2015年11月30日

そしてまた旅立つ

激動するほどのカウンセリングの合間合間、本日から心理学の基礎コースのスタートを切る方がお一人、そしていよいよ上級コースのスタートを切る方がお一人いらした日でもあった。

何だか、最初の最初から手ごたえを感じる。

上級の火ぶたを切って下さった方とのお付き合いは長いのだけど、何だかいつまでも可愛いお方。しかし、強くなったなあと万感の思いを持って振り返る。2015112901.JPG

そして今回基礎コースを始めたお方は偶然私と同じ年齢のお方。

実はお会いすること自体がまだたったの二回目であり、前回はたった一度のコンサルテーションを行っただけだった。

そこから心理学へのジャンプってどういう経緯なのだろう?ということも講座の内容も兼ねて質問してみると、なるほどなーと思うことが多々あった。

何だかまたまた見たこともない触れたこともないものに触れたり、素晴らしい景色を見る旅になりそうな予感。

それにしてもお二方ともよくいらして下さったなあと思う。

今、ワクワクしている。互いの世界を重ね合わせ、広がる可能性とは何なのか?それは未来に行くにしたがって見えてくることだろう。

それにしてお二方ともお仕事をしながらでの決心。その心意気を決して無駄にはしたくない。

***********

で・・・・・・・・。

途中で夫から電話がかかって来て「ねえねえ、昨日のピザの会、上級コース覇者の方々のことなんだけどさ・・・。」。

ごめん、忙しいから切るね。がしゃっ。

とうとうピザの会上級コース覇者という言葉まで飛び出しました。

まあ、いいや、しばらく放っておこう。

だいたい、それが凄いって気が付くのが遅すぎるねん・・・・と心の中で思っていただけなのに再び電話が鳴って「いや、だから前々から凄いと思っていたんだけど、何をすれば良いか分からなかっただけであって、それが今回・・・。」。

2重の意味でがしゃんとこれも切る。

おまえはエスパーか。それとも熊の本能なのか。
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2015年11月29日

とりあえず落ち着いて欲しい(面白かったけど)

昨日、とある方のコンサルをやらせていただいて非常に感動することがあった。

自分ではどう感じるのか?ということはさておき、何かを根気よく継続することって凄い結果をもたらすなあと思った瞬間。

しかも、さらに言うと、ご自身でもそれを1グラムでも2グラムでも体感して下さることって、とても大きい。

***********
この話はまた後日書くことにして、その他プライベートでちょいとあきれるやらビックリすることがあったので今日はそちらを。

夫が事務所まで車で迎えに来てくれたので帰路へ向かう途中、ぼーーーっと夜の街を見つめていただけだった。

で、車のフロントガラスの上の方に綺麗な月が見えた。

あー、綺麗な月だなーと思っていたのだが、何となく違和感。

これだ!上に挟んであるこの紙のようなものが邪魔なのだ。前方しか見ていなかったから感じなかったけど、そのちらしみたいな紙をザっ!と抜き取った。

そう言えば、この紙、この車に大分前からあるけど何やの?邪魔だなあ。

するとそれは、劇団四季の”人間になりたがった猫”のちらしだった。劇団四季 人間になりたがった猫 [DVD] -
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「いやいや、それ、あなたのだから。」

夫曰く、夏の頃にとあるバーで知り合った皆さんと玉置さんのライブへ行った際、そのホールに沢山のちらしやポスターが展示してあって、私はこのちらしを見つけるやいなや、ぱっ!と抜き取ったと言う。

ああ、思い出した。

何とも悲しいイラストでせつなくなった。

タイトルも切ない。

あの時そう思ったのだ。

もしも白ちゃんが人間だったなら、”それは止めてよ。”とか”こっちに行きたいよ。こういう余生を選びたいよ。何でかと言うとね?”とあらゆる人間に説明が出来ただろうに。

そんな感慨とこのミュージカルの内容は別物なのだろうけど、イラスト一つで私的に万感の思いが込み上げて来て思わず手に取ったのだった。

ライブの後、私はそのちらしの存在を忘れていた。無意識だったのだろう。あまり触れたくない心情だった。

「だから、俺、そのミュージカルをクリスマスプレゼントにしようと思ってとっておいたんだよ。26日、空けておいてって言ったでしょ?」

ええっ?あなた、ミュージカルなんて観れる人じゃないじゃん。映画館でもほとんどの作品を前にして、場内が暗くなったら自然に寝てしまうという原始人的な作りのはず。ええ、もう何十年も一緒にいるとよく分かる。多分観ても面白くないかグーグー寝ているか、あるいは私に向かっていちいち「どういう意味だ?」と訊いて来るという面倒臭いことになるでしょう。

なので、無理せんでいい。あれ?でも、チケット、もう取っちゃったの?

「いや。あんな小さな会館のチケットなんてすぐ取れると思って今日電話しようと思ってた。」

それを聴いてずっこけた。

夏に発表されているミュージカルツアーで、しかも劇団四季。今から取れるわけないでしょうが。でも、まあ、良かった。無理させないで済んで。

「え?嘘。そんなもん?」と慌ててオイスターバーで電話し始めてたけど案の定、完売。

良いの、良いの、気にしないで。お気持ちだけで充分。

電話を切ったあと、「いや、ちょっと明日まで待ってろ。色々調べてみるから。」。

ええっちゅうの。

***********

すると翌日事務所に電話がかかって来て、夫が言うことには、そのツアーが来年の春に浜松町に帰って来るとのこと。

「ちょっと遠くなっちゃったけど、大丈夫だろ?今月中にとっておくよ。」

・・・・・・・・。そんな来年の春のことは分からないなあ・・・と思いつつも何だか止められる雰囲気ではなかった。

しかも、おかしなことを言いだした。

「あとさ!ピザの会の上級の方々いらっしゃるだろ?」と3人の名前を言う。お、覚えてるんかい。

そもそもピザの会の上級者というのが意味不明なんだけど。

そう、そもそも、くどいようだけど、そもそもピザの会じゃないし。

全く持って私がどんな仕事しているか知らないのだから、まあ良いか。私もよう話さんし。

すると「上級コースの方々は上級まで辿り着いたってことだから、きっと物凄く頑張って来た人なんだろ?もちろん基礎の人たちもそうなんだけど、より自分らしいところに辿り着いているってことなんだろ?」。

あれ?何言ってんだろ?この人、分かってるんじゃないか、本当は。いや、その理解度を差し引いたとしても、何言いだすの、この人。

「そんで、ピザの会の上級者の皆さんは皆猫好きだもんな!上級まで来て下さったんだから彼女たちもご招待しよう!俺が!」

ちょ、ちょっと待て、ちょっと待て。

まだチケットも取っていなければミュージカルがお好きか?とか、このお題のミュージカルを観たいのかどうか?とか、あと、春のご予定も何も訊いていないんだから落ち着いてよ。

「あ、ああ、そうか。そだな。とりあえずチケットを取って・・・」

違う!お伺いが先!

「あ、なるほど。いやあ、しかし、何か感謝を表したいとか、それって何かご褒美もんじゃねーのか?!って思っていたので良かった、良かった。ああ、良かった。」

良くない。とりあえず黙れ。保留。

「あ、そうだよな。俺、サラリーマンだから必ずしもボーナスが通年通り出るかも分かんないもんな。」

そういう問題じゃない。ってか、サラリーマンだからその辺りが大丈夫なのと違うんかい。

話しが混乱して行く一方なので、まじ、とりあえず保留。

夫にばしっ!とお札を貼り付けて鎮めたいくらいだった。

あと、この人、ほんとはピザの会じゃないって分かってるし、実は時折私が話していることもいちおうちゃんと聴いているのだなあと思った。

猫よ、ありがとう。

白ちゃん、今でもふわふわなまま夢で会ってくれる白ちゃん。

ありがとう。

あなたそのものが全て魔法だった。そして、現実だった。
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2015年11月28日

その方もお祝いにいらしてた

ここのところ、夜が遅い日々が続く。

例年にはない諸事情があるものの、まあだいたいこの時期から年末にかけてはこんなもんだ。

で、私の無くても良い癖というのは、夫が寂しそうにしていると罪悪感を勝手に持って、これまた勝手にイライラしているところ。

まったくもって要らんのよ、何でも自分がどうにかしなければってな思い癖。

なのだけど、一昨日の夜、ぽーんと時間が空いた。

そうすると分かるらしいのね。「オイスターバー行く?」と電話が来る。

えーと、明日も夜が遅くてしかもその翌日が訪問入浴で・・・とごたくを並べていると「いや、だから、今日の話し。」と念を押される。

ええ、確かに空いていると言えば空いているのだ。しかし、PCの中の仕事とか・・・って考え始めると永遠に空いていないということになってしまうので・・・。

ええい、行ってしまえ。いい加減飲みたいし。

で、久々に行ったオイスターバーはKさんご夫婦と丁度入れ違いだったらしい。全く持ってかなりの確率で同じ店に現れているわけだけど、すれ違うときはすれ違うってことで仕方ない。

しばらくぶりに生ガキのバーベキューソースや牡蠣のグラタン食べて、大好きなコロナを飲んで満足・・・。

と思いきや、大変だ!日本酒をメニューに加えたんかいっ!

しかも、猫居酒屋さんにあった日本酒が2種類も被っている。

そんじゃ、残草蓬莱のクィーンバージョンを飲んでしまえ。一杯なら大丈夫だ。しかも、ここは升がついていない。コップ一杯なら丁度良い。

あそこと同じ日本酒が二本もありますねーなんて店主に言って見ると、日本酒業界にも師弟関係があるそうで色々深い説明を聴いた。いや、これ、Tちゃんの方に聴かされたのかな?

というのも、さあ、帰ろうという段階になって夫が「猫居酒屋に行ってお母さん(りっちゃんたち)の顔観て帰らなくて良いのか?」と言うので、結局キャットフード買い込んでそちらにも行ったのだった。

こやつはいつも私に選択させるふりをして操っているのではないか?と思うのだが、酒が好きなのでのってしまう私も私。

でも、”どぶろっく”だけは飲まないよ。通常日本酒は升までの計算で2杯まで。(まあ、ビールは別だけど)

それ以上飲むとへべれけになるし酷いときゃ転ぶ。

それを心得ているつもりで、いつぞやどぶろっくを二杯で止めておいたというのに翌日、めっちゃ頭が痛かった。若干炭酸チックな濁り酒は辛口で美味しいんだけど、何やら私的には普通の日本酒とは別の効き方がするらしい。

「でも、どぶろっくも基本は八仙ベースなんですけどね。」

いやいや、Tちゃん、そんな言われても関係ないし。ダメなもんはダメ。

というわけで日輪田を一杯だけ飲んで帰ることにした。これも美味しいんだけどね。

りっちゃんママやTちゃんマスターと楽しくお喋りして、まだまだ居たがる夫に無理やり代行を呼ばせた。ほんとにもう、あなただって明日四時起きでしょうが。人間か、ほんとに。

で、代行が到着したその時だった。

ヘルパーさんのMちゃんとその伴侶のY君が店に入って来た。

Mちゃん曰く「あー、やっぱりねー、今日、かおるセンサーが働いたんですよ。絶対居ると思った。何なら電話して呼ぼうかと思ってたくらいですよ。」。

ううっ、Mちゃん、Y君。Tちゃんの結婚式以来だね。すげー、一緒に飲みてー。

すかさず夫が「あんただけもう一杯飲んでから帰って来なさいよ。」

うん!と即答。ってどういうこっちゃねん。←自分。

それで結局どぶろっく飲んでるし。

しかも、Tちゃんマスターが忙しかったのでY君が代わりについで下さった折り、何と、一升瓶のキャップが床に落ちてコロコロリン。

・・・・・・・・・・・。もう蓋出来ないからY君も飲んで下さいよ。ってことで二人で飲みきった。

さすがに後半苦しくなったのだけど、この店では心配ご無用。

りっちゃんママという酒豪の助っ人がヘルプに入って下さるし。

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いつかここで話したいと思っていた話があったのだ。

りっちゃんママは今現在シングルマザー。色々あったのだろうけど、亡くなったご主人はとても良い方だった。

先日結婚したTちゃんのことも凄く可愛がっていたそうだ。

先方の親族があまりに沢山勢揃いする中で、ママは心細い思いをしていたそうだ。

けれども、一人でぽつんと待つ中で、あのチャペルに居た神様そのもののような神父様がママに向かって、ニコニコニコニコ微笑んで、何度も何度も『ビューティフル!おお、ビューティフル!』と何度も声をかけてくれていたと言う。

銀座という場所柄、そして式場という場所柄もあり、多分多くの和装の女性を観て来たであろう神父様。

しかし、ママは着物と舞踊のプロ。しかも内面の美しさや生き方も滲み出ていて、それを神父様はビューティフル!と表現なさっていたのだろう。

そして式が終わり、披露宴も最後に差し掛かったシーンで私が見たものは。

最初は、気が付かなかった。

あちらのご親族、両親と新婦と新郎はくっついているのに何故、りっちゃんママだけが一人分離れて立っているのだろう?と思った。

息子さんとくっついて立たないで一人分開けるのは、お父様を亡くしたおうちのしきたりなのかしら?と思って黙って見ていたら、そこに確かに人影が見えた。

りっちゃん、お父さん、Tちゃん、お嫁さん、お嫁さんのお父さんにお母さん。

ああ、これで良いのかと思った。

りっちゃんとTちゃんの間のお方はそんなに大柄な方ではなく、TちゃんにもTちゃんのお兄ちゃんにも似ていた。

2次会の中華屋さんでふとそんなことを言ったところ、何とY君が写真を撮っていて肉眼で見たときほどではないのだけど、確かにそこに誰かが居る程度の雰囲気に映っていた。

ちなみにヘルパーのMちゃんも私と同じことに気が付いていたそうだ。

あれ以来、たまたまメンバーが揃ったのでその時の話し皆でしていたところ、りっちゃんママは息子さんと肩が触れ合っていると思い、Tちゃんは「お母ちゃん、何、くっついてくんだよ。」と思っていたそうだ。

実は二人とも一人分離れていたのにね。二人が触れ合っていたのは、かの愛しき人だったのだ。

きっと、とても喜んで下さっていたことだろう。

じーんと来た。お会いすること無かったお父様、Tちゃんをこの世に出して下さってありがとう。りっちゃんママや息子さん方をどうぞ引き続き見守っていただけたら・・・。

それから何やらZIPPOの話しに移ったり、他にも色んな雑談して、我に返った私は慌てて帰った。我に返るまでが長いっちゅうの。

入れ替わりにSたんが自転車で追突して来るように店に辿りついていたので皆で笑った。

何か、皆、朝まで飲むんだろうな。

我は限界なり。

また仕事落ち着いたら遊びに行こ。

え?猫ちゃんたちはもちろん皆お腹いっぱいでしたよ。(笑)多分色んな話を聴いて一緒に笑ってたと思う。
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2015年11月27日

フォーカシング&インナーチャイルドヒーリング&ボディ

そして今日はカウンセラーズトレーニングの会その2。

最初の頃は人数的イメージだけでミニトレーニング会などと呼んでいたのだけど、それがまあとんでもないことで。

やっぱり一人一人の人格とその中に内包されている宇宙は濃い。そして深い。どこがミニなんだって話。

今日はフォーカシングを使ったインナーチャイルドヒーリングをボディワークで行なった。

まあ、これやると、ほとんど100パの確率で可愛らしい子が出て来てくれる。

極端にブロックがある人は別だけど、充分に成熟した大人で立派に日常生活を送っている方々でも、必ずと言って良いほどひょっこり姿を見せてくれる。

最初は身体の一部の違和感かも知れないし、僅かな痛みや凝りかも知れない。あるいは僅かな温度差かも知れない。

でも、繊細なその子に注意深く話しかけ、あと、ここが一番大切なのだけどゆっくりとお返事を待つことで実にユーモラスが受け答えが返って来ることもある。

「そんじゃ、貰っておこうか。」という言葉には大笑いしてしまった。

同時に、長いこと冷えていたり痛んでいたりしていたことの痛痛しさも。

サインを送り続けている自分にすら気がついて貰えない寂しさや孤独も。

レイキを使いながら互いに会話していただいた。

私の語りかけなど蛇足に過ぎないくらいに互いに愛し合っていた様子を目の当たりにして目頭が熱くなる。

愛情を表現することはとても難しい。だから一生懸命考えて手を添え、一生懸命考えていらした。そのプロセスこそが愛そのものだと知ってか知らずか。

終了後、過去の出来事とこのボディワークで感じた感覚が思わぬ繋がりを表していたという感想なども聴けたりして、なるほどなー・・・と、この世界や、一人の人間の深さと歴史に感じ入る。

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2015年11月26日

引き算の美学

昨日の業務連絡の件、色々とありがとうございました。

ご一報が嬉しかったし、何より参加して下さろうとしているお気持ちがとても・・・。

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今週末には基礎コース、上級コース、それぞれ二つの旅が始まろうとしている。

肩ひじ張るのではなく、それでも頑張ろう。模索して行こう。

その人がその人らしくあるために。

元々の自分が素晴らしいのだということを知る人はまだまだ少ない。

とある映画での台詞でこんなのがあった。

芸術とは、美しさとは、色を足して出来る作品のことではない。

その輝きを覆い隠しているものを取り去る作業なのだと。

力を抜いて行こう。

私が私であるために。彼女が彼女であるために。

で、ここでまた業務連絡。

梱包まで終わっているからねー。待っててねー。あなたが凄く頑張っているの、知っているよ。

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2015年11月25日

トレーニングの会 / 業務連絡

文末の業務連絡についての追記ですー。

22日で大丈夫だとご都合つけて下さいました。(ありがとうございます。)

それでは来月、第四火曜日、年末ワークを皆さんと過ごせるのを楽しみにしています。

**********

人間は皆違う。

違う遺伝子を持って違う環境で育って来ているから。

だからこそ、分かって貰えたときとか、自分が伝えたかったことをそのまま受け止めて貰えたときの喜びは数億倍。

それは奇跡に近いことだから。

奇跡なんてそうそう起こるものじゃない。

分かっていながらも、気の遠くなるほどの時間とお金と命と魂をかけてコツコツと努力を紡ぐ。

何にもしていないように見えたって良い。誰に何と思われても良い。

そんなものとっくに承知で覚悟の上。

けれども、その自分の時間や命やメッセージをその人なりに受け止めて貰えたとき、内心ドバーー!と滝のような涙を流して号泣しそうになる。ええ、もしも仮にそれが一時的なものであったとしてもそうなるのだから、本当にその人の芯の部分に届いたとなればもうそれは奇跡中の奇跡。

ひらすら頭を垂れるしか無くなる。

ありがとう。

勝手にこの生き方を選び、勝手にこの部分を守り通し、勝手に決めた自分の使命。

そんな独りよがりの夢と希望を、力に換えて下さったり、万感の思いを伴い受け止めて下さって。

良い方に使って下さってありがとう。私は幸せです。あまりあるほどに。感謝しかない。

というようなことが本当に数少ないのだけど、時折起こる。

人と人とは違う。基本、何もしなければ分かり合えない。表現しても分かり合えないこともある。

でも、それを知らない人は「分かってくれない。」とか「自分を認めろ。」と易とも容易く言うのでビックリ仰天してしまう。

分かり合えるのは奇跡で、苦労、心労を栄養に換えて使って下さるのは、本当に奇跡中の奇跡なんだよ。

私は幸せな魔法の中に時折、むせび泣きたくなることがある。

幸せを選んでくれてありがとう。癒すことを選んで下さってありがとうと。

愛しているのです。

幸せであって欲しいのです。

言葉にすればするほど簡単なことを、この人の心の国の言葉で言うとどうなるのか?体感できるとしたらそれはどんな体験なのか?

それを模索する仕事は、とてつもなく難しくて遠くて儚い。本当の意味では基本誰にもわかって貰えない。

だから私はとてつもないギフトをいただいている本当に幸せものなのだと思う。

出来ることならば、もっと勉強して還元して行きたい。

小さな部屋の大きな世界。

誰もが愛おしくてどうしようもない。

玄関を飛び出して日常に戻って行った後も、届かないのだけど祈る、祈る、祈る。

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今日は久しぶりに3つのワークをやった。

優しさとは優しい言葉がけや裏声の気持ち悪いご機嫌取りではない。

時にそれは、「誰を架け橋の向こう側の人にします?」と訊いたとき、思わず一人がパンパンパン!と膝を鳴らしてアピールするほどの激しさだったりする。

迎えたいのよ!と。

あるときは、名もなき四つん這いの協力者が多数。

背中や身体を貸してくれる。

はたまたあるときは、延々と抱っこしたまま子守唄を歌ってくれる。どんなに腕が疲れても、力を抜いてくれるまでいつまでもいつまでも歌ってくれる。

何も気の利いた言葉など要らない。

一人一人がその人であるだけで良い。

***********

いやあ、今日はまた無茶なスケジュールを組んでもうた。

ってか、自分で入れた予定だろうが。

トレーニングの後、2セッション。終了時間午後9時。

それでも心は暖かだった。皆さんありがとう。

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あ!業務連絡!

夢中になり過ぎて皆さんにお伺いするのを忘れていた!

通常第四火曜日がカウンセラーズトレーニングの会なのですが、来月、29日でも構わないという方、いらっしゃいますか?

はたまた、22日でないとダメという方もいらっしゃいますか?

ちょいと職場の休暇願を出す都合で29日に出してしまったお仲間がいらっしゃるのですが・・・・。

ダメだったら分けて二回やっても良いという覚悟で私の方はそんな心積もりでおりますが。

ライン、メール、何でも結構ですのでメンバー各位様、ご連絡お待ちしております。
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2015年11月24日

幸せ脳の造り方

脳のタイプのテストというのを受けて見た。

これが面白い。

・ネガティブプラス
・ネガティブマイナス
・ポジティブマイナス
・ポジティブプラス

の4タイプに分けられる。

まあ、人って類型が好きだから、世の中には色んな類型論が存在する。何故類型したいのか?というと、分からないものが怖いからだ。

なので臆病度が強い人ほど対人関係において”決めつけ”が生じる。

例えば「あなたってこういう人だよね。」と言う頻度が高い人はこの類型癖がついている。

時々、まだ深く付き合っていない人や自分の話しばかりする相手に突然この手のことを言われるとビックリすることがあるのだけど、何せ類型とは恐怖心から来るものなので否定しても面倒臭い。違うなんて言おうものなら大混乱を来すほどの相手なら尚更のこと。

というわけで基本放っておくのだけど、楽しんだり参考にしたりする程度なら類型は遊べる。

勉強するつもりが遊んでもうたが、とりあえずシンプルなテストで、質問事項はそんなに多くはなかった。

@相手を蹴落としても上に行きたい
A人の彼氏を奪って不倫したことがある
B噂話が好き
CSNSで特定の人をいじめたことがある
D嫌いな女子を落としたい
Eいじめた相手を絶対許さない
F仕事は私が一番出来ると思っている
G理想の男性は高収入
Hブランドが大好き
Iイケメンじゃないと付き合いたくない

というようなたった10個の質問に答えて行ったら、結果としては私はポジティブプラスに類型された。

良いことが書いてあったので嬉しいには嬉しいのだけど、単に面倒臭がりなだけじゃないか?と思ったりもする。そんなに良い人じゃないでーって感じ。

で、自分のだけ見て終わると本を読んでいる目的の意味が無くなってしまうので他のタイプの性質も読んで観る。

まずはネガティブプラスのタイプの人。

@”ネガティブプラス型の特徴としては自己顕示欲の強さが挙げられます。自分の能力や才能を見せつけたいという願望が強く、前に進むのに必要なパワーだと信じています。
エネルギッシュで怒りや欲望を外に吐き出しながら進みます。

努力が苦にならず頭も良いので目標は達成しますが常に力を誇示し注目を集めたいので満たされません。

世界は自分中心に回っていると感じている人が多く、周りの人を「できない」と馬鹿にしてしまうことが多いでしょう。敵を作りやすく孤独です。”

参考として独裁型で相手を怒りでねじ伏せようとする、相手の気持ちを考えられないなどの特徴が述べてあった。

読んでみて、前向きで優秀な人に多いなーと思う。でも、長く一緒に居ると疲れるので勘弁って感じかな。仕事なら別だけど。

A”ネガティブマイナスは物事の悪い面ばかりに注目します。深読みをしてネガティブな思考に陥りそこから抜け出せなくなっている人も多いです。周りの視線や発言に酷く傷つき自分を保てなくなることがあります。他人の一言にも裏があるのでは?と疑ったり思い出をいつの間にか悪いイメージにすり替えたりしてしまい、不安要素を作り出すタイプです。
マイナスの感情に襲われることに慣れているのでそこから抜け出そうとせず、いつまでも自分と他人を責め続けます。未来に対しても悲観的です。”

補足として嫉妬型、根に持つ型、依存型、鬱病型というのが添えられていた。

極端に@かAに偏る型も居れば、混合型の型もいらっしゃるなと思う。

全部書いているとスペースが無いので他の二つの型は割愛するのだけど、要するに思い癖が生み出した脳のタイプであり、それが日常や人生を作り出しているということになる。

無いものねだりではあるものの、私はどうしても2タイプのネガティブの方々の方がエネルギッシュだなと感じてしまった。

それを続けるのって非常に疲れるのでなかなか大変だから。もう頭の中が忙しい上に何でも人のせいだから中々自分で行動しようとはしなくなる。行動しないとますます妄想がつのるの悪循環だろうから。

そして、それを知り、そう思うのは私が体験者でもあるから。

そう、脳は変わるのだ。

過去、そういう状態の時代を潜り抜けて来たからこそ分かる。いやあ、若い頃ってのは元気だったなと。しかもその元気を無駄な使い方に費やしていたな。

物凄く不自然な思い込みを必死で握りしめることに力を使うほどに。

でもって、元々ポジティブオンリーな人など居ない。
さらに言うとポジティブだと辛くないか?というとそうでもない。

人を信じすぎたり良くみようとし過ぎて馬鹿を見るなんてことも多々ある。

ただ、しいて言えば、そう言った物凄くしんどいことがあっても、自分をだました人とか勘違いして来ている人、あるいは嫌な出来事の中に、わざわざ留まらないのが、残り二つのポジティブ型の人々なのだろう。

どれが良いとか悪いとかと言うのではないけれど、どの型が一番自分らしく自由に生きられるのだろうか?

時々一考してみる価値があることなのかも知れない。

***********

昨日は、晩御飯の買い物を済ませて帰ると夫が某串揚げ屋さんに行こうと言う。またかい。でも、保存がきくものばかりだから良いかと冷蔵庫にしまう。

「いやあ、二人で飲みに行くの久しぶりだね!」

そうか?

で、その串揚げ屋さんで久々のKさんご夫妻とばったり出くわした。

何だか申し訳ないことにカウンターにいた方々も動いて下さってKさんご夫婦と4人横並びで飲めるようにして下さった。

いつお会いしても楽しい方々でゲラゲラ笑い時が過ぎて行く。

大分時間が経ったのでお開きにして、Kさんが「さあ、俺は帰りますよ。」と。何せ昨日の夜中の2時から仕事なさっていたそうである。凄い社長さんだわ、まったく。

もちろん私も帰るモード。

なのだけど夫が「お向かいの店に行かないんですか?」。

行かないよ。あなたは残って少し飲んでくれば?でも、飲み過ぎないでね。と聴く耳を持たなかった。

何せ夫はどこの店に行ったって知り合いだらけで、どこで誰に会っても楽しく飲めるしね。

それなのに、ああ、それなのに。Kさんご夫妻、優し過ぎ。

四人で同時に自転車を漕ぎだしたというのに「かおりん!どこ行くの?」という奥様の声。

え?なんで?

見るとご夫妻とも自転車をお向かいの店に停めている。

夫が寂しそうに見えたからと言ってものの数秒で付き合うことにして下さったらしい。うきゃー!

そして・・・・結局四人での2次会、+横にたまたま座っていた女子お二人と仲良くなり、さらに言うと、猫好き友達のS氏もお目見えになって夜更けまで楽しい宴会となったのだった。

Kさんご夫婦の人を集める吸引力凄し。しかも、私も含めて全員が終始爆笑の渦だった。

さあ、仕事頑張ろう。

何だかここ数年、少し分かって来たことがある。それは延々と続ける頑張りの切り方。そして素晴らしい人との縁がその他のもっと素晴らしいことを教えて下さったような気がする。
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2015年11月23日

ベースはそのままで&成長

カウンセリングや心理学を施したり共同作業を依頼人さんとやって行く中で、とても難しいなあと思うことが一つある。

良い意味で言えば視野が広がって行く。色んなところに光があたるからだ。

それは湿ったかび臭い状態の部屋が換気されて暖かい日が射しこむような状況。

けれども、古いパターン、あるいは幼いパターンを持ち続けわざわざ自分を窒息させていたのは、光を当てると色んなことが見えてしまうからだった場合。

本当は光が当たるのは自然なことなのだけど、それがとても怖いことのように思えて、必死で開かれる窓を閉じる力を発揮する。引っ張り合いの葛藤の中で疲れてしまう。

それは良いのだけど、例えば少しづつ光があたり本当の自分を生きるチャンスが開けて来たとき、どうしても人は昔の自分を否定し、酷い場合にはぶっ叩く。で、そういうときには知らず知らず周りのこともぶっ叩いている。

カビの中に戻るために誰かを悪者にする方が簡単だし、あるいは自分がダメだということにするのも簡単。どちらにしても攻撃先が違うというだけで現象としては同じなのだ。

本当は力を抜くだけで良い。

辿って来た道の中で感じたこと、怒り、悲しみ、憤り、ショック、喜び、愛、喪失、笑い、号泣、それらの全ては何一つ無駄では無かった。

もしもそれらが無かったらとっくの昔に歩むことを止めて同じ場所に留まっていたことだろう。

昔が悪かったわけじゃない。昔は昔なりにその生き癖が必要だった。(生き癖とは、つまりは心理学で言う防衛機制のことなのだけど。)

ただ今はもう大人になってしまったし、その古い方法は適していないし、むしろトラブルを生み出しているよというだけの話し。

だから否定することはない。

もとい、否定する人々の中にも様々なタイプの方々が居て、困ったなーと思うのは、自分を否定することによって他人から多くのフォローを得ようとする人。

認められたり受け入れられたり褒められたりすることを突っぱねる人々の一部にはとてつもなく高い理想があって、もはや普通の愛情や褒め言葉では満足できなくなっている人々が存在する。

もっとくれ、もっとくれという心理が、「私、こんなふうに評価されてこんなふうに褒められたけれど、ダメなんだ。」と少々自慢話も入っていたりして。

誰もが必死に生きている。

ということは、誰もが必死に生きながら、自分のことだけでも精一杯なのに、立ち止まり、言葉をかけたり、手を差し伸べたりしているということ。

本人にとっては小さなことに見えるかも知れないけれど、そうして差し出される他人のアプローチはどんな小さなものでも実は宝石だ。

手前の宝石を跳ね返して「もっと大きいの頂戴。」と言う、自信なさげに見せて実は自信満々の人のパターン。

それでも、頑張って人を愛そうとはする。でも、その場合の愛情表現がまだ未熟で、ついつい「私、こんなに良いもの持っているよ。」、「私、こんなに凄いこと出来るよ。私の傍にいるとこんなに良いことがあるよ。」というアピールだったり、もっと原始的になると親切心や要らないアドバイスや物質的なプレゼントのみ。

確かに世の人々の多くは「得をするから」と多くの知人を欲しがる人が存在することも確かだ。

けれども、それは表面にくっついたものに寄って来るだけの人々なので、その人が本当に欲しいと思っている親密さは永遠に手に入らない。

じゃあ、どうすれば良いのか?

今まで歩んで来た道を観てみるのも得策だと思う。誰もが色んなことを乗り越えて来ているし、まだ乗り越え切れていないものもあるだろう。

けれども、振り返れば、その人だけが知っているその人だけの道が開けている。

一人一人が唯一無二の存在。そして色んな価値観がある。

そして、自分が自分を認めようとしなければ、周りの人にどんな方法を使って求めても自分の血肉に変えて応えていけるはずがない。

何でそんなに凄い人でいなければならないのか?という問いと、何で自分をそんなにダメな人間だと思わなければならないのか?という二つの問いの目的が一致しているケースもある。

本当は他人も自分も否定する必要はない。

そこにエネルギーを使う必要はない。もちろんそうするのも自由なのだけど、疲労困憊するほどだとしたら、もはやそれは自由とも言い切れないだろう。

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色んな問題はあるのだけど、とりあえず今日をなるべくご機嫌に生きて見る。それが出来ない日は出来ない日で、そんな自分と一日を許して身体を投げ出し眠るのもありだと思う。
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2015年11月22日

匂いと色と喧騒と願い

ヒプノの講座。

色んな手法があって数えきれないほどなのだけど、それらはあらゆる他の療法とも重なる。

そして、そのうちの一つに”恐怖劇場”という手法がある。

名前が怖いのだけど、その手法はシンプルで面白い。

主に何かに恐怖症を持っている方に適している。電車でも良いし昆虫や蛇が嫌いとか、過去事故の体験があるとか。

で、この手法のクライアント役を務めるときが一瞬困るのだ。実は「ぎゃああー!!!」と恐怖を感じるものがこの世で一つしかない私にとっては。

先日も訪問入浴の休憩時間にコンビニで漫画を一冊買って車に戻った際「テラフォーマーの最新刊があったよ。観てる?」とオペさんに訪ねると「尾崎さん!それ観れんの?!だって、だって・・・、一番ダメなやつでしょ?たまに夏の時期にはお宅で鬼のかく乱起こしてたじゃないっすか?!」と驚かれた。

いやあ、あんだけでかくなられたり容貌が変わるともはや怖くないわ。

「わ、わかんねーなー・・・。」

そう、こんな会話が成立するほど私の苦手なものは既にばれてーら。要するに私が私でなくなるほどだから。

ところが、とある方との恐怖劇場の実習で私は自ら、この恐怖症を標的に出した。

筋肉が硬直し瞳孔が開くほどのやつなのに。

でも、この人なら大丈夫と思ったんだよね。

そして月日が変わって行くごとに実感するのは、怖いには変わりないのだが確実に以前よりましになっているということ。

まったくヒプノって面白い。

いや、その施術者の素晴らしさとそれを信じる信頼によって凄いことが起こる。

そして、同じ授業行うこと二人目のお方。

一番怖いやつはもう出しちゃったしな。あと、どうしよう?と、やや考えなければならなかったのだけど、とりあえず、潜在的にある心配と悲しみをお題に出した。

これがまた面白い結果になった。

事前面談から恐怖劇場を使おうなんて互いに思っていてもそうならないことがあるのよね。

彼女が選んだのは退行療法だった。

もちろん恐怖劇場の授業だからして、いちおう手法は覚えていただいたので問題なし。

前回、軽く恐怖度や緊張度が下がる体験をしていただいたし。

なので、易とも簡単に退行療法にのっかってみる。

それは彼女の直感ですいすい進めた方がうまく行く。

そして私は何も考えずにそれに乗っかる。

そうすると、現世での謎が一つ二つと解けた。

私は変わった名前を名乗った。もう、それはそれはどこにでもあるような日本男子の名前。

その時代でその名前だとすると元々は身分が低い男だったのだろう。

ある特定のかなり有名な武将の家臣だった。(今のところはそんな人が居たのかどうかも定かではないのだけどね。)

私は戦に燃えるのだけど、人を殺すのが嫌いだったという矛盾を抱えていた。

何かと連戦連勝してしまうのだけど、それは頭の良い人の考えでは到底思いつかない滅茶苦茶な馬鹿な作戦ばかりだったというのに。

籠城されれば、絶対的な信頼を置いて居る家臣に頼んで、こっそり夜半に握り飯を敵の城に内側に投げ込んで貰った。”これで一日生きてくれる。”

しかし、交渉や和平が苦手で、いちいち誰かに教えを乞うたり、直々に行って貰ったりすることもあったようだ。

私は敵を尊敬していた。蔑んで握り飯を投げていたわけではない。これで一日生きてくれる、その間に交渉出来るかも知れないというもくろみだった。

それから戦場で傷ついた馬たちが苦しんでいるのを見ると家臣に余計な仕事を与えて自分も立ち会った。

心の中はどしゃぶりだった。号泣だった。

馬も人間も「楽にしてくれ。」と涙を流していた。

私は冷酷で気が弱く、勇敢で優しく、しかし時代に流されていた。出来ることだけをやっていた。

そんな色んな光景の中を旅した時間は凄く短かったのだけど、壮大な旅だった。

町医者で、今で言うナースのような仕事をしているときも楽しかった。

全ては今世を生きるヒント。

そして感情のヒント。

沢山の謎の答えを持ち帰って私はまたここへ帰って来た。

ヒプノに、信頼のおける施術者に、今日も心から感謝した日だった。

世の中は少しづつ良くなっているよ。過去生の私、安心してくれ。

それを施術者が教えてくれた。
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2015年11月21日

世にはばかる

先週、頭は痛いわ、忙しいやらでてんやわんやしている最中、久しぶりの訪問入浴の日。

楽しいアラフォーチームで助かったは助かった。

で、移動中、前の座席からヘルパーのSさんが「今日、晩御飯、何にします?」と訊いて下さったので考え出した。

家にあるもの+お買いもの少々で行くと酢豚と餃子がメインかな。

「え?酢豚、めんどくさくない?」

いや・・・素揚げして炒めて調味料入れるだけというイメージが・・・。

「餃子、包むの?」

うん、昔ほど沢山作らなくて良いしね。

すると運転手のSおじさんが「俺、スーパーの生餃子を美味しく焼く。」。

「・・・・・・・・・・。」← Sさん&私、重労働中故、腰をとんとん叩きつつ無言で考え中。

そ、そだね。この仕事の日は出来合いの焼くだけの餃子にしようかな・・・。

「中華で収めようとするなら酢豚じゃなくて麻婆豆腐の方が簡単じゃね?」

「・・・・・・・・・。」← とんとんとんとん・・・・・。

うううっ、えーと、蟹玉も混ぜて焼いて、あんかけするだけで良いよね。

「あたし、焼くだけ餃子と麻婆豆腐にしよ。」

そ、そうしよかな・・・。と言ってドンドンドンドン簡単になって行く。このまま会話を続けるとどうなるのだろうか。いったい何になってしまうのか。

そこへ夫から電話があって、「今日はジンギスカン食べに行こうよ。」と言われてずっこけた。

押し問答している電話を聴きながら笑われるし、実際ほんとにジンギスカンに付き合ったら、途中でブレーカー落ちてゾンビになって先に帰るはめになった日だった。

それにも飽きたらずの翌日。

カウンセリングが終わりそうな時間帯にラインで「今日は埼玉の和光でレセプションなのでご飯は要りません。」と来たので「OK。」と肩の荷を下ろしたのだが。

その直後にもう一通「それとも、猫居酒屋で待っててくれる?そんなに遅くならないからさ。」

レセプションで飲んだ後、さらにあそこへ行こうと言っとるのか。

思いきりスルー。しかと。返信もせず。

前日の疲れも取れていないので早く帰って熱いお風呂に入ろう。

で、夜も更けた頃、再びラインで”猫居酒屋ナウ。”というメッセージと写真が二枚送られて来た。2015112002.JPG

こ、ころちゃん。

きっとまた「うちのは来てないよ。」と言われてトボトボ帰るのかな。せつないなあ。

ってか、なんてやつだ、うちの夫。腹立つわー。

自転車で飛び出して行きたくなるところをぐっとこらえて、PCの中の仕事をパチパチと打ち続ける夜だった。やることやらないと、まーじ、後で後悔するからね。そんでも手が回らなかった場合のみ開き直れる性質だってもう死ぬほど分かってるもんね。

で、その数日後に「また膝が痛い。」と言っているので、ほんともうビックリだわ。

あまりにうるさいので足と頭を逆に寝て膝にレイキをあてながら寝たのだけど、起きる度に手を放している私。多分ちっともあたっていなかったことだろう。

なんてことを思い出したのは、毎週のように電話カウンセリングしている方から「レイキ流してあげて下さいよ。」と笑いながら言われたから。

そう言えば同じく隔週でお約束している方からも「やってあげて下さいよ。」と言われた。2015112001.JPG

何で皆旦那の味方なの。

・・・・。ええ、分かっています。少し長く付き合うと、どう見ても、どう考えても私の方が好き放題にしていて、その好き放題に纏わる苦労にグダグダ文句言っているだけの悪魔のような女だとバレバレだから。

なので皆さんが仰るようにちゃんとレイキをあててあげよう・・・と思いつつもいつの間にか手が放れてグーグー。

おかしいな、爺ちゃんに飛ばしていた頃の方がよっぽどいっぱい出ていたし、クライアントさんにやっている方がよほど効いている。

おそるべし夫婦の積年の恨み・・・・と言うと、絶対「何を恨むことがあるの。逆なら分かるけど。」と言う人が多数だから、とりあえずやっておこう。

宇宙エネルギーよ。どうか、狭い心の私の思念を打ち破るほど降りて来て、夫を救いたまえ。←いや、だからおまえがやれってばよ。妻だろ。
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2015年11月20日

ようこそ と何度でも

京都のsさんが可愛い薔薇をおみやげに下さった。

それがまあ何と美しくも可憐でつくづくお花というもののエネルギーの大きさを感じさせられる。

まあ、不思議もないか。

原人の部類の時代から私たちは親しき人に花を贈っていたという説もあるし、はたまた仲間が永眠したお墓と思われる場所からは、古代の花が発掘されている。

つまりはその時代から人類は花の美しさやそれに伴う気持ちを持ちあわせていたということなのだから。

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今日は心理学かなー?と思いきや、やはりそれより大切な日常に関することのカウンセリングに切り替わった。

話せば話すほど、この人は大丈夫だな、何があっても活路を見つけられる人だなということが分かる。繊細さと強さは共存出来る。

とても真面目だけど、そういう方に限って自分は真面目じゃないと思っていたりするのも面白いなあと思う。

よく真面目という定義が面白くない性質とか、はたまた、ただの頑固で融通が聞かないとか、もっと酷い場合になると自分の正義のために他の人々が作り出した空気や思いやりをぶち壊すことだと勘違いしているケースというのもある。

でも、本当に真面目な方って、よく笑い自分はまだまだと言って人々から学ぶ余裕を持っているものだなあと思う。

それが出来るのは、やはりこの方がお仕事以外で自分の好きなことにうちこんでいるからなのだろう。

遠方なのにも関わらず、今年はよくお会い出来たなあと嬉しく思う。

「でも、私のことだからまた来ちゃうかも知れませんけどね。」と仰るのを聴いてまた笑ってしまう。

ええ、思いたったらの自由人だから。」

いずれにせよ、とても楽しみにしている。

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時々色んな人のことを思うことがある、

皆頑張っていらっしゃるのだなと思い、私もぼちぼち&コツコツやっている。

そういったことに感謝を感じている今日この頃、

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2015年11月19日

我が道 人の道

例えば好きな仕事を選んだとしても、それは決して平らな道ではないんだよな。

なので、時に奮闘していることがある。

なのだけど、好きなことをやらせていただいているのだから、決してその苦労をいとわない。

その果てに、いいや果てまで行かずとも既に今、大切なものや大きな喜びが見えているから。

ホ○エ○ンさんが某大学で祝辞を述べた際の伝説のスピーチというのがある。

卒業を迎えた生徒さんたちへの言葉で彼自身のハートから発信されていた。もちろん何かを読み上げることもしないし、何かのマニュアルから抜粋したものでもない。あくまで彼自身の言葉。

”ここまではレールを敷かれた人生を歩んでこられましたが、いよいよ、レールがありそうで無い自分の人生へ巣立って行かれます。”

もちろん大学を卒業していく方々は今までだって色々な困難を乗り越えて来たことだろうし、レールを敷かれた人生を辿って来たなんて微塵も思えない人も多かったことだろう。

まさかレールだったなんてね。

”今、この世界ではネットやスマホなど、色んな情報源があります。もしかしたらゲームやSNSにしか利用していない人もいるかも知れないけれど、実はこの世界のどこかで頭の良い人たちが勝手に世の中を変えようとしています。それは防げません。ただ、お願いしたいことは、この時代は色んな人の言葉を聴ける時代でもあります。自分がこの人はと思った人がいたらすぐに手記や動画を見ることが出来る。

そこで、是非お願いしたいのは、情報を全て鵜呑みにするのではなくて必ず自分の頭で考えてみて欲しいということです。”

彼は、過去の通説にあるような、一つの会社に勤めれば安泰だとか、道を逸れなければ大丈夫だという考えはもう古いと言いたいようだった。

まあ、もちろんそんな考えを植え付けられて育つレールだったわけだから、どうしても染みついているんだよね。

しかし”自分だけの人生を生きなさい。”と彼は言う。誰もが自分だけの人生だというのはあたりまえなのだから、それを自覚したり意識したりして行きなさいという意味なのだと思う。

”なーーーんにもしなければ失敗もしません。でも、成功もしない。何かをやれば失敗したりこけたりする機会も多いが同じくらい大きなものを得られる可能性があるんです。”

ええ、何もしなければ失敗しないってのも実は嘘で、実はもっと恐ろしいことになるかも知れない。例えば自分が分からなくなるとか、人とハートで付き合えないとか。

昔、私はこの方に良い印象を持っていなかったのだけど、今は、到るところで共感を覚えてしまう。

そんなわけで最近は著名人の演説やスピーチに面白いなあと思う内容を見つけることがあるのだけど、もう一つは華道家のカーリー先生。

まあ、世界をまたにかけて仕事していらっしゃって非常にハードな日々を送っていられるのだが、ある日、こんなことを語っていらっしゃった。

「もう、みなさんさあ、”そんなに頑張らないで。”って言う人が多くて。でもね、頑張らなければならないときも多いのよ。要するにメリハリが大切なの。だから頑張るなって言われるのは嫌い。頑張るときは頑張って、休むときは休むの。」

これもちょっとリンクした。

私にも時々「もう、かおるさん、頑張り過ぎだよ。絶対絶対疲れてる。頑張らないでよ。」と言われることがあるのだけど、結構休んでいるんだよね。

で、そう仰ってくれる人の非言語的なメッセージに別の思惑が混ざっているのが心理学的に分かるのでげんなりすることもある。

セラピストというものに神聖なイメージやプライドを持ちすぎていて、結果傷つきやすかったり、結局、”私より先に行かないでよ。”という焦りが出ている人。

要するに、穏やかさや綺麗ごとを装いながら心の中がメラメラしている。要するに競争しているんだよなあ。競争してますよということを剥き出しにしている人より性質が悪いんだな、これが。自己一致していないもんだから。

かと言っていちいち今日はこんなことをして休みましたよと補足しなければならない相手ってのもまた面倒臭いので、どうか好きなように観て、好きにして欲しい。

私も依頼されない限りはその認知に対して説明する気もないから。

***********

さて、今日もカウンセリング三昧。

ある時期、めっちゃ忙しくてちっともご要望に応えられなくて申し訳ないなあと思っていた方とやっとお話出来た。

その頃私は遠隔レイキを依頼されて毎日のようにやっていたのだけど、それがサポートになったということを聴けてとても嬉しかった。

ああ、それにしても皆頑張っている。

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2015年11月18日

思いやりのチームワーク、プリーズ♪→予防力

定期的、もしくはそれに近い間隔でカウンセリングなどに取り組んでいらっしゃる方の場合、出来れば突然のご希望にもお応えしたいなあと思う。

なのだけど、仕事帰りの遅い時間がご希望の方のカウンセリングをしている方もいらっしゃれば、はたまた私にも家庭やら何やらとプライベートがある。そのプライベートが無い日でもメールカウンセリング等に疾駆していると、どうしてもどうしても電話に出られない。

プライベートも大切だけど仕事も大切。

ただねー、計画的に予約して下さった上でのモードと、抜き打ち電話のモードとでは切り替えるのが非常に難しい。他にも色んな理由があるのだけど、とにかく電話に出れない。

そうすると、やっぱり衝動的なお電話よりは、どうしてもどうしても計画的に予約していただけたら凄く嬉しい。
いや、その衝動も分かるんですよ。お辛いんですよね。だから出れるときは出るのだけど、ほんとに上記の理由でごめんなさい。

でも、もう一つお願いが叶うとしたら、突発的に情緒が辛くなってしまうパターンをお持ちの方ほど、定期的に予約という方法を取っていただきたいなあということ。

「だって、もう嫌なことを言われなくなったから落ち着いたんだもん。」とか「ああ、なんか、今は平気みたい。」と思われるのも分かるのだけど、それ、ちっとも解決しているというわけでもないのよね。

周りのご機嫌や環境がたまたま良くて、AC(ご機嫌取りや協調性を司る心の部分が”ま、いいか。”と一時的に蓋をしているだけで。


本当はね、カウンセリングで予防カウンセリングの観点も必要なの。

パニックになっていたり、大きな問題が起こっているときって、そのことにかかりきりで自分を見つめるのって難しいでよ?

だからこそ、その比較的に落ち着いた時期にやるセッションを積み重ねて行くことがコツだったりするんですよね。

余裕が生まれている分、自分を見つめることが出来るから。

とは言うものの、なかなかうまく行かないもんですね。

出来るだけのことをやって無理なときは無理で仕方がないんでしょうね。

カウンセラーとクライアントさんとても人間関係。願わくば、こちらも人間であるということが認めていただけるって最高。
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2015年11月17日

脳内迷路

世の中は・・・同姓同名の方が本当ーに沢山いらっしゃるのだなということを知ったのはカウンセリングの仕事を始めてから。

(でもって、世の中には本当ーに色んな地名が存在するのだなということを知ったのもこの仕事を初めてからだった。)

とは言うものの、一度お会いした顔は忘れない自信があるものの、何年も何年も前に短いセッションを一回こっきりやっただけの方の場合、お申し込みフォームのお名前だけを観ても思い出せないことがある。そう、お会いすればさすがに思い出すのだが。

今回もそんな方がお一方いらっしゃった。しかし、思い出せない。何とも失礼なこった。

でも、お会いすれば分かるだろうと思ってお受けしたのだけど、お顔を観ても思い出せない。な、な、なんてこった。

しかし、よくよく聴いてみると、数年前、こことは違う事務所で私のセッションを受けてから20キロばかし太られたとのこと。そして「それに僕が凄く元気になって見違えたんだと思います!何せあの頃鬱病だったから!」と仰るのだが。。。いや、そんな問題じゃないような気がした。上手く言えないのだけど鬱の気質とは少し違っていたんだよね。

「あれから毎日毎日、ぜーーんぶブログ読んでいましたよ。」

え?そうなんですか?ありがとうございます。

「僕の方ももうじき離婚しそうなんです。」って笑顔で言うことだろうか。いや、離婚にも幸せな離婚ってものがあるからなあ・・・。

え?でも、ちょっと待てよ。
今、この方「僕の方も」って仰らなかった?

目が点、口が貝になってしまって、何から突っ込んで良いのか分からない私に矢継ぎ早に「で、先生は何がきっかけで離婚したんですか?やっぱり、徐々にですか?それともうちのように浮気が原因ですか?」。

は?とか、え?とか言えないでいると引き続きよく分からないエピソードが出て来て「あ、やっぱり旦那さんの浮気でしょ?僕たち、合うと思いませんか?」と言うので、やっと声が出た。

すみません!ちょっと、やっぱり、違う方と間違えていらっしゃると思いますよ。

「何言ってるんですか。」とタブレットを取り出して見せて来るのは紛れもなく私のブログ。そして、訊いてみると、以前の事務所の場所も合っている。

「間違いないでしょ?」

あ、ああ、私ですね。でも、あなたが思っていらっしゃる私の状況と現実が全然違うんですよ。これ、どういうことなんでしょ?

「それに僕のブログも毎日欠かさず読んで下さってありがとうございます。僕のことも書いて下さってありがとうございます。」

男性の方のブログで毎日読んでいるものなんて無いんだけどな。

でも、しばらく傾聴している間に気が付いた。

これ、極端&著明に表れた勘違いで、実は誰もが多少はあり得る思い込みという間違い。

「僕も石でアクセサリーを作るようになったし、アロマもやっていますよ。一緒ですね。」

・・・・・・・・・・。確かに石でアクセサリー作ってはいるんですけど、何でその方法を取っているかご存知ですか?

「・・・・・・・・。知りませんよ。アロマは香りが良いですもんね。」

私、アロマは専門ではありません。アロマを単独で勉強したこともありません。オーラソーマとかフラワーエッセンスとか、それに類似する波動医学的なものなら少し携わっていますけど。

「そんな屁理屈は良いじゃないですか。先生がやっているから僕もやってみたんだから。いや、先生より僕が先だったかな?もしかして同時だったかも。」

やってないってばさ。少なくともそんなふうな繋がりのないことは。

こうして文章化するとビックリすることも多々ありだと思うのだけど、この方、特に何かの疾患があるというわけではないの。

再三言うけど、パターンが極端に出たというだけで、人間は読みたいものを読みたいようにしか読まない。記憶したいようにしか記憶しない。

ここまでではないにしても「私のことを書いたでしょ?」と言われることはよくあるし、「こういうふうに書いてあったでしょ?」と言われることが全然違うニュアンスだったりもする。

人間は皆、自分が主人公だから。

その主人公ってところまでは良いのだけど、他人をそのストーリーの中に無理やり巻き込みたがるほどの孤独な生き方をする人も確かに存在するということ。

エリザベス・キューブラー・ロスの作品を読んでいる時期に昔の同僚が「あー、そんなの、読んだ、読んだ。」と言って来たのだけど「感動するよね。あれに則って生きてるんだ、あたし。」と言われたときには愕然とした。全然そんな生き方してないやん、あんた!と突っ込みを入れたくなったり「あー、知ってる知ってる!」と割り込んで来ることについて本当の意味で何も知らなかったりする。

宗教に近い自己啓発のワークをしている子が「妬み、嫉み、盗みは禁忌!」と言いつつ、その三要素とも強烈にしでかしている日々を生きていたり。

要するに人がやっていること(の見せかけ)をやりたがったり、人のものばかり欲しがって異常に興奮していたり、人の調理器具で料理がしたかったり、人の家の鍵が欲しかったり、人の愛するものを欲しがったり、とにかく意味は分かっていないのだけど、心理的には侵入と押し売りと強奪に明け暮れているのでそりゃあ落ち着かないし疲れるし、頭も心もショートするはずなんだわ。
中には本当に物理的に盗みやってるよーーー!とビックリすることもあった。

しかし、滅多にこんなに極端な例は無いのは確かであるものの、目の前には依頼人様がいらっしゃる。

なので、分厚いフィルターや認知のゆがみによって生じた膨大な量の虚、勘違いを一つ一つ解いて行くしかない。

どこに離婚したって書いてありましたか?していないんですよ。とか、誰かが石で何か作っているから良いなーと思って始めたわけじゃないんですよ。レイキについて書くことも多かったと思うのですが、読んで下さったことありますか?とか。

そうすると最終的に「ショックだ。傷ついた。騙された。裏切られた。じゃあ、うちが離婚したのはどうしてなんだろ?訊けば分かると思って来たのに。」と言われたりもする。

ええ、これも極端な例であってもうちょい小規模な暴力だったらしょっちゅう類似したものを受けているような。

もう会話していると、不思議なことに昔の友人の言葉や顔が浮かんで来るわ、性別は違うけど雰囲気がそっくりだわでビックリの連続。
”何で、レイキをやる人はヒプノをやるの?”と言った人が居たのだけど「え?そうなの?知らない。」と答えた日も象徴的だった。彼女は人の傾向や統計ばかりが気になり、で、深く考えもせず同じことを始めるので続かない。(余程半永久的に褒めてくれる依存相手でも居なければ。)

要するにフィルターは自分を被害者にして相手や世間を加害者にしてしまう。なので、ぶつかると物凄く固くて痛いのだ。

私はよく色んな人と初めてお会いした頃、悲劇的な話を聴くと、どうしてこんなに素敵な人がこんな目に合うのだろう?と疑問に思うことがある。

どうしてこんなに良い人がいじめられてしまうのだろう?と思うこともある。

でも、半ば残念だけれど、そして光を照らすしかないのだけど、物事には必ず理由があるのだなと思う。

「何で離婚したの?」とか「じゃあ、あなたはどんな人なの?」とか「こんなに真面目な僕のどこが悪いの?」とか。「なんで、こうなったの?」と訊かれれば、今は一言出て来そうになる。

ぶっしつけだからなんだよなあ。

知らない人にいきなり近寄って「いっしょ、いっしょ!おんなじ!」と言って顔面をベロベロ舐めるくらいにぶっしつけなところを孤独が作ってしまう。

そしてその孤独は自分で選び取って来たもの。

配偶者もまいる理由があったんじゃないかなあと、多分多くの人々がその場の交流パターンで相手の性質を薄々感じてしまうこともるんじゃないかな?と思う今日この頃。

で、人は自由なのだけど、いかんせん、それが本当のその人でないという場合にのみ無理が生じる。

問題はその無理が生じたり「何かが違うなあ?」と気が付いたときに、いつ、どこから自分の頭で考えたり自分のハートで感じたりすることを始めるか?だと思う。

おそらくはその日が第二の誕生日。その人としての。

妄想の迷路を作る根気がある人には羨ましいことにパワフルな人が多い。ってことはそこを出てありのままに自分らしく生きるエネルギーもあるということ。
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2015年11月16日

強き女神になるのだね / 場所は変われど

そしてまたカウンセリング三昧の日。

特に夕方から外が真っ暗闇になるまでお話を聴かせて下さった某女子とのセッションに感銘を受けた日でもあった。

出会いたての頃を覚えているので今の、より自分らしく生きていらっしゃる姿が嬉しい。

だいたい出会いたての頃に要るものと要らないもの、伸びしろや変容して行く可能性が見えはするものの、そこは人間。何が起こるか分からないじゃないですか。2015111502.JPG

過去の生温かい依存のみの世界や独りよがりのフィルターの世界に帰った方が居心地が良いと判断する方々もいらっしゃるし、あながち、それが悪いとは言い切れない。全てはご本人の選択だから。

しかしながら、初対面で見えていた伸びしろを最大限に発揮し自分に嘘をつかなくなって行く人を目の当たりにするとやはり嬉しいのだ。

本当はカウンセリング2時間と心理学を一時間の予定だった。

けれども、心理学よりも現在進行形のことの方が大切だという場合もある。

私は何も言わないし手を出さないのだけど、御本人の意志で2時間カウンセリングの後、心理学を中止して「このまま○○の話題に移行したい。」と言って下さった。

それでも3時間はあっという間だった。

彼女の場合はたまたまOLさんでありながら格闘家。

格闘家という言葉を使うとおそらくはご本人が恐縮してしまうに違いないと思うのだけど、もはや立派な格闘家なのだった。

宗教と格闘技やスポーツは繋がっていた。でも新しい形もある。宗教に哲学に格闘技にスポーツ。彼女の場合は実体験による哲学とそれを結びつけて、やがては生き方や恋愛にまで通じる深いテーマが見えている。

女性ってのは繊細だ。でも、強く美しい。

彼女が自分の理想を語るために他者の動画を見せる。「こうなりたい。」と。

でもね、もう、既にそうなっているんだよという言葉を飲み込んだ。やがてスペースが空き、自分が成したことの素晴らしさを受け入れられるその日まで預かることにして。

************

先週の今頃は銀座でたまちゃんの結婚式の帰り、皆で長い道中をゲラゲラ笑いながら帰って、地元の中華屋さんでまだガヤガヤやっていた。本当に良い式だった。

で、話は遡ること数週間前、たまちゃんのお母さんのりっちゃんママがとある居酒屋に一緒に行ってくれないか?と誘って下さった。

そこはお嫁さんの叔父さんにあたる方がご夫婦で営んでいる居酒屋さんで、場所は立川から三駅のところ。

えー?お邪魔して良いの?じゃあ、いつか。でも、ほんとに良いの?

なんて言っているところに夫が居たもんだから「じゃ、来週行きましょう!」とトントン拍子に話が進む。スケジュール帳を開けて確認する暇もないのだが、なんと、りっちゃんママのお母様もいらして下さると聴いたもんだから頚が伸びる。

色んな意味で、色んなお話を聴いているものだから会いたくて仕方なかったのよね、前から。

それで、仕事が終わった後、私の到着は午後7時。

たまちゃんご夫婦&りっちゃんママとそのママ、夫は6時から飲んでいたらしいが。

まあ、可愛くて粋なお婆ちゃんだった。

齢90を越えて、きちんとお化粧してきちんとネイルをしている小柄なお婆ちゃん。

ハッキリ喋るしよく食べる。

大袈裟ではなくてね、りっちゃんママを生み育てて下さってありがとう、そしてたまちゃんご夫婦に出会えましたと感謝でいっぱいになる。

お店がお二階だったので帰り際、一緒に手をひかせて貰えたことも嬉しかった。

ほんとはおんぶで降りたかったのだけど、私がチビだから大丈夫だとは信じて貰えなかったようで。(笑)。

何度も色んな意味でお祝いさせていただけたことを感じつつ、地元までは、りっちゃんママ親子と夫と四人でタクシーで帰って来た次第。

素敵な夜だった。

なんて素敵な家族。

たまちゃんがお嫁さんと反対方向へ帰って行く。

でも、楽しさと幸せが寂しさにまさるそんな夜だった。

お嫁さんの叔父様&叔母様も舟守を二つも出して下さって恐縮。秘密裡に行っても気を使わせてしまったのね。デザートにお婆ちゃんが歓声をあげていたのがまた粋でかわいらしかったけどね。2015111501.JPG

りっちゃんママと私は、いつも通り、日本酒で”ろれつっ!!!!と指導が入るほどだった。どこで飲んでも一緒だね。

でも、ほんとにありがとう。

皆さんがいついつまでも健康で笑顔でいらっしゃいますように。
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2015年11月15日

思ったよりゾンビだったらしい

今月最初の訪問入浴。

利用者様や介護者様には、あいもかわらず「しばらくぶりねえ。辞めたのかと思っちゃったわよ。良かったー。」と声をかけていただく。

確かに今月ももうほとんど月半ばですものね。もう少しこちらの仕事のプロになりたいなー。

かと言ってカウンセリングやらセッション関係もまだまだ未熟ものだから勉強が必要だし、まあ、この仕事に限らず、どんな職種であっても極めようとすればキリがないのだろう。

でも、利用者様たちが喜んで下さる顔は可愛いわ、お風呂で天国顔になっていらっしゃるのは嬉しいわ、さらに言うと縟瘡や壊死に近い部分の傷も、処置するとどんどん治って言っているのが分かって嬉しいやら。

しかも例のSおじさんと元帰国子女のアラフォーチームでのあれこれ話す道中も楽しい。

季節はすっかり冬の様相が強くなって来ているし、作業も半端なくきついのだけど、一件中止になって七件になった。

しかもSおじさんが「尾崎さん、帰り、送ってってあげるよ!」と言って下さる。え?なんで?

「いや、今日の仕事が終わったら、この入浴車を小平営業所に返しに行かなければならないんだ。俺、そのまま直帰。そうすると尾崎さんち、通り道でしょ?」

おー、それはありがたい!

何せへとへとだからして。

それにしてもへとへとながらも楽しい一日だったので、帰り着くまでそんなに疲れているつもりはなかった。

玄関先まで送ってくれたので「ちょっと10秒待ってて!」と言ってビールを取って来て「帰ってから飲んでね。ほんとにありがとうございました!」とお礼を言った次第。

ヘルパーのSさんとは夕飯のメニューについてあれこれ言っていたのだが、結局夫が「久しぶりにジンギスカン行きたい。え?もう家?じゃ、着いたらラインするから降りて来て!」というので行くことに。

ところがこれが失敗だったんだな。

私、どうやら、座椅子に座ったまますっかり電源がオフになってしまっていたらしい。

ブレーカーが落ちるかのようにいつの間にか眠ってしまったのだ。

上まで上がって来た夫が「何回も電話したのに!」とちょいきつめに言うのでよろよろと階下に降りて車に乗りジンギスカン屋へは言ったものの、頭がぼーーーっっっ。

結構食べれたのだが、あかん。もう座っていられん。店の人にも笑顔になれん。

一回寝ちゃったってのが致命傷だったのだろう。

夫には申し訳なかったのだが、そしてもちろん善良な若きマスターにも申し訳なかったのだけど、先に帰ることにしたと言う。

ジンギスカンにサンチュなんて使わないのに、わざわざ私のために八百屋に走って用意までしてくれたのに。

非常に申し訳なかったのだけど、どうもブレーカーが落っこちたままだったので、お風呂に入って久しぶりに沢山眠った夜だった。

ゾンビーな夜。

いやあ、しかし、帰って来て正解。久々によう寝たわー。

かくも仕事とは楽しく苦しく、自分の身体と相談しつつ行うものなり。

でも適度に身体に肉入れておいて良かったってのもある。

毎日出来ることを出来るだけ、頑張りながら楽しもう。
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2015年11月14日

同じことの繰り返し&新しい展開との差

ある方のブログを読んでいて面白いなーと思うのと同時に色んな思い出が蘇って来た。

そう、この方はかつての数年前まで続いた基礎から上級の授業の間、いや、レイキに到っても「ちょっと待って。それはこういうことですか?」と言って図や絵を描きだして確認していた。

そうそうーと答えていたのを思い出す。

これは授業でも講座でも誰かの傾聴をするときでも同じことが言えるのだけど、相手が言ったことを一語一句間違えず文章化してメモを取るのとは大違い。

よくナースの新人指導するときも感じていた。

ただ人が言ったことをメモするだけの人って、下を向いたままでこちらを見ないのよね。

なので、”おーい、ここ、観てないと分からないよー。”と思ったり、あまりに危険な時は「ちょっと、顔をあげてこっち観て。ここをこうやるの。」と言っておかなければならなかったり。

さらに言うと、メモすることはポイント的にだったら決して悪いことではないので、てっきり全部がポイントに感じてらして速記のようにこちらの言葉をメモしていらっしゃるのかな?と思い、書いていらっしゃることを覗いてみると、言ったことと全く違うことが書いてあったりしてずっこける。

でも、本当に何かを会得しようとする人は、頭の中で図形を組み立てるし、相手の一挙一動を観て組み立てる。

気づきとか学びというのは文字じゃない。ペーパーテストでもない。図式はかなりOKで、さらにもっと言わせて貰えれば世の中の全ては立体的なのだ。

しかし、いちいち模型を組み立てて説明するわけには行かないので教える側が言語化する。

学ぶのが上手い方はそれを平面の図、もっと良ければ立体的に捉える。全ては理屈や綺麗な言葉に収まるわけじゃないのよね。

成長していくときの心の螺旋階段を登るように、立体的でないとあり得ない。それ以外の学びは自分でイメージ出来ない限りどこまでも平面的で、その上個人の固いフィルターを通るのですぐに忘れたり合理化したりはき違えたりしてしまう。

どこまでもどこまでも平面の円を回り続けるというのが考え込むと言うこと。

同じ景色を観ていても何も変わらない。

三次元に生きている限りはどんな学びも実例を伴った立体的なものでないと。

やっぱりどこかで上にあがらなければね。

そのコツとしては、やっぱり重い勘違いや頑ななルールを捨てて軽くなること。

決して上にあがろうとしている人やあがっている人たちを自分の次元に引っ張り戻すこととは違うのだろう。
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2015年11月13日

夢というヒント

先日、mさんとbさんが教育分析のために来訪して下さった際、丁度再会する運びとなっていた。

面白かったのはmさんが観た夢の話しを先に聴いていたところから始まる。

何でもmさんが苦手な生き物をbちゃんが「ほれほれ。」という感じで突きつけるので「やめてよ!!!」と激怒する夢だったとか。

で、bちゃんの方は、「なんかわかんないけど、mさんがメッチャ怒っていた夢を観たと言う。

同時だんなんて、ユング恐るべし。

それはそうと、先日、Aちゃんのヒプノの講座を行う際、わらしはクランアント役を勤めつつ「深化ほうはしなくて良いよー。」なんてことを言っていた。

まあ、何せ臨床面談の段階だったというのもある。

ところが、その後気がついたのだけど、私、その時、クライアント役として何せを話したのか?ということを思い出せない。

何故か?ということはすぐに分かった。

要するに互いにヒプノをやろうと集中していたものだから、手順を踏まなくとも既に無意識に限りなく近い催眠下に入っていたからだ。

かと言って焦りも恐怖も無い。自分のことをあまりにも立派だと思い過ぎている人だとしたら、あるいは、あまり自分をさらしたくない相手がセラピストだとしたら、こういった場合、非常に焦るのだろうけど。自分の中から何が出て来ても不思議じゃないと今の私は思っているから。

ところが前日のブログに書いたようにリアルで不思議な夢を観たのがきっかけで、何を話したのかをいとも簡単に思い出した。

本日がmさんとAちゃんのヒプノセラピストトレーニングの会だからってのもあったのだろう。まったくもって、人の無意識というのは何でも知っているしぬかりない。

人間の固定観念いっぱいの意識が何かしようとするのはかえって余計なことのようだ。少なくとも魂の世界では。

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今日は少し毛色が変わった会ではあったのだけど、極めて重要なことを話し合ったのがそのうち、yちゃんが来訪して下さる時間が近づいて来た。

「顔観て帰ろう。」と言って下さったので三人が再会。

で、その後、二人がお帰りになった後、yさんが言うことには「なんか、夢の中にかおるさんとmさんが出て来た。」と仰る。

ちょっと話すこと聴くことがてんこ盛りで、その内容を聴くことが出来なかったのだけど、まあ、とにかく何かが起こっているのだなあと思う。

今度詳しく聴いてみようと思うのだけど、大丈夫かな、いかんせん、夢って綺麗に感情や魂が浄化されるので作業が終わったら次に同じ夢を見るまでに忘れてしまうのよね。

でも、ノートにとっておいたりすると自分という人間の脳の精密度につくづく驚かされる。

本当の自分を生きている方々の物語は夢ではなくて現実だ。あくまで夢をそれを手伝ってくれている。

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2015年11月12日

狭くて広い一軒屋

がーん、記事が消えている。がーん、がーん、がーん。。。。

と嘆くほどたいしたこと書いていないので良いか。

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昨晩、不思議な夢を見た。

人の夢の話ほど退屈なものはないと昔の人は言ったのだけど、この仕事をしているとあながちそでもないというか、むしろ大切なものだという認識が強くなっている。

大きなマンションや民家が立ち並ぶ街のとある一軒家に朝から急いで訪れた私が「大家さーーん!」と庭先から叫んでいる。

何してんだろ?私?と自分でも思うのだけど全く嫌な行動をさせられているわけでもない。

するとベランダがガラッと開いて中から知っているような知らないようなおばさんが顔を出す。

「あー、来たのね。早いわね。」

長らく忘れていてごめんなさーい!久しぶりに来ました。

忘れたとか知人に言って良いのか?と思いつつ言っているのだけど、そのおばさんは「そんなものよ。」とけらけら笑いながら玄関を開けてくれた。

で、中に入って見るとぎょっとするもう夢を観ている側の私。

外観より妙に中が広い家屋だったから。

若い方からお年寄りまで色んなことをしてのんびりしている。

お年寄り同士が囲碁を打っているかと思えば若いカップルが縁側に座って語り合っていたり、お友達同士なのかご飯を食べている若い女性が居る一角はカフェのようになっている。

でもって、犬と猫がじゃれ合って居たり、ただただグーグーのんびり寝ている猫も居たり。

あ、酒飲んでる人も居る。

それで気が付いたのだけど足にスリッとして来た子は白ちゃんだった。

ああ、ここにも居たのと言うと登るように抱き着いて来た。

で、よくよく観てみると、皆知っている人々や動物たちだった。

傍にいる初老の方に「傷の具合はどう?」とおそるおそる訊いた。
本当は傷どころの心配ではなかったのだけど、あえて病名を伏せて。

すると「あー、全部、治ったよ。ぜーんぶ。もう痛くないんだよ。安心して。」。

そうかあ。ここはそういうところなのか。

本当は家なんて存在しないのかも知れないけれど、私が観なられたイメージに近いものを再現して見せてくれているんだ。

白ちゃんがにスリスリされている彼は「そうそう。でも、だいたい合ってるよ。そんなイメージだよ。」と私の心の中の声にまで返事をして来る。

「もうしんどくないよ。大丈夫だよ。」

そして数人の人と笑い話なんぞしている折、奥の部屋のドアが開けられると、何と、そこが水族館のようになっていた。

正確に言うと水槽が大きなものから小さなものまで並んでいるわけなのだけど。

それらはきちんと一緒の水槽にいても差しさわりがないものばかりに分けられていて、よく手入れが行き届いた綺麗な水の中で泳いでいた。

で、足元に居たミドリガメの小さい三匹が口をきいた。

「大丈夫だよ。あたたかいよ。」

衝撃。この子たちは私が幼稚園くらいの頃だったか、北海道在住の頃、母と外出している間に水槽が凍っていたという事件があった。

凍るなんて知らなかったものだから大ショックで大泣きしたのだけど、母は笑っていた。

傍に小さな海の蟹が居る。

この子は、九州で過ごした幼い頃、潮干狩りの帰りに、親戚の子に向けて母が手渡した蟹。

母は胸のポケットから取り出して無邪気に驚ろかしていたのだけど、これまた幼い私には衝撃だった。

おもちゃのように連れて来られても海でないと生きられないのでは???

蟹までもが「大丈夫だよ、安心しなよ。あの時は洗面所で必死に生かそうとしてくれてありがとうね。」と喋り出す。

よくよく観てみたら、水槽の最中も皆皆、この世の常識的な言葉で言うと飼っていた子たち。私にとっては幸せにし損ねた子たちだった。

患者さんや小動物から猫や犬まで何だか幸せそうにしている上に「ここはあんたが思っているよりもうちょっと広いんだよ。向こうの草原まで続いているし、好きなときに好きなステップで次へ進める。自分もそろそろ癒えて来ているからこの第二の故郷を去ろうとしているんだ。」というようなことをそれぞれ違った言葉で説明してくれる。

足元から「とりあえず帰るにゃ。」と声がする。

白ちゃんが「目を覚ましても覚えておくにゃ。」

どうやって帰るの?あと、もうちょっと皆とお話したいんだけど??と主張したみたが、「ダメにゃ。起きるんだにゃ。起きろ。」と言われる。

起きろ?

ああ、そか、これ、夢だったか。

でも、目を開けて時計を観ている最中に声が聴こえた。「忘れるな。」と優しく。

”ここは愛し愛されたものたちが一旦集うところだよ。”と。

皆笑顔だった。

構造上笑顔が作れない生き物も伸び伸びとしていた。
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2015年11月11日

陰陽

今日はカウンセリング三昧。

と言っても、長丁場は一件だけ。そして有意義な長丁場だった。色んなツールを使うにしても、本当に色んなお話が聴けるし心を通わせることが叶う嬉しい時間。

依頼して下さってありがとうと心から思う。

色んな方々とのチーム結成がカウンセリングなのだけど、チームというのは、どちらか一人だけのマシンガントークや感情のぶつけまくりでは成り立たない。

互いの力を合わせて話し合って行くことがカウンセリングでもあり、時折心理学的観点も入れる。

相手がきついなーと思うとき、こちらもきついなーと思うのだけど、嬉しいときはその何倍も笑う。

***************201511101.JPG

その後はカウンセラー仲間の方の教育分析が2件続いた。

気の遠くなるような道を経て、大きく成長なさっている人々。それを選択して来た人々というのは、よく笑う。

痛いなーと思うことですら、いつのまにか笑いに変えている。

それはニセの笑じゃない。

要するに私は綺麗ごと言いつつ嘘をつく人が嫌いなのだと思う。

きちんとした理由を言わないで、しかも、嘘の言い訳をして道を逸れる行為。

ところが他の人々には真実を言うので、結局はこちらに伝わる。

何とも生き難い生き方を自ら選ばれているようだ。だから不安が消えない。

世の中は陰陽で出来ている。

でも、自己概念が「私は親切で心優しい汚れなき人。」と自分のことを思っている人は他者を悪者にするかし生方が分からないのね。その防衛ばかりを使う。

綺麗なことしか見ようとしない。その人生は多分絶望の連続だろう。

しかし、いつも同じ類の絶望なので、少なくとも自分の道を自分の意志で歩き始めた人々というのは、もはや耳を貸さなくなる。

その心理が分かるからこそ余計にがっかりしてしまうことって世の中に多々あるものだ。

私はすっかり「あ、そういう人だったんねー。」で流してしまっていたのだけど、恐るべきは夢セラピー。

今日は3者3様、自分もしくは誰かが起こっているという夢を見た日だったらしいよ。

で、こういう夢の中で怒鳴ったり激怒する場合って必ずしも不幸な時期に見るわけではない。

例えば良いことがあったり、良い方に進んで行ったりしているとき、人は陰陽のバランスを取るべく、あえて自分でも気が付かなかったわだかまりをシャウとする夢を見ることも。

面白いことだなあと思いつつ、また一つ楽になった。

にしてもお二人の教育分析素晴らしき。

さすが上級カウンセラーだなと思う。
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