2017年02月12日

はい、引いて引いて(のカメラ)

独自の判断でお粥に変えられていた。

がっかり。

思わず「看護側にも教えて。」と言うと「厳しく言っておきます。」という答えが返って来たのだが。

厳しくなくても良いんだよなー。普通のことなんだけどな。

昼休み潰して隣でごはん食べる覚悟とか嚥下訓練の構想とか練っていたのには理由がある。

ホームは利用者様の家に等しいからだ。

病気の治療のための場所じゃない。

少しでも心地よく暮らすための場所だという概念がある。

とは言うものの、一日が過ぎる度、他にも色々なことがあり、「なるほどなー。」と思うことも多々あり。

一人じゃ出来ない仕事だからな。私だけがこのテンションでいても仕方がない。

それでも様々な勘違いが交錯する中、気持ちはどんよりとするというのは否めない。

利用者様は誰のものでもないわけだから。

いくら気楽に考えても困ることだらけ。

私は自分が動かされるのも嫌いだけれど人を動かすのも嫌い。

なのに動かさなければならないのか?

いいや、それは私らしくない。

他にも若干うっとおしい問題がある。

それも一つや二つじゃない。

例えばその一つは年齢というか年の頃を間違えられること。

あとは性格を読み間違えられること。

その結果憎さ百倍になるらしいのだけど、それはそちらの都合としか言いようがないわけで。

それでもやっぱり本当の自分が出て来る。

待つこと。聴くこと。表現すること。

そしてたゆみなく。

成長はするけれど、流されず、たゆみなく。

まさかここでこんなに普通のことが困難だという状況に直面するとは思わなかったのだけど、そして、こんなにへとへとな時にどこかでこう思っているのも変だけど。

多分私はもっと強くなる。

何事ものめり込み過ぎるのが良くないこともあるらしい。やることはやりつつも引きのカメラで見る観点も。

しかし、人って孤独なものだよな。

でも、それを選んだのだから仕方ない。

ここで心理学がものを言う。

まじ、やっておいて良かったよ。でなければ、とっくに流されていた。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | 看護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする