2017年06月05日

時間と労力 回路と脳の地図

とても考え込む性格だった。

でも、人間一人の脳なので長時間考えてもろくな結論は出ない。

考え癖がある思考でいくら考えたって、誰でも現実が歪んで見える一方だ。

でも、その考え込むという性質は無駄ではない。若い頃はそうでないと生きられなかったということが一つ。

そして、沢山考えて来たので一度通った思考回路を辿る度に「ああ、この道は来たことがあるな。そうするとこのままいくとあそこへ辿りつくなあ。」と気が付くことが出来る。

はたまた人様の考えを聴いていても「ああ、その回路ね・・・。そう思うよね。右へ曲がろうと思うよね。人の道との交差を避けようとしているのね。」等、見覚えのある道筋とその結果が見えて来る。

そしてもっと良いことには、もう辿ったことがない道も限られて来るので「ああ、新しい道か。行ってみよう。やってみよう。」と思えるようになる。

一番よろしくないのは、考えて来なかったし歩いて来なかった故に、自分一人が通っている茨の道だと一人で勝手に思うこと。

傾聴して来ていないと、いつの間にか誰もが知っていることを自慢げに話していたりして。

あるいは歩いてみてもいないのに、一か所に留まって「この先はこうなってああなっている。ああ、どうしよう。」と考え込んで進まないこと。楽しもうともしないこと。

もっと悪いのは自分が立ち止まっている場所に歩いている人を足止めすること。

足止めするからと言ってもてなす術があるわけでもなく、ただただ無償で立ち止まり自分のことだけを観ろと要求する人もいる。

人は歩いている人には力を貸したくなるけれど、滞り怒りで淀んだままの人に足止めを食らったところで「つまらないなあ。それ、知ってるもの。」と誰もが思う。

『いいや、私の体験は特別だ。誰にも分からない。』と脚色する術ばかり磨いても、言葉以上に人は真実を観る。

私の周りには他の道を行く人、先を行く人、それぞれのストーリーを歩いている人々がいる。

その人たちの誰一人として私を縛ったりはしない。

でも、その逆に自分で歩こうとしない人は道行く人に何かを要求してばかりで、「そっちの仕事をしないで。こっちをやってくれないと”私が”困ります。」と平気で言う。

無意識ながら、人に罪悪感を持たせること、しばりつけようとすること。

その度合いって、自分を見つめていない人ほど多く、重い。

私は人を応援出来る人間であれたら嬉しい。その方法の一つは、自分を応援すること。

そりゃ人に応援されたら嬉しいけれど、そのありがたさが分かることが出来て、人の心を地に捨てないのは自分を見捨てない人なのだろう。

その大変さや苦労を知っているから人の応援を大切に出来る。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | アンガーマネージメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする