2017年09月24日

美しい人 / 大好きだよ 4

あっ。昨日のログ、消えてる。

・・・・・・。まあ良いか。

今日はお久しぶりな感じがする方との教育分析。

毎月2回くらいはお会いできるのでそんなこともないのだろうけど、前回とその前が会えなかったからなあ。

そして独特の人生観の話をした。(笑)

しいて言えば人は皆独特なのだけどトラウマだの歪んだ教育なので既成の概念や常識という名の思い込みに囚われ過ぎるの。

囚われている人のことも決して嫌いではないけれど、しいて言えば彼女はまた自由になっていた。

ちょっと自分の話を聴いているようで同意しすぎた感があり、カウンセリングマインドが「そんなにこっち寄りで良いのか?私みたいなことしちゃいけないぞ。」とも思ったが。

それも全て彼女の意志なんだよね。

まあどちらにしても共感と同意が同じくらいのパーセンテージで止まらない。

私は本当の意味で強い人が大好きなのだなあ。

********

プライベートでまたしてもビックリするほど胸を打つラインメッセージを貰った。

凄いなあ。そんなことまでしてくれるんだ。

互いに忙しくギリな時間割で生活しているし疲れていると思うのに。

愛には凄くエネルギーが要ると思う。時には。

そしてそのパワーがないとなかなか誰かを愛することは出来ないんじゃないか?と思っていた。

けれども知力も体力のうち。そして想う力もそのパワーのうちに含まれるのね。

私もそういうことに頭が回れば良いのに。

余談だけれど、男性の友達と女性の友達が同時期に同じようなことを言う。

何でなんだろう。言うセリフも言う時期もそっくりだ。

そう言えばこの人たちの星回りも似ている。そういうのってやっぱりあるんやなあ。(ねえ、次女君)

それはともかくリアルな人間に教わった美学やパワーや素直さや、それらを大切に育んで行きたい。

「何言ってんの。かおるがこういうふうにしてくれたんだよ。かおるのおかげだよ。」

え?そんなことは・・・と言いたいところをぐっとこらえて「ありがとう。嬉しい。」と受け止める。

そうすると泣きそうになる。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 22:09| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

素直

耐え忍んで行こうーっと昨日言っていたのだけど、ほんとに耐え忍んだ一日だった。

やることが山盛りあるし、色んな外線を繋いで来るし、しかしあまり遅くまでは残りたくないので必死にこなす。

色んな意味で耐え忍んだ。激務と会いたい人たちに会えない辛さとか。

短くて長ーーい一日だった。

けれども放棄するわけには行かないので、本当に懸命にやる。

ゲームを請け負っている暇もない。

夜勤ではなくて昼間の勤務帯にKが居る日は、いつの頃からか、ひょこひょことナースステーションへとやって来て、いつものけだるい動作で、いつの間にか手伝ってくれているのだが、今日は現れないなーと思っていた。

しかし、午後のほとんどを私が事務所で書類と向き合っていたからかと気が付く。

人は、”介護の人間が医務課に気軽に自然に入って過ごしているってのが前代未聞。信じられない。しかもKちゃんが。”と言う。

ほんとに自分が来る前のことは知ったことではないのだけど、看護と介護はなんとなく敵対するのが常らしい。

で、そのKが現れなかったのは自分が医務課で過ごすことが出来ない一日だったからかと気がついた夕暮れ。

新しい往診医の回診のための準備を一人でやっていると、ふらふらとKが入って来て、目の前に座りデスクにおでこをつけて伏している。

「あーあ。」

どした?と手を動かしながら訊くと、ぽつぽつと家庭の事情を話し出していた。顔をあげないままで。

そうか、そうなのか。頑張っているのだなあと色んな意味で思う。

「あー、それと、あなたは忙しすぎてかまってくれませんよね。あーあ。」とあーあばかり言っている。

一昨日野球行ったばかりですよね。

「飯連れてってくださいよ。」

ええ、行くとも。またそのうち行こう。今この時期は無理だけど。

「またイライラさせちゃいますけどね。またどうせ怒号されるんでしょうけどね。連れて行って下さいよ。」

イライラしてないよ。怒号しているつもりもないよ。

それはそうと、掌は大丈夫?Iちゃんのボールを受けて腫れたところ。

しかし、そこは小柄ながら介護の人間。あんなに凄い皮下出血がたった二日で消失していた。逞しいわ、やっぱ。

なんか、この界隈、毎日アスリート的だなあ。薄給な方なのに、決して仕事の手を抜かない。

で、如何にして強くなるか?ってことを無意識に考えているような。

真面目で、どこか不良で、頭も身体も心も使って生きている人々。

******

あの人もまた甘え上手。

何か知らないけど色っぽいなあ。

別の手段で心理学を学んで来た人のよう。

違うのは言語だけ。

そして、ただただ素直なだけ。

無駄なものを省くと素直になるってのと、本気だと無駄なものを持ってなど居られないという思考の原理。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

抱きしめたい

休養中の課長にラインで色んな報告をしているのだが、どうも私は携帯で文字を打つのが苦手故、Bluetoothで接続したキーボードを職場に置くことにした。

それは別に報告しなくともというような小さなことから大きなことまで日々送信している。

ちょっとの間姿を見せない・・・と言っても何十日か経つと勝手な憶測でもう課長は帰って来れなくて私がその立場につくのだろうと勘違いする人もいて、微妙に接し方が変わって来る人もいる。

そういうのは仕方がないとは思う反面個人的に相手の立場が変わることによって態度を変える人が好きじゃないだけ。

理由はそれだけではないけれど、ちょいちょい彼女の名前を出すようにしている。

忘れないでね。こういうときほど真価が問われますよ。私が全部繋いでいるから全部知っているからね。

彼女がして来てくれたことを忘れないようにして欲しい。

嫌われ役をかって出つつ守り抜いて来たことを。

***********

何で病み上がりにキャッチボールした?

うーん、過ぎたことは仕方ない。

なるべく睡眠取ろう。

***********

と言いつつも心理学の本一冊読破。

もう仕方ないよね。生きているうちにどうしてもやりたいことをやれるだけやりたいらしいから。

***********

そうして不思議な体験をしている。

愛して欲しい、愛して欲しい、愛して欲しいという率直さが重くない。

ああ、そうか。ゲーム的交流が一切無いから重くないのか。

まるで一日しか生きられないウスバカゲロウみたいに一瞬一瞬を大事にしている。

でも、思いのほか長く続く人生の細々としたリアルな責任は放棄せず耐えている。

身体と心が繋がり過ぎ。

人と人は傷つけ合ったり潤し合ったり、本当に色んな交流をするのだなあ。

成長なんかしなくて良いと思うときほど何故だか余計に鍛えられている。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

正直という迫力

バースデーの前々日あたり、疲労感が最悪な形で仕上がっていた。

その日、若干の睡眠が取れたものの、まだまだ回復していなくて見た目に分かるほどだった。

そして昨日・今日。せめて見た目が修復されつつある。

とは言うものの、原因である現実の諸々が解決されていない故、かなり頑張らなくてはならなくてストレスフル。

課長が、いや、あの人という人物がいないと本当に困るのだなと思う。

不在なので私が各方面で代行しているとつくづく思う。いつも支えてくれていたのだなと。

とは言うものの、私の、少なくともここ数日の課題は睡眠や体力の回復だと思う。

このままでは自分のためにも他の誰のためにもなりゃしない。

テーマが体力なのでやることや選択を普段と変えなければ意味がない。同じことをしていれば同じ結果が返って来るか、もしくはもっと悪くなるかしか残されていないから。

*******

脳裏に焼き付いている光景がある。

とあるフロアの古株の青年二人並んで立っていて、その二人の前に立つあの人。

丁度三人の関係が細長い三角形のようになっている。間にテーブルが挟んであるものの。

相手は違っていたけれど、何度か見たことがあるような光景。もっともこんなふうに仁王立ちして何かもの申しているのを観るのはいつも相手があの人より上の立場の人のとき。

しかも今回はイメージ的に2対1。

二人ともガタイが良いし古株の迫力というか権威感がある。少なくとも馬鹿ではない。

けれども、細いはずのあの人がゆらりとその前に立っていても少しも細く見えないし小さくも見えない。

話し合いや会議のような内容であるはずなのに、時折立ち尽くしてあたかもタイマンのような雰囲気で向き合っている。

一番上司の人とそれを庇うかのような補佐的な人。

でも、あの人のひるまない感じ。許さないという表情。それでいて落ち着いている。

二人にとって脅威なのだろうなあ。正しさだけで何の媚も持たずに見据えて立ち尽くす人だから。

私はと言うと、”はい、ちょっと、ごめんなさい。”とその場所へ入って行く。誰もが意識的にそこに入ろうとしなかったのが見て取れる雰囲気だったけれど。

何故ならば、圧倒的な怖さを前面に出して二人相手にゆらりと立っているその人に湿布を貼って欲しいと頼まれていたからだ。

で、その話し合いだか喧嘩だかを待っている時間がこちらにはないもので、割って入っては後ろにまわり、「はい、話しながらで良いから痛いところを押さえて。」と言う。

シャツをめくったその人は前を向いているので表情は見えないが言われた通り、立ったままで「ここ」と手で一か所を押さえた。突然の来訪だったのでまだ声にどすが利いている。

「おっけー。」と答えて貼った後、ここ一か所だけ?と訊いたとき、突然「うん。」という子供のような声が返って来た。

その人自体は見えないのだが、正面に居る二人の方と目が合うと唖然としている。

でしょうね。

突然可愛くなっちゃうわけだから。

しかし、その後さらにその人の顔あたりに視線を向けつつ驚愕に近い顔をしていた。

でしょうね。これも分かる。多分急に優しい顔になったんだろう。

でも私は知っている。こういうところがあるんだよな。優しさと厳しさを戦意と半端ない素直さと。

その後さっと退いて仕事に戻るべく廊下を歩き始めたとき、ふと振り返ると、再び物騒な三角形が出来上がり険しく戻った三人が見えた。

あの人が「皆、真面目過ぎるんだよ」と少しあきらたように言っていたことがある。

でも、自分が一番真面目なんだよね。そして一番正しくて一番悪い人。

時に私は「ここは学校じゃないんだよ」と怒ったことがあるのだが、面白いなあ、あの人の「ここは家じゃねーんだよ。職場だよ。ちゃんとしろよ。」という言葉が聞こえて来た。

そう、家でもないし学校でもない。家族でもない。職場なんだよね。

真逆の人だと思っていた人に時々共通点を観る。

ただ私はあそこまで徹底していないなと思う。

あの人は何一つ陰で言うことがない。

器用に嘘をつく人なのかと思い込んでいた印象が間違いだったと気が付いてからまだ間もない。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

何の決意か知らねど鉄の女

上司が身体と心を張って仕事をして来ている様を見て来た。そう、特に昨年の12月ここで仕事とすると契約を切り替えてからずっと。

身近で一緒に仕事をして来た大御所様や新人社員さんたちが言っていることとはずいぶん真実は違っていて。

課長は皆には見えない仕事を沢山やっていた。

そしてつい先日持病が悪化なさってから、診断書をこっそり見せて下さった。

やっぱり・・・と思った。

凄く大胆で豪傑な表面のパーソナリティも本当の姿ではあるけれど、それ以上に繊細なんだ。

私はと言うと半ば懇願するように休養をお願いした。命あっての物種、身体あってのその素晴らしいセンス。

それから後から発覚したら怒られんだろうーなーと思いつつも課長のオンコール当番を取り上げて、時には睡眠に失敗。

それを観ていたKが聴き耳を立ててはいつの間にか、いつも近くに居て大丈夫なのか?と言って来ていた。

心配すべきは介護の方だけにしてくれ、大丈夫だから。これが仕事だから。と言った手前疲れたとは気軽に言えなかった昨日。

先日は小さな小さな女の子のようなKが大きな施設長に「ナースの人員を増やして下さい。かわいそうです!」と殴り込みのようなことをしたそうで。

それを知ったIちゃんはKに「おまえ・・・、クビになるぞ。」と呟いたそうだ。

だから、そういうことしなくて良い。ダメなときはダメって言うからと何度も諭した。

それに現に募集かけたり派遣が来たりと手を尽くしてはくれている。

けれども、それより何より私は新しい人が来るのを望んでいるのではなくて、課長に完治して欲しい。

病や不理解のためにあの有能さを発揮できないなんて馬鹿らしい。

*****

夕方の吸引周りにKがついて来る。いつの間にか現れて介助に入っている。黙って。

入浴の処置に降りて行ったら、既にKが利用者様のストマパウチを交換していた。

いつぞや「教えて下さい。」って言うからやり方をレクチャーしたのだけど。

要するに少しでも何か手伝おうとしている。

その前に、Kにきつい物言いをしてしまった。Kの”大丈夫ですか?”と言わんばかりの、じっーーと食い入るように見る視線がしんどくなって来て冷たくあたってしまった。

女の子に向かって声を荒げてしまって、しかも、人が言うところによると鬼怖い私の切れ方で。

”こりゃ関係決裂だな”と思っていたところ、ストマが交換してあったのでずっこけたのだ。

あんな言い方したのにどうして?涙浮かべてたんですけど、あの人。

なんか、逞しいな。分かってはいたけれど思っていたより逞しい。

「やってくれたの?」

「はい。」

「・・・・・。ありがとう。あんな言い方してごめんね。」

それに対して「大丈夫ですよ。私を誰だと思ってるんですか。」とのこと。少し腫れた瞼で。

誇り高いけれど変なプライドが無いんだな。

あからさまに拒否らなければならないほど、何か補佐をやりたがり、拒否られた後にも続けるって・・・それはどんなガッツなのだろう。

はたまたこれはまったく別の話である人が「自分は、あなたがいっぱい欲しい。」とストレートなラインを送って来る。

もしくは”教えて欲しい”の教えてを打ちこそねたのか?

何だか魂が熱く激しい人が多い故、私にもまた火がつく。

たまにキャパ越えしてこういう失敗もあるけれど、悪くはない。

それはともかく明日は休んで来よう。
*****

ってか、ビックリした。

0時を回った途端、夫が百本のバラを今年も抱えて来た。

今年はレッド一色じゃなくてピンクとレッドのコラボ。

それなのになあ。

いったいどうしたら良いんだろうなあ。

*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

終わった

ただでさえ大変な時期なのに睡眠に失敗した。

ただでさえ疲労困憊なのに。

しかし、何とか一日が終わり、こういう場合どう乗り切れば良いのかが分かった。

顔が変わったなーというくらい頑張った。

疲れが顔に出るとかそういう問題じゃなくて、それを通り越すと変わるのね。憂鬱ー。

無理もない。オンコールで指示出したあとはまだ脳がフル活動しているわけだから。

それでもなんとか一日が終わった。
みなさんもお疲れさまでした。(;´∀`)
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 02:39| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

シンプル

人と自分は違う。もとい人は人の数だけ違いを持っている生き物だ。

分かってはいるのだけど、実際に被害を被るとイライラしてしまう時がある。

急いでやらなければならない仕事が山積みのときに20日同じことを訊かれたときとか。「私、次、何をすれば良いですか?」。

粘り強くこれをああして、あそこのあれをこうしてと説明しつつ自分の仕事をやるのだが、説明しながら自分でやっている。

しかし、世間話をしつつ「で、次は何をすれば良いんでしたっけ?」の繰り返し。

ショートの新入所の方の取り方を理解していただけたのでほっとしていたのも束の間で、「あー。もう、これ、大変。ほんとにこの人、大変。なんでこんなにいっぱい私物を持って来るのかしら?」と言う愚痴を100回くらい聴くとぐったり。

「分からない。分かりません。ややこしいです。この人のこれって・・・」

いや、書いてある。

「じゃあ、この薬の置き場所は・・」

書いてある。口を閉じて黙ってよく観れば絶対に分かる。そのために全部書き出して来たの私なんだから。見れば分かるように出来ている。

一日の終わり、一日の始まり、分からない・分からない、あー疲れた、もう嫌だーという声を聴かされる。

仕事って何だと思っているんだろ。

いや、深く考えるのは止めよう。

しかし、これはきつい。自分一人でやっているときよりもロスタイムが多すぎる。

いや、とりあえず人のことを考えるのは止めよう。

正確に言えば考えても仕方がない人のことは。

あと、下世話な噂を喫煙所で聴いた。

それが普段は自分が愛する人々だったのでげんなり。

しかしそんな中でもIちゃんだけが黙ってタバコをくゆらせている。

なるほど、分かった。おそらくはいつもこんな気持ちなのだろうな。

だから決して人のことを言わないのだろう。

メッセージの始まりか終わりはいつもいつも、「遊んでくれてありがとう。」。

とても野性的で大雑把に見えるこの人に誕生日カードをもらった。自作の曲が入ったCD。

そのカードが意外にも繊細で可愛くて驚いた。

一度も名前で呼んだことがないのに”かおるさんへ”という書かれてあった。

後半でこれを目にしてほっとする。

いつの間に、どうして人は、余計なものがくっついて大切なことが見えなくなってしまったのだろう。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月10日

暑中お見舞い申し上げます

カウンセリング&心理学の日。

事務所の冷房つけているのにまだ朝の時間帯から暑いというこの恐怖。

こちらは動き回る仕事ではないというのにしんどかった。

なのでホームで走り回りつつ頭を働かせなければいけない皆はどうしているのだろう。あの人はどうしているのだろう?と合間合間に思った日でもあった。

ましてやかつての訪問入浴の仲間は辛酸を極めただろうなと。

とは言うものの、室内で脳をフル活動させていたこちらも相当しんどい。

室内でも熱中症になるというのは無理もないことだと思う。

夕方のインターバルの時間、思わずグーグー寝てしまったし、全てが終わって暗くなった夜でもまだ眠かった。

こちらがこんなんだから余計にクライアントさんたちのファイトを感じる。

ご本人たちにとっては訊けばそうでもないと仰る方が多いのだけど、この暑い日にしかも遠方から来て色んなことと向き合うのだから凄すぎる。

******

今日のことではないが、辛いことがいっぱいあった今年だった。

けれども、同時に心震える喜びや発見があった前半でもあった。

結果、どうなっているのか?というと私は前よりも人の話を聴くようになっている。

体験と共に何かが分かって行くとは何て幸せなことなのだろう。

*******

ふと美しい人のことを思う。

死ぬほど多くのことと向き合って来て、死ぬほど考えて来て。(おそらくは)

知力も体力も全部を持って戦うとこの界隈では一番強いだろうなあと思われる美しい獣みたいな人のことを。

浅黒い肌とタフな動向。けれども影がある目と空咳。少し濁った瞳。

けれどもそんなことに浸る間もなくいつものように軽く話しかけて来る。

少しは考えさせて思うほど自然にしょっちゅう。

けれども不思議なことに、その有様は、無意味なことを無理やり難しくしようとしたり恰好つけようとしている人々ととは違っていて。

いくら話してもいくら接しても神秘的でならない。

出会いのタイミングを時折憂うこともあるのだけど、違う。

何故ならそれが分かるのは今の私だから。そう、多分過去の私にはまだ分からなかった。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月12日

いつも”Do not worry”と言われる

昨年末の頃、私はまだ派遣ナースで、喫煙所も今のように屋上ではなかった。

裏口の外にベンチが置いてあるだけだけど、それなりに人が集っていた。

そういう習慣なのかどうかは知らないけれど、どんなに人が多くてもナースというだけで席を譲られた。

その頃もそれなりにIちゃんやHさんと言葉を交わすことはあったけれど、まだまだ余所者だった私。

それだけではなくて、Hさんはまったくもって目を合わせて話してくれないなあと思っていた。

さらにある日、私の隣に座っていた人がIちゃんとHさんに席を譲ると二人が私の隣に座るわけだが、私の真横に座るように仕向けられたHさんが「なんだよ!」と他の二人に怒っていた。

あたかも私の隣に座るのが嫌だ!と言わんばかりに。

あらま。余所者というだけでなくHさんには嫌われているわけかーと思った。

長く勤めていらしてボス的で、これはよくあることだけど私は第一印象でこの手のクールな人に嫌われる。ほんとによくあることなので慣れているのだけど、大抵「チャラチャラしている。」とか「女女しているわ。気取ってるわ。」というふうに見えるらしい。

そういうのにも慣れているので、「私はあなたみたいな人、大好きなんだけどねー。仕事の仕方も性格も、その感覚も。まあ、仕方ないわ。」と内心思いつつ、おかまいなしにしばらく勤めていた。

そういう人には迷惑だろうから仕事上だけでもコミュニケーション取ってくれるのをありがたく思い、他は一切話しかけない。嫌だろうから。

ところが数か月も経たないうちに人となりが見えて来るせいか「ねえねえ、尾崎さんってさ・・・」とあちらから話しかけてくれるようになり、ある日二人きりになったときには、目を合わせずそっぽを向いて喋るというのは同じなのだけど「あのさ。色んなナースを見て来たけど、いいナースさんだと思うよ。」と言う。

え?と顔をあげて見つめた。こちらを見ない人だから見られるのも嫌かと思い、こちらも目を合わせないでいたのだけど。

なんか、赤くなっていらした。

「だから。派遣で去ってしまわないで、ここに居てくれることになって、こちらとしては嬉しい。」

それだけ言うと、タバコを水入りの灰皿にジュッ!と投げ込んでバタンとドアの向こうに去って行った。

かっこいいなあ、かわいいなあと思った。

つい最近のことなのにとても懐かしい思い出になっている。

結局、それから色んな話をした。

唐突に「今日は母の命日だった。急に思い出した。」とお風呂の最中に話してくれたり。

逞しい娘さんをお育てになったのね。で、何で思い出したの?と慌てて受け答えするとか。

はたまたある時は「えー?子供いるのー?晩御飯作ったりするの?あなたには良いお母さんでいて欲しくなかった。飲んだくれていて欲しかったなー。」とか言ってくれるし。どういうこっちゃ。

そしてつい最近、体調の話をして来た。人が引けた後、屋上の階段をタタターーっと降りて来て私の前に座ったかと思うと数年前から危惧しているという症状を話してくれたので「いやあ、それは病院へ行こう。婦人科だよね。」という話をする。

「だよねー。手術になるかなあ?こういうのをIに話すと『だから!早く病院行け!』って怒られるんだよね。」

そりゃ大事な相棒だもんね。そう言いもするわ。

・・・・・・・・。行くまで言い続けたいけれど、それはうるさいだろうから、一つだけお願いがある。強要しないけど、もしも病院へ行ったときには報告して。安心したいから。

そんな約束をして一か月ほど経ったある日。

「行って来たよ。来週詳しい検査結果が出るけど、多分オペだって。どうしよう。オペ後は事務職の人でも一か月療養するんだって。この仕事じゃ、どんだけ休まなければならないんだか。」と。

そうだよね。すげー、力使うし動くもんね。そうなるともはや私の知識では相場が分からない。

そんなわけで、身体の面では治療の手立てが見つかってホッとする反面、仕事のことを気にしている。

無理もない。

入浴係は他にもいるが、要となる人物はIちゃんとこのHさん。他の人も頑張っているものの、別格に状況を切り盛りし任せられる人二人だから。

でも、仕方ないよね。身体が大事。何とかなるさ。(た、多分)

そして、Hさんが喫煙所を後にしたあと、Iちゃんと私の二人きりになったときのこと。

それまで黙って聴いていたIちゃんがぼそりと言う。

「Hが休む間、やつの出勤日は全部あたしが出て来る。だから何も心配しなくて良い。」と。

短く一言言って後は煙を出しているだけ。

以前、あっちの仕事はそんなに疲れないけれど、こちらの仕事はお金が安い上に「くそ疲れるわっ。」って言っていたのに。

それにあちらの仕事だって好きだろうし。

さらに言うと、Hさんの前では「病院行けっつうのっ!」ときつい物言いしかしていなかったのに、居なくなると「あたしはカバーできるから心配要らない。」と私に言って来る。

頼もしいやら優しいやら・・・、でも・・・。

と、言葉を失っているとそれが伝わったかのように「そういうのは気にしなくていい。」とキッパリ言われた。

この「そういうのは気にしなくていい。」と強めに言われたことは他のことも含めて三回目くらい。

ここでグチグチ「でも・・・」なんて言えない。

特にこの人だとそう感じるのだけど、”あたしを信頼しろ”と言っている相手に対して失礼になるだろうから。

そして多分、Hさんにも同じように言うんだろうな。

Hさんが治って復帰した後も、多分「たいしたことなかったよ。」と言うんだろうなあ。どんなにヘトヘトに疲れても。

キャッチボールのとき、暴投したボールのキャッチの仕方、かっこいいけれど。おしゃれでかっこいいのはキャッチボールのときだけじゃないんだね。

「でしょ?」と返って来た。

後は煙が漂っているだけ。

何の補足もない。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

こころ

幾度も項垂れて帰る人を見た。

そんなに項垂れるくらいなら、こうしたら良いのに、ああしたら良いのにとその度に思ったが。

心配無用らしい。

心配するのは投影であって、それが何の投影なのか?というと自分自身が項垂れて帰るという状況に弱いから。

妙にポジティブで強気になってからの数十年、素直に項垂れるということ自体をやっていないものだから、そうなったときの自分に対処出来ないのだろう。

だから、思い切り項垂れているのを観ると羨ましいし、強いなあとさえ思う。

よくそんな勇気があるなと。

寂しがり屋なのに孤独に強いって凄いな。

そして気が付けば絵でそれを見せられていることに気が付く。

人知れずではないから不思議だ。意識的なのか無意識的なのかは知らないけれど、私には人に項垂れているとこを見せる勇気や信頼もない。少なくともあの子ほどには。

喜怒哀楽は恥ずかしいことではなくむしろ必要で魅力的なものだと学んでいるつもりだったのだけど。そして充分心のままにそれを出して生きているつもりだったけれど。

そういう人に会うと自分がまだまだ不自然で素直じゃないということに気が付いた。

むき出しの心が出て来るとどうして良いのか分からなくなるからだろう。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月05日

とりあえずは進んでみよう

打ちのめされたりやる気が出ないとき。

元気がないねとか疲れているねと言われるのが大嫌いな妙なタイプの負けず嫌い。

なので、ついつい困難に立ち向かっていく。

でもその困難が至るところにちりばめられていて、あっちもこっちもとなる場合がぐったり。

私よ、どこへ行った?

そう思う瞬間が何度も来る。

なのだけど色んな方法で立ち直っているようだ。

立ち直る回路は幾つあっても良いと思うのだけど、一つはある人々のことを思い出すこと。

腕組みをしつつ眉間にしわを寄せて考え込んでいたチェックのシャツの女性。

涙をポロポロ流しつつ幸せを探し求めていた女性。

そこに差し伸べられた暖かい手や。

時折それらの積み重ねが無に思えて来るような寂寥感に襲われることもあるのだけど、もう私はじたばたしない。

あの日出て来ていた幼い私は未だ幼いままかも知れないが少しづつ少しづづ育っていっているに違いない。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

ほんとは心配いらなかったことばかり

毎日同じことを思うのだけど、果たしてこの問題に答えが解けるのだろうか。

どんな物事も必ず着地点があったはず。

それならば、この四方八方行きどまりに見えるこの問題にも何かしらの終結が来るのだろうか?

全ての出来事が過ぎてみればたいしたことではなかったり、もうダメだと思っていたはずなのに、ちゃんと自分の人生が重なって、気が付けば「ああいうことを思っていたなあ。懐かしい。」と思えたり。

そんな日に来て欲しい半分、今のままの均衡を保ちたい気持ちも半分。

辛いけれど幸せだから。

どうかこの謎がハッピーに解けて行きますように。

一日を過ごすって謎解きをしているようなものだ。

多くの人が幸せなクイズを解いていけますように。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月07日

分岐点

とある方の2時間カウンセリング。

少し間があいた。二か月ぶりくらいかな。

その間色んなことを乗り越えて来られていて、そのエピソードも壮絶ではあったのだけど、何よりも自分自身の傾向に着目していらして「心理学を学びたい。」と仰ったことに感銘を受ける。

次々と起こる出来事は時として自分自身のパターンを色濃く見せてくれる。人と出会うときも同様に。

問題はどんなことが起こったのかというよりも自分がその時心身ともにどんな状況になってどんなパターンが出て来たのか?というところ。

それは新しい出発点、もう出発点まで来たのだから、チャンスとも言えるではないだろうか。

しかし、チャンスを逃して飽き飽きとしている古いパターンをもう少し気が済むまで続けてみるという自由もある。

いずれにしても、答えはもう見えているのだけど。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

切磋琢磨・・そして、寝る

ホームにて高齢のスタッフや高齢の利用者様に「今年もよろしくお願いします。」とか「あけましておめでとうございます。」とか言っていると、難聴の方が「え?何?」と何度も聴き返して来ることが多々あり。

仕方がないので「あけまして!」とか「おめでとうございます!」となるべく短文にして声を張っていると。

またしても「え?」。

お、おめでとうございます。

すると「ありがとうございます!」と返って来た。

・・・・・・・・。

まあ、いいですよ。だいたい、合ってる。だいたいそんな感じ。

*********

やりたいこと、学びたいことには必ず引き換え条件みたいなものがつくもので。

まあ、他の病院に行って利用者様のためのやり取りをすると理不尽なことが多くてかっかっ(怒)してしまうことが多い。

どこに居てもそうだったのだけど、いつも傍らに「わー、やってられない。もう辞めよう。」と言う人がいるのだけど、ある程度何かを長く続けたことがあると、法則を学んでしまっているので自分はすぐにはそう思わない。

出来ることを納得できるまでやってみてからでないとそれは出来ない。

それはやっぱり、人生には法則があって、欲しいものを得るには、欲しいものだけを「頂戴よ。」と言って去るだけってのは通用しないということ。

かと言って、すぐに辞めると言う人の気持ちも真実である。今のその人の真実なのだから。

例えば長くそこに居る人が「どこに行ったって同じだよね。」と言うけれど、まあ、そちらも真実。

でも、それを自分で体験して色んな場所で色んなものを沢山見てからでないと納得できないのが人だから、辞めて行くのも全うな人。

問題は続けるとか辞めるとかの行為そのものじゃなくて、自分の中の意味なんだよね。

*******

介護職の子に「え?子供居るんですか?」と訊かれて「いるよ。」と答える。

丁度下の娘とあなたが同じ年なんですよと。

すると「えー、何、それ。がっかりだなあ。何てこった。残念だ。」と言われた。

こっちが何それ?って言いたいわ。人の存在をがっかりだとか、残念だとか。

でも、若い人の正直さに爆笑してしまう。

老いも若きも色んな人がいるのだけど、今時の若い人たちの中に正直さと堅実さを兼ね備えた人材をよく見かける。

物凄く仕事出来るし、何とも言えない素晴らしいコミュニケーション能力を持って明るい。考えがしっかりしているけれど、ちっとも重くないし押し付けない。

素晴らしいことだなあと思う。

*******

家に帰ると正月仕事が休みだった上に三連休に突入する娘が転職先を探している。

彼女が経験した仕事というのがマッサージ、その次もマッサージ、そして美容部員、その次は他のメーカーの美容部員、その次が宝石店、その後は事務職。

どこも年単位で勤めてはいるし、職種を変えるものの、どれも自分が興味があるもので今でも好きな分野のことばかり。

転職したての頃は「今のところ、いいわ。」とか「身体が楽だわ。」とか「面白いと思える。」とプラスの感想を持つのだが、何年か経つと「なんか、本当にやりたいことじゃないんだよな。」と次の職を探している。

ご飯を食べつつ色々話していると、これまでの歴史ややってみた仕事の背景から言って、いちおう色んなことが出来るのだけど、出来るとうこととやりたいということは違うのかも知れないねという感想を持つ。

「そうなんだよねえ。特に事務は合わないかも知れない。」

そうみたいだね。出来てしまうんだけど、しばらくすると心が死んでいるみたいだね。(笑)

りーちゃんはさ、やっぱり人前に出る仕事が向いているみたいだね。人に喜ばれたり褒められたリして力を貰って行くみたいだし。

「なんか、相談した人たち皆に言われるんだよね。」

そう、あなたと母は違う人。

母は誰かに褒められても「そうけ?でも、それ真実じゃないっすよ。」と客観的に見てしまう。しかし、自分だけが良いという結果でも満足できない。長期的に見てその仕事が相手に及ぼす影響を考えるし、体験上、ある程度見えてしまうからその場しのぎの結果では満足できない。

逆に褒めらなくても、もっと言えば嫌われても、長期的に良い方向に流れるという未来が見えていれば満足する。いや、しないか。その先を考えるmoreの連続。

そして君は、人の笑顔が好きというところまでは同じなのだけど、ハッキリとした手ごたえや反応が欲しいと思うタイプ。

いずれにせよ、それを求める人がその人の元にやって来る。あるいはこちらが行くべきところへ行く流れになる。

それにしても、人にあまり会いたくないと願う私が滅茶苦茶色んな人々と接する流れになって、人に会いたいし人の評価が気になるあなたが、何故だか一人残された職場でコツコツと事務仕事をしているなんて。

神様はどうしても苦手なところを鍛えたいらしい。

それはさておき、我が家の若者も面白い。

年代の違いや、性別の違いや、環境や価値観の違いや。

柔軟な人に限るけれど、その違いが面白い。

とてもとても若い頃、他者と自分の違いにこだわったり、変な意味での比較をしすぎたり、同じ人を探そうとする幼さを持っていた。

その頃、怖がりなものだから、たった一人の人間で全てを満たして貰おうと完璧さを強いたり、時には全員に分かって貰おうとして相手の気持ちや都合を考えられずにいた。

そんな幼稚な私を色んな人が育ててくれた。

嫌いだった人から好きだった人に至るまで、全ての人が教えてくれた。

だから今、違いを大切にしてワクワクに変わって行く。

ビックリすることの連続だけど、立ち止まったり叫んだり、寝転がったり走ったり。また休んだり。

そうしているうちにいつの間にか周りも笑っているみたい。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月19日

気が済むまで の自由

人間関係というのは一人では築けない。全て相手や周囲があってこそ発生する。

そして人はそういった交流によるキャッチボールなしでは生きていけない。どんなに素晴らしい人でも一人の頭には決まった癖や法則があり、同じところをグルグルと回るばかりだから。

けれども、いくら大勢の人々のキャッチボールのボールを求めても求めても、受け止めなければ一人のときと同じ。もしくは一人のときよりも事態が悪くなるかも知れない。

そんな法則を知っているせいか余計に焦ってストロークを求めるのかも知れない。あるいは求めるか与えるしかないと思っている。

そんな人々は”みんな”が好き。

例え一人の対象とのキャッチボールを自分の気分でおろそかにしても他の誰かがいると思っているから。

もしくは、永遠に自分に何かをくれる誰かを探している。

でも、あまりに大勢の人がそれをやっているとしたら、その誰かってのは永遠に存在しない。

一つのコミュニティのメンバーが尽きて他のコミュニティを探したり、もっと小さな規模だと絶対的に依存できる誰かをふらふらと探して歩いたり。あるいは自分の思い通りにならない対象におかど違いな怒りを膨らませたり。

それをあたかも何か努力して敗れたかのように思って悲劇のヒロインになっている。

下手するとそれは生涯続く。50になっても60になっても70になっても「職場に尊敬できる人がいない。目指したい人がいない。」とか「誰も私をわかってくれない。」と言い続けることになる。

自分自身は他者を尊敬しようとも自分の中に尊敬できる部分を見いだせないし、誰のこともわかろうとしない。いくつになっても。

その人々は愛することをさぼり過ぎた。

自称真面目だという人も、愛することに関してだらしない。依存関係から来る一時的な安心と愛情とを勘違いしたまま大人になれない。

自分を大切にできないから他人の真似をして演じ続けている。人に見せるための人生を。

心理学的に言ってもペルソナ(仮面)という概念は必要だと言われるけれど、せめて私は自分の好きなことをそんなことのために使いたくないなーと思う。

それを続けていると常にどう思われるか?どう見られているか?の狭間で、本当に自分が好きなことが分からなくなるからだ。喜びのない人生になる。

それに気が付いた人たちが、後味の悪い交流のゲームやサバイバルを手放すのだけど、よく耳にするのが「なんだか寂しいなあ。」ということ。

そりゃあそうなんだよね。後味が悪いけれど、ゲームという戦争の変な興奮で隙間を埋めて来たのだから。

他人と自分とを引き比べて来た人は、そんな気がない人にも勝手なライバル意識を持つし、勝手に自分が優れているところを探して安心したり見下したり。

でも、そういうのはもう幼過ぎて付き合い切れないなあと思う人は「ああ、どうぞどうぞ。」と関わりをそらす。後で何と言われようとそこに費やす時間とエネルギーと後に残った馬鹿馬鹿しさを知っているから。

それでも、人は自由に自分の人生を構成出来るので、耐えられないほど寂しいのだと勘違いしたのなら、いくらでも同じことをして確認することが出来る。

争ったり支配したり、依存相手に口やかましく言われて「ああ、私が依存するから言われる隙を作っているんだ。」と気が付いても、また寂しいと思って依存して結果を再確認したり。
まあ、時間には限りがあってそうしているうちに歳をとるわけだけど。

もっとも支配的な人は依存的でもあり、依存的な人は支配的でもあるのでどっちもどっちなのだけど。

何が一番寂しいことなのか?ということが分かる頃。それは、自分だけでなく他者もまた怖がったり傷ついたり、でも勇気を出したりして一生懸命生きているのだと知る時代なのだろう。

誰かの人生も自分の人生も等しく大切でかけがえのないものだと本当の意味で感じられる覚醒の時代だろう。

汚れたフィルターが取れた後の世界の美しさ。人の面白さ。

その前の段階でいくつも勘違いをするけれど。

例えば、依存しないということは人に頼らないということだと思う勘違いや、依存しないということは人の話を聴かないことだという勘違いとか。

そんなふうな色んなプロセスを経て人は学んで行くのだけど、あくまでそれは進もう、成長しようと思った人の話だった。

権威を探して依存しようとする人、権威になって人を支配しようとする依存。結局極端な依存傾向になる人の特徴ってのは、自分を面倒臭がるところ。

しかも、自分ですら面倒くさいと思う自分を誰かに「どうにかしてよ。」というメッセージを送り続けるところかも知れない。

肝心の自分が面倒臭いと思うなら他人はもっと面倒臭いよね。誰だって色んなことを乗り越えて一生懸命生きているのだから。

不思議なことって、カウンセリングって、そういう真の怠け者には続けられないように出来ている。何せ基本は自分との付き合いだから。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月31日

一人で全方位見る必要はないが

心理学を学ぶずっと以前から感情というものについてずっと考えている。

それは考えなければ生き延びられなかったかも知れない生い立ちだったかも知れないが、仮にそうでない人生を歩んでいたとしても、自ずと注目していただろうなとは思う。

要するに興味があるのだ。

感情的になる大人の論理性が崩れて矛盾だらけになる瞬間を観ては子供の頃から「え?おかしくね?」と勘づいていたし、どうしてああなると分かっているのにこんなことを言ったりしたりするのだろう?と思い切り迷惑をかけられながらも俯瞰で見ていた。感じていた。そりゃ大人にとって可愛くないわな。でも、そう考えていることを本能的に全く外に出さないで来ていたようだ。

平気で嘘と分かる嘘をついたり力でねじ伏せようとしたり思い通りにらないと怒って怒号したり嫌がらせをしたり。

そして自分がしたことの結果が返って来ているだけなのに悲劇のヒロインになってしまう様を観て「いや・・、そりゃ嫌われるだろうよ。」と当然のことを受容しない人という生き物を不思議に思っていた。

後に、「ああ、そうなんだ。」と思ったのは、他人や世の中をあくまで馬鹿だと思いたい大人も存在するのだなということ。それは年齢に区分されたことではないが。

でも、他人も世の中も馬鹿じゃないので、段々無理が出て来る。その無理が出て来るとさらなる意地で同じやり方を続けようとするから周りから見てあきらかに妙なことになってしまう。

その無理(自分は努力しなくともどこか特別で他人や世の中が認めないのは周りが馬鹿だから、分かってくれていないからという無理)を押し通そうとするためだったら、人の気持ちも立場も無視するし病気にすらなる。延々としゃべり続けて人の言葉には耳を塞ぐ。喋らせないで聴かせる方法だけをネガティブな方法で編み出す。

その始まりがあって他人に冷たくされているのに、自分が冷たくしたことなどは忘れてしまうのよね。すっかり割愛されて被害者ぶってしまわれている。人に話すときも後半からしか話さない。

これは何だろうなーと子供時代には分かるはずもなかったが、さらに後になって大人になると感情や行動が、ホルモンや神経伝達物質によって促されていることを知る。

ああ、なるほど。じゃあ、しょうがないね。終わり・・・。

と、なるわけがない。

何故ならホルモンの作用ですら個人の考え方や受け止め方で大きく変わってしまうということも同時に観て来たから。

同じような境遇や体験をした人間でも、考え方や受け止め方、変換方法・価値観で人生が大きく変わる。

原因がないと論じる人も居るうつ病ですら、あきらかに思考回路が影響している。病気に原因はないし遺伝的なものも絡むので個人の力ではどうしようもないようなことも確かにあるが、同時に同じくらいの比率で、病を生み出しやすい思考回路というのも存在するのだと思う。

ただ、やり過ぎてうんと調子を崩してしまってからいきなり何かを変えようとしてはいけない。思い切り具合が悪くなれば脳だって臓器なのだから治療やお薬が必要になる。

あくまでそうなる前の予防策というのはあるということ。予防としてなら、あるいは調子が良いときなら、そうなりにく自分を作ることは普段から出来る。それをやらないで同じやり方で他人を変えようとしている限り、とことん同じ席に座り続けることになる。

他人も世の中も、はたまた自分ですらも、その思い込みのパズルにははまらない。形を無理やり変えられてしまいそうになるとき、ほとんどの人は痛みを感じて嫌がるからだ。

好きな生き方をするのはハッピー。個人の自由。

でも、他人にそれを強いるのは他人のアンハッピー。

あたりまえのことをあたりまえに思えないのは何故だろう。

でも、それが人間くささなのかも知れない。

そして私も昔よくそんな自分に出会って来た気がする。

そんな本当の自分をありのままに認めるとき、次の道が伸びる。

それはそれなりにドキドキするし、やれやれ、また歩かないといけないのかとたまに面倒にはなるものの、袋小路の壁を見つめているいるよりは、遥かに呼吸が楽な生き方だなと思う今日この頃。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月07日

イミテーションを捨てたとき、そこに残るもの

もう何年も前から玄関先に置いている植物。

最初は小さかったのに成長し放題。

名前を知らないというのはまた別の楽しみがある。人間関係と似ていて、その人のことを調べたり知った気にならないという点で。IMG_1196.JPG

どういう楽しみがあるのか?というと、ある年、「へー、成木になると紅葉する種類の木だったんだー。へー、こんなに大きく広がるんだー。」と思うことがあったり。

そして今年はまた面白かった。

なんだー、凄いねー、実をつける木だったんだね。

初めて実を観たよーとか。

雨や台風の日も雪の日にも耐え忍んで、ある年実wをつけるんだね。

その実がとても可愛らしく見えた。IMG_1197.JPG

**************

夕方の教育分析にいらして下さった方が自己への気づきと対策を自分なりに考えていたり、遠い昔、忘れていた頃の自分が憧れていた人物のことを思い出したというエピソード。

そこに自分がある。

何かに魅力を感じるというのは紛れもなく自分の感性。

逆にこうしなければならないという思いやルールは自分以外の誰に植え付けられていたもの。

「こういうふうにすれば私、あんなことをしないですむかなあ?」と自分で考えている人が既に自律的で美しいと思った。

しかも、帰り際、もう遅い時間だというのに、例の神業技術で足つぼをやって下さった。

満身創痍で働いていて忙しくて、それ故にかかとがガサガサで、ペディキュアもガビガビになっている私の足。

それが恥ずかしくて今日は良いですよと訳を話したのだけど、ほんの少し押し問答をした果てにそのまんまの私の足を解毒してくれた。

とても眠くなり癒された、まあ、いつものことだけど。

そして施術してくれた彼女が「こっちまですっきりした。」と仰る。

その素晴らしい感性は誰に教わったものでもないよね。影響じゃない。紛れもなくあなた自身で居るときの感性。

*********

すれ違うことが出来たら互いに喜んでもらえたと思うのだけど、その一時間前に遠方から教育分析にお越し下さった方がいた。

でも、また会えるから良いよね。繋がっているから。

こちらの彼女は、人生での学びを生かしていた。

人間は孤独に陥ると相手を無理やり良く見たくなるもの。

けれども今の彼女は昔とは違う。

「あら、これは・・・」と本質を見抜く力があるし、自分にとって何が正しいかを知っている人になった。

つまりは生まれながらの誇りを取り戻した状態。

客観性や自由さがぐんと伸びてますます綺麗になった彼女はまぶしい。

生まれながらの王国を持った女王の誇りを思い出す。

それは高飛車になるということじゃない。時に愛のために冷静になれるという賢さを得た人のお姿だった。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月17日

人という光彩

先日、とある講座が終わった後、Bちゃんとお薦め動画を観ていた。

ゲラゲラ笑っていたのだけど、実は、Bちゃん、この動画の主人公に負けないくらい面白いの。

その面白さの分け目はどこから出てくるのか?と言うと、まあ、もとい、分け目などなくとも最初からユニークだったのだが、しいて言うなら自己一致に拍車がかかった時代あたりからかな。

*******

そして間は空いてはいるものの、4〜5年くらいの間に夫と飲んでいると、時々偶然会うSたんという青年のことを思い出した。

私よりもずっと多く飲み歩く時代の夫が先に彼と知り合いになった。とあるお店の店員さんだった。

息子が居ないせいなのか、当時大学生だったその子のことをとても可愛がっていた。

実家が東京に近い地方にあって、卒業後はそちらで美術の教師になるというオファーが確実にあったので、ある年「あーあ、来年はSたん、あっちに帰ってしまうんだね。寂しいね。」と皆で言っていたのだけど。

蓋を開けてみれば、彼はこちらの普通の企業に就職。

「この街で飲んで行くために近所に就職しました。」という言葉に爆笑した。この街でやっていくためにとか、生きていくためにとかじゃなくて飲んで行くためにだったから。

で、その子がとにかく面白い。うるさいタイプではない。笑いのセンスがあるというのか、なんだか、存在するだけで場が笑いの渦になる。

しかも、凄く面白い顔をするので「Sたん!顔芸止めて!お腹痛い!」と笑いながら懇願したことすらある。

で、お酒の席の面白いところと言うのは、人の素が出るところ。

記憶に残らないくらい酔うと「実は俺、暗いやつなんですよ。努力して明るくしてるんですよねー。でも、幸せだなあ。みんなこうしてかまってくれるし、優しい言葉かけてくれるし。尾崎さんなんて、学生の頃からよく誘ってくれたもんなあ。ああ、暗いやつなのになあ。頑張って来て良かったなあ。」と真顔で言うのだ。(酔いが醒めたら覚えていないだろうけど。)

そういう本音を言うところが可愛い息子のように思えるし、結局皆、ますます、彼を好きになる。

で、夫がSたんと同じくらい好きな青年にM坊さんという人が居るのだが、私はこの子のファンである。で、この子にも「顔芸止めて。」と言ったのだけど「これ、芸じゃないんですよ。こういう顔なんですよ。」と言われてハッとする。でも、爆笑。

この物凄く優しい喋り方をする、これまた誰からも好かれる青年が、親友のTちゃんマスター曰く一番喧嘩っぱやいそうで、なるほど、近年、Tちゃんともめている際に「あ、ほんとに人が変わるんだ。」と分かった。

でも、彼もまた酔いが回ると「僕はいけないんですかね。やっぱり。」と反省しだす。「何か人と違うんですよね、きっと。」と真面目に言いだすので、そういうところがまた可愛い。

******

一方で、外に出て看護の世界に戻っても「あ、このくそ婆ぁ。」と思うことがあるのだけど、段々その人が好きになって来る。(まあ、自分もくそ婆ぁだしな。)

良いところが見えて来て、本当に一生懸命生きている、一人残らず・・・・ということを感じるから。

怒ったり笑ったり。

私は多分、光も影も持った人が好きなのだろう。決して光自慢、不幸自慢する人たちのことじゃなくて。

自分の光も影も受け入れた人のそれは、光の瞬間も影の瞬間もなんだか美しくかっこいいから。
******
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

我のみぞ知る

今日、クライアントさんのエピソードの中に某アイドルグループの解散の話題が出た。

私は忙しさにかまけて詳しいニュースは観ていない。報道も聴いていない。

例えそういったものに触れたとしても事実とは限らないだろうし。何せ当人たちにしか分からないことが沢山あるだろう。

それはさておき、「まあ、それはそれで悲しいんだけど、ある記事を読んでおもしろいなあ、なんか、おかしいなあと思ったんです。」と言って話して下さったことが「メンバーのだ○○くんがカウンセラーがつくほど精神状態が不安定なんで報道をマイルドにして下さいと事務所側が言っているんですって。」

・・・・・・。どの辺が面白いんですか?

「いや、あははとか笑う類のその面白いじゃなくて、変なこと言ってるなあーと思って。」

そう言われてやっとピンと来た。

そうかそうか、カウンセラーがつくとか、カウンセリングを受ける人というのはおかしい人、不安定な人というイメージがまだまだ世の中に蔓延している点について仰っているのか。

この方も数年単位に渡って自分見つめにカウンセリングを使っていらっしゃるのでそういう視点で観れるのだろう。

カウンセリングは受けるものではなくて、やるものなんだよね。

そして、欧米の某国のようにカウンセラーがついていてあたりまえという文化が無いこの国ではまだまだカウンセリングに関わる人がおかしいとか変な人というイメージが定着しているんだ。だいぶん良い方向に変わって来たと思う昨今なんだけど、仕方ないか。

むしろ、使っていない人の方が不安定だったり偏ったり「え?何、それ。」と思われる人が多いと思うのだけど、何せ自分を観ないのだから気が付かないし、自分が期待する反応を相手が見せないことに”なんでだろう?なんでだろう?”と思っていたりする。そういう悲劇のヒロインをやるのが無意識的に好きな脚本なのだから仕方ないのだけど。

なんでだろう?って言いつつ考えていないし、友人や親兄弟、配偶者やパートナーに相談することがカウンセリングと似たようなことだと思っているもんだから、思い通りにならなくて怒りを爆発させたり傷ついたと号泣したりしてしまう。

カウンセリングは、気持ちを扱う作業だから時間がかかるのだけど、同時にロジカルさも求められるなあと思う。

カウンセリングを使う人が情緒不安定というわけではない。使っていない人の方にこそどの数は多いだろう。

はたまたカウンセラー喜怒哀楽や傷つく心がないわけじゃない。完璧に癒されている人ならば、むしろできない作業かも知れない。相手の話を過去のものとしてしか聴けないだろうから。

それでもやっぱり、自分は悟った人間、優しい人間、良い人と思われたいという心理が、もっと癒されていない歪んだ自分に拍車をかけてしまう。

某グループのことは知らない。

けれども、もしもその報道が本当で、その方がこの時期に情緒不安定になっているのだとしたら、それはそれで健全な反応だろう。

むしろ、それを公表してしまう側の人々の策略さ加減の方に狂気を感じてしまう。

そういう意味?と訊くと、この話をしてくれた方がニコニコ笑って「あ、そうそう。そういう感じのこと。」と言った。

カードには表と裏があり、人には闇と光の両方がある。

どちらか一方だけに注目するとそれはそれでおかしなことになる。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

星と星、そして星の中の星

年々色々な方々にお会いしていると、偶然にもクライアントさん同士が知り合いだったり、知り合いどころか相当親しい間柄だったなんてことがある。

さすがにオーストラリア在住でしかも同じ街にお住まいだったというケースにはびっくりしたのだけど、国内でも全然違う地域同士で、まったく繋がりがないと思っていた方々が友達だったという時にも軽くびっくりする。

ご紹介ならばともかく、互いに同じ場所へ通っていたということすら知らなかったというエピソードが時々飛び出すので、縁って面白いなーとつくづく思う。

「思い切ってこの悩みを話してみたら、彼女がかおるさんとそっくりなことを言うので”実はこういう場所のこういう人のところでカウンセリングしているんだけど、その人もそういう表現を使っていたんだよ。”って打ち明けたら判明したんですよ。もうびっくりで。」

その後お二方は前々から親しい間柄であったものの、これは話せないなーと思っていたことまで飽くことなく自由に話せるようになったのだとか。

それはともかく、先日誰かが昔に言った”孤独は哲学者を作る”という言葉を思い出していたのだけど、若干ニュアンスを訂正。

家族がいようがいまいが、既婚者だろうが未婚者だろうが、人間は皆独りであり、同時に皆独りじゃない。

誰もが誰かと繋がっていて高め合っていくことはあるけれど、もたれかかる相手やもたれかかってくれる相手を探している人の孤独は少し貧しい孤独だと感じる。あるいは自分の妄想ロマンスに家族や他人を無理やりあてはめようとか、その世界に閉じ込めようとする人の孤独も貧しい。第一閉じ込められようとする方は自分の形を切り取ったり圧縮したりしようとするから痛いし苦しい。

ではその世界が広い箱なら良いのか?と言えばそれはあり得ない。何故ならその手の貧しい孤独を抱えた人の世界はまず間違いなく狭いから。逆に言えば自分にとって便利な人しか探していないから。だから人が遠ざかり余計に孤独になるのか。

人は環境に関わらず皆独りだし自分の幸せや自分の欲するものとは自分一人で向き合うしかない。それを意識的にせよ無意識にせよ、やって来た人でなければ自分も他人も大切には出来ない。

それで、ああ、そうかと思う。正しくは”豊かな孤独は哲学者を作る。”なのかも知れない。

独りの時間を楽しく過ごしている人ほど誰かと自分を引き比べたり恨んだりねたんだりすることが皆無だから。

それを思うと豊かな哲学者の方々に出会わせていただけて本当に幸せだなと思う。

先述したお二方が知り合いだと知って後、”ああ、そういえば二人とも心豊かな方々だな。類友とはよく言ったものだな。”と気が付いたからか、そんなことを思った。

はたまた、そのうちのお一方が事務所に置いてあるデイリーガイダンスを開いて、「ああ、オラクルカードの本バージョンって感じですね。」と仰った。

そうですね。不思議と同じページを開いたり、開かないページは絶対開かないとか不思議なところも。

その話の流れで「私、カードを習っていたから何年か前に彼女のことを占って引いたカードをあげたんですよ。」と仰る。「多分その時には彼女もここに来ていたと思うんだけど。”自分のカードは自分でひく”って突っ返されてびっくりした。」と言うエピソードも聞けて二人で大笑いした。

「あと、とある友達が夢を叶えて羨ましいなあー、私もああなりたいなーと思った時期でもあったので、そのことを話したときにも”彼女は何もしないで夢が叶ったわけじゃないよ。多分、皆そうだと思う。”って言われてなるほどなーと思ったり。」

不思議なことにもうお一方もこの方と似たようなエピソードを話して下さっていた。

急にじゃなくても良いけど、出来ることを一つ一つコツコツとやって行くことで、なんだか大きな山が二つになったかのよう。違う県にそれぞれ住んでいても高くなって互いに微笑みあっているかのような光景が浮かんだ。もちろん喧嘩することもあるみたいだけど。(笑)

********

時が流れていく。人も変容していく。全ては自然なことなのだろう。停滞するため、変わらないための理屈や文句を並べるために使うエネルギーを捨て去ると、自由に泳いだり羽ばたいたり光っている命が沢山見える。

夜の町の風景をベランダから眺めつつ一服していたら、その窓の一つ一つがかすんで大きな星が沢山あるように見えた。
*****
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする