2018年02月13日

オリジナリティなアファメーション

物理的にも心理的にもだけど。

対人距離というものがある。

そう。パーソナルスペースって大事。

少し話は違うけど、私は台所に立つとき、背中にスペースがないとダメだ。

あと少なくとも両手を広げた範囲内くらいは左右に動きたい。

料理しているときに関わらずそれは普段何をするにしても同じ。

例えば比較的興味深い相手や好感を持っている相手ですら距離を詰められるとしんどい。物理的にも心理的にも。

じゃあ、そういう人間は寂しいとか人と触れ合いたいという欲求が皆無なのか?というとそうでもなく、要するに時と場合なのだろう。

心理学では幼少期にその欲求が満たされていると人との距離が上手に保てるが満たされていないと大人とは思えないほど他人にぬくもりや庇護を依存的に求めてしまう的なことをよく唱えられているけれど。

私の場合はその逆で、安全ではないことに自分で対処しているうちに慣れてしまったというのがあるかも知れない。

というか、べったり寄りかかって来る人、もしくはべったり寄りかかれと言う人、両者ともろくな人がいないからだ。なんたってそうなった根源が先の理由ということでは一致しているし、何よりいい歳になるまでそれをそのままにして来たということだから。どんだけ自分を見つめないの。何が寂しいだよって話。

とは言うものの、私のそれは多少パーソナルスペースが空きすぎている。

何でこんなことを思うのか?というと相手が何もしていないのにイライラすることがあるから。それも好感を持っているのにも関わらず。夫にもそうだったよなー、ずっと。

やることが色々あるのにも関わらず半ば羽交い絞めのような距離に来たり、ほとんど数センチの距離でじっとり見つめるKにある瞬間ブチ切れてしまうとか。

ブチ切れるってことは相当我慢していたんだろうね。自分でも気が付かなかった。だって自分が言っていることがおかしいって自覚しているもんだから、ついつい我慢もしてしまうの。

「いつも我慢はしないでって言ってるでしょ?」とよく言われるのだけど、ブチ切れる瞬間まで我慢だと思っていないわけだからしてそれはなかなか難しい。

でも、一度口に出してしまったものは、最後まできちんと説明する。こうして説明するまでは、誰が興味あるの?こんな一個人の性質になんて。逆の立場だったら勝手にしろと思うだけだから。

すると、その後のKは「圧迫感ではなく優しさを与えることを誓います!」と何度も宣言している。

・・・・・・。アファメーションですか。

「アファメーションって何?それ何?まあ、いいや。とにかく!圧迫感ではなく優しさを送り続けることを誓います!本当です!いやあ、よく冷たいって人に言われて来たんだよ。」

どこが冷たいんだよ。

冷たいのは私だよ。冷たいだけでなく限りなく自己中でわがままだ。

けれどもどうにも出来ない。

「うーん、なんか難しくて分からなくてごめんね。でもとにかく物理的にも心理的にもくっつき過ぎて圧迫感を与えるのではなく!優しさを・・・」

もうわかったから!

素行のやんちゃさや度胸はともかく心根が優しかったり心が美しい人と接しているとつくづく自分の身勝手さが浮き彫りになる。

でも、今まで好感を持った人たちというのは全員もれなく、あからさまに自分の正当性を長々と説明する人ではなく、静かに静かに正しく美しく、他人に振り回されない静かな炎のように熱く強い人ばかりだった。

そして私はまた憧れている。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | 恋愛・友情・仲間とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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