2017年06月26日

自然な流れ

始まりは心理学だったような。

あるいはレイキだったような。

とにかく世界が広がった。

多分環境は変わっていなかった。

相手も環境も変わらなかったのだけど多分自分が変わって行った。

一つの場所に広がる宇宙。一人の人間の中にある宇宙。

傍から見ると狭い世界。でも、観方が変わると全てが変わる。

渇望していたことが叶っていく。

でも、それは楽とは言えない。

幸せってのは楽ってのとイコールでは結ばれないのだなと思う。

人間はそんなに甘いものじゃなかった。さらに言うと自分もそのうちの一人。

過去と比べるのではなく嫌なことにはノーと言い、多くを望んで行こう。

無駄なものは要らない。背負えないから。

さらに言うと好きなもの、愛するものだけでもいっぱいいっぱいだ。

ふと、時々、どうなるのかな?と思うことがある。

でも、それは今までと同じ。

未来は予測できないので流れに乗って行く。

その昔人生は戦うものだと思っていた。でも流れている自然なもので、ただその流れに逆らわず進んでみるだけ。
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2017年06月04日

出発の日

何十年も前からひっかかっていたことが分かりやすい形で浮上した。

例えば、人は嫁だから、妻だから、母親だから・・・etc・・・という理由で「こういう振る舞いをしろ」という圧力をかけて来る。

一つ一つは小さなことでそれくらい応じておけば良いと思えるようなことだけど、その期待に応えていると、段々要求が多くなり、その事細かな要求もあたりまえになってしまうらしい。

例えばそれに応じられないとき、滅茶苦茶叩いたりして来るのが世の中。あるいは自称常識人の親戚縁者とか家族とか。

それはよく知っていることのつもりでいたのだが、今回、とあることをされて「なるほど。そこまでするか。」と目が覚めるような出来事があった。

若いときから「何を勘違いしているのか。」と思っていた私だが、いよいよ持ってダメだなと決心させられることがあった。

”いうとおりにしないとこういうことするからな”という無言の圧力。

残念なことの世の中のそういうことをする自称常識人はそれをやって良いと思っていたり、それだけのことをしても相手が既存の家庭やら集団やらにちゃんとしがみついて来ると思っているらしい。愚かなことだ。

これまでは勝手にやっていればいいと思っていたそれらの暴力を相手にしないという形で容認して来たのだけど、今日、許してはならないなという出来事があった。

それをつらぬくと私もまた色々と踏み出せねばならないので大変と言えば大変なのだから、色々と変わっていかなければならないことがはっきりと浮彫になった日でもあった。

人から見れば些細なこと。

でも、全てが表れている一つの出来事があった。
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2017年06月01日

時間の構築(に失敗)

すみません。ちょっとスケジュールが難航していまして。

しかも、今日は完全に時間配分間違えた。

仕事も終わってなければ孫にも接していない。

あっという間に夜がふけてしまう。

うー、遊んでないし飲んでもいないのにこれは悔しい。

女性陣が集うトレ会のときにPMSの話をうんうんと聴きつつ、”皆大変だな。でも、頑張れ。お大事に。”と思っていたら今日になって気づく。自分もそうだったんかいっ!ってことに。

ただでさえ時間が押しているところにこれはきつい。

でも、まあ、とりあえず仕切り直すべく寝るしかない。

こんな日は何をやっても、何をどう考えても思考と行動がエラーだから。

そのエラー故にバタバタ行動起こすと後片付けも大変なので。

おやすみなさい。

6月になる午前0時の私より。
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2017年01月11日

チキンなままで

ホームの方へ出勤する際の朝、目的の駅に到着した後ほんの少しの区間バスに乗る。

最初の頃は〇〇駅行きと書かれたそのバスを見ても訝し気に見るだけで決して乗らなかった。

コツコツと2〜30分ばかし歩いていたのだ。

だって、その駅に行くまでどこの道通るかわかんないんだもん。

それと私、何故だか関東に来てからバスというものが嫌いだった。

横浜や東京に出て来ての最初の時期がいけなかったのだろう。

いつ来るか?と思うし時刻表通りじゃないこともある。で、その昔、降りるときに料金を払うバス、乗るときに払うバスと似たような地域に二種類あることにもビビった。

まごまごしている間に人を待たせるのも嫌だったし距離によって料金が上がっていく場合だとしょっちゅう料金の電光を見つめていなければならないし。

あと、プライベートがめっちゃボケボケだから目的地を通り越してしまうかも知れないじゃないか。

たかがバスでこんなにトラップが出来てしまうチキンな人間は私くらいなものだろう。

なので「歩いて来てるの?」と言われると「だって、バス、怖いもん。」と言っていたら大爆笑された夏のある日。

しかし、「大丈夫。乗る前にピッ!だから!暑い時期とか寒い時期とかはしんどいから乗りなよ。ましてやここの仕事終わってから歩くなんて。」と言われて「そ、そうか。」と思い直した冬には結構痩せていた。歩くのって凄いダイエット効果だったのね。でも、これ以上痩せたくない。

痩せても結構太っているのだけど、そのうち力が出なくなってしまうんじゃないかと思ってバスと仲良しになった今日この頃。

おかげで行きのバスで色んなスタッフやホームのドライバーさんに毎回のように会う。

さらにそのおかげで仕事前のバスの中で「今日、誰々さんを皮膚科に連れて行きたいんですけど〇時頃、車とお身体空いてますか?」と先んじて予定を確保できたり。

一本遅れても会えたりするうちに「仕事前に仕事の話するからうざいんじゃないか?」と思っていたのだけど、こちらが気が付かない日にも「おはよう!」と声をかけて仕事を請け負って下さる。

ありがたいなあ。

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世間は三連休だったのでスタッフの方々がスキーに行っていたり温泉旅行に行っていたり。

良いですなあ。

そんな折、喫煙所で職種は違えどいつもキレッキレに働いている女性が「スキーに行って来た」という話を聴かせて下さる。

そこから思い出話になり、そう言えば私も生涯に3〜4回くらいしか行ったことないけど、上手い人と行くとずいぶん急斜面のところまで連れて行かれて「降りれないやんか!」という状態になり。

最初は怒り、怒っても降りなければならないのでベソをかき、でも、それが治まると再び怒りがわいて来て結局ガンガン降りて来ていたわ。←ガンガンというところがポイントね。すいすいじゃないの。

すると「あたしもよ!ダンナがそういう上級者のところに連れて行くもんだから怒りながら降りて来たわ。物凄い筋肉痛。」。

ふと一面雪のゲレンデを想像し、「そう言えば、リフトで降りて来ても良かったのに・・・何でそうしなかったんだろう。あ、恥ずかしいからか。」と気づく。

あと怒りつつも連れて来てくれた相手に悪いかなあという気持ちもあって、結局ワーワー言いながら降りていたんだわ。

「あたしもよー。で、仕事も怒りが源でぐわーーっと動けているような。そして、あとでぐったり。」

わかるわー、それ!とビックリするほど共感した。

理不尽なことがあると物凄く腹立つんだけど、それならやったるわいっってことでやっちゃうんだけど、アドレナリンを放出した後はぐったり。

「そうそう。まめに燃え尽きる。」

バスやらリフトに気を遣うとか、それなのに理不尽なことに怒るとか、もはやいったい気が小さいんだか大きいんだか分からない。

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それはさておき、その怒りだとか勢いだけで出来ないのが仕事の全体像でもあるんだわ。

特にカウンセリングの方の仕事なんて、喜怒哀楽を持ちつつも心のどこかに凪いだ海のような心が必要になって来るから。

一方で、身体弱いくせにカウンセリングと違って動けば何とかなるって一面がある仕事も好きらしい。さあ、好きなだけ頭と体を駆使せよ。あらんかぎり優しくしていいぞ!とか。

時々自分でも何考えているのか分からないときがある。

けれども、今日も沢山の人に笑顔を見せていただけて、私もゲラゲラ笑えて、幸せかつ光栄だった。
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2017年01月01日

ありがとうございました

2016年の仕事は終わり。

正確に言うと31日の夜22時過ぎ、まだまだやり残していることがあるのだけど、もう、とりあえず終了。

今年中今年中と思っていたものばかりだけど、どう考えても2時間でやりきれない。

今年はカウンセラーやりつつ特養や有料やらの老人ホームに手を伸ばしその世界を学んだ。

病院へ居た頃は病院の中でのその人のことに終始していたけれど、その先退院した後の人々の生活を、かつては訪問入浴やカウンセリングで、そして今はホームという場所で少しづつ学ぶことが出来ている。そして年々色んな職種の人々に出会うようになった。

そして、その傍らにはいつも心理学やカウンセリングがベースとして役に立ってくれた。

どうでも良いけど、最終日に至っては思い切り寝坊したのよね。もうダメかと思ったけれど間に合ったんだな、これが。(レイキってやっぱ、凄いな。何で間に合ったんだろ。)

ホームの入り口に入るなり先日の青年が立ってニコニコしていた。泣き顔が晴れて良かったね。

「あ!おはよう!」

「おはようございます。」

多分一階のフロアで仕事していて偶然通りかかったのだろうなあ。

私はと言うと無事にいつも通りの時間に着いたのでそのまま裏手にある喫煙所へ行き、その日二度と来れないかも知れない場所で一服を。

もう蓋を開ける前からどんな一日になるか分かるの。
何せ、年末だってのに回診がある忙しい日だもの。

すると、すぐにオートロックの扉が開いて先ほどの青年がやって来た。

「今日は夜勤明けでまた今晩来るんですよ。ここで新年を迎えるんです。最後の夜勤です。」

それはお疲れさまです。最後っていうか、来年にまたいじゃうね。

「いや、そういう意味の最後じゃなくてもう夜勤をやらなくなるんです。」

えー?辞めるの?

「いや、日勤には来ます。でも、生活を変えて本腰入れて勉強することにしました。」

確か前、塾の講師をやっているとか、フランス語が得意だとか言っていたけど、何かそちらの仕事を本腰入れてやるということかな?

「いえ、家庭裁判所調査官を目指しているんです。ずっと前からだったんだけど、何となく忙殺されて日々が過ぎていたけれど、生活を改めて今度こそ頑張ろうと思ったんです。」

おっつ、凄いねー。そんな職業があるってことすら忘れていたわ。何だか入居者さんの中にぐいぐい入って行くし語彙が豊でコミュニケーションに長けているし、てっきり語学とか教師の路線かと思っていた。っていうか、介護の世界一本でも日々ちゃんとしているのに。

でも、そういう職業を選ぶ背景って、色々あるんだろうな。

あと、日勤には来てくれるなら良かったー。居てくれるとほんとに助かるもん。

「あの、今度、日本酒飲みに連れて行って下さいよ。」

その辺で時間が迫って来たので「いやあ、私、もうそんなに飲めないのよー。」と言いつつ火を消して館内へ戻ると彼も戻って来た。

それから慌ただしい一日が始まった。

一階から三階まで仕事で走りまわっていると、ところどころにその子がいるので「早く帰らないと!今晩も夜勤なんでしょ?」と言っていたのだが、他の人にも同じことを言われてた。

「わかりましたよ。帰りますよ。」と言うので笑っていたのだが、それからまたしばらくしてとある人の手の傷に包帯を巻いていたら、その近くで一階からエレベーターを押しているのが目に入った。だって、真ん前なんだもん。

帰るって言ってたのに、なんで上にあがろうとしてんの?!

「だははは。はい、はい。帰りますよ。」

そして手の処置が終わって移動していると廊下の一番端っこ、先ほどの喫煙所側の出口の前から大声で叫ぶのが聞えた。「ほーーんとーーに帰ります!」

はいー!お疲れさまでした!良いお年を!

大御所ナースさんが「友達なの?もう、友達になったの?」と怪訝そうに言う。

・・・。友達。良い響きですね。
友達になれていたら光栄ですけどね。

私も若い人を見習って頑張ろう。

******

帰宅してからも色々仕事していたが、いい加減ダメだ、こりゃ!と思って仕事は止めて掃除を始めた。

昨日観たかったのにやっぱり観れなかったボクシング、井上VS河野戦を流しながら。

しかし、やっぱり私、馬鹿だった。そんなもん流したら手が止まって釘付けになってしまう。

昨日から今日までの間、もしも誰かがボクシングのボの字でも言おうものなら「今夜見るんだから、絶対結果を言わないで!」と怒号するつもりでいたが、この考えもやっぱり馬鹿だった。だって、ボクシングの話題をする人なんてカウンセリングの世界にも介護や看護の世界にも居ないもん。(/_;)

おっと、年末だと言うのにボクシングの話をすべきじゃない。延々終わらなくなるから。

なので、ご挨拶。

今年も沢山のセッションの機会をありがとうございました。

大切なエピソードを聴かせて下さりありがとうございました。大切な心、自分探しや問題解決や、癒しや、何かを極めることや、色んな場面に関わらせて下さってありがとうございました。

何かに気が付いていく表情から私も一緒に気が付いたり一緒に学ばせていただくことが出来ました。

微力ではありますが、来年も日々精進して行きます。

本当にありがとうございました。
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2016年11月23日

変化

昨日の続き。

記憶によるところ、中学校の頃、祖父の癌の発症やその他諸々の理由があって”看護師になりたい。”と思った。

そこで薦められたのは当時の故郷では名高い○○女学院だった。

そこに通えば看護学科が授業に沢山盛り込まれているので、卒業と共に准看の資格が取れるというふれこみだった。

とりあえず准看を地元で取っておけば、その後高等看護の専門学校に通うにしても働きつつ自分で行けると考えていた。

ところが、当時の中学校の保健室の先生や担任が面白いことを言う。

二人とも違う表現で同じことを言っていたのだが要するに『おまえさ。准看ばかりを目指す女学校に行って本当に面白いわけ?いや、それが面白いって思う生徒もいるだろうけど、おまえ、それで良いの?』とか

『もしかしたら他のことをやりたくなるかも知れないでしょ?まだ若いんだから。その時、看護に特化した高校に行ってたら得なことではないと思うのよね。逆に看護は、普通の高校行った後、本当になりたければそれから目指しても遅くないんだから。』

いやあ、人がせっかく志望校を選んだのに何言ってはるのかなあ・・・と思った。水さすなよと。

『いやあ、ミッション系の女学校に行くの?』

だって、それが最短じゃん。

『それより、色んな仲間と出会う三年間を過ごせよ。〇高なんてどうだ?』

え?そんなところ受かりません。

『何言ってんの。』『そうそう。おまえ、〇高、受かるよ。』

なーんでこんなに熱くなって言ってくれるんだろう?とその時には分からなかったが後に分かる。看護に特化した高校に行かなくて良かった。

そこではやんちゃしたものの、本当に個性的な友達、教員に沢山会うことが出来た。

しかし、反対意見を言ってくれた中で、愛を持っての反対意見を言って下さったのはそれきりだった。

世の中、および、私の性格を熟知して真剣にアドバイスをしてくれたのは。

それ以降も何かやろうとすると周りの反対を受けるしケチをつけられることは多かったが、先の恩師たちとはまったく別の理由での横やりや制限だったように思う。

結局ずっとナースをやり続けて、やがては病院の良いところと悪いところの両方を観て、疑問を感じ始めたところ、心理学をやりたい、しまも本職にしたいと言った頃、『何でそんなことするの。』『そんな怪しい仕事しなくてもナースで食っていけるじゃないか。路頭に迷うぞ。』と言われた。そりゃもう多くの人に。

でも、そういうことを言う人に限って心理学やカウンセリングの何たるかを知らない人ばかりだった。

やがて心理学に進む。さらに言うと閉鎖的な病院独特のカーストに嫌気がさすようになる。心のメカニズムを学んでしまった故、今までは有意義なディスカッションだと思っていたことも、実はもっと単純なことだと分かったり、心が欠けてしまう体制の原因が分かったり。

その後はレイキ。

これも言わずもがな、批判された。まあ誤解が大きい職種だから仕方ないけど。

それでもやった。

そうして、カウンセリングでデスクを挟んで色んな人々の話を聴くうちに、今度は訪問入浴か皮膚科のいずれかを学びたくなった。

これも大変だった。

何故なら昔カウンセラーになることに反対していた人々が『いいなあ。それ。私もそれやりたいな。もう体疲れたから私もそっちをやろうかな?』と言い出した頃だったから。

ところがそこで訪問入浴をやると私に言いだされると困るのが彼女たちだった。

『いやだー。それだけはやめてよ。』というのは、実はすでに彼女たちの中でカウンセリングは楽なものだという勘違いが生じていたからだ。

そのモデルがわざわざダブルワークを始めてやりたいことだから!と言っても、『やめてよ。そんなの大変じゃん。せっかくそっちをやろうとしたのに。』ということになる。

考えてみれば、別に私がダブルワークするからと言ってあなた様もやらなくて良いって話だったのだけど。それもやる前は「絶対反対。」と言っていたのにその頃には「いい仕事しているんだから他のことをやるな」と言う。

さらにそれから何年も経って、今度は私はこれまた未経験の老人ホームでのナースをやりたくなった。これがまた目から鱗の連続。

で、今も等しく反対されている。

けれども私としては、今、特養で仕事をやっている状況というのは初めて訪問入浴を始めた頃のようなヨチヨチ歩き状態。

だからと言っては何だけど、訪問入浴でイキイキと怖いもの知らずで働けるまでクリアして来たように、ここ特養でも仕事を極めたいという思いがふつふつ。

かいつまんでいうと、、ええ、まだはっきりとはわからないのだけど、少なくとも今の時点で、特養ナースの日数を増やしたいと思っている。

出来れば半端しないで極めたい。

そうするとある程度勤務表に乗っ取ってやっていかなければ流れがつかめない。

それで考えたのは回数を倍近くに増やしてあちらにも力を入れて行こうということでした。あたかも訪問入浴を始めた頃に必死だった時期のように。

HPやブログで何かを発信するまで、私はそんなふうな人々の『私が、私が。だから止めて下さい。続けて下さい・・・etc』という言葉に振り回されて来た感のあるのだけど、、今となってはやっぱりやりたいことをやりたいなと思うようになりました。
*****

今までは空き時間やスケジュールをお申込み下さった方とのやり取りの中でしか告知しなかった。

でも、今後は、勤務表が出来たのち、ブログにて空き時間を発表したいと思います。多分それは毎月25日前後になると思います。

カウンセリングや心理学の手を抜くのではないので、むしろ、特養での仕事を入れ日数を取られる分、カウンセリング日の営業時間が今までより長くなるでしょう。

でも、どれも手放させないんです。

ただ、前もって枠をキープすべく予約下さっていた皆さんに迷惑をかけてしまいますよね。

長くなりましたが、今後は月末の勤務表が出た後、空いている時間や日程を発表します。

その上でもしも使って下さる方々がいたとしたら、私は私的に本職だと思っているカウンセリングや心理学を続けて行こうと思います。

私も一人のわがままな人間で。

特養も何かを掴んだならある日ポンと手放してしまうかも知れない。

そこのところは依頼して下さる方に詫びることしか思いつかないのだけど、必ず大きくなります。

応援して欲しいとは言いません。

ただ、この条件でも私を使って下さるとしたら、どうぞ今後もよしなによろしくお願いします。

また後日詳細を発表することとは思います。

今までの形態でも感謝。そしてこれからの形でも感謝しつつチャレンジしていきます。
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2016年11月22日

こころの旅 また新たに

最近ちょいと回想することがあった。

それは今年チャレンジして来たことに取り組み続けての今を迎えているということが大きく影響している。

今年チャレンジしたのは未だかつて経験したことのない有料老人ホームや特養という施設でのナース業務。

そして外の世界へ行くと自ずと心理学を学んで来て良かったなあと思うことが多々あるということ。

専門書を読んだりセミナーに行きまくったりも良かったのだけど、もしもそこで学んだことを日常で使わなければ全く意味がないということを再確認。

世の中には何かの資格を取ることや学校に入ること、肩書を得ることをゴールと考えている人が沢山いる。学問のことばかりではなく、結婚をゴールと考えたり我が子の人生と自分の人生をごっちゃにしたり。

だからこそうまくいかないんだよと思う検案をカウンセリングの世界でも山ほど聴いて来た。

はたまた逆に「私は資格や肩書に絶対頼らないの。野良でいるの。」と言う人もいるのだけど、”野良”というのも自分で付けた肩書には違いないし、努力して何かを取得した人を常に意識しているので「これだからお勉強ばかりして来た人は・・・」と結局は肩書を憎み意識し続けることになる。

何かを学んだだけで一向に日常に生かさず、あぐらをかいて人に自慢するのが愚行ならば、名前のあるところを出た人と自分を引き比べては優越感を探し続けたり安心しようとする作業もまた愚行だなと思う。

誰もが自分らしく自分の人生を生きれば良いだけなのに。

そんな中、わが身がやって来たことを回想する上で、少々生活を変える準備をしたいなと思った。

それは続けて来たことを止めるというわけではない。

むしろ続けて来たことに是非とも必要だと直感が叫んでいることだから。

まあ、結局いつでもそうだった。

人からは色んな想像をされて先方の都合で色々言われることもあるが、これからもやりたいことをやって行こう。

その自由は時に大変なことでもあるけれど。
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2016年10月28日

無数の花びらが降っているようなひと時

今月のカウンセラートレーニングの会の日は10月生まれの方を祝う気持ちを表現する時間取が取れた。

先月お一人が「何が良い?」と質問して下さっている際にハッキリと意思表示して下さったのでそういうのって助かる。しかもお手頃だっし。

可愛くて優しくてほっとする食器をプレゼントしている方がいた。そして私も暖かい色のお皿を贈ることが出来た。

その他、アドラー心理学が好きな彼女。しかし、忙しい彼女。そんなライフスタイルに忙しくても気軽に開ける薄目の本もプレゼント。でもアドラーのエッセンスがいっぱい。

皆さんもウキウキと可愛いラッピングで、暖かい実用的な日用品や素敵な雑貨などをプレゼントなさっていた。

特にお誕生日会でもないし強制でもないし、示し合わせているわけじゃない。

ただ、普段、物質や肩書を挟まず、出来るだけありのままの自分自身で交流する習慣が無意識についている人も多い。アドバイスという形の押し付けも実は双方の尊厳を傷つけることもあるということを学んだ人々でもある。

でも、基本的には何かしたくてたまらない優しい人々なのでこういうときの好意の表現は炸裂する。

下心が入っている交流でも物質は行き交うかも知れないけれど、それとは裏腹に、とある道程を歩んで来た人々だから、差し出す手やその一品一品が光っている。

思い切りが良いけどべったりしていないと言ったら良いのか。

たちまち祝福と応援をこめたプレゼントが、ガラガラと引いて歩けるキャリーいっぱいになってふくふくに膨れ上がった。

・・・・・・。このバッグって・・・こんなに膨らめるんだ。知らなかった。。。← 夫と喧嘩した数年前に「離婚じゃ!」と荷物を詰めて事務所へ家出して来たときのバッグ。

色んなことがあったけれど、これまでのすべての時代のあなたにおめでとう&ありがとう。
今のあなたにおめでとう&ありがとう。
未来を先に祝福しておめでとう&ありがとう。
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2016年10月02日

世界の片隅で

いやあ、事務所でカウンセリングやヒーリングや講座をやっている日々も独特の疲れがあるし、あいかわらず夜にはへばる。

決してナースの仕事より楽とは言えないのだけど、なんと言ったら良いのか、私はやっぱり心理関係の仕事での疲れの方が好きだなと妙なことを思う。

どちらも疲労なのにこちらの疲労の方が好きっていうのも変でしょ。

いや、もちろん、休日ににのんびりしていることが一番幸せなのだけど。

ただねー、初期の頃、事務所に閉じこもってカウンセリング三昧していた時期に学んだのだけど、やはり百聞は一見に如かずなのよね。

言うは易し。

聴くのみだとしたらそれも易し。

それを思うとやはりなるべく外のこと、社会のこと、具体的な人間関係やら、その他諸々のことに触れていないとなんだか全てが机上の空論になってしまう気がして。

とは言うものの、私が携われる企業というのはナースの仕事の世界で世間から見れば狭いとも言える。

ところがナースの世界にも無数に職種があって、これはこれで広いとも言える。

で、その場所にもやはり色んな生活や人生を背負った患者さんや利用者さんが訪れるのでやはり勉強になるのだと思う。

月に何度か派遣先に行くとき、駅から施設への道を歩く早朝、「遠いなー。私、何やってるんだろうなあ?これが何の役に立つんだろうな?」と思わずにいられないバイオリズムのときもある。

けれども、一旦現場に着いて現実に触れれば、「なるほど。」と分かることが多い。

私だけじゃない。人は、居るべきときに居るべき場所に居るのだと思う。

*********

そして他にも楽しく学ばせて貰ったり喜怒哀楽や人の人生に触れる酒の席。

世の中には本当に色んな人が居て、もう少しで50年近く生きている私は最近思う。

人は特例を除けばほとんどの人がそのまんまで良くて、人間とは案外優しく美しく可愛い生き物なのだと。

今日の日に感謝。
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2016年09月18日

失敗した

いやあ、今日はまいった。

仕事から帰って来て、自宅の部屋でのんびりしていたらいつのいつのまか爆睡していた。

気が付いたら夜中の0時、。うわー、まだ風呂も入ってねー。IMG_1172.JPG

仕事の色々やらなければならないあったのに。。。。

と悔やんでも仕方ないのでいっそ眠さに身をゆだねて寝てしまおう。明日のために。
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2016年08月24日

ずっと心に

お誕生日が近いからとプレゼントをいただく度に「わお!」と喜んでびっくりしてしまう。

なんでかと言うと自分の誕生日を忘れているんだな、これが。年齢いくごとに忘れたいのかも知れない。(笑)

お花とかバスソルトとか色んな素敵なもの。

気持ちだけでも嬉しいのに、何で選んでくださるものがこんなに可愛いものや素敵なものなのだろう。

「自分がここで飲みたいばかりにごめんね。」と言ってコーヒーメーカーを下さった方もいらしたのだけど、それこそ嬉しい。ここで飲んでくれるのね。淹れさせてくれるのね。しかも、実用的でポットつきの冷めないし、トレーニングの会でもある程度の人数分が一気に作れる。

何か月か前に夫が「かおちゃん、事務所のコーヒーメーカー、壊れてるだろ?良いの見つけたから予約しておくね。」と言ってくれたとき「あら、ありがとう。でも、あなたより一足先にそれを考え付いた人がいらっしゃるので大丈夫。」と言ったときの熊さんの「な、なにぃ?!」という衝撃。無理もない気の回る男、段取りの男、ツボを心得ている男という自負があるらしいので「最近判断力が鈍ったってか、遅くなったなあ。」とこちらが思うより真剣にうなだれていたのがおかしかった。

確かに若い頃から一緒に居て、仕事以外でも抜け目ない人間だったけど、ずーーっと一緒に互いを観ていると互いに若干認知入ってるなーと思って笑えてしまう。老眼にもなったしね。信号が変わるのを認識するのが0.5秒くらい遅くてあれ?とか。「あー、あれ買って来るの忘れたあー!」とか。

話はそれてしまったが、選んでくださる方々のお気持ちが嬉しいのだ。わざわざ荷物になるのに。それに覚えていてくれたなんて。

で、私はというとこんなに感謝しておきながら、仕事や日常に入るとまたすっかり誕生日のことなんて忘れているので、そこにまた何かいただきものをすると「わ!あ!そうか!まーーー、ありがとうね。ありがとうね。」とまた喜んでいる。←やっぱり認知か。

で、ボケると昔のことをしっかり覚えているというがその傾向もあり。いつぞやの可愛い扇風機やら白いポーチやら、火のともったケーキやら。。。永遠の宝物の光景が心の中にある。

*********

そして今日、ゾンビ状態で仕事から帰って来ると廊下で出くわした次女くん紙袋を渡して「一日早くてごめんね。明日は私、用事があって遅くなるから今日選んで来たの。」という。

え?何が一日早いの?と、これまた自分の誕生日を忘れるほど走っている私。

でも「一日早いけれど誕生日おめでとう。」と真っ白なガーベラとローラメルシエの口紅をくれた。IMG_1149.JPG

昨年の夫は100本の赤いバラ。そりゃ嬉しいけど、数じゃないんだよね。一輪の白いガーベラも、ローラメルシエのローズのベージュのようなカラーも、イメージで買って来てくれたんだなあ。仕事帰りは疲れているだろうに。

すると色んな事情や皆のセンスを目の当たりにした夫が「うわあ、どうしようかな。白いガーベラでしかも一本で立っているってモロイメージじゃん。負けたなー。コーヒーメーカーもあるしな。俺、今年、どうしよ。」

応えて私は「現金で良いよ。」

「。。。。。。。人の気持ちが嬉しいんじゃなかったのか?」

うん、でも、即物的なものも好き。

そんな罰当たりな冗談。もちろん夫は傷ついている。結構ロマンチストなのよね。

それはともかく高校生の頃に一回、27歳くらいの頃に一回、死にかけた人間。

占い師にも30までは生きないって3人くらいに言われた私があと数時間で49歳になる!よう生きてた。

何だか人生のロスタイムのような気がせんでもないけど、のびのびと交わし、活路を見つけて好きなように生きて行こう。
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2016年08月14日

生命の樹

先日はブログを読もうとして下さったときに観れない状態だったようで、どうもすみません。(ぺこっ。)でも、ありがとうございます。

******

二日前、メールやラインで「ブログが観れません。」というメッセージが来ていたのだが、なかなか確認する時間がなくて。

数時間後にやっと自分のページを観たら・・・・象形文字みたいなもんが延々と並んでいたのでドン引きした。俗にいう文字化けというやつね。

でも、そうしてびっくりしている間にも「あの、ブログが・・・。」とメッセージが飛んで来るので引きっぱなしになっている場合ではないじゃないぞ、私。

これは、私がまたどこかのタグを閉じ忘れているんじゃないか?と軽くチェックしたのだけど、別段何か変なことをしているわけではないようだ。

昔だったら一点集中型オンリーだったので近づき過ぎてミスに気が付けなかったかも知れないけれど、多分今は引きのカメラで観れるので多分大丈夫。

で、複数の方々から教えていただいているわけだから私のブラウザの問題ではない。

となると、これはこちらの問題ではなくてサーバー側の問題かも知れない。

障害報告観ても何も書かれていないのだけど、大抵この手のお知らせって復旧してから書かれるのだろう。原因が分かる=復旧の目途が立つ という時点じゃないと何もお知らせ出来ないのでせう。

では、問い合わせるか?と言うと、それもほとんど無意味。こういうときは多分沢山の人から問い合わせが来ているのでその対応に追われているだろう。ということは、私のメール一通が、”正常に復旧”ではなくて問い合わせに応答する作業に追われる方に人員を回すという本末転倒なことになってしまう。

・・・・・・。結論。私の仕事じゃないので放っておいて待つしかない。

で、その夜開いてみたら元に戻っていて、今日になって障害報告を観たらやはりサーバー側の問題で文字化けしていたという旨が書かれてあった。

******

人は皆いつもと違うことが起こると「そっちか?それとも自分か?」と思い、かなりの比率でまずは速攻相手に訊いて見るという行動をとることが多いようだ。そりゃそうだよね。なんとなくその方が早い気がするし。

でも、もしもタイプに分けるとしたらだけど、私はその逆で「多分私だ。」から始まって、さらにそうじゃないかも?と思って「じゃあ、先方か?」となるらしい。もっと言うとこれこれしかじかな理由で問い合わせないで何もしないことを”する”らしい。

そうかと思えば、どう見ても無駄なことをしていることも多々ある。でも、それは私の無駄だから、個人的に私の無駄を楽しんでいるだけ。人をその無駄に巻き込む必要はないと感じているのだろう。

分からなかったら訊いても良いなと思うタイミングで訊くけどその前に自分で考える。→自分で考えると脳の癖が発動して気が付けないことも出てくるから、やっぱりその時は訊けそうなタイミングを待つ。→そして脳の癖が出始めたら、考えても事実とかけ離れてとんちんかんなことをしてしまいそうだからいっそ一人では考えない。(目安は数回、もしくは数時間くらい同じことしか考えられなくなったとき。脳の一部の回路だけをグルグル廻り出していることが多いから。最近では数時間というより数分、時には数秒って感じになって来ているような。)

その間、別ので出来ることに集中しているので結局バタバタしているのだけど。

ただ、私は色んな人の脳の得意な回路をお借りしたりして生きているのだと思う。多分、皆、七つのチャクラ同様に持っている全ての脳の可能性。
でも、生まれつきの気質とか、置かれて来た環境とか、あるいは体験や感性の違いで各人、脳のどこか一部の回路に血液が沢山循環している。

その循環を広げるには自覚した後、心と体が一体になった後も割と時間がかかるのだけど、その間は、いつの間にか皆が得意な脳の回路を貸して下さったり教えて下さったり。

それを得意不得意で捉えても良いのだけど、著しくトラブルを起こすほどの偏りでもなければ個性だと思う。

多分私たちは皆違うから生きて来れたのだと思う。

話したり聴いたり、考えたり、待ったり、優先順位を決めたり。

関わりというものがもたらしてくれる選択の不思議さとその恩恵。

結局は回路を廻っているのだけど、その範囲が大きくなっていく人々、自分。

これは立体的なパズルみたいなものだ。受容さえ出来れば1ピース、2ピースと増えて全容が見えて来る。

立体的となるとジグソーパズルよりレゴのブロックみたいな概念になるのかな?と、そのパズル思い浮かべたとき、一瞬にしてカバラの生命の樹がボン!と浮かんだのでびっくりした。

10個の「球」と22本の「小径」から構成されるあの図形。最近ではもうご存知の方が多いのだけど、私はずいぶん長らく頭から離れていたので突然現れてびっくりした。

いったいこれが何なのか?というのが今でも話題や解説が尽きない。諸説がいっぱいあるけれど、結局はまだ分かり切れていないという。古代から伝わっているというのに。
日常から離れている存在だと思っていたので簡単に忘れていた。

これは何と繋がっていてどんな意味があるのかなー?と思ったのは、その生命の樹自体にじゃなくて、何でいきなり浮かんで来た?という自分の状態への疑問。

それはさておき、すーーっと頭の中の図を観てみると、その樹の図形すら何かの1ピースになっていた。かちっ、かちっと組み立てられているのがどわーーっと広がった。

え?一個(本?)じゃないの?と驚いたこの感覚は、初めてのレイキのディグリーの最中、目を閉じている自分の背後にどわーーっと曼荼羅が見えたときと同じ感覚。曼荼羅の中にも曼荼羅があり、さらに感性かと思いきや、その曼荼羅さえ、もっと大きな曼荼羅の一つにしか過ぎないということが絵で見えてしまったときの衝撃。丸の中にまた丸があるって状況が無限に続いている。いや。有限で端っこがあるのかも知れないけれど、その中での私はあまりに小さいので無限に見えてしまう。

あの時の曼荼羅の法則と同じで、生命の樹たちも寄り集まってさらに大きな生命の樹を作っていて、その繰り返しなのだけど、どこの部分の1ピース(?)を観ても完璧に生命の樹なの。

曼荼羅は2次元の絵だったけれど立体になってもうた。

多分生命の樹を構成している一部である一個の玉に集中してそれが生命の樹の一部だと分からないことがあったり、自分の内側に延々と深く連なっている生命の樹々を観ることもあるのだろう。これは内側へ入っていくとき。

あるいは今回のように逆に細部から周辺にどんどん広がってやはり大きく広がっていく樹々の一部だったんだと思うこともあるだろう。(どちらかと言うと後者の方が衝撃だと思う私。)

そして、どちらも同じ作業なのだと気が付いた。細部にこだわることも世界を広げていくことも。

文字ではうまく表現できないのだけど、やはり一つ一つやって行こう。それが大切な何かの一部で、どんな小さなことも何かのプロセスなのだから。

ほんとはこのまんま、頭の中の絵を観て貰って「これ・・・」で済ませられることなのに文字にすると長くなるなー。
でも、こんなことですら何かの1ピースなのかも知れないのでさぼるなと言われているような気がする。
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2016年08月12日

流れ

いつぞや、施設からの帰り道、やっと駅についてベンチに腰掛けて電車を待っていたのだが。

これがまあ、お目当ての電車がなかなか来ないこと。

さらに言うと、西部線は朝は苦労しないのだけど、帰りがやたらと○○止まりという電車が多いこと。

そんなわけでホームのベンチに腰掛けている時間が長いのだが、なんとなく同じ列に座っている端っこの方が施設の長の方と似ている気がする。

のだけど不躾に観るわけには行かず、あと、施設からこの駅までがあまりに遠いので違うだろうと思っていた。

そしてそれからしばらくしてまた出勤した際、業務を終えて帰る際、出口にいらしたので「お先に失礼します。」とあいさつをしてお別れ。

ところが、FAXをコンビニで送って、通りの表に出たところ、既にバス停に長がいらしたので再びお疲れさまとご挨拶。

へー、バスでお帰りになるのか。都内の方かな、もしかしたら私が徒歩で向かっている駅までのバスかも知れないが。先日似ている人見かけたし。

そんなことを思っていたら案の定、駅でも既に追い越されていてバッタリ会ってしまったので笑った。でもまあ、バスに乗れても徒歩の私が追いつくほど大差ない本数ということなのだろう。

避けるのも不自然なので恐れ多くも隣に座って長い道中を一緒に帰った。なんとおうちは立川だとおっしゃる。

ずいぶん遠いところから通っていらっしゃるのですね。(しかも常勤で管理職ともなると毎日ということになる。)

「うん、家と施設の往復はストレスたまるけど、こういうときゲームしているから。」と携帯のパズルゲームを見せて下さった。

あ、私も時々遊んでるのと似たような感じですね。忙しいときほど何も考えないで無になれることをやると息抜きになりますよね。

長だと特にそうだと思うのだけど、これに出張やらレポートやらが加わるし滅茶苦茶忙しいことだろう。疲れるだろうなあ。

「尾崎さんは一つところに長く務める気はないの?」

勤めていたのですが、20数年ほど。今はわけあって常勤になるわけにはいかないんです。他のことがメインなので。

「そうなんだー。うちにいてほしいけど、それもなんだか悪いもんなー。」

そんな会話をしつつ、ほぼ同じ道中で無言で二人並びパズルをやっていたのだが、いつしかラーメンの話になり、施設がある駅の○○ってところ、気になりますねとか。

「あ、私も、私も!」

じゃあ、どちらかが先に入るようなことがあったら報告し合いましようね。と言うと「うんうん♪」と笑ってらした。

「尾崎さん、話すと仲良くなりそうだけど、なんだかいまいちどんな人なのかなあ?って分からないよね?よく言われない?」

ああ、言われます。自分では普通にしているつもちなんだけど独特だねーって。(そう言われても変わりようがないんですけどね。)

そんなことを言いつつ別れたあと、昨日、クライアントさんに言われたことも思い出した。

”寄生獣のミギーみたい。”とか。

それは人聞きが悪いような気がするが・・・。

「いや、広−−くみてもいるけれど、何かに集中するとアンテナが指先みたいにとがるでしょ?よくわかんないけど、独特で不思議。」

ああ、なるほど。そういう意味か。

でも、ほんとのところ、人って皆独特なんだよ。

皆が普通という幻想を作り上げようとしているだけで。

*****
ところで昨年から続いている転換期がまだ続いているらしい。それは次女くんの星占い説なのだけど、なんとなく納得できる部分もあり。

そりゃ人間だから願いや欲っていうものはあるものの、ストップって天からのお達しが来たらさすがに逆らえないなあ。ええ、天ならね。

とりあえず人知の範囲内で出来ることを続けて言ってみよう。

結局この部分だけは不動なのだなあと自分で思う。

それを思うとこの人生は、成り行きで進んで来たような気がする。でも、その成り行きを全うするのって結構大変なこと。

これから先、どうして行くのか?と考える時期というのは、何かが起こるとき。変わりやすいとき。それすらも力を抜いて見届け、受け入れて行こう。私の人生だから。
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2016年06月30日

今は分からない

本来2か月の任期があった派遣先はとある特養。つまりは老人ホーム。

あまりに前の派遣先が良すぎて、しかも新しい考え方で無駄もなく、なおかつ愛があるところだった故に激しいギャップを感じた。

まあ、あんな良いところは何と思っているので予想していることではあったんだけどね。

しかし、こんなところにこんな大きな敷地があったのかというくらいの場所で、トイレに行くにも相当時間がかかるわ。おまけに水分を自由に補給できなかった。

あと、これは勝手な私の倫理観の一つに過ぎなくてずっとそのやり方でやっている先方の方々がいけないというわけではないのだけど。

そう思ったことの一つに今時、ごはんに薬を混ぜて食べさせるという衝撃。

そしてあの詰込み方式&誤嚥が日常茶飯事の食事介助。

確かに無理やり栄養を詰め込めば褥瘡は少ない。しかも、胃ろうで直接胃に栄養を流し込めば長生きできるし、確かにこれまた褥瘡は少ない。

でも、罵倒されている人を見ると、褥瘡できないのが幸せなんか?長く生きれば尊厳がなくとも幸せなんか?という疑問がふつふつと。

一つ前の場所は、入居者さんや家族に事細かくご希望を訊いて胃ろうが必要か?点滴したいか?を訊いていた。

水分摂取量だけは気を付けていたし、もちろん食事の量もチェックする。排泄に至っても綿密に。

でも、食べたいときに食べて、食べたくないときには食べない。もしも傷ができれば手厚い介護がなされていた。

なもんだから、ハムスターのように口に食べ物を押し込まれて感謝しろと言わんばかりの様子を見ていると激しく違和感。

あと、この不便なほどだだっ広い施設に別の違和感を感じていたのだけど。

一番多かったのは何故だか軍服の人が現れて夜はしょっちゅう金縛りになること。

犬やら猫やらに見つけられるといろんなことを話しかけられたり抱きつかれていた私が、なんと、すれ違いざまに吠えられるようになってしまった。ああ、なんか連れて来ちゃっているってか、勝手について来ているんだろうなあと思った。

あと、スタッフの精神状態でもそういうのが垣間見れる。

うーん、でも大人だしな。2か月まっとうした方が・・・と思ったのだけど、だめだ、こりゃと思うことが起こった。

いちおう派遣を挟んでいるので先に報告してから去ろうと思ったのだけど、間が悪くて通じないことばかり。

とうとう連絡できて事情を話せたのは数日後だった。

それは良いんだけど、「そうですか。自宅近くで良いかな?と思ってご紹介したんですけど、近けりゃ良いってもんじゃないんですね。」と・・・その数日後にはもう次のお誘いが来る。

あの。。。自分にとって無駄だとか、あのスタッフの方々のようなことを危なくてやりたくないってのは私のわがままなんですよ。

で、途中で「さいなら」するようなナース、派遣会社の信用問題にもなって「もうお宅のナースはとりません。」ってな責任問題がかかってご迷惑にもなるはず。

なのに、「今度はちょっと遠いけど、人柄良い人もたくさんいるしきっと尾崎さんに合うんじゃないかと思って。私、尾崎さんが言っていること分かるんですよ。」とまだうちの娘くらいの派遣の長の女性が言う。

さてさてどうなることやら。

でも、カウンセリングだけやって心理学の理屈振り回すしているだけじゃ机上の空論。いろんな体験をしていきたいと思う。

今度は少ない回数を入れて緩めの勤務にしておいた。

予約が確定していないカウンセリングの依頼人様。。。明日、メールしてお伺いたてますね。

まったく私独自の価値観でご不便かけているのに使ってくださってありがとうございます。
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2016年06月23日

ままならない

仕事のことはともかくだよ。

プライベートの面で頼まれごとをする際、それの一つ一つは大抵小さな小さなことなので、よし来た!と引き受けるわけだが。

しかも、普段沢山お世話になっているのだから、こんな小さなことくらいやって差し上げたいじゃない!!!という思いなのだ。

ところがですね。

ボランティアレイキとか、あるいは事務所の近所にあるあれを買っておいて送ってとか、「これ、教えて。え?わわからない?じゃ、調べておいて。」というふうにその小さなことも積もり積もれば山となる。

結構な富士山を作り上げるまで気が付かないってのもアホの権化だなと自分で思う。

ほんと、あかんわ、そういうところ。

で、気が付いたら、プライベートでのことまであたかも仕事のように”納期”とか”締め切り”ってなふうにとらえている無意識に気が付くと、もはや絶句。

誰にも共感してもらえるはずのない自分だけの仕事を自ら始めたのだから、そこを分かってくれと言うのはあまりに自己中なので、なんか新たな選択を考えていくしかない。

でも、やりたいんだよね。

私がみんなにして来て貰っていることって、多すぎる。

とはいうものの、今日もへとへとになって帰って来て・・・・。

時々私は何をやっとるのかな?と迷走することもある。

で、レイキの自己ヒーリングをやって元に戻って来るのでまた新しく明日を始めることができるのだが。

それはともかく恩恵にあずかってばかりじゃあかんで!と両手が広がっていない私が復活してきている。

それは同等のことをお返しできなかったという罪悪感もあるのだろうけど、私の周りのたいていの人は、まったくもって、見返りなんて期待していないような天使のほほえみを浮かべている。

その認識と状況のずれを時折感じることがあるのだが、めまぐるしい毎日の中・・・まあ。ぼちぼちとやって行こう。←このぼちぼちですら悪い気がするんだどさ。
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2016年06月09日

天と地と

キャパオーバーについて自己一致出来て、一つ大好きな訪問入浴をカットしているのが今月なのだけど、いやいや、まだまだ。

よって、今月は、足元固めにいそしむ。・・・いや、多分今月ばかりでは終わらないことだろうけど。

とにかく、どっしり丁寧に一つ一つ取り組んで行きたいと思う。

じれったくて苦しい時期だ。

でも、らせん階段。

同じ景色が観えるもんで「あーあ。私って変わらないなー。」と思いきや、確実に変わっている。

だってそれはらせん階段であり、上の方に知らず知らず進んでいる。コツコツ登ったほうがしんどくなく事故も少ないので少しづつの傾斜になっている。

ええ、本人すら気が付かないで登れるほどのわずかな心の傾斜。

その上には一つ、いや、人によっては幾つかのゴールが待っていることには変わりないから。

そしてこの今現在のプロセスが大切。

逃げても登れないし変わらないもんねえ。そういう人に限って人さまに変われ、変われ」と言っては不毛な時間を過ごしたり、誰かのことが気になって仕方がない場合もあるのだろうけど。

それはともかく今は、これまで悩んで来たことの集大成。

まあ、外見の業務には出ていないかもしれないけれど、、あらまあ・・・こう書いてみると、

結局いつもと変わらないわけか。

よしとしよう。
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2016年06月08日

行動とその結果の感情

ある日、嫌だなー、無意味なだなーと感じることから逃げた。

別の機会にまた同じ事柄逃げた。

意味のない苦労はないと知りつつも、今更「何でそんな無駄なことを。」というようなことに時間をかけるのが酷く空しく感じられたから。

けれども、その無駄に思えること、やりたくなかったことを積み重ねた果てに「ああ、やって良かったな。」と思うこともあるし、「やっぱり無意味だったな。無意味なことは疲れるなあ、空しいなあ、」と思うこともある。

ただ、例え後者の結果が出たとしても、おかげさまで、有意義な時間や有意義な場所、望ましい相手との時間を与えられることのありがたみを以前にも増して感じる。

逃げて、逃げて、逃げて。何も片付かない。そりゃそうだ。その事柄に関しては何もしていないのだから。

二回の逃避の代わりに私にはなまけられる時間が与えられたがちっとも楽しめなかった。それどころか自分が嫌いになった。

もちろん逃避という防衛は必要な心の装置で、それでバランスをとっていなかったら人類は死んでいるかも知れない。

でも、逃げすぎた後の気持ちをじっくりと味わった後、なるほどなあ、これはどう考えても気分良くないなあ。と納得。

元々、不安というものは逃げる者を追いかけ、立ち向かうものから逃げていくという性質がある。

それを知りながらにして逃げたわけだから、据え置きの問題が膨れているのはあたりまえ。

追われるのは嫌いなので、この野郎の勢いで追いかけたい。もう二度と自分を裏切りたくない。向き合っていこう。

*********

帰宅した次女くんがアロマの一級の合格証書を掲げて満面の笑顔で見せてくれた。

「もう、ぎりぎりまでやらなかったからダメかと思った。しかも、今朝、一点足りなくて落ちた夢みたの。だから余計嬉しかったよ!!!」とおそらくは一番初めに見せに来てくれた。

「さあ、次は何を勉強しようかな?」

そういう次女くんは特に資格というものに執着があるわけでもない。ただ、ワクワクするものと、それに伴う苦労を抱えつつ歩むプロセスを楽しんでいる。

君は、逃げなかったんだね。いや、うまく逃げて、やりたいことからは逃げなかったんだね。

**********

次女は人のことをストイックだと言う。

いいや、実は母さん、全然ダメなんだよ。

そんなことを言っても仕方ないので、一つ、自分との約束を守ってみよう。

自分を嫌ったりあきれたりしていても何も変わるわけないから。
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2016年04月30日

頑張りどき

私の心も陰陽の両方がある。

よくスピリチュアル系の方々が金色だ、銀色だ、真っ白だ、紫と金が混じった色だ、いや、マジェンタだ!と言うのだけど、実際のところは分からない。(レイキを習い始めた頃、スクールの装置で観たのは真っ白だったけど。)

でも、そんだけ明るめやポジティブ系のカラーを持っている人間にの闇も深いのよね。それがバランスというもの。

もしかしたら、闇が濃かった時代を経たからそういう明るい色も出来て来たのかも知れないけど。

で、闇の方、つまりは限りなくブラックに近い方について言うと、猫の命をいくつも惨殺した男のニュースを目にするとハンムラビ法典、復活させろ!と思ってしまう。

強いものに立ち向かえないから女性やら動物やら子供やら、とにかく自分より弱いと認識している対象に怒りをぶつける人間は多い。それが生物の習性だと分かってはいるものの、何のために人間になったんだ、おまえと思ってしまう。

ブラックな私は熱湯かけてやりたくなってしまうのだった。

***********

今日は4件。

一件目がキャンセルになったのだけど、これまたキャンセル待ちの方にお会いすることが出来た。

あと、カウンセリング2時間と心理学一時間をご希望なさっていた方のエピソードが深くて白熱した故、とうとう三時間カウンセリングになってしまったりとか。

そして電話カウンセリングではあいからわらず奮闘している方のお話を聴くことが出来て感動。

終わり掛けに「先日ブログにこんなこと書いてくれたでしょ?」という問いを聴いて、ああ、読んで下さっていたんだ。気持ち、届いていたんだーと、ちょっと嬉しくなった。

休みたいなー、美容室行きたいなーetc・・・・・。という具合に色んな思いがないわけでもないが、今日も完全燃焼。

が、GWに一日だけ休みをとった。

そのときにはのんびりしよう。

それまでは、二度と戻らないこの一瞬一瞬を大切に、いつものようにコツコツとやって行こう。
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2016年04月20日

またかいっ

一昨日のこと。

帰宅するといつも私宛の郵便物はお婆ちゃんが階段のところに置いておいてくれるのだけど、そこにやや大きめの箱がある。

え、なに?お中元やお歳暮の時期じゃないし、最近は何も注文した覚えはないけど?

そう思いつつ見ると、箱にSoftBankと書いてある。

げっ!何?!

先日携帯の機種変をした際、データーのバックアップやら諸々の件で物凄く騒いで勝手に疲れたばかりだったので、この上、まだ他に何か?とドキドキしてしまう。

箱を開けると・・・・新しいモデムだった。

ああ、そうか・・・・・・。あの機種変の長い手続き時間に・・・うんうんと返事をしていた一場面を思い出した。

『今使っているプロバイダーさんに特別な思い入れがありますか?』

いいえ。

『じゃ、もしよろしければこちらに変更なさるとさらに料金が安くなりますよ。』

いえ、良いです。工事とか設定変える時間がここのところ取れそうにもないし手間なので。(機種変だけでもいっぱいいっぱいなんですよ。この足りない脳みそは。)

『あ、大丈夫ですよ。工事はおうちに入ったりしませんので。プロバイダーさんのメールアドレスも残す方法もありますし。』

などと言われているうちに、わかった、わかった。わかりました。そうします。お願い、早く携帯を頂戴、仕事へ行かせて。。。。という気持ちになってしまう。

そして今日(こんにち)この箱入りのモデムが届いたわけである。

ああ、あの時指定した日にちには、今の配線を全部取って、自分のPCと電話、そして隣の部屋の次女くんのPCに線を繋げなければならない。おっつ!プリンターもそうか! orz

で、多分だけど、その後、PC立ち上げた際にも設定のし直しってもんが待っているんだろうな。やっぱり、いややわあーー!

が、まだ4〜5日後だし、万が一PCがすぐに使えなくてもipadがあるから当面どうにかなるだろう。

それに、携帯のラインとメールが復旧しただけでも大分助かったわ。

書いたかどうだか忘れたけど、携帯メールまで普通に使えなくなったときにはビックリしたもんね。ラインの方は予想してたけどさ。

慌てて検索するとサファリを立ち上げてどうのこうのって説明を読みながら延々と作業してやっと開通。いったいなんだったんだ、あれは。

で、昨日の、クライアントさんへのレイキヒーリング中にベランダからノックされて倉庫を部屋に運び込むという大騒ぎも勘弁してよと思っていたのだが。

もうこれ以上驚くことはないだろうと思いきや。

今朝、ある方から「今日予約できる時間はありますか?」とまたしてもダメ元で携帯メールをいただけた。

でも、どうやっても空かなかった。

キャンセルも出なかった。

なので、ごめんなさい、空いていないですというメールを、そのまま携帯からお返事したところ・・・何故だか”送れません”とか”メールアドレスかパスワードが認証されません”とか言う画面が出て来る。

え?なんで?!ついさっきまで同じ携帯メールで他の人とやり取り出来ていたのに。

もう、気になって仕方がないのだが、仕事がある。

しかし、やはり、それは渾身の力を込めて、横に置いといて〜・・・・という状態で仕事をしなければならなかった。まったく、一つが気になるとずっと考え続けたり解決するまで作業する性質なのでこういうとき、困る。

そして、夜、仕事が終わってから再び携帯の色んなところを覗いでみたが、わからない。あー、何故送受信が突然出来なくなったのか、分からない。

そして、おうちへ帰った後、PCでまたしても同じような人がいないか?と検索。

すると、”これ、自力で考えたって永遠にわからん手順だろ。”という答えを発見。

で、またその記事に従って履歴を削除したり設定を変えたり・・・。

ああ、もう、いやだわー。ほんと、いやだー。いったいどんだけのロスタイム。お返事できないお相手の方にもどんだけ迷惑かけてんのよ。

とりあえず書いてある通りにやって、今一度送信。

すると・・・・お返事が来た。つまりは無事に送信出来た。受信も出来た。

ついでに私が先ほどテスト送信した自分から自分へのメールも山ほど来た。orz

夜がふけてしまったよ。

しかし、なんなんでしょ、周辺の知人の方々も色んな面でトラブルがあって家を直していたり、トイレの故障に困っていらしたり、あちらこちらで携帯やらお住まいやらお体やら人生やら、全てが改築モードになっている。

もっと大きなことを言えば・・・いや、言えない。被災なさって本当に最も根本から大変な方々のことは。

そして、とにかく色々とアウェイなことがあっても、夜がふけてしまっても、とりあえず今日は今日なりに解決したのだから、明日の準備をしてお風呂に入って休もう。

一つ一つ。小さなことから大きなことまで、全て、一つ一つで行こう。今までと同じだ。

同じ姿勢であること。これが変化というものだ。
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2016年04月16日

大きな悲しみとちょっとした失望

故郷でもある熊本は存外に広く、うちの近辺は高い山があるわけでなくビルが立ち並んでいるわけでもない。

ただ近くに小さな川があって、幼い頃には毎年のように床下浸水だの床上浸水だのがあたりまえのように来ていた。

皆でいちいち畳をあげたりして備えるので大変な作業だったが、子供心には、家の前に子供の足首や膝くらいまでの水が来ていて、自分の足元をドジョウやら魚やらが泳いでいるって状況が面白かった。まあ、子供だったからね。

今ではその小さな川にも対策が講じられ昔のような洪水も無くなっている。

そして確かに地震もあったのだけど、今回ほどの地震はもちろん無かった。

阿蘇からも遠く、山際でもない。だから、ニュースで報道されているような被害は故郷の家族には訪れてはいないものの、それはそれなりに心配で一昨日電話をしてみたがやはり通じないようで。

しかし翌朝、「○○小学校に避難しとる!」と烈火のごとく怒っている母から電話があった。

実は小学校へ避難するというのは台風やら川関係の被害を恐れて毎年のように行われること。だからそれ自体には驚かないのだけど、さすがに家の方も家具倒れたりくらいはしているんじゃないだろうか?

「怪我はしてない?誰もしてない?」と再三訊くのだけど、それには全く答えず「もう、家の中がぐしゃぐしゃたい!」としか言わない。

要するに怪我していないってことね。(答えてくんないけど。)

母にとっては地震ですら私に対する怒りの材料。おまえが地震おこした。それなのにおまえは東京でのうのうとしているって心理が働くらしい。

それにしても、うちの近辺ではないにしても熊本県の各地域で被害に遭われて負傷された方、家が倒壊してしまった方、尊い命を亡くされた方、そして未だ生き埋めになっている方々もいる。

胸が痛む。

2日目の夜中の3時、電話がまた鳴る。

しかし、生き埋めになるような環境でも地域でもないので寝ぼけながら電話に出て「大丈夫?」と訊く。怪我していないか。

「大丈夫じゃないよ、馬鹿!小学校に今 避難して来たよ!なんで、寝とるとか?!」

・・・小学校へは昨日避難して来ていたんじゃなかったっけ?あと、夜中故、寝ますがな。でも夜中に寝とるといかんらしい。

「わかったか!小学校に避難してる!」

わかった。

罵声と怒声。そして電話をかける余裕があるという昔から変わらないこの状況。地震も私のせいだと言う。

全域ではとても痛ましい出来事なので色んな安否を気遣うものの、悲しいことに母に関しては思えないというこの悲劇。

余所の地域で震災があったときには何食わぬ顔をしていて「そんなことより金送れ。」と言って居たくらいなのだが、自分が関連すると怒号している。

関東のときにも「おまえ、大丈夫か?」ってのも無かったなあ。

今回の該当地域の本当に大変な方々はもうそれどころじゃないだろうに。

本当に物心がついた頃からそうなのだけど、母には嘘が多かった。さすがに地震については嘘のつきようがないのだが、それでもつじつまの合わない部分が多い。

そういうのが悲しい。

母は幼い頃から小さなことでも「ああ、大変だ、大変だ!」と怒号していた。何もないときですらそんな感じだった。

そして「お前が何とかしろ」というストロークだったので、その怒りをぶつけられる私は成す術もなし。ただただ自分が悪いんだと思うしかなかった。幼かったしね。

さらに言うと母は一度も私に「大丈夫だよ。」と言ったことはない。「大丈夫かい?」と問われたこともない。

ただただ、大丈夫じゃない。自分を心配しろ。一番心配しろというポーズで、ただの一度も我が子に「私は大丈夫。心配しないで。」と言うことはなかった、今回に限らず小さなことに関しても。

何も問題がないときにも自分を一番に見ろと言い、「大丈夫。おまえが無事でいてくれれば。」ってのはなかった。

そんなわけで、トータルで受け止めると胸が痛い震災。しかし、たった一人の個人レベルでは、とても悲しい矛盾に悩まされるというまた違った思いの出来事でもある。

それはともかくとして、本当にしんどい思いをしている方々が早く救命されたり心穏やかな日々に戻られるますように。

若干1名「わかったか!」と夜中の3時に怒号しているような人は大丈夫だと思うから。

「あんたがこっちに帰って来んから!」

・・・・・・・・・・。いや、それは地震と関係ない。で、こちらにだっていつ起こるか分からないのだから。
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