2016年03月31日

我慢しなくて良かったってなこともある

昨年のとある悲惨な事件のニュースに憤慨しつつ過ごしていたある日のこと。

”あ!そう言えば、私、老人ホームなるところでの勤務体験がないな!”と気が付いた。

ナースという職業は色んな派遣会社やら昔の同僚からドンドンオファーが来る。・・・というと『来ないよ。』と言う同業者の方々もいらっしゃるので・・・実はそこんところはよく分からないが、とにかく私のところには来る。

今までカウンセリング中心で初の訪問入浴ナースという業界を時々ではあるが6年ほど勤め上げて来たので、もうこれ以上は他のことは出来ないと思っていたのだが。

タイムリーに色んなお話が来たので人生初の派遣会社を挟むというやり方で紹介先に行って見た。

が、わずか数日で『ここ、おかしい。』と感じ、蹴ってしまった。先方は上層部や指導係の若いナースも含め私がおかしいことにしたいようなのだが、どうも間違いが目につくわ、『逆らうな。』という馬鹿にしたストロークが飛んで来る。

昔の私だったら『そうなんすかね。私がおかしいんでしょうね、じゃあ。』と思ったことだろうけど、さすがに年食ってると『目的が違うんだよ、おまえら。』という思いが膨れ上がり、はい、さようなら。

で、ほどなく派遣会社のお偉い女性の方が出張って来て、『今度のところは大丈夫ですよ。そこはひどかったですね。私は尾崎さんが言うこと、よく分かります。私もそういうの、すごくよく分かるんですよ。でも、ちょっと他のところも見てみませんか?私が直々に見学と面接にお付き合いしますので行ってみましょうよ。そこは本当に尾崎さんに合っているから。』と仰る。

そして今日が初日だったのだ。

前のところもずいぶん綺麗な設備で悲壮感がなかったのだけど、今度のところは、いったいどんなデザイナー入れて作ったのだろう?というくらい芸術的な設備。

まあ、綺麗にこしたことはないよなあ・・・と思いつつも実は私、本当に気が進まなかったのだ。しばらくショックを癒したい気持ちだったので行きたくなかったのだ。

ところが、介護の世界ほどやり方や在り方が千差万別な世界はないかも知れないと思わせられる。

まずは施設長の暖かい笑顔と『お年寄りは好きですか?』というごくあたりまえの質問。

そして初日に連れて行かれたのは、医務室。

おー、結構色々揃っている。しかも、ナースさんたち4人とも超ベテラン。

カンファレンスの途中から参加したのだけど、聴いていて「これ、これだよ、これ!」と嬉しくなった。

本当に皆さんベテランで、暖かく、そして真剣に入居者さんたちの身体状況や精神状況について一人一人話し合われている。

一人の大先輩と共に一日動いたのだけど、あたりまえに笑顔。

皆喜怒哀楽があって、時には眉間に皺寄せて入居者さんの身体やケアをどうして行くのが一番良いのか?と話し合ったり。

これだよ、これ。

訪問入浴はもちろんナースが居ないと危険だけど、医療処置をするのは傷や床ずれの処置くらいだったので長らく医療行為から離れてはいたものの、バンバンやらせていただける。

『あ、いいわね、いいわね。あなた、いったい幾つよ。出来るじゃん。』と笑って下さったり。

いやあ・・・しかし疲れた。

とても暖かな場所。前向きなカンファ。暇よりは有意義な話し合いや処置で忙しい方が良い。

だが、しかし、やっぱり初めてのことってのは疲れるのよね。

帰り道、派遣会社の若くして出来るあの女性から『どうでした?』と電話がかかって来たのだが、『すごく楽しかった。本当にありがとうございます。』とお礼を言うと『よかったー!』と一緒に喜んでくれた。

『尾崎さんの感覚はあたっていたんですよ。変わってみて良かったですね。くじけずに違う場所も観てみてよかったですね。』と。

疲労困憊だけど、彼女の仕事への姿勢にも目が覚めるものがあった。

この先、しょっちゅうは行けないにしても、物凄く勉強になる場所だと思う。頼もしいなあ。

いやあ、疲れたけど、ほんとに嬉しい一日だった。
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2016年03月30日

慎重に、そしてまったりと過ぎ行く春うらら

業務連絡どすー。

ミュージカルの終了予定がおよそ13時35分代だそうです。(夫曰く。)

で、そこから数分のところにオイスターバーなるお店があってそこを14時におさえてあるそうです。

時間は14時と言ってあるけど多少早くなっても遅くなっても大丈夫だそうです。

いちおうオイスターバーとうたってはいますが、ピザやらパスタやら、その他牡蠣が苦手な方でも、色んなメニューがあるので充分楽しめそうなお店とのことでした。(&リーゾナブル)

もし代替案あったり、あるいは当日ご用事ある方は自由参加ということで大丈夫ですので気楽に楽しめたら良いなと思います。

何でも仰って下さい。

以上、業務連絡でした。

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一件目のカウンセリングが終了して30分のインターバル。

寒いような暑いような。しかし、やっぱり冷えている。

30分だけ横になろうーとホットカーペットに横になっているうちにもはや時間。

すると今しがたいらっしゃるはずだった人からの着信。

こういうとき、私がドキリとするのは車でいらっしゃっている方の場合は何か事故にでもあったのではないか?という危惧。それなりに遠い距離だし、大きな転換期を迎えている方の場合だと特に心配になってろくな想像をしない。

で、その物凄く冷静ではない状態で電話に出ると、その心とは裏腹に、病棟の救急時代のように、静かーーに耳を澄ましてしまうのだ。知らない人が聴いたら冷たく聞こえるんだろうなーというくらいに。

それは一言も聞き漏らさず状況を把握するときの癖なのだけど、『はい。ええ、はい。』と淡々と聴いてしまう。

しかし、途中で私が想定したり心配するようなことではなく、単なる予約時間を間違えてしまった、遅刻します、ごめんなさいという話題だったので、ほっと胸をなで下ろす。

かくして一時間遅れで無事な顔を見せていただけて、ああよかったよかった。本当に良かった。

次回の予約をなさるときに「もう、私、3時が多いから3時で決めておく。そうすれば間違えないから。」とすまなさそうに言いつつ共にスケジュール帳を広げて下さっていたのだが。

15時がなかったんだな、これが。

と思ったが、あった、あった一日15時OKな日が。

あと、そんなに気を使わなくとも無事でいてくれさえすれば良いと胸をなで下ろした今日この頃。

無事が一番。

物語はこれから始まるのだから。

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アサーショントレーニングをやりたいという方がその次にいらして下さって、沢山のお話をすることが出来た。

これって深いのよね。

でも、この方の場合、その人生において相当な奮闘をして来られている故、自力である段階まで到達していらっしゃるので、あとはそんなに長い道のりでもない。結構な上級者になりそうな方。

中には自分の感情が分からないのでそこから始めなければならないという方々も大多数だから。

で、本当は一時間のご予約だったのだけど、テーマが深いので結局一時間以上のオーバー。後ろの人が居なかったのでラッキー。

とてもじゃないが一時間でキリの良いところまで行けるテーマではない。気持ちってデリケートだし。

心のことは時間がかかるのよ。

世の中のお仕事のこととか緊急事態とか、進路とか、現実的なことには諸々急いで決定しなければならないってなことが多いけど、心の分野についてだけは、いくら時間をかけてもかけすぎるということはないの。

そして、本当はその心の方に速度を合わせたり、丁寧にやって行ったりすることの方が一番の早道。

日がとっくに暮れてしまってはいたものの、とても有意義な時間だったと思う。

人ってそれぞれ違っていて、難しい面もある。でも、色んなケースや場面、相手に合せて、しかもそれを自分の気持ちを軸にして考えて行くことは後々本当に強みになることだと思った。

ところで、携帯をいくら消音にしておいても、ブルブル騒いでいると気になさるクライアントさんが多いので、そのバイブレーションも切ってセッションに集中している今日この頃。

・・・・・・・。ピンポーン!と音がして、また、熊、現る。

やっぱりバイブレーションくらいにはしおいた方が良いか。熊出る方がよっぽどビックリさせてしまうような気がするので。

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さあ、シンプルなご飯作って軽くビールも飲んだ。

明日に備えて休まなければ。明日、明後日はこれまた長丁場で少々困難なことが待っている。
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2016年03月29日

やりがい 生きがい

何と、今月たった三回しか出れないと思っていた訪問入浴が、さらに減ってたったの二回しか出れなくなった。

悪いっす。でも、おあいこでもあるよね、管理者くん。毎月毎月、いや、何年にも渡って急に出てくれって懇願して来たり、そうかと思えば中止者が多いから急遽休んでとかさ。

って、こら、人のせいにするな、自分。

そのたった二回目の出勤日である今日、ヘルパーのMちゃんに『もっと来て下さいよー。この間、これこれしかじかで大変だったんですよ。もう、ここ、動物園かと思った。』と居ない間の詳細を話してくれる。

そういうの聴くと、こちらもこの仕事好きだしいっぱい出たくもなるのだけど、本業はもっと好きなんだよなー、ごめんよ。

あと、未知の世界の派遣先、二件目でも、暖かい目でもっと出てくれれば良いのにと言って下さっているのは嬉しいが。。。目的がぶれなくてごめん。ぶれないことに謝る私って何。

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それはそうと、一つ年上だというのにベテランオペレーターを勤め上げているSおじさんが今月のある日、腰をぶっ壊したとのこと。

しかし、風邪ひいたときと同じように『自力で治した。』と復活している。何、それ。

周りの人にその時の様子を聴いた限りでは、私はどう考えても椎間板ヘルニアかと思って、もう一緒に働けないかもと思っていたのだが。

自分で研究して痛みの種類や経過を見て、本当に動けるようになっていた。すげーなー、それ。

私たちナースの方がよっぽど決めつけてしまうことってあるのかも知れない。あるいは、本当にそうだったのかも知れないけどSさんの気持ちやら意志やらの勝利ってこともあり得る。

ますます世の通説は信じ難し。あきらめないでいるものだ。

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前回会ったとき、結婚したというニュースを聴かせてくれたMちゃんがひそひそと言う。

『ねえ。。、尾崎さん、結婚式って来てくれたりしますか?嫌ですか?』

え?まだ挙式はあげてなかったの?あたしゃあなたが大好きだけど、あくまで職場の仲間だし、ずっと年上のうるさいおばさんだから、さすがにプライベートまでは・・・と納得していたのに。

ただ、お祝いに何をしようとひらすら考えてはいたけれど。

『来てくれるの?!やった!11月になります!』

そうかよー。嬉しいなー。お祝いさせてくれるのかよ。私、嫌われてるのかと思ってたくらいなのに。ほら、いつも、あなた私を姑いびりみたいにいじめるから。

そう言うと大笑いしていた。互いにちょっと涙滲んで来る。とにかくおめでとう。そして、ありがとう。
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それにしてもなんだけど。

施設も病院もオペ室も体験したというのに、何故に私はこの仕事好きなのだろう。

前者の方が風雨にさらされることなく体力の消耗もこれほどではないはずなのに。

でも、すぐに答えが出る。

利用者様と介護者様、スタッフが全員同じ方向、同じ目的を持っているからだ。

求められたことを求められた通りに、依頼された分だけ行う。

それが出来た上でのプラスαで成り立っている世界。

何のロスもなくて、そこに笑顔があるんだよなあ。

ハッキリ言うと・・・シンプルさだけに目を向けると、それは主観が入らないスマートなオペにも似ている。

そうだ。オペにも愛があった。
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2016年03月28日

花が咲かないであろう場所

『このわずか3週間で色んなことがありました。』とお話して下さる人生の先輩でもあるクライアントさん。

今日はそんな出だしだった。

ほんとに家庭においても仕事においても日々色んなことがあるよね。

でも、そんな話題ですら現在進行している心理学の一部にタイムリーにリンクしている。

それ以前からも色んなことが起こっていたはずの人生だとは思うのだけど、少なくとも心理学はヒントとなり「今、何が起こっているのか?自分はどういう状態なのか?」ということが明確になる。

そこには今までと同じように喜怒哀楽が伴うものだけど、少なくとも自分が何を感じていてこの先何をすべきなのか?あるいは、したいのか?ということが浮き彫りになる。

それはただ訳も分からず翻弄されているような感覚を持ったり、全てを自分以外の人や環境のせいにしていた時代よりも遥かに幸せな日々なのではないかと思う。

カウンセリングとは、そしてヒーリングとは、聖人になるための作業ではなく、あくまでより人間らしくなるプロセスとも言える。

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今日はお久しぶりの方ともお会い出来た日。

時間は短くてヒーリングのみだったので色々と訊きたいことも聴けなかったのだけど、それはそれでよし。

色んなことが伝わって来る。

それでも帰り際、玄関に向かう途中で少し近況を話して下さっているのを聴くと、あいかわらず頑張っているなーと感じて嬉しくなった。

頑張れ。頑張れ。頑張れ。そして、しっかり休め。

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心理学に携わっていると、他の業界でも非常に心理学的な世界を垣間見ることがある。ああ、この人たち、凄く勉強しているのだなあ。暖かいなあ。と思うことがある。

そんな普通なことがしっかり出来ているって凄い。

でも、その一方でビックリするくらい歪な光景、人間関係、企業の在り方を目にすることもある。

そんなとき、ショックを受けた自分のことを振り返ると、『ああ、なるほど、期待していたんだな。まさか、そんなことはしないだろうと思っていたんだ。』とか、『きちんと話したり聴いたりすれば分かり合えることもあるだろう。』とか。

でも、目的が全然違う場合には、それは全く叶わない。

勉強会でしてはならないということを平気で日々やっているのを見たとき『まさか』と思ったのだけど、それは仕方ない。その勉強会は勉強するためのものではなくて「こういう取組をしていますよ。」というポーズのためで上層部にやったという証拠の書類を提出することが目的だったりとか。

そりゃ意味がないし、良くなるわけないよな。

その時はうまく言えなかったのだけど、もう少し表現しておけば良かったなあと今になって思う。

職員や部下は人間だよ。心があるよ。で、そのやり方で長くその場所に残る人ってまともな人では皆無に近いと思う。

何故ならそんな思いしてまでそこに居る必要はないって普通の人なら分かるから。

と書いてみて思う。やっぱ、言わんでも良かった。長年繰り返されている歴史なのだから、多分伝えても相手の瞳孔が開いて耳が拒否する。

人間の中には不自然さを維持することが好きな傾向を持つ部分があるし、それもまた人それぞれの自由だから。

上級でドラマ三角形ってな説が出て来るのだけど、それは簡単に言うと心理的ゲームの複雑版。

それが発動したとき、一瞬のうちに上記のようなことを考えて『では、今日は帰ります。』という答えが出た。

三対一の状況だったのだけど、『ええ?ちょっと待って!ちょっと待って!』と驚かれたので意外に思われたのだろうけど、こちらとしては『やっぱりなあ。』と思ってちっとも意外じゃない。

ここで帰られてはゲームが終結しないし、こんなはずではなかったという無意識の思いなのだろうけど、あいにく付き合っていられない。

せっかく健康な身体を持ち、時間を構築する権利や大切な命を持っているというのに、そこに時間をかける方々というのも自由といえば自由なのだけど、それに付き合わない自由というものもあるのだから。

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今日は立川のいつもは通らない道を歩いてみたのだけど、そこにも美しい木蓮が沢山咲いていた。

しかし、まだまだ寒い。

花も動物も人間も、命って凄いな。

花一つ咲くということですら綺麗ごとではない。物凄く多くの環境と闘っての成果だろうと想像するから。

願わくば私も泥臭くとも、『なんで』と思われても、自分なりの花を一つでも二つでも咲かせたい。
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2016年03月27日

春も深まる

今日は久しぶりに鍋にしよう。牡蠣と、生姜を沢山入れた鶏肉団子を入れて。

もうかなり日が伸びたようで、夕方だというのに自転車で通る道や空の色が明るい。

そして、花、花、花。

白やピンク、色んな色の花が咲き乱れていて、思わず、ほーーっとため息が出て力が抜ける。

猫居酒屋さんの花見に誘っていただけてとても嬉しかったのだけど、開催予定の日は案の定仕事だった。

老若男女、ユニークな方々ばかりが揃ってほんとに楽しそうなのになあ。

けれども、今年も例年のように、少なくとも国立の大学の通りを散歩して夫と夜桜を眺めることだろう。

ちょいとした楽しみなのだけど、心洗われる貴重な時間。

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闘病している人、自分の人生の転機に直面している人、怒りのマネージメントに困っている人、人間関係やトラウマ。

カウンセリングという仕事をしていると実に様々なお話をお聴きして、本当に色んな方々に出会うものだけど、聴く度に思う。

皆、頑張っているなあ。

そしてこの事務所で知り合った人同士が仲良くなったり無二の友になって行かれるケースも多くてそれも嬉しい。

類は友を呼ぶではないのだけど、共通項があり、しかし、互いの価値観ですら刺激されて新たな気付きが生まれる相互成長。

私は、人の本当の笑顔を見るとき、嬉しくなる。というよりも、『それどころか、どんな深刻な話を持って来ても、何故だかお腹痛くなるくらい笑ってしまうんですけど!』と若干の苦情(?)らしきものもあり。

でも、その笑顔も涙も、春に咲いて行く花々に負けないくらい美しく逞しい。
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昨年の年末が近づいて来た頃、『えー?上級卒業生の方々にトロフィーあげないの?勲章とかは?』と訳のわからないことを言う夫に『いや、いちおう認定書というものがありまして・・・』と説明していた場面があった。

人の話しを聴いていないようでいて、ごく稀に話すカウンセラーさんたちの奮闘ぶりをちゃんと聴いていたらしい。

ただ、夫の会社の世界ではトロフィーやら勲章的なものでそれを讃えられるらしいので、ちょっとニュアンス違うんだよなあということも説明するにはしたのだが。

『それじゃ物足りないよ。凄く頑張って来た人たちじゃないか。』と夫が珍しく熱くなり、結局春先に上演される劇団四季の某舞台のチケットをプレゼントしてくれた。

誰と誰と誰と。。。というような説明無しで人数分用意するところが凄い。分かってんだ。

しかも、ナース時代のように無理やり輪の中に入っても『邪魔でしょ、俺居ると。』と自分は一緒に行かないことにしてくれたので助かる。(笑)知っている人には伝わるのだけど、その気持ちが伝わる前に熊系の威圧感与えてしまいそうだし、女同士の話しってのもあるしなあ。

そんなこと言っている間に早いもので、もうすぐくその4月がやって来る。

先日慌てて待ち合わせ場所などを決めたのだが、その夜夫が言うことには『そうかあ。その講演時間だと早すぎて皆でランチとか出来ないんだね。じゃ、俺が知ってる店を予約しておいてやろうか。観劇した後、茶ぁーするなりご飯食べるなりしてくれば?』と。

いや、何時に終わるかもハッキリしないから適当にやるから良いよとも言ったのだが。

『おおよそ何時くらいに終わるか問い合わせた上で予約しておくよ。』とのこと。

いや、でもね。皆に訊いてからじゃないと、行きたくない人もいるかも知れないやん。。。。と答えている途中で既に入眠してしまう夫って・・・。

でも、何故だか分からないけれど、自分が行くわけでもないのに嬉しそうな寝顔だった。

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2016年03月26日

知らない世界が沢山あるものだ(の喜び)

ところ変われど、結局人の心というものには共通項があるのだなということを改めて学んだ数日間だった。

どの世界もある意味同じなのだなあということ。

今この時期はアドラー心理学を何度も読み返している。

ハッキリ言って着眼点が面白い。とてもシンプルなんだよね。

カウンセリングやら心理学、人間科学の一環として新しい世界のことを学んでみても、改めて自分の癖を知る。

どうにかしてよく思いたいという癖は対人でも環境や企業においても発動するわけだけど、ダメなものはダメなんだよね。

致命的な部分でダメな場合、そこである程度のディスカッションをしては見るものの、『ああ、そうか。通じないか。』と判断した場合には、『あ、そうか。本気で論点を話し合っているというよりはパワーゲームされているだけか。』と気付き、それ以上のパワーゲームは終了すると決めている。

若い頃、パワーゲームにおいて相手を叩きのめした際の虚しさも知っているし、何て無駄な時間を過ごしたのだろうと今でも思うから。

一生分からない人も居ればある程度の体験や年齢を重ねたときにそれに気づく人もいるのだろうけど、今ここで自分がそれをやる義務はない。第一相手も望んでいないストーリーだったりするから。

いちいち間違いを指摘しても仕方ないなあー、第一別段この方は私のクライアントさんではなく、依頼されているわけでもないわけだから。

えーと、それ、間違っている。あと、それ、虐待です。こちらにも心がありますと説明したところで頑なな体制が変わるわけでもない。この先は汚名を払拭すべく施設の名称が変わるらしいのだけど、企業全体が何かの催眠にかかっているようなものだから同じだろうなあ。

で、さて、私はどうするか?と考えたとき、人生初めての派遣という業種の方を挟んでいたので、今まで通り即答することが出来なかった。心理学を始めてからは『あなたはNO!』ということを目的として生きている人を見ぬくのが早くなったので、依頼人さん以外は『あ、そう。ほな、さいなら。とりあえず今この時期は。』という姿勢だったんだけどね。

ああ、かえって面倒だなあ。やっぱり単独で動いた方が身が軽いなあと思ったのだけど、よくよく派遣スタッフの若い女性のお話を聴いてみたところ、お若いのに素晴らしいカウンセリングスキルをお持ちの方だった。

しかも、いつもだったら、部下に任せるであろう今回の件について「私は、あなたの話しが凄く分かります。そういう体験したことあるし、他の人にも聴いたことが沢山あります。是非もっと話して下さい。」と傾聴して下さった。

で、私は、それは感謝です。でも、迷惑をおかけしましたね。とりあえず場合が場合なだけに自分勝手は重々承知の上ですが、今回のお話はなかったということで。お世話になりました。と意向を述べた。

文字通り迷惑をおかけしたし、個人的に納得がいかないという自分勝手な理由だったので派遣さんともお付き合いを切りたいという思いもあり、もう一つは、他のオファーが三つ来ていたし、そちらの内容の方が断然お得だったと思っていたから。まあ、要するに他の派遣会社からのオファーだったのだけど。

ところが、最初に来た男性の部下の方の対応とは打って代わって『いえ!もっと良い場所、もっと勉強になるところが丁度あります。今、先方に問い合わせてみます!』と即答された。

もう良いのにと思うのと同時にこの女性の仕事の速さに推されて数分待つことにした。

で、翌日は面接。早すぎないか・・・。

当日、気分は重かった、正直、もうええ言うとるんじゃい。という気持ちだったから。

ところが同行&案内された施設に見学に行って驚いた。

何だ、ここは。

こんなところもあるのか。

新しい設備、新しい考え方、笑顔の人々。

ああ、そうか。一番最初に派遣されたところで色んな違和感を感じていたことの一つを思い出した。この職種なのに職員が笑っていないってどういうことなんだろ?ということ。

病院という殺伐とした場所ですらどこへ行っても『辛いことや大変なことをやったり見たり耳にしたりするけれど、なるべく楽しくやって行きましょうよ。』という空気があった。

訪問系の現場も凄惨な一面があったが、やはり皆笑っていた。

あそこには特にそれが欠けていてピリピリした空気があったなあ。

それに引き替え、初めてお会いした管理者の方の男女ともの暖かい笑顔や、人を見るときの目。

道中、派遣のお偉い方に『今行くところは、実は一人こちらが推薦して連れて行った介護士が断られています。凄く人柄を見る人で色んな質問をされるかも知れません。で、”申し訳ないけれど、今回はお断りさせて下さい。”と言われたときにはビックリしたんですけどね。』という話を聴かせてくれた。

そんなこと行く前に聴くとビビるんですけど・・・と一瞬思うものの、あとで考えてみると何て正直なやり取りや開示なんだ。そういうの、好き。前のところ、何言ってんのか?何考えてるのかがわかんなかったもんな。感じるのは嘘を繕うためのポーズばかりだったから。

結果予告通り色々訊かれたのだけど、その質問するときの目は終始暖かい印象だった。そして『もっといっぱい出勤して下さい。もし訪問入浴の方が飽きたらいくらでも増やして下さい。』と笑って下さった。

さらに言えば、同行した派遣の女性が行きも帰りもその道中でその若き派遣会社のオープンな体験談を聴かせていただけた。

それはそれは凄い仕事だった。範囲がとても広い。派遣という仕事の中のドラマやかなり多くの人々との体験談を聴かされて、気が付くと、長いこと一緒にゲラゲラ笑っていた。

昨日の気分と今日の驚きとの対比が物凄い分、世の中、まだまだやって見る価値、知って見る価値が沢山あるのだなあということを改めて知った日でもあった。
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2016年03月25日

そこが原点

まあ仲間が居て、その闘いは不思議なことにリンクしている部分がいっぱいある。

けれども、それとは別個、個人的に律して行かなければならない部分が沢山あるということも確か。

私は私の闘いをしたり、私なりの休息を与えて時間を構築したり、価値観を大切にしたりしている。

けれども、あくまで人間なので、私が『え?違うだろ、それ。』と思うとき、あまりに大勢の人がそれを正しいと信じ込んでいる様子を見ると、『あら、私の方が間違っているのかしら?』と一考するわけである。

もっと言えば一考も二考も三考もしれ練り直す。

はたまたあるときは、論外で一考に値しないほどあきらかなケースもある。

どちらにしても大なり小なり人間だから揺らぐのだが、やっぱり譲れないものは譲れないし、おかしいと思うことはおかしいということに辿り着く。例え相手が複数だったとしても。

そんなとき、頭やハートの傍らに、種類は違えども、自分の闘いをしたり自分の癒しに取り組んでいる仲間の存在が大きく影響しているのだということを最近特に感じる。

だから私は独りよがりという意味ではなくて、今日も自分を信じようと思った。

ナースだろうが、カウンセラーだろうが、顧客を自己実現のために利用するなんてことがあってはならない。

ましてやスタッフ間での不毛なパワーゲームなんて一番無駄なロスタイム。

そんなことを考えつつ、これからも私は自分のハートの真ん中を生きよう。

ただただ迎合するロボットになるのではなくて、自分の信じた道を選択して行こうと思う。

それは思ったより不安だったり恐怖だったり色んな感情を運んで来てくれてしまうには違いないのだが、ただ、確かなことは。

向き合ったり乗り越えたりした分、強く柔らかくなって行っているということ。

色んな意味で頭に浮かぶ面々に感謝している。
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2016年03月24日

ところ変われば

昔、某国で、近隣の親しく付き合っている人々が、実は監視し合っていて、政府の悪口を言っていないか、国にとって都合の悪い思想を持っていないか?というのをチェックしているというエピソードを聴いたことがあった。

話しは変わって、私は病院でのナース業が人生で一番長くて、訪問系やら施設系というのは初めての体験。

でも、同じ現場であることには変わりないので共通項が沢山あると思っていたし、あながちはずれではない。

しかし、中に入って見ると日々『なるほどなあ。』と思う事例に出くわす。

あれはたまたま一個人が抱えている問題で起こった事件だと思いたかったのだ。

けれども、その最中に身をおいてみると、事件でも事故でも何でもそうだが、物事には必ず原因があるなあということ。

起こるべくして起こったということが想像出来て残念に思ったり愕然としている部分もある。

人を指導するということは”育む”ということであって欲しい。

でも、誰かが誰かに指導しているのを見ると『それで育つか?それでその人の能力が発揮できるか?』という場面も目撃。

仕事のことだからこそ本音で語り合うべきだと思うのだけど、何だか異様な光景の企業を見た。

で、俗にいう”ほうれんそう”と”ちくり”を勘違いしているのだなあということも発見。

まずは本人に状況確認してから、事細かに詳細を把握したあとに報告するのがほうれんそう。そうではなくて、『あの人ダメですよ。(私はちゃんとやっているけど。)』という変な競争心や依存体質が混ざり合っている。

虐待の定義を根本から見直すとき、その最終ゴールが例えお客様であったとしても、その手前に職員が家畜や奴隷、そこまで行かなくとも、人権が尊重されていなかったり偏見を持たれたりして追い詰められているという背景もあるのだろう。

でも、多分日本はまだまだ心との成長の面においては未発達。それを述べても、自分を否定されたと受け止めてしまう幼さを抱えたままの上司も大多数。

難しいなあと思う。

ここは違うなあ。しかし、私の直径16メートルのエネルギーの範囲内で出来ることはあと一か月。

それでもこの先、この経験がきっと勉強になるのだと思う。

道は続いている。
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2016年03月23日

分けて下さい(カウンセラーズトレーニングの会)

すんません。

元々天然オオボケの上に行事が多すぎてキャパ越えしていたみたい。

改めまして、カウンセラーズトレーニングの会、基本的には最終火曜日。

ただし年末など何かの折りには一週早めての開催予定することがあります。

いやあ、ほんとにすみません。

*********

と言いつつも、女性ならでは周期の不調を抱える方多数の中、本日も無事に終わりました。カウンセラーズトレーニングの会。

体験談や近況のシェアリングの時点でいつも数人の方が仰るのが『不思議だなあ。リンクするんだよね。』という言葉。

そう、出会いは偶然じゃなくて必然なんですよね。

私は映画や小説、漫画、色んなジャンルの作品好きではあるけれど、リアルな人間の人生に勝るものはなしといつも思う。

乗り越えて来たことを思うと一人一人の顔を見て泣きそうになってしまうことがある。不適切なのでそのまま進行しているが。

***********

今日はBちゃんのお誕生日月ということもあり、可愛いプレゼントが行き交う日でもあった。

ほんとに不調の中よくぞ皆さんいらして下さった。

そして終了後、ライトなワークをする。

まあ、ライトと言っても、皆さんもうプロなので、どんなにライトなワークをやってもやる気満々で深く感じて下さり、思ったよりも深くその意味を感じて下さるのだけど。

よく”人は自分の世界を自分で作っている”とは言うものの、大抵の場合は『違うわよ。なんで私だけこんな目に合うのよ。もっとあんな人生が良かったわ。』と思うことが多々ある。

さすがに心理学やり始めて長い人はそういうふうにはあんまり思わない場合が多いのだけど、ゼロにはならない理不尽な思いを大なり小なり抱えているもので。

しかし、とあるワークをやると、思わぬ自分の反応に戸惑ってしまったり、『あれ?マイナスな感情だったはずなのに、何故手放すことに抵抗を感じるの?』ということがありありと分かる。

もうまざまざと感じるしかないわけである。

それは、実はどんな感情、どんな喜怒哀楽であっても本当はその人が大切に大切に温めて来たものだから。

でも、時には休憩が必要よね。

とりあげるのとは違う。

『私は強い人間です。良かったら私にその辛さを半分下さい。』とセラピスト役が言う。

ゴミ箱にされるときとは心構えが天と地ほど違うのだ。

半分でも戸惑うが、この後、その残りの半分を私が回収して回る段階になると『ええ?』と途端に惜しくなるような寂しくなるような感情が湧いて来ることがある。

でも、ひるまずに断固とした口調で『さあ、下さい。大丈夫。またすぐ自分でいっぱいにするのだから。』と迫ると、しぶしぶ手放して下さる。

後は不思議なことにぼーーーっとなるわけである。

一方で、本当に本当に自立したくて、本当にもう無用な苦労は嫌だと健全さに近づいて来ている人は「はい。」と躊躇なく渡してくれる。びりっとと来る目に見えないけれど、確かに存在しているエネルギー。

それで良いんだよなあ。無用な苦労を嫌がって欲しい。幸せを望んで欲しい。

でも、苦しみや辛さや孤独だって自分を形成して来たものじゃないか。うん、それでも大丈夫。造血するようにまた新しく作るから。そして、次はまた前のパターンとは少しだけ変わっている。

さらに言うと、誰かにとってしんどいことはリンクしているから貰う方も苦しいはずなのだけど、覚悟を持って受け取ると何てことはない。

繋がっていながらにして、私たちは唯一無二の個人だから。

そして一人で耐える必要はないということ。

そんな短いワークの間に色んなことが起こるわけだが、沢山のことを感じて下さって、子供のような顔になってピザを頬張る皆が愛しい。

いつしか時が流れて皆変わって行くのだろう。

でも、私は多分こんな一日のことを忘れない。

弱くて強くて美しい戦士の物語を聴かせていただけたこんな日のことを。

重ね重ね、しんどい中をお越し下さってありがとう。何かを持って帰って貰えたら嬉しいなあ。

今日も笑い声がこだましていたりじんわり涙でぬれた瞳を見た日だった。
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2016年03月22日

違っていても共通項

先週からのなかなかの疲労困憊。

新しい世界に飛び込んだせいというのもある。


ストレス溜まるというか、なかなか閉鎖的な空間に身を置くと、その閉鎖的に感じる空間ですら世間の一部に違いはないのに、何やら奇妙だなあと思うことが多かったりする。

そのうちの一つを例にあげると、とあるナースさんに「あんた、それで楽しいっすか?相手にとって、それが本当に良いことか?」という面が見え隠れしてしまうことは否めない。


けれど、それすら勉強になる。


自己満足がいつしか本当の看護に辿りつくことがあるのだと知っている今となっては。


商売でありながら商売を意識しているだけでは出来ない職業がこの世には沢山ある。


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というわけで、多分短期間ではあると思うものの、三足のわらじを多分ちょいとの間履くことになったものの、楽しいは楽しい。

が、ストレスはたまるもので、酒を飲みに行く。←いやいや、たまらなくても飲んでますよね。


しかし、今日は愛しきTちゃんの誕生会。

しかもMちゃんご夫妻にお会いすることも出来た♪

杯交わして色んなお話しを聴いていると、私だけでなく各自色んな業界の一線で日々奮闘していることが分かる。
2016032201.JPG

苦々しい気分になることもあるだろう。しんどいことや悔しいこともあるだろう。

「このバカが。」と思うこともあるだろう。

そんな中でのTちゃん、めでたいバースデー。

今日はお本当に楽しい一日の締めくくりだった。

さあ、明日も頑張ろう。
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2016年03月21日

母と子の

今日はまた新しい出会いあり。

新規のクライアントさんに限らず、セッション前はいつもドキドキするし、終了したあとも論理的帰結作業に忙しい。

それでも難しいのが人の関わりだ。

でも、とても好感のもてる方だった。

こういうエピソードを聴くと勉強して来て良かったなあと思うこともあるけれど、何より、当時の自分が辛くて仕方ないと感じていただけのことですら体験しておいて本当に良かったと思う。

そして、とても客観的に現状を見つめていらっしゃって、『片方だけが悪いってことはないですよね?』と仰るのだけど、世の中、中には片方だけに認知のゆがみがあるってケースもあるんだよと思う。

自分の人生を、そしてお子さんの人生、自分の新しい家族の行く末を本当に真剣に考えている若きママだった。

で、物腰柔らかく、優しい顔立ちだけど”この人、強いな。”というのも内心の感想。

私は打倒な強さを持って自分で戦って行く人がどうしても好きなのだと思う。

***********

夕刻、教育分析にいらして下さった方にももはや心のお引越しが始まっている。

今までのこと、今までの環境が今の自分にどう影響しているのか?ということや、だから自分はこうしてしまっていたんだということを気づいた瞬間のヘレンケラー。

『さて、今度来るときはまたあれを持って来よう。一人で物色しているときよりここで探すと良いものが見つかるみたいだから。』

ええ、私もそういう作業、大好き。こうしなさい、ああしなさいとは言わないし、『こういうのは?』とちょいちょい声掛けしても、必ず自分で良いところを見つける力があるのよね。

こういったことあの環境の中、一人でこつこつやって来たであろうことを思い浮かべると、やっぱり少しせつないのだけど、間違いなく彼女の未来は開けている。
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2016年03月20日

文字通り 息抜き

とても遠方。西の空から来て下さった戦友が「・・・・。頭が痛いんですよ。」と。

最近皆頭痛い仰る。

同じ季節の変わり目でも、夏から秋へのそれは割と食欲が出て来たりするなどで、ええ、あくまで比較論だけど楽な方なんだよね。

それに引き換え、寒い冬から春への変わり目をまだ肌寒いうちから春の症状が出てくるので体も精神も合点が行かない。

全然違うセッションメニューの3時間ご予約だったのだけど、「最初にレイキをして貰っていいですか?」というのがナイスチョイス。

でもって、やってみて良かったなーと思う。コテンパンとも言える緊張生の頭痛だったし、吸気が沢山溜まっている。

頑張り屋さんって色んな意味で沢山のものを取り込むけど吐いたり手放したりするのが苦手なんだよね。

そりゃもう知識においても労働においても身体の状態がそれに比例する。

肺の下の方には死腔という部分があって、入れ替え不能の空気が溜まっている来る。それを出すのもデトックス。

レイキとストレッチを少しやって、それでもまだ今一つな部分と、もう一つは古い緊張物質を出した後はしばしだるだるになるので「もし良かったら少し眠ったら?」と提案してみたところ、こてんとうつ伏せに。

ナースのベテランさんだし、人生においてもかなりのこと乗り越えて来ていらっしゃるものの、皮肉なもので出来ることが増えれば増えるほど頑張る要素やらやりがいが増えて来てしまう。

なまじ強いから本当にしんどくなるまで気がつかないのよね。

「自分で分からないってダメですねー。」と仰るのだけど、いいえ、私も人のことは言えませんから。

お互い頑張りたい自分と癒したい自分を仲良くさせて行こう。

両者が協力し合ったら、きっとさらに願いが叶う。

リラックスに終始した3時間。無事に辿り着き、心地良い睡眠の時間の続きが始まりますように。

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2016年03月19日

どこにでもある話

先日、ごく少数でヒプノセラピーのトレーニングをやったときのこと。

Aちゃんが私とMさんに可愛らしいハート型のレモンケーキとメッセージが書き込める可愛いカード付きの紅茶のパックを下さった。2016031801.JPG

かわいい、かわいいと二人で喜んだのだけど、それぞれ花粉症でむくむくぱんぱん&ダルダルの様相。

しかも、お腹が減ったと一名の方が仰れば、私もまたインターバルが無くてご飯を食べ損ねたことに気が付く。

『遅くなるので何も買って来なかった。』と仰る方の言葉を聴いて「あら、買って来ていれば私も常備食食べたのだけど。」と言うと、なんともはや、コンビニへ買い出しに行って下さった。

約一名、ゆかいなサザエさんがごとく財布を忘れて来てしまった方もあり。あれ、ほんとに見つかっていれば良いな。バッグ換えるときに入れ替え忘れて私も時々やっちまうのだけど。2016031802.JPG

財布がないからか『何にも要りません。』と仰るものの、数分後には三人分のおやつや甘いものを食べながらシェアリングに入っていたという。

昔懐かしアメリカンドッグを頬張って、チョコ摘まんだりお茶飲んだりで、雑談してからのシェアだったのだが。

映画や漫画の話しから入ってもどこから入っても核心に近づいて行く一時だった。

また良い意味で話を煮詰めていくことだろう。

この可愛い紅茶は、ここぞというときに好きな人に出そう。ほんとにとても可愛い。

**********

施設、つまりは有料老人ホームは業務に少しづつ手を出し始めた3日目。

メリットもデメリットもあるし、機能的でないところもある。

で、唯一の共通点は、長く勤めている人が「俺、長いんだよ。」アピールをするところ。

それも直接いうのではなくて私の隣に居るベテランさんに話しかけてはそれを聴かせる。

どこにでも居るよなあ、こういう人。

で、教え方とか下手なんだよなあ。

長く居てそこの仕事を覚えるのはあたりまえのこと。それを自慢したり誇示したい心の動きってあやういなあ。

逆に言えば、それだけ他の世界を知り損ねていたり、畑違いと言えど新しく入って来た人だって違う世界でのエキスパートなのかも知れないのに、必死で「新しいやつは黙れ」アピールをして来るところが痛い。

初対面でそういうところはないだろうと思っていたとある人にも残念な思いがした。

へー、そんな言い方するんだ。そういう言い方しか出来ないのかあ。ここではそれで良いのだろうなあ。

三日目でそれは無理やて、と思うようなことを求められたり、はたまた、間違ったやり方をしているなあーー怖いなーと思っていたところ、「正直言って、私、あなた、怖いんですけど。」と少しヒステリックになって言っていた人。

(後にそれを聴いていた人が『入居者さんは誰も怖がっていないし、むしろ笑顔になっているよ。』と言ってくれたが。)

いやいや、それ言うなら、私が怖いよ。あなたが言っている怖いとは全く別の意味で。

何で、これを先に説明しなかったのかなあ?とか、説明せずにじっと見ていて「それは問題ありますよ。言いましたよね?」と満を持しての強い口調。

なので「言われてないですよ。」とハッキリ言うしかない。こればかりは。

『覚えてないだけでしょ?』

いやいや、傾聴においては舐めて貰っちゃ困る。こちとら録音機能。ニュアンスが変わるような接続詞一つ間違えずに覚えている。

一方で、もうお一方の指導係の方は「安心感がある。」というプラスのストローク。

要するに「怖いんですけど。」と客の前で言えてしまう人の訳の分からない投影がうざい。

一人でやる自信がないと新人と組まされたら怖いだろう。でも、その依存心って指導者としてどうなんやろ。身を託している人の前で怖いなんて言ったら、処置されている方はもっと怖いだろうよ。

なので私は言わない。どうしても言う必要があるなら場所を変えて言う。

ところが、認知症があるかと思われている人や易怒傾向にあると思われている人たちが、その方に物凄く怒るんだよなあ。

怒って処置をさせてくれない人も居るくらい。

スタッフにはちやほやされているのに不思議だなあと思っていたのだけど、怒っている側のお話を聴くと、ああ、なるほど、そういうことかと納得が言った。

『もうあの人、来させないで。一度失った信用は取り戻せないって言っておいて!』と。

でも、これを言っても「あの人は認知症だから。」となるんだろうなあ。いやいや、少なくとも理由を話してくれているときは決して認知入ってませんでしたよ。

それよりも、どんなに若くて健康でも、現実の認知があまりに違い過ぎたり、初対面に近い相手にスペシャルな投影を起こして異常にイライラしている人も認知症に負けないくらい認知に問題がある。

いや、むしろ、認知症をお持ちの方だって、生命の危機の際には正常に戻りありのままを話してくれる。

自分のありのままを見れない人は自分の認知のずれを気が付けないままなのだが。

それでももう少し勉強して行こう。

先日たったの三回しか入れられなかった訪問入浴へ行ったとき、実に気持ちが楽だった。

それは今や理解が伴っているからだろう。なんやかんや言って皆理論的ではあるものの、現実的な作業をしている。そして本当の優しさじゃないと通じないと分かっているから対人間として付き合っていて嘘がない。

ホームにお住まいの方々の幸せな側面も見たのだけど、在宅の人への扱いと、家族が傍にいなくて、オートロック故に黙って外には出られない人たちへの扱いが違うってのはやっぱり悲しい側面だなあ。

願わくば、これまた連続では行くこと不可能な新しい世界でも、既に感じているその魅力を吸収して行こう。

まあ・・・よほど許せないことがない限りの話し。

勉強はするけれど、無理はしない。何故ならば、それは私だけの問題ではなくなってしまうから。
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2016年03月18日

心の一級建築士(が多数)

長年カウンセリングの仕事をしていると、状況や程度の差こそはあれど、類似したストーリーというものが幾パターンかある。

もちろん全部違うのだけど、根幹的な部分で同じようなことが起こり、そして幼少のみぎりから感受性が強かったり、自分の感覚というものを持っていた人に起こる共通項のあるエピソードのパターン。

そんな中でも、さらに絞り込むと、とても印象的だった人々が浮かぶ。

大抵最初は人間関係の話題かも知れないし恋愛関連の話題かも知れない。

けれどもある瞬間、家族の話しが出て来る。特に、今の家族ではなくて古い家族の歴史の話し。

その手のストーリーに触れることはしょっちゅうで、そして傾聴している私も独特の部分が揺れ動くわけだが、目的があるのでぶれないというだけ。

しかし、その人らの成長ぶりを見ていたり、新たに心の蓋を開けて自分に責任をシフトして行くことを何年もかけてやっている光景を見ると、胸がせつなくなるときがある。それは敬意が混じったせつなさ。

で、ある方のことを思い出す機会が多いのは只今世界の大変革中故なのかも知れない。特にその手のエピソードを今でも話してくれていて、だが、しかし、そのエピソードの捉え方が目をみはるほどに聴く度に変わって行くから。

初めて出会った頃から今までのことをしょっちゅう思い出すのでその方が話しているのを聴いていると、せつなくて愛しくて抱きしめたくなる。もちろん、それは適切ではないのでしないし、目的をはずすことは無いのだが。

沢山の話しを聴いたあと、自立したがっている彼女の魂の叫びを聴いたのは、もう何年も何年も前。そう、最初は言葉にすらしていらっしゃらなかった。

私もそうだったのだけど、ある若い時期、未熟な時代には、親を憎み過ぎるかと思いきや、立派な人だと思い込もうとすることで自分を保っている。

だから、逆らいながらも言うことを聴くし、怒りながらも『ほんとは親の言う通りかもな。』と心のどこかで思っていたり、結局はレールをはずれる勇気が出ない。

そんな折、繰り返し技法なる簡単なやり取りをしつつ本人の言葉を繰り返しているだけの時点で『自分の親を悪く言われて気分が良いわけない!』とその人が怒った。

いや、お母さんが悪いと言っているのではなくて、あなたがあなたらしく生きられていないことが問題なんだというところから始まった。

途切れ途切れにそのセッションは時に心理学やレイキを挟み進行して行った。

そして、こちらが何もアドバイスしなくとも彼女は自分が味わって来た気持ちに気が付き、やはて己が何者かということを知って行くような時期があった。

自立し始めたその後には、孤独のような気持ちもやって来るので葛藤する。

あたかも家族と気分の悪いやり取りをしていた時代の方が充実していたのではないか?と思えるくらいに。

しかし、実は、家族やら友人やら多くの人の中で感じる孤独は、実は一人の孤独よりもずっと辛い。

依存すれば依存するほど不安になったり苛立ったりしてしまう。

そんなやじろべえ的にバランスを取っていた人がやがて自分の2本の脚で歩きはじめる。

いつしか親元を離れてしばらくした頃、それでもやっぱり親は親。

『お母さんが泊まりに来てね』というときの彼女の顔が凄く嬉しそうになっていることを本人は気が付いていない。でも、そのインナーチャイルドの表情が全面に出たとき、とてもとてもせつなかった。

しかし、時は流れ、彼女の知も手伝い、彼女は自分に退屈しない自分に戻った。

要らないもので固めたダンボールの家のようなもので寒さをしのぐことの儚さも知ったんじゃないかと思う。

もちろん、その家もとてもユニークで素敵な家だったと思うのだが、今の彼女の心の中にある立派な大国と比べれば。。。やはり今の方が良い。

彼女は自分が何を出来るかを知った人。

かと言って、あの日やあの日やはたまたあの時の辛さが消えるわけではないにしても、むしろそれがあるからこそ、今の心の王国を大事にしているのだと思う。

たまたま近いセッションの日があったために彼女を例に取り上げては観たものの、とある会の前には、あたかも、王国が幾つも押し寄せるかのような状態になる。

皆、苦しんだり寂しがったりしているばかりではなかった。人並みに喜怒哀楽を感じたり自暴自棄になったりすることもありつつも、それだけではなかった。

ちゃんと素敵なものを積み上げて来たのだなと、会う度感動してしまう。

その城が出来る過程や背景を思うと、本当に内心号泣したくなることがしょっちゅうなのだが、これまた不適切なので号泣はしない。傾聴のために。未来のためにとっておきたいから。

何故ならば、やったことには全て、それに見合った結果や答えが返って来るし、未来はもっとよくなる人々ばかりだからだ。号泣はそれまでとっておきたい。

インナーに出会うと非常にせつない。

でも、それの何倍もの敬意が膨れ上がって来る。本当によく頑張って来てくれてありがとうと。

私はそういうのをかっこいいと思う。

格闘技の覇者くらにかっこいいと思うし、ミューズほどに美しいと思う。

そう、それが例え疲れていたり、時には花粉症や季節の変わり目で自分的にはへろへろに感じている日ですら。
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2016年03月17日

いくらでも複雑に出来るもの(する必要のないもの)

人いうものの生育環境というものは様々で。

中には『何不自由なく暮らして来たし愛されて来たな。』と言葉にしないまでも自己肯定感をあたりまえのように思っている人がいる。

一方では、ある人々から見ると・・・と言うよりも、かなり多くの方々のエピソードを聴いていると、虐待という言葉にはもはや言語的虐待的、暴力的虐待等々色んなケースがあるので、よくニュースになるようなあきらかな虐待の他にも、自分が悪気なく虐待されて来たと気が付かないまま大人になっている人もいる。

何らかの形で自覚して来た人は大なり小なり、しんどかったのは自分だけで他の人間は何にも辛いことなく育ったという認知の歪みを持ってしまう。(そんなわきゃー無いだろうよと普通に思う人の方が多いけど。)

つまりは聴く前、付き合う前に『いいよなあ。苦労知らずで。』と思ったり、『憎たらしい。』とか『誰にも自分の気持ちは分からない。』という思い込みを強固に固めて行くかも知れない。

そして、なにが支障がというと、わかりやすい虐待を受けて来た人もそうでない虐待を受けて来た人も、皆一様に親や子、家族とは対決が出来ないということ。

極端に言うと、母への恨み、父への恨みをあたかも通り魔的に他人様にぶつける。
で、通り魔的な知らない他人だと自分が充足出来ないので、変な知恵(まあ生きるための知恵だけど)を身につけると、慣れ親しんで来たりやや親しくなった頃、ぶつけはじめる。

暴力を受けた人が行動や言動の暴力で、『この人にも同じ目に遭わせたい。』とか『自分のことを重く考えて欲しい。覚えていて欲しい。』と考えて、ほんとに出発点からして無意識なのだけどそう思って”かも”を探し出すことさえある。

あるときは企業や職場なのに『あれしれくれない、これしてくれない。』と自分の親代わりに。

自分を持っている人ならば、まず『いやあ、そりゃ面倒くさいな』と気付く。

他人も企業も何一つ、自分の思い通りにはならないよということに気付き始めて『じゃあ、人じゃなくて自分はどうして行こうか?』と考えるのだけど、長年そのパターンが人付き合いそのものになってしまっている人には難しい。

それに気が付くと人に怒っている暇が無くなるし、何せ自分で自分の面倒を見なければならなくなるから。

ほんとに色んなケースがあるのだけど、例えば家庭内で言えば、嫁、姑、舅は基本的に合わなくても不思議じゃないよね。基本血がつながっていない家族なのだから姑をお母さんと思ってはならない。何で?と言われれば、そのまんま。お母さんじゃないから。お姑さんにとっても決して娘じゃないから。現実的には下手すると、普通にそれ以下。(笑)

お母さんと思い込んだり比較している人ってのも無意識だから表面上は『そんなこと思ってないわ。』と言うのだろうけど、思い入れや監視の時間を考えると凄いことになっている。もはや実母、実子以上。

元々夫婦や家族というタッグは違うもの同士、うまいこと行かないもの同士が集合している場合が多い。一節によると皆同じだと成長できないからだとか。全然違うタイプを高め合うために無意識に選んでいるのだとか。

生まれつきの家族だけだったら分かるが、成人してからもうまくいかない友人、うまく行かない夫婦を形成する無意識があるとか。

それに気づくとゲーム性がかなり減って自分の気持ちに正直に好きな人々とのコミュニティを作るし、好きな人と過ごそうとする普通に健全な気持ちに近づく。なんたって、別段傷つけ合わなくとも人は成長できるし、嫌な思いする必然性はないのだから。
100歩譲って、周りが自分に合わなくても本当は重篤な問題や事件に発展させる必要はない。

発展させているのは『違う』と騒いでいる本人や、もしくは同じ考え方を持っている『違うから自分を分からせよう。相手を変えよう。』と思っている相手が作り出している妄想と暴力。

皆人間でそれぞれの生き方をして価値観を持っているのだから。

でも、そこに、あるいはその人物に執着する人というのは、年柄年中、その人のことを悪く言ったり『我慢できない。』と言って居る。

で、気分が悪くなるのは勝手だが、何もその人のことだけ考えないでも良いじゃないかと思う。

ある人が友人に『もう、あんな家はいや。帰りたくない。』と再三言ったとき、そのご友人はおそらくは沢山の事情を聴いた後で『早く離婚できるように祈っているね。』と言ったそうだ。

こういう話もよく聴くのだけど、要するにご本人が家にいたくないを連呼していたら、そんな答えが返ってきてもあたりまえのような。

すると、それまで家族に対してぼろくそに言っていた人なのに『なんで、そんなことを言うの?ショック!』と返って来る。

『え?なんで怒られる?さんざん嫌だって言ってたからてっきりそう思ってるのかと思ったのに。』と言葉をそのまま受け取って鴨にされた人は首を傾げ、それでもまだゲームの鴨にされたことに気が付かないで『なんで?なんで?』となる。多分、この方は普通の解釈をしている。

で、鴨を選別してゲームを繰り返している方は大抵の場合、その場は何も口を開かず他の人に言うんだよね。『傷つけられた。』と言いつつ何度も人を傷つけて回っているようなのが交流だと思っているので。

そりゃそうだよね。仕掛けている方だって、あくまで無意識で『あの人はNO。ダメな人。そして私もNO。』という刻印を押す相手を探すような出会いや交流をしているのだから。(なんか、分からなないけれど互いのダメってことにすれば落ち着くらしい。)

本当は健全でシンプルなキャッチボール的な交流の場合、ボールを受け取った瞬間が『あ、そういう意味じゃないの。別れるとかそんなことじゃなくて。。。』とすぐにアサーションすれば違っただろうに。

何年も何十年もの前の言葉を温め、古い怒りを抱えたまま過ごす人には境界線がない。そして物凄く固い決めつけが入っている。

もしも自分がやりたいと思う目的があったり自分で立とうとする心が育てばそんなゲームはしなくて済むのだが。人をどうにかしようなどと二度と思わなくなる。第一、同化する暇もそんなこと考える暇もなくなるから。(笑顔は増えるけど。)

原因を人にせいにすることは簡単だ。

その代り、自分は未来永劫、幼稚なままで居なくてはならなくてはいけなくなる。

というわけで私は「ショックだ。傷ついた。どうにかしろ。」という機会が大人になっても異常に多い人。しかも今仕事しなければならない側の人がそんなことばかり言っているのを聴くと、プライベートでは面倒臭いなーと正直に思うタイプ。

こういう理由なのかーと分かっていても、暴力受けるのは嫌なわけだから、ましてや一般社会の人々は訳が分からないくらい『わー、やだ。あの人。』と思うかも知れない・

怒っても笑っても泣いても、現状って自分がやって来たことの結果。

それに則って、今の交流関係、人間関係も自分が作っている部分が皆無なはずがない。
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2016年03月16日

事務所に熊 現る

今日はまず複数の方々とシェアリングやワークをする予定だった午前中の開始。

ところが他の方がお子さんのご都合で来れなくなったという状況になると、来て下さっていたYさんが「私、丁度今月に個人セッションの予約を入れ損ねていたので、この時間をそれに充てても良いですか?」という代替案。

私自身も色々聴きたいことがあったので、まるまる三時間共に過ごすことが叶った。カウンセリング2時間とレイキ1時間。

2時間あると沢山のエピソードを見つけて下さり、ゆっくり会話する時間も持てた。

色んな気付きがあったり、現状のご自身の心に耳を傾けたり。

いつも思うのだけど、長丁場のはずなのだけど、あっという間に時間が過ぎる。

有意義な3時間だったなあと思う。

この方とも季節を幾つかまたいで進めて来たせいか、御本人が思う以上に大きな変化が起こっている。

少しだけ似ている人を思い出しつつ、この方も自分で自分を律して来たのだなあと思った。

また来月お会い出来たら良いな。

そこはお任せする他無いというのがうちの形式なのだけど。

***********

午後はヒプノセラピストのトレーニングの会。

これまた長丁場だったのだけど、興味深い話ばかりで、皆自分のことのように考えたり、色んなリンクが起こったり。

が、やっぱり笑っている。泣きもするけれど笑っていた。

皆人生の大きな節目に存在しつつ、日常に留まらず、映画の世界、他の人のエピソード等、実に色んなところからヒントを拾っていたように思う。

どうでも良いのだけど、話は尽きなくて、そんな夕暮時、玄関のチャイムが鳴る。

あれ?このトレーニングの会の後は何も入れていないはずなのに・・・と思ったら、夫が尋ねて来てビックリ。

『電話に出ないから家に携帯忘れてるんじゃないか?』と思って。

その前に思わず「・・・・・。どうなさいました?」とまるで病院の患者さんのナースコールみたいな答え方をしている自分って何。

意味不明のことを2〜3言つぶやいて夫は帰って行ったのだけど、後で聴いてみると、本日長女くんが焼き鳥食いたいと言っているけど、大丈夫か?行けるか?という用事だったらしい。(いずれにしても夜で良くないっすか?)

なんか色々バタバタしていたものの、ヒプノお二人と実に沢山のやり取りが出来たので、とにかく良い一日。



久々に長女くんと一緒にお酒が飲めて嬉しかった。

さあ、明日からの三日間が特に困難。

でも、がんばるぞー。
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2016年03月15日

寒い日のお風呂

しつこく冷たい雨が降る一日。

今月はたった三回しか入れられなかった訪問入浴ナースの日。

『おはようございます!もう、凄い久しぶり!』と朝一番の元気印は美人ヘルパーのMちゃん。しかも『一日の日に入籍しました!』と嬉しいお知らせを聴けた。

『お待たせしました。』という彼の素敵な言葉とプロポーズのエピソードは聴けたのはついこの間のことのようだけど、時が経つのってあっという間だね。

で、別チームだったので出発前と昼休みと仕事の終了後に少しづつしか話せなかったのだけど、この独特の業種、独特の営業所で一緒に仕事していないと分からないことを愚痴り合ってはまた大笑いしていた。

*****

とうとう一日中降りやまなかった雨は昼休みも降り続けていたのだが、この仕事を始めてからは傘をさすという習慣がすっかり薄れてしまっていたのでフード付きのコートを羽織るだけで近くの公園にタバコを吸いにテクテク歩いて行った。

この寒さももうすぐ終わるのだなーと公園で一人立って景色を眺めつつ喫煙していると、上から傘がすいっ!と出て来たのでふと横を見るとナースの大先輩のTさんだった。

この方は6人のお子さんを育てて、しかも人生の最後の仕事に訪問入浴を選んだ強者。人生も仕事もベテランであることと、その貫録故に他の強者の方々も恐れたり時にうるさがったりすることもあるらしいのだけど、同時に暖かさも充分に伝わっているのだと思う。

誰かしらから彼女について聴くことはあるけれど、私がその話を聴きつつ、彼女の偉大キャラを話すと愚痴や悪口を言うつもりだった方々も最後の方には大笑いしていることが多い。

通称、大御所とか母さんとか呼ばれている。

スタッフに『よく親しく話してますよね。怖くないんですか?』とか『ええっ?さしで飲んだことがあるの?』と驚かれることがあるけれど、時に鬼と神様は同じ姿をしていることがあるの。

傘を私にかざしつつ「もう、こんなに濡れて。」と自分も同じ傘の下でタバコを吸いだす母さんは、鬼どころか何かの妖精とか、トトロみたいに可愛く暖かい。つくづく年を重ねるって素晴らしいことだったんだ・・・と思う。

いくら『私が持ちます。』と言っても傘の柄を離さないで私の真上に掲げるし、取り上げようにも力強くて負けてしまう。とうとう最後まで甘えつつ営業所まで帰ってしまった。

******

今日一緒に乗ったヘルパーさんは余所の営業所から応援に来て下さったヘルパーさんで、最後にお会いしたのが既に数年前だった。

と思ったら、何と、今月いっぱいで退職なさるそうだ。在職歴8年。

あまりにイメチェンしていて、初めましての人かと思い込んでいたら「お久しぶりです。よろしくお願いします。」と言われてまじまじ見ても分からないほどだった。

え?誰?マスク、はずして。と言ってはずしてくれてもピンと来なかったのは物凄くスリムで小顔になっていて、しかも最後に一緒に仕事をするまではロングのアッシュヘアだったのに、黒髪のショートになっていらした。

憶えられないほど色んな人に会うけれど、たったの一回〜数回の同乗で何年後かにお会いしても『ああ!』と声が出る人が居る。

特にこの仕事を始めたばかりの頃に色々教えて貰ったり親切にして貰ったりしたものだから余計に印象深い。
何だかせっかく会えたのに辞めてしまうのは残念だけど、事情をお聴きしたら仕方がないかと思う他ない。

ただ、多分今日一緒に乗らなかったらそれっきりだっただろうから、とてもラッキーだったなと思うことにした。他の場所でもKさんらしくあり続けますように。色々とありがとう。

*******

スタッフにお会いしても色々と感動ものなのだけど、もちろんお客様もしばらくぶりの方々が多くて、それなのに覚えていて下さって嬉しくなる。

お一人お一人、全ての人が、しっかりと、きちんと呼吸して、一秒一秒あますことなく一生懸命生きているなと感じた一日だった。

春の冷たい雨の日だったけど、心も身体も頭も滅茶苦茶感動していた。

というわけで、明日まで、しっかりと休もう。
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2016年03月14日

こんなはずでは

可愛いチューリップをいただきました。

寒かったり緩んだりだけど、確実に春が近づいていますね。20160313.JPG
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コンビニに入って本のコーナーを通り過ぎている途中で”アドラー名言集”なるものが目に留まった。

おお、凄いやん、コンビニ。しかも読みやすそう。日常に心理学が面白く気軽に広がって行くのって嬉しいなあー。知らない言葉も沢山あるだろうから買おう。

で、何で一旦通り過ぎたのか?というと飲料とか、何だか一緒に手に持つと本が濡れてしまいそうなものがあるので、それらを選んでからまた本のコーナーに戻って来て買おうと言う計画だった。

その後、スーパーに寄って何日分かのご飯やお弁当の材料を買って家に辿り着いた。

食料品を冷蔵庫にしまって自室に戻って来たあと『あ、そうだ、そうだ。面白そうな本買って来たんだ♪』と袋から出したところ、愕然とした。

全然目的と違う本を買っていた。レジでも弁当のおかずを考えたり明日の仕事のことを考えたりしていたので、ほとんど前意識のみで清算していたのだろう。

で、その前に本のコーナーに戻って手に取ったときにも、もう既に前意識だったのだろう。

だからって、”おべんとう便利帖”は無いだろう!アドラー、アドラーって思いつつ、これ出て来たらビックリするわ。

おべんとう便利帖 ([バラエティ]) -
おべんとう便利帖 ([バラエティ]) -

何かの変態脳、別の変態脳に敗るる。

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しかし、私、いつの間に予想外のことが起こっても、特にこだわらずにその場その場で対応するようになってしまった今日この頃。(よくある変態ギアチェンジ。)

色んなところにアンテナを広げることの少ない私の耳にもよく”おにぎらず”という言葉は入って来ていたよ。

でも、”なんじゃ、そりゃ。”と一蹴して終わっていた。

ところが、この本を読んだら、あらま、割と夫が喜びそうなメニューじゃないですか。

最近にありがちな作り置きお惣菜のレパートリーも沢山載っていた。

朝、半端に温め直すと余計に腐りやすいのでそのまま詰めるっていうテクニックね。

余談だけど、今期お弁当を作り始めてからどれくらい経つのだろう。

昔はそんなことはなかったのに、最近はいちいち・・・ええ、本当にもういちいち、お弁当を食べた後に『ごちそうさまでした。○○と○○が美味しかったです。』と電話をかけて来る。

あの、この時間、カウンセリングとか、時にはすっげー真剣な話していることがあるんで、こういうのこそラインにしていただけませんか?(もしくは昔のように無頓着にあたりまえに思って食っちゃって下さい。)とお願いしたところ、確かにラインで来るようにはなった。

が、それが

”ご”

”ち”

”そ”

・・・・・・・・・。以下略。

と一文字づつ送って来るという鬼ライン。

それも止めて下さい。お願いだから。

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夜、PCのキーを叩きつつ、時計を見上げた時点で、『あ、こりゃもう明日も絶対眠いわ。』と分かってしまうような時刻。

しかも、さっむいんだってねー。冷たい雨なんだってねー、くっそー。

だと言うのに、今日は身体だか脳だかが別の作業をやりたがっている日だったらしい。

おもむろに深夜台所に降りて行って、簡単な常備菜をじゃっじゃっ!と作り出した。

勉強したい私、仕事したい私、弁当にこだわる私、皆、仲良うして。

・・・・・・・・。ああ、まあ、してるのか。

とりあえず、初の”おにぎらず”もカラフルで美味しそうだった。
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2016年03月13日

そのままでいい / 格闘技 / ばれてーら

今日の夕方、電話カウンセリングを請け負ったナースさんに対して思う。

あなたはあなたのままで良いんだよねえーってことを。

例えば、もう少し疲れないで済むように思考パターンや方針を変えたとしても、芯の部分のあなたはそのままでいて欲しいなあと。

だって、あなたは誰にも持っていない素敵なものを持っているのだから。

何故ならあなたは沢山の人をほっとさせたり癒したりする力を持っている。そして、とっても素直。

私はどちらかと言うと嫌われることを恐れなさ過ぎる。

もちろん自分が好きな人に好かれることはとても嬉しいことだけど、少なくとも不特定大多数の人に好かれようなんて微塵も思っていない。

だから、どこに居ようとどんな立場にいようと、それはおかしいなー、ずれてるなーと思うことはハッキリ意見してしまうし、思う事、感じることを理論的にキッパリ言ってしまう。

で、理論的ってのは逃げ道を奪うことでもあるから始末が悪い。

と言っても、基本的に訊かれなければ黙っている。人の会社だからなと思うからだ。ただ、一旦意見を求められるとがっつり答えてしまう。

それ故にしょっちゅうドン引きされる。

先日の勉強会でもその慣れ親しんだ空気を感じた。でも、何が大事か?ということを考えるので引けない。

初対面は大人しくて何考えているか分からないと思われるらしい、あるいはとても気が弱くて守ってあげなければならない対象なのか?と思われるような印象を与えることが多いらしい。あくまで今までの統計だけど。

それが一旦喋ったり行動するとこんな人間なものだから、それ以降、周囲の人の扱いが変わる。よく言えば丁重に扱ってくれるようになるし、悪く言えば『怒らせると面倒くさいから気を付けよう。』ってな感じになる。

それは必ずしも、決して良いこととは言えない。(もちろん自分の目的や生き方においては良いことではあるが。)

その方法や生き方が必ずしも他の誰かに適しているとは言えない。

『かおるさんのようになる。』とか『尾崎さんのようになりたい。』と何度言われたことか。でも、その度に違うよ、違うんだよと言って来た。

もしかしたら同じようなタイプでそれが性に合っていたり、同じような喜びや価値観を持っている人が居たとしたらそれは正解なのだろうけど、基本的に人は皆違う。

だから、あなたの素晴らしさが損なわれるほど他の誰かを目指さないで欲しいと願う。

やることはほんの小さなことで良い。不必要に自分が苦しまない方法を探すだけ。

そして、あなただけの良さを、あなた自身が知ることだけ。

私はあなたの話しを聴いていると、いつもほっとする。真面目で優しくて、繊細でユーモアがあって。

その素晴らしさがどうか損なわれませんように。あなたはどこへ行っても素晴らしい看護師さんだと思う。

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今日は月1でセッションしている方と格闘技の話しになる。

彼女が取り組んでいらっしゃることと関連するからだった。

格闘技は深い。喧嘩ではなくてれっきとしたスポーツだし、紳士さや淑女さが問われる、人間性も問われる競技だと思う。

優しくあるためには相手を傷つけないほどの強さと技術が居る。

そして、極めると最後の最後は、体格差すら関係のない世界になる。

色んなVTRを互いに見ていて、もうダメだじゃろという瞬間からいつのまにか大逆転したり、するりとピンチをすり抜ける姿に人生を見る。

『うーん、凄いね。強い人って柔らかないね。』とか『変わった対し方をする人ですね。』等、色んなことが口をついて出る。

彼女は技を可愛いイラストで図式化していたけれど、いずれその図式は要らなくなって、身体が反射として覚えるようになるのだろう。

格闘技の話しをどっぷりしていても、そこに人生や恋愛や、正しさや勘違いや色んな要素が垣間見える。

彼女は私が巡り合って来た中で、一番変容した(自分に戻った)人々の中で三本の指に入るほど大きく脱皮した方だなあと思える。

私も楽しみながら私の世界で頑張ろう。

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昨日は上北台の方で仕事をしていたところ、夫からのラインで『丁度玉上に素敵な店があるとY枝さんに教えて貰ったから待ち合わせよう!』という連絡。

そこまでたった二駅だったから思い出したのだろう。

ワインの種類がやたらと多いお店で待ち合わせるはずだった。ところが時間がギリギリ。

必死で走っていた。店の場所も定かでなかったし。

しかし、玉上に着いて改札を抜けたところ、黒いコートを来た大柄のオヤジがドン!とぶつかって来た。

あきらかにわざとぶつかって来たとしか思えない動きだったし、こちとら急いでいたので、思わず舌打ちして下から睨みつけると・・・・・・・夫だったので爆笑された。

何と言うことだ。

しかも、これからレストランに行くところなのに改札前によもぎ餅やら道明寺やら、栗羊羹などの和菓子が売り出されていたところに立ち止まる夫。

何を考えているのかはすぐに分かった。

『あのさ・・・これ、とまり木のママさんのお母さんに買って行ってあげようか?』

やっぱり。

それは分かるんだけど、私たちがこれから行くところ、そこじゃないでしょうよ。

まさかレストランでそこそこの飯食った後に日本酒飲みに行くつもりじゃなかろうな。

そんな疑問も余所にお菓子を楽しそうに買い込んでいた。

お店はフランス料理店。20160312.JPG

料理は美味しいのだけど、照明がめっちゃ明るい。何もこんなに明るくしなくとも!というくらい。

で、バケットがお代わり自由なのは良いのだけど、お代わり自由ならもうちょっと少量づつ持って来てはいかがなものか?というほどドッサリ置かれる。

もう、歳よりだからさ。大量の食べ物を目の前に置かれると圧迫感があるのよ。もはやそんなに食える年じゃないんだからさ。

結局バケットが約一本余って、それもおみやげになった。でも、ママさんのお母さん、齢90を越えているのにフランスパンが大好きなのだと。

ところで、おしゃれなところってよくオリーブオイルをかけたりスープにつけたりして食べることを薦めるやん。もしくはそのままとか。

でも、私はバター派なので『バターありますか?別料金で良いので。』と言ったのだけど『マーガリンならございます。』というお返事。ああ、これも残念。

豆腐専門店でも塩で食えという店があるけれど、私は醤油で食べたいの。

天ぷら屋さんでも味自慢のところはやはり塩で食えと言われるのだけど、すみませんね、私はやっぱり大根おろしやもみじおろし付きの天つゆで食べたい庶民派なのよ。

と、色々と残念なことはあったものの、チーズも料理も美味しい。それだけに惜しい。あと、震えながら外で喫煙しなければならないのも惜しい。

段々自分が時代に合っていない人間だと納得して来た今日この頃。

でも、この内装にこんだけお金かけるんだったらさ・・・とか、そんなのは良いからさ・・・などと色々思ってしまうんだな、これが。

しかし、旦那が一挙一動、表情の一つ一つを見ているので決して悟られまいと、『ほんとーに美味しかった。いいお店だねー。ありがとう。ごちそうさま!』とニコニコしていたつもりだったのだけど。

ばれるんだな、これが。『一回来たからもう良いよね。なんか、ごめんね。』と言われる。

いや、ほんとに美味しかったは美味しかったってばさ!

なんで心の中の我儘がばれるのか分からないけど、ほんとにごめん。うるさい年よりで。

それとは別に、猫居酒屋さんについておみやげを渡すと非常に喜んで下さった。

さすがに何も食べれなかったが、またまた久々の日本酒を三種飲んで最高の週末。

なんか、色々と困難なことがあるが、来週も頑張るぞ。
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2016年03月12日

メサイアコンプレックスの長い夢

とある方が精神的にもリアリティの世界でも自立するためにとある資格を取るための勉強を続けている。

それは自分と他者を援助するための資格。

真剣に自分の生き方を考えたとき、人は真実の願いを叶えようとする。

はたまた、資格云々が問題なのではなくて、とあるセラピストさんは、こちらからお願いしますと依頼するまで決して自分の高等な技術を押し付けない。が、依頼した途端最善を尽くしてくれる。

資格の有無が問題なのではないと重ね重ねと言うのだけど、そこには、確かに心の”資格”というものが存在している。

それは『ああ、かわいそう、かわいそう。私がこれしてあげる。これ買ってあげる。あれのお金を出してあげる。』と言いつつ、その代償として「こうしなさいよ。あの人と付き合うのを止めなさいよ。それからここはこうしなさいよ。」とずうずうしく人の人生に入り込んで来る人の行為とは全く違う。

下手すると後者はとんでもない暴力になる上に、それをやっている本人すら「せっかく言ってあげているのにアドバイスを聴かない。おかげで私が傷ついた。」くらいの概念しか残らない。

”私がしてあげる。”という我が強い人は自己満足のために人を癒そうとするので、何やら相手がリラックスすると妙な征服感を抱くみたい。その自己満足は恐ろしいなあと思う。

自分の孤独の分量だけ人におせっかいをやかないではいられない。でも、自分のことは歪んだ認知のままおろそかにしている。

そこには重篤な幼さが存在しているなあといつも思う。

現実はそんなに甘いものじゃない。

多くの人との沢山のディスカッションが求められるし、沢山の人の意見や話を聴いた上で自分が大切にしているセラピストマインド、カウンセリングマインドを死守して行く強さが求められる。

それは本当に綺麗ごとじゃない。『ほっこりほっこり』言っている人がとてつもなく誰かを恨んでいるのはそのせいで、自分の傷にばかりこだわって人の傷に無頓着なのは、その覚悟が足りないからなのだろう。

これをやるためならばこれくらいの我慢は出来る。でも、ここは譲れない。人それぞれその臨界点は違うものの、それが皆無の人の幼稚なおせっかいは困りもの。

それは自分の孤独を見つめない限り一生続く矛盾なのだろう。

皮肉なことに親兄弟にこの暴力や支配が横行しやすい、

『私の言う通りにすればこんなに良いことがあるよ。私はこんなに良いものを持っているよ。』と言っては相手を支配する化け物は実は人間だったりする。

結局のところ、自分の人権を護れない人には、人の人権も尊重することも見守ることすら出来ない。

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とても遠回りな沿線に乗って、この遠回りも多分どこかに続く意味のある道なのだと今日、思う。

それは目的という出発点が違うから。

昔良く観かけたハエ取り紙のように、何もかもをくっつけて、何かを紛らわそうとする人のケモノ道とは明らかに違う沿線。
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