2021年02月18日

三国志

先日、Kが大泉洋さんが出ている三国志を観に行こうと騒いでいた。「あの映画館、めっちゃ感染対策しているんだって!しかも座席の予約見たらガラガラ!」

歴史ものを観たがるなんて珍しいなーと思い、三国志、好きだったの?と訊いてみると「いや、まったく知らない。かおるちゃんが好きだから観たいなーと思って。」

・・・・・・・・。それはまずい。全く知らなかったら本当に意味が分からないまま終わるかも知れない。

「チラチラかおるちゃんに聴いて来たから大丈夫だよ。」

いや、いかん。予習をして行こう。

それでその休日、大分昔に上映されていた赤壁の戦いの無料動画があったので一緒に観た。

その時のKは超はまっていた。「面白い!三国志、面白い!」

ええ、あなたがあの時代にいたら絶対諸葛孔明にも劣らない軍師になっていたかも。頭切れすぎ。(仕事のときの話だけど)

でも、三国志と言ってもあまりに長すぎて、果たして参考になったかどうか・・・と一抹の不安を残しつつ、後日いよいよ観に行った。

するとまさに赤壁の戦いの部分を描いていたのでビックリした。さすが、Kちゃん。

が・・・・、別の意味でもビックリした。全然正統派じゃないんだもの。予告編も観ないで行ったものだから、二人ともビックリしたよ。

あきれたけれど、結果、よく笑った。

映画館を出た直後のKも「あれじゃあ、先にこの間の動画見て置いて良かった。ほんとに分からないところだった。」と吹き出していた。

このご時世だけど、せっかく作った映画。どうか採算が取れますように。

この世から映画が無くなったら寂し過ぎる。
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2021年02月17日

大河ドラマ

この間、西郷どんの話をしたけど、そう、今頃見ているのよね。多分もうそろそろ終わると思うけど。

その西郷どんを見始める前は、これまた麒麟がくるをずーーっと最初の方から見てた。これもまだ終わっていない。

で、もう今年のやつがスタートしたわけね。

ここ10年くらいは好きな大河ドラマや歴史ものをリアルタイムで見れることはなかった。何だか、それを取り返そうとしているのか?というくらい目が行く。

とは言うものの、半分以上はメイクしたり支度したりしながらだけど。

今年の第一話は武将の話ではないからかな、なんか緩いなーと思ったのだけど、今の時代に凄く合っているのかも知れない。

どちらにせよ、私は大河のオープニングって好きなんだよね。芸術的に完成されているなーと毎年思う。

でもって、歴史ものは皆そうだけど、必ず主人公が低迷する時期がやって来る。辛い時期があって、どこまでも暗いので、その時期を見るのが嫌い。いったいどこに抜け道があるんだろうな?こうすれば良いのに、ああすれば良いのに、そんなの放っておけや!と色んなことを思う。

が、その苦手な部分を見るのが不快では無くなって来た昨今がある。

どうしてだろう?と思ったのだけど、それはカウンセラーの勉強をした後から起こっている現象だと気が付いた。

その人の人生、その人の考え方。一度は聴いてみる。現実と同じで聴いても聴いてもダメな人、思い込みが暴力的な人はダメだけど。

何が面白いのかって、そして、どういう人が好きなのかというと、やっぱり低迷を低迷のまま終わらせない人だ。

思い込みの激しい人はずっと止まっているから。

大河とはよく言ったものだなと思う。

精一杯やったことと言うのは、必ず未来の自分にも影響するし、後の時代にまでも影響を及ぼす。逃げるとは、その真逆の行為。だから、そういう人は、ずっと同じことを言っている。

それはともかく、ドラマも凄いけれど、ドラマを作る人間って凄いよね。
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2020年09月11日

幼児返り 時代戻り

録画しても観れないことが多いので結果撮り貯めという状況になっている番組を時々観る。

大抵はKと一緒に観ているのだけど、とある田舎で自給自足しているファミリーのロケを見て二人でゲラゲラ笑っていた。

が、二回目三回目になると妙な違和感を感じだす二人だった。

ふとした瞬間にお父さんが動物に向かって切れて乱暴に叫んだときや、どこにでもあるような夫婦喧嘩のようなシーンで映された女性への扱い。子供への扱い。
自分について来てくれている、自分に頼ってくれているものたちへの扱いとはとても思えなかった。

それでもやっぱり個性的な生活様式と子供たちのかわいらしさで和ませられるのだけど、暫くたってから、ネットでそのご家族、主に親御さんへの批判を目にした。

その批判の内容としては、他の子供たちが給食を食べているのに自分だけお弁当を持たされていてそのお弁当の中身がなまずの卵とかハクビシンのソーセージとか、そして他の子に貰ったお菓子を食べては親に怒号されるのがかわいそうだというような内容だった。

まあ、確かに子供は生まれてくる場所を選べないのでかわいそうな感じもする。

色んな世界を見て来た後にその世界に辿り着いたのが大人である親御さんだから。

私たちは動物を殺して食べて生きているので、それを目の当たりにする経験というのは貴重かも知れない。ある時は子供に殺させてみたり。

が、その体験をしたいと子供が選んだわけじゃない。

いつしか、時が来てその体験をしなければならないときが来るのだとしても、それがいつなのかを選ぶのはあくまで本人であって欲しかった。

炒め物の野菜を同じ大きさに切らないことを責められる妻の姿や「それなら自分でやってよ」と言いつつも従うことを選んでご機嫌が治ることだけを祈り、そのためだけに生きる。

自給自足でも文明的な生活でも、根本的に心が変わっていないので、本質的には同じだよな。

そして世界と遮断されている分だけ余計にマウンティングしているのが浮き彫りになる。

もちろん街の生活にだってそれらは潜んでいて未だ変われていないところが多々ある。所詮は男尊女卑的な部分が残っている世界だし子供は子供で親に従うしかない時期がある。

親やら性差別やらのマウントが嫌ならば自分の足で歩こうと思ったとき、その子たちに選択肢が沢山あるのか?というとそれは厳しい。何たって遮断されてきているのだから。

ただ世の中には色んな人たちがいる。

人様の教育にとやかくいうのは余計なお世話。

そして、色んな人たちがいるということは、例え父親一人の脳みそ、たった一つの脳みそで作り上げた理想郷を出るときにすら、世の人々は手を差し伸べるのだと思う。沢山そういう人たちがいる。

何故なら、この世には優しい人たちが沢山いて、本当のところ、遮断する必要などないのだから。

まあ、特に人に殺せと言われたときに動物を殺すのは嫌だし、風呂わかしたり料理するために水を川から汲んでくるのも嫌。

薪を燃やして調理の火を調節するのも嫌。

衣食住だけのためだけに膨大な時間をかけ生きるのも充実しているとは思うし、それなりの喜びがあるのだろう。

でも、人は、その衣食住のその先に行きたくて、それだけで毎日が終わってしまうのが嫌だから考えたんだよね。色んなことを。

それだけに時間を取られるのではなく愛する人と共に過ごし語らい、何かを贈り贈られ、ある時は何もせず、夜にも明るい灯りの下で互いの顔をよく見るために。そして将来を語るために。

だからプライベートであっても、文明のネガティブなところばかり見るい人と話していると息が詰まる。良くなった部分もあるんだよ、ただその時間を何に使っているか?によるけれど。

せっかく少しづつ進んだのに何戻ってるんだよと。


余談だけど。

衣食住だけに膨大な時間をかける生活は貴重な体験となるだろう。

けれどもKと話していた。

駄菓子屋さんにたむろして合成着色料や合成保存料、グルテンがたっぷり入った駄菓子を食べ、くじに一喜一憂していた幼少時代を過ごした世代。

あれもその時代だけの貴重な体験だねと笑ってしまう。
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2020年08月26日

バーディという映画

当時高校生の友達が、いや、あれは卒業してからだったかな。

とある映画を絶対観て!と推していた。

強く観ろと言われると何となく余計に観たくなくなったりする。今も昔も。

もしかしたらものすごく感動していて、その感動を同じように味わってもらいたいとか思っているのかな?と思うと感動できなかったらどうしよう、私のツボは私のツボだからなあ・・・と悩むのだろうと自己分析で思う。

で、しかも私は若き日も今もそうだが、嘘言えないもんだから傷つけちゃうんじゃないか?とか。

それとは別にその友達は特別な存在だった。

同じ部活(・・・と言っても私はさぼってばかりだったのだけど)の友達で当時は女子部員は先輩含めて3人しかいなかった。

その部活も気性の荒さを発散するのに打ってつけのスポーツで、それだからこそ教師が薦めてくれたのだろう。

毎日楽しかった。色んなことを話したり、話しても通じ合えないことはスポーツで戦った。

で、その映画を長いこと観なかった。

当時はいちいちレンタルビデオ屋に行って探さなければならなかったりとかってのも理由の一つ。

社会人になって、もう相手も自分を忘れているだろうと思っていた頃再び「観てくれた?」と言われてしぶしぶ見た。

淡々としていて面白くて、冷や冷やして、最後にほっとしたのを覚えている。

同時にその映画を見せたかった相手の気持ちも少し分かるような気がした。

それきり、その映画のことは忘れていた。時々、ほんとにごく時々稀に偶然その映画の話をする人に出会って、その人たちも「観て欲しい」と言われたときには「どんな話だったけっかな?」と映画のあらすじだけネットで調べて思い出したりとか。

友人との関係、その人が言わんとしていることの方が衝撃で映画自体の面白さより強い印象を持っていたのだろう。

それが再び観る機会が来た。

またしても「自分があの映画の中のバーディだった。」と目をうるませて言う人がいたから。

それ、どこかで聞いたことある言葉だなと思っていよいよ観ることにしたのだが、若いころに観たときよりもより多くのものを受け取った自分がいた。

ついでに言うと、誰が主役級か?ってのを見て別の意味でビックリした。

これ、若き日のニコラス・ケイジやん!って。(笑)

それはさておき、人の心は深い。

皆それぞれ細かいニュアンスは違っていたかも知れないけれど、言葉にできないときに映画を観てくれというのは、自分はやったことないけれど、実にうまい手だなと思う。

多くのメッセージと思い出をきちんと受け取った。

一番最初に薦めてくれた友達に電話してみようかな。

とても懐かしかった。
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2020年08月17日

グノシエンヌ

深夜神経が疲れ切っている状態で、まーーったく仕事と関係のないものを観たい、聴きたいと思うそんな時。

久々に海外ドラマを動画サイトで観る。

で、どんな関係ないものを娯楽として見ていても、気が付けば人の心理描写とか医療的なこととかと結び付けた角度から見て楽しんでいる自分に気が付く。

それはさておき、シーズンがいくつも続いているその某ドラマを見ていたら、バックにクラシカルなピアノのBGM。

あれ、これ、何の曲だったっけかな?

ナチスドイツ系で虐殺シーンに使われていたっけ?あ、でも蜷川さんの舞台にも使われていたような。

名探偵ポワロでもかかっていたような。

どうしてもタイトルを思い出せなくて、それでもググったら出て来た。

そしてタイトルを思い出すも何も、元々タイトルなど知らなくて、知らないのにいたるところで耳にしていたということが判明。

私のようなうとい者でもこの数十年で何度も耳にしているというのは凄く沢山使われている曲なのだなと感心。

しかも、その曲にコメントつけている大勢のうちの一人がおそらくピアノを弾かれる人なのだろう。「簡単な楽譜なのに凄い曲に聞こえるところが凄い。」と言っていらした。

確かに、メインでかかるポジティブな旋律ではないのだけどこれだけ多く使われ、あらゆるシーンを印象的にしてしまうのだから凄い。

しかも知らず知らずに。

この曲を聴くと多くの人が不安になる、ホラーみたいと仰るのだけど、私は何故だかポジティブに聞こえる。

とっても汚いものを観ても、単純に美しいものを観ても、かなり動揺することがあっても、きちんと一歩一歩昇って行く強さを感じるのだ。

人々は「落ちていくイメージ」を抱きやすいこの曲。

私は、真面目にもできるしふざけることもできる、綺麗なものも汚いものも受け入れる人の人生観を感じる。

その曲のおかげで長いドラマの1エピソードがとても印象に残った。

人それぞれなのよね。
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2019年11月19日

悪魔を葬る者

4〜5年くらい前だったか、”悪魔を葬る者”という韓国映画があった。

既存のエクソシストを扱ったストーリーの一つかなあ?と思って観るとそうでもない。

悪魔との闘いや何が怖いか?という恐怖の演出においては欧米の映画にひけを取らず、はたまたおどろおどろしさを描くジャパニーズホラーにも負けていない。

しかし韓国らしいユニークさがいっぱいだった。

悪魔の恐ろしさというのはいくつかの要素があって、相手が一番心痛に思っているトラウマをリアルに再現するところ。

それが分かっているから先輩神父が主人に先んじて一番触れられたくないようなトラウマを聞き出しむかつかせたりもする。

それに耐えられなければ戦えないし命を落とすから。

このあたりは、この先輩神父のさらに先輩の師匠神父との間の愛情も彷彿させる。数々の人が破れて来た。あの立派な老神父でさえも。

だから若い神父に「なめるなよ。何せ5000年も生きて来た存在だぞ。」とひきしめさせる。

人間のちっぽけさが浮き彫りになるのもエクソシストもののお約束で、悪魔の別の恐怖の項目としては、過去の人類の歴史を把握していて、将来こうなるということを事細かに説明して来るところ。

飢饉、疫病、戦争。その歴史と人類がどうせこうなるという未来の予言を口走る。親族の不幸を口走る。

要するに「どうせおまえたちこうなんだよ。今やっていることも無駄なんだよ。」というのが悪魔の手口。

そして、そんな心理的な恐怖と精神錯乱の結果、お約束のように主人公が失敗してしまう。

祈るのが仕事なのに、そこまで気を散らされると、ついつい考えてしまうのだ。

「どうせ」というワードを巧みに人間の頭に浮かべさせ無気力にさせる。

それを差し引いても、悪魔のビジュアルが怖いし、とうとう逃げ出してしまうのよね。

幼い頃、犬に襲われた妹を救えなかったときの映像がよみがえり、しかも目の前に自分の分身が表れて「逃げろよ。逃げるのは得意技だろう?」と言う。その自分は皮膚を梅毒で犯されている。

ここが面白い。一番怖く、一番逃げ出す決定打となったのは自分自身ということ。

しかし、人間は違うらしい。

あるきっかけで、主人公は逃げるのをやめて即刻恐怖しかない、世界一怖い現場へと引き返す。

もう逃げるのをやめたのだ。

幼い妹の姿が見えただけではなく、幼い頃の自分にも出会ったから。逃げ出して靴を片方なくしてブルブル震えていたかわいそうな自分の姿を。

そりゃ逃げるよなと思っていた現場に帰って来た若き助祭に神父が「何で戻って来た?」と訊くと、主人公は「靴を忘れたからだよ。」とさらりと言う。

緊迫した場面で冗談を言う助祭に先輩神父は思わず吹き出してしまうのだけど、まずは確認する。

「これは正式な派遣の仕事じゃないから、誰にも認められないぞ。誰も分かってくれないし、悪魔にかかわることで生き残っても一生悪夢を見るぞ。」とその厳しさを述べるのだけど、

度々彼は聖書の言葉を引用してそれに答える。分かっていると言っているのだ。

そしてたった一晩のうちに二度目の悪魔祓いに挑む際、主人公が歌う聖歌が美しい。彼らが信奉する主が復活する際の歌とされているのだが、その歌はとても美しく静かだが、同時に激しい。

長生きしていた悪魔だけれど忘れがたい記憶を思い出してしまうことだろう。天敵の名前を叫んだりもする。

もう一回観ても良いなーと思えるのは、悪魔祓いという強烈なモチーフや設定のせいではなくて、要は一度逃げ出したもの、一度敗れたものに対して言い訳せずに戻って立ち向かう人間の凄さに感動するからかも知れない。

「どうせ死にますよ。」と悪魔は言うのだけど、分かっている人間はシンプルに答える「うん。そりゃ怖いね。でも、それまでの過程が大切なんだよ。」と。
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2019年11月15日

トリビアさん

シーズン6だか7くらいまで続いた海外ドラマ。

Bonesというドラマにナイジェルマリーさんというのが出て来ていて、トリビア好きのキャラだった。

個性的なキャラの登場人物たちは互いの変なところ、偏ったところを受け入れ合いながら共通の仕事をしているが、大事な局面や急いでいるとき、はたまた人が真剣にやっているときに訊いてもいないトリビアを披露するので度々相手をむっとさせる。

最後は確か運悪く流れ弾にあたって死んでしまうのけど。息を引き取る寸前に「ここに居させて。ここに居させて。」とうわごとのように懇願する。「僕のこと嫌いでしょ?」というのが最後の言葉だったような。

度々思い出すのは日常でよくこのトリビアさん的な人に出くわすからだ。

彼ら、彼女らは人の気をひくために一生懸命トリビアを集めている。知識の羅列で生涯深まることもないし、真の意味につながることもないから、誰にも関心をもたれないし迷惑がられることもあるけれど。

大きな荷物を常に持ち、心の中にも沢山持ち、いつも何かに備えている。でも、人の話は聴けないのでしょっちゅう周りの人を怒らせるし、時にはあっち行って欲しいと思われてしまう。

あげくの果て私から聞いた話なのに、それを忘れて私に話していたりとか。

いつもキョロキョロして情報収集するけれど妄想も入っている。

ナイジェルマリーさんという架空の人物を思い出す限りでは、何だか憎めない感覚だけど。

現実にいらっしゃると、とても疲れてしまう。

全てが散らかっている分裂さ加減と、自分で勝手に抑圧した怒りを投げつけられるから。

元同僚が「聞いちゃいけない話ってのがあるんだよね。いや、聴いちゃいけない相手というか・・・。」とトリビアさんの顔を空中に思い浮かべながら言う。増長&興奮させてしまったらしい。


人が知りたいこと。自分が知りたいこと。

その真実は心の内側にある。

聴きたいとき、人は聴きたい相手に依頼するだろう。

トリビアのガラクタは、やはり暴力だ。自分を振り返らない人、見つめない人のそれ。
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2019年08月15日

クイーンと花火

ボヘミアンラブソディーが流行っていたころ、医務課の棚のガラスに特大ポスターを貼った人がいる。

下敷きを拡大コピーしたものらしい。

あんな無機質な医務課におかしいでしょ。

と言いつつも、はがさないんだけどね。

時に先日から、事務のK姉さんがおっしゃることには。

11月にクィーンのBGMで花火大会があるのだとか。

場所を聞いたら遠いし、人混みが嫌いな私は一言でパス。

が、あれから毎日のように言うのでちょっと行きたくなって、「うん、じゃ、やっぱ、行く。」とお返事。

「じゃ、抽選があたったら行こうね♬」

・・・・・・・・・・・。抽選だったんかい。

IちゃんとK姉さんとの花火大会ツアーは実現するのだろうか。

というか、そのころの私、片付けるべきことを全部片づけられているのかしら。

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2019年03月31日

桜が舞台の映画

ほんの一年ちょっと前まで住んでいたところでも、そして、その前もその前の前も。

よく色んな映画を観ていた。

幼い頃に観たことがある映画から最近のアメリカのTVドラマまで。

映像でも活字でも、ありとあらゆる作品に触れると色んなことを学ぶし感動するからなのか。

まだレンタルビデオ屋で借りる時代から、ベッドに入りながら、ある時は料理をしながら読書や映画鑑賞をしていた。

ただ流しているということも多かった。

そして以前観た樹木希林さんの”あん”という映画が無料動画にアップされているのを発見。

またしても泣けた。

私はどちらかというと、淡々としたものよりもアメリカの犯罪ドラマ、FBIとかが出て来る作品を好んだりする。ある時は医療者とか。

それは人が病んで行く心理学に触れることだし、よくよく見るとどこにでもいる普通の人たちがふとした引き金を引いて闇にはまって行く。

身近だから怖くて刺激的だったのかも知れない。

けれども同時に昔ジョディーフォスターが演じていた風や木々に耳を傾ける少女の話や、親子のドラマや・・・結局はまんべなく観ているのか・・・。

話は戻るけれど、”あん”である。

日本の俳優さんたちも本当に凄いなあと思う。

人の人生の深さを、このモチーフで描いた監督も凄い。

小豆とお話ししつつ、小豆が歩んで来た道、観て来た光景に耳を澄ます。

聴くということは観ること。聴くということは観ること。

”あんは自分で作らなきゃ。”

そう、自分の中身は自分で作らなくちゃね。

自分が良いと思うと身近な人にも話したくなるもので。

この動画、配信が今日までだよとKに伝えて観て貰ったりして。

滅多に映像では泣かないKがポタポタと涙を落としていた。

素敵な素敵な永遠の話だった。
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2019年01月12日

価値を決めるのは自分

その日の入浴者午前の部の方々のバイタル測定を終えたIちゃんが、へらへらとナースたちの元へやって来る。

へらへらと表現したのだけど、ひょうひょうとした感じと言った方が正しいのだろうか。とにかく規格外いつでも。

小さなことで思い詰めたり眉間に皺を寄せて仕事のことを考える私たちを馬鹿にするのではなく何か大きな雰囲気をそっと差し出してくれる。

こぞってバイタル表に頭を寄せるナースたちの頭上で私に向かって『観て来ましたよ。』と言うIちゃん。

あ、ほんと?どうだった?角刈りになってなくて良かった!

『感動しましたよ。』

言葉数が多い人ではない。

でも音楽をやっていない私たちですら感じるものがあるのだから。ええ、CMですらね。

『ボヘミアンですか?』と若干27歳のナースちゃんが間に入って来たとき「知っているの?」と言う40代と50代。

『いえ、知りません。でも、皆観た人が感動するって言ってますね。あと、本物とよく似てますね。あの役者さんたち。』

ということは本人たちの映像をよく観ているということ。でも、知っているとは言わない気持ちもよく分かる。

本人たちのことなどいつでも誰でも何も知らないのだ。

ただただ色々なことを感じるだけ。

リズム感のあるIちゃんが『ずんずんちゃ♪ずんずんちゃ♪』と踊りながら去って行く。

そして数日後の夜、Kが『観に行こうよ。』と言う。

いや。。。あなたは明日早番ですよね?と躊躇したのだが一言『いか!』と叫ぶK。

これ、私たちの間でよく言われる『大丈夫?』に対して『余裕のよっちゃんイカ!』という会話。繰り返されるうちに『いか!(大丈夫。全然余裕。俺を誰だと思ってんだ。』の意味の略。

かくしてボヘミアンラブソディを観に行くことになった。

『空いてるかな?』

いやいや、Kよ。今日日、大人気の映画とて座れないってことはまずない。ほとんどガラガラと言っても大丈夫。

案の定、半分以下の映画館。

耳が良過ぎるので最初は大丈夫か、この音響・・・と思うほどだったのだが。すぐに慣れた。

終わっても誰も立ち上がらなかった。

『そりゃ感度するだろ。』と簡単に思っていた部分もあったのだけどそれ以上のものがあった。

最後の方は涙が止まらなかった。

孤独を演出する巧みさや一番大切なことは自分にとって何か?と格好つけずに探求し手に入れた多くの人々の物語。

主人公は主役であり、そしてそこに居るすべての人だった。

帰り、夜の厳寒の街を震えながら、けれどもゲラゲラ笑いながらKと帰った。
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2019年01月09日

ボヘミアンラブソディー

正月のある夜のこと。

Kが買い物に誘ってくれて楽しいひと時を過ごした。

そして西武新宿線に乗る前に、pepeの前にある喫煙所で一服しつつ大画面のモニターを見上げたそのとき。

80年代のクイーンのライブが放映されていた。わーお、懐かしい。多分14〜5歳の頃だ。

ボヘミアンラブソディーの映像ではない。本物だ。

映画が出たからまたクイーンのファンが増えたのか、もしくは私のような中年の人々が再燃しているのか。

ところでこの映画、他の映画を観たときにCMされていたので観たいなーと思っている間にいつの間にか時が過ぎいつの間にか封切されていて大絶賛上映中。

私があまりに食い入るよううに観ていたからだろう。Kが明日観に行こうか?と言ってくれていたのだが、結局は家でゴロゴロして近所で見つけた美味しいステーキハウスへ行ったのだけど。

昨日、Iちゃんとクラフトビールを片手に飲んだり、私のためにギターしょって一人ライブをスタジオでやってくれたときもボヘミアンラブソディーの話題をIちゃんから出して来ていた。

『明日観に行くんだ。』と。

Kは一まわりほど年下だけれどIちゃんも7つばかり下だったような。知ってるの?クイーン。

『知ってるよ。良い時代だよね。映画見たあとは感化されて帰って来るから。』

裸でピアノ引き出すんだね。

『そうそう、頭角刈りにしてパンイチでピアノ弾く。』

そもそも角刈りじゃないしと爆笑しつつ、その感化されぶりを楽しみにしている。

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2018年12月05日

最愛でいたいが難しいよね

今年は野球もろくに見れなかったのだが。ドラマやら大河ドラマなども多忙故にTVの前にいることができない。

それでも最近たまに一緒にDVDやら無料映画を観るようになった。

そんな折、電話カウンセリング中のとあるクライアントさんが「ドラマは観てますか?」と仰るのでありのままに見れてないと答えたのだけど。

私は人づてに映画やドラマの話を聴くのも結構好きなので話し出したその方が話をだまって心地よく聴いていた。

物凄くはしょると、主人公に『あなた友達いないでしょう?』と訊く人がいて、主人公はこう答えたという。

『はい。でも、一番仲良くなりたい人と仲良くなれたので良いんです。』と。

ここまで聴いたら恋愛映画かな?とも思ったのだけど。

続きは。

『それは誰?』との問いに『自分です』と主人公が答えたという。

なるほどー、仰る通り心理学みたいだね。深くて面白そうなドラマだねと答えつつ感心していた。

色んな要素に色んな意味で感心したのだが、

一つは「なるほどな。一番嫌いでなかなか仲良く出来ないのが自分だもんねえ。」ということ。

何よりのもう一つはそれを語ってくれた彼女が前よりも自分を受け入れ仲良くなってくれていることだった。
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2018年09月01日

戦場のメリークリスマス

ある日掃除をしながら鼻歌を歌っていた。

遠い昔の旋律。

するとKが『その歌、なーに?』と訊いて来るので戦場のメリークリスマス知らないんだ・・・・と驚くが。

考えてみれば一まわりも年齢が違うんだった。

その後ブルーレイをレンタルして一緒に観た。

懐かしい映像。

今は余計に各個人が取った言動の意味が分かる。

昔の歌を口ずさむことも昔の映画を観ることもまた楽しい。

ベランダで線香花火をする。

映画の話をする。

何かが閃光と共に繋がった。どうしてこんなに昔のことを思い出すのだろう?

不思議なセラピーのような日々が続く。

皆 愛おしい。

ちなみにこの映画、35年くらい前の映画なのに未だに購入価格は9000円。さすがは名作。

買ってしもた。
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2018年01月22日

it

いつぞやの散歩する侵略者とテーマは似ている。

人それぞれ怖いものやどうしようもない恐怖を感じることは違うけれど。

大勢の人々のそれぞれの概念が作り出した怪物は最強・・・かのように思われる。

けれども、それは実在するようでいて実在しない恐怖。

「彼女が死ななかったのは、生き残ったのは恐れなかったからだ!」

支配者はもろい。

一見すると怖がらせたり恐怖心を与えて支配する方が楽だと思うのが人間で。

どんなにきれいごとを言っていても無意識にそれをやっている人々がいる。

子育てですらそうだ。

そして、軽いものから重いものまで恐怖を与えて支配しようとするのは何故なのか?というと、その支配者が誰よりも怖がりで臆病だからだ。

だから私は、異常に怖がりな人や臆病な人のことがあまり好きじゃない。

何故なら怖い怖い言っている人ほど他人に残虐になれる人はいないからだ。

自分を危ない目に合わせないため、自分を守るためなら、他人をどんな目にでも合わせるし、他人の時間を無料でどんどん奪おうとするから。

話は戻って。

ありがちな話で言うと愛が最後に勝っている。

月並みに聞こえるのだけど、結局は人の心は自由でそれは誰にもどうにも出来ない。

*****

ソロモンの魔法陣の話を思い出す。

この世には勧善懲悪なものはない。

神とか悪魔とか、それらは対照的なものではなく実は同じもの。

人が自分の心の中にある弱さや狡さ、俗に言う悪い部分を受け入れられたなら、多分その人は逆に強くて優しい人になる。

自分を信じることで、神からも悪魔からも支配されない心になる。

それくらい自分の意志とか好き嫌いとか、直観というのは大事なものだ。

何せ魂とは神や悪魔が取り合いするほどの唯一無二の貴重なものだから。

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I love you.
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2017年12月07日

会う度にはまっていくパズル

池袋に誘われて『ジグソウ:ソウ・レガシー』を観て来た。

もうずいぶん古い映画だけどまだまだ印象深いソウの新章らしい。

誘われたとき、昔の記憶を辿りつつ、”あー、汚いのは嫌よ。ストーリー性が薄いのも嫌よ。人が殺されるだけのはつまんないのよねー”などと思っていたが。

これが割と引き込まれるストーリー展開。そして魅力的な登場人物たち。

観終わった後に「昔はこんなんじゃなかった気がするけど。若い頃に観たからかな?」と呟くと。

「そうだね。昔のはこんなに良く出来てなかったよ。まあ、よく観ればやっぱり深いんだけどこんなに分かりやすい作品ではなかったよね。」という答え。

そう言っている相方は私より一まわりと一つ若い。よくぞ記憶に残っていたなと思う。

この犯人像・・・というよりも犯人だと思われていた・・・とでも言おうか、あまり言うとネタバレになるからよしとこう。

とにかく犯人像がどこかインテリで上品な知能犯タイプのサイコパス。。。いや?サイコパスでは決してないな。むしろ人情深い。

まあとにかくその犯人像が羊たちの沈黙の第二弾や第三弾あたりだったかな。ハンニバルやレッドドラゴンと被る。老齢でインテリで頭が良くて、しかし人を愛している。

もはや観ているうちにどちらが偏執的なのか分からなくなって来るような。国でも他人でも良いけれど、とにかく誰かに任せていては裁かれるべきものも裁かれないという完全無欠のノー依存。

決してやってはいけないし認められないことなのだけど、やがてはどちらが正しいのか分からなくなってしまう。

しかし彼ら(この像)は徹底的な絶望や徹底的な孤独にむせび泣く登場人物を救う。

私のような単純な人間には理解不可能ではあるのだけど、ちょっとだけ分かってしまうので惹かれてしまう。そんなところがこれらの作品がヒットする由縁でもあるのだろう。

映画館が多いイメージがある池袋の中でもとりえあけ小さな映画館のローカルな階段を一緒に降りながら時代がいつだか分からなくなる。

そして気が付いた。横に居る人の知性や表情が、若いというのに、あの二人の像とそっくりそのまま結びつくことに。頭の回転早いもんなあ。理論的で怒らせようものなら多分誰も叶わない。

しかし、互いに自分にないものを観ているらしい。

あなたが私に投影しているものは何なのだろうか。

そんなことを考える間もなく手を引いて冬の街へと繰り出すことになるのが次の瞬間だったのだけど。
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2017年11月23日

予兆 散歩する侵略者

そして月日が流れて、仕事でも何でも何か一つに執着するあいかわずの性質の私だったが、昔よりはずいぶんましになった。

それでも何かを終わらせるまで休みも取らないとか旅行にも行かないとか下手すると寝食を忘れるという傾向は若干残っている。

そんな私をたまーにどこかへ連れ出そうとする人が居て。(それもその一日を確保するためにギリギリの線でいっぱいいっぱい。)

間が空いているとは言え、長い月日の間にはなかなかの回数になり、いつも相手に考えさせてばかりでは悪いので今度は私が考えておきますと答えたのが一か月くらい前だったか。

ところが、全く持って考え付かない。要するに私はこの職場で沢山気遣って貰っているくせに多くの人のことを知らないし、いったい何に対して喜ぶのかも知らないということだ。

それでも夏の頃VRに行くと提案してくれたのを思い出し、今度は新宿じゃなくて渋谷の方のやつに行きますか?それとも映画に行きますか?と訊いたのだが。

てっきりVRと言うだろうと思いきや、答えは映画だった。しかも指定付き。

”予兆 散歩する侵略者”という映画だったのだけど、夏頃やっていた長澤まさみや松田龍平らの”散歩する侵略者のスピンオフものだったらしい。

面白いストーリーだなーと思った。内容が心理学的で。

人は概念の通りに生きているという話をよく心理学の講座でも話すのだけど、その講座では、その個々の概念がいつ頃どういうふうにして作り始めるのか?どうやって今の人格を、人生を、運命を形作り始めたのか?という話も合わせてする。

そんなものだから、宇宙人に概念を奪われた後の人々の姿がリアル。

そして映像の映し方の一つ一つが何かを象徴していて、あたりまえだけど撮り方上手いなーと思った。どんな心理状態で作っているのだろう。

批評する人が突っ込むとしたら、それが分からなかった場合とか、あとは分からないと単に間延びした映画だと勘違いされそうな場面も多いけれど。

観終わった後、相方が「何であの人だけ概念が奪われなかったんだろうね?」と言うので私はなんとなく自分の思うことを話しながらエスカレーターを降りて行った。

結局は映画でも、VRとテーマが同じようなことになって来た。

人が作り上げた概念だけを奪い続け膨大な辞書のような自分を作り上げたとしても、それがどんなに刺激的であっても、理解は出来ない。ただのサイコパスが出来上がるだけだ。

その概念はその人だけのものだから。

侵略されるのだとしたら、それは多分人間が何が大切なのか?ってことを忘れ人と同じ概念を持とうとしたときだろう。

ちなみに人と違う概念を持とうとか違うことをしようとかやたら意識している人も結局は同類なのだけど。

ねえ、自分が楽しいとか喜んでいる時ってどんな時?何をしている時?それはどんな概念?どんなイメージ?

とう訊いてみたところ、即答で返って来るところまでは想像通りだったが。その答えにまた退いてしまった。

これもまた私の感情であり概念だから仕方がない。

人には心がある。概念がある。

その人だけの。
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2017年11月22日

VR

あんまり休日というものを取らない私にもそこそこの休日がある。

そんな少ない休日のある日を指定し、あれは確かまだ夏頃、新宿のVRに連れて行ってくれた人が居る。

ホラーもののアトラクションとしては廃墟のような病院を車椅子で探検するスプラッターでザクザクな体験。

もう一つは高層ビルの屋上の窓から板切れが出ていてその上を歩いて猫を救出して来るという企画。

私はその二つで充分ふらふらになった。リアル過ぎて切り替えが付かない。

相方はまだ余裕がありガンダムもので空から色んなものが降って来るこれまた高さのある体験をしていた。

それを傍目で見ていて思うに、相方にはまったく何が起こっているのか分からない。

終わってからどうだった?と訊いて初めてそんな怖い思いをしてたのかと分かる程度。

例え内心はビビっていたとしても動じていないように見えるってのは凄いなと思う。

しかも、猫の救出のやつなんて一声もあげずあっという間に猫を連れ帰って来たけれど、実はこの人はバリバリの高所恐怖症。

それは仕事中でも、そしておそらくはプライベートの窮地においても同じスタイルらしい。

ある日喫煙所で話すようになってから、色んな昔の生い立ちを聴かせて貰ったのだけど、思えば子供の頃、ある朝決定的に世界が壊れるような体験をして以降、彼は一人で生きていくことを決意した。

なのでどんなにどこかが痛いときも、悲しいときも決して人にそれを気取られないスイッチが出来上がっている。

まるで猫や野生動物が致命傷を負っても天敵や仲間にそれを悟られると食べられるやらいじめ殺されるやらしてしまうのでひた隠しにする無意識のスイッチ。

本当は怖いよ、痛いよと思っていたとしても、そこまで行くと、もはやそれは強さだよなと思う。

話は飛んだのだけど、VRを体験したときは昔観た映画のマトリックスを思い出して、確かにあれだけリアルに見えるのならこの世界も仮想現実だと疑いたくもなるなと思った。

しかし、時が経つにつれ、現実は現実だなと思う。

VRで再現されていたものはとてもリアルだったけれど、唯一出来ていないのが一人の人物のリアルさ。個体差とか。

匂いとか、ふとした瞬間の表情とか。微妙に心理状態が現れる声音とか喋り方のスピードとか。

自分自身もメンタルの揺れとかがあまり表情に出ない方なのだけど、最近はずいぶん喜怒哀楽が素直に出るようになった。それは心理学をやってからであり、さらに言うとレイキを初めてからそれが良いことなのだと分かるようになった。

かと言って半端ない人生を送って来て得ている強さを持つ人にそれを推奨はしない。

それはその人の決断なのだから。

分かられたくない。理解されたくない。

そんなスタイルでいながらにして、こちらにちょいちょいサインを出して来て、時として叫ぶかのように心を明かして来る。

この表情の移り変わりとか、心の微妙な動きとか、その他諸々。

それはやはりデーターだけでは解析不能で再現できないものであり、VRはVR、現実は現実なのだということ。

私たちは皆どうしようもないほど人間であり現実なのだろう。

個体差を再現できないということは人同士の愛も再現できない。

とどのつまり、その差は魂があるかないかの差なのかも知れない。

一方では、被害妄想に苦しんだり激怒したりする人のエピソードを聴いていると、よく思う。そんなふうに相手だけが悪いなんてことはないんだよ。

あなたは仮想現実を作って、自分で作ったそれによって自分を苦しめている。

でも、現実の人間としっかり付き合えば、単に話したり聴いたりすればそこから目覚められるのは確かだということ。

払うものは払う。約束は守る。頑張るときには頑張る。その他諸々。そこに生いたちがどうだとか、配偶者がどうだとか親がどうだとか、一切の仮想現実は要らない。

でも、自分を現実的に観ようとしない人は、いつまでも自分で作ったドラマの中から出てこない上に、人を無理やりそこに入れようとしてしまう。

それは誰だって嫌だから拒否るにはあたりまえなのだけど、そんな時人は「分かってくれない」という決まり文句を言うのだろう。
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2017年01月22日

普通がとても劇的 その2

つい最近愛しき依頼人さんと話していたのだけど、某TV番組で視聴者が日常の腹が立つことをハガキで投稿しては二人のタレントさんがコメントするという企画がある。おそらく誰でも知っているファンが多い番組。

怒りがわいてくる事柄についての出来事を読み上げられた後、「お二人ならどうしますか?」とふられるのだけど。

何が面白いかというとお二方とも多分コメントが正直であるところ。

馬鹿!と思ったら言うし、共感できないことには共感できないと示す。その後、二人の話がどんどん脱線して行くうちに考えが柔軟に変わって「分かった、そういうことね!それは腹立つわよね。」と賛成するコメントに変わることもある。

何年も続いている番組なのだけど、お二方が「親戚縁者の中では我々はもはや異形のものだから。」とか「我々はクズだから。」的なマイノリティな感じを出しつつも、実は凄く常識人で、むしろ不特定大多数の人々の方が集団で常識がない部分があるのだなと感じさせられたリ。

出演者が大爆笑しているくらい楽しいものなのでこちらも笑ってしまうのだけど、時々深く頷いてしまう。

例えば今年の初めの頃に「インドに行って人生観は変わるか?」という質問が出たときにさんざん面白いトークが続いたあげく「インドに行かなくとも人生観は毎年変わるっつうの。」と言った芸人さん。

「何が、”この間と言っていることが違う。”だよ。あたりまえだよ。日々更新されるんだからそりゃ違うよ。それが成長だよ。」ということを絶妙な間の取り方で語っていらした。

そうなんだよねーと爆笑しながらも共感してしまう。

他人様に「変わるな。」と言う意志を向けてしまえる人のずうずうしさや幼さを思い出す。

そして自分自身も頑なに不自然なほど変わらないようにしようとしている人の幼さも。

「俺は曲がったことが大嫌い。」なんて言っている人を見ると引くもんね。そう言っていること自体が子供だし、物凄く曲がったこと。あるいは周りがあんたのためにもっと曲がんなきゃならなくなるんだよってこと。

もとい、プロの方々のトークで、しかも編集も多少加えられているので見事としか言えないのだけど、同時に改めて思う。

トークが出来る人というのは少なからず傾聴出来る人だなあと。

そしてよく考えて来た人でもあると思った。
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2016年12月03日

時間

昨日に引き続き、びっくり&感動したのは、やはり今回のことを会う人、会う人が応援して下さること。

『いやあ、尊い意志だと思いますよ。素晴らしいです。頑張って下さいね。』

いやいやいや、足蹴く通って下さっているそちら様の意志こそ尊いわけで、今回は自分の希望のためにその尊い意志の自分旅に利用して下さっているあなた方に迷惑をかけているわけで、それは決して素晴らしいだなんて言えないことだと思う。

しかし、そう言うと「だから、ほら。教えてくれたじゃないですか。ずっと。私の意志も尊いだろうけど、かおるさんの意志も価値があるものなんですよ。」

う。

そうか、そうか。ありがとう。こちらが傾聴している間、何年間にも渡って少しづつ、こちらが気が付かないほどに着々と伝えて来たことを受け止めて下さっていたのね。

『いえいえ、今までが自由に時間を貰い過ぎていたんですよ。これからも来るけどさらに一回一回を大切にするのでよろしくお願いします。』とか。そんな言葉を聴くと本当にいたみいる。

本当にありがとうございます。私も初心を思い出して自分の意志を大切にする。

しかし、思うに、定期的かつ頻回に利用して来て下さった方々ほど、今回の状況は困らせてしまうんじゃないか?と思いきや、逆だった。むしろそういう使い方をして来て下さった人たちほど本気の笑顔で目を輝かせて『賛成しますよ。』応援してくれる。

そう言えば、いつもそうだったような。衝動的に「今日か明日を空けてそこに入れて。」とか仰ったり、それが叶わないと被害的な気持ちを訴える人とか。

仮に衝動的な予約でもたまたま空いていてお受けすることが出来ても、前回と間が空き過ぎていたり、全然キャッチボールの球を受け止めてくれていなかったりするものだから、結局は前回の話と同じ地点から始まるケースとか。

『それは困る。勝手に決められて。もっと枠を取れるようにしてくれなくちゃ。』と言う人の比率が高いのね。

たまたまレイキのトレーニングにお友達同士でいらした際、まさにこの両極端のタイプのお二人がいらっしゃったのだけど。

『ええ〜?』と顔をしかめるお一方に向かって、コツコツ通って下さっていた方が『えーって。あんた、来れる期間にちっとも来なかったじゃん!』と突っ込んでいらしたので爆笑するのと同時に”ああ、そういう法則か。”と先述のことに気が付いた次第。

『どうせ、すぐに捨てたり投げ出したりするんだから。それだといくら時間空けて貰っても同じなんだよ。』とまで仰ったとき、思わず制してしまった。お友達同士だから大丈夫だろうに、ついつい止めてしまう心配性。

******

某居酒屋さんで、冬場になると熱燗を飲みながら読書している某企業の社長さんが下町ロケットなる本を読んでいたしたのは大分前。

偶然なのか、この人の時代を先取るセンスのせいなのか?それは分からねど、この人がそうやって読んでいた小説は、その少し後の時期に必ずドラマや映画になる。

だから、おそらくあれはメディアで放映されるよりずいぶん前のことだったのだろう。

何読んでいるんですか?と訊いたら、このタイトルが出て来たのだった。

本もドラマも映画も観なかったのだけど、そのブームが落ち着いた後に、やっとドラマを観てみたのだけど、色々と感動することがあった。

その色々な感動の一つになるほどなーと思うエピソードがあった。

宇宙へと飛び立つほど素晴らしいことが出来るロケットは、小さな部品が気が遠くなるほどの数合わさって出来ている。

要するにどんな凄いものでも、元々は部品という小さな単位の集合体。

そして国民性なのか何なのか、その部品を丁寧に精工に作るので大きな成果につながる。

とんでもない手間だと思う。

あんなに大きなものだから部品一個くらい多少磨きが足りなくても大丈夫なんじゃないか?思いがちだったり、あるいはロケットを打ち上げる上での注目や経済的効果や名誉だけを先に欲しがる人も沢山いるのが世の中。

でも、部品一つを研磨できないのだとしたら、ロケット自体や、それを打ち上げる人のことをいくら『いいなー、いいなー。』と羨んだり憎んだり怒ったりしても、それは無茶な話というもので。

一つ一つ部品を作ったり磨いたりする作業は心理学だけじゃなくて世の中のあちらこちらの法則を象徴している。

単体のときにはあまり用途が無いし、どうしてこんなちっぽけな部品ごときで苦労しなきゃならないのか?と捨ててしまう人も多いだろう。

『こりゃダメだ。リセットしよう。あっちの人が持っている部品が良いからあれを真似しよう。』の繰り返しで、そりゃもうドンドン捨てる。

小学校の家庭科の実習で筑前煮をみんなで作っている際に、だし汁の味見をして『あ、これ、筑前煮の味がしない。ダメだ!』と言ってシイタケごとそのだし汁を捨ててしまった子にはビックリしたが。

それ単体に完璧を求めても無理。だって、それは一工程、筑前煮の部品であり、でも、本当は欠かせないもの。

そんなふうに人の成果や結果ばかりを観て先に進もうとしない現象は、過去の自分を否定する気持ちとも似ている。どんな自分もどんな時代も大切なのに。

そしてそのドラマの中で気の遠くなるような工程を積む人々が言う。『なんで出来るのか?って?好きだからだよ。昨日分からなかったことが今日分かるようになるからだよ。それが面白くて仕方がないんだ。』と、

好きなことと言っても、決していつも楽しいわけじゃないだろう。嫌いになるときだってある。面白くないと思い続けてある日突然好きになることもあるだろう。

でもそれって、ある程度続けないと分からないことなんだろう。

*********

なんだかしんどいけれど、今のこれって、いったい何の部品なんだろう?と思うことがある。

でも、それは分からないことの方が多い。

組み立て始めてから初めて『あ、ここれにはまるものだったんだ。』と気が付くかも知れないし、それを通り越すと組み立てて満足だったのに、思いのほか、飛んでしまうことだって出来るというビックリするような奇跡が起こることもあるのだろう。

あるいは、飛ばしてみないと失敗だと分からないこともある。

そういう失敗は実は失敗と呼ばない。経験と呼ぶ。
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2016年11月16日

ひどいやつ(じゃないかも)

💢学生時代の友人からの電話に出るとろくなことが無い。

「ぷぷっ(笑)。かおるちゃんに似ているキャラが出て来る話があるよ。」

・・・・・・。暗殺教室っていうことならこの間職場で言われたけど。それに今それお借りして読んでいるからもう良い。暗殺教室 コミック 全21巻完結セット (ジャンプコミックス) -
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昔は可愛い人にしろとか、せめて女にしろって言ってたけど、もはや、人間じゃねーのかよ。せめて人間にしてと哀願する昨今。

「違う、違う。それじゃないって。人間だよ、人間。ちゃんと。」

ちゃんとって何だよ。じゃ、これか!?知ってるよ。名前が同じなんだろ。もういいって。しかも全然似てないから!闇金ウシジマくん(38) (ビッグコミックス) -
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「いやいや、そうじゃなくて。」

じゃあ、これか!あんた、前にこれに似てるって失礼なこと言ったじゃない。これか!もういいよ!似てないから!で、またしても人間じゃないし。鬼だし。今忙しいから切るね。鬼灯の冷徹(23) (モーニング KC) -
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「えー?そんなこと言ってないよ。」

あ、ほんと?そう言えば、これ言って来たのは元同僚ナースだった。濡れ衣着せてごめんね。じゃ、そういうことで!

が、電話を切った後、ラインが来て、動画のURLが貼り付けられて来た。

”カオルちゃん最強伝説”

・・・・・・・・・・・。ひ、ひどい。ひど過ぎる。私、化け物過ぎる。

生まれたときに原発が関係しているとか、化け物だとか、何なの、これ。この仕草とか喋り方とか、無いわ!

似てない!と返信したら

「あ、ごめん。ごめん。そのエピソードだと人間性が分かんないよね。こっちのエピソードだと人間性が分かるよ。」と言って貼り付けられていたのが”エピソード1”の方だった。

そんなの観ている時間は・・・・無いと言いつつ結局気になって翌日の夜に観てしまった。

確かにこっちだとセリフもいくらか人間らしいし、一途でええ話やないかい・・・と思う。わざと最初に酷い方を見せたな。

「そうそう。でも、そっちの話だったら良いでしょ?」

そうだねー・・・・・・・・って、なるかっ!

プリプリ怒っていたのだけど、間を開けてもエピソードを二つも見てしまうと、やがて色んなところに気が付いて来る。

昭和の昔の背景や古き良き(?)時代の夕暮れとか背景とか人情とか。

で、とうとう3作目もランダムに見入ってしまったのだけど、もう主人公も周りの人々のことも何だか好きになってしまうのよね。

物凄くくだらないけれど、物凄く笑ってしまったり、切ない話があったり。生と死の話があったり、スタンド・バイ・ミー的なところがベースにあったり。男が男に惚れたり女が女に友情を感じたり、恋愛要素やスケベさで腑抜けになって自分を見失っているしょうもないキャラが、ある日、もっと大事なことに気が付いたり。

で、周囲の人々が次々気がついて行く大事な何かを、実は主人公が最初から知っていたり。

しかも、実在する人々だったのね。だとするとまあ、半端なく素敵な思い出話だなと、見続ける度に色んなことが染みて来る。でも、まー、よく笑った。普通だけど普通じゃないんだもん。

進行中、やたら登場人物たちが『かおる!』『かおるちゃん!』と連呼するのだけはいちいちピクッ!って反応しちゃって見ずらかったけどね。

と言うわけで、少々感動してゆるーく深く好きになってしまったのでラインで「面白いの教えてくれてありがとうね。何だかちょいちょい流しておきたいドラマだわ。」と送った後で追伸。

似てねーからっ!過去にも今にも先にも!

「わかってないなー。」

そっちがだよ!
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