住まいのところはとても良いところ。

しかも立川からそんなに遠くはないのだけど、いかんせん沿線の特徴が不便なのよね。

でも、ほどなく到着して下さって、さらに最近涙したことのストーリーを話して下さる。

色々話す中で私が最近涙したことの一つとお話が一致して嬉しかった。同じものを観て、同じポイントで同じようなことを共感出来たとうことがまた嬉しい。

さて、そんなわけで笑ったりじんと来たりで充分なウォーミングアップが終わった。

さあ、今日は何やりたい?と本題をふると、やっぱりさすがだなと思う。

とりあえずは口に出して繋げる努力が始まった。

何せ感情を言語化するのは難しい。問題を絞るのも難しい。

ヒプノは必ずしも問題点にフォーカスするとは限らないのだが、この辺りが向上心の高い方々の特徴なのだろう。

言葉を紡いで、紡いで、何をやりたいか?のお題が浮上する。

さあ、そんなわけで今日も始まった。

日常の奇跡が。

「顕在意識ではもう答えは分かっているんだけどね。」

それすら面白いコメントだ。ナイス。

そうそう、分かっているのだけど、それ以上の答えが顔を出すのがヒプノの面白いところなのだ。

非常に面白くて、そして、とても不思議なことがあって、さらに言うとひそかに涙した数時間だったのでこのまま書きたいのだけど、うぬぬぬぬ、今日はもう時間がない。

ので、また次回。

とりあえず先に結論を言うと、この方々だからこそ起こり得た出来事ばかりで感動と表現すると軽すぎるくらいの驚きと深さだった。

で、夜も20時半も回ってまだ急いでいる私。

でも、頑張るぞ。
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2015年10月14日

キッチンセラピー&飲んだくれ

次女くんの言う水星が逆行中という時期には、確かに色々とちょいとした行き違いとか、何故だか同じ人から同じ内容のメールがボンボン送られて来るとか。

はたまたご予約したくてメールしたのがこちらに届いていないとか・・・・その他、様々なアウエイなことが起こっていたような気がする。電車も信じられないくらい止まって困ったしなー。

で、今はその逆行とやらが終わって「いい時期にさしかかったでしょ?」と言われるのだが、「・・・・・・・・。確かにハプニングは起こらなくなくなったけど・・・良いことって、どれだろ。」

「あ、そか。お母さん、基本運強いから普通に感じるのか。でも、あたりまえのことばかりじゃないんだよ。」

こら。人が運だけで生きて来たかのようなことを言うな。

「いやいや、まさか。物凄いストイックじゃん。そんな運だけだなんて。」

いや・・・どこがストイックなん。それは違うだろ。

「・・・・・・・・・・、もう私もお母さんのことはよくわからん。」

このよくわからんって言葉、上の娘にもしみじみ言われたことあるなあ。こんなに分かりやすいのに。

********

夫の肝機能を含む血液データーやら血圧やらが劇的に改善していたので病院の先生に褒められたというその後。

あいかわらずタマネギ入り味噌汁は毎日作っているのだが、昨日はタマネギ+カブ+カブの茎。

その前はタマネギ+ジャガイモ+わかめでその前はタマネギ+油あげ+豆腐。

ある日はタマネギとナス、キャベツ。もう、今日は何にしようかなー?と一瞬迷うものの、味噌汁って不思議だね。結構なレパートリーが可能。

それは良いのだけど、先日、夜の8時を回った頃、家で鍋の用意がスタンバイした頃「とまり木に行こうよ。」と電話。もちろん一喝した。連絡が遅すぎる。しかも、ちょっと数値が良くなったからと言ってすぐ飲みに行くんだから。週一にしときなはれ。

ところが翌日、これもカウンセリングが終わりそうな夜に電話が来て「串トラ行こうよ。」と。

で、その串トラさんにKさんご夫婦と猫仲間のSおじさんがいらしたので「お久しぶりです!」とテンションがあがる。

Kさん曰く「尾崎さんが節制し始めたから俺も見習って大分飲みに行く回数が減ったんですけど、夕飯の時間になると女房のトントントンという料理を作り始める音が聴こえると気持ちが滅入って来て。。。」とのこと。

いやいや、Yえさんのお料理は美味しかろうに。何とも贅沢な話だ。

しかし「なんか、つまんないよーー。つまんねー夜だなー。」と正直思うそうである。

それは無理もない。人が好き。酒が好き。皆でここ数年いっぱい集まってゲラゲラ笑い合っていたもんね。


夫も同じタイプだし、Kさんのことが大好きなので、それは非常に気の毒に思う。

で、皆さん物凄く働きもので、色々頑張っているから酒くらい良いじゃないかってな話でもある。

だから、うー、週1じゃきついのかな。せめてまずは今までの半分に減らして貰いたいものだなと私も包丁を握っている。



私も飲みに行くことは嫌いではないのだけど、スーパーに行くこととか、台所で過ごすことがセラピーになっちゃうタイプの人間なんだよね。ここが夫とは違うんだろう。特に料理が美味いというわけじゃないが、食材と触れ合っている何か作っているととても心が落ち着くのだ。

そんなわけで、その夜は久しぶりに会えたことが嬉しくて5人で盛り上がってゲラゲラ笑いつつハシゴした。

二軒目では通称ママという美人さんも参入。この方は一人で飲みに来ていたらしい。

Kさんご夫婦と楽しく会話しつつも、時々私をじっと見るし、私もじっと見る。理由は二人とも一緒だった。

「どーーーっかでお会いしましたよね?」と言われたので私もそう思っていたんですよと答えていたがその時にはどうしても思い出せなかった。

こう行った場合というのは、何せ飲むときにはきちんと酔っぱらう私の場合、大抵連絡先を交換していたりするので携帯の中に入っているかも知れない。

しかし、その前に思い出した。ずーっと前だけど、この店のドアにどかどかぶつかりながらべろんべろんで入って来た美人さんじゃないっすか。

「え?どうでしたか?ごめんなさい。私、いつもべろんべろんだから分からない。」と言われて「あ、大丈夫です。私もですから。」と答える。

しかし、その後、娘の結婚式の数日前に記憶喪失の私がしでかしたことをKさんに知らされて青ざめる。

やばい。夫だけじゃない。私も自粛しよう。よりにもよって鶏マスター様にまでそんなことしていたなんて。

いつもオンステージ状態で喋るマスターが、「あら?なんか、引いてる?」というくらい自分が喋り倒したことは覚えているのだが、まさか、あんなことをやっていたとは。

Kさんは「いやあ、大丈夫だよ。マスター、笑ってたよ。かおりんもすげーなーって。」

うそだ。怒ってたでしょ?どうしよ。謝るにも謝りにくい失礼さ加減だ。

「大丈夫!ほんとーにうけてたから。」

で、今度夫に何故に「何故叱り飛ばしてでも止めてくれなかった?何故三合目くらいの日本酒で『もう止めろ!』と言ってくれたなかった?」と言ったのだが・・・。

Kさん曰く「うん。マスターが言ってたけど、その時の尾崎さんは、例によって鳥のように寝てたって。」。

・・・・・・・・・・・。分かった。自分でしっかりする。(かな?)

まあ、それはともかくとして二軒はしごして、丁度良い感じでそれぞれのおうちへ帰った楽しい夜だった。
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2015年10月13日

夢分析

数日前の夢の中に病院ナースだった頃のかつての仲間が出て来た。

いつも忘れてしまうのだけど、彼女が夢に出て来ると「あ、また久しぶりに会った。」と思う。

半年〜1〜2年ごとくらいに夢で会っているのかも知れない。そのシチュエーションは様々だけど。

女ばかりの職場ではあるものの、それぞれの個性を比較的認め合って働いてたのがその病院だったと思う。

もちろん、この忘れた頃に夢に出て来るSちゃんとも、複数で飲みに行ったり二人きりで飲んだこともあった。

でも、特に物凄く仲が良いってわけじゃなかったような気がする。だから夢に出て来ると余計に不思議に感じるのだろう。

思い出深いのは、映画の”エス”を連想させる出来事が起こっていたこと。

彼女は頭が良くて行動力もあって、礼儀正しくて謙虚。

モデルのような体型と容姿を持った人だったのだけど、よく飲むしよく皆を笑わせているユーモアのある人だった。

特に目上を立てるということに関しては頑ななほどそれを守っていた気がする。

それから数年が経って、私はカウンセラーの仕事に絞るためにその病院を退職。

でも、異例のことで、月に2回だけ夜勤に来てと言われたりオペ室にバイトとして登場するということが数年続いた。その病院、多くの企業同様、バイト禁止のシステムを取っていたのだけど、長くいたせいか、色々と特別なルールを設けて下さって、ありがたくも時々出入りするのが新鮮だった。

ところが年月が経つごとに気が付いて来たのだが、彼女の中身が変貌して行った。

以前は大らかで優しかったのだけど、薬屋とか後輩とかへの物言いが物凄く厳しくなっていた。

特になのだけど、年齢がいっているものの、新人で入って来た人の態度が気に入らないらしく、イライラしているのが公私共に口に出す話題だった。

『もうー、昨日なんて、せっかく休日で子供と一緒に過ごしているのに、あんなやつのことを思い出して、せっかくの家族時間をイライラして過ごすことになったちゃったよ。』

要するに役職がついて、責任感も重責ものしかかっているのでストレスも多かろう。

けれども、それが「言うことを聴かない!」ということで、絶対的な怒りを活火山のごとく放っていた。

その様子を観ていて、昔のSちゃんだったら気にしないだろうなあ・・・と思ったものだ。中身が昔のSちゃんのままだったら、ただコツコツと自分の仕事をこなし、困ることを他者に注意することがあっても、それ以上に心が毒されることはなかっただろう。

環境に作られてしまう人間というのは沢山存在するし、それはSちゃんのせいじゃない。無意識に選び取らされている自分の思考や感情なのだから。

求められたわけではないので、何も言わなかったのだけど、あまり幸せとは言えないなあ・・・と思った。

どんなに給料があがろうが、権威という存在になろうが、心休まるときはなかっただろう。

いや、正確に言うと聴かれたか。「なんで、あいつとあんなに冷静に話せるの?」とか。

いやあ、冷静も何も他人だからなあ。むしろちょっとおもしろめの他人。

人は言うことをきかせようととか、相手を変えようとか、あるいは、道徳通り、先輩を敬え!ということだけに必死になると、どこかで何かを落として来てしまうらしい。

それはともかく、そんな現実に起こったことすらすっかり忘れていた頃に、またSちゃんの夢を観た。

いったいなんなんだろうなあ。後半なんてほとんど話す機会もなかったし、もう何年も何年も会っていないのに。

その日の夢はまた変わっていて、二人とも別々の切株に腰かけていて、何故だか手を繋いでいる。

いやいや、そんなに仲良くないだろう。何してんだ?私、ちょっと急いでいるんだけど。

そういう私にSちゃんは人差し指を立てて、「しっ!」と言った。

え?何?

『このまま瞑想をする必要がある。』

??????

何だか訳が分からないけど従った。

瞑想をしていると、美しい聴きなれたBGMが流れていた。

たったそんだけの謎の夢。

まあ、ユングやゲシュタルト的に分析しようと思えばいくらでも出来るのだけど、なんで彼女なのかが未だに不思議である。

が、懐かしくて嫌な気持ちはしなかった。
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2015年10月12日

図太くなって大事な人よ / その価値があるので惜しくない

もう長いお付き合いになるし、もう何度もお会いしているその人が現れたとき、『Tさん!』と声が出てしまう。

遠方であるというせいだけじゃない。

少しは太れましたか?食べていますか?

まだ今のところは美しいという範囲内の痩身なのだけど、彼女の普段の業務や心労を思うとカウンセラーの範疇をついつい飛び越えて心配になってしまうのだ。

凄く昔の話だけど、私がまだ若い頃、一人のナースが何日も無断欠勤して連絡も取れないことがあった。何と、その人は若いみそらで、睡眠中に心不全を起こして亡くなっていたのだ。あの時のショックが忘れられない。

とは言うものの、このTさんという師長さんには伴侶も居るし、まさかそんな最悪なことにはならないと分かってはいるのだが、もしもということがある。

人って慣れた仕事というのはかなり辛くともこなせてしまう。そして、慣れているが故に、自分がどこまで来ているのかが分からなくなってしまうこともあると思うから。

「ええとね。シルバーウィークのときにプライベートでキャンプに行って沢山食べて沢山寝てのんびり過ごしたの。その時は1.5キロ増えたから『やった!』と思ったんだけど、病院に戻るとダメね。また元に戻っちゃった。」

もう、きっと凄い脳代謝なんだろうなあ。同時に色んなことを考えたり捌かなければならないし、もちろん身体も使う。

食ってくれ、食ってくれ。美味しく食べてくれ。そして、うんと気楽に考え過ぎるくらい幸せに過ごして欲しい。

と思ったものの、仕事関連のエピソードを聴いているとやはりそうは行かないようなのでついつい憂いてしまう。

でも、一つだけ。

おかしなことをおかしいと感じられるようになったあなたが嬉しい。

昔はこんなことですら自分だけのせいにしてしまっていたのだもんね。

************

広大の森の開拓者もいらっしゃる。

でも、ちょいと頑張り過ぎたね。もちろん頑張りたかったから頑張ったのだろうけど。

腰背部を傷めていて横になってのレイキは辛いとのことで、先日からカウンセリング+レイキのメニューの際には、座ったままでレイキを流しているのだが。

仙骨及びその少し上が石のように固い。

もちろん仕事柄もあるのだけど、エネルギー的な意味がある。

数年前はガーネット。

でも、今日は自分が着けているルビーインゾイサイトの中のルビー部分の原石のペンダントが、「あ、これ、私のじゃねーなー。。。。使って貰おう。」と思った。

ついでに既定の赤と、頭部の第三の目を繋げるために二つ通していたラピスも着けて。

命あっての物種。

もちろん死にはしない。森の開拓者はそんなにヤワじゃない。

なのだけど、色んなことの尊さを思うと、今日の私は全体的におせっかいだった。

皆、元気で踏ん張るときには踏ん張り、そしてゲラゲラと笑いながら生きて行こう。

それが出来て初めて人は育って行くのだと思うから。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | 恋愛・友情・仲間とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする