2016年12月31日

カウントダウン

いつも頭が痛い仕事の山と格闘しては、まめに燃え尽きて廃人みたいになっているホームの相談員さん。

こちらの相談とは入居者さんのご家族とホームの連携を取るなどその他諸々の責任に立った仕事。ホームのどの部署の出来事であろうが、家族が気に入らないことだったら、彼女がやっていないことであっても、全部毎回謝らなくてはならない。

「もう、謝り過ぎて風邪ひいちゃったよ!」と喫煙所で言うので吹き出してしまう。お互い限界を超えているもんで、怒っても疲れてもハイテンション。

その彼女が昨日、「これ、ナースさんたちで食べて下さい。」とチョコレートとおかきを下さった。

何と。同じ職員なのにこの気遣い。

まめに廃人になってはいるが、再び立ち上がりきれっきれっに仕事出来る相談員に逆戻りする彼女。

こちらこそお世話になったのにね。

私はお年賀でも贈りますかね。ほんとにいつもお世話になっているもの。

******

私よりも年下の常勤さんと二人勤務の日、合間合間で互いに話していた。最初はもちろん仕事の話となり、果ては人生のこととか。

いつまで居られるかは分からないのだけど、互いに話せて良かったなあと思う。

願わくば居て欲しいんだけどね、、、とこちらの意図を伝えておいた今日だった。

一人で変えていかなければならないことをやるのは荷が重い。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


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2016年12月30日

また見えて来た

さすがにホームの事務所は閉まったが、こんな年末までホームのお風呂隊員まで動いているのか・・・とビックリする。そして相談員さんまでも。

お風呂から上がった人の足にお薬をつけて装具を着けるためにしゃがみ込んで苦戦していると、車椅子に座っているその人が可愛らしい声で言った。「あのね。元旦もお風呂に入るにょ♪」と。

か、可愛いです。気難しいとか聴いたことがあるのだけど、そんな方に限って全然そんなことはなく、最近では言葉も聞き取れるようになって来た。

いや!?待てよ。今、何と仰った?ということは、元旦までお風呂部隊のビューティーなペアは出動するのか。凄いなあ。

お掃除のおばさんも「私も年末年始もずっと居りますよ♪」と。

凄いな、皆。

******

「昨日はすみません。ダメっすね、俺。」と言うワーカーの若い子。

ホームから病院へ入院して天寿を全うされた方のご家族に挨拶をする際に泣いてしまったことを気にしている。

いやいや、ダメじゃないですよ。むしろ、そんなに想いを込めて入居者さんをケアし続けてくれていることをとても頼もしく思います。

で、私なんかもかなり歳とって経験年数が経ってからでさえ、病院で亡くなった後の死後の処置やお化粧や着替えをする際に、いくら頑張っても涙が怒涛のように流れて来て、どうやっても抑えられなかったことが多々あったもの。

この手や体は作業を覚えているからテキパキ動いているのだけど、顔と涙腺と漏れてしまう嗚咽がどうにも止まらなかった。

皆はプロだから淡々と次へ進めるのに自分はダメだなと思っていた。

でも、後から思えば、半々。

本当にプロだから感情をコントロールできる人が一握り居て、家に帰ってから号泣する人も一握り居て、そして、何も感じない人も混じっていれば、さらに言うと「良かった。天寿を全うされたから、もうこの人は苦しくもなし痛くもない。今頃安らかに眠っているか、次の段階の準備をなさっている。」と言うスタッフも居た。

割り切れないものは割り切れないままで良い。

でも、等身大の自分で、そのままの一般的な感覚を失わないままで仕事にあたっていけらら、きっとそれで良いのだと思う。別に自分以外の何者かになろうとする必要はないのだから。(ましてや、なれないし。)

答えは今でも出ず、模範解答もマニュアルもなし。

ただ、そういったことについて全く考えない人が居るのだとしたら、それはそれでアホなことだと思う。

********

まあ、何だか自分の我儘で予約が取り難いし面倒なことになっているのに。

ご予約のメールやラインを見る度にじんと来る。

どわーーっと忙しくなると”大変ならやめれば良いのに、何かを縮小するか手放すかすれば良いのに。”と思う瞬間が無いでもないが。

一つ一つは小さな一言、小さなやり取りでも、依頼して下さることがとても嬉しかった。

やりたいことをやりたいと広げて、しかも、これくらいの感じでやらせていただきますと広げたら、やらせていただける。しかも、暖かい言葉をかけて下さって。

”ブログの横?どこどこ?無いよ。”

”スマホ?だとしたらPC表示に代えて見ていただけますか?”

”えー?わかんない。どこどこ?あー!あった!”

色んなやり取り。

じんと来る励まし。

ありがとうございます。

私は今やりたいこととすべきことを理解できました。

いつも助けられて、支えられ、教えられて。
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2016年12月29日

そうそう怒らない / 彼の涙

来年、一月の空き時間です。打消し線で消えているのはもう入れないところです。

どうぞよろしくお願いします。

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ホームに勤め始めてから人さまを受診させて帰って来ると「よくそういう結果になったね。」と軽く驚かれる、もしくはしみじみ言われることがある。いったいどうやって?と言わんばかりに。

だって交渉したり食い下がったり時には押したりして来ているもの。

何せ世の中の動けるし知識があるドクターの方々は老人に興味がない人が多すぎる。でも、傍らにまっとうかつ適度にうるさく丸め込めない人間が居るだけで大分違うのだ。こちらが大事にすれば周りも大事にしてくれる。

ちょっとそういうのって悲しいけどね。

ホームに入居している年齢になるとご家族の思いも願いも理想も道徳も葛藤していることが多いから、そこらへんの意志疎通が難しい。

長生きして欲しい一心の方も居れば長生きして欲しいけど長年の歴史を思い出したり心が揺れるケースがある。そしてその揺れの振れ幅も個人個人で違うから、こんなときこど傾聴を繰り返すことが役に立つ。

それはされおき、何故ビックリされるのかと言うと、多分普段がへらへらしているからだろう。

目上は立てるし、「なんだ、こりゃ?」と思うことも今すぐどうにかしなければならないことでもなければ言う機会をきちんと待てるから、よく大人しい人だと思われるし、強気を助け弱気をくじくタイプの人には暴言暴挙、やつあたりをされることもある。

でも数か月たつとさすがに「あれ?今のって、この人・・・」と少しづつ察してくれるようになる。

あれもこれもダメというつもりはないし慌てないのだけど、軽く切れてしまう瞬間というのが自分でもわかっている。

こんなことをしていると人命に関わるという時だけ自分にその許可が下りるようだ。それは数ある問題点の中で今すぐ緊急に止めて貰わなければいけないことだったりするから。

「ちょっと来て下さい。これ、凄いことじゃないですか?」と傍に来て貰わなければ分からないことだったので来て貰ったのだが「いや、いいんじゃない?」と言われてぷっつん。

見る聴く嗅ぐ、触れる。ナースには五感とそれ以上のものが必要だと思うのだけど、これが分からないなんて。

その後いつも通り、明るい雰囲気に代えようとしているストロークが飛んで来たのだけど、問題自体が解決されていないので私は笑えない。

やり方が回りくどいとかやりにくいとかだったら極端に言うと良いの。今までやって来た人がそれでやりやすかったのだろうから。

でも、これは?と思うことがそんなに問題に思えないってのはため息が出た。対策を二つ三つ考えたので書面化すべく持って帰って来た。

心にとめて聞き流したり、人間だから気持ちが大切だというのも分かるのでこの場所ではただの一度も何かを主張したことはなかったが、こういうのは別。

体制がなっていないとか、苦しいとか、人が足りないとか。

それはそれで問題なのだけど、全部そのせいにしてやるべきことを怠る傾向ってどこにでもあるなと思う。

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ターミナルの方も沢山いらっしゃるのだが、ある日出勤して来たら入院中にお亡くなりなったというお知らせが来たと聴いた。

それから数日たってご家族が荷物を取りにいらした。

北風がぴゅーぴゅー吹く中を。

ご家族が来たことを連絡してくれた介護の男の子が立ち尽くしていたが「今・・・外に荷物を運んでいらっしゃいますがもうすぐ戻って来ます。」と教えてくれた。

ありがとうと答えてしばし二人で立ち尽くしていたが、珍しく無口だったこの子。

礼の「お誕生日のプレゼント下さい。」とほがらかに言っていた調子の良い子だ。

ぽつりとこちらから話しかけた。「〇〇さん・・・寂しいね。」

途端に彼の顔がくしゃっ!となって泣き出した。

数か月しかお会いしていない私でもこんな気持ちだもの。〇さんはどれくらい前から知ってるの?

「僕は二年半のお付き合いでした。」

来る日も来る日もおしもの世話をしたりスプーンで食事を口に運んだり、お風呂に入れたり、来る日も来る日も。

物言わぬその人にケアの間、いつも朗らかに話しかけていたね。

どんなに物言わぬ人にでも、一生懸命笑いかけ、楽しい話を聴かせながら力と技を使い、粘り強さと優しさを発揮していたね。

ナースだけしか挨拶に行かないのが通常みたいな雰囲気だったけど、涙で濡れた目で「僕も、僕も一緒にご挨拶に行っても良いですか?」と肩を震わせていた。

もちろんですよ。私なんぞよりもっと涙を流す権利のある人たちの一人だもの。

ご家族にお別れの挨拶をするときはもちろん。一緒に上の階にあがるエレベーターの中でも震えていて、やっと立ち直ったかと思ったら。

エレベーターの扉が開いた瞬間、お風呂へ行く三人ほどの入居者さんが車椅子に座って待っているところで。

彼を見るなり全員がハイテンションに手を振って笑ったもんだから。

とうとう滝のような涙を手で押さえながら急いで休憩室にかけて行った。

Sくん。○○さん、一生懸命、立派に最後まで頑張ったから。
Sくん。○○さん。もう苦しくも痛くもないんだよ。

痛む心って実は言えなくて、実は溜まりゆくばかりなのだけど。

何も感じなくなる自称プロ以上にあなた方はプロ。

よく休み、またその手を力を貸して欲しい。

で、私はそういった心とは対極にあるずさんを一日のうちに同時に目にしてしまったので、ムカムカして「全く!」と怒りつつトイレに入ったら、いきなり大きな地震が来た。

あー、ビックリした。これからニュースを見てみよう。とりあえずホームは大丈夫だった。
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2016年12月28日

帰路

今年もあと4日ばかりとなりましたね。

うぬぬぬ。そして、来月の勤務表、まだなのです。

出来たらブログに表示しますねと結構な人数の方々にブログ以外の直接でも事情を説明していたのだけど、さすがに遅いと思ったでしょうね。一昨日あたりから「来月、この日かこの日かこの日の入れられる日にお願いします。」という依頼が大勢の方々から来た。

まだわからないのよー、待ってー。私もまだかとビックリしているのだけど、勤務表作るの大変だもんなー。あちらの立場でのお仕事もめっちゃ忙しそうだし。

昨日次女くんに「待ってあげてや」と言ったばかりなので、私も事情を察して待つことにしよ。

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カウンセリングをしていても多くの色んな依頼人さんの世界に触れるわけだが、ホームという職場でも同じことを思う。

真面目であれがなっていない。これはこうすれば良いのにと不満に思っている年下の常勤さん。

彼女入ってから3か月ほど経った。

そのこうしろああしろという提案の半分以上は正しいのだけど、あ、それまで嫌なわけ?と思うこともある。

大抵批判が始まって急いで何とかしなければと思うタイプのようだ。

その彼女が「この職場に来てストレスたまるんで昨日皮膚科に行きました。」という。

ニキビが目で見て分かるくらいになっていたので仕方なく行ったらしい。

そしてその後。入ったばかりなのに退職を考えているということを話してくれた。

もう一気に変えようとしていて疲れるしストレスのるつぼなんだろうなあ。

「今日は言えてほっとしました。いつ尾崎さんに言おう?」と思っていたから。

でも、しばらくすると、「でも、贅沢な悩みですかね?」とか「私って」というのが始まる。

大丈夫。辞めると言う事柄自体は悲しいのだけど、それより心配なのは、例え辞めたとしても、元気でハッピーでいてくれることだから。

本当は暗い表情で何かを抑圧しつつ、嫌なことをやらなくてもいい。どこへ行っても今のままのあなたでいてくれますように。
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2016年12月27日

親子の性 その2(ワイヤレスなモデリング)

昨夜、私が帰って来る前から格闘していたと思しき、ふてくされてフグのようになっていた次女くんと作業を簡潔しようとしていたときのこと。

作業は、先方に一つのエクセルファイルを送ること。

で、PC内のエクセルで作成したファイルを携帯にDLしたアプリを使って取り込まなければならなかった。その仲介にiTunesを使ってブックという場所に保存するわけだが、その後PC上で訂正して保存したファイルを上書き保存しても一向に更新されず古い間違ったファイルのままだというのが問題の趣旨だった。(よくよく聴いたらね。)

確かにやり方が記してあるページが検索でヒットしているし、次女くんもその通りにやっているのだが、彼女が同じ作業を何回しても、上書き修正されないか、もしくはPCが固まるという現象が起きている。

で、一旦固まったら何十分かそれ以上動き出さい。何かどこかで間違っているか、違うところを勘違いしてクリックしているとか、とにかくシンプルなことを複雑にしてまうとPCってのは固まり、それに対している人間も動けなくなるという法則。時間がいくらあっても足りない。

なので三回くらい横で見ていた後、「再起動してみようか?多分また当分動かないから。もしくはお茶でも飲んで離れた方がいいのでは?(ほら、キラー・フグになっちゃってるから。)」

すると、彼女は再起動していた。・・・。あ、ここから離れる気は毛頭ないのね。風呂入る時間が無くなるぞ。明日も早いだろうに。

で、初めて彼女のPCの画面とそれが起動されるところを見ていたのだけど、さすが他者のPC。私が知りえないウィルス除去ソフトを使っていらっしゃる。あと、ほら、例によって頼んでもいないメッセージが沢山立ち上がる。何とかコントローラーとか、メーカーが色々何か宣伝して来るとか。

しかもその後iTunesが立ち上がるし、このPCも購入してから数年経っているので動作が重い。

それは仕方がないのだけど、問題はPCが立ち上がった途端すぐに先ほどいじっていたアプリを携帯で立ち上げたり、PCの画面をクリックしまくったりしている様を見てビックリした。

待って、待って。少し待ってあげて。立ち上がり切ってから作業しないとビジー状態になってすぐ固まるから。

「え?!あ、そう。分かった。」と言って両手を下したものの、数秒後に一つのメッセージが消えるとすぐにまたカチカチとあちらこちらをクリックし始めた。

おい。頼むから待ってあげてってば!

「ええー?だって、こいつ遅いんだもん!」

・・・・・・・・・・・・・・・。次女くんよ。気持ちは分かる。でもね、こいつだって色んなものを立ち上げる、つまり、言いたいことがあるんだよ。全部言い終わるまで待ってあげて。あ!ほら、だから、今触らないでってば。

せっかちなやっちゃなあ。

「こっちは頼んだことを思い通りにやって欲しいだけなんだけど。なんで望んでないものばかり示して来るだよ。」

わかる、わかる。

でもね、相手が言っていることを聴かないで自分の要求だけ言っても通らないのは人間もPCも同じなんだよ。聴け聴け、ああしてくれ、こうしてくれ、それは変だ、間違ってるの一点張りじゃ、いつまでもこちらの話を聴いてくれないよ。

何せ、この子ら、元々のモデルは人間の脳だかんね。

「・・・。なるほど。」

そうそう、あちらも変だけど、こちらも何か間違ってるかも知れないからね。何せ間違いだらけの人類が作ったものだから。

「人間関係と同じか。」

そう言っても過言じゃないと思うー。でも、人のこと言えないのよねー。お母さんも99年くらいの時、周りにPCいじっている人が誰も居なくて全部手探り覚えたり、俗に言うPC教室ってのにも体験版に行ってみたんだけど、やりたいことじゃない内容ばかり教えてたから。

「イライラしなかった?」

したよ。当時のPCは”不正な行為をしたので強制終了します。”みたいなメッセージが立ち上がって来ていたので、”誰が不正じゃ!”って言って襖に投げつけたこともあったよ。ワイヤレスじゃないから、投げるまでに三か所くらい回線をはずしてね。

もう、大爆笑していた。「さっき、人との付き合い方が出るって言わなかったっけ?」

はい。。。若かったのです。馬鹿かったのです。今はそんなことないよ。法則を学んだ。心や気持ちも学んできたもの。

そうこうしているうちに、きちんと立ち上がり、少しづつ二人で考えて目的が達成されたのだが。

「なんで出来なかったんだろうね?あと、何で出来たんだろうね?」

よくわかんないことっていっぱいあるね。

「そういうとき、どうしてた?」

人に訊いたりネット上を検索しても、参考にしかならないの。だって、皆違うOSや違うソフト使っていたり、回線もバラバラ。人それぞれだっただから。
これも人間同士が皆違うのと同じだね。皆、環境とか思考とか言語が違うもんね。

だから、参考にするだけで向き合っていた。でも、分かったとき、気持ち良いよね。それに今は、必要に迫られなければ離れるようにしている。どうしてもやらなければならないこと以外は。

「それでもダメだったら?」

PCやらコンピューターの話をしているというのに、こんなこと言ったら笑われるかも知れないけれど、相性とかタイミングとか運ってのもあるような気がする。ダメなときはどうしてもダメかも知れないなーって。

もちろん、疎いからこそこんなことを感じるのかも知れないけれど、結局は電子でつまりはエネルギーだもんね。

いきなり思い出したけど、まだワイヤレスじゃなかった時代、お宅らの部屋から長ーい回線をうちの部屋まで繋いでいたじゃん?その頃にお姉ちゃんが隣の部屋から印刷ボタンを押して、その印刷物がお母さんの頭の上のプリンターからいきなり出て来たことがあったよ。まったく接続されていなかったのに。それ一回きりだったけど、あの時代としてはわけわかんなかった。

仕組みが分かった今なんて余計に何であんなことが出来たんだろ、あの人って思うもん。

でも、エネルギーだからと考えると何だか不思議じゃないかも知れないって思っちゃう。

それにしても、驚いたのは君が自分の若い頃以上にせっかちさ五万なところ。

概ね適当だけど、何かやり出したら離れないところ。

でも、身体もたないから少しづつ変わって行った方が良いよね。人には出来ないことと出来ることがあり、さらに出来ることの中にも出来るタイミングと出来ないタイミングがある。

頭を悩ませたりビックリしたりしつつ、頼もしいなあ、面白いなあと思って笑ったひと時だったのだけど、つくづく親子の質が映るという驚異を垣間見た。

忙しいときは仕方ないけれど、私、のんびりしなきゃなあ。のんびりをもっと見て貰わなきゃなあ。自分にとっての本当ののんびりを。

目に見えない回線で親子は繋がっているから、親がやばいと子供もやばいのは幾つになっても一緒か。

「お母さん、私、蟹座だけど、月星座はおとめ座なの。だから似ているところがあるんだと思う。」

おっつ、また何か分からない分野の話をし出した。

「また彗星が逆行し出したから気を付けた方が良いよ。何でもバックアップを取っておいた方が良い。予期しないことが起こりやすいからね。」

そりは、特定の星座ではなく皆のことですか?

「そう。全体的なこと。」

わかりやした。多分良いこと聴きました。星に詳しい人よ。

でも、時にはただただ綺麗な夜空の下で、ただただ、スヤスヤ眠ろうじゃないですか。

「いや、あたしはいつもおやすみ三秒だから。スヤスヤどころか、グーグー。」

あ、そか。忘れていました。つまりはこちらが思うよりは大丈夫ってことですね。
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2016年12月26日

親子の気質

今と違ってまだほとんど全ての家庭にPCがあるのがあたりまえになる前の時代。

ワープロすら触れたことがない私にとっては難解な物体でしかなかった。病院も今のように電子カルテのソフトを使っていなくて何から何まで全て手書きだったし。

当時はPCに触れていると無暗に「えー?パソコンやってるの?」と言われた。

当時から何かがおかしいと思っていたけれど今ならハッキリ言葉に出来る。そもそもパソコンやっているという動詞がおかしいのに。PCで何やってるか?というのを訊かれれば正しい質問なので正しく答えられるのだけど。

そう言えば昔色んな先生たちが言っていた。「正しい答えが返って来るのは正しい質問をしたときだけだ。」と。

さらに「答えを受け取る気持ちがあるときだけだ。」と。

ましてや「おたく。PC売り場にずっと居る人たち気持ち悪い。全員おたくっぽい服装してるし。」と同僚に言われていたくらい。それに応えて「大丈夫。PC自体知らないから、売り場に居たのは一分くらい。店員さんに”これ。”って言って終わりだったから、ずっとは居なかったよ。」。

「えー、でも、でもぉー。」と口を尖らせて絡んでくる人種というのは、いつの時代、どんな場面でどんなことをするときにも居るもので。

とにかく自分がやっていないことを相手に止めさせたいときに「でもでも」とか「だって、だって」としつこいし止めるまで言い続ける勢いなんだよね。

PCのことから果ては進路や転機や恋愛に至るまで「でもでも、だってだって」星人が口を尖らせ魚顔でしつこくして来る。

が、でもでもだってだってと言っていた行為や選択をする人が多くなって来ると何もなかったように自分も同じことをするのだけど。

それはさておき20年ばかしたって、今のホームに派遣に行くようになってから独特の電子カルテのソフトを使い始めた。それも初めての経験だったのだけど、私の場合エクセルすら使ったことがなかったのよね。

私にPCを買って欲しいと言った友人はメールのやり取りをしたいからという目的だったし、彼女自身はキャドをやることに使っていた。

そして、私はその初めてのPCを買ってメールを使うようになった後、「これ、なんだろ?」と開いたのがネットだった。次に「これ、どうやって作るんだろ?ホームページ?」とブツブツ読んで作ってみたら色や背景を変えるのが面白くて一か月くらいでHTMLでページを書いたり、その後ホームページのソフトを知って「あら、便利。」とさらにはまったり。

その後は掲示板ってどうやって作るんだろ?と目についたので、CGIの本を読みだし、その後はスタイルシートって・・・という具合に主にページ作りを独学で遊んでいたのがPC及びネットの初期の時代だった。

なもんだから、いじっていたのはページ作りのソフトくらいなもので。

けれども、いざ、ワードを広げてみたら、ホームページソフトと共通する部分が沢山あるのでだいたい困らなかった。

でも、エクセルの場合は先のソフトとは大分勝手が違うので、しかも仕事中の限られた時間で色んな作りたいファイルを作るのに一か月くらいかかった。法則が分かるまで時間がかかるのだ。

じゃあ、先に使っていた職場の人に訊けばいいじゃないのって話だけど、そりゃ訊いてみましたよ。

診療情報書と看護サマリーの表の・・・と言いかけた途端に「知らない!それ、ずーーーっと、ずううーーーっと前の派遣さんが一人で書いてたから。その後誰もいじってないの。よかったわあ、触れる人がいて!それより、この用紙と同じものを見つけてこれを入力して今月分を出して欲しいんだけど!」と新たなる何かを頼まれ仕事が上乗せされてしまう。

で、私、普段は何事にも固執しないのだけど、こういう場面になると分かるまでがしつこい。それはそれはしつこい。

”このファイル”と称するものがPCのどこにあるのかも知れないってのに、この山ほどのフォルダの数。そしてその各フォルダの中に山ほどのファイル。検索しようにもその用紙の名称が分からない。

でも、多分このあたりだろう・・・とファイルを検索するところから開始。名称を予想してもヒットしないのでだいたいこんな名前でこの辺に分類されているのではないか?と手作業で開いていくのだけど、だいたい第三候補くらいまでにいつも見つかるのは単なる直感でしかない。

その証拠に開いてみたら、ヘッダのタイトルとファイルの名前が全然違うのに一致していたりするのだもの。

で、私にとっては全然分からない書式のブツを更新出来て保存出来てプリントアウト出来るまで「ここか?いや、違う。こっちか?おお、するとここの色が変わるわけか!」と心の中でつぶやきつつ遂行する。

全く知らなかったことが出来たときのスッキリ感がやって来るまで。

でも、これは何事にも通じる感覚ではない。多分正しいやり方を見つければ正しい結果が出るって法則のものに限る。例えばPCとかソフトの法則のように、こちらがインプットしたものがきちんとアウトプットされてくるところが面白いのだろうと思う。

とにかく出来た♪

と思った一時間後。

めでたく看護業務に走り回りつつPCに向かっている先輩の後ろも駆け抜けようとしたところ、くるっ!振り返り「待って!どこに居たの?」と言われる。

え?いや、この施設内。通常の看護業務してましたけど。

「ちょっと・・・何でこの四角だけ色が変わっているのかしら?助けて。元に戻して。」

え?またそれも知らないし。ああ、四角ってセルのことを仰っているのか。多分ここだな。あれ?同じ色がない・・・。あ?ああ、なるほどユーザー設定というので色の座標を探して同じ数字をコピペするんだ。へー・・・と次々訊かれる故、おかげさまでこちらも勉強になる。

「すごいわあ。助かるわあ。どこで覚えたの?」

いやいやいや。今。今だってば。現在進行形で覚えているし。私が質問している相手と言えば、主にネットの検索だし。

疎い私にも調べればわかることなのに、何故にポンポン訊いたりやらせたり、自分にもできないことを依頼したり出来るのか。

通常の看護業務だけでも忙しいのに走り回ってはまたPCの前に戻り、再び看護して来てはまた書類を作り。しかし、重ね重ね、ありがたい。だって、使ってくれるおかげで必要に迫られてどんどん覚えることが出来るんだもん。多分・・・・独自のやり方になっちゃっているだろうけど。

*******

忙しい年末の仕事帰り、帰宅して居間のドアを開けると、夫が「もう先に鍋やってたよ。」と言う。まあ、切って煮るだけだけど、助かります。

それは良いのだけど、その同じテーブルで初めての光景を見た。

次女くんがPCを持って来て真剣に何かやっている。鍋の前で・・・・。

どしたん?初めてだね。一階でやってるのって。

「だって、自分の部屋でやってると腰が痛いんだもん。ここの椅子の高さが丁度良いんだよ。」

ああ、そうなん。

そう言って鍋を食べようと横に座り箸を取った瞬間のことだった。

「お母さん?」

・・・・・。出た。この疑問文的な呼びかけ。

長女くんが就職してから数年間、私のPCの前におそらくは何時間も居座り、困り果てていたときの声と同じトーンだ。元々顔まで似ているから凄くデジャヴ。同じような状況なのだろうなーとお察しする。

職場の年上の方々と大きく違うのは「もう、分からない!若い人に任せちゃおう!」と言って、やってもいないのに、決して若くない、同じようなおばさんである私に依頼して来るときのノリじゃないところ。

長女くんも次女くんも私に言って来る前に、既に自分で悩んで、ネットも調べて、書いてある通りにしてもダメで、それでもチャレンジして、ええい!くそ!とフグのように膨らんでいる状態になっているということ。

人殺しの目をしたフグの横で飯は食えないので「はい?」と答えたら。。。

はい、そこから先は手を繋いで迷路に入ったも同じ。手を繋いでゴールするその瞬間まで。

でも、皆そうだけど、絶対私も知らないことを訊いてくるの。だから一旦は迷路に入る。

「このエクセルで作った書類をね、エージェントに携帯で送らないといけないから、このアプリを使ってiTunesを介して保存しているんだけど、同期されたとき、この保存した書類が上書きされてないの。」

・・・・・・・・・。やっぱり。知らんことだ。いつも職場でもどこでも、今までやろうとも思ったことがないことばかりだ。iTunes自体あまり使わないし、そのアプリも知らんし。

「ほらあ!固まるんだよ。見た?ね?!ほらああああ!このブックってところに入れたいのにぃぃぃっっ!もう何回もやった!」

・・・・・・・・・。

落ち着こうか。そんじゃ、まず君がネットで検索したページの通りにここをクリックして、あと、こちらのチェックをはずして・・・etc。

かくして苦節30分。

二人は協力してゴールに到達した。

「できたーーーっ!」

いやーー、スッキリしたね。君も暗殺者・フグではなくなったし、これで安心してごはんを・・・と思った頃、既に目の前には空っぽの鍋と、顔が大黒様で体がフグになっている夫が満足そうにTVを観ていた。

なっ!お腹減ってたのに!と言われて初めて気が付いた夫は「あ。ごめん。へへ、あ、そうだ、そうだ。かおちゃんも何かPCの資格でも取れば?」。

思わず言葉は違えど次女くんと同じことを同時に言っていた。

次女くんは「あたしなんて資格や検定いっぱい持ってるけど、やりたいことやろうとすると全く役に立たないんだよ!」と言い、私が「資格が欲しいんじゃなくて、必要なことを実際出来るようになりたいんだよ。」と言った。

いずれにせよ、夫は食い物の恨みから論点をずらすことに成功した。

書くと簡単だが、この過程でつくづく気が付いた親子の性がある。しかし、長くなったのでまた今度。
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今日もこおおーーーーーーーんなに長い駄文を最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


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2016年12月25日

35年

夫の同窓会というのが二つあって、一つは高校時代一緒に遊んでいた個人的に仲が良い5人組。

18の歳から毎年集って今年35年目だと言う。

もう一つは最近になって始まった大人数の同級生なら誰でもという同窓会。

車でここら辺三つくらいの市を走っていても「ここ、○○のうち。」と言うことが多い。いったい同級生、どれだけいるんだろ。

身に覚えがある方もいらっしゃるかも知れないが、40、50を過ぎても小学校の頃から高校くらいまでの小さな何てことはない思い出を覚えていることってある。

朝礼のとき、自分がトイレに行くのを我慢していてもうダメだと思ったとき、クラスの他の子がいきなりばたっ!と倒れたとか。「まったく、〇〇のやつ。」という他愛のない話を聴いて何度笑ったことか。

そして先の夫の親しい友人の小忘年会に毎回誘われるのだけど、夫の分まで行かんでも良いだろということとスケジュール的にも無理ということで滅多に行けないが。

結婚してから長くなると、気が付けば納涼会だの新年会だの、間が空いても結構な回数お会いすることになっている。

皆年を取り、私も年を取ったのだなあと実感する。

今回も行かないつもりでいたのだけど、やはり寸前までラインが来るので立川の近所のパブへ仕事帰りに寄った次第。

このパブにも35年通っているそうで、聴いていると毎回同じ話をしているなーと思う。

このパブのマスターもママさんも初めてお会いした頃と比べて歳を重ねているものの、何だか依然としてキュートなんだよね。

頼んでいないのにいつも軽食の後にイチゴやスナックを出してくれて、結構広いのに少しでもテーブルが汚れたらさりげなく拭いてくれたり氷を絶やさなかったり。
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驚くべきは、35年もこの良い場所柄でこの規模で、お店が存在しているということだ。

夫らおっさんたちも「もういい加減どこも無くなっちゃうんだから。存在してくれて嬉しいよ、ママ。」と励ましている。いや、励ますというよりは、心から感謝していて、それが知らず知らず応援になっているのか。

思い出の場所が無くなってしまうと寂しいものね。寂しいのだけど、無くなっても仕方ないと思い知らされているところへ来てガンとして存在してくれているので凄いの。

ママにしてみれば、おっちゃんたちが10代の頃から見ているわけだから「もう、皆、偉くなっちゃって。」とわが子を見るような目で50代の男たちを観ている。何だか素敵だ。

「あと20年頑張ってよ、ママ!」

「えええ?そんなん、いい加減この世に居ないわ!」

いや、居て欲しいねえ。奇跡に近いと知りつつも存在して欲しいわ。

で、私に限っては年に1〜2回くらいしか来ないこのお店。凄く事務所と近所なのにね。カラオケを歌っている人がプロ級の人ばかり。いつ来たときもそうだった。

年齢層も高い。

若い人が居るとすれば会社の偉い人に連れて来られた坊ちゃんやお嬢ちゃんたちくらいだと思う。

きっとうちのグループ以外のテーブルの人々も長年通っている人ばかりなんだろうなあ。

そして、たまに来るこの会にもう一つの楽しみがある。それは、夫の親友のSさんの奥様に会えることだ。

若い頃のSさんを覚えている。夫共々やんちゃで凄い髪型していた。奥様にお会いできるようになったのはほんのここ数年で、何だか私は好きになってしまった。

夫とその同級生の方々が私より4つ先輩なので、奥様もだいたいそれくらいだろう。

三人のお子さんを育てあげ、今尚、綺麗にお化粧しているしおしゃれ。そりゃあ皆歳は取るとは思うんだけど、「まだ帰らない!だって、この日のために髪の毛も綺麗にして来たんだもん!かーくん!(ダンナさんのこと)一緒にあれ歌おうよ!」とはしゃいでいてすごく可愛かった。

で、外見が元ヤンですねー、姐さん!というくらいなのだけど、長く生きて、元々優しかったところに来てさらに体験を積み重ね、優しく可愛くなったーっという感じ。

私もメイク好きだけど、もっと丁寧にしている。しかもカラコン。いくつになってもおしゃれが好きで、いけいけだった空気は残っているけれどはにかみやさん。

「かおるちゃん!」と会うなり片手をあげてくれた姿が、ほろ酔い加減。姐さん、相変わらずとても可愛かった。

おなごり惜しいけど、今年はもうちょい仕事を頑張らなくてはならない。

そんなわけで退散。改札で別れを惜しむのは何年振りか。
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2016年12月24日

イヴイヴ♪

毎年一年を振り返れば、色んな依頼人さんとの素晴らしく嬉しい出会いがあるのだけれど、継続して通って下さっている依頼人さんをご拝顔出来る日に、それまでの歴史を振り返る月でもある。

進化して行ったり錬金術的な変容と遂げて来た人々。


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久々にすれ違った人が「あれ?もしかして・・・○○さん?」と言いたくなるくらい変化した方もいる。

別人ではないけれど、久々に会った人にはそれくらい激変した印象を持たれるのだな。

定期的に訪れて下さってそのプロセスをそういった意味では同じ目線で歩いて来た私でさえ、「あれ?何かに今、気が付いたよ。この顔・・・」とか「あ、変容が始まった!」という瞬間や少しづつの変化が分かるくらいなのだから。

そして今日も長き歩みを共にして来た人がいらして下さった。この年末に。

予約下さったのが3時間カウンセリングと一時間レイキ。(今月は先述したメニューが最優先だったので心理学お休み)

年末だからがっつりまとめよう、すっかり吐き出そう、そんなふうにメンテする意欲が伺い知れる。合計一時間となると大物セッションなので、こんな日はもう別の人をお受けしなくては良いのではないかと思って臨む。

でも、あっという間なんだよね、この4時間が。

最後のレイキで「うわー、スッキリした!」と言って実に濃密な時間を過ごした後の晴れ晴れ。

この方はいつもお花やらコーヒーやらケーキやらとお茶をする感覚で大事な話をして下さる。

生まれたときから色んなことと戦っていたから、格闘技をやって今もある意味闘いだね。

でも、昔とは戦い方が違うんだよね。


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それにしても、こんなに頭も心もフル回転している時期に、この人のプレゼントをいただいて、ほっこりする。

チョイスが可愛いなー。

雪だるまのケーキは中身がヨーグルトムースの味がして美味しかったし、猫型のペンケースは丁度ホームでペンケースが欲しいと思っていたところだったし。

で、このペンケースを置いて話しているとあたかも白ちゃんが一緒に聴いてくれているみたいだった



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可愛いカンカンに入ったクリーム可愛い。私、好きなんだよねー、瓶とか缶とか。

何だか一気にサンタさんが願いを叶えてくれたような。

日々の戦いや夢や、将来の話や、今年の振り返りや色んなことを話しているうちに4時間という時間さえ、あっちゅうま。

帰り際、「ああ、スッキリした、スッキリした。」と何度も言って下さる。ありがとうございましたと。

ありがたいのはこっちなんだけどね。来年もまた彼女の攻防は続くのだろう。

とても楽しみでもあり、応援する気満々。
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2016年12月23日

底知れぬ何かの運河のプロセスを楽しむ

凄く惹きつけられる劇団があって、それを知ったのは、たまたまその劇団の一員の方が訪問入浴で同じナースをやっていたからだった。海外でも公演をして来たらしい。

確かにパリとかうけるんだろうな。凄く芸術的だもの。

そして、是非来て下さいねと仰って下さってからますます行く気満々だった今年の暮れ。

しかも、再三に渡ってラインを下さってチャンスが幾つかあったのに行けなかった。

ラインにも「行くね。」とすぐに返事をしたかったのだけど、こうなることを予想していたから軽々しく言えなかったのよね。

「もし来てくれたらあそこのところにお名前書いておいてね。」と言われてから無事に名前を書き残して来たいなーと思ったのだけど、ほんと、あれもこれもは出来ないね。かなり優先順位上の方だったのに体は一つ。

いつか黙−−って観に行って、ひそかに名前を残して来よう。

いくら劇団が存在しているからと言って、それは生ものだし、その瞬間は一つしかない。彼女も一人しかいない。そう思うと本当に惜しいことをしたと思うのだけど。

今一番観たいものはそれ。

*******

昨年の夏の終わりころだったか。玉置浩二さんのライブにこれも流れで大人数で行くこととなり、その会場で見つけた印象的なポスター。あれは”人間になりたかった猫”。

そして昨年も終盤になってから「行くんでしょ?あれ。行こうね。今からチケット取るね。プレゼントしよう。」と夫が言うまで忘れていたが、それを言い出したのが確か公演する月、12月に入ってからだったような。

無理だよ。今からなんて。だって劇団四季だよ。

「え?そんなものなのか?」と言う夫には笑えたが本当に必死で電話をかけていた。

結果取れず、次に言い出したことが「そうだ。四月のチケットなら取れるそうだから、ピザの会の上級コースの皆さんをご招待しよう。」ということだった。

その理由を聴くと、「だって、皆さんあんたより凄い人ばかりなんでしょ?凄いことを達成したんでしょ?それなのにトロフィーとか勲章とかないんでしょ?」と。

いや。。。おそらくは心に一つ本物を持った人はトロフィーだの勲章だの資格だのって欲しがらないと思うのですが・・・。それに皆も忙しいし、トレーニングの会とは別に集まって貰えないか?っていうのもどうかなー?

「いちおう話してみてよ。何かしたいじゃん。だって凄いでしょ、それ。目に見えないものだって言うなら目に見えないものを贈れば大丈夫でしょ?あ、見えるか。劇だもんね。でも、ずっと残る手編みどっさりとかでもないし金品でもないし・・・、重くないだろ、失礼にならんだろ、多分。」

あまりに熱く言ってくれるのを聴いて、意外だな、分かっていたんだということと、とても嬉しい気持ちを感じた。

そして上級の皆さんに話したら本当に行けることになった。

そんなわけですれすれ12月の公演はもちろんあきらめていたのだが、何とその話をK社長さんが聴いていてひそかに「俺が何とかしてやろう。」と思ったそうだ。(いやいやいや、いいのに。)その時は出来るかどうか分からないから黙っていたそうだけど。

そして数日後に何と12月すれすれの日付のチケットを二枚取ったからプレゼントすると仰る。えええ?と驚いてお気持ちが嬉しくて、でも断固としてお代すら受け取って下さらなかった。

私、あれを二回も観れるの?嬉しすぎる。劇って同じストーリーでも観る度に違うのだもの。

そんなわけで昨年内はMさんに付き合っていただき、翌年の春には皆で四季の世界へと旅立った。

12月の公演の帰りにMさんと猫居酒屋さんに寄れたことも、春の公演では、皆で美味しいオイスターバーで色んなメニューをワイワイ言いながら食べたことも夢のように楽しかった。

当初、そのお出かけの直後にとあるカウンセラーさんが記していたブログが印象に残っている。

その方はヒプノ、前世療法に携わり始めた方で、ふと思ったそうだ。もしも来世に前世療法をやって貰ったら今日の日のことを思い出すのだろうって。

とても気持ちが分かる気がした。何だか、深い心の旅を共にして来た人々なだけに、キラキラ、キラキラしている時間だった。

それから一年後、先日はトレーニングの会の皆で行けた忘年会。いざ、猫居酒屋へ。

地元感いっぱいの佇まいを観ただけで「わー、ここ?ここ?わー。」と言ってくれる方がいて、その表情から「あ、わかるんだ。物凄く普通だけど、物凄く素敵な昭和感というか・・。私はこれ、好きだけど、人にもわかるんだ。」と思った。

そして昨日読んだブログにこれまたとあるカウンセラーさんが記していらした。”もう、何度でも反芻できる。”と。

それも分かるーー。私もこの日のことを何度でも思い出したい。

いつもトレーニングの会など勉強の世界にいる数時間でさえ、色んな楽しいこと、感動することが小刻みに起こるメンバーなのだけど、それが忘年会でしかもいつも倍近く過ごせたものだから、色んな意味で濃かったんだよね。

私もそうなのだけど、昨年も今年も皆、激動の年だった。もう幾つもの山を越え、幾つもの河を渡ったんじゃないだろうか。

そんな中で通過して行く景色を一緒に観れたこの時期を本当にありがたく思う。
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2016年12月22日

カウンセラーズトレーニングの会with猫&美味しいもの

カウンセラーズトレーニングの会の方々と忘年会。

元はと言えば秋に入ってすぐの頃、夫が「カウンセラーの方々と忘年会しないの?」と言って来たのがきっかけ。

毎月たゆみなく一緒に歩んで来た方々だから、そりゃあ一緒にご飯食べたりしたいしたまには遊びたい。

何せヘビーな心の話をしても、どんなに悲しいエピソードが出ても、爆笑を忘れない人々だもの。勉強するばかりでなくたまには遊びたいわさ。

でも、皆それぞれ家庭があったり子供や猫さんや誰かのママだったり仕事があったり。極め付け半数くらいは遠方からお越しくださるわけで。そうなると月に一度ご都合を合わせてそろうというだけでも偉業なわけで。

義務教育でもないし、誰かにやれと言われたことでもないので自分の意志で決めてコツコツ積み重ねているというところが凄い。

その目に見えない作業をして目に見えない中身を作り上げていたはずなのに、これはお約束。いつしか目に見える成果に繋がっている。

要するに通常が凄いのに、もう一日集まろうと声をかけるのは皆さん大変じゃないかなー?と思っていたのだった。

しかし、少し良いことを考えた。まだ秋だったのでおおよその予定を前倒しにして、その月に今年の振り返りなどフリートークしつつまとめていただき、11月にはワークをした。

そして12月は、いつも事務所で集っているであろうトレーニングの日に忘年会をしようかな?ということだった。

皆、何て言うかな?訊いてみようという段階だったのだけど、その話を猫居酒屋さんで夫と二人で話していたもので、Tちゃんマスターやりっちゃんママに聞こえていて「遠い人たちの帰りが心配なら、店をめっちゃ早く開いてあげるよ!」と言って下さる。「そうそう、いいわね、それ。何時?1時?2時?」と前のめりになって下さる。

いや・・・だって日曜以外の毎日下手すると朝方まで営業しているのに、そんな早くからやったら体がもたないでしょう。それではあまりに申し訳ない。

ところが「良いよ、良いよ。で、何日?」と何度も親切に言って下さるので、いちおう皆も来てくれるかどうかお伺いして来るねーとお返事をしておいた。

そして立川よりさらに遠方なのにも関わらず皆さん時間を取ってくれるとのことで、結局開催を16時にした。

さらに集まれるということがはっきりした後には「あ、そう。その日は事務所に行かなくて良いのね。じゃあさー、初めての場所だから、かおちゃん立川まで迎えに行って全員タクシーに乗せて来なよ。」と言ってくれる。

そうなんだよね。帰りが半端なく遠い人も居るからなあ。せめて行きだけでもそうできたら皆の負担が減るかなあ。

かくしてある日の15時半、立川駅を出発。そしてお店に着いた頃、まだまだ明るい時間だった。

皆がコロちゃんとその子供たちに会えると良いなーと思っていたのだけど、到着してすぐ会えた。

ゴミ収集所があるボックスの影、店の反対側に三匹揃ってまったりしていた。

しかし、目をぱっちり開けているものの、何故だか飛び出して来ない。「あれ?初めての女の人たちだにゃ?」ということで少々警戒していたのだろう。

これが数時間後には店の真ん前に何度も集って猫手を出して来たり走り回ったりするようになる。すぐに仲間を認識してくれたようで嬉しい。

到着したばかりのとき、「こんなに早くにすみません。ありがとうございます。」と挨拶したのだが、あれ?なんか、Tちゃんのテンション、低い?と思っていた。

うう、その不機嫌そうな状態のときに言いにくいのだけど、一人風邪ひきさんで病欠です。でも、お料理は用意して下さった通りで良いしお会計も当初の予定通りでお願いしますとお願いする。

その若干真顔だったわけは、昼の12時に来てこの会のためだけにしこみをしてくれたらしいのだが、15時頃到着したママに「あれがない。これがない。それも買って来てよ。」と買い出しの直後に言われ、しかもやっと昼ごはんにありつけると思った直後だったそうで、むかっとして軽く喧嘩し、しかし負けてしまうので買い出しに行ったらその途中で腹痛をおこしたのでさらにイラついていたとのこと。

皆が帰った後、私ら夫婦とTちゃんとママと四人だけで飲んでいる際に真相を聴いて大笑いした。

それに対してママさんは「ふん。あたしだって午前中からお婆ちゃんを病院に連れて行ってねー、いろーんなことやったのよ。」とすごんで見せたのだけど、どこか面白いしどこか可愛らしいのでまた爆笑してしまう。

明るいうちから始めた忘年会で、から揚げやら、滅茶苦茶大量のサラダや糠漬けや鍋や焼き鳥を皆で囲みつつ飲んでいたら、何だか不思議だなー、幸せだなーと思うのと同時に。

一人一人の歴史を思って、ますます嬉しいなあ、こんな日が来るなんて・・と思わずにはいられなかった。

お酒を飲む人がそんなに居ないし、夜が遅くならないうちに2時間くらい付き合って貰えれば・・・と思ったのに、何と気が付けば6時間ばかし経過していた。

飲む人は凄く飲むのだなあ。そして話は尽きない。

夫がサプライズで蟹を出してくれとお願いしていたようで大量のタラバも出現。

これだけの人数で食べきれないものが出て来るなんて、お店側もよくしこんでくれたなあと思う。

そして最初は早いうちからの開店という理由でお店の外の灯りをつけないでいたらしいのだが、「今日はもういいや。消しっぱなしで!あーはっはっはっ!」と言うことで10時半近くまでは皆で、そしてそれ以降は「俺も座らせて下さい。」とカウンターの中から出て来たマスター。夜中の1時を過ぎまでマスターとママと四人で飲んだ。

「ほんとに面白い人たちねー。美人さんだしねー。」と一人一人の名前を憶えてくれて、「喜んでくれていたみたいで良かったあ。」と何度も言ってくれたり、果ては政治の話で盛り上がっていたり。

また話が戻って「いくらでも居て貰いたかったけど、遠いものね・・・」と思い返してくれたり。

皆で食べたり飲んだりできるだけでも嬉しい貴重な機会だというのに、傍らに丁寧な煮物や焼き物に至るまでいたれりつくせりの会だった。

しばしば現れるコロちゃんファミリーも何かごにょごにょ言いつつ一緒に楽しんでいた。

おそらくは皆と同じく「あー、おなかいっぱい。」という状態になるまで。

今年もお疲れさまでした。とても楽しかったです。ありがとう。
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2016年12月21日

日々、試行錯誤

高齢になると、どんな丈夫な人でも身体機能が落ちて来る。

ましてや施設に入所しているほとんどの人が90歳代だとすると尚のこと。

そう、どんなに丈夫だった人でも色んな症状が出て来る。それがどこに現れるのか?というのは、もちろん個人差があって千差万別なのだけど。

手先・足先などの末端が日々浮腫んで来る方々というは非常に多い。

これにも色んな原因があるのだけど、ポンプの役目を果たしている心臓自体に力が無くなって行くので末端に送り出した水分が遠いところから心臓に戻って来れないとか、機能が低下するのと共にそういった物理的な要因もあったりして。

沈下性の浮腫なので寝ていれば背中が浮腫むし、右を下にしてねれば右腕・右足がパンパンになる。車椅子に座っている時間には、腰から下、特に足先がパンパンになる。

最近はそんな年代の方々を介護しているおうちの方々に対して分かりやすいパンフレットがあって漫画形式で図解しているものもある。

そこには「点滴をしない方が楽だったり、あまり食べなかったり水分も取り過ぎない方が負担がかからないとうケースも多いです。」とハッキリ書かれている。

点滴神話が根強い昨今だけど、やっとそんな時代が来たかと思う。

健康である介護者の人情としては点滴でも食べ物でも何でも与えたい・元気になって欲しいと思うお気持ちは分かるのだけど、それがしんどい年代というのがあるのだ。

とは言うものの、病院にいる時代からそうなのだけど、ご家族にどうしますか?とドクターが問うとそりゃあ「何もしないで良いです。」とは即答できるはずがない。

最小限の点滴や内服などで電解質が整って痛みが取れる場合もあるし、尿がでなくて苦しんでいる人にはカテーテルを入れてあげた方がもちろん楽だったりもする。

なので細かい話し合いをして個々のニーズに合った方針を決めた方が良いし、決めた後も何度も確認したり話し合って変更していくことが大事なのだと思う。

だからマニュアルはないのだけど、どうしてもどうしても人間ってマニュアルを欲しがるのよね。

そんな中、出会った頃に既にエンドステージだった入居者さんの身体状況がさらに悪化した時、病院へ行きますか?どこまでの治療や検査をしますか?という意志確認をするのだけど、とても難しくてデリケートな問題だなあと思う。

病院でない場所だとすると余計に痛感するなー。

で、やはり先の心肺機能の低下が原因で浮腫んでいる人でも、その浮腫みの原因の心肺機能の低下を生み出した原因というのが存在していて、高齢だという他にも何か他の原因がある可能性も大なわけで。

その原因の原因をどこまで検査することを望まれていますか?という話を行ったり来たり、そして迷ったりなさるする時間も必要なわけで。

そんな中、「よくわからないけれど、やっぱり病院へ行って点滴でもして貰いたい。でも、痛い検査や治療は止めて欲しい。」と言われたとする。

先述したことを往診医が説明したとしても、それでもそう仰るのなら、やはり病院へ連れて行くべきだろう。

看取りを業務に組み込んでいたとしても病院以外の場所で最後を迎えられた方は警察が入って検視にまで持ち込まれるわけで、それはやはりご家族にとってはショックなことだから。

ところが、白黒つけられない中でも「点滴して欲しい。苦痛でない治療や検査ならやって欲しい。」という唯一決定してくれた意志を掲げてご家族と共にご本人を連れて病院へ行くと、やはり病院側は困った反応をする。

ひと昔前はそういった人を迎える病院のスタッフとしてその光景を観ていたのだけど、そんなデリケートな問題に悩みに悩んで受診に来たというのに、やけにサッパリとした口調で「もうそんな歳なんだし、治療しても意味ないでしょ?点滴なんてしてもねえ。」と診断とは思えないことを言われると・・・、”いやあ、それ、あんたが決めることじゃないだろ。”とドクターに対して思うのだ。

ご家族の説明しても、高齢の人を連れて行くだけで嫌な顔をされる。

中には、診察室に入って、ドクターやナースなら一目で入院した方が良いと分かるレベルの人も居るのだけど、その姿を見るなり一番初めに訊く言葉が「この人、夜、騒いだりします?」ってのは無いだろう。

そりゃあ、確かに不穏だと病院側も困るというのは分かるけれど、少なくとも一番最初に訊くことじゃないよなあ。普通、まずは苦しい症状はないですか?だよね。

それに、ホームの方々って、そういうレベルの不穏の方はほぼ居ないの。

そんなに不安と恐怖にかられることもないしワーカーさんたちもナースも物凄く大事にしているから。

そう、それに気が付いたのも病院を離れてからのことだけど。

とにかく病院って高齢の人を嫌がるなあと思う。

手がかかるせいなのか保険など点数の加減なのか、そして不穏だと困るってのもあるのか。

で、かなりの確率で「ありがとう」と言える年代の方々が大歓迎なのよね。

そうでない病院もあるのだけど、回数を重ねるとがっかりする現状が多い。高齢の方に積極的に治療したり点滴や薬剤を使わないのだとしたら、あくまでご家族かご本人がそう言ったとき。

少なくとも安直に「あ、年寄りだ。何もしないよね?」ってマニュアルは存在しないし、今の時代では何もしないが意味するものは、本当に何もしないわけじゃない。

若いお医者さんって勘違いしている人が多いなあと思う。例え先輩医師が適切な手順と話し合いに則って同じ判断を下したのだとしても、判断した部分だけを真似しているんだよね。楽な部分だけを真似して「なーんだ、それで良いんだ。」と思ったりしてね。

「入院しても何もいいことないでしょ?」

それも医者が言うことじゃない。

ホームでは特別なケースを除いては酸素やら点滴などは出来ない。でも、病院では治せないだろうと思しき既に高齢の人は嫌だという態度を取られる。

そうするとその間にあるのは緩和ケアの病院や療養型の病院ということになる。

でも、この緩和ケアの病院が例えばこの区だと三か所ほどあるとする。それでも多い方なのだけど、どこもベッドが空かない。採算が取れないんだか何だか知らないけれど、この手の病院の方が救急より多い方が良いと思うのだが、圧倒的に少ない。

で、介護しているご家族自体が療養型も緩和ケアも嫌がることが多い。なんでなん?と思うのだけど、それは経経済的事情の場合もあれば、「ホームにいるときが一番穏やかで楽しそうだから。自宅の次に、時には自宅よりもホッとして過ごせて色んな方が心を含めて世話してくれるホームが良い。」と考えていらっしゃることが多い。

そうすると状態が悪化したときだけ病院へってことになるのだろうけど、そこでまた話し合いや意志確認。救急の際には先に病院へ連れて行って後にご家族がかけつけるとか。

本当は病院も施設も皆暖かく接したり話を聴いたり出来る状況だったら良いのに。

そうすると「忙しいんだから。」と色んな立場の人が言うだろう。でも、施設だって半端なく忙しいのよね。忙しいってことで高齢の人に礼を尽くさないという道理は通らない。

病院が冷たいわけでもない。スタッフが冷たいわけでもない。けれども優しく余裕はない過酷な体制が冷たいのだ。

でも、そんな最中、滅茶苦茶効率が良いやり方をしているクリニックに出会った。

人気のある場所なので非常に忙しいはずなのだけど、患者さん目線で考えた負担のない流れのおかげでスタッフも暖かい。

考えればちゃんと実現するのだなあということを目の前で見て感動するのと共に、考えずにただ忙しい、ああ忙しいと言っているだけの日々を送っていた時代の自分を恥じた。

一方で、冒頭であげた例のタイプの病院だと家族の方だけが受診に付き添って話を聴いて来ただけでは何だか丸目込まれたかのように悲しそうに帰って来ただけで、患者さん本人の状態もご家族の気持ちも一向によくならない。

納得って大事だよね。

それで、ご家族とナースと両方が一緒に付き添った際、先方のドクターやナースにご家族の意向を分かって欲しくて根気強く交渉している途中でご家族の方が「ありがとう。もう、いいよ。」と私の白衣の裾を掴んで泣き出した場面があった。しわしわで暖かい手。

そりゃあ今はそんなに良い時代ではないのかも知れないけれど、幾人かの子供たちを育て懸命に働いて未来を作って来てくれた手。

どうにか、どうにかと頑張ってくれて、その結果、私たちの世代がここに存在することが出来ているんじゃないかな。

もういいよじゃないよなあ・・・と思って、さらに病院側に向かって何か言おうとした際、先方の方が先に行ってくれた。「わかりました。そういうことなんですね。やっとわかりました。じゃあ、CT撮りましょう。そしてもうちょっと今の内臓の状況に合った水の管理をうちでやってみましょうか。ちょっと入院してそれをやれば今より楽になるかも知れないですよね?その後はやっぱりホームに帰りたいよね?そういう感じで良いかな?」と言って、最後の方はごご本人と家族の目を見ながら問いかけてくれた。

ご家族の方もご本人も頷いてくれた。認知症だということばかり先に取り沙汰されていたご本人の目がその時ばかりはハッキリと理解したみたいで、「うん。もうちょっと楽になったらまたホームに帰りたい。」と言う聞き取りづらいけれど、だいたいそんな意味のようなことを言ってくれた。

肺炎とか胸水とか腹水とか、どこか心臓などの不全とか。

何故に若い人だと即入院となる状況が高齢だとすんなり受け入れて貰えないのだろうか?しかも、長年この病院がかかりつけなのに・・・と思うことは思うのだけど。

きちんと話せば、分かってくれることもあるのだなと思った。

状況やら体制やらは国家レベルで個人や一団体では今すぐどうにもならないことが多いのかも知れないけれど、これ以下にならないためにも日々現状は維持しつつやらばければならないことはやり続け、もしもさらによくなる方法を見つけたら出来る限りのことをして行きたい。

*****

”良い話の後の悪い話は?”と訊かれて、ああ、なんだっけ?と思ってすぐには思い出せなかったのだけど。

医療や施設で幸せに暮らすことについての話だったことをやっと思い出した。

何ですぐに思い出せなかったのか?と言うと、それはあれから日にちが経過して、既に次の段階に進み始めていて、悪い話が全く悪い話でなくなったからだと気が付いた。
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2016年12月20日

八百万神

仕事や忘年会など気忙しくしている年末の夜。

遠く西の空から素敵なお手紙が届いて涙する。

それはたまたまカウンセリングという現場で出会った一人の友達。

でも、もしもナースをやっていなかったら、もしもある時期の職場を退職して次の職場に移っていなかったら会えない人だったかも知れない。

その新しい病院へ移ったり、引っ越ししたりする間の一か月。ウェブにページを作らなかったら。

そのホームページに掲示板を設置しなかったら。ある時からそこで日記を書き始めなかったら。

色んな出来事があり心理学を始めなかったら。

そしてカウンセラーになる道を選ばなかったら、自分の事務所を持たなかったら、臆病になって人を受け入れなかったら・・・・と、数々の分岐点。

おそらくはそれと同じくらい彼女の方にも”もしも”の歴史が存在するのだろう。

とある本を開いたら”過去を祝福する”というアフォメーションが記されていた。

そう、決して祝福できるように思えなかったことも、嫌な出来事も、すべてに感謝をしたいなあと思う。

*******

今はもう一緒に働いていないメンバーなのに忘年会で楽しく過ごすことが出来る人たち。

「今度は何やってるの?」と訊かれる度に違うことを言うと突っ込まれた。

とは言っても、10年単位で何かを続けていて、その傍らに、キャリア的にひよこな仕事や勉強を選んでいるだけなのだけど。

ざっくり言うと職種が二つ。でも、その二つは繋がっている。それを飲みの場で説明する気はないのだけど、訊いてくれるので答える。

そして、何かを続けていると、その一つ一つの狭いはずの世界の奥に想像以上に広い世界や多くの出会いがあることも。

盛り上がっている最中、心配なことが。

でも、久しぶりに会った仲間が「もう昔ほど飲めなくて。」と言うのを聴いて内心ほっとしたりして。

あの頃みたいに飲めてたらどうしようかと思ったよ。もっと飲めとか言われなくて良かった良かった。

皆ほろ酔いで近況の合間に昔話をして爆笑する。

そんな楽しいひとときではあるものの、休みなしの狭間だったので疲れた。でも、本当に楽しかった。

********

一通の手紙。

もしも、もしもあなたと一緒に働いていたら。

そんなふうにもしもがいくらでも出て来るのだけど。

本当はもしかしたら、そのすべてのもしもを取り外しても、きっとどこかで会っていた気がする。

日々を丁寧に重ねる敬愛すべき人。

色んな体験をしてきっと優しく熟成されてますます素敵になって行く人。

今はゆっくりして欲しい。

来年は私もゆっくりレターセットでも選びに行きたいな。

誠実で美しい文字だった。

”手紙って、手で書く、手から生まれた神様って意味なんだよ。ほら、すべてのものには神様が宿るって聞いたことあるだろう?手神。”

昔そういった患者さんが居たな。可愛いお婆ちゃんだった。

クリスマスという行事が生まれる宗教も素敵だけれど、”メリークリスマス”って言葉も素敵だけれど、一年中この国の八百万神(やおろずのかみ)にも挨拶したい。感謝したい。

一年中毎日、ありがとうと。
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2016年12月19日

気が済むまで の自由

人間関係というのは一人では築けない。全て相手や周囲があってこそ発生する。

そして人はそういった交流によるキャッチボールなしでは生きていけない。どんなに素晴らしい人でも一人の頭には決まった癖や法則があり、同じところをグルグルと回るばかりだから。

けれども、いくら大勢の人々のキャッチボールのボールを求めても求めても、受け止めなければ一人のときと同じ。もしくは一人のときよりも事態が悪くなるかも知れない。

そんな法則を知っているせいか余計に焦ってストロークを求めるのかも知れない。あるいは求めるか与えるしかないと思っている。

そんな人々は”みんな”が好き。

例え一人の対象とのキャッチボールを自分の気分でおろそかにしても他の誰かがいると思っているから。

もしくは、永遠に自分に何かをくれる誰かを探している。

でも、あまりに大勢の人がそれをやっているとしたら、その誰かってのは永遠に存在しない。

一つのコミュニティのメンバーが尽きて他のコミュニティを探したり、もっと小さな規模だと絶対的に依存できる誰かをふらふらと探して歩いたり。あるいは自分の思い通りにならない対象におかど違いな怒りを膨らませたり。

それをあたかも何か努力して敗れたかのように思って悲劇のヒロインになっている。

下手するとそれは生涯続く。50になっても60になっても70になっても「職場に尊敬できる人がいない。目指したい人がいない。」とか「誰も私をわかってくれない。」と言い続けることになる。

自分自身は他者を尊敬しようとも自分の中に尊敬できる部分を見いだせないし、誰のこともわかろうとしない。いくつになっても。

その人々は愛することをさぼり過ぎた。

自称真面目だという人も、愛することに関してだらしない。依存関係から来る一時的な安心と愛情とを勘違いしたまま大人になれない。

自分を大切にできないから他人の真似をして演じ続けている。人に見せるための人生を。

心理学的に言ってもペルソナ(仮面)という概念は必要だと言われるけれど、せめて私は自分の好きなことをそんなことのために使いたくないなーと思う。

それを続けていると常にどう思われるか?どう見られているか?の狭間で、本当に自分が好きなことが分からなくなるからだ。喜びのない人生になる。

それに気が付いた人たちが、後味の悪い交流のゲームやサバイバルを手放すのだけど、よく耳にするのが「なんだか寂しいなあ。」ということ。

そりゃあそうなんだよね。後味が悪いけれど、ゲームという戦争の変な興奮で隙間を埋めて来たのだから。

他人と自分とを引き比べて来た人は、そんな気がない人にも勝手なライバル意識を持つし、勝手に自分が優れているところを探して安心したり見下したり。

でも、そういうのはもう幼過ぎて付き合い切れないなあと思う人は「ああ、どうぞどうぞ。」と関わりをそらす。後で何と言われようとそこに費やす時間とエネルギーと後に残った馬鹿馬鹿しさを知っているから。

それでも、人は自由に自分の人生を構成出来るので、耐えられないほど寂しいのだと勘違いしたのなら、いくらでも同じことをして確認することが出来る。

争ったり支配したり、依存相手に口やかましく言われて「ああ、私が依存するから言われる隙を作っているんだ。」と気が付いても、また寂しいと思って依存して結果を再確認したり。
まあ、時間には限りがあってそうしているうちに歳をとるわけだけど。

もっとも支配的な人は依存的でもあり、依存的な人は支配的でもあるのでどっちもどっちなのだけど。

何が一番寂しいことなのか?ということが分かる頃。それは、自分だけでなく他者もまた怖がったり傷ついたり、でも勇気を出したりして一生懸命生きているのだと知る時代なのだろう。

誰かの人生も自分の人生も等しく大切でかけがえのないものだと本当の意味で感じられる覚醒の時代だろう。

汚れたフィルターが取れた後の世界の美しさ。人の面白さ。

その前の段階でいくつも勘違いをするけれど。

例えば、依存しないということは人に頼らないということだと思う勘違いや、依存しないということは人の話を聴かないことだという勘違いとか。

そんなふうな色んなプロセスを経て人は学んで行くのだけど、あくまでそれは進もう、成長しようと思った人の話だった。

権威を探して依存しようとする人、権威になって人を支配しようとする依存。結局極端な依存傾向になる人の特徴ってのは、自分を面倒臭がるところ。

しかも、自分ですら面倒くさいと思う自分を誰かに「どうにかしてよ。」というメッセージを送り続けるところかも知れない。

肝心の自分が面倒臭いと思うなら他人はもっと面倒臭いよね。誰だって色んなことを乗り越えて一生懸命生きているのだから。

不思議なことって、カウンセリングって、そういう真の怠け者には続けられないように出来ている。何せ基本は自分との付き合いだから。
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2016年12月18日

良い話と悪い話

良い話と悪い話。

どこかが具合悪いとか検診しなければならないという場面が来ると、いつも自分の病院で診て貰っていた。

検診など沢山の項目がある検査でも、勤務中に「今、レントゲンが空いているってよー。」とか「あ、心電図室ですけど、今すいていますよー。」と呼んでくれたので短時間に終わるし仕事に穴を開けなくても済む。

ただし具合悪くてもなかなか休めないけどね。何せ行く先が病院なのだから。

そんなわけで改めて外から病院にかかるという経験が乏しい人生を中年(晩年か?)に至るまで送って来た私がホームに勤めることによって色んな病院の色んな科に入居者さんを連れて行くことになった。

こうして外から訪問してみると、「うわあ、そういうことになっているのか。」ということが多い。

夏の始まりから派遣で来ていた施設なので自宅から遠い地域と言えど、この辺りの大きな病院三つ知ることとなり、その他皮膚科だの整形外科だのと言ったクリニックや診療所にも何度か入居者さんを連れて行った。

後者のクリニックは大抵個人が営んでいるところなせいか、おおよそ感じが良い。ざっくり言うと連れて行った入居者さんに優しいのよね。しかも、腕を痛めたからと腕のレントゲンを取ったら、ついでに写った胸部についてもよく診てコメントをくれたりする。整形外科という骨のお医者さんにも関わらずだ。

それに対してお礼を言うと、「いやあ、だってこの方は昔からうちに通ってくれていた人だもの。ね?○○さん。しばらく会わない間にお互いずいぶん歳を取ったねー!はっはっはっー!」と優しい笑顔で話しかけてくれる。

こちらは初診だと思っていても地域密着型の医院だと実はかかりつけだったなんてこともある。とても大切に扱ってくれるの。

一方大きな病院へ行くと大抵現代医療の問題点が見える。

まあ、自分も数か所の病院に勤めていたからすごく事情は分かるのだけど。

とある病院に行った際、点滴をしつつレントゲンを撮らなければならない高齢の女性に「動かないで!」と怒鳴っている技師さんがいた。

思わずドアに耳をつけて中の様子を聴いてしまう。大丈夫かよ?!いったい何されてんだ、何言われてんだ?と思うのだ。←どこかで廊下で、レントゲンの冷たい扉に耳をピッタリとくっつけている般若顔のナースが居たら、それは私です。

技師さんもあたりまえに物凄く忙しいだろうしイラつくのは分かる。そして私は人んちに勤めて、しかも他所の病院へ出向いているだけのよそ者。ホームの顔もあるし、先方が忙しくて急いでいるのも分かる。

なのであからさまに怒れない。じゃあ、何もしないかというとそうではなくて。

CTに移動した際、ストレッチャーから検査台に移る際、そのスタッフさんと私と二人で患者さんを抱えなければならなかったときのこと。

とてもガタイの良い柔道でもやっていそうな中年男性の技師さんだったのだが、点滴を高齢の女性に突き付けて「これ、持ってて!」と大きな声を出した。

具合が悪いし、認知症もあるので彼女は何のことだか分からないので戸惑う。そして、ビクッ!とした。

「早く手ぇ出して。持っててってば。」

いやいや、そういう咄嗟のことに反応させようとしても無理だから。しかもこちら都合の急な要求。

思わずその点滴をぐいっと取り上げて、「○○子さん、大丈夫よ。怖くないよ。ごめんなさいね。でも、大丈夫だよ。」と優しく言ったあと、点滴を手にしたまま、おりゃあ!と○○子さんを抱え上げて台に移した。

彼女は途端に笑っていた。

なんか、遊園地のアトラクションみたいだったんだろうね。無邪気な笑顔だった。

気まずい顔をしていらした技師さんだったが、その後は怒鳴らないでいて下さった。

一回行ったくらいじゃ他所の看護師の顔など覚えていないだろうけど、その次に別の方を連れて行った際のこと。

最初から予約票というのを貰っていて、行先が順番に書いてある日だった。それによると、”CT→外来→カテーテル交換”ということだったので、受付を済ませた後、例の技師さんにCTを撮って貰った後、外来に伝票を出したら中からナースさんが出て来て、「先にレントゲンを撮って来て下さる?」と言う。

え?CTだけじゃなくてX線の方もですか?

「そうです。」

検査室は地下にある上に、一人でストレッチャーを移動しなければならないし、患者さんご本人も寝ているとは言え疲れやすので正直「わー、しんどいな、それ。せっかくあがって来たのに。。。」と思ったが従う他ない。

レントゲンとCT、隣同士の部屋で技師さんは同じなんだからいっぺんに撮って欲しかったなあ。それに予約票にも書いておいて欲しかったなあ。あと、両方撮るのだとしたら何故技師さんも気が付かなかったのだろう?・・・ぶつぶつぶつ・・・←しつこいようだけど、ここは他所んちで、どこからこの人を預かって来たか?というと、やっぱりまた他所の看板である私なので、すべて独白の中に収めて口には出さず。

そして先ほどの技師さんに再びご対面しこう言われたので今度は単純(レントゲン)撮って下さいとお願いする。

返って来たのは「はい。」という地獄の底から聞こえて来るような低い声だったよ。

すると、今度もやはり私じゃなくて患者さんに「さっきも撮ったじゃん。何でまた来たの。」と言う。この日の別の患者さんもびくっ!としていた。声がでかいんだよね。

出た!ということで、思わず間に割って入って、”あ、こっち、こっちに言って!”と立ちはだかった。

そしてさっき撮ったのはCTで次は単純撮って来て言ったのはナースさんなので一階の整形に電話して確認して貰えますか?

無言でその場を立ち去ったかと思うと、凄い剣幕で電話している声が聞えた。
そして再び戻って来て一発目に言うことには「やっぱり勘違いしているみたいだよ!(あんた)」という一言。

思わずその怒鳴り声を聞いて、うかつにも反射が働いてしまった。

言われて0.5秒くらいの速さで「誰の?!」と怒鳴り返してしまった。「誰の勘違いだと仰っているんですか?」。

「え・・・・えーと。整形の看護婦。」

うん、そうなんですね。この病院の整形の看護師さんが勘違いをしてんですね。じゃあ、この人も私も何か言われる理由ないよね。

謝ろうとしたのか何だか知らないが、先方が歩み寄ろうとした。

そうそう、忙しいときや余裕のないときほど人間の本質って現れる。

怒り顔から数秒で幼子な顔になって「ああ、あのう・・・」と肩をすくめて何か言う変貌ぶりは今までいろんな人間を前にしてみて来た。

力が無い人、弱い人、文句を言わない人、自分を怖がってくれる人を前にすると高圧的だけど、そうじゃないと分かるや否や、姿勢が低くなるタイプ。

踵を返してストレッチャーを運び、上に戻ったのだが、たまたまその軽めの戦争を病院ナースが観ていたらしくて「あの人、悪い人ではないんですよ。」と言うのが、私もきっとそうだなと思う。

急いでるし、余裕がないわけで、悪い人ってなかなか居ない。でも、そういう問題じゃないのよね。

怒鳴って言っても、優しく言っても、仕事が速くなるとか遅くなるとか、そんなに差があるのでしょうか?急いでいるのならななおさらのこと、そんな言い方で効率があがりますか?所要時間が変わりますか?

ところが、この技師のおじさん、その次、久しぶりに行ったら別人のように優しくなっていた。

お年寄りへの話しかけ方とか、しかも検査が終わった後、一緒のストレッチャーを持って1階まで上がるのを手伝って下さった。

撮影後にストレッチャーを引っ張って立ち去ろうとした後、妙に軽いんで振り返ると思い切り姿勢を低くして反対側を押してくれていたのだ。

あ、いいですよ。ありがとうございます。

「いえいえ、僕も一階へ行く用事がありますんで。」

あー、何か通じたらしい。連れて行った方が優しくされるようになって嬉しいなあ。

*****

一方、同病院の外来も天手古舞なご様子。

何せそこは処置室と救急外来が兼任だったりする。

そりゃ忙しいだろうなーと思う。

そしてやはり最初の頃は「はい、寝てー。足、開いて。あー、この人のやつ見えないなー。」とか言って時間をかけていたのだけど、股関節の手術した既往がある人に対しての扱いじゃない。

それ以前に人間の扱いでもないかも。

しかし、そこでも、早ければ良いという現場至上主義で結構、乱暴にあつかっていたので〇さん、〇さんーと声をかける。

大丈夫ですよ。怖くないですよ。そーーっとゆっくり自分から関節を開いてね〜。

全員手が止まっていた。

何か憑き物でも落ちたかのように、次の瞬間から「か、かわいい。〇子さんって言うんだ〜。」

「ほんとだー。つぶらな瞳なさってるー。」

「上品なお婆ちゃんねー。」と口々に仰る。

人間だと思い出してくれた感あり。(再三言っておくけどスタッフに罪がないのは分かっている。忙しいのは分かるけれど、落ち着けばこんな普通のことを思い出すというだけ。)

そうこうしていうちに月日は流れ、今はこの病院自体がみーんな親切になった。

さらにそのうち、うちの入居者さんが廊下で待っているだけで、ナースさんたちが通りすがりに『〇子さん!お久しぶりーー!』と声をかけたりする。「本当にごめんね。お待たせしちゃって。今皆頑張っているからね。もうすぐ順番来るからね。」

途端ににこーーっとするお顔を見て、さらにスタッフが無条件に「きゃー、いい笑顔!」と走り去って行く。

とても愛されている。

要するに受診もぼーーっとしていては付き添えませんってこと。

こちら側が入居者さんをどう扱っているか?というのを観て、一つの病院の色んな立場の人が皆、私が大事にしている様を観て「あ!そうか!」という顔をして思い出してくれる。同じく〇〇さんー!と言って懐いてくれる。

そう、この人たちは皆愛されるべき存在、大事にされるべき存在。偉大だけど人として可愛らしく人としてユニークな我々日本の大先輩の群れなのだ。

特に何もやっていないのだけど、必然的に「この人、大事な人だから。」と理解が浸透しているような。

*********

”ああ、これが良い話か、悪い話もあったな、うんうん。。”

と思われたかも知れない。

しかし、これは良くなったので良い話。

でも、悪い話は今日はもう書きたくないから、おやすみ。

今日もありがとう。
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2016年12月17日

お誕生日

先日は猫居酒屋さんのママのお誕生日だった。

その日の仕事が難航して、どろどろに疲れていたけれどおめでとうとお祝いして帰りたいという気持ちで暖簾をくぐる。

と言いつつ2時間ほど飲んで帰ったのだけど。

同じく忙しいけれど、ちょっとだけというお客様も多かったらしく、「ちょっとおめでとうだけでも。」とか「自分の会社の忘年会、中抜けして来た!」と言う人もいたし、中にはマスクをして店先で「風邪ひいちゃったから入れないんだけど、せめてこれだけでも。」と花束を渡して帰る人もいた。IMG_1257.JPG


いやあ、それにしても凄いお花だった。

まだ宵の口だったので私たちが帰った後、さらに増えたんだろうなあ。めでたい、めでたい。

しかし、この花やプレゼント数、芸能人か。(笑)

この日のりっちゃんの笑顔は仏ビーム!だった。

おめでとう、りっちゃん。

IMG_1267.JPG

*********

どうでも良いのだけど私たちも焼き鳥や鍋や刺身やなんやかんやといっぱい食べてハッピーな日だった。

特に鍋は美味しい。仕上げはやっぱり最後の雑炊。

この鍋、しばらく置いていて冷えると煮凝り状態になる。プルプルなのね。IMG_1251.JPG

そう言えばオーストラリアのNっちゃんが2月に来るという話を少し前にした際、「そうか、そうか。じゃあ、うちの四周年記念兼日本酒の会の日付をずらしましょう!」と言ってくれた。

予定通りだとまだNっちゃんが日本に来ていないかも知れないので・・・と当初の予定より2週間もずらして開催して下さるというじゃないですか。

ねもっちゃんからも良いお返事がもらえたので、今から楽しみにしている。
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2016年12月16日

真剣なほどに後でおかしい

病院以外の施設というものをあまり知らなかった。

病院という場所でナースをやった後、訪問入浴をしてみて初めて退院後の方々がどうしていらっしゃるのか?というのを知った7年間。

そして、その最中で初めておうちでご家族を介護しているご家族の方々や、そのケアマネージャー、その他さまざまな地域の連携の様子を知った。

話に聴くのと実際に会って触れ合ってみるのとでは大違いだなーと思った。そして今年は有料老人ホームや特養のホームを知った。

これにもビックリ。訪問入浴の頃、シルバーマンションや有料のホームにお邪魔してお風呂に入れたりして幾つかの施設の雰囲気に触れたものの、実際に働いてみるとこれまたビックリすることばかり。

良いなーと思うところも問題点も沢山見えた。

けれども、どこの病院だろうがホームだろうが、どんな施設でもそれぞれのポジションで皆頑張っているのだなあ・・・ということを身に染みて感じた。

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病院も忙しいところだけれど、ホームもまたしかり。

ロッカーがある一階に降りた帰り際、歩いている自分のことを「よれよれだな、私。」と思っていたら、向こうからもっとよれよれの人が歩いて来る。

非常にキレッキレッの相談員の方で長年ここに勤めていらっしゃる方。働いたーーーって顔。ママ・・・、ますます痩せたのでは?

何も言っていないのに互いに姿を観てブッ!と吹き出してしまいつつ「お疲れさま〜」と言うのだが、ほんとに笑いがとまらない。

職種が違っても鬼忙しかったってのが分かるしどんなに頑張ったのかというのが分かるから。

それをねぎらいつつ通り過ぎると、今度は私が歩いている左手の方から「わあああ!何やってんだ!私!」という叫び声がした。

その奥に何らかのお部屋があるのだけど、私は使ったことがない。その部屋の解放されたドアの前で例の事務員の女性が絶叫していたのだ。

何も誰かに聞かせようとしたわけではない。純粋に自分にビックリしたのだと思う。

それも何となくわかる気がするから立ち止まって笑いをこらえて見つめていると、何も言っていないのに矢継ぎ早に訴えかけて来てくれた。

「もうさあ!見てよ!これ!見るからにドア、開いてんじゃん!ドア全開じゃん!それなのに私、わざわざ施錠の暗証番号押したんだよ!」

既にドアが開いているってのもビックリだけど、その開いているドアをさらに開けようとしてロックを解除しようとして暗証番号を打ち込むという自分の行動にビックリしたのね。

私、この彼女の帰れる間際の最終の仕事を何度か見て来たので知っている。

その部屋のゴミとか色々運んで裏口出て倉庫に移動させているんだよね。

あそこがゴミ収集場と思うんだけど、結構重いし、微妙に距離があるのでいつも台車とセットでその部屋にやって来ていたはずだが。

あれー、台車もリヤカーも何も持っていないなー。もしかして運んだあとなのかな?と思いきや、今度は彼女は「うわあああ!」と再び叫ぶ。

今度は何?

「台車持って来んの忘れた!あんな大きなものを!私、終わってんじゃん!」

爆笑しながら『わかる、わかる、わかるよ、それ。もう疲れ切ってるんだよ。一日中気をはって働いて、疲れて、もうヘロヘロなときってそうなるのよね。』

もう、皆、早く帰ろう!

いやあ、しかし、このクィーン・オブ・ザ事務。どうやら怖いと言われているらしい彼女。

この時、凄ーく可愛かった。
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2016年12月15日

A cup of tea

昨日、Aちゃんが「これどこそこの〇〇コーヒーです。」と言ってコーヒーをおみやげに下さった。

あ、聴いたことある。ネットで見たのかな?何だか頑固そうで美味しそうなメーカーさん。

「そうですよー。」と言って、そのコーヒーが作られる設備の話とか位置関係とかを簡単に聴かせて下さったのだけど、応えて大笑いしながら、「わー!変態ーー!」と叫んでしまう。

*この界隈で言う変態とは専門家のことであり、しかも、専門科の中でも好きなことに半端ないこだわりを持って取り組んでいる人のことを言う。

良いことでもあるのだけど、昨今は大量生産のステレオタイプ、人間も口にするものも大量生産のいい子ちゃん、とにかく不特定多数の人に売れないとダメだって考えのもとに作られたり育てられたリしたものが多くなっていたり。

それに比例して自分が何何だか分からないけれどとにかくその場その場で適応して好かれなければ!って言うのも、自分が無いという立派なパーソナリティ障害だよなーと感じる。

なので、時々プロがこだわって生み出したものとか、プロであるその人自身にあると凄く面白くて貴重な存在だなーと思う。

実は丁度出勤途中でブルーマウンテンブレンドを買っていた。たまには本当に美味しいコーヒーを飲みたいし飲んで貰いたいなーと思って。

そこに来てAちゃんがこのエピソードと共に○○コーヒーを下さったものだから、思わずブルーマウンテンを奥に押し込める。←美味しいものから先に食べる飲む。美味しいものから先に食べて貰いたい、飲んで貰いたいタイプ。

ブルーマウンテンは良い豆だとは思うけどいかんせん遠くで作られているのでどんなに保存や運送技術が優れていても多分私たちは口にするときは本来の風味の何分の一かに落ちているだろう。

そう言えば昔、最寄り駅にハイマウンテンが置いてある茶店があって、あれは美味しかったなあ。そう、カフェではなくて、まさに喫茶店ーーって感じの良い店だった。あそこも素晴らしい変態空間だったわ。

ハイマウンテンというのは、そこのマスター曰くブルーマウンテンよりさらに標高が高いところで作られた品種らしいのだけど、何故だかいつも取れたてでしかも熟成された味がしていた。

〇〇コーヒーのそれの封を切ってみると、半端なく良い香りがした。わー!変態ー!良い出来ー。さすが日本も凄い。(日本の一部のメーカーがね。)

丁度そこへMさんが出て来たので「見てー、嗅いでー!Aちゃんが下さったの。凄い変態だから!」と半ば無理やり突きつける。

「わー、ほんとだー!」

かくして、その後コアな話題に終始してはいたものの、淹れたてのコーヒーが良い空間を手伝ってくれたのだった。

これを育てたり加工したり運んだり市場に出したりする人々って凄いなー。

良い香りを味、知らない人の人生を年末にいただいてとても嬉しい一日だった。

でも、あ!その後来てくれたBちゃんにも出してあげれば良かったのに!と後から気づいた。

今度飲んで貰おう。

皆で飲むとまたひと際美味しいから。

そう言えば、以前”a cup of tea”というワークを皆でやったなあ。

あれからまたさらに月日が経って、また冬が来た。寒いけれど暖かい冬、一杯のコーヒーを飲んでいる。
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2016年12月14日

大切な日々

「先生んところに来て長いけれど、こんな早い時間帯は初めてー。」と言うのを聴いて気づく。

ああ、ほんとだ。お昼前だから世間では朝とは言えないのだけど私にとっての一枠目の時間。

こんなに長く沢山のことを分かち合って来たのに、ほんとだ、初めてだ。なんか新鮮。

「おはようございますじゃないですよね。」

いや、この時間に来る方々は普段早朝から働いている人でもおはようございますって仰るよ。そう、昔と違って皆さん一枠目だと理解して下さっている。

昔は朝も夜も受けていたのだけど、さすがにへとへとになり、朝寄りにするか、それとも夜寄りに考えた末の中間型を取った。

考えてみれば夜は夜で晩御飯作りたいし一旦ゆっくりしたい。そんで夜中にまたメールカウンセリングとか書いたりするわけだけど。

とにかく最長でも8時間に調整し始めた。

そうすると面白いことが分かるのよね。11時がお好きな人々、13時がお好きな人々、ご自宅からの距離とかお仕事の都合もあるのだけどグループが出来て来るのよね。

そして一番人気は14時と15時。案外「えー、早朝はダメになったの?」とか言う方は居なかった。

それはともかく、そんなふうに生活リズムによって比較的無理のない時間を調整して下さっているのに今月はこんなことになっちゃって。誰のせい?はい、私です。すみません。

ヒプノトレーニングの会、初めての11時開催。

でも、とても有意義なセッションになるエピソードを持って来て下さった。

それ以前にお顔が見れて嬉しい方々。しかも、この後の時間、Bちゃんがヒプノの講座にいらして下さった。

単純に会えて嬉しい。しかも会うだけでも嬉しいのに物凄く充実した学びを私にまでもたらして貰えて。

疲れないと言えばウソになる。こちらの仕事も脳をぶんぶん振り回すような作業だから。

でも、面白い。

いつもいつもではないと分かっているものの、仕事なのに好きな人と好きな話が出来るって幸せだなと思う。

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今日はチキンカレー。野菜もそうだけど手羽先が骨がはずれるほど煮込む。コラーゲン鍋のカレー味バージョンのような。

今日も冷えましたね。皆さん、お疲れさまでした。ありがとう。
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2016年12月13日

テストというより日常に

心理学というよりは人間学に近いのかなと思いつつ取り組んでいる心理学。

ある方の質問を聴いて思い出した。

「テストないんですか?」

そう、無いんです。

ただ最近何で学校のお勉強にはテストが必要なのか?というのが分かって来た。

世の中にはテストをしないと何かを覚えない。学ばない。もしくはその時間を無駄にするタイプの人がいる。私もおおいにその傾向があるんだろう。ただ、それは自分がやりたいと思っていない勉強に関してだけど。

強いられたことだからテストや資格やら紙面のことが必要になって来るという面もあるのだろう。

でも、テスト勉強で得たことってすぐに忘れるので両者は大違い。

テストというゴールのために力を費やす人はいつも目先のことで焦っていたり、下手すると、ベクトルが自分の内側に向かない。

何やら無意識の目的に向いちゃっている。

一方、心理学は学んでみて使ってみて、しかも、何かを暗記して出来るような勉強でもないということ。(少なくともうちの場合は。)

そんなに大変なことではないのだけど自分で考えたり人の言葉に耳を傾けたりする、たったそれだけのコツがある。

逆に言うと無駄に辛くする必要はない。

少しづつ吸収したり要らないものを外したり。

ただそれだけのことなのだけど、考え込むとか思い込みを持つ作業とは違って、ほんの少し自分で考える。

誰かのせいとか世の中せいとか、そんなことが要らなくなって来るせいか、普通に学ぶと多くの人が何か行動を起こしている。

転職とか何かしらの大きな決断をほとんど自然に成して自分が生きたい人生に軌道修正しているし、人間関係が変わったという方も居る。

そして何が正直なのか素直なのかもわからない時代を終えて、気負わず普通に喜怒哀楽を感じ、普通に心の話が出来るようになられている。

そんな傾向を観ていて思う。ああ、やっぱり友達ってこういうときに出来るのだなあと。

人の心も人生も決して紙面に収まるものではない。

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2016年12月12日

変わるものと変わらないもの

赤ちゃんの頃は皆似たり寄ったり。(親の欲目を除いて客観的に見るとすればだけど。)

そして幼少期にもほとんど同じ。

そりゃあ、その子によって発達が遅いとか早いとか勝手な大人の判断によってレッテルを貼られたりもするが、長い人生の比率から見れば、これまたほとんど同じ。

でも、段々生き方とか考え方によって人生に個人差が出て来て、価値観や成長度合いの開きが大きくなる。

それが中年になるとかなりハッキリしてくるものだから齢90代の群れともなれば歴然。同じ生き物だとは思えないくらい。

車椅子になろうが半身麻痺になろうが、残存機能を大事に使って食べるとかトイレへ行くとか、基本的な日常生活は出来るわ、果ては装具に至るまで自分で着脱出来たり。

逆に身体機能は問題なくて自分で何でも出来るのだけど、依存的過ぎたり。

どちらも体の不自由さや痛みの強さに耐えながら生きていることには変わりない。

それを思うと老いも若きも同じ状況だなと思う。既に早くから縮図が出来ていて、変わりたければ早くから取り組んでいたかどうか?ってことが問われるのが人生かも。

そんなホームでのナースの日、「ねえねえ、今日は手に薬塗らなくて良いの?」と自らやって来る人あり。

梗塞の後遺症で言葉が凄く聞き取り辛かったのだけど、もう慣れてしまったので何を仰っているのか分かるようになった。

あ!今行こうと思っていたの。ありがとう!来てくれて!とかがみ込んで包帯をほどいていると「ねえねえ。」と話しかけて来られるので「なあに?」と訊き返す。

「いつ会えなくなるの?いつ頃他のところへ行っちゃうの?」

これ、認知症のあるなしに関わらず良く訊かれるんだよね。

ナースは皆同じ格好しているのに、その中に派遣ナースが存在していて、しかも定期的に入れ替わっているってのがよく分かるなーと最初は不思議に思ったが。

「夏からずっと来てくれてるね。忘れた頃に会えるね。」と言われるとかなり詳しく分かっていらっしゃるということが分かる。

答えて「他にも色々仕事があるけど、ここにも当分来るよ。思っているよりずっと長く来ると思うよ。よろしくお願いします。」と言うと「・・・・。」と沈黙した後、「ああ!そうか!ここの看護婦さんになってくれたのか♪」と嬉しそうな顔をしてくれるので、色んな意味で凄く意外に思うのだけど、その驚きと同じくらい嬉しくなる。

また来るね。出来ることを出来るだけやりに来るね。ケアさせていただきつつ学べるなんて仕事って本当に素晴らしい。

*******

出会って二日もしない夏のある日のことだった。人生でもナース歴でも大先輩のAさんがまだ何も教えてくれていないのに「あれやって。これもやって。何やってるの!」といきなり切れた。

なので、ここでのやり方を教えて下さい。それはどこにあるんですか、どう処理するんですか?と訊くと人殺しの目になって「どこだって一緒でしょ?もう!派遣なんて教えたってどうせいなくなるんだから!派遣なんて、さっさっと仕事覚えてやることやっちゃって!」とさらに切れられた。

いやいや、物の置き場所もやり方も業務も一日の流れもその場所その場所で違うから教えられないと覚えられないってば。と言った後、隣の部屋へ行き、洗い場のシンクに濡れたタオルを思い切り投げつけた。この野郎!という気持ちで。←あの、ほら、人に向かってやるわけには行かないので。

それで深呼吸して戻って来て、今度は冷静になって自力で考えつつ仕事をしていたら気を付けてモノを言ってくれるようになった。そうだよね。凄い音したもんね。ごめんね。

それからもその先輩は他の私に対しても他の派遣さんに対してもしばしば「なんじゃ、それ?」と思うような言動を取ったが、しばらくすると自分でコントロールして反省している様子が見てとれた。

居なくなって行く派遣さんにはとても良いナースで若くて元気な人が居たのだけど、皆「いやあ、ここは無理。あの大御所さんお二人、きっついわ。」と居なくなって行く。でも、別れの日には「ほんとにありがとうございました。またいつか一緒に仕事したいです。あ、それと、飲みに行きたいんです。」と皆さん仰って下さった。

介護職の方も入れ替わって行った。たった数か月だったけれど、長く居た人から新しい人まで困難さを感じて去って行かれた。そして中には訪問入浴で出会ったヘルパーさんたちと等しく「決めました。私、ナースになりたいです。」と言い残して行く人も居た。

「何だか見ていたら私もそうなりたい!と思うようになりました。」とか「絶望していたんだけど、やっぱりナースになる!」と言う人が多くて、おそらくこれは、私がやっているんだから自分にもできるだろうと思われているのではないかと思う。(笑)

元々自分がしていることを難しく高等なことのように人に見せる人種を不思議に思っていたし、簡単なことを複雑にするのが嫌いな性質だってこともあった。

噛み砕いて説明してお願いすると介護の方々は賢さを発揮してとても親切に説明してくれるし、逆にたくさん質問してくたり、入居者様のことを詳しく話した上で「どうしたらいいでしょうか?」と相談もして来てくれることが多くなった。
それを聴くことで、さらにこちらも勉強させて貰えた。ここの人たちのことを。

そしてほんの数か月の月日が流れて、自分が基本的なことを一つ一つ固めて行くだけで、周りが色んな意味で変わって来た。

でも、先の先輩が敬語で話しかけて来られるようになったのには困った。例えば些細な話題でも、「朝は何時に家を出て来られるのですか?」とか、その喋り方、やーめーてー!お願いだから最初に戻って。最初を貫いてや。

経管栄養とか吸引とか掃除とか、細々とした下働きが好きなのに「あ、いいです!それは私がやって来ますので!」と先輩が二人とも言うようになって、やりにくい。

ついこの間まで「受診に連れて行って来い!」的な勢いだったのに「え?いいんですか?行っていただけるのですか?」ってのもやめて欲しいわ・・・。片方の言葉が上品な先輩の方はともかく、べらんめえのAさんが気を使い始めちゃったら、もはやそれはAさんらしくないのよね。

そう、せっかくAさんの思い切りの良さや個性が好きになって来たのに。

また私がむかついて濡れタオルをビシーーっ!と投げてしまうくらいのAさんに戻って欲しい。・・・・。無理か。

でも、つまりは最初の態度をつらぬいて欲しいということ。どっちにしても、やってしまったこと、言ってしまったことは取り消せないのだから凛としてて欲しいわ。←おまえもな。

そこまではハッキリ言わなかったけれど、若干それに近いことを表現したところ、「ああ。無理ですよ。」と言われたので自分でも「え?」と目が大きくなるのが分かった。ど、どして?何で無理?

「いや、あの頃は他の派遣さんと一緒にしちゃってごめんね。」

いえ、他の派遣さんと一緒でしたけど。むしろ、劣っていたと思いますが。

「違うのよ。あんまり言い訳したくないんだけど。ほとほと疲れていたのよ。それにちゃんと教えてさしあげられなくてごめんなさい。もう、私も派遣さんと二人きりにされてしまうことが多くて、どうやって教える暇を作るんだよ!って上に頭に来てたのよ。とにかく他の人と一緒にしてすみませんでした。」

人というのは不思議なもので、気を使った方が良いと思われるデリケートな人ではなく、私のように水に流してやることやる派の人間に気を使ってしまうことが多いようだ。

でも、やっぱり相手によって言動を変えすぎるのは困るなあ。

そんなことしなくても百戦錬磨の凄く出来るナースさんで、凄く面白くて優しい人なのに。

同様に、もうお一方の先輩もごめんねごめんねと仰りつつ仕事している昨今。ああ、何かが変わってしまったが、それは私が個人的に嫌なことに過ぎない。

とにかく古くからの情報を教えて貰いやすくなったので、この機に素直に教えを乞い、入居者様たちに還元しよう。

*****

ロッカーで事務の経理やら色んなことを担当していらっしゃる女性が「歓迎会、いつやるのかな?待ってるんだけどなー。」と話しかけて来られた。

私の歓迎会?いやー、そういうの嫌なんですわ。

「えー。なんで?そうかー。じゃあ、ごはんくらい食べに行きましょうよ。」

ごはん、いいですねー。

「良かった!じゃ、ごはん食べに行こう、ごはん!やった!私、お酒はあんまり飲めないんだよね。」

・・・・・。あんまり・・・・?その口ぶりだと飲める人がよくそういう言い方をするって法則を思い出しますね。飲めるんでしょ?

「やだなー、皆にそう言われるのよ。私さ、怖いって言われてばかりなのよ。ねえ、最初の印象、怖かった。」

とんでもない。最初の最初、ごくごく初期から、そして今も全く態度が変わらなくて、一貫して優しいですよ。ええ、ずっと一貫して親切。

だって、今でも覚えている。彼女の方から挨拶と自己紹介をしてくれたんだった。

「あ、ほんと?私ね。それ、自分が好きな人にだけなの。なんで初対面で好きってわかるかって?だって、だいたい第一印象で分かるじゃん。」

それは年の功では?と言うと爆笑なさっていた。

どの部署も職種は違えど鬼忙しいのには変わりない。

そして色んな人間を迎えたり見送っていることには変わりないだろう。

そんな中で一回目で相手を見極めるって、そういうこと出来る人って、あたかもちょっとプロがやっている飲み屋のママとかマスターくらいなもんですよ。

すぐに見極めて入店を断っちゃうくらいだからね。ぴしゃりと閉めちゃう。

そう言うとまた爆笑しつつ「ああ、店と私の心は同じだわ。」と高らかに笑っていらっしゃった。

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そんで、今日はビックリしたわ。

夫からのラインが来ていたので帰り際に読んでみたら、ホームの前に迎えに来ているとのこと。

ひええええ!と驚くのは、ここがあまりに遠いところだからだった。

とうとうこんなところまで来るようになったか。

しかし、なんだかんだ言って精根尽き果てているので、ありがたく助手席に倒れ込み爆睡する帰途だった。

今夜はキムチ鍋。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | 看護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする