2017年05月04日

負けず嫌いな物語

そして屋上へと続くその階段で一連の出来事をIさんに話した後、Hさんだけがその場を離れてIさんと二人きりになった。

タバコをふかしているIさん前にして「やってみれば?もしかしたら、もしかする。ああー、でも、やっぱり万が一にでもIさんが負けるところを私個人としては見たくない。止めよう。」と独り言のようなことをつぶやいた。

考えて観れば二人とも独り言のように話すタイプなのだよな。熱くなったとき以外は。

しゃがみ込んで二人ともぼそぼそ話しているのでよく他の人にじっと見られる。

するとIさんが「じゃ、やってみようかな。」と言う。

うん、えーと多分今まだ二階にいると思う。記録している頃なんじゃないかな。

そう、いつもお見掛けするMちゃんは、しゅんしゅん走っていて、あんなに若くて快活な子がよくこんな地獄のような仕事を続けているなーと色んな人の話題に上っていた。しかも、若くて素直で大人しいというだけで同じ介護職の人たちにすら色んな仕事を押し付けられそう。

「よし、じゃ、行こう。」とIさんが立ち上がるので二人で二階へ降りてみると丁度リュックをしょったMちゃんが帰るところだった。

ステーションから出て来た彼女が私たちに気づくや否や私が「Iさんを連れて来たよ。」と言うと「ええー?まじですか。」と言いつつもステーションの中に戻ってテーブルにつくので笑った。はやっ。

Iさんと二人で来たことについて何の疑問も持っていない様子で「なるほど」と言わんばかりにスタンバイした。

後で思い出したのだけど、その前に「Iさんと仲良いですね。ほんとに仲良いですね。」としきりにMちゃんが言っていたからかな。

ところがIさんが「なんだよ。座ってやるのかよ。」と言うのでMちゃんも私も「え?」となる。

立ってやるの?

私、最強という自他共に認めているエピソードは聴いて来たけれど、やっているところを見たことがなかった。

Iさんが「あいつとはやったことないけど・・・あいつはこえーなー、負けるかも。」と言った相手は唯一一人だけ。とある外国人の介護職員の女の子だけ。

他は皆Iさんに負けている。

何せおっさんにも勝っちゃう人だから。

で、立ってやるものなの?

「そうだよ。本気だもん。」と言うのだけど、あいかわらず、すずしー顔をしている。まるでやる気も殺気も感じられない。

ただ、Iさんが両足を開いて腕だけをテーブルにつけるポーズを取ると、何と、そんなイメージじゃないMちゃんもすぐさま全く同じポーズになって握りあった。

Mちゃんは、それまでは「いやあ、なんでこんなことになっちゃったんだろ?」とおどおどしていたのに、握り合った途端、今まで見たことのない表情になった。眉間にしわが寄って、口を一文字に結び、出た言葉が「ぜってぇー、勝ってやる!」だったので、私はビックリ仰天した。

歯を食いしばって「ぜってー勝ってやる。ぜってー、負けねえ!」を三回ほど繰り返していた。

こんな一面があったなんて。まるで「おめーだけには負けねえ。」と後に続きそうな勢い。Iさんに向かってこんなふうになる子がいるなんて。

そしてレディーゴーなのだが、結果的にIさんが勝った。ほとんど瞬殺だった。

しかし、Iさんが「結構強いよ。(Mちゃんは)いけてる。」と感心している。というか、勝ち負けに関わらず、最初の最初からIさんの表情は変わらず、敵意を見せることもなかったんだよな、振り返ってみれば。

するとMちゃんが「(負けたのは)すぽっちゃ行って筋肉痛だからですよ。」と言うので笑いをこらえた私。

そう、笑いをこらえながら、今度は左手でもう一戦やってみれば?と私が言うと二人ともすぐに左手を出した。

またMちゃんの「ぜってー勝ってやる!」という決意の言葉とオオカミみたいな表情。Iさんは何の感情も見てとれないが、先ほどと同じく両足を開いてテーブルに上体を倒して腕を固定した。

すると、なんと、左手だとMちゃんが勝ったので、Iさん「おおー、久しぶりに負けた。凄い。強い。左はあなたの勝ち。」と。

「引き分けということですか?!」とたちまち満面の笑顔になって飛び上がって喜んでガッツポーズを取るMちゃん。

しかし、言ってはなんだけど、二人とも外見だけみると、別段体育会系なわけでも筋肉が見るからについているわけでもない。普通の女の子の範囲内なんだけどな。

「何度も言うけど、私は今日、筋肉痛ですからね。ほんとはもっと強いですよ。」とMちゃん。

「なーに、負けてやったんだよ。」と笑うIさん。

その頃には、かなり多くの人、特に男性職員のギャラリーが見ていた。ええ、少々遠巻きに。

目と口を開いて呆然として観ていた人もいたし、ゲラゲラ笑っている人もいたのだけど、いずれもビックリしたのだろう。なかなか無い光景だもの。

いや、なかなかじゃないよね。絶対無いよね。こんな固い職場で。

後程、Iさんと二人になったとき、「いやあ、Mちゃん、頼もしいね。見た?”ぜってー勝ってやる!”の時の表情。」としみじみ言ったところ、Iさんも少し笑って「いやあ、良いね。元気がある女子が多くて良いね。負けず嫌いは面白いよ。」と言っていた。

その後階段で二人がすれ違った際「またやろうね。」とIさんが例のつぶやくような声音で話しかけたとき「はい!」と返事が返って来ていた。

それにしても、IさんもMちゃんも、色んな人に見られていたから余計恐れられるようになっちゃったね、こんな強いし、あそこであんなことやるんだもんね。

そう言って思い出し笑いしていた私に、またしてもIさんが静かーな口調で言う。

「違うよ。皆ちゃんと分かってるよ。」

何を?

「あなたが操って勝負させたんだよ。しかも、右も左も。誰が一番怖いか?って話。まったく。」

・・・・・・・・。ガーン。そうだったのか。そんなつもりはなかったのに。これ、無意識の支配か。

しかも、何となくいつも派手にやっているような。

ただ、Iさんが少し笑って付け加えた。

「でも、楽しかったね。ほんとに、皆、元気が良くて頼もしい。気持ちが良いよ。」と。

そんな人々・・・(というか、全員ではないか。これ、特殊なケースか)に介護されている方々のオムツは日々綺麗ーーにずれなくぴっちりとあてられている。

そして多くの人が元気にもりもり食べて暮らしている。褥瘡が発生したとしても、この大所帯なのにも関わらずせいぜい一人が二人。しかも今まで見たことがない短いペースで治る。

お風呂ではピカピカに。

あのモチベーションやパワーってどこから来るのだろう。

まるであの時腕相撲をしていた二人のように、時には本気でキャッチボールやバッティングするかのように、真剣に利用者様のあれこれを考えている様子を観ては、半端ないなあと思う日々だった。

出来ることならば、腕力では負けるけれど、そういった人々の日々の仕事や心を裏切らない看護が出来たら良いなと思う。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | 恋愛・友情・仲間とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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