2017年01月31日

時間がない月の始まり

二月はいつもの月より時間が少ない。

予定が出たものの、既に決まっているものを除くとあとわずか。

現時点で空いているとこを少ないながらもまたアップしておきますね。

よろしくお願いします。

******

相方ナースさんが退職する少し前に介護の女性から飲みに行こうというお誘いがあった。

介護課の人一名とまた別の課の女性と相方ナースさんと四人で荻窪にてしばし飲む。

相方さんはわずか二日ばかりだけど少々のんびりしているようだ。良かった、良かった。

それは良いのだけど、ああ、なるでど、やっぱりなあと思ったことが一つ。

私、プライベートでまで愚痴のみの時間を持ちたくないのだなあということ。

相方ナースさんは、わずか三か月なれど、ずいぶん濃い時間を二人一番近い場所で過ごしたのでそんな私のことを知っている。

なので、介護の人ほど熱く不満と批判を語らなかった。

ああしなければならない、こうしなければならない。上が悪い。利用者様の生活習慣や嗜好を何とかしなければならない・・・etc。

相方さんと話しながらもそんな口上が延々耳に入って来る。

それについてはただ黙って聴いていたのだけど、ある瞬間「ですよね?あれは行けないですよね?」と利用者様のとある習慣についてこちらの目を見て言われたときのこと。

うーん。でも、ずっとあそこに住んでいて彼らの家のようなものだとしたらどうなんだろね?私たちは家に帰れるけどね。と期待はずれであっただろうことを答える私。「かと言って職員がボロボロに擦り切れるのも違うと思うんでどうして行くか?だよね。」と若干フォローを付け加えて。

反論されるかと思いきや「そうですよね。」と同意されるのでずっこける。

「いつ辞めるの?」と訊かれれば「看護をしてから。」と答える。「まだ自分の思う看護をしていないから。」と。

色々聴いていたのだけど、やはり私は自分の中に目的意識を持っている人の話が好き。

この状況の中でどこまでが自分の目的か?というのが無ければ、自分にベクトルが向かなければ人や状況を批判して終わりの人生になってしまうから。

そういうのって退屈なんだよね。利用者様は人間だからどんな人が関わってくれたら楽しいか?というのを感じているだろう。

それと看護はまた別ものなのだけど、大切な要素の一つのような気がしてならない。

******

相方さんとストーンの話になった。仕事以外の話は時々していたものの、石の話は初めて。

彼女がラピスラズリが好きだというのを聴いてなるほどなーと思う。そして、もしかしたら?と思ったら、オーラソーマのバスデーボトルが同じく1番だった。

なんかどこかが被っているとも思えたし、相容れないなー、そこは面白いなーと感じていたのだけど、互いに独特だったのか。

ことなかれ主義の人や本心を言えない人とっては面倒臭い人が二人も一か所に居たわけだ。

真の意味で面倒臭い方の私が残ったわけだけど、お互いそれぞれの場所で頑張ろう。

いつまでもどこかであなたのままでいて欲しい。
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2017年01月30日

別れの日

ホームでの相方ナースとの最後の日。

よく笑った。

そして帰り際に二人でウルウルした。

とは言うものの、あさって一緒に飲む約束がある。

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色々あった末でも最終的に仲間になった人との別れは、若干ブルーなのだけど、そうも言ってはいられない。

通常通り満身創痍働くのだけれど。

一つ下のフロアの介護さんは、「尾崎さん、尾崎さん。誰それさんのお尻の褥瘡看ます?」「あの人の傷、看ます?」としょっちゅう声をかけてくれる。

今のネックは仕事が多すぎて詰所から出られないこと。

ああ、リーダーは悲しい。もう一つの役割のナースさんはベッドサイドに沢山いけているというのに。ってか行ける状況でも行かない人あり。

病院と違って皆臥床しているわけではないし、かと言って体がすんなり動くわけではなくそれなりに不自由なので、寝かせるとか起こすというのが双方大変。

しかし、この喧噪の最中でも誰のどこがどうなっているか?とか、今横になっていますよそとかまめに報告してくれたりすると非常にとっかかりやすい。

ありがたくてありがたくて、その感謝の中また一つ一つ分かることが増えて来た。
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2017年01月29日

触らないけれど看る

先日、電話カウンセリングで長年苦しい思いをしている人の自己改革のお話しをまた聴く。

例えば環境だったり気質だったり症候群などで日常生活に制限をかけられている人も、傍目には健康だったり丈夫と言えるレベルの人でも、その人なりのやり方というものがある。

例えば精神科にかかられている人で、もしかしたら内服治療無しのメンタルトレーニングである程度まで寛解するという場合でも、その人なりの減薬の仕方というものがある。

医師やカウンセラーの方だけが一方的にやる気になってもその人にとっては多大なるストレスということが多々ある。

そこに持ち込まれる正論というのは、非常に怖いものだなと思う。ご本人は不安で不安で仕方がない。

人間なのでプロから見ると間違っているようにしか見えないパターンなのかも知れないが、もっともっとよく訊いてみると、間違ってはいないんだよな、これが。

ただ、自分なりの均衡を保ちながら成長して行きたいという切なる願いがそこにあるわけで。

これは病を持っているとされている人に限ったことじゃない。

どんな人間でもプロという名の元にああしろこうしろと詰め寄られたら、その自由が阻害されたら、自分で努力して来たことが無になるような気がするだろう。生きているという実感も希薄になるに違いない。

そのエピソードは、とても胸が痛いものだった。

正論は無くてはならない。医学も科学も物理も全部なければならない。

ただ、そこに心理が欠けていたら、どれもがただの暴力になる。

それを身に染みて感じているので、心理学を学んで以降、何かを無理に刺激するということは無いのだけれど、あら、不思議。

例えばライトなワークで終わらせようとしたって、皆、自ら沢山のことを感じ取って想像以上に深く感じ深く学んでいらっしゃっている。

これって言うのは、要するに人と人との間には何も支配する必要性もなければ、強要する理由もない。

それなのに、親や兄弟姉妹は、よくよく体裁の良い脅しで無意識に相手を自分の思い通りにしたがってしまうのかも知れない。

それは病名はつかないものの、あきらかに病気だよなと思う。そりゃもう病名がつく病気よりやっかいな病気だ。

そんなことを言っていたらこの社会のあらゆる企業や体制に病気が蔓延しているってことになるのだけど、あまり深刻なことでもない。

何故ならどの業界にも必ず耳が開いた人が居る。耳が開いた人の言葉は必ず人の心に響くから。

そんな言葉を発声する頃には既にもうその人は行動に移しているのだけど。

*****

ホームに出勤するとよく見かける介護の可愛い子がいる。

まあ、みーんな可愛いんだけど、こういう女の子が介護の現場に居るって良いなあと思う。若いって素敵。でも、決して若いだけじゃない。

で、ある日、その子が遠くを歩いているのを見かけた際、あれ?姿勢が変だな。骨盤レベルで辛そうだなと思った。

それからしばらくして「腰痛いっすか?」と訊くと「今は大丈夫なんですけど、時々ひどいです。」と言う。

足の長さが違うせいで右か左にずれているのかな?と思いきや、前後にも傾斜している。

ハードな仕事なのは重々承知しているのだけど、まだ若い人だもんね。この先大丈夫かな?

整形外科にかかって何にもすることがなかったら整体とかでも改善するんじゃないかな?でも、遠いもんね、私の地域。

「どこですか?」と訊かれたので、いやあ、遠いよ・・・と場所を言うと、彼女ったら私よりずっとずっと遠くから通っていらした。「教えて下さいよ。その整体行きたいです。」

あ、まじで?

なんて話をしていたらホームの理学療法士の方がいじらない方が良い!と何度も仰る。「腹筋をすれば良い。だってそれに慣れて来て今までそうして来たんだから。腹筋。だから、腹筋をね。」

仰ることはよく分かる。でも、腹筋はしないよなあ。仕事だけでへとへとだろうな。

でも、それ以上は薦めないでいた。ええ、なんとなく雰囲気的に。

本人は「教えて下さい!」と仰ってはいたのだが。

さらにそれからしばらくして、エレベーターの中でお会いした日にやっぱり辛そうだ。

あんな遠くから通っていてこの仕事しているんだもんね。

整体は止めた方が良いとか腹筋やりなさいとか言われていたけれど、リラクゼーションならどうだろ?

すると「行きたいです!(T_T)昨日からまた痛いです。」とのこと。

そうそう。でも、どこにでもは行けないのよね。恐ろしいもんね。

押し付けになっちゃうと思って、あの日から何も言わなかったのだけど、よくよく考えてみたら本人は行きたいと言っていて、さらにさらに、よくよく考えてみたら、「行くな。腹筋をすれば良い。」というのも一つの強要かも知れないと悟った。

「どこですか?教えて下さい。」

あ、ほんと?でも、ここも決して近くはないよ。

「え?そこ?それなら立川まで出ればすぐじゃないですか。行きたいです。」

この職場であちらの方を近場だと言う人は初めてだなあ。

メルアドや電話番号やパンフレットを持っていないから、この次にでも・・・と思ったのだけど、「ネットは?ネットとかで観れないですか?」と言われて「あ!そか!」と思った。職場のPCは何故だか医療用語や病名とか近隣の病院ばかり検索するのみに使っていた。盲点だわ。

かくしてページをヒットさせると、その後ご自身の携帯で一生懸命調べていらした。

良かった、良かった。← 丸投げかい。だって、専門外なんだもの。その手のプロで一番信頼できる人に任せるしかないじゃない。本人もうつむいて一緒懸命携帯で調べて治そうとしていることだし。

君の笑顔がいつまでもいつまでも続きますように。
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2017年01月28日

休日

困ったもので、少なくとも多くの介護施設や訪問系の仕事での人々を見る限り、看護に所属する人々よりも介護に所属している人々に好きな人が多い。

もちろん、看護の中に特別好きな人や尊敬する人もいたり介護の中にも好きじゃない人もいるのだけど比率で見てみると圧倒的にそうなってしまう。

一番の理由は、たゆみない優しさ故だろう。

利用者さんや患者さんの一番近くにいて、しかも、たゆみなく安定して、しかも楽しそうにお世話を続けているところ。

たゆみないって凄いことだと思う。

一番近くにいる人が一番個人個人の特徴を知っているし、いつもと何かが違うときに気が付いてくれる。

なので、きれいごとを言っていちゃもんをつける人の気が知れない。

何もしないで綺麗ごとを言っている人だから当然失敗すらないもんね。何もやらないで口だけ動かしていれば失敗も成功もあり得ない。

常に敬語で接しなさいということもよく言われているけれど、何分彼らや彼女らは長い長い付き合いをしている。その人その人に応じた接し方というものがあるのになあ。

とてもじゃないけれど、そういったことですら、真近に居ない人間には分からないものなのだろう。

一人一人のスタッフを観る度に到底介護ロボットなんてものには無理だなあと思う。

**********

今年に入って初めてのお休み。しかも、カウンセリングの件数が少なめの翌日がお休みだった。

疲れは取れていないのだけど、嬉しくて嬉しくて。

夫は年に一回の企業の大会で浜松町への出張故、一人の夜。

ふらっと今年初の一人飲み。

静かーーな店でとても良かった。

そして悲しいニュースとおめでたいニュースを聴けた。まあ、ほんとに色々と変化するものだなと思いつつ、それだけお付き合いが長くなって来たのだなと実感。

暖かい一人鍋と日本酒が美味しかった。

大きくなった子にゃんこたちにも会えた。

ちょっとご飯を食べに行くだけと思っていたのに気が付いたら夜中の1時。ほんと、ここに来るとこうなってしまうんだわ。

じゃあ、帰ります。ごちそうさまでした。と言うと「何で帰るの?」と言うので笑ってしまう。あたかもまだ8時9時くらいみたいな言い方で。

仕事、山ほど残しているのだけど、ちょっとのんびり出来た。未だストレスは抜け切れていないのだけど。

適度に休んだら、やはりやり切るしかないのだなと思う。

そうか、そうか。私のストレス解消法の一番上位はやり切ること。ということになるらしい。

今、下の娘が転職活動をし始めているのだけど、ことごとく恋愛に関しても仕事に関しても自分と同じことを言うので怖いっす。

「それで良いんか?ストレスたまらないか?」と別の個体だと心配になるのだけど、応えて「大丈夫。あたしはいつもおやすみ三秒。寝て忘れるから。」と。

なるほど。じゃあ、そのやっかいな気質を支えられるな。

「自分は自分でしかないからねー。」

出た。また、同じようなことを言っている。

でも、仕方ないね、これ。結局自分の好きな方法だから。
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2017年01月27日

湯船と夜の部屋と

なんて言って落ち込んでいた昨日、風呂に入らなければと思ったら、また次女くんとタイミングが同じ。

多少元気なときならどちらかが先に入っていても割り込んで二人で入るのだけど、いちおう親であるからして。

そのまま立ち去ろうとしてみたものの、この時間を逃すと寝落ちしてしまいそうだったので、少しドアを開ける。

すると湯船で読書している次女くんを観た。

まあ、何だか親と似たような類の本を読んでいるものだなとビックリしつつ「ありゃ、ごめんね。読書中だったのね。」とドアを閉めかけると「あ!全然良いよ。入りなよ。」と言ってくれる。

あれ?いいの?悪いね。

でも、君は本当に一人になりたいときにはそんなふうに気を使わないので安心して甘えられる。

すると、二人で入っている湯船で寒いというのと落ち込んでいるという話を聴いて、まあ、つくづく似ているものだとビックリ&感心する。

「冬季うつ病って知ってる?」と言われても笑ってしまう。

でも、君の良いところは、そういう話をしてもよくよく相手を笑わせてしまうところなんだよなあ。本人は全然狙っていないのだろうけど。

その日は決してもう笑えないと思っていたのに、結局、人間関係の話、体調の話、仕事の話を聴きながら真っ赤になるまで爆笑していた。

*****

翌日の夜、大きな大きな袋を二つほど抱えて来て「服の整理をしている。」のだという娘。

と言うよりも「着れる服を選んであげる。」と言いつつもおさがりをくれつつ、人生相談的な時間。

服なんぞくれなくとも話してくれるだけで嬉しいのだけど。

おまけに娘の友達の話まで聴いて試着しながら笑い転げる時間。

最後にはやはり仕事の話になる。

それを聴いていると、まあ、見事に同じようなことを言う。

娘には自分がどういう考えか?なんて語ったことすらなかったのに、自分が普段考えているようなことを宣うので、本当にビックリしてしまう。

人一人が生きているだけで何かのモデルになってしまうのか、それとも生まれつきの気質が元々そうで、ソウルメイトみたいなものなのか。

しまいには「もっと気楽に考えなよ。」と互いに双方の真面目さを笑い飛ばす。

分かって貰えること以上に分かることが出来る今が嬉しい。
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2017年01月26日

冬の嵐

単に寒さと疲れでまいっているってのもあるのだけど、それだけでも落ち込む日がある。

状況はいつもと変わらないというのに、極端に被害妄想的になってしまったりとか。

あとは、どうしてこうなんだろう、ああでないんだろう?と多くの人のことを絶望的に思ったり。

元気があるときだったら何でもないことのように交わしたり、据え置きにして次のチャンスを狙ってみたりするのに、何だか自分が滑稽に思えて仕方がない日がある。

そういうときはあまりどうにかしようとはしない。落ち込みに任せよう。

でもって、気温が下がっているとこうなるってのも分かっているので大事に過ごそうっと。

*********

ご病気で長年半身麻痺を患っていて、なかなか思うようにトイレをすますことすらできない方がいる。

どこにでもいるといえばいるし、そういう方々も沢山看て来たのだけど、こんな日は心が痛い。

通りかかると「ちょっと!ちょっと来て!これがね!これがね!」と大声で呼ぶ。

他の人の処置をしていて手が離せないのでちょっと待って下さいねと言っても必死で呼び続ける。

入って間もない頃。通りかかってトイレ介助をしたことがあるのだけど、要求がはっきりしなくてわかりにくい上に怒鳴り散らすもので、皆人間だから嫌になってしまうというのも分かる。

そしてリハビリの理論上、自分で出来ることは自分でやって貰って残存機能を活用して貰うことの大切さも分かる。

同じ症状でもその人の気質やモノ言いによって喜んで介助して貰える人と「もう。。。」と思われる人が居る。

これは驚くべきことだなあと思う。だって、ほとんどあの人とこの人の状況は同じなのに。

でも、何だか悲しいのだ。

「これやって。お願い。見て、これ、ほら。」

足場のじゅうたんがめくれあがっていたり、いつぞやはテーブルが壊れていたり、ちょっと疲れちゃってトイレで自分で下着をあげられなかったり。

それをせっせっと直していると「自分で出来ることはやらないと。」と立場的にそういうであろう人がその方に注意をして、その後私に「あのね、あの人はね・・・」と道すがら説明をする。

でも、分かっているんだよね。その気質も、自立心の必要性も。

でも、本当にへとへとなときって、時々ちょっとだけサポートしてもありだと思う。

それが許されない理論だけの世界だとご本人はつらいばかりだよな。

しかも、「自分でやらないと」という言葉が別の意味に使われることもある。

やりたくないからって時もあるんじゃないかしら?ええ、あるでしょう。

ただ、やっぱり人間だからいつも優しくすることは不可能。ただそれを病んでいる人のせいだけにしないで欲しい。

幸せ以上に幸せな胸ときめく瞬間が沢山ある時代もある。でも、ちょっとした優しさだけで今日を生きていける、そんな時代もある。

出来ることならば、自分の得になる相手だけに手を貸す人間になりたくないし、誰かが観ているからと言って人に親切にするような人間になりたくない。

そりゃ寒いせいもあるのだろう。こんなに悲しく思ってしまうのは。

けれども、こんな日に、こんな状況や環境の中で物凄く明るく介護している人がいた。元気よく、元気よく。

どうしてそんなに元気よく?どうして折れないの?

あなたを悪く言う人も沢山知っているけれど、あなたのことを注意したり悪く言っている人々は誰一人あなたのように出来ない。

そして私は自分がふがいない。ひさしぶりにぶれた。

それでも、こんな日すら継続のプロセス。1ページに過ぎない。

へこんだり休んだりしつつ、またやり直す作業って、砂場の山のてっぺんをポンポンと叩いてつぶす作業。

また大きく強くなるために、ポンポンとへこんでいよう。

って思っているうちに少し元気になって来た。理不尽なことに普通にイラっとできるようになって来たあたりが。

そして誰でも一生懸命なんだよな。耳を澄まして行こう。
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2017年01月25日

あらゆる年代の愛すべき人々

今年は年頭に電話カウンセリングでコンタクトがとれたカウンセラーさんと二回目のセッション。

ヒプノセラピスト養成講座のみの予定だったのだけど、長くゆっくりと話す。

と言うのも、主婦にとって、というか嫁という立場のものにとって、年を越すというのはある意味登山のようなもので。

通常の日々の流れの何倍もの出来事が起こり、おそらくは多くの人が「うわあああ!」となる。

何せ違う文化、違い過ぎる価値観の他人の中に入って暮らしているわけですから。

仮にかなり仲良く付き合っていても色々とあるだろう。

多分ずっと年若い頃からそうなのだろうけど、お年頃になると体調にも変化が出るので、また違った感じ方をしたり気が付いたりで、それはそれで試練だったりする。

でも、話を聴いていて思うに、「は?」と思えるところに自分があり、漸く元の自分に戻れる時代がやって来たのだとも思える。

多くの苦労人の方々に出会うのだけど、それでは過去苦労した人だけが辛いのかと言うと、そうでもなく、比較的トラウマなく育った人だと余計にしんどく感じるらしい。

なので、この年代で体調の変化を迎えている人々に共通して言えることは、段々楽になっていますよーということ。

いや、さすがに身体の方は今から突然丈夫になるということはないだろうし、ホルモンバランスの影響であちらこちらにガタが来る。

それだからこそ余計に生活の中で自分がプレミアムに思う大切な時間や人間を選ばざる得なくなるのだろう。

その代り、ウィスキーやワインと一緒で40年もの、50年物になっていく人生や心。昔は感じられなかった成分を感じ取れるようになるかも知れない。

「もうここがダメですわ。」という話題で共感する度に思う。もしも痛みも老いも感じないままだったら、それはそれで怖い人間になるのだろうなと。

とは言え、お互い無理なこと言わないで自分の心や体、やりたいことややりたくないこと、その他諸々について忠実になって大事に大事にして行こう。

それでも不具合は出るのだろうけど、それは仕方がないじゃん。

一つ思うのはメソメソ不調を訴える人が人っこ一人居ないということ。

皆、どこか笑って「ああ、しんどい。」と体の変化をシェアしている。

******

ホームでは一緒に過ごせる時間が残り少なくなって来た相方ナースがちょいちょい耳打ちして来て笑わせてくれる。

「・・・。今日、(あの人)ずいぶん荒れていますね。それにしても交わすの上手いですね。」

いや、これも、体力配分の関係。まじでかまっていられないし真に受けていられないんだわ。

仕事中はとことん仕事をするよって。

しかし、朝から大御所様が介護の男の子一人に会う度にいちゃもんつけている。そして彼は彼でめっちゃ言い返している。

介護の子の気持ちもわかるのよ。降りかかる火の粉は払うわな、そりゃ。

そして、多分だけど私や相方に対するうっぷんをあちらにぶつけている。

彼の他にも「それはこっちのセリフですよ。」と言い返している介護の人をよく観るけれど、若いって素晴らしいことだなあと思う。

若い頃って一生懸命全身で反応していたなあ。

でもプロになると、先が見えていて、一日のナースとしてこれだけの仕事をしなければならないと分かってしまうと。そのエネルギーを利用者様や患者様のために使いたくて、くだらない理屈はスルーしちゃうんだよね。良いのやら悪いのやら。

とにかくそういうのは暇なときに。

と思っていたら、順調に進んでこちらも手が空いたので「さっき、何か言いかけてませんでした?」と向き直ると「いえ!何も!」と居なくなってしまい、数分後にまた介護の人に何か言っている。

そしてまた彼の言い返す声が聞こえる。

ナースって(普通のナースならばだけど)耳が良いものだから、頭が痛くなっているのって私だけじゃないんじゃないかな?と思っていたら、案の定、相方ナースが「もう、うるさいっす。」と耳打ちして来たので笑ってしまう。やっぱり、そうか。

この環境に私を残して去るのは心配でしょう?と言うと、爆笑なさり「尾崎さんもすぐに辞めましょうよ。辞めるでしょ?」と言うのでまた笑う。

おそらくは人生背景やプロセスによって、ここに勤めているということに対しての目的が違うので私はもう少し頑張るんだな、これが。

傷の処置をするためにスイッチを消したセンサーマットだったが、処置が終わったのでまたオンにすると大御所様がドカドカ踏んでいるのでナースコールが鳴って介護の女の子が飛んで来た。

「もう!○○さん!」と再びしばかれていた。「あらあら、ごめんなさい!」

「あー!もう!だから踏まないでくださいってば!」

笑ってしまう。どちらも可愛くて。自分もそうだけど、真剣な場面ほどコントみたいになるのよね。

でも、あんまり時間が無い。お願い。○○さん。そのマットから離れて。

介護からピッチで呼ばれて帰って来る度に「もう!何であの子たちは私を呼ばないの?いやみね!あなた、友達なの?」と仰るのだけど、それもおかしい。誰も友達ではないし、誰も仲良くはない。今のところは。

いちゃもんにはいちゃもんが返って来るし、八つ当たりしても良い弱気ものと思い込んでいる古いカースト概念があるから、言い返されたりしばかれたりし、コールして報告して貰えなかったりしているだけなのだけど。

それを今直接言葉にしても入って行かなない。小さなことを何度か表現したのだけど、それすら聞く耳を持たなかったのだから。

でも、まだちょっと時間があるの。

ゆっくり行ってみよう。

ダメだったら仕方がない。

仕方がないってのはやってみてから使う言葉だから。

***

帰りのロッカーでよく一緒に着替えている相方ちゃんが「あーあ、なんか、憂鬱ですよね。」とため息をつく。

私、そんなに憂鬱じゃないんだよな。一生懸命やるけれど仕事との距離感もある。

憂鬱ってのは、仕事?ここ?それとも世の中。

「全部ですよ。年齢的にも先が見えているじゃないですか。」

いや、そうでもないよ。

先なんか、誰にも読めないもんだよ。あなたは頭が良い人だけど、自分の頭の中以上のことが起こるのが人生。

それと同時に、頭の中の筋書き通りに生きようとするのが人の無意識。

両者は常に葛藤している。

メルアドと電話番号を交換した。

何でも、ここの職場の人、誰も知らないというのだ、まじか、履歴書とかはどうしたんだ?

「本部は知っているでしょうけど。お願いだから、そのメモをどこかに置いて行かないでくださいね。」

それを聴いてまた爆笑。誰にも知られたくないのね。ほんとにもう嫌なんだろうな。気持ちわかるよ。

多分私なんぞは年齢の差及び目的別による猶予が多少長いというだけで、そのうちそんな気持ちになるときも来るかも知れないね。

それでも、ゆっくり歩きながら彼女が自転車に乗る寸前まで話していて、彼女がとある介護の男の子に対しての見方や感じ方に少し変えてくれたのを感じた。

そう、皆色々な事情と背景がある。

とりあえずは今日の日はお疲れさまでした。
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2017年01月24日

ハートごと愛する

毎月格闘技好きの女子がおみやげに下さるお花。

私のように格闘技を観るのが好き止まりではなく本格的に格闘技やっていらっしゃる方ね。IMG_1312.JPG




でも、お花のセレクトがとても女の子らしい。

女という強みはもしかしたら格闘技にも有効なのかもと思う。

そしてこれまた毎月のように胸キュンなお花を持って来て下さるBちゃんのおみやげ。

今回はできあがったブーケではなくてご自身でチョイスしてくれたようなことを仰っていたような。

もちろんできあがっているブーケも完璧なのだけどその手で一本一本合わせていただけたなんて感激。もう春がそこまで来ているのね。


IMG_1311.JPG
で、なんか、おみやげの話ばかりしているけれど、中国のおみやげを頂いた。向こうではポピュラーなお菓子らしいのだけど、とても可愛い。味も素朴で美味しかった。IMG_1309.JPG


ちょっと見たら小さな缶詰のように見えるけれど、ちっちゃくて可愛い。イチゴと比べてもこんなにちっちゃい。なんだか日本の昭和初期の感じもする。そして、素敵な国だなあと思う。IMG_1308.JPG


中国で。。。ポッキーと読むのだろうか。百奇。。。IMG_1310.JPG

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今日はカウンセラーズトレーニングの会と、ヒプノセラピスト養成講座を連続で施行。

うち、お二方があけましておめでとうだった!今年も大分色んな人と会えて来たなあ。

同日だったこともヒントだったのだけど、午前からスタートしたカウンセラーズのトレーニングの方で体調の話題が出たときのこと。

気軽に出来るヒプノのワークをやった。

ベースはカウンセリングなので、構えることなく、しかも短時間で体験していただける。

そのワークではたぎった脈が落ち着いて来る効果がある。

とかく忙しい人々で、しかもこの厳寒の時期でもあるので、お年頃だと血圧があがったり時には軽いパニックで心臓がバクバクいうこともあるかも知れない。

向き合っていただいて交代で相手にこのワークを施していただいた。

難しく考えることはないし、やり方もきちきちっとやる必要もない。

このわずか3分たらずのワークで脈拍がゆったりとして来るのだけど、例えば過去の例だと、脈拍が平均10拍くらいは遅くなる。

つまりは一分間に84回くらいの脈拍数の方なら一分間に74回くらいになるはず。

うまく行きますかね?でも、お二人は信頼関係があるので効果てきめんだろう。忙しくて緊張している筋肉が少しでもゆるめば良いなーと言うことでスタートしたところ。。。

お一人目の脈拍数を測定していただいた途端「え??何?まじで?」というくらい減っている。

そんな私の反応を観てか、「わたし、(脈を)ひろい損ねたかな?」と仰ったのだけど、「いやいやいや、、、うん、あり得るかも知れない。こんなんは初めてだけど、理論上あり得る。」と思い直す。

そして役割を交代して貰ってお二人目の脈拍測定でも「おっつ!またこんなに下がるかな。数分足らずのワークで!徐脈になっちゃったやん!」とビックリしたのだけど、お二方とも爆笑しておられる。

徐脈になったお方も「うん。でも、良い感じです。凄く良い感じ。」と落ち着いた顔で笑っていらっしゃるではないか。

これじゃあ、全身麻酔中の脈だよ。

でも、心配ない。気忙しい日常に戻るとまたたぎって来る。たぎっている時間が長いとまた大変なのでこの一人でも出来るワークをやって貰えれば良いというのが一つ。

もう一つは、徐脈にまで減らせるほどのセルフコントロールが出来る人なので、脈拍数をあげることはもっと簡単に出来てしまうだろう。

つくづく人間って凄いなあと思う。もっと細かく言えば概要をさらっと説明しただけで今まで見たことのない効果を発揮するお二方の信頼関係とか素直さとかが凄すぎる。

「先生も自分にやって下さいね。」

・・・・・・・。はい。

今日は長くなりましたのでまた今度。
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2017年01月23日

いらん闘いに参戦しない

2週連続で回診日のリーダーだった。どうしたことか。

サブの方が大変だし、そのややこしい作業や書類の処理の仕方などをうっすら覚えかけた頃だったのに。

あと、メインに据えておきながら大御所ナースさんがドクターと私のやり取りに間が空く度に慌てて口をはさんで来る。心配性なのですね。ありがとうございます。

でも、どこの間も、先生が考える大切な間だったのよ。

そしてちょっと前まではこの回診の中心ナースの仕事がもう一人の大御所さんの仕事で、今横にいらっしゃるナースさんは「私にもよくわかんないのよ。」と仰っていた。

このよくわかんないと仰っている方のナースさんは主に回診の準備を綿密にする役割だったらしい。

ところが私が覚え始めたら、一緒に横でメモを取ったり積極的に必要なコピーを取って来たり未知の部分だったことを覚えるようになられた。

丁度学び始めた私が居たので一緒にそば耳を立てていたりしてこの機会に一緒に覚えて行こうとしていらっしゃる意気込みも感じられる。

多分良いことなのだと思うのだけど、何だかぐちゃぐちゃになるときが多々あり。

身体に入っているチューブの交換の介助の際も介助している私の介助で「まだそれは使わないってば。」というものを出して来る。

「ここの書類の処理の仕方や準備の仕方を教えていただけるとありがたいです。でも、外科的処置とか内科的な処置なら大丈夫ですから。」と結構ハッキリ言っていたのだけど、結構大切な場面でテンポが違うタイミングで手が出て来るのでとうとう「大丈夫だってば。」と強く言ってしまった。

何を慌てているのだろう?と思いきや、その後色々話していてやっと分かって来た。

今まで教えて来なかった責任を感じていらっしゃるのが一因で一生懸命手伝おうとしている。もう一つは、自分の役割が無くなりそうだという危機感から人と人の間に介入して来ているのだなということ。

でもそれをすると余計にドクターの眉間にしわが寄るし、一番新しい最近の相方ナースは、頭が良い人なのでシーン・・と微動だにせず少し困っているようなあきれているような。多分私と同じことを感じているか、もしくはそれ以上なのだろう。

そしてそんな場面ばかりでなく、普通に笑って会話している際「ああ、もうストレスが溜まって食べてばかり!」と仰っていた。

相方が「お昼はそんなに食べないじゃないですか。いったいいつ食べてるんですか?」と訊くと「家に帰ってからよ。もう食パン一斤とかムシャムシャ食べちゃう。何もつけないで!」

その場に三人しかいないもので私の「どしたらいいんだろ。」というつぶやきがしっかり聞こえてしまう。

ええ、色んな意味でどしたらいいんだろ?と思ってしまうわけよ。仕事の妨げマックスになることはやっぱり言わなければならないし、気持ちに対する感謝はあるし。

私の発言だの表情ってのが何故だか真剣に言っていても誰かを笑わせてしまうことがあるのだけど、この時も相方がブブッ!と吹き出した。

そして大御所ナースさんが「あなたじゃないのよ。あなたが原因じゃないのよ。この企業のやり方よ。」とぶんぶん手を横にふるのだけど。

いやいや、私も絶対一因でしょうよ。

でも、思うに。一つ言えることは悩みやストレスって自分で作ってしまっていることが多々あるということ。

普通にしているだけで良いのだけど、何か違った意識を頑張り過ぎることで滞ってしまう。

なので、多分何かを克服するときと言うのは、バタバタ動くばかりじゃないのだろう。

やらなくても良いこと、主に恐怖から来る奇異な言動を引き算することなのだろう。

とは言うものの、人生の大先輩にそんなことは言わない。もちろん頼まれてもいないし。ここはカウンセリングの現場でもないし、カウンセリングだってああすると良い、こうすると良いとか相手を変える作業なんてやらない。

ところが、時間が空くとご自身から深い話に代えて核心の話題や質問をふってこられる。

ここは、相手に届くタイミング。

だからなるべく伝わるように言ってみる。

そうするとゆっくり10話したことの1くらいは届く。

そして私も自分のよろしくないところが大いに見える。

たった一つの仕事を終えるための目的を同じにしてチームでやって行くためには、時には自分の目的が違った方向にそれてしまっているということがあるのだと話し合うこと。

回診もナースの仕事も利用者様やら患者さんとのやり取りも、決してちっぽけなプライドやつまらないサバイバルのために使うものじゃないから。

細々したところは色々あるものの、大きく構えてやって行こう。
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2017年01月22日

普通がとても劇的 その2

つい最近愛しき依頼人さんと話していたのだけど、某TV番組で視聴者が日常の腹が立つことをハガキで投稿しては二人のタレントさんがコメントするという企画がある。おそらく誰でも知っているファンが多い番組。

怒りがわいてくる事柄についての出来事を読み上げられた後、「お二人ならどうしますか?」とふられるのだけど。

何が面白いかというとお二方とも多分コメントが正直であるところ。

馬鹿!と思ったら言うし、共感できないことには共感できないと示す。その後、二人の話がどんどん脱線して行くうちに考えが柔軟に変わって「分かった、そういうことね!それは腹立つわよね。」と賛成するコメントに変わることもある。

何年も続いている番組なのだけど、お二方が「親戚縁者の中では我々はもはや異形のものだから。」とか「我々はクズだから。」的なマイノリティな感じを出しつつも、実は凄く常識人で、むしろ不特定大多数の人々の方が集団で常識がない部分があるのだなと感じさせられたリ。

出演者が大爆笑しているくらい楽しいものなのでこちらも笑ってしまうのだけど、時々深く頷いてしまう。

例えば今年の初めの頃に「インドに行って人生観は変わるか?」という質問が出たときにさんざん面白いトークが続いたあげく「インドに行かなくとも人生観は毎年変わるっつうの。」と言った芸人さん。

「何が、”この間と言っていることが違う。”だよ。あたりまえだよ。日々更新されるんだからそりゃ違うよ。それが成長だよ。」ということを絶妙な間の取り方で語っていらした。

そうなんだよねーと爆笑しながらも共感してしまう。

他人様に「変わるな。」と言う意志を向けてしまえる人のずうずうしさや幼さを思い出す。

そして自分自身も頑なに不自然なほど変わらないようにしようとしている人の幼さも。

「俺は曲がったことが大嫌い。」なんて言っている人を見ると引くもんね。そう言っていること自体が子供だし、物凄く曲がったこと。あるいは周りがあんたのためにもっと曲がんなきゃならなくなるんだよってこと。

もとい、プロの方々のトークで、しかも編集も多少加えられているので見事としか言えないのだけど、同時に改めて思う。

トークが出来る人というのは少なからず傾聴出来る人だなあと。

そしてよく考えて来た人でもあると思った。
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2017年01月21日

普通がとても劇的

寒くて動きが悪くなるというようなことを日々書いているような気がするが。

今日の一件目のカウンセリングに遅れそうになる。いや、遅れた。

立ち止まってラインを打つより走った方が間に合うだろうと思ったのだけど、どちらにしても間に合わなかった。

ああ、開始時間が遅いということに油断してもうた。

しかし、事務所に着くと、きちんと自分でストーブを着けて下さっていて「大丈夫ですよ。」とカラカラ笑う可愛い笑顔があった。

安心するー。ありがとう。でも、ごめんなさい。

そして凄く真剣かつ素敵な話をしてくれているというのに私の方が場にそぐわない状態になっていて、もはや誤り倒す他ないのだけど、それさえ笑顔で許してくれる。

時に、一つ発見した。

自己概念と現実は違うものだけれど、ご本人が「私はこうだ。」と一つの傾向を示してくれると、ついこちらも「そうなんだ。」と鵜呑みにしてしまう。

ましてやそれが症候群とか病名の名前だったりすると職業柄、そちらの方向で食いついてしまいがち。

でも、あら、メールや面談やら一連のカウンセリングを二人でやって来てふと思う。

過去はどうだったのか分からないのだけど、少なくとも今のあなたは健全なのではないでしょうか?ということ。

例えば普通に誰かに恋をして、それが言動力になるとか。

自分ではわかっているけれど、長年打ち破れなかったり変えられなかったことを変えるパワーを得るとか。

例えば恋はせつなくなったり無気力になることもあるのだろうけど、不可能に思っていたことを何なく変えるパワーになることもあるのだろう。ええ、多分。

誰かを求めるとき、焦がれるとき、自分を大事にしよう、磨こうと思うかも知れない。もう生き方を変えようと思うかも知れない。

そしてそんな体験は別段何の症候群でも何でもない。

誰にでも起こり得るごく普通の、そしてとびきり素敵なドラマなのではないかしら。

その証拠に、あなたはさらに綺麗になったもの。
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2017年01月20日

ヒプノセラピスト トレーニングの会(解除)

おっつ。。。また寒いぞ。

調子悪いわ、動けないわと思っているのは同年代か少し下の女性陣ばかりかと思いきや、うちの娘も「冬はダメだわ。」と言う。

「お母さんも私も夏生まれだからだよ。」と言われて、なるほど、その効果も上乗せかもと思い当たる。てか、それ、君が子供の頃、私が言ったことじゃなかったっけ。

******

カウンセリングを終えて、昼を過ぎていたので、どうしようかな?昼めし。いや!その前に煙草吸いたい。あれ?!そう思ったら、煙草無い!どうしよ、もう次のご予約の時間なのに!

でも、ヒプノトレーニングだし、勝手知ったるメンバーだし、到着なさってからコンビニ行かせて貰おうかな?

いやいや、親しき仲にも礼儀ありだぞ、おまえ!

なんて葛藤を一人でやっていたら、ラインに「すみません、30分遅れます。」というすまなそうなメッセージ。

でかした。(何が?)

ちっともすまなくないよ。時間配分きつくしているくせに万全じゃない私にとっては神のお知らせ。

と思っていたらもうお一方から「私も5分遅れます。。」というお知らせが。

安心してほっと一息ついていたら、ほっとし過ぎた。お一人目がいらして下さる頃、まだノロノロしていた私だった。

*******

今日のヒプノセラピストトレーニングの会は、ヒプノをかけるというよりも、人生における刷り込みや不要な催眠を解いて行く作業だった。

っていうか、こちらの作業の方がメインになっていて頻度が断然多い。今までも沢山やって来たなあ。

マイノリティやらマジョリティの話にもなり、非常に面白かった。

”マイノリティは嫌だ。何だか心細い。”と思ってメジャーだと思い込んでいるものに憧れてる人もいれば、世間一般ではマイノリティと思われている生き方に憧れて”平凡なのは嫌だ。”と思う人もいる。

でも本当のところは、人は誰一人として他の人にはなれないので自分らしく生きるのが幸せの連続。(責任は伴なうけど。)

本当は皆オリジナルでマイノリティでしかないのだけど。

でも、どちらの感覚も持ち合わせていて他者と良い意味での比較が出来て、傾聴が出来る大人の人と数時間過ごすとほんとに面白い。

この会ならではの深め方を今年の一発目から楽しんだ今日だった。

時に〇ちゃんがいつぞやの私と似ている顔をしている。

どうにかしたいとカウンセラーらしからぬことを思ってしまうものの、その隣に私には無い力と技術を持った人が座っている。

しかも、その人はそれを欲している。

なるほど、そうなのか。と思う。

私は少しの時間と場所を提供するだけでそれをやっていただけるかも知れないのか。

人の人生には介入できない。

その人が頑張っていることや日々の細々には介入できない。

でも、できないながらも、目の前にそれができる人がいるのか。

お任せしよう。

私の大事な人のことを私の大事な人が癒して下さり、癒す側の大事な人もそれによってスッキリする。

何でもない静かな時間が流れる。

それを観ているだけの無力な人間なのに観ているだけで癒されて来た。

固くなるまで何かを突き詰めている人も、それを癒す人も頼もしいことだなあ。

私はごくごく内向的な人間で世界のごく一部を知るだけの人間なのに、それでもこんなに凄い人たちがいる。

ということは、やっぱりこの世界は信頼に値する世界だし、ずいぶんな可能性を秘めた時代なのだなあと思い入る。
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2017年01月19日

慰留

自分が若い頃の看護学校は、ほとんどが同年代だった。年代が上の人や違う職業からナースになろうと転職して来た人と言えばクラスに一人か二人居るくらいで。

ところが、このナースという職種の、さらにその中にある様々な職種を体験してみると、自分のときのような20代ではなくて40、50の人が転職するきっかけとなる出来事に遭遇したり、あるいはベテランだろうなと思う年齢の人がつい3〜4年前ナースに転職したばかりというようなケースにも出会うようになった。

時代的な状況の変化でもあるだろうし、はたまた未体験の分野の経験を積んで来たせいでもあるのだろう。

訪問入浴も6年ほどやって少し年季が入って来た頃、また違う分野のナースをやりたくなって人生初めての派遣稼業を体験したのが昨年の春。

そして訪問入浴で目にして来た在宅の介護とはまた違って施設での介護の世界を知るようになった。

いくつかの場所を派遣で流れて行って色んな思いを味わったのだけど、自分自身は変わっていない。

そしてそのまんまで今のところに出会った。

それまではあたかも心理学の基礎課程のごとく、広く浅く楽しく色んな場所の色んなやり方を学ぼうと思っていたのだけれど、これまたやはり心理学に例えるなら上級コースまで行ってみよう的な心境になったのかも知れない。

何となく半端が嫌なんだろうな。なんたって精一杯やっても人間はどこか半端で未熟でのびしろが残っているものだから。

そしてその場所で契約する一か月ほど前に私より5つほどお若い常勤さんが入って来た。

それが彼女との出会いだった。

色んなことがあり、ちょっときまずい思いを互いにすることもあった。

そして一緒にコーヒーを飲んだり、仕事の話が大半ではあるものの、段々恋愛観や結婚観や、私の昔の仕事の様子を訊いて来てくれたり、果ては子供のことまで話したり質問したりして来てくれるように来るようになった。

それが全然嫌ではなかったのだよね。先に彼女は色々自分のことを話してくれていたということと、彼女がこういった仕事以外の話をするときには、必ず何か自分の中で立ち止まって考えているときだったから。

それはさておき、互いにきまずい場面も沢山あったというのは、同じアラフォーであっても彼女が愚痴や絶望を一日中口にしているとき。

良いところも沢山ある仕事ではあるものの、確かに境遇は過酷なので仕方がないのだけど。

わかるけど、人や環境は瞬時には自分の思い通りにはならない。今は目の前のことやろうよと思って私の方が走り回っていたり。相手は話に参加してくれないと思い、私は動いてくれない思ったのだろう。

ただ、言っていることはほとんど正しいのよね。それは分かっているんだけど、周りも皆そう考えろという思いが出て来たら、それはまた違った問題が出て来る。

そしてこの数日間彼女と二人きりだった。

そうすると、前から分かっていたのだけど、彼女の頭の切れの良さが分かる。

私がこれやっとこうと思ったら、今丁度それをやっているところだったりするから。

素直に「はえーなー。」と舌をまく。

頭がいいだけでなくこうして物理的に不可能なことをやってのけようとする部分もあったのね。

トリプルで忙しかったのだけど、彼女が言いたいことがその仕事ぶりでよくわかって来たような気が余計にする。

そうかあ。これを全員に求めるところがあるんだな。

しかし一方では、物凄く勘の良い子でもあるので「あ、愚痴ばっかり言っちゃダメですよね。」と言葉を切ったりしている場面も増えてきた。

あれ?なんか我慢している?

非言語でも全て察しているのだなあと思った。

そこは私が悪かった。でも何もやってないときは言いたいこと我慢しないでよ。

私はどこに居ても誰かが辞めてしまう場合、「そうか。」で終わらせる場合が大半だった。

ところが今は、ほんとにやめんの?と訊いてしまっている自分が居る。

自分とは全く違う能力を持っていて、タイプも違っていて、それでも最近互いに面白いところを見つけては笑っている感じが貴重な時間だと身に染みたせいもある。単なる戦力としてではなくて人として居て欲しいと思っている。

辞める理由は今まで山ほど聴いて来たし、そりゃそうだよなと私も思うので、何回も訊いてごめんねと慰留をする自分を諫める。

一月は嵐のような日々が続いているのだけど、喧嘩したり互いの言い分が通じ合えなかったり。

と思いきや、「あ、それってそうやるんだ。」と互いに感心したり。

そしてこの三日間は何でも二人で協力し合って頑張れた。

そうなると二人のときにだけにする昼食後のコーヒータイムの時間に「尾崎さんはいつまでここに居るの?何月までここに居てくれるんですか?」と訊かれたので、そんなのわかんないよ。今月かも知れないし来月かも知れないし。先のことは分からないよと答える。

すると「三月までは居ますか?」。

いや、だから、分からないってば。

そんなやり取りをした後半日くらいしてから思いついた。

もしかしたらあの質問は”居るのなら辞めるのやめようかな?”だったかも知れない。

そう思ったときには後のまつり。その日の帰りの電車が走り出した。

そして今日は「次のところ、決まったの?」とこちらから訊いたところ「いいえ。」ときっぱり。

「半端な時期だし採用してくれないもん。」

じゃあ、もうちょっといれば?と言ってみたのだが。

笑顔になった。

とは言うものの、彼女にとってもまたストレスフル過ぎる。私より5つも若いんだもんね。きっとまた別の場所で良いことがある可能性の塊だもの。

今日も彼女は月が照らす寒空の下、帰っていった。
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2017年01月18日

不得意だけれどやらねばならぬこともある

時折、携帯を見るとラインやらメールやらから「どしました?」とか「まだですか?」というメッセージが来る。

????

何?と返信すると先方もお仕事をしているのかすぐには返事が来ない。

あ、また来た。
と思ったら、

「今日は?」

私は”こんにちは”かな?と思って”こんにちわ”と返したのだけど、後になって思う。何で挨拶の後に”?”がついているのだろう?

しばらくしてやっとわかったーー。ブログが何故だかアップされていなかったのね!

何でか分からないけどすみません。でもって、こんな私事・独り言の雑文がアップされていないことに気が付いてくれるなんてかたじけない!と思うのと同時にビックリだ・・・。

ありがとうございます。

*******

先日、初めて老人ホームの回診の際、リーダー役をやった。

週に一度ドクターが来てくれてお薬の処方をしたりこちらが依頼した人を診察してくれたり、その他、同意書やら検査伝票やら書類が山盛り。

大抵の人が何を一番恐れるのか?というと利用者さんの人数が多いのに、一人一人カルテを開いて状況を伝えたり、ドクターからの質問に答えたりすることなのだろう。

回診が終わった後も山ほどの書類のややこしい手続きに追われるが。

派遣から入ったときも契約した後も今居るところの仕事について一切教えて貰っていない。

いくら質問しても指導者の立場である人の話がそれたり、途中で愚痴になったりするし、全然違うことを言い始めるわけだから、もう訊かないで目と耳だけを頼りにするようにした。

おかげで一か月くらいの間に処置やらケアやらをするのに不自由しない程度に物品の場所を覚えたし、それをいつ頃の何時にやるのか?という流れもつかめた。

それでも、ご家族や周辺の病院との連携するときの手続きやら指揮系統についてはよくわからなかった。事情によって千差万別だろうけど、それでも共通する流れというのは必ずあるはず。

細々とした処置やケアが終わってそれを習おうとすると「あ!それよりこれをどうにかして。分からないの!」とPCの中の仕事を依頼されて来たってのもある。

それと、何か事が起こると誰が電話するのか?誰に責任があるのか?ってな内容でもめているのだけど、そのもめている内容がいつも同じ。

おおよそでも良いからやり方を教えてくれれば私が電話するのになあと思っていた。

さらにいよいよそちらを覚えなければダメじゃんという場面に遭遇することも多くなって来た。さばききれない人数で抱え込んでいる様子を観ているのに飽きたし。

それで「あれやって。」と言われても、どんなことを言われても「やりました。」と言える状態に持って行ってから、何度も訊くことにした。

いつものように話がそれたりすると「ああ、教えたくないんだろうな。こんなに忙しくて苦しんでいらっしゃるのに、分かる人を増やしたくないんだろうなあ。」ということがよく分かる。

が、訊かなければならない最小限のことに質問数を減らしたのだから、逃がさなかった。相手が話をそらしてもそらしてもどんな余談になっても「ああ、なるほど。そうなんですね。で、私がさっき訊いたことはですね?」とか「そうですか。で、この書類はどうするんですか?」と繰り返し。

何度もこちらが話を元に戻す姿勢を見せているそのうちに、相手が絶句する瞬間が来て、何かを悟ったのか観念して教えてくれる。←どういう指導の仕方や。そして、こうでもしないと教えて貰えないって凄すぎる。

「なんで、派遣さんたち皆辞めて行っちゃうのかしら?」

いやいや、あんたが原因ですよ。どこの誰がそんなに一つの質問で妙なゲームを続ける人にカマッテくれるねん。

そして、ある日突然回診の際の中心だということが記されていて、私の方は「ああ、そうなんだ。やるんだ。」と思って受け入れた。

もうそんなにビックリすることはないし。

ところが年齢が比較的近い一番新しい常勤さんが大御所様に言っていた。「そんな!尾崎さんにこの仕事全然教えていないのにいきなりやらせるなんて。」と半ば怒って抗議。

言われた方は”あ、まずい!”という顔をした。ばれてるのね!的な。

それで年頭にいきなり「オリエンテーションします。」と言い始めるわけだけど、今かよ!と思うわけである。あほか。

しかも、内容が物品の置き場所とかそんなもんだったので途中で事態した。物品はもう知ってるんだよ。何か月も居たんだから。

「うわあ、もう、どうなるんだろ。私が常勤だから教えてあげられたいいんですけど。私もまだよくわからなくてすみません。」という彼女。

うん、でも、大丈夫なんです。

何とかなるもんです。

むしろ大御所様たちよりも平和で整理された回診になると思います。

ある程度利用者様の病状を見て来たし、個性が分かる人も増えて来た。

何の薬をどんな理由で飲んでいるか?ってのも分かる。

大丈夫。多少わかんないこともあるかも知れないけど、なんとかなる。

「そ、そうかな。」

そういうものです。

その会話が聞こえていたのか、大御所さんが「あなたはこちらの守備について補佐は何度もやったことがあるから今回はメインをやって貰おうと思うんだけど大丈夫?」とどこかで聞いていたのか、全く同様の話をまた始めようとするので「はい。」とだけ答えておいた。もう、このゲームは結構です。

もう、知りたいことは何にもわかんないで、途中で昔話や愚痴が出て来る指導も受けたくなくない。

そして当日、いつも私が一人で立っていた補佐の場所に二人も立っていて、私は先生の正面でめっちゃ状況を伝える。

この人を皮膚科にかからせたいんですが、とか、カリウムが上がっていますよとか、その他諸々。

外側から見ていた頃は、よくしかめっつらで回診やっている先生だったが、何度もいい笑顔を見せて下さったしこちらがお願いしたこと全てをやってくれた。

というわけで蓋をあければ無事に終わり、しかもロスタイムもなし。

全てが終わったあと「なんであんなに出来るんですか?」と訊かれたので「いや、これね。オペ室での直接介助と外回りの法則と同じ。実はメインにいる人が一番楽なの。」

何事も、大変なのは外回りなのだ。

オペで直接介助をやっているナースは手元の器械をドクターに渡すだけど、その周りの人員は必要なものをあちらこちらから出したり、出血量を数えたり記録したりと忙しい。

バイクの運転している人より後ろに乗っている人の方が合わせるのに大変ってのにも似ている。

「そういうもんなんですか?!」

そういうもんなんです。

だから私、メインのところに居ると罪悪感すら出て来るので外回りをやりますってのが美徳かと思っていたほどで。ところが、世の中はメインは嫌で外が楽と思っている人の方が多い。

人に肩をすぼめてお願いしたり依存したりするより自分でやる方が楽なのに、言うことを聴いて振り回される方が楽だという勘違い。

それはさておき、無事に終わったものの。

私はやっぱり回診においてもメインよりも補佐の方が得意だと思う。

周りの細々した仕事をしつつ、ドクターに近い仕事よりも、ケアする人に直接会える一番近い位置にいる方が。

メインは楽だけれど嫌い。

まあ、神様は依然として親切であるからして、かなりの頻度で苦手なことをやらされ、鍛えられるのが人生なのだけど。
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2017年01月16日

今夜も金星が大きい

はい。そしてまたカウンセリング。

カウンセリングと教育分析、夜7時まで。

色んなエピソードを聴いた。

家庭の話、仕事の話、そしてまた仕事の話。

そして人生や個人的発達段階での目標の話。

一番最後の段階に至るのは結構自分のパターンを熟知して来てからなのだけど、この辺りが一番面白い。

先の体験や悩みにフォーカスしてお話ししてくれる人々の話題のほとんどが出て来るから。

大抵その段階に来る人になると心理学に触れているので、もうこちらがアプローチしなくともフリートークしているだけでどんどん色んなことに気が付き、課題も自分で立ててしまわれる。

それにしても、色んな職種の方々のお話しを聴くのだけど、どの仕事をしている人も皆大変だなあ。

世界が違っても、分かるわー、それ!と共感してしまう。

要するに私は自分で立とうとしている人たちの話が個人的には好きなのだと思う。

一人でなんて誰も生きていけないのだけど、他人と関わりつつも自分の課題に取り組んでいる人たちのエピソードが。

「シンプル化していくこと」が課題だと言った人。

名案だなーと思う。

これまでの問題や悩みを作り出しているのが自分自身なのだと納得した人が言えること。

そして、核心って、どんなことでもこんなふうにシンプルに短くまとめられるものなのだと思う。

いや、そんなことはない。自分が抱えているものはそんなに単純なものじゃない。とても深刻なんだ。とても深いんだ。簡単に片づけないで欲しいと多くの人が思う。

でも、そこにとことん向き合うと答えはいつもシンプルになる。

そんな人が自分の大切なものをキープしたまま何度でも生まれ変わるのだろう。

********

昨年、カウンセラーさんたちとの忘年会ののち、これまた私的で小さな忘年会をやった後はずっと飲みには出かけていない。

忙しい上に体力にも自信がなかった。毎日真っ白に燃え尽きてしまう上に昨年も後半になったから本気でやろうと思う仕事がまた増えたから。

いつも本気なのだけど、いや、もっとマックスで学ばなければこなせないという心境になったから。

その間、何度夫に誘われても、何度「行こうよ、行こうよ。」と言われても、頼むから一人で行って来てくれ、どこにいっても皆居るじゃないのと断り続けていたり。

すると今日の仕事終わりに「頼むよ!いい加減にしてよ!」とのこと。

・・・・・。こっちのセリフですが。。。

正月にもあなた様の肉親のために頑張ったじゃないっすか。

しかし、言われてみれば少しほっとき過ぎた。

いやいや、晩飯いつも作っているじゃないか。そんなことはない。

でもなー、一か月近く願いを聴いていないというのも何だしな。。。

「家族サービスしてくれ。一緒に行ってくれ。」

なんか、世間一般で言えば逆のような。

何はともあれ、外でビール一杯だけ付き合った。

日曜日の夜なので猫居酒屋さんはやっていない。

でも、とても落ち着くお店で二人で鍋をつついたりお刺身を食べたり出来た。

せっかく出て来たのだからもう少し付き合いたかったんだけどね。私も嫌いじゃないし。

しかし今この時期。もうひと押し頑張らねば。

少し付き合うと一人で先に帰ることにも納得してくれた。

夫婦と言えどもいつも一緒にいることは難しい。

ただ、いいんじゃないか。同じ家に帰るんだし?

そんなもんじゃないとよく言われて来たことだし、もう少し経ったらまた一緒に飲もう。時には深酒しよう。
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2017年01月15日

キラキラ

花火の華やかさや輝きは燃え尽きて散って行くその一歩手前。

大空に大きく広がる花火でも小さな線香花火でもそれは同じ原理。

人の生きざまにもそれは出るのかも知れない。

パッと輝いている瞬間と散って行く瞬間の区別もつかぬほど自然。

けれども、散るまでに輝く時間がうーーーんと長い人が沢山存在する。

それが老人ホームという場所でもある。何せほとんどの方々が90代なのだから。

その輝きを分かって貰える人というのが以外にも自分の娘世代の若者たちであったりもする。

とある階のフロアで血圧測ったり色々していたら、他の階専属のワーカーさんがいらして「〇さんはどこの席ですかー?」と言う。

うちの子より一つ年下のあの青年だった。別の階の所属だというのにお風呂から連れて上がって来てくれたのだ。

ああ、〇さんはこちらの席ですよ。と言いつつ、この人より何かを知っているなんてことは初めてのことだなあと思った。

今まで実に色んなことを教えて来てくれたから。利用者様の特徴とか個性とか。

と言っても解説するのではなく、彼の接し方や利用者様との会話を聴いていてこちらが勝手に学んだ。

車椅子からベッドに移るときも、褥瘡の処置をするときも、どこからともなく現れて自然に助けてくれていた。ちっとも押し付けがましくなく、知識もひけらかさず。

そんな彼と同じ階へ戻る途中、施設のとある工夫に無言で二人とも目が行く。

彼の方から「これ、なんですか?」と言う。

うーん、そうなんだよね。こうすれば分からないと思っているんじゃないかなあ。

「分かるよ。認知症がある人のことを舐めすぎですよね。」

うーん。ほんとそうなんだよね。ってか、あなたもそう思うんだ。

「施設やスタッフが利用者様たちに置いていかれているんですね。」

そうなのよ!
言ってもなかなか伝わらないのでたいていの場面で黙っていたけれど、そういう尊厳とか、人の心の中にある微妙な見下しやレスキューファンタジーの醜さを感じ取っているのがこんなに若い方だなんて嬉しい。

それから別々の仕事をしているものの、出くわす度にぽつりぽつりと話すのだけど、ある場面で彼も心理学をやっているということを知った。

「だって、僕が今勉強している職業に必要なんですよ。」

あー、なるほど!分かる気がする。傾聴できないとダメですもんね。そう、彼はとある難しい資格を取ろうとしている。医療ではないが、非常に大事なお仕事。

色んな引き出し持ってるねー。絵も描けるしコミュニケーション能力も長けているし、語学も凄いし心理学もやっているなんて。

「はい、自画自賛しつつ頑張っています。褒めて下さい。」

また爆笑してしまったのだけど、本当にたゆみなく日々の仕事を紡いでいる姿にはいつも感心させられる。

自宅へ帰って次女くんにその話をしたところ、「そうなんだよね。この年代、つまりはゆとり世代の最後の方ってそういう人材が多いんだよね。スケートの羽生君や・・・」と他にも色んな人の名前をあげてくれた。

そう言われるとちょっと分かる気がする。努力はするけれど、自然な感じで、負けず嫌いだけどスマートな印象。

その他色々と傾向があてはまる。

年齢って関係ないんだなあとつくづく思う頃、目に浮かぶのは、いつもいかめしい顔で一人将棋をさしているおじいさんの少年のような笑顔。「わっはっはっ!」。

意図していなくても全てを楽しもうと真面目に努力する人は、どんな人をもあんな顔にするのだろう。

どの年代の火も延々と色が変化し続ける花火のように輝いている。
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2017年01月14日

ぶれずに繋ぐべきもの

ホームへの出勤日。

ロッカーで〇さんに会ったので挨拶をした後、「昨日出勤でしたか?」と訊いてみる。

「うん、うん。出勤でしたよ。」

そこで一番最近の出勤日に熱が出ていた人のことや通院しなければならなかった人のことを「どうなりました?どうしました?」と訊いてみる。

こういったナース同志でなくとも大概の人に情報を貰える。

すると、予想以上に素晴らしい答えが返って来るので「さすが。助かります。」と思う。

例えば同じ職種でも価値観や着眼点が違うのでもめることがある。

いつぞや、不毛なやり取りにほとんど切れかけていたこともあったし、それを察してか、同じ職種の人の声が震え声になっているのも分かっていた。

話を聴いて貰いたかったらまずは自分が話を聴かなければならないんだよ。言えないから言わないんじゃないんだよ。皆、心を持って生きている人間が集まって仕事しているんだからね。時間を要することもあるんだよ。ってなことを伝えようとしても、それさえ聴いてくれていないみたいだなあと思った日もあった。

でも、良い意味で人一倍空気を読んだり反省したりする方々でもあるので、その後ガラリと変化する。

そんな時、「あら、聴いてくれていたんだ。」と肌で感じ取る。

なので、どんなに後味が悪いディスカッションをした日があっても次に会ったときには普通に話しかける。

そしてまた何かが伝わるし、こちらも相手と同じく反省するし進化する。

同じアラフォー世代でもそうなのだけど、大御所さんたちも一人でに何かを悟る。

年齢が行っているせいか、一つところに長くいらっしゃるせいか、誇りがあったり頑なな一面もあるので、時々意を決したように不機嫌になったり攻撃して来たり切り口上になったりもなさるのだけど、仕事ってそういう負けん気は通用しないのよね。特にこの仕事では。

なので、こちらとしては好きなようにしていただいて普通に受け答えしたり、普通に働いているのだけど先方のような方々の態度でいると必ず何かが起こるんだよ。

案の定、事が起こって私のピッチが鳴り「助けて!〇〇さんのあれこれがこうなっちゃったの!来て!」と叫ばれてぷっつり切れた。

こちらからかけ直して「で、どこに居るんですか?何階?お風呂?それともレクレーションのフロア?それとも居室?」と訊かなければならなかったり。

行けば行ったで簡単に解決することなので事件が治まると、ひとりでに「私、かっかっしていると、いつも罰があたる!ごめんなさい!」と気が付いていらした。何も言っていないのに。

そうなんですよ。個人的な意地を持ち込むと絶対に集中力を欠いて何かをやらかしてしまう危険な仕事でもあるんですよ。

でも、いちいちそういうことを言わなくても何度も気が付いてくれて、どんなに譲れないっす!と思って険悪になった日でも、最終的には競争を止めてくれて協力体制になってくれるのでありがたや、ありがたや。

滅茶苦茶大変な日だったけれど、結構爆笑した日でもあった。
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2017年01月13日

ギフト

普段、心理学やカウンセラーズトレーニングの会その2の方へいらして下さっている方。

元々のパーソナリティはいけいけどんどんの勝気な方なのだけど、大病という体と心のサインを受けた後、様々なことに気が付かれるようになったお方。

状況が変わってお元気になられた今でも何度も当時のことを回想していたのだけど、年明けに、こちらが昔の話をしなくてもご自身から振り返って下さるのでつくづく体験というものを大事になさる方だなあと思う。

そんな方は同じ過ちを繰り返さない。知性だなあと思う。

まあ、人間だから歳を重ねるごとに不調な場所が出て来るけどね。不必要にそれを早めないというわけ。

そのためには自分の心と仲良くしていくというのが必須になるけれど。

そんな折、「あれ?」と左斜め上方向を見て仰るので何だろう?と思ったら、「これ、前からありましたっけ?」と。

視線を追ってコーヒーメーカーをご覧になっているということにすぐ気が付いたので「そうそう。夏からあるんですよ。」と答える。

「そんな、何もいらないって。」気を使っちゃう私に「いや、私が飲むからだよ。」と言うおしゃれなプレゼントの仕方をしてくれたいきさつを話すと「わあ。おしゃれ。そっかあ、その手があったか。」と大きな目がますます大きく見開かれて輝く。

しかもその様子を観ていた他のカウンセラーズトレーニングの会のメンバーが、後日電動のコーヒーミルをプレゼントして下さってこの時も「いや、私が飲むから。」って同じ受け答えで下さった話もする。

「そうかあ。そうなのか。いつも何かしたいと思っていたけれど、コーヒーメーカーという手があったんですね。ほんとに何かしたいと思って、年末も通販のサイトを一生懸命見ていたのに思いつかなかった。。。」

いやあ、お気持ちは嬉しいんですよ。

でもね、既にいただいているんですよ。

人生には凄く心に残る贈り物というものがあって、実はそれはお金では買えないものだったりする。

文章にすると凄くきれいごとのように見えてしまうなあ。

その生涯忘れられないプレゼントというのは、両手の指の数にも満たない。50年近く生きていてもだ。

そのうちの一つは、あなたが回復して「先生!私、駅まで歩けましたよ!!!」と玄関を開けるなり差し出して下さったひまわりの花。

あと、今でも思い出す。コーヒーメーカーという宝物を下さった方が、何年も前にヒリヒリとした傷心を抱えつつ心理学を学ぶために通っていらした頃。

これまた玄関を開けるなり、ヴォルビックのペットボトルに四つ葉のクローバーをさして「先生!四つ葉のクローバー!ぶちっ!と取って来てしまいました!」と差し出してくれた瞬間。

そりゃあ、確かに物質は嬉しい。

でも、それらのひまわりやら四つ葉のクローバーってその人のその時代のその気持ち。

だーーれーーにも買えないものなのだ。

それらが今や心にあるわけだから、余計にどんなオークションで値が張るものがあっても、どんなにお金を積む状況下にある人でも絶対に買えない。

と、そんなことを表現した。本気で。

そしてそれからしばらく年頭のカウンセリングが続く最中、「ああ、そうそう。」と差し出してくれた一枚の絵。

それはまだ幼い娘さんが昨日書いてくれたという私の似顔絵。

「すみません。渡しておいてねと言われたんですけど、こんなに変な絵で。色をつけなさいよ。もっと綺麗に描きなさいよって言ったんですけど。お恥ずかしい。」

その絵は確かに一本の鉛筆の線のみで絵が描かれていたのだけど、私は驚いた。

「ほんとは尾崎せんせのところ行きたいけど学校があるから・・・」とここに来れない娘さんにはもうずいぶんお会いしていない。

でも、私がよくやる髪型や、前髪の長さが同じように描かれていて、昨日写真を撮ったときと同じポーズで両手の指を組んでいた。

あと、ブログの背景やらタイトルバナーを変えるのが好き。(要するに色が好きなのだ。)

そして丁度昨日、「両サイドにハート柄がいいなあ。トップのバナーもハートのモチーフ写真、無いかなあ・・・?」と思って探していたところだったのだ。

つまりはハート、ハート・・・・と、自分一人の心の中で唱えていた誰も知りえない同日に、娘さんが私の絵を描き、その私の両サイドにハートのモチーフが描かれている絵を作成していたのだ。

あと、誰でもそうだけど特に私の顔は左右非対称。加えて眉毛の描き方も最近少し変えた。そんなこたぁー、誰にも言わないし誰も知ったことじゃない。

でも、以前より痩せた顎のラインや、顔の非対称さ加減や、若干の眉毛を描く苦労。

ずっと会っていない娘さんが、実線だけで描いた絵にそれがリアルタイムに再現されているので本当に驚いてしまった。

ママさんにはさほどその凄さが伝わらないのか・・・、それとも謙遜しているのか分からないけれど「いやあ、もっと、綺麗でしょう。何、この絵。」と仰るのだが。

子供って元々凄い上に、右脳的な教育なさっているものだから、余計に凄いことになっているなあとビックリした。
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今日は年明けてから電話カウンセリングでは3件目。

あいかわらず頑張っていらっしゃる方とお話し出来た。

そして、ひとりでに色んなことに気が付いて行かれているその人の素晴らしさを改めて感じた日でもあった。
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2017年01月12日

見るというより感じるレイキ

いやあ、毎日お風呂に入ってきちんと食べて。

そんな基本的なことが危うくなる日がある。

仕事して来て一回座ったら立てないとか。

でもそれをやらない結果を既に体験済み。

食べたいなと思うものを適度に食べないと力が出なくなるし、あらゆる面のエネルギーが落ちるし

風呂をさぼって簡易的に顔だけ洗って寝たりすると翌日心身がどよよーーんとなっている。

つまりこれもくっついたエネルギーが蓄積したまま寝たせい。

仕事が終わってからはばっさり切ってうまくいったこともうまくいかなかったことも保留にして一人の時間を持ちたいものだけど。

生活に息づいているレイキってのは物理学のようなもので。

要らないエネルギーって本人にとっては垢みたいなものだから、これを落とさないころにはエネルギーは回らないのよね。

そう思って下に降りたのに、何故か家族が寝静まった台所でブイヤベースを作る。

何やってんのかなあ。

いや、もう自分に自由にさせてやろう。これ食べて風呂入って寝ようではないか。うん。
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2017年01月11日

チキンなままで

ホームの方へ出勤する際の朝、目的の駅に到着した後ほんの少しの区間バスに乗る。

最初の頃は〇〇駅行きと書かれたそのバスを見ても訝し気に見るだけで決して乗らなかった。

コツコツと2〜30分ばかし歩いていたのだ。

だって、その駅に行くまでどこの道通るかわかんないんだもん。

それと私、何故だか関東に来てからバスというものが嫌いだった。

横浜や東京に出て来ての最初の時期がいけなかったのだろう。

いつ来るか?と思うし時刻表通りじゃないこともある。で、その昔、降りるときに料金を払うバス、乗るときに払うバスと似たような地域に二種類あることにもビビった。

まごまごしている間に人を待たせるのも嫌だったし距離によって料金が上がっていく場合だとしょっちゅう料金の電光を見つめていなければならないし。

あと、プライベートがめっちゃボケボケだから目的地を通り越してしまうかも知れないじゃないか。

たかがバスでこんなにトラップが出来てしまうチキンな人間は私くらいなものだろう。

なので「歩いて来てるの?」と言われると「だって、バス、怖いもん。」と言っていたら大爆笑された夏のある日。

しかし、「大丈夫。乗る前にピッ!だから!暑い時期とか寒い時期とかはしんどいから乗りなよ。ましてやここの仕事終わってから歩くなんて。」と言われて「そ、そうか。」と思い直した冬には結構痩せていた。歩くのって凄いダイエット効果だったのね。でも、これ以上痩せたくない。

痩せても結構太っているのだけど、そのうち力が出なくなってしまうんじゃないかと思ってバスと仲良しになった今日この頃。

おかげで行きのバスで色んなスタッフやホームのドライバーさんに毎回のように会う。

さらにそのおかげで仕事前のバスの中で「今日、誰々さんを皮膚科に連れて行きたいんですけど〇時頃、車とお身体空いてますか?」と先んじて予定を確保できたり。

一本遅れても会えたりするうちに「仕事前に仕事の話するからうざいんじゃないか?」と思っていたのだけど、こちらが気が付かない日にも「おはよう!」と声をかけて仕事を請け負って下さる。

ありがたいなあ。

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世間は三連休だったのでスタッフの方々がスキーに行っていたり温泉旅行に行っていたり。

良いですなあ。

そんな折、喫煙所で職種は違えどいつもキレッキレに働いている女性が「スキーに行って来た」という話を聴かせて下さる。

そこから思い出話になり、そう言えば私も生涯に3〜4回くらいしか行ったことないけど、上手い人と行くとずいぶん急斜面のところまで連れて行かれて「降りれないやんか!」という状態になり。

最初は怒り、怒っても降りなければならないのでベソをかき、でも、それが治まると再び怒りがわいて来て結局ガンガン降りて来ていたわ。←ガンガンというところがポイントね。すいすいじゃないの。

すると「あたしもよ!ダンナがそういう上級者のところに連れて行くもんだから怒りながら降りて来たわ。物凄い筋肉痛。」。

ふと一面雪のゲレンデを想像し、「そう言えば、リフトで降りて来ても良かったのに・・・何でそうしなかったんだろう。あ、恥ずかしいからか。」と気づく。

あと怒りつつも連れて来てくれた相手に悪いかなあという気持ちもあって、結局ワーワー言いながら降りていたんだわ。

「あたしもよー。で、仕事も怒りが源でぐわーーっと動けているような。そして、あとでぐったり。」

わかるわー、それ!とビックリするほど共感した。

理不尽なことがあると物凄く腹立つんだけど、それならやったるわいっってことでやっちゃうんだけど、アドレナリンを放出した後はぐったり。

「そうそう。まめに燃え尽きる。」

バスやらリフトに気を遣うとか、それなのに理不尽なことに怒るとか、もはやいったい気が小さいんだか大きいんだか分からない。

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それはさておき、その怒りだとか勢いだけで出来ないのが仕事の全体像でもあるんだわ。

特にカウンセリングの方の仕事なんて、喜怒哀楽を持ちつつも心のどこかに凪いだ海のような心が必要になって来るから。

一方で、身体弱いくせにカウンセリングと違って動けば何とかなるって一面がある仕事も好きらしい。さあ、好きなだけ頭と体を駆使せよ。あらんかぎり優しくしていいぞ!とか。

時々自分でも何考えているのか分からないときがある。

けれども、今日も沢山の人に笑顔を見せていただけて、私もゲラゲラ笑えて、幸せかつ光栄だった。
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