2017年06月09日

真っすぐさ

とあるスター球団のとあるスター選手が好きじゃなかった。

打ち損じてもへらへらしていていつも笑っているような顔を崩さないイメージ。

エリートで苦労知らずという勝手な印象があったのよね。才能や体格や運にも恵まれて。

ホームには野球好きが多いのだけど、その中でご意見番の中年男性はその典型的なその球団のファン。

口うるさい方なのでてっきりああいう態度は嫌いな年代だろうと思いきや「いつも彼はあんな感じですよ。でも、良いんですよ。」とほめている。

その球団だからか?とその時は思っていた。

が、ある時昨年のVTRを偶然目にしたことをきっかけにその選手のちょっとした歴史を知った。

それまでその球団にもその選手にも全く興味がなかったのでおそらくは多くの人が知っているであろうその歴史を私は知らなかった。

すると恐ろしいほどの泥臭い努力と負けん気の強さが垣間見えた。

そしてスランプを抜けたり、記録を達成したときの涙。

その年代には優秀な人々が固まっているのだが、皆自分の自信と戦っている。

「私なんて」というのが美徳だとされていた時代の気質はもはや醜いなあと思えるくらいに。

調子が良くてうまく行っている最中でさえ変わろうとする彼ら。

その理由をインタビュアーが尋ねた。「どうしてそんなに熱心に先輩方に質問するんですか?どうしてトップレベルの技術なのにフォームを変えるんですか?」

そう訊くのも無理もない。何か一つ変えると、今まで出来ていたことが全部崩れて途端に出来なくなってしまうものだから。

それは野球以外の世界にも言える。

その時、この若い選手はニコニコして「自信がないからです。自信があったら人の話なんて聞かないんでしょうけどね。」と言った。

衝撃だった。

まずは単純にその選手が自信満々の人にしか見えなかったからビックリしたということ。

そして、自信がないのに人の話を聴かない人間の方が多いから。

さらに言うと、苦労したり切磋琢磨したりすることと、笑顔でいることはまた別の話なのだなと理解した。

ニコニコして楽しんで、それでも努力は出来る。

出来ない自分と向かい合うことは出来る。

「私には何もない。」
「私なんかダメだ。」

そんなことを言えば優しい人たちが『そんなことないよ。』と言ってわざわざ時間と労力を費やして褒めてくれるよね。

自分で自分を支えないって一見とても楽なことのように思える。人に支えて貰い褒めて貰って自分を保つ技術ばかりをじっとりと育てて来た人種が多すぎる。

私も時には無意識にやってしまうのだろう。

でも、問題を自分に据えて自分を見つめ、自分を変えて行く人が結果を出すのだろう。

それはちっとも「いいなあ。」なんて思われる筋合いのない誰も知らない本人だけの戦い。

でもそれが積み重なるとやがてそれは内側から溢れ出て多くの人に分かる輝きになるのだろう。

「絶対泣くもんか」と空を見上げて涙を零さないようにして切り替えるシーンが本物だった。

多分彼は決して人に見せるための涙は流さない。

人に見せるための涙なんて存在するんだろうか?と人によっては思うのだけど、時と場所、相手を変えてそんなことをする人は確かにこの世に存在する。

とあるカウンセラーさんの教育分析で色んな話をしたのだけど、私はよく彼女たちの本当の涙を観る。

自分で立とうとしている人の涙と、人の気を引く涙では、同じ涙でもずいぶんと成分が違うのだなあと思う。

自分を裏切る人は人を裏切ることを繰り返す。

けれども他人は自分を裏切るな、本当の愛が欲しいと言う。

それは無理な話だよな。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | 格闘技とかスポーツとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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