2019年07月20日

強くなるとき

例えば自分だけが良い思いをしようとしていたり、自分だけが生き残ろうとしている人のサバイバルのエネルギーは凄い。

本人にとってはそうでなければ死んでしまうというくらいの概念を無意識に持っているので。

そういう姿を醜いとそのまま素直に思って来たけれど、人を押しのけるそのエネルギーをポジティブに見ると、単純に強いなあ、大元は恐怖に過ぎなくてもそこから得られるものが沢山あったのだろうなあと若干肯定的にとらえられるようになった。

でも、その生き方だと、結局は得ても得ても食べても食べても、他人が持っているものに嫉妬しひがみ、また何とかして奪おうと次から次へと焦燥感と怒りがわいて来る。

さらに言うとこの世にはもっと強いエネルギーがある。

人が一番強く美しくなるときというのは、誰かを守ろうとするときのエネルギーだ。

そのパワーには、自己保身だけしか知らない人間の力は叶わない。比較にもならないくらい圧倒的に強い。

自分の体調、自分の容姿、自分の好き嫌い(食べ物のことや人の好き嫌い)、自分の過去の説明。

それだけが話題の中心となる人にありがちな自己保身のエネルギーの前で人はドン引きする。

それらと関わってくれるのは実のところ親兄弟とか、もしくは同じ癖を持った他人しかいない。退屈してしまうのだ。

その退屈な様子に焦ってさらに自分を大きく見せようとか・・・そのエネルギーの無駄使いは再現無い上に人の時間や体力まで奪っていく。

弱い人。

それは自分以外の人を本当に愛したことのない人のことを言う。

愛というと大げさに聞こえるかも知れないけれど、自分以外の人を思いやったことのない人。

同じ生物だから自分のように泣いたり悲しんだり痛かったりだるかったり、色んな思いを抱えて生きているはずなのだが、その想像力の欠如。

弱い人とは醜くもあり、恩恵に甘えた人のことでもある。
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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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