2016年01月31日

人間にしかできないこと

ありがたくも色んな方々のお話を聴かせていただいているお仕事で、長年カウンセリングや色んなセッションをしている方が居る。

最近は本人のイメージとしては低迷期にあるらしくて主に電話でセッションを続けているという状況になっていた。

持病があるのだけど、その持病がある昔から持病や気質と向かい合い、どうしたら良いのかな?どうしたら幸せになれるのかな?というテーマをあきらめずに考えて来ている人だった。

以前は自らスパルタ形式に傾く傾向にあり、とにかく自分が悪いんだ。自分を何とかしなくてはという方針だったのだけど、あれから色んなことがあり、少し自分の良さや長所が見えて来た様子でもあった。

職業はナースさん。

何となく人をほっとさせる人で基本素直。

逆の発想をすれば良いのになあというのは勝手な思い込みなので、少々の示唆を除いては、ただただ聴いていた。

そして、徐々に健全な自尊心が芽生え始めたのが今日この頃だった。

それは凄く良いことなんですよ。。。数が多ければ正しいってもんじゃないんですよ・・・なんて話の途中で「あのう!すみません!ちょっとトイレへ行って来て良いですか?!」と仰るので爆笑。

我慢してたのね。我慢しないで下さいと笑いの余韻が残る。

ナースに限らないのだろうけど、特にナースという職業は理想像がかちんこちんになりがち。

もちろん真面目にやらなければならないが、終始かちんこちんだと、それはそれでミスを生むし、長続きしない。

それでも皆抜け目ない”出来る自分”を理想像”としてしまう。

いつぞや”神や仏になれるかな”と言っていたカウンセラー志望の方もまた然り。

人間でなければ人間の心に触れることは出来ないよ。

人間であり、感情があるということを欠点とするなら、その苦しみは永遠に続く。

そんな中で少しづつそれに気付き始めたその人のお話を聴いていて、とても素晴らしいことだなと感じた。

電話の向こうにはどんどん成長して行くその人が居た。
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2016年01月30日

いつの間にかの合鍵歴史

昨日だったか、一昨日だったか。

今季の冬が始まった頃から使い始めた石油ストーブの灯油を補充していたらタンクが空になった。

元はと言えば、エアコンとホットカーペットで冬の間カウンセリングをやっていた頃、どうやっても足が冷えるな〜とぼやいていた頃。

そのボヤキはほんとに一人言というか、考えている段階のボヤキに違いないのだけど、翌日行ったら電気のミニファンヒーターが事務所に忽然と現れていた。
少し昔で言えば小さな電気ストーブが補助的に活躍するような状況か。

・・・・・・・・・・夫だ。行動、早過ぎる。

ところがその電気ストーブならぬ電気のファンヒーターが存外に暖かくて、その冬はしばらく重宝した。

しかし、その年の冬が深まって来ると・・・ええ、あのドカ雪の頃だ。そいつに活躍して貰っていても、まだ寒いという状況だった。

その時は口を真一文字に結んで何も言わないようにしようと心に決めていたのに、翌日事務所へ出勤したところ、無言でやや大きめの石油ストーブが置いてあった。しかも灯油が既に補充してありいつでも使える状態。

凄い。何たって石油ストーブなんて考えてもいなかったから。

でも、物凄く暖かくてその年からエアコンは全然使わないで冬を過ごしていた。電気代も激減。

なんだって、色々と先回りして分かるのだろう?と不思議に思っていたのだが。

で、今年の話しに戻る。今ストーブの中にあるタンクが空になったら灯油を買いにいかなければならないのだな・・・と思いつつ出勤していた。

ああ、そう言えば、なんで昨日の夜ゴミを出して帰らなかったんだ?ピザの会の思い切りの良い量のゴミがベランダに置きッパにしてある。。。

ところが辿り着いてみると、新しい灯油は買って来てあるし、ゴミが回収してあった。

いったいいつの間に。。。

で、何で三階まで重いタンクを持って上り下りしようと思えるのか?とか、もっと言えばストーブを1シーズンに二回も「これでもダメか。」と買って設置してあるそのバイタリティーが分からない。モチベーションの意味も分からない。

私、この人に何もしていないのに。

照れくさいものの、顔を合わせたときに「ビックリしたよ。」と、お礼を言葉で添えて言った次第。

が、それから数分後、「じゃ、あの同窓会の件、来てくれる?」。

そうそう。旦那の高校時代からの同窓会に何度か呼ばれて最後は昨年、非常に嫌な思いをした。一人だけ失礼なやつがいたから。

出来れば会いたくない。

なのに、夫の高校の友人の中では一番仲が良かったというSさんが「うちの妻も連れて来るから飲もうよ。」と仰る。

凄く何十年も前の話しになるのだけど、夫が先に禁煙しちまって、立場が無くなった私は吸っていないと嘘をついていた時期があった。

その時、「無理しないで吸えば良いのに。」と新婚である私に向かって言い放ったのが、あの日の若きS君だった。

「無理は続かないよ。」と。

皆、おっちゃんになった今、そのことを思い出す。いい人なんだよな。やんちゃだった仲間のほとんどの人が。

だからというわけではないけれど、OKを出した後に気が付いた。

これでもかというくらい困っていたことや面倒に思っていた力仕事を知らぬ間に解決してくれていた夫。

実は策士だったのかも知れない。それとも、それはゲスの勘ぐりで、夫はただただ純粋に秘書的なことを長年やってくれているのかも知れない。

ただ、それが策だとしてもそうでないにしても、その他のやって来てくれたことなども、全ては現実的なサポートだったということを思い出す。

事務所は自分でたてる。と言い放ったあの日、「わかった、じゃ、それ以外のことで俺に出来ることあったら手伝うから言ってね。」と。

それが多すぎるねん。

そして、ああ、私はやっぱりそれに値することをやってあげていない。

まあとりあえずはせめて同窓会に付き合って大人しくしていよう。

何が言いたいんだ?

本当は、ありがとうと言いたかった。ただ、それだけ。多少やってくれ方がバイオレンスだけど。
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2016年01月29日

材料以外の、特別な何かが入っていた

昨日、ある方が懐かしいものを食べているのを見た。

それは単なるアメリカンドッグ。

あらまあ、美味しそう〜、懐かしい〜と思った。いつの時代なのかは忘れたのだけど、おそらくは私のインナーチャイルドと繋がった瞬間の感覚だ。

その後、私が高校生の頃に早世した祖父のことを思い出した。

無口で岩みたいな祖父がごく稀に台所に立って”だご焼き”と名付けられているおやつを作ってくれた。

それは多分、小麦粉とお水と卵と少しのお砂糖を混ぜ合わせただけの生地をフライパンで焼いただけのもの。

当然パンケーキのように膨らむわけもなくペッタンコ。

クレープと呼ぶには厚過ぎて、パンケーキと呼ぶには薄っぺらい。

そうして焼きあがった”だご焼き”と呼ばれていたおやつを黒砂糖につけて祖父と一緒に食べた。

凄く美味しく感じた。

当時だってホットケーキミックスやどら焼きや色んなお菓子を食べていたのに、何故にあれがあんなに美味しく感じたのだろう?

ごく最近まで貧乏だったから祖父があんなおやつを作っていたのだと勝手に納得していたのだけど、よくよく考えてみれば田舎ながらに近所の洋菓子店や和菓子店のものをしょっちゅう食べさせて貰っていた。

「かおる、カステラば買うて来たぞ。食わんか。」という声が聴こえて来る。そうそう、あちらのカステラはとても美味しい。

18歳で看護学校に入学するために上京した際、こちらのカステラを食べて「そか・・・。九州のカステラは美味しかったのか。」と思い直すほどだった。

今の時代はそんなことはないだろうと思う。全国津々浦々、美味しいものはどこにでも広がっている情報社会だもんね。

そう・・・、だってバームクーヘンやら生クリームのケーキやらティラミスやら・・・美味しいものが沢山あるじゃない。

なのに、どうしてだろう。確かに美味しいとは思うのだけど、祖父が買って来てくれたカステラや、みたらし団子ほど感動する美味しさのものには二度と出会えていない。

その中でも何故なんだろう?どうしてなんだろうね?あんな”だご焼き”なんてものが今でも一等賞なのは。

ああ、そう言えば、祖父はサツマイモのをアルミホイルで包んでストーブの上で焼き、長いことかけて出来上がると「かおる、出来たぞ。食いたいか?」と嬉しそうだった。

大人になってからは横着にもバターなどつけて食べたりして、まあ美味しいなーと思うものの、どうしてかね、これもやっぱり祖父と一緒に食べたボソボソで色の濃い、あの取れたてのサツマイモには叶わない。どんなスィートポテトよりも、今でも一等賞。

話しは戻るけれど、貧乏だったイメージがあるとは言え、そこそこ食やおやつに困らなくなっていたはずのあの時代、何故にわざわざ祖父は、だご焼きなんて原始的なものを作って与えたのかな。

答えが分かった。

既に時代は飽食に向かっていたのだけど、祖父はいつも唐突に思い出しては台所に向かって起き上がりだご焼きを焼いた。

きっと、あれが祖父のインナーチャイルド フード。ソウルフードだったんだね。

だから、あれは特別だったんだ。

さてさて、昨日彼女が食べていたアメリカンドッグ。祖父と食べた記憶は無い。何せ私たち、衣の部分を一緒に味わっているようなだご焼きペアだったから。

じゃあ、なんでこんなに懐かしいの?

すると、今日突然思い出した!

お祭りだ!もういい加減思春期も良いとこで、かなり大きくなった私は祖父とアメリカンドッグを食べた。そう、あのお祭りの喧噪の中で。確かにあの喧騒の中で祖父と一緒に!

思い出した途端「父ちゃん!」と心の中で叫びコンビニに飛び込んだ。記憶が繋がったから嬉しくて、嬉しくて。

(私の父は5人ほど代わり、どの人も良い人だったのだが、その間、普遍的にいつも存在してくれていたのが祖父だったし、他界した季節ですらまだわずか50代だった。だから私の普遍的父は祖父一人だったのだろう。もちろん他の方々もとても優しい人たちだったけど。)

昔と違って、ケチャップとマスタードが同時に出て来るかけやすい仕組みの容器がついて来る。

素直にその仕組みを使ってソースをかけて齧りついた。

・・・・・・・・・・・。美味しい。美味しいよ、父ちゃん。と空に向かって言う。だご焼きも良いけど、これも美味しいよ。

ああ、でも残念なのは父ちゃんと一緒に食べていないということ。

愛されていた数少ない記憶と、愛していたということを目の当たりにして、ちょっと目が濡れた状態でホットドッグを食べ終えたのだが。

その時だった。

食べ終わった後の棒に何か書いてある。

”当たり!もう一本!”

おわあああ、あるんかい、こんなんにも当たりってのが。

しかし、もう要らんわ。お腹いっぱい。充分です。

でも、いや、待てよと思う。

この当たりは祖父の分だ。うん、きっとそうだ。

でも、どうやって食べて貰ったら良いのだろうと真面目に考える道端の四捨五入すると50女。

今のところ、よく分からないのでその棒を綺麗に拭いてバッグにしまった。

いやあ、ビックリしたけどね。何度もいうけど、あれ、当たりがあるんかい。そんなに食えるか。


男子厨房に入らずの古い時代の男。祖父のだご焼きはね、今私が嫁に来て入っている家のお爺ちゃんの年に一回のローストビーフにひけをとっていないよ。

父ちゃん、今、どこに居るの。

その節はありがとうね。

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余談だけどね。

少子化問題が連日報道されていたり、それにともなって打ち出して来る政策が色々出て来てはいるんだけど、私は全く逆の発想。

内容は長くなるので割愛するけれど、老人、つまりは先人を大切に出来ない国が守って来たものって何?

その答えはあえていわないけれど、お金のために大切なものを沢山失った国。

生め生め、生むとこんな控除があるぞ、こういうふうに支援するぞってなことも良いのだけど、介護部門で渋っている以上、この水は当分どこにも流れず濁ったままなのだと思う。

「子供欲しい、子供欲しい。あそこにも生まれた。私も欲しい。」という方もいらっしゃるものの、その気持ちで子どもに何を教えてあげられるのだ?とふと疑問に思ってしまう。

防衛機制辞典のような子供や殺人マシーンのような子供が出来てしまうやないかい。

とは言うものの、別の魂なので、必ずしもそうはならないということも知っているけどね。


父ちゃん。この棒、どうしよう。今度星空に投げてみようかな。

あるいは、かつてのパワーストーンたちのようにいきなり消えたりするのかな。
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2016年01月28日

空の言葉

皆と違うということに不安を感じる人も居るのだけど、私の場合は自分の気持ちや心について嘘をついたときが一番気持ち悪い。

小さな出来事でもありだいぶん前のことだったので、しばしば忘れていたのだけど、自己セラピーをしていて気が付いた。

そりゃ風邪だか何だかの形で出るわけだ。この心の不納得が。

今月の大雪が降った日、ごく短い間の出来事だったのだけど、私を含めたったの三人しか出勤出来ていないときのことだった。

三人とも死にもの狂いで来て、私なんぞは背が低いのも手伝っていつにも増しての超満員電車の中で両手が傷だらけになったり腫れたりしているほどで。

そこまでとは行かなくとも私より少し早くに着いたSさんもMちゃんもびしょ濡れさ加減と寒さでへとへとだった。

ところが「来れるところまで来て下さい。」と如何にも自分は先に着いていて「着いてないのはあんただけだよ。皆待ってるよ。」というようなニュアンスのメールが管理者から届いていたので「来てねーのかよ。しかも、午後三時稼働かよ。はよ言えよ。」と三人とも憤慨していた。

さらに言うと「電車動かないから暖かいカフェにいる。」というメールが来たときには、私たち急遽三人で編成したチームで三人とも氷水の道に足首まで使ってお宅に物品を搬入している最中だったので余計に怒り、マックス。もう笑えるほど空気とか読まないし人の気持ちわからないのよね。

本来は中止にする予定だった人のところに午前中に必死でお伺いしたところ、その方は先週も人員不足で入れておらずいつもよりお体が汚れているわ、冷え切っているわで非常に可哀そうなことになっていたし。

しかも皆やる気はあるのに人員が余る日があったり足りない日があったりするのが管理者の調整不足だと分かっているので、三人とも怒っていたわけなのだけど。

問題は、その後の場面。
その一件を終わらせて、真っ青な顔と凍傷のように真っ赤になった手足で事務所に戻ったとき、何と、余所から応援を要請していたヘルパーの女の子が到着してくれていた。

まあ、一人到着してももう一台稼働出来るというわけではないのだけど、応援だというのに、この天候の中を一生懸命来て下さったのだと思うと申し訳ない。なのに長がお茶しているなんて何かがおかしい。

で、その女の子がいる営業所の方の長の異動話をSさんが熱心に聴いていた。

皆、各営業所の状況やらをよく情報交換しているらしいのだけど、私はそういうのに無頓着。

でも、聴こえて来るところによると、そちらの営業所から二人、管理者クラスの人が移動して来るとか、あと、よくわからんけど、新しいセンター長がこれまた別のエリアの○○さんになるとかいう話だった。

もっと色んな情報があったのかも知れないけれど、あとはよく聴こえなかった。(ってか、聴く気がない。私は訪問入浴をやりに来ているんだから。)

すると少ない人数だというのに大騒ぎになっている。SおじさんもMちゃんも『うっわーー!信じられねー。もう辞めよう。』と言って居る。

どうやら好ましくない人が来るらしい。

しばしそうして騒ぎになっていたのだけど、黙ってカルテを読んでいる私に向かって「強烈なメンバーばかりになっちゃいますよ。あいつらのこと嫌いじゃないやつなんて居ないんだから!いったい誰があいつらとやっていけるんだ。特にあいつ!」と言って来た。

私は「????」だったので笑ってごまかしてカルテに視線を落とした。「え、ちょっと話を聴いてなかったのでわかんない。」と言って。

すると「例えば○○ですよ。あのくそ生意気な女。好き?尾崎さん、好き?」と。

周りからすれば一瞬のことだったのだろうけど、頭の中で色んな想いが廻った。

多分私も嫌なことをされたり言われたり実際にいじわるされたら彼女のことを嫌いになるかも知れない・・・というよりその場ですぐ怒るだろうな。

でも、まだ一度も嫌なことされていないんだよな。もちろん影では言われているのかも知れないけどね。

自分より上司の人には泣きつき、下には酷い扱いをするそうだ。でも、実は上司の前でのそれは嘘泣きで、相手が立ち去ると舌を出して笑うのだとか。

そりゃきしょいなと思うのだけど、それを私は見たことがない。

ええ、それと、確かにそこまで言わなくともというほど誰かがけちょんけちょんに言われているのを目にしたこともある。後ろの座席から口を挟んだりはしないが、「頑張れ、自分が正しいと思うなら今この場で意見しろ。」と新人さんに思ったこともある。

「社員なもんだからすぐ『バイトのくせに。』という発言も多いじゃん!」

ああ、確かに彼女の営業所へ行ったとき、新しい人を紹介される際「○○くんです。この人は社員ですから!」とそこだけ念を押すような言い方をされたこともある。

でも、「ああ、そうなのね。社員さんなのね。」と答えただけだった。私は私の仕事をするだけだから。

「あとさ、今度はIのことだけど。あいつの下に着くのが嫌で俺は異動願いだして来たんだよ。マニュアル通りで、機械みたい。喋らねーから何考えてるかわかんねーだもん。」

ああ、そうだね、彼は確かに口数が少ない。でも、彼の営業所に行ったときには、非常に丁寧に利用者さんの情報を教えてくれるし「・・・。尾崎さんが来てくれると癒されます。」と気持ちを言ってくれたことを思い出す。ええ、例えそれが嘘でも。

そう言ったことを繰り返していると、誰一人、積極的に嫌う要素が見つからないし、実際、好きでも嫌いでもないんだな、これが。

いや、もちろん、今の長に実質自分のペースが乱されるようなことがあると嫌いになるかも知れないけどね。

それなのに「好き?」と言われたとき、「いや。」と言い、「嫌い?」と言われたとき「うんうん、嫌い。」と答えてしまった。

その場の喧噪はそれで収拾がついた。

なのだけど、日数が経つと思い出しちゃうんだよね。何で嫌いでもないのに嫌いなんて言っちまったかな。迎合しちまったかなと。

もちろんそう言わないとその話が続くから面倒だったってのもあるけど、何で嘘言っちゃったかな。

Dヘルパーさんも「あいつさ。云々。」と悪口を言われ、確かにまだ未熟なところがあるけれど、「あの横柄さが許せない。しかも、あいつもなーーーんにも喋らないよな。」と言われると「あ、そうなの?」と思ってしまう。

何故なら誰も居なくなると「胃が痛いんですよね。もう辞めたいです。」と色んなことを話してくれていた。

皆と自分の感じ方が違うのは仕方がない。

ただ、なして嘘言うたかな?と思うと、せっかく今しがた、三人で氷水の道を歩み仕事を終わらせ、色んなことに共感して来たから、一緒ってことにしておきたかったのかも知れない。

でも、もう二度とこういうのは止めよう。

自分に嘘つくことが一番きしょいから。

違うときゃ違うでしゃーないじゃないっすか。
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2016年01月27日

根っこの気持ち(カウンセラーズトレーニングの会)

あっという間だったような。しかし、とてつもなく長かったような一か月を経て、本日はカウンセラーズトレーニングの会。

ただでさえ各自私生活で色んなことが起こる上に年末年始という行事、さらにそれに纏わるあれこれを乗り越えるのは大変だったりする。

昔だったら気付かない(つもり)のまま過ごしていた小さく思える出来事さえも、その感受性が拾い上げるので自ずと一人の壁打ちのようなワークが始まる。2016012602.JPG

厳寒の中を続々といらして下さる方々がことあるごとに「よいしょ、よいしょ。」と仰りつつ荷物を置いたり、トイレへ行ったり。

ほんとに各自、よいしょ、よいしょとやって来ては帰るまでには何かを持ち帰る。

いつも思うのだけど、シェアリングの時点でユングに出会う。不思議だけど不思議じゃないのは、大抵のエピソードが全員にリンクしていること。

一人が話し、複数で傾聴している最中にビックリしたり涙がこみ上げてくるような人も居る。

自分が悪い、思い込みなのかも知れないというのが実は思い込みで、本当に幼少期の自分がどれだけ怖い思いをしたり辛かったか?ということを知る人がいたり、それでも、それを確認し続ける人も居たり。

でも、それはどっぷり悲劇に浸ることじゃない。誰もが自分自身が相当強いということを再認識するチャンスでもある。だって、あんなことを幼い時点で乗り越えて来たのだから。

核心の部分をかいつまんで書くと、こうしてどうしても固くなってしまうのだけど、実際には笑い声がこだましている。

心理以外の映画やらドラマやらの話しが出るときですら、どこか心理学を生きたものとして捉えている面々なので受け取り方が半端ないのだけど、やはり、笑っている。

例によって、今日もシェアリングの時点でお腹いっぱいという状況でもあったのだけど、ちょいとはワークしなくちゃなと持ち込んだ短時間のワーク。

どんなものか?と説明するのは少し難しいのだけど、例えばヒプノという療法一つをとっても深い。ゲシュタルトもフォーカシングも深い。

でも幾つかのセラピーをドッキングさせると、それが何と日本人向けの優しいセラピーになる。

色んなものを組み合わせて、デモをしていただいた相手にはキネシオロジー的なことも摂り入れた。要するに自由なセラピー。

固さも重さも否定しない。

それに私のオリジナルを加えた部分は、目に見えないものは如何に大切なものと言えども忘れやすいので具現化したものが欲しかったのでパワーストーンのタンブルを使った。

実はとても珍しい淡いカラーのストライプタイプのフローライトがあって、それは長年の宝物ではあった。すぐに手放してしまう私が長年同じストーンを所持しているのは珍しいなあと思ったら、なるほど、今日この日のためにあったのかと思う。

元々変容の石であるフローライト。そう言えば、今日事務所に来たら、また別のフローライトがこつんと生まれていたな。

とにかくその素晴らしいストライプのフローライトは、多面性を持つ彼女にとてもお似合いで、彼女の名前をつけて連れて帰ってくれたことがとても嬉しかった。

デモが終わったあと、「え?わかんない。出来るかな?」という人も多数いらしたのだけど、大丈夫なんだな、これが。

皆自分の実力をまだ分かっていないからそう思うのだろうけど。

自由ーーで良いの。出来る、出来ると促して各自ペアでセラピーが始まった。

セラピスト役をやっている人の誘導も初めてとは思えないくらい素晴らしかったし、クライアント役の方も素直で実直で、とても”かかり上手”だった。

終了後、皆、眉間が開いていて子供のような顔になっている。

オレンジカルサイトを手にしている人を見かけては「あらあ、正解。素敵。」と思う。石好きな人ほど意識で選ぶんじゃないかとひやひやしたものの、それも余計な危惧だった。

少々長引いたものの、ピザを食べながらのシェアリングや雑談も捨てがたい。

余談だけど喉に良いとMさんがお薦めしてくれているレンコンのお茶。まずいけど、凄く美味しい。

喉だけじゃなくて第一チャクラに凄く効くように感じた。

今日はほとんどの人に第一チャクラのテーマも共通していたので「皆も飲んだ方が良い。」とふるまったら、やはり染み渡るような表情で飲んでいらした。

フォーカシングやゲシュタルトやヒプノやれんこんやパワーストーンや。

あらゆる方法で過去の傷の一つ一つにアクセスしているような気がした。

日にちが経つごとにまた新たな気付きがリフレインするのがトレーニングの会の日のワークなのだけど。

とりあえず思うのは今日も皆さんお疲れさま。そして、つくづく思う。

私は、この人たちのことをかなり好きなのだなということ。

引きのカメラで見たり、未来を考えて慎重に対処しなければならないことは分かってはいるものの、別段そこに愛があっても何の支障もないじゃないかってことで、本日、それはそれでよしとした。

皆モコモコと暖かい恰好して、自分を大事にして、また「よいしょ、よいしょ。」と日常へと帰って行った。

私は何も教えない。むしろ色んなことを教わっている。

さあ、今年も始まりましたね。

のんびりボチボチ行こう。
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2016年01月26日

勇者に触れた日に思う

ナースになりたての若い頃、必要に迫られて(いるような気がして)色んな心理学書を読んでいた。

多分、施す側、やってあげる側だと思い込んでいる立場の職業の傲慢さに疑問をいだいていたのだと思う。

世間話のような申し送りや、患者さんやスタッフへのレッテル貼り。

そういったものを優しさだと思い込んでいる風潮に触れるよりも、バイタルの値やデーターなど、数時の方が余程知りたかったのだけど、なかなかそこに辿り着かない報告にイライラしていた。

確かに病んでいるや患っている方々が存在する場所ではあるものの、何か別のところでの歪みを感じていたのだと思う。2016012501.JPG

そしてそういう仕事をしている側こそ余計に自分を振り返らなければならないと思ってそういった本を読み漁っていたのだろう。

そうすると度々”機能不全”の家庭という言葉が出て来るので辟易していた。その言葉が嫌いだったのだ。

機能不全と表現されるとあたかも家庭という場所が一つの装置のような気がして。

でも、今になって思えば、とりあえずそう表現するしかなかったのだろうなと言うことが分かる。

多分だけど、例え不格好でも愛が伝え合える環境だったなら将来つまづかなくて良かったことが沢山あったかも知れない。
でも、多くの人がつまづき、そのつまづきすらも恥と考えて世間体を気にしている人が今の世の中に多いなと思う。

本当は、そんなの恥ではなくて、ただ普通に我が身を振り返り、気付き、失ったものを取り戻したり、知らなかったことをトレーニングして覚えていけば良いだけの話しなのだけど。


多分、通常だったら子供を愛さない親はいないと思うのだけど、その愛し方が分からないまま、ただただ周りを気にして育てた人もいるかも知れない。

仮にその愛が伝わらなかったら、本人は幼少期に親から愛されたという感覚を持てない。

ほんとは愛されていたのかも知れないけれど親御さんの方が自分を愛せない場合、子供を含む他者をうまく愛せるわけがないから。

そういうループというのは代々続く。どこかの代で止めようとしない限りは。

偶然なのか、必然なのかは分からないけれど、今世で出会う人々は自分の代でそれを止めようと果敢なチャレンジをしている人が多い。

でも、チャレンジャーの方々も「愛する」とか「愛される」とはどういうことなのか分からないのだけど、無意識に、とりあえずは親がやっていたことをやる。

愛するということは互いのものを共有することだと思い込んだり、愛されるということはずっと自分だけを観てくれることだと思い込んだり。(自分を見つめない親御さんはとかく子供だけをじっとり見つめてあれこれ言うのだけど、親子共々それが愛だと思い込んでしまう場合とか。)

愛されるも愛するも分からないのだから、当然経験がないということになる。

そのため自分なりの方法で愛を伝えようとするのだけど、それがお金や物や時間を貢ぐことだったり相手の言いなりになることだったりするかも知れない。

もしも「迷惑だ」と拒まれてしまったら、あれ?やり方が違うの?それとも足りないの?じゃあ、もっと愛を注がなくては!とやはりエスカレート。

その衝動ってのは凄いエネルギーなのでなかなかおさまらないというケースを沢山目の当たりにして来た。

逆に、努力した結果、たまたま功を奏して「うれしいよ、ありがとう」と言われれば、自分が認めてもらえたという幸せに包まれるのだろうけど、そうすると、もっと認めてもらいたくて、行動はエスカレートして、しまいにはストーカーに発展するかも知れない。(もっと凄いケースだと何の心の通い合いもなくストーカーすることもあるみたいだけど。)

はたまた本人の感受性や認知にも個人差があって、自己認識では「凄く粗雑に扱われた、虐待を受けた。」と思っている人でも、実は過剰な世話を焼かれて我儘に育てられていたりとか。

そうすると他人が自分の思い通りにならないとヒステリックになって怒ったり号泣したりと忙しくなる。

どちらにしても、他人の反応ばかりを観るというのは自分だけでなく周辺の全てをへとへとにさせてしまう。

これは誰にでも起こり得ること。

で、カウンセリングという仕事をしているとかなり多くの頻度で遭遇するケース。

人には恒常性というものがあって、何らかの独自の方法でうまくバランスを取りつつ生きて来ている。

でも、自分のバランスを保つために他者のバランスを崩すという方法はやがて限界が来てしまう。

ただ、やはりそこは恒常性。

恐れすぎる人は抑圧して、結局、何かの拍子に蓋が開くと爆発的にこの傾向が出てしまう。

だから、ここでもやはり”なるべく”って感覚が大事なのだなと思う。

あまり頭で考え過ぎると親密な関係を避けるという症候群が出て来てしまう。最初は良いけれど、仲良くなったり信頼し合いかけたところで関係をぶち壊す。つまりは幸せになってはいけないという症候群。

本人は無意識でやっていることなので、まったく気が付かないし、それなりに傷ついてもいるのだけど、相手はもっと傷つくんだな、これが。

何せ無意識なものだから、全く分からない理由でいきなりぶち壊しにかかって来るわけだから。

じゃあ、どうするのか?というと、やっぱり他人にはどうにも出来ない。

自分の内側に原因があるということをどの地点で気付くのか?受け入れるのか?で人生が変わる。

で、重ね重ね、それは他人には変えることが出来ないのよね。

関われるのは変わろうとする人だけ。

それだけでも時間は過ぎるので。

現状や自分や他人の悪いところばかりを探すのが得意な人、つまり不幸の才能に長けた人には言うことは何もないし、わざわざかける言葉もない。

でも、そういった位置にある人ほど自分を観ることを避けるので、どうしても他人に首を突っ込みたくなるらしく、自称優しい人ということになっている。

そして「頼んでいませんよ。」と言われて勝手に傷つき恨み言を増やしていっているような。

そこで冒頭の機能不全という言葉を思い出した。あまりに同じことを単調に繰り返していると、それはそれで人間らしさが無くなるのだなと。

一見とても感情的に見えるのだけど、傷ついた傷ついたと自動装置が働いているかのように感じて鋼鉄感すら感じてしまう。

弱いとか傷つきやすいという仮面も使い過ぎると硬化するのだなあ。

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今日はとても人間らしい方のメールカウンセリングの返信を書いていたのだけど、そして内容的に自分を責めておられるかのようだったのだけど、とても柔らかい人間らしさを感じるばかりだった。

少なくとも、新しい道を自分の頭で考え模索している美しさがそこにあった。
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2016年01月25日

冬の向こう側に向けて

予想通り、風邪、寛解。

と言っても体力持ってかれたので多少ヘロヘロ。

たまたま週末で夫が休みとのことで、行きも帰りも車の中で寝てた。

おかげさまで仕事中はくっきりはっきり。

浜辺には仮死状態の魚が打ち上げられていると言う。なんで?と思ったら、水温まで記録的に低いからなんだって。

連日ニュースで「記録的な寒波のため、水道管の破裂にご注意ください。」と言われる度に思う。それって、どう注意すれば良いんだ?注意しようがないだろうに。

**********

朝、名古屋のTさんからのメールで幾つか予定していたメニューを一つに絞りたいというお知らせ。その理由が「雪だから帰りが心配なので。」とのことだった。

え?寒いは寒いが、東京は晴れ。でも、あちらは降っているってこと?

無事にお会いすることが出来たのだけど、聴くところによると関西の方は降っているとのことだった。大変だわねー、もう。

しかし、無事にヒプノの一回目を終了することが出来た。

あいかわらず頑張っていらっしゃる管理職。

でも、今回はげっそり感が無かった。油断するとすぐ痩せてしまうので心配なのだけど、何となく血色が良くてエネルギーに溢れている感じがして安心。

***********

今日も心理学にヒプノにカウンセリング、滞りなく終了。

で、長らくお待たせしていたすがPさんの娘さんのオーダーブレスも完了。

しかし、まだまだやり残したことが山ほどあり、やっぱり時間の貴重さを感じる今日この頃。

それでも今夜、やはりゆったりと休息することに使おう。
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2016年01月24日

解毒のきっかけと思うしか

今週初めの雪の日の訪問入浴は、メンバーがとても良くて、おかげさまで体力のない私も軽症で済んだ感があった。

しかも、オペさんの機転で自宅近くの駅まで送っていただけたし。

その晩はゆっくりお風呂で暖まって眠った。

丁度その雪の日にPMSがぶちあたったのでどうなることか?と思ったのだけど、次の日のカウンセリングも滞りなく進む。そしてその次の日も。

雪の当日も酷い出血だと思っていたものの、室内での仕事に切り替わった途端、もっと症状が激しくなった。

やっぱり人の身体や精神って状況を見て緊張したり緩んだりと勝手に調節してくれているのだなあ。

で、実は中二日のカウンセリングを経て訪問入浴があるということも意識していた。

さすがにこの木曜日には雪が解けているところも多かったし、なかなか楽な件数で終わった。

で、その夜からザ・風邪をひいたらしい。

もう何年もこんなことなかったが、今年はこれで二回目だ。

一度目は一日で治った。誠、レイキに感謝。

が、今回は仕事が終わるとだらーーーんとなること二日目。

もう、いくら寝ても眠れる、眠れる。ってか、何も出来ない。

それでも、仕事帰り、スーパーに寄って今日はパエリアにしようかな?と思うところに夫から電話。

実は今週哈爾濱ママのご親族の方が急逝なさったとのことで金曜日までお休みだったのだが、それをわざわざ直電で教えて下さる。「尾崎さんたちが来たら悪いと思って。」と。

で、今日から営業しているから行こうか?気落ちなさっているかも知れないし。。。という連絡だったのだが。

いかんせん体調が悪くて、帰ってご飯を作ったらすぐに寝ようと思っていたのだと告げる。

悪いけど買い物中止するから一人で行って来てくれない?と。

ところが「何?それはいけない。食欲はあるのか?」

悲しいことに食欲だけはあります。痩せません。

「だったら作るよりもオイスターバーで牡蠣のグラタンでも食べて栄養つけてから薬飲んで寝ればどうだ?哈爾濱はその後行くよ、オイスターバーから先に帰れるようにタクシー呼んでやるから。」

いやあ、確かにあそこの牡蠣グラタン、とても美味しいのだけど、あなたがどこかに飲みに行くなら私は家で何もしないで寝ていたい。

そう答えたのだが、その後、数回の電話と鬼ライン。

「家で何もしないで寝るってことは何も食べる気がないってことだろ?食べるだけ食べて帰れば良いじゃん。」

いや・・・具合悪いときに人前に出とうない。

そんな感じで何度か抗ったのだけど、結局負けてオイスターバーでコロナ飲んでいる私って。

いやあ、冷たくて心地よい。熱あるんだろな、きっと。

で、本当にグラタン食べて帰って来た。

お店の方々に夫の強行を訴えると笑っていらした。

でも、マスターがそっと冷たい煮りんごを出して下さった。

このマスターも猫居酒屋のマスターさんと同級生。

「煮たリンゴは平気なのに生だと口の中が痒くなるんですよね。」

あ、そのアレルギー、この人にもあるんだけど、恐ろしいことに誰にも言わないまま大きくなったんだって。

”かいーーー。うま。かゆいーー。でも、うま。”と黙って食べているので実の親御さんも気が付かなかったという。

それを聴いてまた爆笑しているスタッフさんだったが、要するに私が言いたいのは、あまりに気にしなさすぎて、具合が悪い人の気持ちが分からないのが致命的だということ。

いや、もしかしてもしかしたら、夫だって虚弱なのかも知れない。長年聴いていると私よりあちらこちら悪いし、アレルギーあるし。

ただ、それらを相手にしていないというだけの話しで。

不便です・・・と何回言うても笑われるので、あきらめて帰って来た次第。

ああ、でも早く帰って来れて良かった。

レイキを流して寝よう。で、明日にはもう寛解していることだろう。
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2016年01月23日

思いの外応用が効く

やり始めの頃、レイキヒーリングを他人様に行う際、当時の自己ヒーリング同様に12ポジションを流すのみだった。

もちろん効果は得られたのだけど、色んな方々を施術していると、自然と手法が変わって来る。

例えば第一ポジションを流している間は時間が来るまで第一ポジション、第3ポジションの際にはずっと第三ポジションというようふうにやっていたのだけど。

それが段々色んなことに気が付いて来て、”あ、喉と頭のチャクラが連動していない。”とか、ご自身のハートチャクラと胃の周りが連動していない・・・というふうに色んなケースに遭遇するようになる。

何で分かるか?というとそれはなかなか説明しにくいのだけど。

例えば前者のケースだと、頭では思っていないことが口をついて出て来てしまうし、後者の場合だと自分自身を表すイエローのチャクラと、ハートが一致していないとか。

チャクラというのは全身連動するので、特にお隣のチャクラとうまく行っていないと、自分でも知らない間にちぐはぐな言動や精神状態、健康の不調を生み出すことがある。

チャクラというのは人間の身体のほぼ中心線で全面と後面の両方に位置しているエネルギーセンター。

目には見えないことの方が圧倒的に多いのだけど、長いこと色んな症例を見ていると分かる。

それぞれ回転数が違っていて、上、つまりは頭上に向かっていくほど高速になるのだけど、頭が「あれ、しなきゃ。」と言って居るときに、そこから下の歯車が「いやだ!」とボイコットしていつにも増して噛み合わない回転数でゆっくり動き過ぎていたり、酷い人になると止まる。

なので、いつの間にか、通り一辺倒の12ポジションだけでなくて、うまいこと連携が取れなくなった全然違う二つの場所の片方づつ手をおいて、繋げる作業をすることが多くなった。

最近は自分でも、「あれ?」と思うときには、連動しにくくなったチャクラにそれぞれ片方づつの手を置いてエネルギーを繋げる作業をしている。

これがヒーリング側で言う自己一致というやつなのだろう。

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余談だけど、チャクラがバラバラな状態で支離滅裂で不安な状態でも人は生きて行けるのよ。

ただ、そういう方のバラバラ感は本人はもちろんのこと、接する相手にすらザワザワ感を与えてしまう。

まずは自分の中から調和なのだなあとつくづく思う。

もしレイキを取得している方がいらしたら、試して観て下さい。

何となく、こことここだわってことが分かるようになるから。

他人のことを考える時間をそちらに回すと、いつの間にか他者とも円滑に周り出すというこの不思議。
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2016年01月22日

見てたんか

カウンセリングという仕事をしていると色んなエピソードを聴く。

で、年を取れば取るほど、色んなことを体験するので、全く分からないなーって話が無くなって行く傾向になる。あ、年だけじゃないな。エピソード数がもう半端ない。ほんとに沢山耳を使い心に触れ頭を使って来た。

そうして生きて行くと、誰しもそうなのだけど、自分の中に沢山の自分が存在している。

嫌いな人も好きな人も、全部自分の中に存在している自分による化学反応。

なので、あんまり「は?」ということが無くなるし、手放しで人の悪口を言うこともいつの間にか減って来る。

自分の中の自分を知れば知るほど、さほど他人に腹が立たなくなったり、一時的に腹が立っても少しの時間が経つと、「なるほど。そういう気持ちだったのか。」とか「ああ、そういう思考のメカニズムならそういう言葉が出ても仕方ないよなあ。」と思えて来る。

カウンセリングはプライベートに持ち込まないでね、必要なときに使ってね、くれぐれもここぞと言うときにね・・・とよく人様に教えているのだけど。(で、普段、話したい人に沢山話したり聴いたりして我儘に過ごしてね。と。)

長年心理学と付き合っていると、知らず知らずのうちに日常の中に心理学が浸透して来るのね。正確に言うと心理学的な見方とか、引きのカメラ。

大抵の場合は功を奏することが多い。

例えば、自分が立っている石が崖っぷちの小石だというのに、その下にぶら下がっている人を救おうと感情的になったってもっと大惨事が起こるだけ。(ところがそうして自分が危ない状態にある人に限って物凄く気になるんだな、危ない人が。)

しかも、小石の上でぐらぐらしつつ誰かの手を引き上げようとしているその人を、さらに上の方にあった小石の上でぐらぐらしている人が引き上げようとするもんだから、ますます大惨事。

ところがある程度引きのカメラで見れば「ちょっと待ってね。今、足場を固めるからね!」ってのを数秒で気が付いて出来るし、危険なく引き上げることが出来る。

あとは、私、知らなかったのだけど、普段は普通に崖の上に立っているのに、人が通りかかるとわざと落ちそうになって見せる人が居たり、酷い人になると「おーい!」と呼んでから落ちそうになる演技をしてぶら下がっている人も居るという。

そんな人間いるか!と長年思っていたのだけど、夫や友人や諸先輩方の言葉を聴いたり、はたまた実際に自分がそういう人と接する機会があって「ほ、ほんとだ。ほんとに居るんだ。」ということも分かって来る。

まじかよ。そのうち、ほんとに落ちるぞ。

それでも出来るだけのことをする。



私はよく”絶対”という言葉の代わりに”いちおう”という言葉を使う。

いちおう自分の人生に責任を持つべきだから。いちおう自分の幸せに責任を持つものだから・・・と。
そう、絶対ってのはこの世にあり得ないから。

それはカウンセラーになる前から同じかも知れない。

病棟時代も、どんだけ不眠不休で駆けずり回っても物理的に不可能なことって沢山あった。その名もザ・人員不足。

おかしいなあー。私が闘いたい相手は人員不足か?という疑問のまま走り続けていたけれど。無理だと分かっていてもいちおう出来るところまでやろうくらいの姿勢に段々変わって行った。

でもって今も仕事においては走り続けていることには代わりないのだけど。

ただ、今は先述した新しい視点が頭の隅に常備してあるというのが何よりもの救い。

それは時にレイキだったり心理学だったり。

なので、大分楽になったと感じていた。

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のだけど、次女くんは今普通のOLさんだが、セラピストでもある。で、いつぞやも書いたように、占星術は専門家に学んだわけでもないのだけど、妙に詳しい。

その次女くんに「読みなさい。」と言われた占いの一文。

ここの占い、以前彼女から教えて貰ってから「いちおうチェックするように。」と言われていたのに忘れてた。

で、「読みなさい。」と言われるということは、読んでいないということがばれているということだ。不思議だわね。どうしてかしら。

しかも、家の外でどう過ごしているか?なんてことはあまり話さないし、家族はこのブログを読んだりもしていない。本人に会ってるんだから読まないよとのことだった。(こちらも楽です。その方が。)

それなのに、私に該当する占いの一文で、読めと言われたところを読んでみると、「あら?」と思う。

「他人の人生に対して肩代わりをしてあげて、その人の立場になってやってあげてしまう」ということがあります。今はあなたにとっても大事な時期なのだから、聞いてください。「その人の肩代わりをしてあげて、その人の代わりに答えや解決策を出してあげることは、目の前にいる他人を“何も解決能力のない幼児”」として扱うことになります。それをやると依存されます(笑)。だからね、ちょっと今週はドライで。「他人事なんだよね」と思ってていいから。」

ええ?そうっすか?大分そういうこと無くなったと思っていたのですけど。

・・・・・・・・・・・と思ったあと、ほどなく「あ。」と気付く。

プライベートでそういうスタンスを持ち込むと、気が付けば取っ組み合いの喧嘩になるほど、身に覚えのない怒りをぶつけられたり、何故だか殴られてんのに説得しているというような状況になるのだった。

やっぱ、昔の傾向に偏っていたのね。分かりました。

それを思うとまじに思うわ。ほんと悪いことしちゃったな。私も存分にやり返しちゃったもんね。ほんとに可哀そうなことをしてしまった。私も痛かったんだから相手はもっと痛かったんじゃないかなと思う。

一昨日、とある人の回避法をひょんなことで聴いて「ああ、ほんとはその方が良いと思いますよ。」と答えつつ、心底そう思った。

***********

とは言うものの、やはり”一応ね”が必要なわけよ。

何故ならば、全てを他人事だと思い続けるようではやっていけない仕事を選んでしまったから。

で、上記の注意、完全に守るとSiriみたいになって不気味だと思うから。

でも、プライベートではある程度その通りっすね。
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2016年01月21日

地味と真面目は違う 苦労自慢と努力も違う

まーだ雪が残っている。しかも、ところどころアイスバーン。つるつる滑って危ないわあ。

昨日・・・・というより、長年の話しを引っ張るが、人は依存セロでは生きていけない。(助け合いを含める相互依存や相互成長を含めて。)

例えば私が時代時代で気付きを得て来たことですら、ぜーんぶ、世の中や他人から気づかせて貰ったことばかり。

色んな情報や色んな考え方の人に触れて「なるほど、そういう考え方もあるんだなあ。じゃあ、私はどうする?」という調子で、決して一人では学んだり気付いたりすることが出来なかったものばかり。

でも、昨日お越しいただいた依頼人さんとの間であがったのは、依存的過ぎる人の話しだった。

誰かが何かすれば同じことをする。

自分がやっていることを承認してくれなければいじけるとか。

その昔、もっと凄いなあと思う人に会ったこともある。

自分は鬱で何も出来ないから夫が全てやってくれているの。とサメザメ泣いているのを観ると、あんまり自分を責めないで・・・と言いたくなるのが人情なのだけど。

そして、根本的に立ち直りの理論はまず自分を大事にすること、無理をしないことであることには変わりない。

で、その方はそのアドバイスが凄く気に入っている様子で「じゃあ、何もしないで良いんですね?」とウキウキしていた。

あれ?と思った。

自称鬱歴が長い人に多くて、下手すると無理するなとか頑張るなと言ってくれる人を探す。泣きながら探して、その言葉を貰えるとぴたりと涙が止まる。

で、その回復期に有効な手段をずーっとやり続けようとする。

けれども、配偶者に「ここが汚れている!きちんと掃除機かけて!」とか、「もっと給料取って来てよ。」などと言っている姿を目の当たりにすることもある。

配偶者の人に申し訳ないのだと落ち込んだり泣いたりしていた同一人物とは思えないくらいの形相で。

それでも、昔はそういう人のことも肯定的に観たい気持ちが強くてその矛盾に目を背けていた。

お金を持っている人を見つけると「○○さん、あの学校に行かせてくれないかなあ。」とウキウキしているのにもビックリした。

お金があれば卒業出来ると思っているらしい。

そろそろ他者に目を向けたり思いやりを持つ余裕が出て来るほど回復した頃、そういう人は「やばい。」と思うらしく、「無理、無理。絶対出来ない。誰かがやってくれなきゃ。」と途端に具合が悪くなる。

要するに一時的に元気になっているかのように見えたのは、依存相手がすり替わったというだけの話しだった。

*************

昨日、某若き社会学者の話題にもなった。

彼は大学院でも相当な研究をしているし、沢山の大学を卒業している。

でも、『いや、努力なんて何もしなかったですよ。努力嫌いだもん』と言う。

経歴と年齢をみると、いや、かなり密に努力してないと今の肩書きはないだろうにと思うのだが。

その意味が分かった。

彼は勉強するということを努力だとは思っていなかったらしい。

で、感情が乏しいのか?と思いきや、良く観ると、怒るべきところできちんと怒っていた。怒ってしかるべき相手にきちんと怒っているので、他人にあたることはない。

しかも努力云々じゃなくて、自分が勝手に好きなことを学んで来ただけだという認識なので、他人に努力しろと押し付けることもない。

まだ若いその方のコメントを聴くと「は?」と驚くことがあるものの、ふと思う。

あそこまでの人々というのは、努力自慢もしないし、自分が真面目だとか、決して言わないなあ。

でも、真面目に向き合っているのだけど、真面目な人ほど「いや、あれくらいのこと。」と言って、また執筆活動に入ったり。

第三世代が出て来たとも言われている人なのだけど、真面目と地味と同義語だと思い込んでいる人が多い社会の中で、あの極端さは面白いなと思った。

ちなみに、昨日いらしたクライアントさんも多分自分のことを真面目だと思っていないし頑張っているとも思っていないようだ。

いつもとても綺麗にしていらっしゃるし、喋り方も落ち着いて穏やか。でも、その奥には前向きな炎がある強い人。

真面目な人ほど自分をナマケモノと言う。
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2016年01月20日

ある日の靴下 / 選択

昨日の訪問入浴の最後のお宅に着いたのは外が暗くなる頃。

私が入った頃、厳しいし細かいのでこのおうち独特のやり方を守ること!と言われていた介護者様は利用者様のお母様。

実際、長が怒られている場面や他の人が厳しく言われている場面も目にしたことがあるにはあるのだけど。

それは言われても仕方のないことばかりだった。で、よくもまあ、要注意なんて言う言い方をしておきながら、このお母様に失礼なミスが出来るもんだと長にビックリしたこともある。

で、そもそも大事な娘さんをケアさせる上に、娘さん自身が障害のために何も言葉で苦痛や不満を発することが出来ないのだからお母さんが目を光らせて代弁するのはあたりまえ。

それ以前に自分の家に他人が三人もどかどかと上り込んで来て風呂の機材を持ち込んで仰々しい作業をやるのだから、逆の立場だったら新しい人が来たら警戒するだろうし、ベテランさんが何か違うことをすると「もう、何回言ったら分かるのよ。」と言いたくもなるだろう。

娘さんはもう成人になってからも長い。その長い介護の生活で酷く疲れていることも多いようだ。

「もうねえ、この間、こういうことがあってね!あの人ね!いや、あなたに話しても困るっていうのは分かるんだけどね。」と怒って話している声をあちら側から聴いて他のスタッフが固まることもあったけれど、私にはその声が泣いているかのように聴こえたこともある。

そんな諸々の話しの流れをお湯が溜まる間に聴きながら、「お疲れさまです。」と肩を揉ませて貰ったことが三回ほどある。

「いやあ、もう、ありがとう。ありがとうね。」と言っているその肩も背中も鉄板が入っているほどに固かった。何せもう娘さんもお母さんの体重を追い越しているわけだから当然こうなるよね。

で、昨日の雪の日、お伺いした際、「お久しぶりですね。今年もよろしくお願いします。お元気ですか?」と訊いたら「うーん、あんまり元気じゃない・・・。」と言うお母さま。

が、すぐに下の方を観て「あらあ!」と大きな声で叫んだのでビックリした。

え?何?

「どうして裸足なの?!こんな日に!しもやけになるわよ!」

いや、これ、しょうがないんです。何回靴下を履き替えても車を降りる度、誰かのおうちに近づく度に濡れて冷たくなってしまうの。しかも、その濡れ足で靴下履いたままお宅にあがっちゃったら訪問先に濡れた靴下で足跡を着けてしまうから。。。

でもね、もう、ここ、○○ちゃんちが最後なんで、良いんです。

「もう、大変よね。ありがとう、来てくれて。デイサービスの人もね、雪の中、必死で来てくれたし、もう皆凄いよね。」

ああ、そう言えば、朝の混雑した駅のホームで30分も1時間も待たせられて寒くて不機嫌になっていたけど、駅員さんが必死だった。考えてみれば彼らがホームに立っている時間なんて私たちの比じゃないのに。

やっと立川に辿り着いたとき、なるべく速足で出勤していたら、今まで気が付かなかったけれど、”こんなところにお弁当屋さんがあったのか。”というのを発見。

お弁当屋さんと言っても、一人暮らしのご老人やご病気の方々のためにお届けするためのお弁当屋さんだ。

で、何で初めて気が付いたか?というと店の前に車が止まっていて、そこに会社名のロゴが書かれてあったから。

そして、ぶーーん!ぶーーん!とスタッフがエンジンを大きくふかしていたから。

雪が関係あるのかどうかは分からないが故障して車が動かなくなったのだなという様子が一瞬で観て取れる。

通り過ぎるときに聴こえた。そして観た。

「どうしましょう?」というスタッフに、違うスタッフが「どうしましょうじゃねーよ!みんな、ご飯食べて貰わなきゃ死んじゃうじゃんか!何としてでも届けなきゃ!」と車の下に潜り込んでいた。

皆必死だったな。

話しは逸れたが、お母様と「皆頑張ってましたね。」とそんな話をして、無事に娘さんをお風呂に入れて、ベッド上でオムツやお洋服を着せていたときのこと。

「あのさ、これ、一回履いちゃったやつで申し訳ないんだけど、うちの子の靴下なの。サイズ、ぴったりだと思うんだけど。」

それは分厚いアルパカの毛糸の靴下だった。

思わず爆笑と涙。ありがとうございます。大丈夫です。そんなのいただいたら、私、何しに来たんだか。もう帰るだけですから。

「いやいやいやいや!帰りも絶対寒いから絶対履いて行ってよ。あまりにも可哀そうよ。帰ったら捨てても良いからさ。」

内心思ったのは「当社は黒靴下、黒いズボンと決まっているんだけどな。これ、すっごい可愛い模様入ってるし、どちらにしても・・・。」ということだったが。

「早く!」と言われて、「あ、はい。」と履いてしまった。

うわあ〜、あったかいわあ。久々の靴下。もう午後からすっかりあきらめていた靴下。

「良かったわあ。風邪ひかないと良いんだけど。」

まじで暖かった。何て優しい方なんだろう。そして私が「うわあ〜、暖かい」と大きな声を出したときの、お母様の嬉しそうな笑顔。

色んなことが染み入る日だった。

誰が捨てるもんですか。大切にとっておきたいです。愛する娘さんの靴下を、ありがとうございます。

************

うって変わって今日はカウンセリング、クリスタルヒーリング一件、電話。そして特に午後二番目にいらして下さった方と一番長い時間を持てた。

沢山色んな会話をする中で、共感できることが沢山あった。

何もしようとしない人と何とかしようとする人の話し。

ロジカルな人とか前向きな人とか、責任感がある人は、よくよく怒る側になったり、対策を講じなければならなかったりと大変な思いをするのに対して、依存度が強い人は、とにかく人がやってくれるのを待っているか、如何に人にやらせるか?ってことばかり。

そういう関係があらゆる人間関係の場所に存在する。親兄弟、姉妹や友人関係など、どこにでも。

パンクするのは自分でやろうとして来た人の方が多い。

それで今日もそんな例を聴かせていただいて互いに話していたのだけど、依存的なんが強すぎる人の方が楽に過ごしているケースも多いし、まあ大丈夫なんだろうな。もしかしたら得しているのかもね。とか。

でも、意見が一致したのは「でも、ああいうふうにはなりたくない。で、余計に苦しそうだ。」ということ。

他にも怒りのマネジメントについて話したり、レイキをやったり。

で、この方と接するといつも思う。私はやっぱり、自分で道を切り開いて行こうとするこの人のような人が好きだな。
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2016年01月19日

お疲れさまでした

昨年の冬は訪問入浴の日にさしたる雪にあたらなかった。

でも、確か一昨年とその前の年はドカ雪の日にあたったと思う。

と言っても、ほぼほぼあちらの仕事を主としているスタッフの方々は、大雪や大雨や台風にあたることは珍しいことではないのだろうけど。

ついつい私は「ああ、あたらなければ良いな。(自分の出勤日に。)」などと思ってしまうので甘い。

幼稚園、小学校の頃に北海道に居た頃は雪が困ると実感したことはなかった。それは子供だったからか?というとそうでもなくて、周りの大人も適応していた。

そして何故に適応できるのか?というと、それがあたりまえなので既に備えが出来ているから、ある程度までは対応できるという状況。

そして意外にも、それと同じくらいの雪質を体験しているのは九州で暮らしていた高校生の頃までだった。東京よりも大粒の雪がどかどか積もっていた。

大人になってこちらで暮らしているうちに忘れた頃に大雪が降るというランダムな状況になってみて分かった。雪質もびちゃびちゃしていて衣服を湿らせ肌に沁みこんで来るところ、建物や衣服や履物、そして致命的な交通手段までもが何故だかいつまで経っても対応しきれない状況にあるのがこの辺りの地域なのだろう。

*********

それでも大雪の予報が出た日の前日などには最早スーパーなどに大型のスコップが大量に並んでいたり、皆が長靴を用意したりするようになった。

で、そういった光景やニュースを観る度に「降るのか。やっぱり降るというのか。」とちょいと憂鬱になるのは、訪問入浴をやるようになってから、そしてカウンセリング等のセッションをやるようになってからが最も頭を痛めている。何せ、たった三駅先の家に帰れなかったり、どのタイミングで危機回避の連絡をしようか?と迷うから。で、一昨年などは自分が事務所に缶詰になっていたりとか。

*********

さて、夜中。窓の外を見ると、壮観な雪景色。まるでクリスマスケーキのような家並み。街灯に照らされると尚更綺麗だなー。ほんとに観ているだけならほんとに大丈夫なんだけど。

そして翌朝、あー、分かりましたよ、やっぱりあたりましたか。もう雪の日は私が行きますので良いです。最初から決めておいて下されば・・とやけになるものの、その勢いもくじける出勤の試練。

武蔵野線は絶対止まっているから西武線を選ぼう。でも、中央線がどうせ止まっている。どうしよう?しかしもう、進むしかない。

バスを待っていても当然時間通り来ないのでざっくざくと寒空の早朝を駅まで歩く。

歩けるスペースが狭いので街道沿いによちよち歩きの大人の列が出来て、えっちらおっちら歩いている。皆よく転ぶんだな、これが。危ないっす。

結局西武線が止まっていたので遠回りする意味が無いのでもう一駅ほど向こうにある武蔵野線の駅まで歩く。

電車はのろのろ動いていたのだけど、大混雑。特に中央線に出てからと言うものは厚着をしている人々の群れがブルブル寒さに震えている。この頃、雨のような雪に変わって濡れた人々はどうにも逃げ場もなければ抗いようもなく、ただひらすら待つ事30分。次の乗り換えでも30分・・・。

ああ、いつもよりもかなり早く出たのに、どうしても大遅刻になってしまう。

そのとき、長からメールが入って「雪で大変だと思いますが来れるところまで来て下さい。」とのこと。

現状をメールで返してさらに頑張るのだけど、どうにもこうにも心が落ち着かない。

利用者様や介護者様は皆さんお風呂を待っている。病状故に今年に入ってから全然は入れなくて今日を楽しみにしていた方もいらっしゃることだろう。

で、どれくらいのスタッフが辿り着いているのだろう?私だけが遅れていたらどうしよう?申し訳ないなあという気持ちで焦りつつ、ぎゅーぎゅー詰めの電車の車両でひらすら耐えたり氷水が張られた歩道を歩いたり。

そして着いた!もう、来るのに3時間もかかってすみません!と謝ったたらゲラゲラ笑っている入浴スタッフはわずか二人。

あー、やっぱり他のチームは出発しましたか!すみません!と言うとさらに笑われる。

何故なら、出勤出来たスタッフ自体が私を含め三人しか居なかったのだ。三鷹の方から通っていらっしゃる強靭な体力のSおじさんですら私よりほんの少し前にやっと辿り着いたばかりだと言うし、彼の場合は自宅が駅近だというのにも関わらず5時半に家を出て四時間かけての出勤だったと言う。

でも、私、途中で管理者からメールを貰ったんだけど・・・。

「管理者自身が辿り着いていません。しかもまだF市に居るし。しかも、今日の稼働は午後3時からになるんだって。」

・・・・・。ひどい。それだけでも教えてくれていれば、心が楽だったのに。てっきり皆を待たせていると思って満員電車の圧や突き飛ばしにも耐えていたら、なんだか手が傷だらけで青痣まで出来てたよ。

「そーーなんだよ!先に言っといてくれたら俺もどんだけ楽だったか。」

しかも、「尾崎さん、こういう緊急時の時、頑張るね。普段のほほんとしてるのに。」と言われる。

失礼な。どう見えるか知らないけど常に全力投球してますわ。いつも頑張ってますわ。

「いや、余裕を残しているよね。時々ボケるあれもわざとだよね。」

違います。努力はマックスなので、後は完全なる能力不足に他なりません。残念ながら。

そんなくだらない会話を交わしていたびしょ濡れの三人。朝の営業所の10時。エアコンは効かない。

そこに長から連絡が入って「電車動かないのでカフェでのほほんとしています。」というのを聴いてギャーー!と切れた3人。物凄く頑張らないと来れないんだよ。来る気がないと来れないんだよ。

「そうそう。この方法はダメか。じゃあ、どうしようかな?で一歩一歩の連続。で、ダメな方法はさっさと捨てて新しい発想で次々進む気がないと出勤できないって。」

仰る通り。

・・・・・・・・・・・・。予定で行くとチーム編成が全く違う三人だったのだけど、Sおじさんの判断で「この時間に○○さんのお宅に行けるんじゃね?3時からと言わず。」

そうそう。偶然だけど、たまたまオペレーターとヘルパーとナースが独りづつ辿り着いている。1チームが出来ているんじゃん。予定外だけど。

「どわーー!嫌だなーー!行きたくないな!」と叫ぶMちゃんだったが、顔は笑っているし身体はパッパッと用意している。

かくして奇跡的にいつもとほとんど変わらない一日が始まり、さまざまな「じゃ、どうしよう?」に遭遇し、結局一日を終えることが出来た。

でも、これはたまたま運転が上手な人と優秀で慣れたヘルパーさんと組めたから。

K市は全面中止となったそうだし、うちの長は昼を回っても辿り着かなかった。その後は知らない。この界隈で稼働していたのはこの3人だけだったらしい。

で、利用者様は中止を望んでいないのよね。ましてやご都合が悪くなることも無い。何せおうちで待っているしかないのだから。

なので、一人だと絶対くじけていただろうと思う今日、心も身体も「よいしょ、よいしょ。」と前向きにさせてくれたスタッフに感謝が絶えない。そしてもちろん、待っていて下さったお宅の方々にも。

よく悲鳴があがったが今日もよく笑った一日。

とにかく疲れをとるべし。

信じられないけど、行って良かったな・・・と感じている。
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2016年01月18日

天井の異変

日曜日の夜中、いつもより早めにベッドに入って本を読んでいる間に眠くなって来た。

で、次に目が覚めると、いつの間にか夫が隣でグーグー寝ている。彼は酒を飲むのも仕事の一部という状況なのでよくこういうことはある。← 私の場合は、なんなら、酒は一切飲む必要のない仕事なのに飲んでいる。

それはともかくとしてイビキかなんかがうるさくて起きたのかな?私。それとも目が覚める前に恐ろしい寝返りで潰されかけたのかな。もう何十年も同じベッドに居ると寝たままかわしているらしいが嫁になりたての頃はよくブルドーザーが迫って来て、さらにロールでペシャンコにされるような恐怖で目覚め「いーーー加減にして!」とベッドの下に夫を転がして落としたこともある。

だいたい何でこの大男とのベッドがセミダブルなんだ。ダブルにしようよという案を出したこともあったし、私が別の部屋で寝るという案のときにも却下&瞬殺された。

しかし、もはや今となっては、時折イビキの中で眠れていたり、それどころか、たまに一人で寝ていると静か過ぎて眠れなかったりするなんてこともある。そんな悪環境に合わせて適応すなよ、私の神経。

それはともかく、私段々年を取って来たせいか、二度寝ってのが苦手になって来た。

一回目覚めたらすぐに寝ないと、そのまま目が覚め切ってしまう。それだと明日のことを考えるとやばいので慌ててまた眠ろうとする。

その時夫が『シチュー、美味しかったよ。』とこちらを向いて呟いた。

寝言?いや、どうやらほんとに食べたらしい。

その翌朝、起きるなり「シチュー、残ってる?」と言うので、さあ・・・最後に食べたのはあなたでしょう。あとどれくらいだったの?

「え?俺、食べたって言ってた?」という酔っ払いだった男の口にほんの少しシチューらしきものが着いていた。

歯を磨いて寝んかいっっっ!そのシチューが私についたら汚いだろ。

あ、歯磨いてないって言ってた?という質問も来るので、全く何も覚えていない生粋の酔っ払い状態だったのだろう。

それでシチュー鍋を弱火で温めるために階下に降りて行き居間を開けると、早起きのお爺ちゃんとお婆ちゃんは当然起きていて、食後にTV観ているご様子。

お爺ちゃんは昔からあるお爺ちゃん専用のテーブルとソファーの位置にいて毛布かけて横になっている。

おはようございます!と挨拶をしてシチューに火をつけつつ、何だか違和感を感じたので部屋を見回した。

こういうときは、どう説明して良いのか分からないけれど、そして、まだどこに異変があるのか見つけられていないのだけど、とにかく何かがいつもと違うとき。

しかし、台所に居たので引きのカメラ状態なためか、すぐに分かった。

お爺ちゃんの頭上に位置する大きな換気扇の縁取りがはずれかかっている。

四隅のうちの二か所が外れていて、中から何かの装置がはみ出しているじゃないか。

私にはよく分からんのだけど、我が家の居間のエアコンとか換気扇って、よく業者で使っているような規模のもので、お爺ちゃんが長年某大手電機製品の会社に勤めていたせいだろう。よく分からないほど仰々しいものがよくある。

例えば、朝のブラインド・・というよりシャッターって言ったほうが良いのか、あれ。毎日同じ時間に強制的に物凄く大きな音を立てて「起きろ」と言わんばかりに開きだすし、風呂が沸いたぞとか風呂の方が喋り出すし・・・・・。

いや、全部言っているとキリがないのだが、今ここにある危機は、お爺ちゃんの頭上の換気扇の蓋が壊れていて、その原因が、中に入っている何だか四角い鉄の箱の重みのせい!ということ。ええ、背伸びするとかろうじてそのごっつい鉄の箱が見えるので原因が分かったのだけど。

あんなん落ちて来たら三回の大手術を乗り切って酒飲みに返り咲いた爺ちゃんだとて、頭かち割れて終わってしまうわ。

しかし、気が付いた。

この家にある椅子でも脚立でもテーブルでも、どーーんなものに昇ったとしても、あの天井の換気扇に私は届かない。ええ、お話しにならないくらい届かない。

それで、「おとーさん!早く降りて来て!」と叫ぶわけだが、隣に居るお爺ちゃんがソファーから起き上がって「わしか?確かに耳が遠くなって来たが、さすがにこの距離だとそんなに叫ばんでも聴こえるぞ。」と。

いえいえ、お義父さんではなくて夫です。

その時、お爺ちゃんの角度からも頭上の恐怖が見えたらしく、一瞬「うお。」という顔になったが、すぐさま無表情になり、さりげなくその場所から避難して普段皆が居るテーブルの方へ移動した。さすが。

かくして夫は低めの脚立に乗って、易とも簡単に換気扇の蓋をはずしたのだが、下から見ていた私は「わーーっ!」と叫ぶ。

その蓋で支えられていた鉄の塊が今にもフィルターを突き破って落ちて来そうだったから。

慌てて蓋を戻す夫。今や彼の両腕で支えられている状態。

危ないからひとまず降ろしてくれる?何、それ?

そして、ひとまず手前のフィルターだけをはずして渡してくれる。で、その奥の謎の鉄の塊も実はフィルターなんだってさ。かなり重くて大きいのに。

外側のフィルターは通常のエアコンと等しく簡単に洗えるのだけど、中のものは洗ってはいかんと説明書に書いてあるのでひたすら掃除機で吸い取り続ける。

しかし、新聞紙引いて、この鉄の塊を床に受け取るまでは、まるで爆発物扱いで作業した。

で、掃除が終わったのは良いのだけど、よく考えろ。

私らは、掃除が目的で危機に立ち向かったのではない。問題は蓋がこいつの重みに耐えれなくて開きかけていたというところ。しかも、そのままだといつ鉄の塊が爺ちゃんの顔面に落ちて来るやも知れぬというところ。

そこで当初の問題に帰るべく、まずは重い鉄の長方形を夫に手渡す。うまく収納して下さい。うまく収納すればきちんと蓋がしまるはずなんだから。

ところが、いくら夫が入れ直しても、鉄の塊が落ちて来てガタン!と言い、換気扇の蓋も閉まらない。というか、作業開始のときから悪化している。

夫が力でやっているのが下から見ても分かったので、私も同じ脚立に足をかけ、さらに、お爺ちゃんが愛用しているソファーの背もたれの細い部分だけに立って夫の近くまで登った。

「背もたれのその細いところに両足で立ってグラグラせんって・・・あんた、猫かいな。」

色んな声に惑わされず夫が鉄の箱を収納しようとしているところをじっと見つめる。

視覚派なので、とにかく見れば原因が分かるタイプ。

夫、説明書を読み、「おっかしいな!この野郎!」と力でおしこめようとするタイプ。

しかし、全貌が見えるまで上に登ったらすぐに分かったので「ストーープッ!」と言う。

角度が違うねん。わかりにくいだろうけど、私の方から見て左斜め上に箱を斜めにして差し込むんだ。そうすると蓋が閉まるはず。

かくして長き戦いが終わり、蓋がきちんと閉まった。

おそらく地震やら何やらで少しづつ傾いた鉄のフィルターが落ちて来て換気扇の蓋が耐えられなくなって開いていた模様。

この間、その換気扇の奥の方まで掃除機かけまくったのだけど、我ら二人は煤だらけ。風呂入りたいけど間に合わない。

「これはどんだけ掃除していないんだ?」とお爺ちゃんがお婆ちゃんに訊いて「お婆ちゃんは20何年かな?」と答える。

「ええ?!20数年も前からか!」とお爺ちゃんが言う。

思わず「こんな天井の真上にあるもの、いったいどうやって掃除しますの。ましてやあんな鉄のブロックが入っているなんて。」と口をついて出る。

まだ心配なのでいちおう蓋の周りをガムテープで補強して、ソファーに掃除機かけまくり。お爺ちゃんがおこもりする場所だから念入りね。

それを夜、次女くんが「ガムテープかいっ!」といち早く見つけて大笑いしているので「笑いごとじゃないよ。こんな寒い日に今朝は汗だくだったんだよ。」と説明する。

で、フィルターをはめ込む作業のときに思ったのだけど、もちろん上背も欲しいし力も欲しいよ。届かないと話にならんし。

しかし、いくら全ての条件を持っている人でもここ一番大事って箇所で何かがはまらないってことが人生ではよくあると思う。

急に人生出て来たか。

でも、そう、あの瞬間、「ああ、こういうことって、よくあるなあ。」と思ったのだ。

覚悟が違うといくら力まかせに同じことをやってもダメ。

蓋が開く。押し込む。合っていないからまた蓋が開く。そしてまた押し込むってな作業を長いことやってしまうんだよね。

同じ方法じゃダメなんだ。変わらなければ目的は達成されない。

しかし見えている方はそれが見えているのに届かない。

だから人は複数で力を持ち寄り何かを成し遂げた方が効率が良いのだろうなあ。

そこで共同作業しているうちのどちらかが聴く耳を持っていてくれないとさらに多くの時間を費やすし疲れることだろう。

さすがに夫は「垂直に入れるんじゃなくて斜め上だってば。ほら、そういう形になっているでしょ?」と言っても「いや、これには訳があって、幼い頃のトラウマが・・・」と語り出すタイプでなかったので良かった。いや、まじ、居るの、そういう人も。

大事なポイントがここにあるのに、突然全然知らない人の話しや出来事を持って来たりとかする人もいるし。

それを話して納得出来たり、何で今自分がこの角度で行っているのか?を理解して貰えたり自分が満足せんと俺はあんたの言う通りにはしませんよとか言う人間でもないし、「あんたが角度を変えろと言って居るのは自分の生き方を否定しているのか?何かいじわるで言っているのか?凄く傷ついた。今から出かけて誰かに話して来る」とか言って作業を中断させるタイプでもない。

ああ、とにかく良かった。蓋が閉まった。

とりあえずシチュー食う前の一大事だった。そして朝風呂入る時間などなかった。

しかし、爺ちゃんは安全なソファーでぬくぬくと過ごせて大好きなお酒を飲んで、美味しい魚の煮つけをたらふく食べて、それからまたソファーに戻ってTVを観ていると言う、何とも幸せな夜だった。
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2016年01月17日

オーダーメイド / クリームシチュー

先日、まだ色んな意味での邪魔が入るまでの間、とある飲み屋のカウンター越しでマスターととりとめのない話をしていたのだけど、その傍ら、「あ、そう言えば、かおりん。俺、痩せちゃったらしくてブレスが大きくなっちゃんたみたい。」と言う。

以前、奥様とお揃いで作ったレゲエ好きバージョンの物凄く強いブレスレットのこと。

「ちょっと待ってね。」と一瞬で出して見せてくれたので多分仕事中は着けられなくても傍に置いておいてくれたのだろう。

「ほら。」と見せられたそのブレスは確かにずいぶん緩くなっていた。大玉を三つほど減らすって、どんだけ痩せたんだよ、心配だなあ、もう。

ご結婚で環境が変わったり新店舗をオープンする準備とか、色んなことが同時進行している転換期なので不思議じゃないのだけど。

「じゃ、一回預るね。」と言うと「ありがとう。」と。

石は全然疲れていなかった。しっかり働き守ってくれているのね。

それとは別に、サイズ直ししても着けたいって思って下さったことが嬉しかったり。

それで思い出したのだけど、夫の親友のすがPさんの奥様がオーダーをして来られた。

まだお会いしたことがない方なのだけど、すがPと夫づてに、何が目的か?とかだいたいのサイズを聴いて受注したのだけど、いまいち情報が足りないなーと思って、ある日夫にもう一回質問したところ、これがまたお話が違っていた。

奥様ではなくて、奥様が心配している娘さんのために作って欲しいというのが真意だったらしい。それをはよう言うてよ。大変お綺麗な娘さんで芸能活動を一生懸命頑張っていらっしゃるのだけど、とても悩んでいる・・・・というのが奥様の悩みだったらしい。ちょっとややこしいけど。

石はあくまで波動による応援だから、ご本人が頑固にネガティブになっていたり、執拗に長期間いじけたりしていると、お話にならないほど効かないというもまた事実。

その代わり、石の波動にチューニングさせて素直に従っていく使い方をすると、その人の良いところを思い切り引き出したりして力強く守ってくれたり後押しをしてくれたりもする。

わずかな波動なのだけど、馬鹿にならない。

まあ、それは良いのだけど、発注かけたストーンがまだ来ない。来てからじゃないと波動的なものを観たり選んだり、あるいはどの石をはじいて埋めるか?とか、諸々の作業が出来ないのでうずうずしているところでもあった。

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そんなことを思い出していたところ、偶然クリスタルヒーリングをご希望なさる方がいらして、静かな時が流れていたセッション。

そう言えば、私も最近クリスタルヒーリングやっていないなあ。

自宅用のセットをもう一度チョイスし直そうと自分のためにも思う今日この頃。

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寒いので煮込みものとか鍋が多いのだけど、今日はクリームシチュー。

事務所で作るカップスープが最近クリーム系のものが多かったせいもあるのだけど、今日は、マッシュルームとブロッコリーも沢山入れて作りたい。

夫は定例会で不在。次女くんも友達のところらしい。

でも、とりあえず作っておいておくと良いのだ。

ある日の朝、次女くんが起きたとき、早朝からお爺ちゃんがカップラーメンを食べていた!と笑っていたことがある。

何だかお婆ちゃんも疲れていたのか、たまたま朝ご飯が炊けていなくてめぼじいおかずが無かったってなことがちょいちょいあるようになった。

なので、煮物でも味噌汁でもカレーでもシチューでも、とにかくそっと作っておいておくと、結構食べてくれるので嬉しいし安心。

野菜が溶け込んだミルクの香りに包まれて、食べる人があれば良し、食べない人もあってよし。

そんなことを思いつつ、久々にDVD見つつひとりで暖かい皿を抱えてる夜もそれなりに楽しかった。
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2016年01月16日

あまりにしつこいと・・・

今年初めのヒプノのトレーニングの会だった。

簡単なスープでも美味しいと言ってくれる場面から始まった。

ヒプノというのは他のヒーリングと同様にヒーリングの一部。

よってセラピストの状態がどんなか?というところが問われる。

そんなことを踏まえてシェアリングに徹した日でもあった。

それで、さすがだなーと思うことをお二人に多々感じる。

地に足がついているし、いくつもの要素が重なっておかしいことをおかしいと思える感性を垣間見た。

やはり、さすがだなーと感じる。

お一方がとあることを気になさって謝り倒していらしたものの、そんなことは何でもないの。

肝要な部分の歩みをはずしていなかったから。

今年はますます飛躍の年になるのだろうなと思ったお二方だった。それはある意味、あたりまえのこと。

何故ならそうなっても不思議じゃないほど真面目に取り組んでいるから。

それをずっと長い間見つめて来た私にはよく分かる。

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夜、夫に「哈爾濱に行こうよ。」というラインを貰ったものの「一人で行って来て。」とお願いする。

こういった場合は「疲れているんだろうな。家にまっすぐ帰るんだろうなあ。」と夫は思うらしい。

ところが私は今日、少し日本酒を飲みたかったのだ。

それで一人で猫居酒屋へ。

ごくたまにお会いするご婦人とその娘さんがいらした。

めずらしくママ友らしき人を連れて来ていて、そのママ友さんも幼い息子さんを連れて来られていた。

ママ同士の話しのようだったし席も離れていたので加わらず、マスターと話をしていたり、りっちゃんママと話したりしていたのだが。

先の上品なご婦人の連れの女性が隣の席に来る。名目はタバコを吸うためとのことだったが。

それでも気にしないでいたのだけど、否応なしに会話が聴こえて来て、先のご婦人が彼女たち親子を連れて来た理由というのが、引きこもりがちで鬱っぽい友達を連れ出すために連れて来たということらしい。

そのうち20代の若きK子ちゃんが来店したので二人で鍋など食べていて、さらに気にしないことにしていた。

ところが。

自分をこの店に連れて来てくれた先のご婦人のボックスに帰らないまま、感謝するどころか『あんたは良いよね。あんたなんかに私の気持ちは分からない!だって、お金もあるし、育ちも良いし、旦那もいるじゃん!』と大声で叫び泣きだした。と、遠くから言うので皆に聴こえるし一番至近距離の私がうるさい。

それ・・・あちらの席で自分の友達の横で飲みつつ隣で喋れよと思ったのだけど、気が付いたら「どした、どした。」と荒ぶっている連れの隣に座ってしまった。

それは良いのだけど、幼子を連れて来ているというのに『自分は死ぬんだ。』と言い出した。

何か持病を持っているのだと分かった。でも、実は聴いたばかりなのだけどこの女性を連れて来たママだって、脳腫瘍の精査中なんだよね。

そんな中で多少無理して連れて来てくれていたのだろう。

そして「私が死んだあとは息子を頼むね。」と言って居た。

彼女を連れて来たご婦人は、「あのさ、あんた、私が脳腫瘍で死ぬようなことになったら、うちの娘を観てくれるって言ってたよね。でも、息子一人に大変だ、大変だ、私は死ぬんだって言っている人がなんでうちの娘を観ることが出来るの?」と熱くなっていた。

要するに万感の思いを抱いてこの店に連れて来た方も、その気持ちを慮れない方も事情や持病があると言うこと。

でも、我が子の前で「死ぬ。死ぬ。皆は良いよね。」と言い続けている。

K子ちゃんと暖かい鍋をつついていたはずなのに、ぎゃーと泣いている連れの女性が隣のボックスに来る。

で、気が付いたら喧嘩になっていた。ええ、かなりの取っ組み合いね。

多分、先に軽くおでこを軽く叩いたのは私。「もう止めたら。いい加減にしたら。」と。すると先のご婦人だけでなく『あんたも天使みたいに愛されていて良いよね。』と言われたから。いやあ。。。初対面で何が分かる。

それで彼女が凄い力持ちだったので「こんな力持ちが死ぬわけないじゃん。子供の前でそういうこと言うなよ。」と取っ組み合いの最中に言う。

「あんたみたいにぬくぬく生きている人には分からない!」と殴りかかって来る。

あー、出たよ。

私だけが辛いんだ症候群。でも、あんたにいったい何が分かるんだ。

うちの娘のことに腹を立てている人にも思った感情と同じ。あんたも辛かっただろうけどね、あんたにうちの娘の何が分かるんだ?って話。

分かってくれないという人ほど他人のことなんて何も分かっていない。今夜ここに連れて来たママ友の悲しみも。

何たって、連れてきておいて罵倒されるわけだから。

それはともかく、掴みかかって来るのがしつこいので、とりあえず移動しようと思ったらどんな経緯でかトイレの前。後から考えると外に行けば良かったのに。

女の子という年でもないかも知れないけどいちおう相手は女性だから手加減したら、トイレでマウントを取られた。

たまちゃんが止めに来たのが彼女の後ろに見える。

「ごめん。たまちゃん、ちょっとどいて。」と下から声をかけたらどいてくれたので、上に乗っかっている子を思い切り蹴り飛ばした。

髪の毛掴んで「こんなに強いんだったら生きていけるだろ!子供の前で死ぬとか言うな!」と言うところでひとまず休戦。

それでお会計&タクシーをお願いしたのだが、今しがた大喧嘩の取っ組み合い&殴り合いしたばかりの相手が隣の席に来いと言う。それで一緒に飲んだ。

私のタバコはどこへ行ったんだ。暴れているうちに分からなくなった。

「タバコはあるよ。これ、吸って良いよ。でも、ライターが無くなった。天使のライター持って来てよ。」とこの女が言う。

こんな女々しいタバコ吸えるか。それに何でおまえのために私のライター使わなきゃならないんだよと、また喧嘩になるので面倒臭い。別にもう飲みたくないし帰りたいけど最終的に互いのタバコに火をつけ合って飲み直すことに。

そのうち、彼女がもたれかかって来て「ごめんね。ごめんね。」と泣きじゃくり出した。「前にも同じこと言って怒ってくれた人が居たよ。」と号泣。

私は、どうせ、その人の叫びも色んな人の言葉も全部捨てて来たんだろ!と怒鳴ってしまう。

「そんなことないよ。」

そんなことあるから、変わってないんだろ。

またとっくみ合いになるのかと思いきや、「もうやめようよ。ごめんね。ごめんね。」ともたれ掛って泣きじゃくる。

ごめんねじゃねーよ。超痛かったし、ここ、大事な店なのにもう来づらくなっちゃったねーか!

たまちゃん!お会計とタクシー!とお願いしたのだけど、タクシーがなかなか来ない。

と思ったらりっちゃんママがわざとタクシーだけ呼ばなかったらしく、彼女たちご一行が帰ったあと「かおりん、耐えかねるものがあったんでしょ?」と隣に来る。

いやあ・・・今は話せない。涙出そう。

悲しかったのだなとその時、気づく。

自分だけが悲劇のヒロインだと思い込んで、「あなたは良いわよね。」と人の心を踏みにじる行為がとても悲しかったのだと思う。

帰り際、「たまちゃん、ママさん、ごめんね。」と言ったのだけど、思いの他、「大丈夫、大丈夫。ありがとうね。」と帰って来た。

それでも、タクシーの中でちょいと泣けた。

最終的に仲良くなった初対面の喧嘩友達とは杯交わし合ったり、タバコの火をつけ合い、「ごめんなさい。ありがとう。」と泣きながら言われたのだけど、何だかなあ、とても悲しかった。

何がありがとうだよってことで。

それでもほんのちょっぴり分かる。その気持ち。
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2016年01月15日

命と生と 自分らしく生きるプロセスと

今年二回目の訪問入浴へ出勤。今日は地元営業所。

おはようございますの挨拶からスタートさせようと思っていたら、ドアを開けて一歩入るや否や管理者が「すみません!昨日も、この間もすみませんでした!」と割とでかい声で言われて「え?」となる。

どうやら、今年に入ってからもう既に三回ほど「明日出ていただけませんかね?」という突然の依頼が三回も相次いでいたので。

いや、暇だったら鞭打ってでも行きたいんだけど、もう何年一緒に働いてるんだよ。メインの仕事やっているから、1〜2か月前から依頼してくれるか、もしくは、シフトが出来た時点で相談してくれなくちゃ。

まあ、あいかわらずそんな感じだということを思い出したのだけど、今年も頑張ろう。

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年末から年明けにかけて尊い命がいくつも天に昇った。

最後の最後まで本当によく頑張った障害のお子さんや一人暮らしのお婆ちゃんや・・・色んな人の顔が浮かぶ。
もっと言えば勤め始めてからお別れを告げた方々のことを今でも覚えている。

こんなに沢山の方々の手を借りて、こんなに一生懸命生きている人たちだから、もうずーーっとこのままで居てくれないかなとさえ思っていた。

しかし、エンドステージである程度予想されていたから果ては「え?あの方が?」というお別れのもある。

でも、浮かんで来るのが、そう、思い出されるそのお顔が皆さん笑顔なんだよね。それが余計に泣けて来る。

本当によく笑って下さって。あんなに笑って下さって。いっぱい辛いことがあるだろうに。

**********

今日はベテランSおじさん、私より一個年上で一番ハードなオペレーターという仕事をこなしているレジェンド。
そしてヘルパーさんは初対面の方だった。

新人さんではなかったので、「お互いよく今までお会いしなかったもんですね。」と一緒にタバコを吸いつつ驚いていた。

そうなんだよね。スタッフもいっぱい知らない人がまだまだ居るのだけど、利用者様たちにも沢山存在している。

何度も会う人もあれば、滅多に会わない人、あるいはまったく会わない人というのがまだまだ沢山いらっしゃるのだ。

例えばとある高齢のお爺ちゃんは車いすも使うが横になっていることが多いのだけどリハビリを頑張っている。
でも、明るい。

で、そのKさんちへ行くと、あの独特の落語家のようなお話しの仕方で自分の人生歴史を語って下さる。

「いやあ、もう健康だったときよりも、障害を貰ってからの人生の方が長くなっちゃったよ。そうやって、いつもMさんに言っているんだよ。あたしはねー。」

その男性は同じく車いすとベッドの生活を余儀なされているお友達がいらして、二人とも明るくて優しいおじさん。

そして先の方ところへは何度も行っていたのだけど、最近初めて例のMさんという利用者様にお会いして入浴させていただける機会が増えてきつつある。

彼らは互いに褒め合っている。同じく縟瘡や治療やリハビリに耐えながら、笑いを絶やさない。

類友とはよく言った言葉で、良い人のところへは良い人が集まるのだなあとつくづく思う。

毎回訪問入浴に出た日の夜はほぼ廃人化しているのだけど、それでもやりがいがある。

この街にもあの街にも、お風呂を待っていて下さる人がいる。

今年も頑張るぞー。

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誰しもいつかはこの世にいなくなる。でも、それまでのプロセスが大事なんだと教えて下さった沢山のお客様。

リアルに一人一人の笑顔が浮かんで来る。
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2016年01月14日

ゆるりと

おうちでお風呂に入った暖かい日。

やっぱり、ゆっくりするってのは、とて良いな〜。
しかもこちらの仕事も比較的早く終わった。

街の灯も綺麗だったなあ。

ええ、今日お会い出来た人々ほ光の方がもっともっと輝いていたけれど。

一日、一年は短いけど長い。

こうしてゆっくり歩んで行こう。
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2016年01月13日

様々な光

急激に寒くなった日。

事務所を訪れて下さった方々5人。

年を越しただけだというのに凄く久しぶりな感じがしたり、懐かしかったり、はたまた毎日一緒に居たような心持ちがする方もあり。2015011201.JPG

言葉にすると本当に簡単になってしまうけど、皆日常を頑張っていらっしゃるな。

数人の方々はここに初めていらして下さった日、初期の頃の話しを思い返すように語って下さる。

あの頃から始まっていたんだね。

病床から這い上がって今やパワフルに活動している人もいれば、かちんこちんに囚われたり縛られたり、悪気なく裁かれる人々によって勝手に描かれた人生の脚本を見事書き換えている人も居る。

自分の幸せとは何たるか?と知っている人々ばかり。

今日は昨日より寒く、そしてセッションも長きに及びはしたものの、とても感銘を受けたり幸せを感じた日でもあった。

自由に生きるということは容易ではない。

でも、少なくとも、そこには、他人を自分の思い通りに捻じ曲げようなんて愚かな無意識は皆無。

一人一人をささやかなスープでねぎらって、一人一人の人生の光ごと、御身を見送った。

知っているよ。

誰が何と言おうと知っているよ。

ゆるりと頑張って行こう。
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2016年01月12日

あなたという命のひとしずく(が潤すもの)

今月の4日の日に撮ったヒヤシンス。あの時はまだ緑色一色だったのに。

もはやこんなに可愛いお花が咲いた。2016011101.JPG

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今日はミドル級の長さのカウンセリング一件と教育分析一件に授業一件。

丁度良い感じの仕事量だったと思っていたのだけど、やはり感情に触れ、思考に触れる仕事なので、共鳴することなしには出来ない。

なので、一日が終わってみると、やはりドドーンと疲れていた。不思議なことじゃないけど不思議でもある。

そして何故に目に見えない感情や心の成長の軌跡を伴走する仕事を選んでいるのか、私。

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皆、日常という名のワークで信じられないほど多くの物事に遭遇し、もれなく自分の答えを出している。

謎が解けた後も悲しみが無くなるわけではないが、今日お会いした彼女もこう言った。そう、何度か聴かせて貰ったことのある辛い大変を話してくれたその後で。

「でも。」と。「でも、私もあんな体験が無かったら、彼女と同じことを言っていたかも知れない。」と。

そう、それは、体験した人じゃなければ分からない人の呼吸を吐くような言葉に対しての常識という名の暴力。

皆濁った古い空気を愚痴と共に吐きながら、新しい自分の人生を歩もうとしているというのに。

私も何十年も同じ愚痴を言い続けている人はいかがなものか?と思うし「ネガティブなことは言っちゃいけない。感謝の言葉だけを言いなさい。」と教える先生のことを大はずれだとは思わない。

でも、それは濁った古い空気や環境や親や世間に無理やり吸わされて来たガスを、ある程度吐き切った後に適応できる理屈だと思う。

自称親切な人、自称正しい人が「そんなこと言っちゃいけないよ。」と吐物を相手の口に無理やり押し込むことで窒息しそうな気分にさせていることに気が付かない。2016011102.JPG

植木鉢の底にも排水穴が必要なように、必要なときに適したタイミングで要らないものを吐き出したながら進んで行く。

もしかしたらその果てに本当の意味でのポジティブがあるのかもね。

吐き出し方が上手じゃない人も居れば、吐き出してはいけないと強固に思い込まされた人も居る。

”ここに吐いて。”と膿盆や洗面器を差し出しても、どうしても相手にかけて汚したがる人も居る。

でも、前や上を向いて吐くと当然窒息するのよね。

優しさって吐物の掛け合いではない。それぞれのタイミングでそれぞれの背中をさすっているという、とても単純で大切な行為。

それさえ分かっていれば、何かを生み出すことと吐き出すことは同時に起こる。

今日の彼女のお話を聴いていて、以前のあの吐き気は、自分だけの感覚、つまりは自分だけの宝を生み出すためのつわりのようなものだったんじゃないかな?と思った。

生き抜いて来てくれてありがとう。大事にしようって思ってくれて、本当にありがとう。

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少なくとも生まれたての赤ん坊にカルマなんて運命は無い。

その命に何の罪もない。

必要なのは愛し愛されることだけ。

本当は、何の武器も爆弾も要らないのだと理解するまでのプロセスのために生まれ落ちた大河のひとしずくに過ぎない。
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