2015年03月21日

多分超人はそこかしこに居る

2時間ばかりかかるメニューのセッションにお越し下さったセラピストさん。

でも、この日は実習をする予定だから念のため3時間半くらい空けておいた。

いや、わかんないよ、早く終わるかも知れないよと先週ふと思ったのだけど、そこは何せ心の世界のこと。

いつぞやの実習中に時間が若干足りなくてクライアント役の私がどっきーん!となって覚醒したことを思い出す。

早く終わったら終わったで良いじゃん。とにかく空けておこうと臨んだのが今日だった。

すると前日に”明日の授業を教育分析に変更していただけますか?”というメールが来たので”おお、そうか。そうするともしかしたら一時間で終わるかも知れないな。”とも思ったが、それはそれでたまには長いインターバルとってのんびりしても良いだろうと、そのままタイムスケジュールを動かさないでおいた。

教育分析2時間でお申し込みになる方も多いことだしね。

で、本日お会い出来て、まずは嬉しい。

比較的お会い出来るスパンは短くて、ほんとに短い時間の流れなのだけど、心が動いている時期にはこの時間がとても貴重だから色んな意味で早く近況を知りたくなるものだ。

ところが彼女が開口一番に仰ったのは「今日はエンプティチェアをやって貰いたいんです。」ということだった。

エンプティチェアというのはゲシュタルト療法の一部。

そう思った経緯と理由もお話して下さって、なるほどなあと納得。いつぞやは自らヒプノを受けることをご希望なさって新しい出発点を見つけていらっしゃったのだけど。

納得するのと同時に、とにかくまあ勇敢で的を射た着眼点だなといつも感心させられる。

その前に自宅で一人エンプティチェアも試されたそうである。何せ上級コースなどでやり方を会得なさっている人なので。

ところが、「感情出すとうちの猫たちが動揺しちゃうといけないからボソボソと小さい声でやっていたもんだから今いち・・・」と仰るのを聴いて微笑ましかった。

そうそう、猫たちは感情の動きや空気やエネルギーの揺れに敏感な子が多いからね。例え小声でやっていたとしてもそのずば抜けた聴力を初めとする各感覚で全てをキャッチしてしまうだろうなあ。

彼女の大切かつ私的なエピソードはこれまでに何度も聴いて来てはいるものの、ここは油断は禁物。ずれが無いように、紙を用意して状況のポイントを書きだすことから始めた。

すると現在大人である自分のこと、幼少期の体験こと、色んなエピソードや登場人物が出て来る。

どれも大事なのだけど、やはりここは種の起源。問題の始まり、つまりは心がとても柔らかくて素直だというのに、抵抗する術もない、感情を表現する語彙もない子供時代。そして何故だか一番弱い立場で振り回されるしかないというのに、これも何故だか自分が責任をとろうとする勇敢な子供時代の場面に絞るのが得策。

ええ、その状況は本当に観たものをそのまま映す猫の目やそのままに聴く猫の耳、そして何にも術がないのに、それでも何とかしようとそわそわけなげに考えたりウロウロしたりする猫のようだ。

賢く美しく、けなげだけど、痛ましい。

仕上がった紙を二人とじっと見つめて”ローテンション・エンプティチェアで行きましょうか。”と提案して観た。

それは皆繋がっていて、尚且つ受け継いだ負の催眠を見つけたから。

それから勇敢にも彼女は各役割をやってのけて色んな気付きを得た。

この人がこうだったから・・・というだけでなくて、他の登場人物にも原因があったということはよくあること。

そして、あいもかわらずその子は猫のように身を固め、唾を飲み、瞳孔を開いて、泣くことも出来ず怒りを露わにすることも出来ずじっと耐える。

そこを打ち破ろう。

今は、あなたにはあなたという絶大なる味方が居る。

でも、こちらも色んな役割をしつつワークをサポートしていて、とてもしんどい気持ちになった。それと同時に何て凄いなんだとインナーの彼女にも今の彼女にも敬意が膨らんで行くばかり。

自分を律して来たんだな。信じられないくらい幼い頃から。

そして、今も。

幼い頃の彼女の願いはほとんど叶って来た。今よりずっと過酷だったのに。

ということは大人になって色んな思考回路を得た彼女ならば、やはりこれからの夢を叶えて行けるということだ。

それは小さなことから大きなことまで。

彼女はその時代にどっぷりはまることをよしとしなかった。

星を目指した。

その星に辿り着くと不思議なもので次の目標とも言える星が見えて来る。

彼女は誰も悪くないのだけど、そこに作り上げられてしまった暗黒に身を置くことをよしとはしなかった。

”しょうがないじゃん”が大嫌い。

だから、彼女は今も星に向かって歩いている。これは決してきれいごとではない。

でも、きれいごとじゃないからこそ、余計に美しくて劇的なんだ。

途中で号泣してしまいたかった。それは同情ではなくて”なんて強いんだ。生きていただけでも凄いのに、確かに倒れもしたが、もっと重篤な病気になっても不思議じゃなかったはず。でも、そうならなかったのは、彼女がそれをよしとしなかったからだ。

前回お越し下さった際に、何年か前に購入なさったフローライトがボロボロになっているのを気にしていた私。
それは頑張って来た証拠。

今度お会いしたときにフローライトの新しいのをプレゼントしようかな?と思ったのだけど、先日作っていたら、「違う。確かに色とりどりで良いのだけど、今は別の意味合いの色とりどりが良い。ふさわしい。」と感じてた。

全てのワークが終わった頃、既に3時間を回っていた。それでも話し合いたいことが次々湧いて来る。

いや、でも、焦らないで良い。彼女は自分を律して来た。

モデリングする相手も居ない。誰にも話してはいけない、自分さえ我慢すれば良いと安易に押し込まれた状況の中、自分一人で律して来た。

だから、今日はここで一旦クロージングすれば良い。

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胸が熱くなるようなこんな日に自分のことを考える帰り道がある。

私がもしもまた人生を選べるのだとしたら、さて、どうしたか。

信じられないことなんだけどね。

やっぱり、この人生を選んだと思うんだ。そりゃあ辛かったけどさ。

何故なら一生分からないでいたかも知れないことを分かることが出来たり、映画やら小説やらに出て来る主人公や、金メダリストの人々にも負けない人の強さ、偉業を目の当たりにする劇的な感動と慟哭と反省がつきまとう。

でも、それは何も知らないよりは何と幸せなことかと思う。だって彼女たちは皆血肉通う本物の勇者なのだから。

私は創造力のない馬鹿にはなりたくない。そう思ってこの人生を選んで生まれて来た気がする。

いつも言うのだけど、私はそういう生身の師に出会うありがたい日々を過ごさせて貰っている。辛くないと言えば嘘になるけれど、何とまま幸せなことかとも思う。

幸せとは平穏無事のことじゃない。

良いことも悪いこともあり、それを自分の頭で考えて星を目指すことの幸せ。それこそが幸せのことだと思う。

人生はサラダのように色んなものが入っていて色んな味がある。時には苦い素材が甘く付け込まれたり、何かの折に使えたり。

はたまた人生は美味しく煮えた大根だ。

その大根には隠し包丁が入っている。味が染み込みやすいように。

例えその時にはただの傷としか思えなくとも。

最後になったのだけど、あんなに大切な話をオープンにしつつ、果敢に立ち向かっていく彼女に勲章を。

そしてそれが少しでも想像出来たり感じたり出来た私の当初くそのように思えたような人生にも勲章を。

愛しくてしかたなかった、

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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。


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posted by かおる at 06:00| Comment(0) | ゲシュタルト療法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする