2015年11月18日

思いやりのチームワーク、プリーズ♪→予防力

定期的、もしくはそれに近い間隔でカウンセリングなどに取り組んでいらっしゃる方の場合、出来れば突然のご希望にもお応えしたいなあと思う。

なのだけど、仕事帰りの遅い時間がご希望の方のカウンセリングをしている方もいらっしゃれば、はたまた私にも家庭やら何やらとプライベートがある。そのプライベートが無い日でもメールカウンセリング等に疾駆していると、どうしてもどうしても電話に出られない。

プライベートも大切だけど仕事も大切。

ただねー、計画的に予約して下さった上でのモードと、抜き打ち電話のモードとでは切り替えるのが非常に難しい。他にも色んな理由があるのだけど、とにかく電話に出れない。

そうすると、やっぱり衝動的なお電話よりは、どうしてもどうしても計画的に予約していただけたら凄く嬉しい。
いや、その衝動も分かるんですよ。お辛いんですよね。だから出れるときは出るのだけど、ほんとに上記の理由でごめんなさい。

でも、もう一つお願いが叶うとしたら、突発的に情緒が辛くなってしまうパターンをお持ちの方ほど、定期的に予約という方法を取っていただきたいなあということ。

「だって、もう嫌なことを言われなくなったから落ち着いたんだもん。」とか「ああ、なんか、今は平気みたい。」と思われるのも分かるのだけど、それ、ちっとも解決しているというわけでもないのよね。

周りのご機嫌や環境がたまたま良くて、AC(ご機嫌取りや協調性を司る心の部分が”ま、いいか。”と一時的に蓋をしているだけで。


本当はね、カウンセリングで予防カウンセリングの観点も必要なの。

パニックになっていたり、大きな問題が起こっているときって、そのことにかかりきりで自分を見つめるのって難しいでよ?

だからこそ、その比較的に落ち着いた時期にやるセッションを積み重ねて行くことがコツだったりするんですよね。

余裕が生まれている分、自分を見つめることが出来るから。

とは言うものの、なかなかうまく行かないもんですね。

出来るだけのことをやって無理なときは無理で仕方がないんでしょうね。

カウンセラーとクライアントさんとても人間関係。願わくば、こちらも人間であるということが認めていただけるって最高。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。❤
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

逆転劇はどこからでも

新規の方が漆黒のオーラをまとっての初対面。服装も黒尽くめで挿し色の小物も無い。

でも、それはその人に非があるわけじゃない。

長い歴史があったんだね。辛いことがいっぱいあったんだね。

時々、辿り着けない人も居るし、下手するとクリアリングされて行っているはずの人で、何度もこの事務所を訪れたことがあるはずの人が急に道に迷ってしまったなんて信じられないこともある。

何とか辿り着いたそのお姿を見ると、また黒尽くめに戻っている。

何も黒く覆い隠してしまうほどの体験をした人は自覚あるなしに関わらず沢山いらっしゃる。

進歩の過程には引き戻しという反作用が働いて、どちらかというと慣れ親しんだそちら側に流される方が楽に感じることがある。何せ黒は全てを吸収してしまうから。

でも、そのどす黒くて嫉妬と恨みにまみれた世界が自分を毒して行ってどうしようもなく辛くなったから出て来た場所ではなかったのか?とも思う。

じゃあ、真っ白ばかりが良いのか?というと、口悪い言い方をすれば真っ白だけの人で大人やっている人は馬鹿に等しい。(まあ、不可能なんだけど。)

陰陽が綺麗に合致してバランスが取れているものなので、やたらと綺麗ごとばかり並べて白を装っている人ほど不安定な存在もない。それは所詮無理なことだから余計に黒くなったりもして。

結構、”常識ではこうでしょ?!”と怒っていることが多すぎたり、嫁、舅、子供、とにかく別の人間である人と自分の違いに「嫌、ほんとに嫌!」と言いながら何十年も経っていたり。

人には色んな価値観があるのだけど、自分が自分であるように、その人はその人なんだよね。嫌々行って要る心の奥には、代わりに誰かに復讐して貰おうと思ったり、自分が如何に辛いかと主張して悲劇度を主張するという目的もあるのかも知れない。

でも、神様が”まだ存在すべき”と思っている人間を私たち個人の頭でどうにかしようなんて思うところが、自称優しい心の持ち主の方の暴力性なのだろう。

ちなみに私は優しさと冷酷さがあり、短気と根気良さがあり、誰かにとっては良いかも知れないが、誰かにとっては大嫌いな人間である。

冒頭にカラーのチョイスと心理状況についてちょこっと書いたのだけど、心は思考や決意より、行動から先に変えても良いし、ましてや身に着ける色となると答えは簡単。

レイキも理屈こねるより続けて感じた方が簡単。でもメカニズムが分かると余計に面白くなって余計に沢山効果が出る。

今展開しているセラピーも石の仕事も実は皆繋がっている。どの入口から入っても、辿り着く場所は一つなのだけど。

*********

感謝したい人が沢山いるなと思う。肩書きがたまたまカウンセラーだとか講師ってついていたけれど、私は本当に多くの人にヒントを貰って学ばせていただいて来たのだと・・・多分この先、何度もその素晴らしさに気付いて行くことだろう。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月28日

このオオボケ天然野郎!!! →自分

いやあ、今日はカウンセラーズトレーニングの会。

教育分析でも銘々からはお聴きしているものの、それから変化があったり色々で驚き+αで傾聴していた。

ある方がお誕生日月だったので先日クィーンという名前のストーンで作ったブレスを贈ったのだけど、今日はもう山ほどのプレゼント貰って大はしゃぎするところから始まった。贈られるものが可愛かったり本人が可愛かったり、あと、どんな想いで選んでくれたのかな?とか、さらに本人がその意味を沢山感じているのが伝わって来たりとか、とにかく観ているだけで幸せになるような光景。

そしてお一人お一人の歩み。進化、独自のセラピーなどが見え隠れする。

まだ上級を知らない方々が不思議に思ったり大感動したりする試みをされた方。ゲシュタルトやヒプノを知っているし、その良質さを知った人がどういうふうに方法を構築して行くか?というところの力量に私も感動してしまうので、とかくグルグル回るように考え込んでしまうという人にはさらに驚きだったと思う。

上級を取得してさらに深いワークをしている人はもちろん凄い結果を残しやすい。沢山の米蔵がある。

でも、まだ基礎の方が自分なりにやるのも面白いと思う。

ただちょっとやり方が分からなかったりするとコンタクトが取れずらい状態だったり、イメージ出来ても、真実の自分とは違う自分が出て来ることもあるものの、下地としては良いかなと思った。ぐるぐる回る回り方が変わるだけだとしても、それはそれで素晴らしい成長だし。

で、毎月行うシェアリング部門では実に興味深い話と気付きが嵐のように吹き荒れているくらいの盛りだくさんだったのだけど。


あの・・・・・・・・。

今日はもう書けない後日にしよう。

実はほぼ皆勤の方がいつまで経ってもいらっしゃらないので何度も携帯を確認していたのだが、一向に来ない。

それでも鉄の意志で会の貴重な時間はやることをやらねばならない。ってか、せっかくなのでやった方が良い。

にも関わらず私の方が合間合間、皆さんにどうしたんだろうね?どうしたんだろうね?と不安をあおるような発言をしてもうた。
ただでさえ、皆さん心配だったろうに。

私の中のインナーチャイルドの侍部門担当(なんだ、それ。)をしている方が「死を持って償え!相手と皆に謝れ!」と自分を罵倒することになったのはその夜のことだった。

ワークはカットして皆でよく話したし、とても有意義な会だったというのに、終いには帰り道も、晩御飯を作っている最中にも、茫然としてしまう。

皆で一斉にメールしたらうざいよね?と慮る方もいらしたし、はたまた事故か?体調不良か?と思いたくもないことが頭をかすめる。

でも、もしくは連絡したくないとか出来ない事情があるとかさ。そんなときに鬼電しても絶対迷惑かかるだろうな。

とにかく、晩御飯作っていても戦々恐々として待っていたのである。

ここで夫が「今日はMさんも来たのかな?レモンケーキ食べたかな?」とニコニコして言うので苛立って「うるさい!」といきなり言われたら夫の方もいったい何を言うの?意味わかんないだけど。。。と迷ったことだろう?

ところが、携帯のラインを今一度着目して来たとき、彼女からの病欠理由と、今日はお休みしますってメッセージがとっくに来ていたことを知る。

その後から来た人のメッセージを読んじゃうと、その前の人のお知らせがまだ未確認状態だってのに、お知らせマークが消えて「あなたが読んだのだけで、他にはありませんよ。」としたり顔になっているこいつめ。ラインのシステムめ。いやいや、ラインのせいにするな。お前の不注意で気が付けなくて、勝手に悪い想像して不安や心配のるつぼにはまっていただけだろう。

もちろんメンバーさんも、彼女のことは信頼はしているけれど、やっぱ心配だなという悶々も伝わって来ていた。

そのラインを読んだときには、無事だということが分かって泣けるほどだった。あほだねー。勝手に見落としていたのはこっちなのに。

ある意味では、もう本当に居心地の悪い一日でもあった。Mさんは全然悪くなくて普通に送って下さっていたのだから、もちろん何の非もない。

ただ私だけがそわそわと、コーラ好きの彼女のコーラを自分でやけがぶ飲みしたり・・・。

ああ、でも、本当に無事で良かった。

私の天然さというか悪いところ出た日で恥ずかしいのだけど、結構な深夜だったのにも関わらずメンバー全員にメールを送った。

まずは無事ですよ!ということと、何でこんなことになったのか?ということへのお詫び。

皆もほっとして下さった。顔が見えないけど泣いてる人もいたかも。

もう今日書けるのはこんだけかな。

とにかく無事で良かった。

ふう。今日はもうその一言しか言えない。

他のこと盛りだくさんはまたこの後日のいつかということで。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(4) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

本当の優しさ&厳しさ

小さな町ではあるものの、とあるお店のマスターが風評被害にあった。

私にもそんな体験が山ほどあり。

で、話は違うのだけど、先日ヒプノトレーニングの会の後やら、まあ、毎回何らかのトレーニングをした後に、参加者が出来事や自分の感性や気付きをどういうふうに落とし込んでいるか?というのを観るのが好き。

そりゃ良いこと書いているっていうのにも感動するのも当然なのだけど、それ以前に、素直に書いて落とし込んで下さっている真実の姿が垣間見えるのが好きなのだ。

各自、自分の得たものを大事になさっているなあということが覗える。

こいうこと書くと、各自の意識が変わっちゃうんじゃないか?と心配してしまう部分もあったのだけど、いかんせん、今のまま、ありのままで居ていただきたいと思う。

要するに私の興味のある要というのは、今現在そこにある。

でもって、話は戻るけれど、三人で集まったヒプノのトレーニングの会の日にとある番組の話になった。

物凄い風評被害にあった人、しかも、公人なのでその弁明も難しい上に信じて貰えないという立場の女性だった。

そこでやってきた三人の男性は本来は毒舌キャラのはずだったのだけど、酒が入っているせいか、普段は出せない優しさが滲み出ていた。

例えば俳優やらの芸歴が40年以上ある人とか、いつも毒舌で笑いを取っている二人組とか。

ある瞬間、毒舌代表とも言える俳優さんの神回しで「今、その人の電話かけようよ!励まそうよ!」というストローク。これには百戦錬磨の他のプロ三人も驚いたのだけど、結局その方法で回り出す。

その時の電話の話し方、非言語、声のトーンに、ペルソナを外した三人を見た。

我々公人だって辛かったのに、あなた、どんなに辛かったか?元気だして欲しいなあということ「あなた誰?」というほど素に戻って励ましていた。

もちろん個性は出ていたけどね。

口をやや尖らせて、電話向こうなんだからみえるはずもないのにお辞儀する人。

二人目は「酷かったね。あんな婆じゃないわって思うたやろ?」とフレンドリーに行って笑わせてくれる人。

三人目は意外にも相手の話したいことに耳を傾けた。

要するに皆素だったのだ。

「もう話は聴きましたからね。」と受容される瞬間を観た。

それは先日のトレーニングの会で出た話でもあったのだけど、偶然、メンバーのブログを観て、彼らのわかりにくい優しさを垣間見たという話を書いて下さった方もいらして凄く嬉しかった。

芸能界に限らず厳しい世界である。

でも、一様にして言えるのはギャーギャー騒いている人に相反して、非の無い人は結構黙して語らずってのはありがちだなと思う

皆”法廷ゲーム”ちゅうのをやるのよ。

私がこう思うからこう思ってとか、どっちが正しいと思う?とかね。

でも真実は必ず明るみに出る。

もちろん言わなければならない時はあるものの、黙して語らない側は、結局最後の最後、プレミアムが人間関係を持つ。

何故なら妄想派とか被害妄想派ってのは難解で、何度誤解をといても、また勝手に猜疑心を抱く。(これが悲劇の脚本)新たな誤解や妄想の域を出ないから。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月18日

おめでとう / 嬉しい再会

定期的に教育分析+レイキに通って下さっている方から朗報を聴いた日。

新しい就職先を見つけ、しかもその就職先の理念も素敵ならば、さらに彼女が望む分野の資格取得のサポートをして下さる場所での内定ゲット。

決して楽な仕事とは言えないけれど、仕事なんて多かれ少なかれそんなもの。頑張らないと続けられないことの方が多い。ただ、確かなことはそれが彼女が好きで望んでいる業界であるということが重要。

しんどいことが無いわけないという覚悟と共に行動を起こすといつの間にかその生活に結構な確率で爆笑したり楽しいなーと思える瞬間が現れる。

頑張りにも大きく分けて二通りがあって、将来の展望を見据えている彼女の先の先に続く世界が垣間見えるような気がした。流れに乗っているなあ。

さらに言うと、彼女は誰に言われるでもなく、自分の頭とハートで物事を決めて行く。他人をじっとり見据えて妄想する暇を作ることを選ばない。

彼女の世界、彼女の脳や思考回路の外に身体を運び出した。

そして、その傍らに心理学がある。

心理学に興味を持つ人というのは五万といるのだけど、とりあえずの一歩を踏み出したところで、次次と先に光が見えて来て「あれは何だろう?」と自然に歩んで来たこの数年間だったのだなと思う。

それは全て繋がっている。何一つ彼女の個性の法則に逆らっていない。

まあ、何と言うめでたい門出なのだろうと思った。

もう一つ感心したのは彼女のアドラー的とも言える子育ての方針。

親ってのは悪気はないのだけど、多くの場合、子供を子供として扱う。

少なくとも人間として観ているか?と問われると、対人間というよりは、やはり自分より下の子どもとして観てしまうのだ。

再三言うけどこれにも悪気がないのだけど、自分より絶対に物を知らない存在ださえ思っている。下手すると、自分より真実や知恵を握っていると生意気という言葉を使う人も居る。

でも、彼女はお子さんのことをちゃんとした人間として尊重している。

そりゃあ、大人な部分があってもいちおう子供は子供なので話さない方が良いこともあるし、時期によって苦しみだけを与えてしまうこともあるだろう。

でも、現時点では親の自分はこんなことを考えていて、こんな生き方をしていると伝えることはとても良いことだ。

将来は変わるかも知れないけれどね、今のママはこうだよと。

「子供には知られないようにしよう。」とか「子供だからわからないだろう。」ってのが完全なる大人の勘違い。

賛否両論あれど、私はそういうの好きだな。

人間同士だから必ず伝わる。はたまた例えばそのことで関係に支障があったとしても、それは、元々その要素があったというだけ。

日本は欧米ほどアイラブユーというとかハグするとか、直接的な表現をする文化はない。

それでも、出来ること、伝えることは山ほどあるなあと思う今日この頃だった。

もちろんそれは親子関係に限らず全ての人間関係に置いて言えることだけど。

***********

久しぶりーと言っても、彼女はオーストラリアに行かれてまだ季節が一つ移行しただけ。

Nっちゃんと偶然同じ街にお住まいのFさんにお会い出来た。

最近もまたお茶なさったと聴いて微笑ましい感じ。

この方との心理学は時々しか出来なかったけど、いよいよ佳境を迎えている。

どうでも良いけど、とても手ごたえを感じる人なのよね。

飲み込みが良いというか質問が的を得ているというのか。

それもそのはず。人生の先輩であるというだけではない。しっかり生きて来られた方でテキストに載っているような体験も沢山していらっしゃるし、自分なりに対処して来られているのですーーっと入って行く。

さらに言うとそんな中でも「ああ〜。なるほどー・・・。そうかー。」と何かを思い出しつつ「そういうことか。」と新しい観点吸収していらっしゃる様とかも凄く楽しい。

今日のような日にも私は何だか人間という生き物の凄さを感じる。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

その日の天使(多分 その5くらい)

連日、日本人の方がノーベル賞を取ったというニュース。

特に昨日なんてじーんと来た。

話しは飛ぶけど、とある芸人二人組のフリートークでお二人はこんなことを言っていたのよね。

とても笑いを取るのだけど、話していることはマジ。マジな話を素直にしているのだけど、笑いを取るという好きな芸人さんたちのペア。あんまり大きなことは言わなくて日常に則したエピソードが出るトークが多い。

でも、そのお二方のあたかも気軽な雑談に見えるトークが、実は凄い。プロってのは、プロであるほど苦労していないように見えるし、素人さんたちには「あんなの自分にも出来る。」と勘違いさせるほどに自然だ。これ、どの世界でも一緒。簡単にやっているかのように見える。

ところが、お二方は実は全身、あちらこちらが痛い。イベントの休憩時間には隣同士のベッドで点滴打って次の舞台に立たなければならないこともあるほどで。

ジャンルは違うけれど、多分一つだけ似ていることと言えば、物凄く目を使って反応を観ているし肌で感じているし、力抜けて多少不真面目くらいに見せなきゃいけないし、耳も物凄く使うし、表現力も求められる。

芸人というくらいだから多彩なのだろうと思う。

また話は飛んでしまったが、二人が面白おかしく始めたのは先日の陸上競技の話。

「アメリカなんてさあ、凄いやつがいっぱい居るから、予選ではボルト出して来ないよね。ボルト無しで予選を軽々通過出来ちゃう。で、本戦でボルトが登場するまでに体力温存させておく作戦なんだろうけど、あれって凄いよな。」

ほうほう。

「でも、俺、思うんだよね。表彰台の上に上がってメダル貰うのはボルトじゃん。そして団体戦だったらボルトと一緒に走ったメンバーがせいぜい貰えるだけじゃん。そうすると、決勝戦にはいなかった予選の二人の立場ってどうなるんだろうね。もちろん、チームプレーだと分かってはいるんだけどさ。」

「将来、コーチとか監督とかになったとき、なんて紹介されるんだろうな?この人はボルトと同じチームで、ボルトが出る前に走っていたそこそこの速い選手でした・・・ってなるわけ?」

すると野球好きの相方が「いつもベンチ入りまでは行くけれど、試合に出れない選手っているじゃん。でも、ベンチで一生懸命声援送ったり、勝てば泣きながら一緒に胴上げしたりしてな・・・。」

そこでながーい人気を誇るこの二人はふと思う。「ああ、そう言えば、俺たちって、M1取ったわけでもないし、何かのチャンピオンにもなっていないお笑い芸人だよな。将来子供に何て言うんだろうな?」

「うーん。。。そうだね。先のコーチとか監督になるかも知れない人たちと同じていにするなら・・・あんな面白い人やこんな面白い人たちと一緒にやっていましたよ的な?」

「あ、でも、まだおまえは良いよな。M1の審査員やったことあるんじゃん。」

「いやいや、無冠だってことには変わりないし。」

でも、そんなやり取りしているだけなのだけど、二人が醸し出す空気にお客さんはゲラゲラ笑うんだよね。

賞を取っていようがいなかろうが、関係ないの。居て。多分、目に見えない無冠の功績というものがこの世には滅茶苦茶あるのだと思う。

*********

昨日の夜のニュースで、ノーベル賞を取った方は、微生物の可能性に着目してわき目もふらずに研究をし続けて来た方だった。うちのお爺ちゃんより多分年上だろうな。

老いも若きも出身校や、現在在職している学校のまだあどけない子供たちでさえ「凄い、先生、凄い。見習いたい。嬉しい。」とセミロングの女の子も坊主頭の少年も大絶賛。

普段身近で仕事をしている副館長の女性も涙ながらに「おめでとうございます。もうずっと長生きしてずっと傍に居て欲しい!」と、実に様々な方がお祝いなさっていた。

そしてこの仙人にも見えるけれど、どこか可愛くも見えてしまう名誉教授が涙ながらに語って下さった言葉に感動した。

「他界した妻に感謝です。見て欲しかった。あの人は、朝な夕に、僕が研究に没頭できるように身を粉にして尽くしてくれた。給料なんてみんな研究費に飛んでしまうからと、妻は外に働きに出て稼いでいた。それでも足りないと自分の実家に戻り、頭を床にこすりつけて金をかき集めて工面して来てくれていた。本当になんてことだろう。あの人は病気で行ってしまった。私は、私は、妻に感謝したい。」

当日なので素が出て、自分の気持ちの一番近い部分を出して下さった貴重なシーンだったのだと思う。

*********

世の中には表に出る人々が居る。

でも、その人たちの周りには、沢山の支える人々が存在する。

先の野球選手たちの攻防。自分が出れなくても一生懸命応援する。ビールかけにも参加して人一倍はしゃいでくれる。いじられても怒らない。でも、その盛り上げ役にマイクが行くことはない。

何かしらの研究も色んなものを犠牲にして人生の気の遠くなるような時間をそこに費やす。

弟子からのヒントだったり先人からのアドバイスだったり、人知れず支えてくれた圧倒的なパートナーだった妻君にはスポットがあたることはない。

でも、結構多くの人が知っている。

F1がレーサーと車だけで出来るはずもなく、全てのことはチームで成り立っている。

有名無力、無名有力。

どちらも凄い方々なのだと思う。

そして、昨日、米蔵の話をした。稲が毎年育てられ、毎年米が出来るって、そこに無名のヒーローがうじゃうじゃ存在しているからだ。

もちろん、田んぼや畑でなく、コンビニの店員さん居なくなっちゃったらほんとに困るし、その他諸々、この世には目に見えない賞と祝杯で溢れている。

そのことに気付くまでに時間がかかることが多い今の世の中なのだけど、ヒーローはそこかしこに居る。201510061.JPG

*********

余談だけど、思わぬところから、嬉しい文章を読んだ。

今度会ったときに言おうと思ったら、おお、丁度今日のセッションで会えるやないかいっ!ってことで喜んでいたら、先にそのことについて話し出したのは彼女の方だった。

通じ合えるという受容がとても嬉しく感じた日でもあった。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

ポーチの中から宇宙まで

トレーニングの会の後、数日後のカウンセリングで、とある方がご自身が体験したり育てて来た恐怖を”森”に例えて下さった。

高めの木々に囲まれた森。一本一本の恐怖の集合体が森になってそこに自分が存在していたのだけど、今はその森を出て来たばかりの状態だと。

まあ、何と上手で豊かな表現だなあと感心した。

その森を作ったのが自分自身だと知ったり、出られると認識さえすれば外の世界へ行けるのだと気付いて、その森を出て見たものの、そこに広がる広大な世界。

自由だと分かってはいてもあまりに広大なので時々振り返っては森に帰りたくなるのだと。

彼女はそれを森と表現したのだけど、とある種の体験をした人々は不幸な脚本から抜け出し自分らしい脚本の筆を執る際、誰しもよく類似した感想を下さる。

植え付けられた思い込みをはずして見たり、親や知り合い、環境、そこで今まで出会った他人の脚本をコピることを止めたり、はたまた、誰かの脚本の登場人物のままで与えられた役割だけを生きるのが楽だと思い込んでいた頃とは違う。

でも、それらが全てはずれると(まあ、いっぺんにはずれることはまず無く、気が付いたその日から、防衛が働きながらも、好きなタイミングで自らが一つ一つはずして行くのだけど)、何をどう書いて良いのか分からなくなったり寂しくなったり不安になったりするプロセスもある。

自分が好きなことを書いて良いよと言われても(まあ、これも自分が言うのだけど)、いきなりに感じて何を書いて良いのか分からないし、私って何が好きなんだっけ?私ってどんな人間なんだっけ?と思うかも知れない。

そうすると、支配されたり支配していた頃が懐かしくなり、また冷たく暗い戦争の中に帰りたくさえなるのかも知れない。

けれども、そのお話を聴いている途中で「森」という単語を彼女が口にした瞬間、背後に素敵なものが見えた。

それは豊かな森だった。鳥が鳴き、犬が走り、猫が眠り、泉が湧いていて、他にも色んな動物がありのままに自由に暮らしていて、それはそれは美しい森が見えた。

でも、それはよく見てみないとただのうっそうとした暗い森に感じてしまうかも知れない。

森は一つではなかった。

いくつも見えた。

一つの森と別一つの森が繋がって、その二つの違う分野の森が、新しい一つの森に成長して行く様も動きを伴って見えていた。

人の心や感性って、何て鮮やかで綺麗なんだろうと、こんな光景を観るときにはいつも思う。

元々の話。

森が出来る前にはそこに草原がある。

最初は背の低い雑草に混じっていて区別がつかない小さな木の芽たち。

踏みつぶされたり、あるいは自分で踏みつぶしたり、お腹が減った草食動物の群れに食べられちゃったりするかも知れないし。

でも、その木の芽に気が付いた人はそれを守り、育てる。

人の森を観て、「いいなあ。私もあんな森欲しかったなあ。腹立つなあ、憎たらしいなあ・・・。火をつけてやろうかなあ。集まっている生き物も皆逃げ出せば良いんだ。」と恐ろしいことを、自分ですら気が付かない無意識の領域で考えつつ、自分が居る場所の木の芽を自ら、今の空腹に任せてむしゃむしゃ食べまくっている人も居るかも知れない。

感じることが出来ないと、見つけることも育むことも出来ないし、じーーっと横目で人の森を睨みつけながら待つことすら出来ずに次々と食べつくして身体も心も重くなる。

「あれ?無くなっちゃった!誰か!草の種、頂戴よ!」の声を聴いて最初のうちは種を渡してくれる人も居たかも知れないが終いには荒野になってしまうかも知れない。

でも、森を育てている人たちが結構沢山居る。

それは素晴らしいことだなあと思う。

もちろん人は自由なので、せっかく育ちかけた小さな木をいきなり切っちゃったり、すぐに大木にならない、すぐに完璧にならないと自分の木をなじっては人のところに置きっぱなしにして行く人も居ないではない。

そんなとき、関わった人間、一緒に考え続けて来た人間というのは「おい!どうすんだよ!これ!」とビックリするわけだけど、過ぎて見て、振り返ってみれば、そんな光景も面白くて仕方ない。

まあ、良いか、どこまでも地続きなのだから、この木々も私が根気よく育てて行こうとか、しぶしぶ水をあげたりとか。

多分、人の子供同様、誤解を生むかも知れないが、私にとっては猫や様々な動物が育ったり呼吸したりしているのと同様、誰のものでも無いんだ。

ただ、一つ。これはあなたの中にあった素敵な種から生まれた大木なのだよと知るも勝手、知らぬも自由。命の中に色んな命が存在するこの世界の片隅で。

蛇足だけど、大地にある法則というのは天界、宇宙にも全く同じ形状や角度、リズムで存在していると言う。葉っぱが四方八方から無造作に生えて来ているようでもちゃんと決まった螺旋の法則で決まったところに生えて来るように。

********
以前、オーラソーマの講座で”ジャングルよりガーデンを”という言葉を再三耳にした。

鬱蒼としたジャングルよりも綺麗に整備された美しい庭園を造ろうと言う、美しい新しい時代を意味した言葉だったと思う。

でも、当時の私は何となく別の意味に聴こえて正直なところ感銘を受けなかったのだ。

もっと伸びたいと思っていた枝がチョキンチョキンと好きな形に切られるイメージや除草剤や殺虫剤が浮かんで来ちゃったり、好きな外観になって満足しているような光景が浮かんで来てしまった。観るための庭園も美しいのだけど、ジャングルはジャングルのままで良いんじゃないか?と、一瞬の間に色んなことを感じていた。綺麗と残酷の混同ってよくあるから。

もちろん、その講座での言葉はそんなことを意味したわけではなく、横暴な力と制圧の世界ではなくて、調和の世界に移行しようという平和への願いを意味すると分かってはいるのだけど、理解する前は個人独特のイメージが湧くもので。

そして理解する前もした後も、何かを感じるのは自由ということで、とにかくその時代、その瞬間はそんなことを感じていたのだ。

*********

先月、Aちゃんが「少しですけど新米をどうぞ。」とおすそ分けを下さった。

それを見た瞬間もそうだけど、カウンセリングが全部終わってからも、その白さや輝きが綺麗だなあ〜と思った。そして、何か命を感じるなあと。

そか。これは命の輝きなのかと後から気づいた。

途中、仕事中の事務所で、時々”スンスン!”とか、紙袋がわずかにカサカサと音を立てた気がした時、白ちゃんかな?と新米に目をやった。

結局その日は、何となくそうしたかったので、少しの新米と少しの清酒だけをテーブルに置いて帰ったのだが、家に持って帰ってお婆ちゃんに見せたときにも、その白さが目に沁みた。

*********

時系列が行ったり来たりしているのだけど、それからしばらくしてからがトレーニングの会だったのだけど、田畑を耕すかのような作業をしている皆さんに会った。まあ、これもいつものことなのだけど、いつもどこかが違っている。

あたかも全うに季節な流れて変化して行くように違っているけれど安定もしているこの光景。

季節季節で苦労があるというのに、確実に何か個々の黄金郷へと向かっている。無限だなあ。

で、ある方の言葉で思い出したのだけど、そう言えば、そうだ。

誰も何も言っていないのに、上級をとっくの昔に卒業した人たちまでものほとんど全員が、同じような時期に以前学んだところを改めて自主的に読み返しているというこの不思議。

お一人お一人からは教育分析などのときに聴いた。

その時は、「あ、それは良いですね。何せ忘れちゃったりもするし、ほんの少し以前の時代のはずなのに、その時の自分と今の自分は違うので、また新鮮に感じたり、改めて本当の意味が分かったりするんですよね。」と答えていただけのような気がする。

でも、その日はたまたま集う日で、ふと気が付けば、読み返している人、読み返している人、学び直している人が相次いだので圧巻な光景が浮かんだ。

初めが荒野だったとしたら、心理学を始めたときは、そこに新しい畑を広げ始めたときかも知れない。あるいは、ただ、おおよその線引きや縁取りをするところから始めたかも知れない。

あるいは目印の岩を置いたと言う”キャラクター”や”パーソナリティー”の語源に関連するテキストの一節の部分を思い出した。

方法は銘々違っていても、その畑を広げようとした日から、日常に戻って”生活”をして、色んなことを感じ、また学び・・・ということを繰り返しているうちに、固い地に何度も鍬を入れ、何度も水を撒くような作業を続けていたのかも知れない。

耕すと、必ず大小に関わらず固い石ころにもぶつかる。それが今は要らない思い込みの象徴。

小さな小さな石でも初めて目にすると、でかくて拾うこともどかすことも困難な岩のように感じて「わーん!もうダメだよー!」となるときもあるかも知れない。

たがて時が過ぎて、自分の意志で何度も学び直すという季節が来る頃には気が付けば、幾度かの収穫を知らず知らずに終えているのかも知れない。

ある日のAちゃんは、そんな米蔵から新米を一握り持って来てくれたようなものだ。それは可視化出来るギフトだけど、本当は知らず知らずに、皆が米やら作物やら花やらを貰ったり贈ったりしているのかも知れない。

*******

森だとか米蔵だとか、畑だとか、色んなものが色んな例えに通じている。

そんな中、出勤する支度をしている際にふと目についたポーチ。

Aちゃんに貰った白い綺麗なポーチ。これにはコスメが入れてある。このホワイトなところも好きだけど、コスメを収納するのにちょうど良い。

K籐さんにいただいたピンク色のCOACHのポーチ。タバコやZippoやキャンディやガムやリップを入れるのに丁度良い。いつぞやお会いした時に「すみません、タバコなんて入れちゃって。」とお詫びしたら「あ、いいんですよ、好きに使って下さい。」と仰って下さった。でも、この用途はコスメ類に負けないくらい手にしたり目にしたりする頻度が多い相棒となる。

次女くんに貰ったロイヤルブルーのポーチ。これにはオーラソーマやアロマ、その他かゆみ止めやハンドクリームが入っている。

Yさんに貰ったエコバッグ。印刷した資料や読みかけの本を入れて行く。そして帰りにはスーパーの食材が丁度よく入る。

その他、沢山のポーチやケースやバッグがあるけれど、皆、いつかボロボロになって行くのだけど、いただいたり、自分で気に入って買ったりした大切な入れ物。そしてその中身は自分が大事に思っている小宇宙をありがたく収めさせていただいている。

確かに・・・と思う。人の心の中にある無数の宇宙同様、生活にも色んな小宇宙がある。

バッグの中身だけは・・・ジャングルよりある程度ポーチやポッケで仕切られた庭園の方が良いかも。

いずれにせよ、いくら閉じ込めても、目につかないかのようでも、そして極めて個人的なものにしか感じないモノですら、気が付けば愛する人々の愛する小宇宙と繋がっている。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月05日

脚本の選択の果て

数週間前だったか、娘の結婚式の数日前だったか。

Yえさんと杯交わしている際に、元女子プロレスラーの方の病気に関する発表が非常にショックだったと仰っていた。

あまり色んなページを観るわけではないけれど、彼女のブログの愛読者だったので、某女優さんの闘病ニュースよりもショックだったと。

お気持ち、凄く分かる。私も良いこと言う人だなーと思っていた。母乳で育てろという世間の風潮や口出しに悩んでいるお母さんたちのために自らの体験談を交えて歯に衣着せぬ励ましのメッセージを送っていらしたり。

そりゃあ格闘家の精神なのでもちろん強さや厳しさはあるものの、物凄く母性的で愛に溢れている人。その愛は笑顔に出る。あれしてあげた、これしてあげた、自分は優しいんだとアピールするタイプでは決してないのに、それ以上に優しさが滲み出ている。

だからこそ現状を誠実に報告なさったのだなと思う。

一方で私は後者の女優さんのことも同じくらいの格闘家魂を持った人だと思う。もちろんそれは女優という舞台で別の形で発揮されていた闘志と愛だったのだけど。

死が全く怖くない人なんていない。

しかも生存率を告知された後となると、先の強い魂を持った方々とて、最後まで戦うと決心しつつも同じくらいの死への覚悟が同時につきまとう。

ただ、思うことがある。

もしも、ただ長生きするためだけに生きるのだったら病気の人も健康な人も100パーセントに近い恐怖の中で生きるだろう。

そして、もしも自分が選んだ仕事と言うものが、ただ食べて行くためだけにやっている仕事だったとしたら、自分を応援してくれている人たちに辛い発表などしないだろうし、速攻仕事を離脱するだろう。

ただ長く生きるためだけにすぐさま自分の世界にこもるだろう。

決して腹水を大量に溜め込んだまま舞台に立つなんてことはしないだろう。それはとても苦しいことだから。

でも、誰かを愛している人や自分の生きる道を自分の頭とハートで選び取っている人は、痛みや苦しみだけに意識を集中しない。

本人は自分のためと思うかも知れない。でも、それが、周りの愛する人々のためになるのだと言うこともしっかりと知っている。

後者の偉大な女優さんは抗がん剤を拒否してギリギリまで舞台に立って永眠なさったのだけど、彼女の選択が万人に適しているとまでは思わない。

ただ、痛みや苦しみだけでなく自分にとって意義のある何かに意識を集中して頑張る人と言うのは周りの人々までもを優しくさせる。

主治医は「あんなに腹水があるままで舞台に立ったことは奇跡だ。」とも仰り、しかも、彼女の伴侶に「旦那さん、舞台に立ったから寿命が短くなったとは思わないで下さい。きっと舞台があったから彼女は予定より長く生きることが出来たんです。」と言って下さったとか。

私はここまで言葉を尽くすドクターにあまりお会いしたことがない。けれども彼女は周りをそうさせる人だったのだと思う。人間関係は鏡だから。

旦那様は彼女が他界した後も「彼女は最後まで立派な女優だった。女房は他界したことくらいではへこたれません。」と語ったと言う。

そして片や、生きるために一生懸命頑張っていらっしゃる元女子プロのHさんも、笑ったり泣いたりしつつ、怖さや痛みだけでなく、愛に生きていらっしゃるのだと思う。

願わくば、応援する側のエゴかも知れないけれど、ずっとずっと生きていて欲しい。あの笑顔をまた見たい。いや、泣いていらしたって良い。人一人が生きているだけで大きな光が一つそこにあるのだから。

*********

クライアントさんとの会話で時には前世や今世という言葉が出ることがある。それは様々な場面で。

初めから絵が得意な子が居たり、足の速い子が居たり、勉強が得意な子がいたり。

それを才能だと人は言うのだけど、実はそれは生まれて初めてやったことだからじゃないのかも知れない。

前世に沢山練習して来たことや好きだったことが、今世に続いているのだけど、親はついつい自分の夢を押し付けることがある。時には自分の出来なかったことをやらせようとしたり、継がせようとしたり、他の子供と比べて矯正しようとしたりするかも知れない。

でも、本当はしない方が良い余計なことって沢山あるのだろう。

某女優さんは好きなだけ留まるかも知れないし、ある時期転生するかも知れない。そしてまた今世の経験や鍛錬が上乗せされてさらに凄みのある演技をする人になるかも知れない。

それを薄々知っている人が、多分あんな鮮烈な生き方を選ぶのではないかと思う。最後の最後まで無駄にせず、嘆くことに明け暮れるばかりでもなく、過去ではなくて未来を最後の最後まで見据えて。

それはきっと最後ではないことを無意識で知っているからなのかも知れない。

一方で自分の痛みや傷ばかりにこだわる人は、常に今だけ&自分だけなので、結構簡単に人を裏切るし、約束も破る。展望が無いので学びが繋がらないまま、あちらこちらに身体や頭をバタバタと動かしては、バラバラなパズルのピースを散らかし続ける。

それは結局自分を裏切ることなので、信じられないくらい長いこと、自ら同じことを繰り返しては人のせいにし続ける前世&今世&来世なのかも知れない。

同じような人に出会い同じような人を憎み、同じような悲劇の脚本を書き続けるばかりでなく、人にもそうしろと押し付ける。

地獄は自分で作りあげてしまうものなのだなと、誰かが散らかして行ったパズルを片づける人は思うだろう。

************

なんてことを考える時間が長かった今日は激しいPMSにさいなまされていた。

多分しばらく続く。

そのせいかも知れない。どんなに苦しいことだろう?といつもよりも上記の公人や患者さんたちのことを思い出すのは。

この想いはいつも胸にあるのだけど、PMSになって”うー、痛いよー。”との次に”でも、これって病気じゃないんだよなあ。”と思うところから出発した。

いつかは治ると思うから耐えられる痛みというものがある。

PMSでもそれなりにしんどいし痛いし、あれしなきゃこれしなきゃと焦りが出るのだけど、先の方々の比ではない。

何も知らない頃、まだ若い頃の私は患者さんたちが笑顔で語ってくれる様子を観て、何でこんな背水の陣で人に優しく出来るのだろう?と思ったのだけど、今は何となく分かる。

魂の旅の意味や、人を愛することの意味を誰に習うでもなく知っていた人たちに沢山めぐり合わせて来ていただいて、沢山のことを教わって来たのだなと今は思う。深い感謝と共に。

とは言うものの、病気でないからと言って無理は禁物。暖かくしていよう。

先人がそろりそろりと自分の様子と相談しつつ丁寧に生きていたように。

そして頑張れるときには頑張って行こう。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

猫にとっての人気番組 / 不思議な縁の糸

クライアントさんに色んな話題の最中、「先生はTV観ない人でしたよね?」と言われた。

それで気が付いたのだけど、このお方とも、もう10年くらいのお付き合いになるのだなと。

そう言えば当時は観ないというよりは嫌いに近かった。見るとしたらニュース番組か大河ドラマくらいだっただろうか。いや、もう一つあった。

ここ5〜6年はその時間に家に居られることが少ないのでなかなか観れなくなってしまった動物の番組が。(ただし昆虫の章の日はノーサンキュー。一番好みなのは哺乳類でしかも猫科の動物だったら尚嬉しい。)

あの頃もああいうのは好きで良く観てたんですよ。それに中年になった今はむしろTV好き。好きになってからが余計に観れなくなったというのが皮肉だけれど。

「え?ダーウインが来た!ですか?それ、猫の人気番組じゃないですか。」と言われて大笑いした。

確かにそう。生涯のうちでよくよく猫と暮らしていたのだけど、どの子もこの手の番組だと30分や1時間、まるで人間のように真剣に観ていたな。

大人になって友人宅へ行ったりすると余所の猫さんたちもそうだと言うのを知ってビックリした。

さりげなーく人間の生活に密着している猫という不思議な動物。

先日、世界の色んなヤマネコが載っているページを見つけてしまったのだけど、どの子も以上に面白いし可愛い。ええ、獰猛で賢いハンターなのだということを分かっていつつも。

******

今月の初旬だったか、オーストラリア在住のNちゃんから10月に帰っていらっしゃるというメールをいただいた。

メニューは心理学とヒプノ。で、飲み。(笑)来訪する方もセッションメニューも酒も全部大好きよ。楽しみっす。

それでいつぞや猫居酒屋さんでそのことをお話したところ、「あらま、嬉しい。また会えるのね。何日?何日?」と。

そう言えば、前回の帰国の際には「え?この辺でホテル探してんの?じゃあ、ここの二階に泊まれば良いのに。」とまで言ってくれたほどだった。

で、話題が変わって大分経ってから「かおりん、食べ物の中で何が好き?」と訊かれた際、その時はたまたまそう思ったので「チーズかな?(とりあえず今思いつくのは。)」と答えたのだが。

焼鳥、焼き魚、漬物、たこ焼き、餃子が美味しい店でそんなこと言っても仕方ないと気が付いてはっとする。

しかし、「あ、ほんと?じゃあ、10月○日はチーズを買っておこうか?」とNちゃんが来る日のことを言うので爆笑する。

私が好きだっちゅうねん。なんでNっちゃんが来る日までおあずけなんっすか。まあ、良いんだけど。

それにNっちゃんは多分日本の焼き魚や漬物を喜んでいたと思うよ。

「あ、そっかーー。そうだった、そうだった。」

・・・・・・・・・・。チーズの話は流れたらしい。

************

で、それからまたしばらく経ってからの昨今の話なのだけど、今年の夏、二度目のオーストラリア滞在のために旅立って行かれた方からご連絡をいただいた。仮にこの方の方はFさんと呼ぶとしよう。

旦那様のお仕事の都合やおそらくはその他諸々で海外生活の経験豊富な方なのだけど、数年前にお会いした時からしっかり印象に残っていた先輩女性。

心理学があと残り三回という時点であちらへ行かれたのだけど、「また秋頃に一旦帰って来ますから。」と仰っていた。

プライベートでもやることが沢山あるというのに凄いなあと思いつつまたお会い出来る日を楽しみにしていた。

で、とあるきっかけで分かったことなのだけど、その方が今度行かれる地域が偶然Nっちゃんの同じエリアだと知った。

それを知ったNっちゃんが個人的な事情は知らないまでも、たまたまある日のこのブログを読んで「ところで、先日のエントリーによると、カウンセリングのクライアントさんがこちらに来られるとか?その方は、お仕事関係でいらっしゃるとすると、会社のサポートが万全でしょうが、もし地元の人間のヘルプというか、情報等が必要でしたら、いつでも連絡頂ければ、と思っています。何かのご縁がありましたら、お会い出来たらいいなー、と密かに思っているところです。」と親切心&危惧や親しみを持って連絡を下さった。

それを当時のFさんにお話ししたところ、「あら、嬉しい。是非教えて下さい。」と素敵なお母さん微笑みを下さった。

せっかくなのでお伝えしてから数か月。

これもつい先日Fさんから「10月○日から帰国するので心理学の残りとサードディグリーをお願いしますー。」と広い範囲のご希望日時をご連絡下さった。

あら、時期はちょっとずれるけれど同じく10月なのねと思っていたところ、そのご連絡の文末の方を読んでみてビックリ。

何と、無事一緒に楽しい時間を過ごすことが叶っただけじゃなくて、偶然だけど、彼女たちのパートナーの男性陣が旧知の仲だったとのこと。

しかも、Fさんの旦那様に到っては、Nっちゃんのパートナーさんと旧知の仲だっただけでなく、Nっちゃんご本人ともパーティーでお会いしていたとのことだった。

お二方とも日本に居らした時期には全然違うところにお住まいだったのに、しかもお二方ともそこそこの遠方からこの事務所に通って下さって、まさかあちらで糸が繋がるとは。

人生って不思議だなーと思うのと同時に何だか素敵な偶然に感動してしまった。いや、きっとこの世に偶然なんて無いのだろうけど。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月10日

勘違い故のアンバランス

例えば焼き鳥屋さんをやって成功している人は焼き鳥がとことん好きな人。

ええ、そりゃもちろん好きなだけではダメだし腕が必要なのだろうけど、少なくとも好きということが大前提に来ないと続けることの苦痛に耐えられなくなる。

酒を愛する店主が居るバーや居酒屋は流行っている。

同じ理屈で牛丼屋は牛丼が好きな人、天丼屋は天丼が好きな人がやってこそ初めてサイドメニューが浮かぶ。その美味しさが分からないと焼き鳥にはどんな酒が合うか?とか、天丼にはどんな種類のスープを使ったうどんが合うか?どんなおしんこが相性が良いのか?ということが分からないから。

少なくとも私のように、夫にしょっちゅう付き合っているうちに焼き鳥はもうええわとなるような人間には出来ない。

加えて焼き鳥好きの店主は自分ちでどんなに美味しい鶏を出していても基本焼き鳥好きなので、違う種類の味、違う焼き鳥が置いてある店でも喜んで食べる。「俺、焼き鳥があれば良いから。」と満足してしまう。

それと同じ理屈で介護職は介護が好きな人、看護職が好きな人、人が好きな人でないととか。

その簡単な基盤さえあれば介護に纏わる喜びも苦しみも、同時に存在する正義と理不尽さや歯がゆさも、綺麗なものから汚いと感じるもので受け入れられたりする。

これ書いていたら以前「カウンセラーを集めて会社作りたい。」と言って居た50男が、実は全然カウンセリングスキルゼロ。でも、彼や彼女たちカウンセラーの上前で食べて行く社長になりたいという考えを持っていたことを思い出した。

自分がその職が好きでもないし優しくも無ければ厳しさもない。おまけに威張りたいだけ、仲良くしたいだけで、この先もまったく自分は勉強しようとすらしていなかった。

こういったことは各世界で起きていることなのだろうと思うのだけど、まあ、何せ、その世界のことを知らない人が管理職や経営をしようと思っても誰もついて来ないのはあたりまえだよなあ・・・。

そういう方に限って「お金がないから。」とか色んな理屈を用意するのだけど、うまく行かなかったのはそういう理由じゃないんだよね、実は。

年齢行っても、人間をなめたままで中身が子供のおじさんになってしまったというだけで。

皮肉なことにそれに気が付けるのは自分を見つめたときだけ、つまりはカウンセリングや心理学の世界でなのだけど。

さらにその方々は「癒されたい、癒されたい」の一点張り。

仮にそのまま功を奏してセラピストだかカウンセラーになったとしても、人も自分も成長させることが出来ない。

癒し癒し、癒しブームも良いのだけど、いったいいつ頑張るんじゃ?と現実的に思う人にはどこかメリハリがある。

何故ならば後者は、肩書き云々ではなくて自分が一人の人間だということをきちんと知っていて、学んで行っている人々だから。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月07日

綺麗事より 神様に見えない神様みたいな人が好き

大震災が起こってからこちら、月日が経つのが早い。

ところで、先日、某奥様と飲んでいる際にちょっと胸が熱くなる話を聴いた。

あの震災でご両親や親戚全員を失ってしまった孤児のニュースを聴いた際、彼女の旦那様がずいぶん長いこと「子供が一人二人増えても良いよな?引き取りたい!」と連日必死で手続きの方法を探していたのだと。

その時、ご本人は飲んでいる最中にもいつものごとくかかって来る仕事の電話のために店の外に居た。

その人こそがk夫妻のk社長だった。

奥様も共感してはいたものの、奥様の優しさの質は常に先の先のを見越した形の優しさで堅実。

(なんで分かるのか?というと、いつぞや遊び半分で皆で盛り上がって、バースデーから割り出したところ、年齢の違ううちの夫とこの奥様がまったく同じパーソナリティーだったから。)

私とk社長のカラーは二分の一ほど被っていた。(性格に言うと私のカラーは全ての性質が含まれるカラーなのだけど。)

なので、ちょっとその話を聴いて目頭が熱くなってしまった。

kさんも私も他人から見ると情動的かつ、時には衝動的に見えると思うのだけど、その実何かをやる時にはそれ相応の覚悟を持って決める。そして行動する。それが甘くないってことがありありとわかっていても。

もしも私の家が一人暮らし、もしくは夫と自分だけだったら多分kさんと同じことをしていた。残念ながら嫁の立場なのでそんなことしたら爺ちゃん婆ちゃん、卒倒して寿命が縮まる。

kさんご夫婦のところもお子さん二人ともがお勤めなさってはいるものの、やはり母のy枝さんとしては「まずはうちの子たちがもうちょっと地に足が着いてから。」等の説得をしてそのお話が流れたのだけど、それまでは大騒ぎだったのだと。

はたまたkさんは、会社に鬱を繰り返している若い男の子が入社して来た際にはとことん可愛がったと言う。

マナーとか仕事のことに関してはもちろん指南したのだろうけど、その他、寂しい虚しい等の表情のときは社長自ら釣りに連れて行ったり飯を食わせたり、文字通り相当サポートしてあげたと奥様から聴いた。

でも。。。やっぱり私は病気云々の前に人間性を見る。鬱だろうが何だろうが健康だろうが付き合える人と付き合えない人が存在する。

その彼はずいぶん長いことお世話になったのは良いけれど、kさんが彼を応援するために特別に割いた時間、例えば一日話を聴いてあげたり、腹が減ったと言えばご飯に連れて行ったり、釣りに行きたいと言えば連れて行ったりした時間。

それらの時間を残業代として退職した後、請求して来たという。かなりの高額なかつあげ状態だった。(もはや、これは鬱じゃないだろう。)

見返りを期待しないkさんだが、せめて幸せになって欲しくてやって来たことなので、落ち込んだんじゃないだろうか。

多分裁判すれば勝つのだろうけど、kさんは叩きのめしたりしない。ただただ悲しかったんじゃないかと思う。(私だったら叩きのめすけどなあ。)

”そりゃあの時はショックだったわよ。”と奥様が言ったときに当のkさんが電話を終えて店内に帰って来たので会話は途切れたのだけど。

私は、いつも面白いことばかり言っていて、声がでかくて、豪快に笑っているkさんが大好きだ。そして、奥様の負けないくらいの豪傑さも。

そんなことがあっても、賢さと経験値だけを増築させて行って、人を信じることを恐れないこのご夫婦がの強さと許しと大きさが大好きだ。

今のところ私は無差別に親切にもしないし優先順位を見るし、火の粉が降りかかったらボコボコにしちゃうガキンチョのままだけど。

黙して語らず、理屈っぽくもない、でも泥まみれを知ってる神のような人が本当に美しいと思う。。

**********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

そんなわけだから余程猫の方から学んでしまう

おもむろにドアを開けて「これ、あげる。」という声を聴くと、物凄いデジャブ。

次女くんの声だ。

幼い頃、夏の暑い盛り、休日の夫に「お父さん、麦茶飲む?」と何度も何度もついで来ていた。あまりに回数が多いので腹パンパンになっていると思われるのだが毎回「ありがとう。」と受け取って飲んでいるのがおかしかった。

飲むまでじっと見ていたからだ。

私の方にはもっぱら飴玉だった。

「これ、あげる。」と色んな飴を毎日くれる。

一方で長女くんは小さなビーズで作った指輪や腕輪をしょっちゅうくれた。今でもこっそり取ってある。

人にあげるのが好きなのだなあと思いきや、姉妹ではよく何かを取り合いしていたなあ。やくざの抗争か!っていうくらいの喧嘩をすることもあれば、結局は二人いつもくっついて仲が良かったな。

もはや大人になってしまった次女くんが「これ、あげる。」と入って来たというだけで、色んなことを思い出してしまう。

何をくれたのか?と言うと、シートパックだった。時々「これ、良いよ。」と化粧品の試供品を持って来てくれるのだけど、今回は「これ、良いよ。」じゃなくて「かわいいでしょ?!”わんにゃんアートマスク”って言うんだよ。他にも歌舞伎バージョンとかあって面白いの。」。

猫のお面のようにイラストが描いてあるのでパック中猫になってしまうらしい。・・・・・。いるか?その機能。

でも、そのパッケージの柄が猫居酒屋にやって来る野良ちゃんによく似ている。とっておきたいなーと思うのだけど、そのうちしゃれで使ってみよう。20150831.JPG

ちなみにパックの向かって右横がSむーちゃんにいただいたルビーインゾイサイト。何だか肌寒い日にも熱くなるのが分かる。

反対隣はよく見えないけど、数年前、ある日突然部屋の真ん中、畳みの上に現れたアメシストの原石。かなりでかいっす。ビーズがうっかり落ちているのとはわけが違うのだが未だに分からない。あれはAさんに出会う前日だった。

********

時折、非常にリアルな夢を見る。

まったく体験したことが無いしするはずもない出来事なのだけど、本当にリアル。

どうも未来のどこかの場面らしい。

潜水艦に若い兵士が8人ほど乗っている。

結構優秀な設備が整っているので敵の飛行機や船がどこに位置しているかも把握できるようになっている。

彼らには私が見えないようなのだけど、私はその中に存在していてこの潜水艦の一室の光景を見ている。

皆、若い。日本人とアメリカ人。和気藹々としている。

と言うのも、この潜水艦が完璧で安全だし、厳しい訓練も受けて来ているので笑顔で仕事をしているのだ。その仕事ってのが戦争だというのがとても悲しいのだけど。

彼らはシュミレーションゲームのように海中から攻撃して飛行機を落としたり船を沈めたりしている。

無邪気だ。こうして起きている頭で考えると恐ろしいことだけど。

すると、若者の一人が「やべ!あっちに見つかった。多分、こちらと同等のレーダーを持ってるやつらが一隻だけ居るんだろう!」と大声で叫ぶ。

でも、他の一人が「大丈夫だ。この金属は砲弾もレーザーも通せない。」と言う。

その時だった。

船室のあちらこちらに赤くて丸い小さな点のようなものが幾つも幾つも現れる。

それが何を意味しているのか、私にすら分かった。

遠いところからレーザーの銃口が無数に向けられている。壁や天井や床だけでなく、もちろん、自分たちの頭や顔や胸や腹にもその赤い標準が定められている。どんな未来的な材質を使って作ってある潜水艦なのかは知らないが、敵国はそれを通す銃を開発していたということを瞬時に全員が悟る。

「伏せろ!かがめ!あの器械の後ろに隠れろ!」とバタバタ動きまわるのだけど無駄だと言うことも悟っていた。伏せても床にまで赤い無数のスポットがあるし、どこへ隠れても潜水艦の壁を通すレーザーなのだから同じ。

人の身体にポンポン穴が空いて行って、その後血液が噴出して行くのと同時に潜水艦も少しづつ壊れて行った。

しばらくすると、サメが沢山寄って来た。

まだ息がある隊員が仲間を助けようとサメに最後の力を振り絞って応戦していたのだけど、むごかった。

起きてからなんちゅー夢なんだろうと思った。皆まだ若かった。私の半分くらいかそれ以下の子たち。

その瞬間が来るまでは無邪気に笑っていた。

どんなに近代化しても結局戦争とはそういうもの。むごたらしくてむなしいもの。

一年中考えてはいるものの、この8月、そしてこの数日は少しニュースを聴き過ぎてイライラしていたせいなのか。

夢に出て来た少し未来の装備でのそれも、昔の特攻のようなことでも、結局のところ、戦争はあんな思いをさせる諸行。

********

今日はカウンセリング、教育分析、カウンセリング・・・であっという間に夜になる。

一人一人が模索している。一人一人が誰かに愛されて、誰かを愛している。

知らず知らず何かを作り出して行っている人生。

戦争とは距離感の欠落でもあるのだと思う。

一人一人の命が財産。一人一人の知的財産。皆、生きている。そんなことが、殻にこもっていたり頭だけで考え過ぎたりしていると分からなくなる。

その昔戦国時代がリトルアイスエイジに相当したと聴く。

寒冷が色んなことを変えてしまう。

それからどんどん兵器が発達して来てしまったので、今度はあの時代ほど生き残れないどころか、子供や人間以外の動物・生物たちにも多大な迷惑をかけてしまうことになる。

そんな話まで教育分析で出たのだけど、そういう意味では「人間、ほんと、馬鹿。もしかして一番馬鹿かも。」というようなニュースが色んなジャンルで流れていた。私たちのように利口だと思い込んでいる馬鹿ほど始末に負えない。

それでも影があれば光もある。各所で懸命に考え、出来ることを自分のことから初めていたりして。

カメラを引いたり、はたまた内視鏡のように使ったり、忙しい一日だった。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月31日

雨にも負けず

今日はご新規さん入れても3件。

うち、京都からのSさんと3時間セッションあり。会って話さないと分からないことなどもあり、とても楽しみにしていた。

ストーンブレスの話、お仕事の話、現在レッスン中のこと、その他諸々。

それはさておき大好きな薔薇とガーベラの花束をいただいて、とても綺麗。201508301.JPG

何かうちの事務所ってかなりの確率で酒と花と天使とボクサーという相反する面々が常時存在している気がする。

そう言えばうちのお婆ちゃんも毎年誕生日にさりげなくワインを買って来ていてくれて黙っているので何日も手をつけないでいると「なんやねんな。」と言って来る。

なんやねんなって、なんやねんな。(笑)

「買って来といたで。あんたのやで。」

そ、それ、言われないうちに『これ、私のですか?』って嫁として訊けないし、しかも黙って飲むのは無理っす。いくら私でも。

ありがとうございます!というとくるりと背を向けてあっちへ行ってしまう。ありがとうね、お世辞にも好きとは言えん嫁なのにね。でも、私はそんなあなたが好きです。

好きだからと言って腹を立てることが無いわけではないし、ベタベタもできないのですが、私なりに大好きです。

話しは逸れたけど、婆ちゃんまで酒かい。ほんと酒と花が多い。そして、結局どちらもありがたい。

で、Sさん、京都からの長旅&滞在なので荷物も重いことでしょうに、素敵なご本人曰く”燃やさない蝋燭”を下さった。これ、普通のサシェよりずっと香りが長持ちしそう。しかも、可愛い。201508302.JPG

よく夜な夜なメールカウンセリングやテキスト書いたりしてどよよーーんとなっていることが多いので自宅のPCの少し後ろに飾らせていただこう。
見る度に気持ちがほんわかになる。

今回は三回ほどお会い出来るようだ。ありがたし。

カウンセリングやレイキを沢山入れていらっしゃるものの、気が付けば心理学の方も早11回目を迎えていた。

今日、2時間カウンセリングとレイキを終えたあと、「明後日も当日決めても良いですか?もしかしたら心理学かも知れないし話をさせて貰うか分からないけれど。」というやり方、私も結構好き。

時間だけ確保してその日その日の自分のコンディション、心や身体で決めるあたり、とても自分を大事になさっている気がして。

*********

とある方の教育分析でのお話を聴いていて一緒に怒ったり笑ったり。

そして、これ、よく思うことなのだけど、世代や職種、環境が違うカウンセラー陣の方々ではあるけれど、必ず共通のテーマがあるなということ。

あなたはこうですなんて言わなくても仲間を通して、そして自分を通して「私ってこういうところがあるみたい。」と話して下さるとき、それって凄いことなんだよと思う。

何故ならば今でこそ自然にそれが言えるけど、前はそれすらあたりまえじゃなかった。気が付かなかったかも知れないし、気が付いていたとしても口に出せなかったと思う。

ご新規さんが飛び込むと、トレーニングの会で発言するカウンセラー陣の話を聴いて優しいと思う人も居れば強いと思う人も居るだろう。

はたまたある人は慰め出したりとか。(笑)それは、あまりに素直に自分の弱いところも強いところも言える凄さがまだ分からないから。

とかくネガティブだと勝手に判断して自分のシャドウと勘違いしてついつい慰め出してしまうのかも知れないのだけど。

今やそんなことがあったからと言って「違うんだよ。」と言う人も居ないし、ただ黙って懐かしんでしまう人も居るくらい。人の感情や生き方、人生の課題を取り上げて片づけてしまうことが優しさだと思い込んでいた時代を。

”ああーーー!恥ずかしいーー!”とか”嬉しいーーー!”とか、”大好きーー!”とかそのまんまの言葉が出せるって凄いことだ。

自分がそうすることで知らず知らずのうちに他の方々に影響を与えたり、思いの外制限を取っ払って許可を与えていたりとかもする。

プロはプロに見えないことがある。でも、プロが見ると、やっぱりプロはプロで、普通に凄いんだよな。

そんなトレーニングの会の話題も少し出たりして、それより、何より、何だか良い顔をしていたよ。よいしょ、よいしょって、いつものように苦労して来てくれたけど、何だか力が抜けたとても良い顔をしていたよ。

*******

私はあんまりメールや電話を無作為にしないしSNSなども使わないのだけど、心の中であの子やあの人やこの子やこの人たちの名前を呼ぶことがある。201508303.JPG

それは自分が辛いときだったり嬉しいときだったり、何かを頑張っている時だったり休憩しているとき、海の上に居るとき、シチュエーションはさまざまだけど、そして何も出来ないのだけど、邪魔はしないで心の中で名前を呼ぶ。

おーい、○○ちゃん、今日もお疲れ様ー。○○さん、具合はどうだい?今日もお疲れ様ー。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

簡単なことと難しいこと

最近、天からのギフト(資質)の話を色んなものに例えて色んな場面で話している感じがする。

これまでにも話して来たつもりで、相手によって一人一人例えを変えて来たのだけど、ギフトという表現をすると結構手間なく案外多くの方々にいっぺんに伝わっている。

100人いたら100か国語が存在すると思うので、特に新規さんとのやり取りでは、こちらがまず最初にその人の国の文化とか道徳とか言語を理解し勉強するところから始まる。(もちろん実際の国籍の話じゃない。心の国の話。)

そして意外にもご自身の国のそれを理解していないのは、御本人だったりするので、真剣に聴いているこちらが本人よりも先にその王国の性質や問題を見つけてしまうことも多々ある。

ただ例外を除くと何年か心理学をやりつつ自分見つめをなさっている方々の場合には、さすがにそんなことはない。

その人の生まれながらの資質というのは、幼い頃に既に現れている。少しスピリチュアル的なことを言えば前世からやっていることだから他の子供より上手に出来たり、夢中になり方が半端じゃない。

また話は飛ぶけれど、某相撲部屋の面白い親方は大昔ヤンキーだった。小学校5年生にして高校生以上のヤンキーを一人で叩きのめしたりとかなさっていたそうな。

そしてある日、思春期になった頃、母親に「僕はSPになりたい。」と将来の夢を告げたという。

幼い頃から周りの子よりでかくて、正義感が強くて、ヤンキーを叩きのめしていたのも、道端に空き缶を捨てるとか、弱いものいじめをしているという理由だったらしい。

彼は学校に行くとしても昼ぐらいからしか行かなかった。それも色々な理由があって、自分の資質とは関係の無いことに時間を費やすのが酷くつまらないと本能的に感じていたのかも知れない。

そして、自分の資質は、この飛び抜けた力と強さと正義感だから、そういった職業を命がけでやりたい!と思って告白したのだろうが、親の立場からしてみれば、これはたまったもんじゃない。

いつも無事を願って育てて来たのに、世間から見ると不良だと思われているし、しかも、それもいつか更生してくれるだろうと思っていたら、いきなり命の危険性が伴う仕事に付きたいと言い出したものだから。

親は、世間の常識から外れる子供を必死に枠の中に閉じ込めようとする。(守りたいという心理だったり、時には体裁もあるかも知れない。)

なので、このとき、彼の母親は巨漢である自分の息子の頚動脈に包丁を突き付けて「それだったら殺す!(あんたを殺して私も死ぬ!)」と言い放ったそうな。

息子さんだった親方は「分かった。SPはやらない。」と言ったとか。

でも、彼の素敵だなと思ったところは、SP以外でもこの資質(ギフト)を生かせる職業があるだろう?とさらに探して見事相撲という世界に飛び込んだというところだろう。

押したり引いたりしつつも、全てを鵜呑みにしないで常に自分のギフトを信じていたのだなあと思う。

そしてその先で色んな猛者に会う。その手のタイプの方々の場合、多くの方が仰っているのだけど「世の中には強い人はいっぱいおるねんなあー。」ということ。

当時、自分の親方となる人に初めて挨拶した際には生まれて初めての恐怖と尊敬を味わったとのこと。

色んな世界の著名人、そして私の知人にも同じようなことを言う人が沢山居る。

そして、もう一つ、その方々が同時に仰っている共通の言葉もある。

「自分がやりたいことや、あるいは自然に流れていつの間にかやっている仕事ってのも資質で、こういう世界に居るときに、人間にはソウルメイトだとか友達ってのが出来るんだよね。」と。

私も似たようなことを思ったことがある。

何かを頑張っているときほど恋愛が生じたり、何かに夢中になっているときほど、気が付いたら素敵な友達が出来ている。

そして「友達を探しているの。」とか「彼氏を探しているの。」と言ってそれが第一目的になっているほど、どんなに活動しても出会えない。

ましてや、何か自分が取り組んで来たものを、好きな異性が出来たからと言ってほっぽり出してしまう人ほど、その恋は悲惨なことになったり早期に破綻する。

人は自分の大事なもの、自分を喜ばせるギフトを離れると輝きが失せてしまうからだ。そんな自分が嫌いになるので、慌てて人からの愛で補おうと、しつこく依存する人もいるのだけど。

残念なことに自分一人の面倒を何とか見て行こうともしない人、自分の一番大切にしていたものを捨てる人ほど、相手を退屈させてしまう。自分も退屈だから、余計に「優しくして。私を笑わせて。」の悪循環。

自分を離れるとこんなふうにして物凄く複雑怪奇なことになってしまうのだけど、元をただせばシンプル。

もちろん、自分の好きなことだけをやっていくわけには行かないのだけど、やりたくないこと(おそらく今世で初めてやったこと。)もやりつつ、自分のギフトを放さないで受け取り続け、生かすというのは非常にシンプルな生き方なのだと思う。20150826.JPG

**********

先日誕生日の日に薔薇100本を夫に貰って面食らっていたのだけど、その後連れて行かれたお寿司屋さんのマスターが「あら、誕生日?」と。

「もし知ってたら薔薇の花束でも用意しておいたのに!」と仰るのでビックリした。そういう人に見えないもんだから。

それでもよく見ると、口の悪さで皆で笑わせてくれるマスターの寿司屋は至るところに観葉植物や花が置いてあって、何と、皆マスターが育てているということが分かった。

で、予想通りなんか、もういいのに、サービスで注文していないものを沢山出して下さったりとか。

恐縮だったけど嬉しかった。最初会ったときには強面だなあと思ったのだけど、心優しいプロの職人。彼が握る寿司は口の大きさに丁度良い大きさだ。

「誕生日だから、この後一時間くらい猫居酒屋行こうよ。」という夫。

こちらではもちろん誰も誕生日云々を知らなかったはずなのに夫が喋っていたもんだから、何と、「一杯どうぞ。」とかお酒のプレゼントがいっぱい。

しかも、Tちゃんマスターの婚約者の女性も介護職についていらっしゃるのだが、なんと、洗濯バサミで猫のマスコットを手縫いで作って下さったものを四匹下さった。

それがなんとまあ可愛いの。「カーテンとか挟むと可愛いよ。」とのこと。ああ、何もしていないし飲んだくれているだけなのに、申し訳ない。でも、可愛い猫ちゃんたちだったので感動した。

その後お会計の段階で妙ーに安いと思ったら、Y君が先に帰るときにこっそりお金を置いて行ったというじゃありませんか。誕生日だから一杯奢る!って言っても私があまり飲めなかったからなのだろう。

若いのに素敵なことしてくれるなあと、夫としみじみ感動していた夜だった。


さあ、幸せなこともいっぱいあったが、過酷なことも待っているぞ。明日も早朝から頑張ろう。

働かせていただけること、皆に会えること、杯交わせること、多くのことに感謝を込めて。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月12日

出口のない部屋(あるいは出口を無視した部屋)

高卒や大卒1年の方々から果ては知る限りでは60代くらいまでのお客様たちに「いいなー。いいなー。」と言うのが口癖の方々が存在する。

口癖というくらいだからかなりの頻度で仰っているわけなのだけど、最初は若い方々だけなのかと思った。何故ならその時期に遭遇したこの口癖の主が若い方々ばかりだったから。

でも、長いスパンで見ると、年齢は関係ないのだなあと思う。むしろ行動や生き方、考え方の種類なんだろうな。

先日も同年代の方が「先生は良いなー。良いなー。だって、一人だと嫌いな人と仕事しなくて済むもの。ああー、それと、私、先生と同じ歳なんですよ。なーーんにもして来なかったし、今も何やりたいのか分からない。」。

そう言ったかと思うと立ち上がってはウロウロしておもむろに天然石のアクセサリーをベタベタと触っては「楽しそうですね。ああ、でも、私、完璧主義だからこういうこと出来ない。」と言ってみたり「プレゼントされるならブランドものじゃないと馬鹿にされているような気がする。」とか摩訶不思議なことを仰る。

バラバラなのだけど、多分全部同じような意味のことを言っているのだろうなあと感じた。

いいなー、いいなーが口癖の方というのは、まあ、とにかくよく怒る。「ずるい。」が口をついて出る人もよく怒る。

しかも近しい人ではなくて縁遠い他人にまでよく怒る。ワイドショーを見ても本気で怒る。

ようするに極度に妬みやひがみが強い方というのはほとんどの時間を何もしないでいるらしい。いや、正確に言うと何もしていないわけではなくて身体だけはじっとして、誰か他人をじっとり見つめて生きている。動かないので心も太るし鈍感になる。で、鈍感なものだから他人に対して非常に不遜な態度を取ったり不遜なことを言ったりしている。

境界線があいまいだし、他者の世界と自分の世界の区別がつかないので他人の家で他人の所持品をベタベタ触ったり、探しまくって勝手に使ったり。

それが過ぎると人の友達は自分の友達、人の配偶者は自分の恋人、他人の親も自分の親だとか。。。なんだか色々とややこしいことになって来るのだ。

人が経営している会社や施設で自由で勝手気ままにやりたい、いや、やらせろという無意識もその延長線上にあるのかも知れない。

先日、現在心理学を習っている方が「私、あんまり人に失礼なこと言われるとか酷いことされるとか言うことって無かったんですよね。」と仰った際、「あ、何か、わかりますよ。そうでしょうね。」と答えた。

その方は私より人生の先輩だし長いことこの世の中を渡って来たというのに、さほど他者に嫌なことをされたことがない。その理由が何となく分かる。この方が他人様にそういうことをしないからだ。

でも、それをやる人に限って「なんで私ばっかりこんな目に。」と怒っている。

世の中不思議だけどシンプルだなと思う。

それでもそのシンプルなことに気付くには自分をそのまんまに見つめるしか他に道がない。

あくまで気付いたり脱したい場合にはその道だけだということ。現状維持ならばいくらでも言い訳するという道もあるから。

それでは私には嫌な思いをしたことが、先の先輩のように無いだろうか?いいや、沢山ある。

目の前の「いいなー、いいなー。面倒臭い関わりが無くて良いなー。」と仰っているのだけど、それは違うんだよねーと1時間も黙って聴いた後の自己開示。

たった一人で成り立つ仕事なんて、この世には一つもないよ。

例え一人で広げたとしても、それを使ってくれる人がいなければ成り立たない。そこには必ず人間関係がある。あなたが求めるべったべたの関係じゃないかも知れないけれど、少なくとも親密なものが多く存在する関係。

はたまた、カウンセリング以外のもう一つの仕事。訪問入浴を続けている理由は、改めて考えてみると10個以上はある。

そのうちの一つが「くっそー。」という思いや悔しいなあという思いを忘れないため。

初めてのやり方、初めてのお宅。初めての相手。

自分よりそつなくこなす人。

そりゃあ悔しいことも腹の立つこともある。

だから学ぶ。

10数個の理由の一つは、井の中の蛙にならないために、困難なことにも挑戦していく気持ちを忘れないため。

しかもそれが自己満足じゃなくてちゃんと人の生命保持したりきちんと役に立つレベルになるところまで行こうという気持ちのまま、目先の小さなことを積み重ねること。

時にはプリプリスタッフ同士怒っていることもあるけどね。

はたまたカウンセリング。

一人では成り立たない。そんな甘いものはこの世にはない。

だからこそ、私は決しておためごかしや嘘言ってクライアントさんの気分を良くして帰すだけなんて浅い仕事はしない。

「うーん、よく分かんない。でも、いいなー。いいなー。変われる人はいいなー。ここに来て変われる人も居るんでしょ?」

がくっと来るのだけど、これも慣れたパターン。ええ、いらっしゃいますとも、沢山。変わって行く人も。

それはその人が変わりたいと思った場合に限り。

少なくとも人間は、嫌なことをぜーんぶ避けてままでは何一つ変われない。動かない限り景色は変わらないのだから。

色んなものを食べる人と、一生豆腐だけを何もかけないで食べる人。後者が「おいしそうねー。どんな味するかしら?いいなー、いいなー。でも、美味しくなかったら損するから食べない。だって、私、親から豆腐しか習ってないもん。でも、いいなー。」と言っているようなものだ。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月02日

生涯楽しく成長

今日、お婆ちゃんに「昨日、どんな感じやった?」と訊かれたので、また思い出していた。

本来、帰ってから報告すべきだったのだけど、楽しくもあったけど疲れちゃって、まあ。

場所が場所なだけにあちら様がフォーマルな服装でいらしたらどうしよう?とか、はたまたこちらがフォーマルであちらはカジュアルにいらしたらどうしようとか?

娘が恥ずかしい思いをしたら可哀そうだなと思い、それなりに考えたのだけど、結局は少し生地の良いワンピースとブラウスで出かけた。

こんなとき、男性はスーツというものがあるので良いよね。20150601.JPG

で、ひとまず落ち着いて出かけ、歩き始めてから気が付いた。

私、足が小さくなってしまっていて昔履いていたハイヒールが今にも抜けそうだ。途中で中敷き敷いたり靴下カバー履いたりと工夫したのだけど、それでも大きかった。

「こんな大事な日に妙な歩き方していてすまぬ。」と長女くんに謝ると笑っていた。

「私もこのロングキュロット履いたあとにストッキング履こうとして驚愕した。履けないやん!ってことでまた着替えたりとか。」

結局のところ、そりゃかしこまった雰囲気ではあったものの、案外爆笑する時間などもありつつがなく時が過ぎて行った。

先方のお父さんは主人のお父さんと同じくらいの年齢なのだけど、笑うととても可愛らしい。働いて働いて、働いて、子供4人を大学にやった。

お母さまもお父様も若い頃はぶいぶいだったそうで「良い時代だった。」と武勇伝を聴かせてくれた。

お母さまの方は20代の頃、世界のほとんどを旅行して回ったとのこと。行っていないのは南米くらいなものだとか。

その途中、向こうでウエイトレスをしつつお金を溜めてはまた次の国へ旅立つというのを2年間ほど続けていたとのことで、その間に起こった出来事にもビックリの連続。

高齢なのにも関わらず今でもパワフルなご夫婦なのだけど、お二方とも大きな手術をそれぞれ経験していらっしゃる。

お父さんは甲状腺の治療が長くてお母さんは股関節の手術をしていて未だに足を引きずって歩くというのに、ものともしない。毎朝30分歩くそうだし、栃木から車でしょっちゅう上京なさっている。

色んな話を聴いていて、ほんとに驚くことの連続だった。

大抵の人は病気一つで結構落ち込むものなのだけど、リハビリも半端なく頑張るし、色んな人に気遣いをして爆笑しながら生きていらっしゃる。

けれども、笑顔と優しさと強さ。

窓の外に見える素敵な庭園に二人はとても似合っていた。

可愛いというのは馬鹿にしているのではない。人生のあらゆる局面を超えて来た末のあの可愛い笑顔。

ああ、私ったら、私ったらと、良い意味で刺激を受けた。

いつも出来ることを自分なりにやって行こう。

**********

一夜明けて、さあ、カウンセリング、カウンセリング。

こちらも皆さん頑張っていらっしゃる。

堅実に約束も守って下さる。

中でも夕方からのヒプノ講座。

今日の受講生さんも残すところあと二回。

回を重ねることにがっつりグランディングして来ているし、自分が見えて来ている。

こういうとき、初めて出会ったときのことをどうしても思い出してしまい、ひそかに感涙しそうになる。

強く、美しく、賢くなったなあ。ますます本当の意味で優しくなった。
********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。あなたにとって良い一日でありますように。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート

ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月16日

そして自分を失う

出会いたての頃のカウンセリングでとある若いOLさんが、会社で何一つ不自由していないというお話をして下さった。

上層部の一名に気に入られているので何かあると味方についてくれるし、きつい仕事は無いと。

お茶を入れてもコピーを取っても気が利くね、出来るねと非常に喜ばれるので自分もそれが嬉しいというエピソードだったと思う。

うん、人に喜ばれると、とても嬉しいよね。でも、今日の本題は自分が出来ることや好かれていることを自慢しに来たわけじゃないですよね?と約半分の一時間経過した後に質問したのを覚えている。

もちろん嬉しい話だけを沢山しに訪れて下さる方々も沢山いらっしゃる。単に誰かに喋りたいという理由でも充分。

でも、何故私がそんな質問をしたのかと言うと、彼女の表情が実に不安げで声が甲高く早口で・・・とても落ち着かない様子だったからだ。最初はカウンセリングの新規さんだから緊張なさっているからだと思っていたのだけど、どうも様子がおかしいしいつまでも落ち着かない。

その質問に対して彼女は少し考え込むようにして「分からないけど、何だか凄く不安なんです。」と呟いた。

本当のことを話すとき、人は声のトーンがぐっと落ち着いて、そして時には涙さえ流れる。

でも、この時の彼女には自分が何故こんなに不安なのか分からない状態だった。

もちろん、カウンセラー側からクライアントさんがまだ口にしていない状況やその可能性が見えることがある。

上司との共依存関係でえこひいきされる前に、彼女の方から積極的に取り入ったエピソードもあったし、自分が軽い仕事ばかり任せられている間、他の人が複雑で大変な仕事をしているという話も出た。

案の定彼女は何ヶ月もしないうちに他のスタッフからいじめられるようになってしまった。

内容が辛辣で、(まあ、これもよく聴く話だけれど。)目もあてられない。

ただ、そうなるまでにはそれ相応の行きさつがあり、彼女も相当の言動を取っていた。

これだけ話がこじれたり大勢を激怒させてしまうと、もはやアサーションどころの話じゃない。訓練された人間なら出来るだろうけど彼女はカウンセラーというわけでもない。

「私、周りの人のことなんか考えてもいなかった。だからいつも見えていないものがあるんじゃないか?と思って不安だったんだと思いました。そう言えば子供の頃からよくいじめられていたもの。」

子供の頃にいじめられることに理由がないということもあるけれど、Aさんの場合はどうでしたか?と訊いてみると「担任にひいきされていたから。」とのことだった。

彼女には強い(強く見える人)にとことん取り入る癖があった。それは恐怖心から来るもので、その恐怖心が出来た理由も後に知ることとなったのだけど。

よく見るのだけど、孤独が募ると初めて入った店や旅行先でも物凄い愛想笑いを浮かべて必死で仲良くなろうとする人が居る。

旅の解放感もあるのだろうし色んな人に出会えて嬉しいのだろうけど、そのハイテンションに周りが唖然としていることも。

要するに観る側にとってはあまり気持ちが良いものではないんだよね、あれ。あきらかに通常モードと違って興奮している場合とか。

先の彼女はそれでも、しばらくその会社を退職しなかった。凄く頑張っているけど大丈夫かな?と思っていたのだけど、それからさらに数か月後に突然退職した。

まあ、あれだけこじれたら環境を変えるのも良いと思ったのだけど、その理由が「私の味方して守っていてくれた上司が転勤になったから。」というのを聴いて、あちゃー・・・と思う。

「私は誰か面倒を看てくれる人がいないとダメなんです。いつも褒めてくれる人がいないとダメなんです。」

これもよく聴く言葉なのだけど、悲しい思い込みの自己一致だなあと思う。面倒見る側はあなたの面倒を見る手当を貰っているわけじゃないだろう。

で、想像するに、その依存している相手の機嫌が悪い日は自分はそれ以上に世界が真っ暗闇になってしまったことだろう。

「もう、あそこには私の味方はない。」と転職を決意したのを聴いても「そうかあ。敵と味方しかいないんだなあ。」とこれもまたよくあるパターンのセリフを反芻する。

「だって、先生だってそうでしょ?今一人でやっているときじゃなくてさ。病院で働いていたときとかさ。」

そう言われて気が付いたのだけど、ある意味全然違うなあと気づいた。

彼女は喜ばれたくて褒められたくて何かをする。そしてその反応をペイとする。人から生きがいを貰うオンリーだと思っている。

ところが、ナースの場合は、出来てあたりまえ。物凄くしんどい勤務でも難しい手技でも出来てあたりまえなので、少なくとも誰もわざとらしく褒めたりしない。

それどころか、人が嫌がることをする方が多いんじゃないか。

吸引が嫌だと言う人でも、詰まりそうな状態だったら、どうしても痰を引く。

細かいガラス混じりの擦過傷を流水とブラシで洗ったりする。

その他点滴したり、尿道にカテーテルは入れるわ、食事制限はするわ、ほんとにもう、喜ばれるどころか、嫌がられることばかりよ。

で、たまーーに「ありがとう!」と言われるのだけど、それは本人が嫌がることをやり抜いた後だったりする。

「えー?どうして、それで仕事なんてやっていけるの?嫌われてまで。」

その人がそれをすることによって良くなったり命が助かったり、その先に色んな可能性が広がるから。

なので悪態も感謝も隣り合わせでしょっちゅういただくが、それでも仕事を続ける。

うまく言えないんだけどね。仕事って人に好かれるためだけにするもんじゃないのかも知れない。

今は少し特殊な世界の話だったかも知れないけれど、今は余計に分かるのよ。訪問入浴などで外に出たときも、バーで飲んでいるときも、色んな職種の人に会って話をよく聴くのだけど、どこにでも相通じるところはあるようだ。

そんな話をしたのが大分前のことになると思うのだけど。

昨今、久しぶりに来てくれたこのクライアントさんが『もうーーー、みんな、喜んでくれちゃって。私、必要とされて嬉しい!』と転職先での話をしてくれた。
不安げな目に逆戻りして。

必要とされるか・・・。ええ、嬉しいよね。

でも、それだけでは何も変わらない。

何故ならそれが危うくなったとき、また崩れるから。

自分で自分を承認することをさぼっている人の涙は、何故だか心を動かさない。

まるで海底でじっとして、傍を餌が通るのを待ち受けている提灯アンコウのような生き方に感じてしまうから。

**************
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月26日

自分で出来るはずのこと

今日のカウンセリングのテーマ。

もちろんいつものごとくほとんどは互いを知らない方々で、さらに言うとカウンセリングのお題などお互い知る由もない。

だというのに、今日は3人の口から承認欲求という言語が出た。

これ、誰にでもあるのよね。

出来れば誰かに認められたいとか、誰かの役に立っていると言う所属の欲求。

ところが年齢とも発達段階を積んで、やがて人は承認されること、好かれること、人からどう思われているか?ということを気にし過ぎるのを止めて、今度は人を仲間として承認しよう、愛そう、守ろうという気持ちが芽生える。

もちろんこのことは今日セッションやった方々に必ずしもあてはまるものじゃない。

知人の話をしていたり、はたまた自分の話をしていると、人それぞれだった。

けれども成長を怠って。。。というより偏って自分だけを承認されたり、愛されたい、大事にされたいという時代のままで生きている人は、やはり全ての局面においてトラブル。


例えば印象的な話を某タレントさんからよく聴くのだけど「私は遺伝子の一部が欠落していて、幸福感を味わったーということが少ないの。でも、美味しいものを食べているときだけは、いやおうなしにセレトニンが分泌されるので、よく食べるのよね。だから、このタイプの人には極端に太っている人極端に痩せている人が多いのだとか。」

そしてこうも語っていた。

その方々も何とかしようと思うのだけど、極端に言うと他人の心尽くしや優しさも食べ物と同じように認識しているケースが多いのだと。

すると思い出す。

一日一回だけ短文でも良いからメール下さいと言っていた人が、最初は喜んでもしばらくすると「三回くらいくれれば良いのに。」となる。

その人たちの口癖って「もう一回やって。」ってのも多い。

各療法など専門的なこともそうなのだけど、足をマッサージしてあげると「ねえ、もう一回やって。」。

前にあれしてくれたから、今度もやって。

どうしてこんなにエスカレートして来るのだろう?と思ったら、自分はその方がにとって人の想いや好意やアサーションだって、単なる食べ物だ使いでしかないから。

食べ物は消化されてすぐになくなるので「もっともっと良くしてよ。私、こんなに可哀そうなんだから。」という悪循環にはまる。

ただ、そこの症候群に陥った人々というのは、大切なことを忘れている。

人もまた自分と同じように愛されたい大事にされたいと願っているということ。

やる側に回りたくなくて被害者の脚本を生きる人もいるのだけど、実は、それ、自分だけが自分だけがというサバイバルになるので、一等苦しい考え方なのだと思う。

**********

余談だけど、私は職業柄、幼い頃、あるいは思春期に親御さんが自殺なさったという方のセッションを何ケースもやって来た。

結論から言うと彼女たちはとても苦労する。

親というものは土台なので、その土台、守護者が自ら死んでしまうと、大抵何十年にも笑って不安定な心のまま人生を過ごす。

人が一人存在するということは凄いこと。

例えば自分見つめをしていないあまり、それが全然感じられなかったとしても。

よく「人に良くし過ぎて鬱になった。」という切り口でいらっしゃる方も居るのだけど、答えはそんな人に限って真逆。

愛して欲しい、好かれたい、嫌われたくないと自己愛にこだわっているうちに愛することを学び損ねて来た人々なのだと思う。

その方々h、自分の意義を自分で構築していこうとする発想がない。

いつでも人に褒められるのを待っていて、その人のプラスのストロークさえも結局は食べてお終い。

よく”うわー!”とか”ぎゃああ!”とか高笑いでハイテンションで居る人ほど注目されることを望んでいるのだが、覚めるのもあ早い。

何せ、人の心を消化して排泄するものだと認識する無意識が働いているのだから。

心のど真ん中で感謝する。

皆も何かしらあるのだと言うこと。

誰かを愛すること。

いったいどう言ったら分からないのだけど、物凄く簡単に言うと、自分で自分を見つめないまま、法外なものを欲しがるという生方はやはり疲れるし、もしもそれが素直に理解出来る日が来たら大抵の悲しみやゲームは息おひそめ、本当の笑顔が出て来るのだろう。
******
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月16日

祈り / 反省

そりゃどんな仕事も大変には違いないが、飲み屋を経営していらっしゃる方というのは中でも強靭な体力だと思う。

商売柄お客さんを楽しくさせたり多少重い話に耳を傾けていらっしゃることもあるのだけど、私はどちらかと言うと好き嫌いの本音や表情をよく見せてくれるタイプの店主、あるいは店主ペアが好み。

ママさんの友人と思しき人が見るからにぐでんぐでんになって、入り口にガンガンぶつかりながら入って来た瞬間、その店の若きママさんがそれを見るなり「めんどくせーな!」と叫んだときは大爆笑した思い出もある。

で、お客さんにお酒を薦められて嬉しいときもあれば、かったるいときだってあるだろう。でも、要らないとは言えないわけで、しかも閉店時間が決まっていたとしてもバシッ!と閉めるわけにも行かず明け方近くまで頑張っているお店も少なくない。

で、さらに翌日は朝か昼から仕込みに入るわけでしょ。例え週に一回休んだとしても、やはりアスリートとカウンセラーのハーフみたいな方々だなと思う。

おまけに、いつも元気で居なければならないなんて。

そんな折、夫から「Bのママさんがずっと具合悪いんだよ。ずっと休んでんだ。でも、そんな立ち入った理由訊けないしなあ。」。

そうそう、知る限り、飲み屋さんでお会いする飲み友達の皆様、様々な職種で様々な飲み方、人格、肩書きを超えて色んな話をしているのだけど、皆さん一様に気遣いのある思慮深い方々でもある。

気軽に「どうしたの?」なんて噂話やら詮索に走ったりしないのだ。

でも、いつぞや夫がレセプションの帰りか何かにマスターと二人きりになった際にとうとう質問したらしい。

それでそのことを私も知るところとなったのだけど、まだまだお若いママさんのこと、ご懐妊でもしたのかと思い込んでいた。

本当の理由を知ってからは居ても立ってもいられなかった。

昔は夫と最初から最後まで一緒に帰るなんてことはなかったのだけど、思えば夫婦でよく飲むようになったのはこの店が出来てから多くなった。

もうほんとに頑張り屋なママさんで、確かにパワフルなのだけど、毎日毎日本当に頑張って来られた2年くらいだったのだろうなあ。

物凄く遅いし的外れな私は何かしたくてお見舞いに症状に合うフラワーエッセンスやアロマをブレンドして夫に託そうとした。

ところが夫がこういうの苦手な人間で、「照れちゃって渡せないから一緒に行こうよ。」。

いや、私、明日訪問入浴ですねん。それにお店が忙しかったら渡しにくいから、やっぱり長居するあなたが渡しておいてよ。

「ああ、じゃあさあ、ご飯だけ食べに行こうよ。で、10時には帰って来よう。それなら良いだろ?」

というわけでただでさえ忙しいマスターの厨房に図々しくも顔を出し無事にお渡しすることが出来た。

最初はお見舞いを包もうか?とも言っていたのだけど、それもまた気を使わせてしまうので残らないものが良いだろう。

エナジーボトルやアロマ、フラワーエッセンスとその説明書。いやあ、でも、的外れな気がする。

おまけに手紙が照れくさくて重い。ドン引きしないと良いけど。

そんなこと思って居たら、まだ本調子でないだろうに、わざわざメールを下さった。

そしてこの類のことに抵抗も無いとのことだったので本当に良かった。

いっぱいいっぱい休んでまたお元気な笑顔が観れますように。

もう、何も出来ないので祈るばかり。

***********

今日は訪問入浴の日だった。

前回、10件回ったときはアドレナリン大放出で全然疲れなかったのに、何故か今日は6件回った時点で「あら、もう今日、ダメかも。」というくらいしんどかった。全く不思議だなあ。

すると、もう一つのチームから連絡があって早く終わったからラストのお宅を引き受けてあげると運転中の長に電話がかかって来た。

何てありがたい。

でも、ちょっと悔しいな。

ヘルパーさんは懸命に頑張っている新人さん。で、私がキレっキレじゃなかったから遅れを取ったということだ。ちっ。

とは言うものの、とてもありがたかった。

今度行くときはガッツで回ろう。

と言う割には深夜こうして廃人になっているわけなんだけど。


それはともかく今日も一日頑張りました。

***********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月11日

心の筋肉&心の肥満

昨日、明日あたり、がくっ!と来るんじゃないか?と踏んでいたのだけど、案の定、来ました。

とんでもない肩こりと頭痛が。

重いものを持ったり人様をうおおお!!!と抱えるというだけではこうなるのではない。

やはり対宅の方々に最低限気を使わなければならないし、結構頭使って、要するにどこか緊張していなければならない仕事だからなのだろう。もちろん緊張し過ぎも良くなければ、気楽に考えすぎるのも良くないわけだが。

そして、出ました。

こんな日にも緊急のカウンセリングが。

でも、定期的にやって下さっている方のやんごとなき理由なので快く引き受けるし、後はもうお聴かせ願えてありがたいという気持ちしか残らない。

***********

とあるママさんが先日まだ5〜6歳の娘さんが作ったブレスを私以上に感動したのだろう。

私はまた別の意味で感動していたのだけど。(やはり子供は天才。)

翌日のラインからのメールを読んで微笑ましくなった。

その場で「せんせい、あげる。」とこの女の子がくれたのだけど、多分、お母さん、このブレスを子供が作ったものだからばらしてしまっているかも?と思ったのだろう。

「もし、昨日うちの子が作ったブレス、ばらしてなかったら下さい。」と。

もちろんばらしてませんよ。

世界に一つだけの思い出の一品、今度お渡ししますね。とお返事した次第。

************

いつぞやうちのカウンセラーさんが『一番最初の頃、悩みが無くなると思って居たのだけど、無くならないんだよね。結局次のことを悩んでいたりして。』

もう大分前の話になるけど、これは名言だった。

悩みをわざわざ作る必要はないが、人というのは常に何かを気にしている。

うん、私だって悩みは沢山ありまする。

けれども、それに対して時には真剣に時には笑いながら向き合うようになったというだけのこと。

その中で皆、やることをやって懸命に生きているんだよね。

今日も貴重なエピソードを聴いたり、素敵な言葉を思い出したりしていた。

ちなみに文句や批判が多い人って自分のことと向き合わないから他者にそれを投影して言葉の暴力をふるう。

自分と仲良くしている人はその真逆で「ああ、この人はそういう考え方なのだな。」くらいに思って、その後は自分のやりたいことをやって生きている。

**********
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。


ランキング参加中です。クリックして下さると励みになります。黒ハート
posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ヒューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする