2017年06月28日

乗り越えて行く

来月の予定、サイドバーにアップしました。

先日書いたようにスタッフ急病のため日数が少ないです。

すみませんがよろしくお願いします。

あと、私信〜。

トレーニングの会の皆さま、今日お伝えしたのと+15日が若干空きましたー。

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何かとしんどい6月を乗り越えて、皆で会えました。今月のカウンセラーズトレーニングの会。

どう表現して良いのかと迷うけれど、皆さん良い意味で参加者らしくなって来たなあと思う。

参加者だから感じたことを表現して、さらにまたそのレスポンスに対して何かを感じたり、喜怒哀楽を表現してまた考えて・・・。

ここは恰好をつける場所ではないので。

キャッチボールでボールを投げるには信頼が要る。

この人にはこれくらいのボールを投げても良いのだ、それを自分を傷つけることに使いはしないだろうという。

皆大事な持ち球を投げる。

それをキャッチした人がその重みやスピードや歴史を感じる。

なので、それをひょいと捨てて違うボールを投げ返している人をみると悲しくなるときがある。

答えはそのままだよ。そのまんまに習って来ているよ。教えて来ているし教わって来ているよと思うことが今までに何度もあった。

前のボールはどうなった?ということも。

色んな歴史を超えて色とりどりのボールが行き交っていた。

丸く終わらせようというわけではないが、このボールを投げるには、またの機会にしよう。横においておこうと思うことも多い。

でも思うに、それもほどほどに。

何故なら今日という日はもう二度と来ないのだから。

そして今日この瞬間を大事に出来なければ明日に残るのは後悔ばかり。

昨日を悔やんでいる間に今日が終わることの繰り返しなんてまっぴらだから。

過去のプロセスにイエスと言いたい。

銘々が色んなことを感じているのを今月も目の当たりにして思う。

出会いの不思議。

そして、今ここからの始まり。
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2017年06月23日

カウンセリング三昧の日。

一か月ぶりのあの方や半月ぶりのあの方や。

皆頑張っているなあと思う。

いつも思うのだけど来訪したばかりのお顔を見ると大丈夫かなあ?と思う方でも、表情がどんどん変わって行ってお帰りになる頃にはリラックスした笑顔になっている。

人って話すこと、整理をすることでこんなに変わるんだなあという認識は初期の頃からあったはずなのに。

自分自身に余裕が出て来たところもあるのか、最近そういうことをつくづく再認識できるのだ。

逆にためこんでいくことの危険性も同じくらい感じるということ。

そしてためこんでいく瞬間瞬間も、それが普通になっているのでなかなか気が付けないとか。

無理をし過ぎない、ためこまない。何が自分の自由なのかを知っているようで知らないのが人間。

でも、話すということで新しい自分や元々の自分を知って行く。

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なんか今日はとある人と合間合間に沢山ラインした一日だった。

何でラインでそんなこと言うかなあー。言えるのかなあ?と思う。いい意味でだけど。

実物のその人を思い起こしては「全然違うなあ」と思う。

同一人物に「心理学をやると人の心が分かるの?」とテーブル越しに訊かれた先日。

二人で木陰の下のお店で親子丼を食べながら。

分かりませんよ。

そう即答したら笑っていた。

言葉も交わせるが感覚も交わせるので、ただ笑い合ってその話は終わった。

渡り鳥なのか、大きな鳥が水面に沢山浮いてくつろいでいた。
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2017年04月27日

へ、へとへとな夜に・・・・・

今日はカウンセラーズトレーニングの会その2の方でもあった。

たまたまトレーニングの会が二日続く運びとなった。

出席者が違うのでまた全く違う感じの会になるのだが、今日も色んなシンクロを感じた。

「なんでここで出会ったのだろう?」と素の言葉がもれることもあり。

皆頑張っている。

えーと、私はというと今日は少々頑張り過ぎたので、これにて。

短くてごめんなさい。でも、読んでくれてありがとう。
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2017年04月26日

ようこそ ここへ

そして今月もやって来たカウンセラーズトレーニングの会の日。

思えばホームに勤め始めてから、往診日にリーダーナースでないことも、ましてや休みを取るなんて初めてのことだった。よくやって来たなあ、本当に。(まあ、休みと言っても休みじゃないのだけど。)

先月まで内科往診の日は毎週土曜日だった。

だから誰にも気が付かれなかったのだけど、ドクターの変更と共に火曜日に変更になっちゃったものだから希望休みが発覚してしまい「え?休みなの?どうして?」と動揺された。

はい、この日だけは休みます。

他の日も入れたいけれど、そんなことしていると、バランス上地獄の連勤になってしまうから、もう金輪際希望休は一か所だけ。

とは言うもののプライベートでの付き合いがないとつまんないから、たまに入れたとしてもせいぜい月三か所くらいだろう。

「リーダーできないの?それどころか休みなの?」と尚も訊かれるのだけど、「ええ、しかも毎月です。多分。」と答える。

「どうして?習い事?」

うーん、まあ、だいたいそんな感じ。(習い事でもあり教え事でもあるけど。)

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で、本題のトレーニングの会だけど、まあ、ほんとに濃かったこと。

いつも濃くなるし、私としてはそんなに過酷なことは求めたくない故、最近はほとんどワークを取り入れて来なかった。

ワークなしのシェアリングだけで終わっても充分各自内なるワークを引き起こして何かを持って帰ってくれるから。

ところが、ワークをする流れが生じた。

それはとある方のスピーチから始まった。

教育分析のテーマにあげていらしたので私は個人的に内容を知ってはいたものの、いつも本人が関連事項を話すまでは複数の前では黙して語らず。

ところが、近年、この方がエピソードを発表する際、しょっちゅう思うのだが、”おお、そうか、そうか。そこまでアサーションするか。いいね、いいね。”ということ。

二人だけの時と寸分たがわず自己開示する様は圧巻。

それはとても素晴らしいことなのだけど、私の場合は立場が少々違うので感心ばかりして終わるわけには行かない。

アサーションされた方の人がどんなふうになっているか?この場所をどういうふうにして行くか?ということで、全ての機会を逃すわけには行かない。場を保ち、機会を大切にし、せっかく内側から出て来てくれた子を放置したり出来ないわけで。

とは言うものの、それはある意味厳しく感じるケアになってしまうのだよな。でも、こればかりは逃げるわけには行かない。役割に、チャンスに、その子に向かって行かなければ。

受容というものの本質はその言葉のイメージとは裏腹に物凄く積極的なものなのだ。面倒臭がりの私も起こっていることに対して腰をあげなければならない。

それが出来るということは、逆にしないでいるということも出来るということ。

だから、好きになったり愛したり大事にしたりすることはとても骨の折れることだよ。奪うでもなく与えるでもなく、待ちつつも見つめ、思い切りつつも、また待って。

その子はとてもよくお話ししてくれた。

とても素直に話してくれた。

だからそれに対して感謝した。

同時に起こっている皆の心の中の痛みや嵐やせつなさや共感や。

後半は、共通の何かを持ってはいるものの、異質な人々であるこの集まりの中で、つくづく「人って違うんだね。」という話題になった。

感じ方も受け取り方も。

だからこそ、会話する、傾聴する、キャッチボールする。

違うことを面白いと言っている人々の中にいて、私もその興味深さを感じていた。

三月から四月にかけては皆にとって、とても長い一月でした。

そして今日のこの数時間も、とても短いはずなのに、長い長い大切な一日でした。

あとは何かがしみ込んで行く。
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2017年03月30日

勇気に触発されて

昨日は月に一度のカウンセラーズトレーニングの会。

事務所の消耗品でよく無くなるのはティッシュとかトイレットペーパーとか日用品の他にお茶とかコーヒーとか。

キャンドルやホワイトセージなどの浄化グッズなどその他諸々ある。

後者のキャンドルだのセージだのお香だのは多少切らしていても「しまった。でも今日は無しで行くか。」とレイキのシンボルを使って浄化して済ませることが多い。

でも、何故だかこの日はキャンドルをいつも灯している一つどころか複数つけておかなくちゃと思って急遽始まる直前に買いに走る。

一つ、二つ、三つ、四つ。何かや誰かが悪いわけじゃない。ただ浄化が必要なだけ。

そしてこの日の終わりに気が付いたのだけど、結局出席者の人数分だけ灯していたことが分かった。

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どこかの教室でも職場でも飲み会でも何でも良いのだけど、同じようなメンバーで定期的に会っていると、いつの間にか席順が決まっているという現象が起こる。

それは無意識に心地よいと感じる場所かも知れない。

カウンセラーのトレーニングの会でも同じ。

カウンセラートレーニングの会2の方も同じ。

でも、最近、席順を変えたり、スピーチや傾聴をする順番が変わるという現象が起きている。これも無意識なのか。

とにかくよく出来ている。

そしてこの日は、いつも最後にシェアする順番の人が一番初めに語り出す運びとなった。

その内容を聴いてしょっぱなから深いなーと思うのと同時にとんだプレゼントだと思った。

昨日逃げる逃げないの話題に触れたけれど、人が生きて行くためには逃避という防衛機制も必要だ。

けれども、心の中の一番柔らかい大切でもろい部分、一番大切な部分のことを泣きながらでも表現する強さ。

逃げないんだなあ・・・、そうか、あなたも逃げることに飽きた人なのだな、進みたい人なのだなと感じた。

トラウマ故の予期不安が誰しもあるので、多少心配の要らないことを考えたりもするのだけど、現実や相手の気持ちはどうあれ、自分がこういうことを感じてこういうふうに思ったんだ、だからこうして欲しい。これこれしかじかしないで下さい・・・という言葉。

通常の方々が聴いたら、もしかしたらそれがどんなに凄いことか分からないかも知れない。

でも、彼女は誰もの心の中にある、しかし、できれば認めたくない触れたくない部分の感情を思い切り表現した。

その強さの価値が分かる人々なので、その後も銘々のエピソードが深く、そして何より正直だった。

それにしても、先の彼女のエピソードに対するBちゃんのシェアも正直で面白かった。

「怒っている。」という表現。そしてそのプロセスにまで何かを感じているということを表現する勇気。

参加者には参加者の自由があり、それを大切にしている人でなければ出来ない発言。

この日は色んな真理に皆で触れた。

100パーセントは無いとか、介入と尊重の関係性とか、その他諸々、ワードにすると意味が分からないことばかりなのだけど、確かに皆で感じた。

とれもリアルで泥臭い作業のはずなのに、何故なのか、この日一日を思い返すとまるで美しい音楽のように感じるから不思議。

そして私は私の中心を据えて、次の作業に取り掛かった夜だった。
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2017年03月20日

お行儀の良い狂気

心理学。

先週の今頃お会いした方との授業もあり。

これまた先週に引き続き交流分析についてのレジュメを作成したり授業をやっていただくという試みの二回目。

先週も新鮮な驚きだったのだけど、今週のもまた良かった。

テキストの言葉ばかりでないというところも良いし、例え最初だからどこかのコピペであったとしても、そこの文章を選択するというセンスが素晴らしい。

本当はその授業の後にヒプノセラピーをお申込みになっていたのだけど、丁度交流に関する個人的エピソードを出して下さり、それが非常に重要なことだったので、ヒプノは中止にしてそのまま教育分析へと移行した。

元々授業の内容が交流におけるゲーム分析だったので、タイムリーな話題でもあったから。

そしてそのエピソードやそれに纏わる思いを聴いていて、この人は本当に変わったなあ・・と思う。成長することを選択して来られた方。

後味の悪い思いをする中でも、ちゃんとした対応を取っているのを認めて、ああ、本当に学んで来られたのだなあと。

先週も驚いたのだけど、同じく良い意味での意外性。

しかも先週、ちょこっとアドバイスしていたことも心にとめておいて下さったらしく、見事参加型に仕上げていた。

ただ、生徒役の私に質問をしてくれたのでそれに対して答えた後の共感がなく、さらっと「じゃ、次。」と進んでしまったので、爆笑しながらその点を突っ込むと「巻きなんで!!!」と答えるのでそれにも爆笑した。このときはまだ、この後、ヒプノをやる予定だったから。

交流分析を学ぶとある程度の人と成り・状況が分かるようになって来るのは確かだけれど、もっと深く付き合って見なければ分からないことも沢山あるのだなあと、改めて思った。

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夕方のカウンセリング。

今日の最後の依頼人様。

色んなエピソードを聴き、真剣かつ気ままに色んな話題を語り合う。

このセッションの最後に、80年代の某バンドの動画を一緒に観て貰った。

そこにあるのはせつない狂気。優しさと寂しさ。けれども極端にかっこいい。

パンクのはしりなのだけど、まるでチックみたいな動きだよね、でも、凄く惹かれるんだよね。今見ても新しい。

この人、よくこの時代で多くの人に受け入れられたもんだ。いや、今だともっと受け入れられないか。反社会的な歌詞も多いもんね。

すると、この時間の相方が「天才なんだよ。」と言った。

なるほど、そうだよね。

でも、ある意味天才は沢山いるけれど、人の胸をこんなに打つ天才は少ないよね。

そして、狂気と表現される状況も、滅茶苦茶嫌われる狂気と惹かれてしまう狂気がある。

後者は天才だけれどどこかが馬鹿正直で、そして、とどのつまりはかっこいい。真実をひっさげて理屈をこねない人だから。

狂気というワードで色んなことを思い出したのも今日だった。

一方で依頼人さんの新しい夢を聴いて思う。

思い描いたイメージは、必ず何かしらの形になるということ。

そりゃあ予想できないこともあるけれど、それは、それがどんなプロセスを通って叶えられるか?という点においてだけ。

夢を見たりイメージを持つということは、まるで神だか天使だかに、願い事を注文する通販のようなものだ。そんなにもシンプル。

ただ、その商品が届く過程はこちらで決められないから人生でもあり、それが面白いのでもあって。

さらに言うと、オーダーしておいきながら受け取らないというブロックを作るのも人間。それを気を付けられるのが心理学とも言える。

あなたが願いを受け取れますように。
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2017年03月13日

golden eggs

今日のセッションの中にとある方の上級コースの一コマがあった。

それはとある課目でのミニセミナーを開いていただくという試みだったのだけど。

そしてまだまだ上級の三分の一の地点の一コマでもあったのだけど。

あたかも卒業式のようだった。

何かが変わったのだ。またしても。

身の回りで起こった変化も確かに影響しているのだけど、そのことに対しての向き合い方があきらかに変わっている。

皆、そして私も何かの途上であることには間違いないのだけど、何かを卒業なさったのだなと思う。

ちなみにこの方が上級を受けるとは思っていなかったくらいの時期があった。

仕事や家庭や距離などの事情で、長い時間をかけてゆっくり進む人は沢山いらして、彼女もそのお一人であることには変わりないのだけど、それ以上に、「そんなことやらなくて良いもん、私。」と思っている種の方だとある時期まで誤解していた。

良い意味で力が抜けた人だったから。

色んな人間に会って来たのだけど、そのスタイルが面白い。

何でも形から入るもので、機会の数と質は比例する。

それ故初めてのセミナーは初々しいたどたどしさがあったのだけれど大きな可能性を秘めていた。それも独特の可能性を。

*****IMG_1324.JPG

先日事務所のご近所さんである依頼人さんが面白いおみやげを下さった。

毎月三人で開いているこのトレーニングの会でも色んなお菓子やカフェ的な飲み物が展開されるのだけど金の卵は面白かったわ。IMG_1323.JPG

それを思い出したのは、訪れる人が皆、何かの金の卵だなあと思った日だったからかも知れない。
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2017年03月04日

そうそう。今年二回目のトレーニングの会もまだ二回目とは思えないほど内容が濃かった。

出だしからしてワークを入れる時間はないなあーと思っていたのだけど、途中ある方のエピソードとそれに対するシェアをする人の身体言語を観たときのこと。

どうしたいのか?ということを質問すると即答が返って来たので「はい、じゃやろう。今すぐやろう。」と人垣を飛び越えワークが始まった。

これで良い。この瞬間は二度とは返って来ないのだから。

また別の手が伸びて来たり優しい胸を痛めた視線が飛んで来たり。

実はこの日カウンセラーズトレーニングの会の前に一件カウンセリングが入っていて、そこで大切なエピソードを聴かせて下さった方がメンバーの中に居た。

まだ知られていないそのエピソードを彼女はここで話すのか?

結論から言うと信頼の元に話してくれた。

そして分かち合う受容どころが私一人のときよりも何倍にも膨らんだ。

もしも私が先のセッションで思い切り一人で共感を表現してしまっていたら満足していたかも知れないこと。

しかし決してこの人だけにしか話せないという狭い世界ではなくなって良かった。

話した人も聴いた人も多くのギフトを貰った。

全てに感謝した日でもあった。まあ、いつもか。

***********

もう一つの職場へ行くと何やら殺伐としていて夕方頃になると力尽きているのを感じる日々。

皆心に何かがあるのだろう。

私の中にもあるように。

ただ、何かのパズルが解けそうな気がする今日この頃。

へとへとなのに、おかしな感覚。
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2017年02月22日

心の中の小さくて大きなあなた

夕べ、特に明け方は久しぶりによく眠った。

色んなことから少し距離をおいて。

それで私にしては眠り過ぎて少々寝ぼけていたのだろう。

一件目の仕事の前にご飯でも食べようと事務所へ出勤したところ、既にYさんがドアの前にいらしてたのでビックリ。

優しいので「今来たばかりですよ!」としきりに言って下さったのだけど、ギリギリも良いところでご飯食べるどころじゃないじゃない。

が、自分が買って来た昼食とYさんからのおみやげの柿の葉寿司と両方を食べた。(おかげで夜には体重が増えていた。ばんざい。)

この一件目の仕事というのがカウンセラーズトレーニングの会2の方で、もうお一方が到着して下さったのと同時にまったり始める。

一か月に一度なので、そしてこういう心の勉強をしている方々って特に色んなことが起こるからシェアリングだけで時間を埋めても良いくらい。

いや、色んなことが起こるというよりは、起こっていることは通常の人と同じでも、より多くに気が付き多くを感じ取っているというべきか。顔つきや佇まいまで変わって来る。

先月はプチヒプノをやる流れになってまさかの徐脈で軽く騒いだが、今月は何事もなく・・・と行きたいところだが何事もない日なんてありゃしない。

けれどもゲシュタルト療法をやる流れになるとは思ってもいなかった。まったく持ってセッションというのは生ものだ。そりゃ生きている人間とやるのだからあたりまえのことだけど。

コツは流れに逆らわず当人が欲している方向へこちらが乗ること。

必要なことを必要なだけ。

よく出る言葉だが、「この三人が出会ったことの不思議を感じる。」と終盤で言い合う。

一人一人が全てを話したわけでなく、その一人一人の背景に色んなことが交錯しているのは事実だが、そのうちの一つの大切な何かが動いた日。

********

二件目の方の個人カウンセリング。

渋滞しているので少し遅れるというラインを貰うなり、すぐに横になって寝た。

ほどなく到着して下さって、これも最初はあたかも雑談のようなスタイルで。

でも、自分のパターンを知り、気づき、変えたい、止めたい、こうしようという改革の走りを掴んで帰って行かれた。

人って、皆凄い。
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2017年02月16日

あなたが大好き

本日基礎コースの卒業を迎えた方がいた。

約一年。

お仕事しつつ大変でしたね。

最後の仕上げの授業を色んなニュアンスの真剣な表情で聴いていらした。

ほとんどの方がそうだけど、色んなことがありましたね。

そして変化を迎えましたね。

全てが終了して「というわけで今後のことはこういうわけで、これで終わりにしたいと思います。お疲れさまでした。」と敬意を込めてねぎらう相手は私よりも先輩のお方。

しばし呆然としていらしたが、その瞳にみるみる涙が浮かんだ。

すぐには飲み込めないことばかりだろうけれど、また何かが始めるんだよね。

別れ際、「せんせい!」とこちらを向く方はよく観ると私よりも小柄な方だったと初めて気が付いた。今までとても大きく見えていたから。

この流れで行くとハグなのかと思いきや握手を求められたのでちょっと恥ずかしくポーズと動作を変える。(笑)でも、結局ハグも握手も両方した。

まあ、本当によく頑張られたこと。

頑張らなくても終えることが出来る簡単な章なのだけど、こういう方はより深く感じより多くを持ち帰る。

頑張るのはご本人なのに一仕事終えると放心状態の私。

本当に大仕事だなあ、でも、嬉しいなあと思う頃、人ひとり、一年の思いがどっと出る。

ああ、ちょっと横になりたいなあーと思うときだったのだけど、その後にすぐヒプノセラピストトレーニングの会が控えていた。

しかし、そこで「遅れます。」と言うご連絡があったので思わず「ゆーーっくりいらして下さい。」と返信した後、20分ほど床に臥した。

胸いっぱい。ありがとう、ありがとうと思いつつ眠りに落ちての20分後。

また新たに濃密な時間が待っていた。

生きているって凄い。
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2017年02月01日

大切なもの

今年最初のカウンセラーズトレーニングの会だった。

年頭から年末年始は凄いと言っていたものの、見事全員に色んなことがひきこもごも起こっていた。

で、もちろん本質的に喜びの方が多いという状況。

色んなことが起こるともとれるのだけど、実はほんとは特別なことではなく、もしかしたら誰でもそうで。

進歩しよう・成長しようとするその心が色んな出来事の中の全てを感じ取ろうとするのだろう。

自分や誰かや何かが特別というわけではないし、そんな考え方を手放すとき、他者の生き方も見えて来る。

ある一時期、デイリーガイダンスをめくると、”過去を祝福する”という言葉がしょっちゅう出て来ていたけれど、あの頃、とてもそんな気持ちにはなれなかった。

過去の全てを祝福するなんて。

でも、時が流れて体験の意味が少しづつ分かるようになったとき、”なるほどな。”と思えるようになった自分が居た。

ただし、そこに至るまでのプロセスを体験したので、辛い体験をした方や境遇に恵まれなかったという人の話を聴きながら『良かった。』なんて思えるわけないよね・・・と余計に共感した。ましてや自分と同じようにそう思えなんて考えもなかった。

だからこそなのだけど、色んな体験を経て過去の辛かった体験を”あかんやつ”ではなく”良いやつ”と言えるようになった人を目の前で見ると感動してしまう。

凄いなあと思う。

それは無理やりきれいごとにしてしまった幸せのポーズを取っているだけの人には分からない何か。

この数時間でも色々なことが起こった。

笑ったり、言いたいことを言ったり、言いたくないことを言ったり。

終盤、「先生が何かワークするって言ったらどうしようか?と思ってた。」と仰る方もあり。

いや、だいたい想像出来ていたのよ。皆さん同志は本日があけましておめでとうの方々が多かったけれど、私、お一人お一人にお会いして近況を少し聴いていたので。

色んな意味で盛り上がることは知っていたし、私の方もワークするとばたっと倒れそう。皆も倒れそうという状況。

本当に人は心で生きているのだなと思う。心で感じ、心で頑張っている。

そしてその心が豊でキラキラしているのは、心の筋肉の鍛え方を学んだ人々だから。

*********

共感できることがあるし、自分一人ではなくて案外多くの人が体験した似たような出来事があります。

けれども、同時に、人の心の中には誰にも分らない部分というのがあります。

でも、だからこそ、あなたはあなたなんです。そこは分かって貰わなくても大丈夫なんです。
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2016年12月13日

テストというより日常に

心理学というよりは人間学に近いのかなと思いつつ取り組んでいる心理学。

ある方の質問を聴いて思い出した。

「テストないんですか?」

そう、無いんです。

ただ最近何で学校のお勉強にはテストが必要なのか?というのが分かって来た。

世の中にはテストをしないと何かを覚えない。学ばない。もしくはその時間を無駄にするタイプの人がいる。私もおおいにその傾向があるんだろう。ただ、それは自分がやりたいと思っていない勉強に関してだけど。

強いられたことだからテストや資格やら紙面のことが必要になって来るという面もあるのだろう。

でも、テスト勉強で得たことってすぐに忘れるので両者は大違い。

テストというゴールのために力を費やす人はいつも目先のことで焦っていたり、下手すると、ベクトルが自分の内側に向かない。

何やら無意識の目的に向いちゃっている。

一方、心理学は学んでみて使ってみて、しかも、何かを暗記して出来るような勉強でもないということ。(少なくともうちの場合は。)

そんなに大変なことではないのだけど自分で考えたり人の言葉に耳を傾けたりする、たったそれだけのコツがある。

逆に言うと無駄に辛くする必要はない。

少しづつ吸収したり要らないものを外したり。

ただそれだけのことなのだけど、考え込むとか思い込みを持つ作業とは違って、ほんの少し自分で考える。

誰かのせいとか世の中せいとか、そんなことが要らなくなって来るせいか、普通に学ぶと多くの人が何か行動を起こしている。

転職とか何かしらの大きな決断をほとんど自然に成して自分が生きたい人生に軌道修正しているし、人間関係が変わったという方も居る。

そして何が正直なのか素直なのかもわからない時代を終えて、気負わず普通に喜怒哀楽を感じ、普通に心の話が出来るようになられている。

そんな傾向を観ていて思う。ああ、やっぱり友達ってこういうときに出来るのだなあと。

人の心も人生も決して紙面に収まるものではない。

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2016年12月04日

事務所に広がる曼荼羅

もう数え切れなくなるほどお会いして来た人を前にしている際、よく初対面の時を思い出す。

とっかかりは今とは全然違うセッションからお申込み下さったのだけど、しばらくするうちに心理学をお申込みになられていた。

その後はおよそ月1ペースでこちらの講座も進んで行き、時にはカウンセリングも挟んだ。

そうして、やがては13回目あたりの頃。

え?もう出会ってから一年以上過ぎていたのね。つい昨日のことのようなのに。

でも気が付けば目の前の人はあきらかな変容を遂げている。

初めて会った際になんとなく『あ、この人、ナースだな。』とか『医療従事者だな。』と分かることがある。

まだ職業については何も語っていないときでも、何となくそう思っていると、後にあたっていたと分かったりして。

例えば一番最初に悩んでいたことが落ち着くと仕事の話になったり、それが片付くと子供の頃の話に戻ったり。

要するに皆入り口は違うのだけど、結果自分の心をぐるりと一周、二周して旅をしている。

そしてこんな日がやって来る。

つい昨日のことのように思っていたけれど、あらま、こんなに変わったのねと良い意味で思える日が。

最初は自分よりも年上のこの女性を、『ナースかな?いや、でも微妙に違う。年季の入ったヘルパーさんっぽいところもある。いやいや、教員みたいな空気もあるな。それも看護学校の先生っぽい感じ。あれ?でも、違うかな?』と珍しく迷う状態だった。

答えは遠からずだったのだけど、それらを超越して、母親として管理者として、介護に手を使うものとして、最後に自分として。

どんどん本当のその人らしさが出て来た。

今日、とある決定を報告して下さった。

それを聴いたとき、こう言った。

「心理学を始める人の多くが必ずと言って良いほど基礎を卒業するまでには、だいたいそんなような傾向の結論を出して、ご自身の生活を変えるんですよ。それも無理なく。」と話すと、これまたほとんどの人が『なるほどー。やっぱりそうなんだ!』と納得したような表情をなさる。

思い込みが取れて来ると本当の自分がやりたいことをやり出す。

その変化だけはタブーよ、怖いからダメよと、その人の心の中で「無理、無理。絶対できない。叶わない。」と思っていたようなことが、『何であんなふうに思い込んでいたんだろう?』という思いに変わったとき、既にその人は動いている。

本人にとってもいつの間にかに感じるほどだから無理なく自然にということなのだろう。

あるいはその人が動かなくても周りの環境がそうさせる。無論、その周りが変わるという変化さえ、本人が変わったからこそエネルギーが動いたという現象に過ぎないのだけど。

さらりと『こうすることにしました。』と仰るお話しを聴いて、目がイキイキと輝いているその人に気が付く。正確に言うとそのずっと前、いや、初めて出会ったときから、その推移を眺めて来たのだけど。

カウンセラーは何もしないのだけど、時々言うべきことを言う。そしてまた聴く。

それだけでその人は力を発揮する。

こんなふうに、出会った頃不安な目をしていた人に血がどんどん通って来て、しまいにはドドーン!と自分を超えて、自分よりもずっとずっと強く、そしてユニークになって行くのを感じたとき、旅は終わりに近い。

いつでも今日で終わりかも知れないと思っているし、あるいは基礎でさよならかもねと思うとき、意外な人が『上級も。』と仰る。そんなとき、”まだしばらくご一緒出来るんだね。”と嬉しくなる。終われば終わったで、『ありがとう。お疲れさまでした。』と大手をふって送り出す。

そうして私自身も沢山の学びをいただいて来た。

胸がいっぱいになっているうちに次の依頼人さんがいらしたのだが、この方は心を見つめる旅をして来て、いつかし何度も生まれ変わって来たベテランさん。半端な知識ではなくて上級を卒業してからも長く、一日一日を紡いで来た人。

二人がすれ違うときに一瞬ご紹介したくなったのだけど、先の方が時間に気を遣う方なので、『すみません、すみません。』とさささーと帰り支度をして出て行った。

でも、今確かにすれ違った。数年前の人と未来の人が。どちらも素敵な時代の人が。

知る由もないかも知れないけれど、二人には共通点がある。

知る由もないだろうけど、皆、一人ではない。

そしてもしかしたらこの縁の続きとしていつか語らい、驚きに満ちた発見があるかも知れない。

物凄くプライベートだけど、ユング的に言えば、根底では繋がっている。皆、一本の大木を知らず知らず形成している。

ここはそういう場所だ。
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2016年12月02日

あのね・・(カウンセラーズトレーニングの会2)

今日はカウンセラーズトレーニングの会2の日だった。

何と、前日の夜まで実施出来るか出来ないかが分からないという初めての事態だった。あの、ほら、例の我儘で。

にも関わらず『Sさんも私も前日のご連絡で大丈夫ですよ。』と暖かい言葉を下さったり、そして何より、かなり多忙な方々だというのにどうなるか分からない今日という日を空けておいて下さった。

のうのうと好きなことさせて貰っている割りに恐縮して謝っていのだけど、到着してからずっと笑顔。

まったりとシェアリングの会から始まって色々会話しつつもあえて口頭で直接我儘事情を話させていただいたところ、心から応援してくれているメッセージを下さるばかりだったのでビックリした。

どちらかと言うと、昔から自分の意に沿わないと「えー、困るんですけど。」と不満を言われることの方が多かったので。

誰かがノーと言っても好きなことをして来たのに、応援や暖かい言葉にビックリするということは、昨今の私も結構人さまのご都合や希望に応えようとする比率がまだまだ高かったのだなと気づく。気にしていない傾向になったと思っていたのに。

でも、『えー?なんで、そんなこと言ってくれるの。何で”素晴らしいと思いますよ。(頑張れ。)”的に言ってくれるの?』と思っていた時、

お一方が明るい笑顔で、でも、キッパリ!と、『考え過ぎですよ!』と言ったので、これには笑った。

か、考え過ぎ。この私が考え過ぎ。。。もはや考えなさ過ぎる人になったと思っていたし、そう言われるのは何十年ぶりかだったので、一瞬ビックリした後大笑いしてしまったのだ。

傾聴の仕事をしていると、よくクライアントさんに対して”いやいや、まだ起こってもいないことを考え過ぎ。”とか、”なんでそんなに複雑にして心を重くするかな?シンプルなことなのに。”と思う場面が多々あった。

それが今日はずばり『考え過ぎですよ!(好きなことやんなよ。)』と言われた。でも、凄く可愛い笑顔だったの。

私も笑ったのだけど、横で同じワードを耳にした相方さんも吹き出していらした。『そうだよね。ついつい考え過ぎるよね。あたしもそういう状態だと思う。』とカラカラ笑って、その笑顔も素敵だった。

出会った頃と大違い。

もちろん出会った頃の真剣に突き詰めて考える彼女たちも大好きだけど、今現在の明るく強くなっている進化形の彼女たちも大好き。

仰る通りだなーと完全なる立場の逆転をとても嬉しく楽しく思った。

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今日は喜怒哀楽のワーク。基本はロールプレーなのだけど、四つの感情のうち一つを選んで貰って、必ず「〇〇さん、あのね・・・」という出だしで口火を切って貰う。

これはとある効果を狙って実感して貰いたいという意図だったのだけど、思った以上のものを拾っていらした。

お二方とも知らなかったことを知ったり気が付いたり、確認したりするのが大好きな人たちなのだと分かる。

二人とも喜怒哀楽の”怒”のエピソードを選んでいらしたのだけど、例え怒りから始まろうが、哀しみから始まろうが、ロールプレーの最後には笑いに変換されている。そんな技を自ずと身に着けていらっしゃる。

人生経験を豊かに積んで来ていて、可愛いけれども、どこかどっしりとした貫禄がある方々。

でも、カウンセラーさんとしてはまだ初々しさが多分にあるので、詰まると私の方を観て「どうしたら良いですか?」と笑顔で聴いて下さる。

つられて笑いながら『私はいないと思って自分なりに続けてみて下さい。(これは練習だからどうなってもいい。何か起こっても私が居る。)』とメッセージを送ると、そこからが面白かった。

その人らしさが出るのよね。二人ともカウンセラー役をなさったときには同じように途中で「どうしたら良いですか?」とこちらをパッ!と見たけれど、放置した後、好きなようにやって貰うと、深い深い優しさや受容的態度が自然に出て来ていた。

全然違うさりげない言葉なのだけど「あなたが大事です。」ということを別の表現で伝えていたした。

全てが終わった後、どこが良かったのか?何を絶賛したいのか?ということを伝えた。例え全部は伝わらなくとも。

そして、『私は生セッションやる仕事をしているもんだから、こういう事情であの場面から先、こういう問いかけをすると思う。』という参考の切れ端を提供する。

『ああー、なんか、凄い。』とご自身の心の内側に何かを見つけたらしき反応を下さったのだけど。

何よりその人らしさなので、上手いとか下手という尺度は存在しないんだよね。その人の心が出るものだから。人の心が動くときというのは決して技術の良し悪しじゃない。心が心に感応するのだから。

そして、お二方のロールプレーを観ていて思ったし、その場でも言ったのだけど、プロになるということは良いことなのかも知れないけれど、同時に何かを失ってしまうことでもあるのだと思う。

それを落としたとしても、あまり遠くに行き過ぎないうちにまた大切なものを拾いに行く。

あるいは、その人たちにそういうつもりはなくても、『落としたよ。』と示して下さる方々が存在する。ただ、その人が輝いているというだけで。

時々出会い立ての頃のことを思い出してウルウルしたり、笑ったり。

『いやあ、ここに来るとまったりしちゃう。』とか『落ち着く。』と言って下さる午前と午後のはざまに思う。

私もですよ。思い出せてくれたり感動させて貰えたり。まったりしたり。

ありがたい縁に感謝しつつ。
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2016年11月30日

あなたが欲しい のワーク(カウンセラーズトレーニングの会)

面接をしたその夜にお電話がかかって来た。

『採用したいのでうちに来ていただけますか?』

はやっ。一両日中と仰っていたけれど本当に来た。

初対面の印象同様に機械音のように冷静な声だった。

テンション合わせる職業病かこちらも「よろしくお願いします。」と感情入ってない声が出たので少々驚いた。

そう言えば訪問入浴を始めたときもその日の夜に電話が来た。今回よりもずっとヒューマンだったけれど。

あの時は面接の最後に「では上に報告して相談の上、おそらく一週間後に返事をします。」と言って別れたのに、夜に電話がかかって来たときには焦った声で「あ、明日!明日来れます?来れません?」と言われてびっくりしたんだっけ。

今回は今回でまた別のユニークさ。

年代も違う管理者の方なので色んな経験をなさった人特有の落ち着きがあるのだけど、何かしら情熱を感じる。

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そして今日はカウンセラーズトレーニングの会。

KJ法をヒントにした独自のワークを行った。

多分原型よりも面白いし分かりやすい。

ただ、普段は考えないこと、想像だにしないことを遊び感覚で、しかし真剣に考えて創らなければならないので、自ずと濃いワークになる。

普段観ている世界の上の世界に視線を向けたり、普段思っている未来よりさらに未来に視線をあげたりするので、『ありですか。』状態になるかも知れない。

でも、脳が広がる。

口にしたことは可能性や確率がどんどん高まる。

何故なら意識の上にあげてしまったのだから。

ドラフト会議をヒントにしてKJ法と掛け合わせたのだけど、現実に根差した皆の夢は相当な掛け算で大きくなった。

人に褒められるのを待つのではなくて自分でアピールする。しかし、ちゃんと聴いて貰えたり受け止めて貰えるようにアピールする。

そしてその人を見る側の人間は本気で考えるので、文字通り本気の興味を持って質問する。そりゃそうだよね。パートナーやチームを選んでいくわけだから。

それにしても、他所の世界を歩きまわったり色んな人々に会って来ているというのに、つくづくこの人たち面白いなー、ユニークだなー!と思う。

可能性の塊なのだけど、原石というよりある程度研磨されている。でも、大事な部分は残されている。

そして、本当に森林や迷路の中を歩いて来たかと思うときもあったかも知れないけれど、誰一人無駄な道を通って来ていない。体験をすべて実りに変えている。

季節は冬だからして、今月も病み上がりの人、お疲れの人などいらしたが(私もなー。)、皆さん、キレッキレッ。

いいものを見せていただきました。そしてますます好きになりました。

ピザ食べて帰ってくだせい。遠いところ、そして寒い中をお疲れさまでした。

今日もよく笑い、怖い顔になったり(笑)、本当に豊かな表情をおがませていただきました。

あ。コーラ、出すの忘れた。

カウンセラーとは、人間である。カウンセラーとは、その人らしい人間である。

そのままで良い。
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2016年11月21日

傍らのスペースをありがとう

今日はいずれにせよ遠方からのお客様ばかり。

特にお一方は遠く西の空から。

そしていずれも長い長いお付き合いになる方ばかり。

3セッション中の2セッションの方々が著しい寝不足状態だった。

でも、間違いなく佳境を迎えている。

例えば人生が一つの大きな旅だとしたら、その旅はいくつかのそれより小さな旅で成り立っている。

だから、この佳境と表現している部分は人生に内包されている小さな旅であり、この先にも無限の可能性が残されているということだし、道はまだまだ続くのだが。

そして、その人生の大きなテーマの旅も、その中のいくつもの道も、本当は楽しみながら進んでも良い。というよりも、笑いながら進まなくては。

この笑いというのはバカ騒ぎでも高笑いでもない。他人の声を受け止めようともせず自分の叫びで消してしまうような笑いじゃない。

ただ心からありのままで笑う自分の道程のこと。

寝不足でいらしたのは、表向き上の理由があるのだけど、もう一つ深い部分での意味もある。

例えば長く苦しく虐げられた心理を持って生きて来た人は、まず親や親代わりになる人から自分は無力なのだということを教わる。というよりは植え付けられる。

良い子ほどそこに従うのだけど、いかんせん皮肉なことに良い子は考えない子になってしまう。例え考えても同じ脚本の中をグルグル廻るだけで進むことが出来ない。

何にも意識していないし気が付いていない時期、カウンセリングや心理学を訪れる人が居る。

最初は朦朧としている。

どんなに合理化しても、何らかのショックや無気力感を抱えているので皆さんふらふらした状態での初対面を迎える。

そして心理学。

これを始めるときも最初は表向きの理由以外に何かがあるとは本人は知らない。

でも、無意識が、自分の本質であるインナーチャイルドが道先案内人になって、あそこへ行こうという発想を与えている。それに突き動かされているのだとは知らないこの時期にでも、無意識はちゃんと正しいことをやっている。

初対面のときの印象でおおよその核が見えるのだけど、その時にはまだその核に関することは何も言わない。

自分で見つけたり気が付いたりすべきことだから。手出し無用であり、ずかずか入り込んでいくのは失礼ってのもある。

だから、葛藤が起こる時期に、再び逃げ出す人もいる。もちろんこれも表向きの理由をこさえての上だけど、

ただその人は別の場所で同じ問題に直面するはずなので、安心して別れを受容する。

同じどころか雪だるま式に膨れ上がった問題と戦うことになることも多いはずだけど。

逃げることの方が苦しいのだなと気が付いて再び向き合う人もいるのだが、それは人それぞれ。

そんなわけでとことん見つめているのだけど、その変容していく様が見える。

彼女たちは何を始めたのか?

それは間違った思い込みに満ちた脚本だらけの人生を書き換えるために動き出したということ。

それは逃げ続ける場合ほどではないけれど、やはりそれなりに苦しいので途中、何だも答えを提供したくなる。

けれども日常会話のように質問したり笑い合ったりして、少しづつ種を渡していく。

綺麗な花が咲き実がなるはずの種を捨てられることもふみにじられることもある。しかもふみにじっておきながら『次の種頂戴。もっと頂戴。』と言う人も居る。

しかし、今日のような日が必ずやって来る。

コースの最終章で「ここへ来る少し前の時期から自ら書き換えて来たんですよ。何度も何度も。」

誰かのせいにするのではなく自分を見つめるという行為のせいで書き換え場所にどんどん気が付いていく。

その姿はその辺の冒険物語以上に現実的で静かで激しい。

あなたはこんな偉業を成し遂げて来た。そしてこの偉業には続きがあるのだということを言うとき、この時期ならば分かって貰える。

自分で何も理解しようとせず答えだけを求めていた時期とは違うから。

こんな日は少しの昇華の喜びを味わう。自分で自分を理解して下さり可能性に向かって歩き、幸せになっても良いんだと気が付いた人と相対する季節の中で。

自由を知った人は精力的に頑張りがちだ。無意識に過去を取り戻そうとするから。

睡眠不足になってしまうのは多かれ少なかれそれも関係している。

でも、本当は、書き換えのこの時期は睡眠をとった方が良いとお伝えしている。

何故起きていると固定観念いっぱいの意識が邪魔するが、眠ってしまえばその防衛が無くなるから。

よくなったり楽になったり自分の幸せが何たるかにたどり着けたかのようなこの時期。それだからこそ私は、無理をしないようにお願いすることがある。

旅上手は休み上手。休んでいる間に色んな景色が見えるから。
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2016年11月12日

カウンセラーズトレーニングの会 2

今月も集合することが出来たもう一つのカウンセラーズトレーニングの会。

銘々自由に本当に思っていることを話せたなあと思う。

今日は自ずとこれまでの歴史を振り返る会でもあった気がする。

過去を公正な目で振り返ることが出来るためには今が幸せでなくては無理。

そういった面で、大きなものを抜け出て「あれ?私ってこういうところがあったんだ。」という新しい自分との出会いを成してからなのかも知れない。

厳密に言うと新しい自分のように感じるかも知れないけれど、元々の自分ということ。

本来の自分に戻ると教育やら常識と名のつく刷り込みからいとも容易く開放される。

でも、無数の何かに縛られていた頃の自分だって自分には変わりない。人は色んな顔、一面を持っている。

そして自分を受け入れるというのは、自分の好きなところとか好ましいと思う一部のことだけを受け入れるのではなくて、好ましくないと思う自分も丸ごと受け入れることを言う。

そうすると、好ましくない自分の姿を勝手に他人似せて激しい投影が起こることもない。無駄に怒らなくて済むということ。

元々、勝手に強く注目している誰かは自分ではないのだから。第一、影を投げられた方はたまったもんじゃない。「そういうんじゃないっすよ。」と意思表示しても「いや、私が学生だった頃の先生が・・・」と今度は会ったこともない他人の影を投げつけられたりもする。

そういう話じゃないっちゅうの。といくら言っても曲解してしまうのでそういうときの私は「あ、はい、はい。自分は言うけど相手には喋らせないのね。じゃあ、実は私がその先生ですってことにしたいなら好きなだけそうして下さい。」と放置するというよりは今じゃないということを認識する。

投影を起こし過ぎると誰一人としてありのままに観れないしましてや自分自身を公正に観れるはずもない。

で、人の話が訊けない遅かれ早かれと病的になる。残念だけど。


今日お会いした方々は黒いものを不躾に投げつけるなどどいう愚行をまったくしない方ばかり。

そんな会で、出会い立ての頃、まだご自身の具合が悪かった時代の話をシェアして下さった人がいた。

私も思い出してシェアしていた。

またある人は本来の自分はこうだったと気が付いたと言ってくれた。

そして、「この場所に来ると落ち着いて眠くなるくらい。奇跡の出会いですよね。」と仰って下さった。

そう、ごく近くにいたとしても出会うことがなかったかも知れない。遠い人とも接点がなかったかも知れない。

けれどもエネルギーの流れなのだか、魂なのだが、張本人は何の仕業かわからねど、まったく別の年齢で、まったく違う生い立ちで、まったく違う職業や立場、全く違う私たちが、誰のエピソードにも心が動いたり共感し合ったりしてしまう。

物事に偶然はないとうっすら分かってはいるものの、そしてそこには必ず意味があるとは知りつつも、今はただ、このひと時を楽しむというワーク。

ある人の言葉、そのままを思っていた。

出会いに感謝したいのだと。

お茶を沢山飲んで沢山話し合っていた。真昼の3時間。

それぞれの場所でまた奮闘しにいくまでの束の間の大切な時間。
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2016年11月06日

ありがとう

あ。

紅葉し切る前に実がついた。IMG_1223.JPG

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カウンセリングや心理学の機会においても介護の世界で活躍していらっしゃるナースさんやワーカーさんがやって来て下さる。

そのうちのお一人にひと際印象深い方が月に1〜2回いらして下さる。私より人生の先輩なのだけど、お子さんの年齢から言えばまだまだ現役主婦だよね。忙しいだろうに・・・と思う。

その方の変容をゆっくり目の当たりにしているわけだが、どんどん表情や考え方が変わって行く。元々面白い女性だなあと思っていたのだけど年月と共にその人らしくなって行く。

でも、待てよ。ついこの間出会ったばかりの方だよね?と、今日ふと思ったのだけど、よくよく考えてみたら、もはや一年以上経過していた。そりゃあ変わるわ・・。

よく、一番最初はとっつきやすいメニューを選択して入って来て下さる方が多い。

そして気が付けばいつの間にか心理学を進めていたり。IMG_1224.JPG



本当は一番最初にお会いしていた頃から分かっていたことなのだけど、今日、そのハッキリした変容の兆しを明かして下さった。そう、本当は一番最初からと、その途中にも片鱗が見えていたのだけど。

私を含む誰もが自分一人だけの見解や世界観では脳の同じところ、ごく一部しか人生を生きられない。同じ筋道だけを繰り返す。時と相手と場所を変えて同じ行動をして同じ感情を飽くことなく選び取る。

今、いや、ずっと前から書き換えが起こっている。

最初に訪れたときには無意識であったり、表向き、他の理由があったりするのだけど、何をしに来たのかを察知する賢明な方々がいる。

心理学の課題について述べて下さり、「実はこんなことに気が付いてしまった。だから日常のこれこれしかじかな部分が嫌になってしまった。」と話して下さるとき、「ああ、そうでしょうね。」と思う。

今まであたりまえのようにやっていたことが嫌になってしまうなんて、それは体裁を保つ上で非常に不都合なことのように感じるとは思うけど、実はその「嫌だ。」はとても良いことだったりする。

嫌だからすぐに辞めるというわけではないけれど、実は自分の本意でやっていたことじゃないかも知れないとか、「ああ、本当は今こうしたいんだ。」と自分で分かっているというだけで人生は変わって来る。

夢を具体的にイメージしたとき、すでに夢は夢ではなくなって現実に代わって行くから。

上記のようなことを踏まえて、今何が起こっているか?ということを話したら、「分かります。知らなかった頃からそうなんですよね。」と悟っていらっしゃった。

でも、変わるときって怖いんだよね。だから皆自分の望みを抑圧する。希望を持たないようにしてがっかりすることを避ける。

本当は、変わらないことの方がずっと怖いことだし疲れることだとしても。

この方も含めて、皆、元々出会い立ての頃のその人も大好きだし、特に間違っているわけじゃない。何なら無理やり書き換えなくとも良い。

ただ、自分の中の思い込みやからくりを知って、そこから抜け出しやりたいことをやろうとしていくとき、「ああ、やっぱり。こんなに、もっともっと綺麗な人だった。強い人だった。」ということを再確認する。

私は何かに気が付いた瞬間、あるいは気が付いていく時期の人の顔が大好き。

何か余分なものが取れて、理屈でなく、はたまたいらずらにドタバタするわけでもなく、着実に歩み始める瞬間のその人を見るのが大好き。

出会って下さったことに感謝しつつ、自分も原点に立ち返る思いがする。
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2016年10月27日

強固な塔 そして翼

ごく限られた世界の一個人のつぶやきだけれど、自分がスポットをあてたことをなるべく書き留めるようにしている。

なので、よく草稿が前もって書かれてあることがあるのだけど、しばしば不思議なことが。

過去ログが一緒に混ざっていたりしてダブル投稿でわけわかんないことになっている。

でも、これ、借家と同じ。人の会社を無料で使わせていただいているブログなので、こちらがいくら考えても分からない。クレームつけるのもまた違う。

仕方がないのでチェックするしかないのだけど時々夜まで観れないことがあるのでビックリさせてすみません。でも、メールありがとうございます。

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今日はカウンセラーズトレーニングの会だった。

忙しいわりにこの一か月は何だか長く感じた。色んなことがあったのだけど、出席する皆さんもそれぞれリンクしているようで。

この生涯で未だかつてやったことのないことにチャレンジしている人ばかり。

それは何か習い事をするとかセミナーに行くとかそういうことではなくて、もっと深い部分の変革。

本人しか分からないことと、色んな体験と気づきを重ねて来た人だからこそ呼応したり共感したり出来る分野。

それまでの下地があって、昨年今年というこの短い時期に突然変わったように知らない人からはそう見えるかも知れない。

でも、ずっと昔の時代、心理学を知らない時代からの下地があって、心理学に出会ってからも尚、考えては気が付いて、感じては気が付いて、そうして初めて始まったドミノ倒しのような変革。

一人一人のお話しを聴いていて、まさに偉業だなーと思う。

そして、この偉業へと向かうきっかけの瞬間を幾度か目にしたり関わらせていただけたりして、つくづく幸せだなあと思う。

幸せになる勇気のために適度に使って下さって凄く嬉しいし、何よりもそれが自分の意志の力があって、そこに協力者や心の応援者が重なるというところが圧巻。

本当のところ、人が人に出来ることなんて何もない。これは若い頃、とある作家が小説の中で言った言葉だけれど、当時それなりに共感した。

人が人の役に立つときというのは、誰かが自らの気づきで周りの誰かの輝きを受け取ろうとした時だけ。

だから、その作家は記してた。”人に出来ることがあるとすれば、それは自分が幸せでいること、少しでも輝いていることだけだ。”と。

その作家はその光を高層ホテルの窓際で見るシャンパングラスのような輝きだと例えていた。

けしてネガティブな言葉ではないなと当時から思っていた。人のためだけに生きようとするから見返りを期待して怒りに苦しむことになる。

でも、起こった出来事を自分の内面と照らし合わせるのは大変なことだ。誰だって人のせいにしたいと思うだろう。

だからこそ、自分を見つめて気づきを得ていく様に敬意を感じる。

今月のヒプノセラピストトレーニングの会のとき、ある人が面白い話を聴かせてくれたことも思い出す。

脳関連のことから始まって、過去にご自身の身近にいた方のことにも関係がある体験について。

とある学会のようなセミナーに参加して深く納得したのは「じゃあ、しょうがないよねえ。」ということだったそうだ。

つくづく貴重な話だったと思うし、受け止め方も非常に面白かった。真面目さの中に生まれるユーモアもあった。

アクティブ(active)=能動的
パッシブ(passive)=受動的

人は体験を繰り返せば繰り返すほど被弾回数も多くなる。

つまりは情報がアクティブ状態で外から山ほど入って来る。

被弾することは痛いと判断するので、多くの人がよけたり逃げたり抑圧したりして、そのほとんどを受け止め損なう。

でも、選んだ生き方の違いがパッシブ(!)パッシブ(!)パッシブ(!)の繰り返しを生んで、遮断されていた回路が繋がって色んなことに気が付いていく。

自分の意志でパッシブ(!)と気合を入れて受け止めて来たのが少しづつでも、ずいぶん世界が広がっているのが年月。

そういうときって頭が痛いのよね。(笑)

でもそれは、最初のうちは意識的でもやがて無意識に受動する習慣がついて、無意識になると、寝ていても起きていてもいろんなことに気が付くようになる。

三年四年五年、十年。でも、それらの年月を私は長いとは思えない。心に影響を及ぼす考え方の改革はやっぱりハードで、それがポジティブであればあるほど疲れちゃうのも真実だから。

だから少しづつ、少しづつ。

それでも、しびれを切らすようにご自身で改革を起こして行く星の群れ。

他所の職場でも、そしてこの事務所でも。

あたりまえのことと言えど、不思議で素敵なことが起こっている。
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2016年10月15日

個性という宝石

そうそう。昨日、もう一つのカウンセラートレーニングの会の際に、先輩方がしたワークと同じワークを皆でやってみた。

すると、本当に人間って一人一人違うのだなあという事実と面白さを再確認した。

同じことを同じ説明でやっていただくのだけど、その人なりの自由な解釈があるんだなということ。

それは自分の人生や交流が歪んでしまうほど極端でないものなら、物凄く自由。

ある人は、最初は目に見えないけれど引いてある空想上の心のラインの真ん中に立った。

そのラインは”私はNO他人はOK”の部屋と”私も他人もOK”との境目あたり。

そしてその後、その場所に居ることを宣言してもらい気持ちを味わってもらい。どんな感じですか?と訊くと、少女のような表情で心地よくない部分があることをシェアしてくれた。

その後彼女はパートナーによって私も他人もOKの場所に移されると、幾分体感温度が変わった。

で、この人の面白かったところは最終的に”私も他人もOK”のお隣にややはみだしたところへ行って「うん、私、結構、ここも好きかも♪」と仰ったところ。

独裁者ラインと共存ラインとでも言おうか。しかし、本当はどの場所も良いも悪いもない。今彼女がそこで心地よいと感じるならそれでOK。しかも、将来的に仕事の面で多少そういう部分をもっていた方が良いお仕事をなさっているような気がするし。

で、同じく「へえー、そういうのもありか。」と感心したのは、どこに居ますか?と訊いた際、対角線に位置するある部屋とある部屋を行ったり来たりすると仰ったところ。

「へー、やってみて。」と賛成して、そして、どんな気分?と聞いてみると片方の部屋へ行くと何だか居心地が悪くて、反対側に行くと体感まで変わるというようなことをシェアして下さった。

そしてしばらくはトコトコ歩いてくださっていたが、「もういいや。」という感じでやがて止まる。

もはや彼女は不快な場所には行かなくなった。

それを観ていると、パターンが色濃く出るし、シェアリングのときに話して下さっていた現実の世界を反映していることが良く分かる。

自由に任せていると可愛い独裁者(私OK他人もOK寄りの)が現れたり、はたまた「うろうろする。あっちとこっち。」と言われると、内心”なるほど!こういう人も居るのかあ・・・”と面白かったり。

そして正直だなあと思ったりもした。

相手が違うとまた反応が変わって、まったく別のワークが始まる。

人の心は深い。そして千差万別。だからこそ共同作業の意味がある。
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