2017年01月22日

普通がとても劇的 その2

つい最近愛しき依頼人さんと話していたのだけど、某TV番組で視聴者が日常の腹が立つことをハガキで投稿しては二人のタレントさんがコメントするという企画がある。おそらく誰でも知っているファンが多い番組。

怒りがわいてくる事柄についての出来事を読み上げられた後、「お二人ならどうしますか?」とふられるのだけど。

何が面白いかというとお二方とも多分コメントが正直であるところ。

馬鹿!と思ったら言うし、共感できないことには共感できないと示す。その後、二人の話がどんどん脱線して行くうちに考えが柔軟に変わって「分かった、そういうことね!それは腹立つわよね。」と賛成するコメントに変わることもある。

何年も続いている番組なのだけど、お二方が「親戚縁者の中では我々はもはや異形のものだから。」とか「我々はクズだから。」的なマイノリティな感じを出しつつも、実は凄く常識人で、むしろ不特定大多数の人々の方が集団で常識がない部分があるのだなと感じさせられたリ。

出演者が大爆笑しているくらい楽しいものなのでこちらも笑ってしまうのだけど、時々深く頷いてしまう。

例えば今年の初めの頃に「インドに行って人生観は変わるか?」という質問が出たときにさんざん面白いトークが続いたあげく「インドに行かなくとも人生観は毎年変わるっつうの。」と言った芸人さん。

「何が、”この間と言っていることが違う。”だよ。あたりまえだよ。日々更新されるんだからそりゃ違うよ。それが成長だよ。」ということを絶妙な間の取り方で語っていらした。

そうなんだよねーと爆笑しながらも共感してしまう。

他人様に「変わるな。」と言う意志を向けてしまえる人のずうずうしさや幼さを思い出す。

そして自分自身も頑なに不自然なほど変わらないようにしようとしている人の幼さも。

「俺は曲がったことが大嫌い。」なんて言っている人を見ると引くもんね。そう言っていること自体が子供だし、物凄く曲がったこと。あるいは周りがあんたのためにもっと曲がんなきゃならなくなるんだよってこと。

もとい、プロの方々のトークで、しかも編集も多少加えられているので見事としか言えないのだけど、同時に改めて思う。

トークが出来る人というのは少なからず傾聴出来る人だなあと。

そしてよく考えて来た人でもあると思った。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | TVや映画&本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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