2017年01月10日

観点

「働いていないんですよ。」と何度も何度もエピソードの中で繰り返す専業主婦の方によく出くわす。

多分別の仕事をしていたら接点がなかったかも知れない人も居る。

ただ思うに、この世に働いていない人は居ないなあと思うのが一つ。

それはワークという意味で。

生きていること自体がワークだもの。

そして、社会的な職業という点だと仰るのなら、それに対してもこう思う。

百歩譲って何もしていないということにしたとしても、それを楽しんだり幸せに思えたりするのが仕事なんじゃないかなと思う。

(そう意味での)働いていない状況でも色んな人に出会い色んなことを学ぶから。

ただもしも、その状況で働いている人を批判したり、配偶者に文句や不満がいっぱいでパンパンに膨らむのだったら、それはその人が危惧していらっしゃる通り、働いた方が良いのかも知れない。

人は自分でやらないと分からないことばかりだから。

自分も何かの形で生計を立てようとしてみて初めて支えてくれた相手の人知れぬ苦労がほんの少し分かったり、ただ「冷たい」とか「おかしい」という浅い見方を止められるかも知れないから。

自分でやろうとする人は例え何かがうまく行かなくとも文句が少ないというのは事実なんだよね。

そしてもう一つは、人は過去の体験を忘れてしまう傾向があるから。

もしも働いたことがあったり、何かを初めてやってみて出来ないなーと苦労した体験や、それを乗り越えたときの体験があるのなら、ただ思い出せば良い。

働かなければ・・・という状況になった際に悲劇のヒロインになることもないかも知れない。

思い出したのだけど、「子供が生まれたのでカウンセリングを卒業できました。」という話を聴くこともある。

それを聴く度にちょっとぞっとする。

何故ならカウンセリングを利用している過去の自分が卒業未満だと思い込んでいるから。

その気持ちって、ちょっとカウンセリングを利用している他者のことをも無意識に下に観ている。

特に「子供を産んだから」とか「結婚できたから」というのが理由になるところも滑稽だなあと思う。

過去の自分を未熟に思い過ぎたり低く見ると、そこには「またああなるんじゃないか?」という恐怖が付きまとう。

その考え方を長年続けて来たからあんなに苦しんだというのに。

俗に健康と分類される人々であっても、例えば心の病と自覚する人々でも同じような境遇だと思い込んで集っているサークルがうまく行かないのは分かる気がする。

そこには同じ考え方しか存在しなくて違う風が吹かないから。

下手するとそこを抜けようとする人の足を引っ張ったりして極端な話だと集団自殺事件にまで発展する。

同じ人を探し、違う考え方の人間を頑なに批判するという姿勢はとても危険なことなのだ。まあ、だいいち全く同じ人間なんていないし、その人は世界にただ一人なのだから。

どんな状況の人もどんな時代の人も今を形作っている。

皆誰かしらに関わっている。

問題はその関わり方なのだろうなあと思う。

でも、人と比較するばかりの人は状況や目先の肩書に囚われてその意味を見出すのが難しいので、ずっと覚え続けているか去勢を張ったりしているように思える。

不安な人は人を不安にさせる。

自称傷つきやすい人は人を傷つけやすい。

でも、もしもそこを抜け出し難くて苦しんでいるのだとしたら、そこにはやはり自分の知らない風が必要なのではないだろうか。

流れは止まると淀む。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | 交流分析 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする